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2015年2月19日 (木)

沢田研二 「晴れのちBLUE BOY」

from『ROYAL STRAIGHT FLUSH Vol.3』
original released on single、1983


Royal3

1. どん底
2. きめてやる今夜
3. 晴れのちBLUE BOY
4. 背中まで45分
5. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
6. ”おまえにチェック・イン”
7. 麗人
8. ス・ト・リ・ッ・パ・-
9. TOKIO
10. サムライ
11. 勝手にしやがれ
12. あなたへの愛

---------------------

色々と重なってしまいなかなか下書きの時間がとれず、ほとんど一気書きの更新です。いつにも増して粗っぽい文章になってると思う・・・ごめんなさい。

まずは旬の話題から。
もちろん、みなさまはもうとっくにご存知、ジュリーの今年の新曲のことです。
とにかくファンとしては嬉しい情報なのだけれど、「待ちに待った」と正直に言うにはどこか躊躇われる感覚・・・そんな「重さ」も感じるんですよね。オフィシャル・サイトのデザイン更新とも併せ、あの新譜のジャケットは正に「不言実行」の象徴ですよ。

この真っ赤な色のジャケット・デザインについて、個人的に思うところを少し書かせてください。

このデザインをして、「赤」=「左」などと結びつけあれこれ言う人は出てくるでしょう。しかし、大阪弁護士会の対談記事からも分かるように、ジュリーはもう「あれこれ言われる」こと、誤解されることを気にしている場合では最早(世の中が)無い、と考えていると思われます。

では、この「赤」の狙いは何なのか。
僕がふと思いだしたのは・・・。

僕は大学時代非常に貧乏独り暮らしの生活を送っていて、そのくせバンド活動などやっていたものですから、出ていくお金もそれなりに多い。必然何処かに無理が生じ、公共料金を滞納して遂には供給ストップを食らったことがあります。
みなさまはそんな経験は無いと思いますが、僕の体験上言えることは、「ガスや電話などは料金滞納すると即座にストップするけど、水道と電気だけは簡単には止まらない」と。これ当時の豆知識ね(汗)。
では、水道はどのような段取りを経て止められてしまうのかと言いますと・・・。

まず、「○月○日までにお支払い頂けない場合は、やむをえず供給を止めさせて頂きます」という内容の、結構な長文が書かれた青いデザインの紙が1枚、ポストに投げ込まれます。
「そう言われても、無い袖は振れん!」と無視して生活を続けるDYNAMITE。支払指定日を過ぎましたが・・・おや、水道はまだ止まりません。
その代わり「未だにお支払い頂けておりません。今度こそ○月○日までにお支払いを・・・」といった感じの、前回よりもちょっとだけキツめの文章が書かれた黄色いデザインの紙が届けられます。
それでも無視。水道はまだ止まりません。
すると・・・「何度も督促していますが未だにお支払い頂けません。今度こそ、○月○日までにお支払い頂けない場合は・・・」という、かな~りキツめの督促状が、赤いデザインの紙で届けられます。
それを無視しますと・・・指定された日の翌日、いきなり水が出なくなります。

つまり、「赤」というのは最終警告の色。

今年のジュリーの新譜は
「これ以上放置したら、本当に大変なことになりますよ」
という警告なんだ、と思いました。
「放置」とは「思考停止」と同義と僕は考えます。それをリスナーひとりひとりが身につまされる・・・収録4曲すべてが、そんな内容なのでは。

毎年3月11日という特別な日にジュリーが新曲をリリースするようになってから、4枚目の作品です。
タイガースファンの先輩、YOUさんに教わった言葉・・・「4年目というのは、励ます側があきらめてしまわぬよう気をつけないといけない年だ」。
もちろん『Pray For East Japan』を3年でやめてしまうジュリーではありません。4年目も同じコンセプトで、さらにはそこに『Love And Peace』『NO NUKES』がガツン!と加わっていることは間違いないでしょう。

CDタイトルは『こっちの水苦いぞ』。
全4曲の収録曲のタイトル、作曲クレジットも分かりました。鉄人バンドのメンバーが1曲ずつ作曲、ジュリーが詞を載せる、という手法は変わっていません。

3曲目「泣きべそなブラッド・ムーン」は間違いなく昨年の南相馬公演でジュリーが見た、感じたものを歌ったバラードだろうと確信しているけど、他の曲はなかなか予想が難しいですね。
1曲目「こっちの水苦いぞ」、2曲目「限界臨界」は反原発ソングでしょう。ただ、加えて今の日本の舵取りをしている人達へ投げかける痛烈な反戦メッセージ・ソングでもあるのかも・・・と考えています。
「この道しかない、なんて思考停止ですよ」
僕はこの言葉が今年のジュリーの活動の根本にある、と思っていますからね。
「人々の思考停止を強いる」者への警鐘が、きっと今回の新曲には強く込められてくると考えます。
4曲目「涙まみれFIRE FIGHTER」は過酷で辛い仕事に取り組むファイヤーマン(消防士)の歌で、おそらくジュリーが新聞か何かで知った「3・11以後」に深く関わる実在の報道記事が題材になったのかなぁと考えますが、具体的に、と言われるとサッパリ・・・。

いずれにしても僕は、どんなド直球だろうが剛速球だろうが、受け止める覚悟はできています。
とても不遜な言い方をすれば、僕は今「ジュリーと自分の思考のベクトルが一致している」感覚があります。こんなことは、ジュリーファンになって初めてのこと。

さらに、ここ3年で僕はもう、ジュリーの作詞とヴォーカル、鉄人バンドの作曲、アレンジ、演奏を「リリース前から完全に信頼している」状態。今年もまた、発売直前に新譜の内容予想の記事を書くかもしれません(余裕があれば)。
やっぱり・・・新譜が「楽しみ」なんですよね。とても厳しい内容なのだろうけど、今年もまたジュリーの新曲が聴ける・・・それがどれほど幸せなことか。
きっとみなさま、同じ思いでしょうね。


とりあえず今は、ジュリーの新たなメッセージを心待ちに、そして覚悟を決めつつ・・・粛々と”『昭和90年のVOICE∞』セットリストを振り返る”シリーズを進めてまいりましょう。
今日はその第4弾。

”ジュリー祭り”以来久々に採り上げられた、エキゾティクス期のシングルです。
「晴れのちBLUE BOY」、伝授!

間違いなく名曲であり、邦楽ロックの歴史的な1曲です。ジュリーの状況について言えば、セールスの落ち込みが取り沙汰され始めた時期のシングルではありますが、同年の「きめてやる今夜」、翌年の「どん底」「渡り鳥 はぐれ鳥」と比べファンの支持も高い1曲のようですね。

「晴れのちBLUE BOY」がリリースされたのは僕が高校生の時でした。頻繁ではなかったにせよ何度かテレビで「ジュリーの新曲」として観たこともあります。
当時の正直な感想は
「なんか・・・難しい曲だなぁ」
というもの。
今でこそ、と言うか10年ほど前に『ROYAL STRAIGHT FLUSH Vol.3』のリマスター盤で聴いた時には、これほどのレベルの高いビート・ロックを、しかもキャッチーなシングルとしてジュリーが1983年の時点で世に送り出していたのか!」と衝撃を受けたわけですが、ようやく「ロック」に足を踏み入れたばかりの10代半ばの少年にとっては、とにかく難解な「アイドル・シングル曲」でした。

言いたいことは ヤシの実の 中 ♪
C    B♭ C   B♭      C     B♭ C  B♭

延々と繰り返されるこのフレーズが、素晴らしくハイセンスなサビメロなんだ、ということをDYNAMITE少年は残念ながらまったく理解できませんで・・・「1本調子でしつこいなぁ」と感じていたものでした(恥)。

しかしこれは、とんでもなく高度なロック・ナンバーなのですね。こんな曲でシングルを切れる「アイドル」は当時いや現在、未来に至るまでジュリーだけだったでしょうし、ファン以外のの一般リスナーがこの曲をどう評価するかで、その人達のロックへの理解度が計れる、とすら言えそうです。
セールスが今ひとつだった、という結果が示す中に、「1983年当時の日本人のロック性がまだ未熟であった」ことは要因として挙げられると思います。

しかし皮肉なことに、ジュリーの「晴れのちBLUE BOY」を「隠れた名曲」たらしめたのは、日本の一般リスナーのロック性がまだまだ低かったあの年にリリースされていたからこそ、なんですよね・・・。

Blueboy9_2


↑ 今回の参考スコアは『YOUNG SONG』83年6月号。
  このジュリーの写真、珍しくないですか?

この曲についてよく聞くのが、オマージュ元としてのアダム&ジ・アンツ。これかな?

う~む、確かにビートはそっくりですが・・・
メロディーもコード進行もヴァースの構成もアレンジも全然違いますからねぇ。これはオマージュと言うよりも、作曲家或いはアレンジャーが「若干インスピレーションを受けた」くらいのレベルだと思います。例えば他のジュリーナンバーで言いますと、「バイバイジェラシー」(オマージュ元=ロックパイル)、「Tell me...blue」(オマージュ元=プリテンダーズ)などの曲とは「参考」の比重が違います。

ただし、アダム&ジ・アンツようなニューウェーヴの手法をもって、ビート主体のロック・ナンバーをトップ・アイドルであったジュリーが83年の時点でシングル・リリースしていた、という事実は驚愕のひと言。
大沢誉志幸さんのジュリーへの作曲提供の功績たるや、凄まじいものがあります。

ジュリーはいわゆる80年代の「スペキュレイティヴ」なムーヴメント・・・政治的反体制、警鐘的社会性としてのニュー・ウェーヴ音楽の思想の影響を受けた作品は当時まったくリリースしていない歌手です。
それが今やニューウェイヴとかそういう枠組みを超えたところで社会派の楽曲を掘り下げリリースしている・・・というのもジュリーの歴史の一筋縄ではいかない部分ではありますが、とにかくジュリーの周囲のスタッフは、「思弁性」はさておき「音」の先取り感については非常に速かった、長けていた、と。

「晴れのちBLUE BOY」は、ビート主体の邦楽ロックが市民権を得た目安となる作品、佐野元春さんのアルバム『VISITORS』よりも早くリリースされています。
これは声を大にして言いますが、シングルで言うと「TOKIO」から「晴れのちBLUE BOY」までのジュリーは、間違いなく邦楽ロック・セールスの先鋒を常に切り開き続けているんですよ。
「晴れのちBLUE BOY」がセールス的に今ひとつだった、という見方はあくまで「ジュリー・セールス」を物差しにしてのことで、ロック・ナンバーのセールスとして「晴れのちBLUE BOY」のようなタイプの曲がチャートに食い込んだ、ということを重視すべきなのです。
もちろん後追いジュリーファンの僕がそれを理解したのはずいぶん後になってからのことですが、当時そうしたことが音楽メディアで一握りしか語られていない、音楽論として多岐に渡り形に残っていないことは、本当に不可思議な現象と言わざるを得ません。

さて、まだまだ幼かった僕のような者の当時の感想はさておいて、長いファンの先輩方は、リリース当初のこの曲にどのような印象を持たれたのでしょうか。
ジュリーと同い年の先輩曰く


このヘンテコな詞と曲を流れるように歌うジュリーは、本当に素敵

あぁ、そうだ・・・僕は「難しい」と思ってしまったけれど、「ヘンテコ」というのは本質を突いています。悪い意味ではないんですよね。「ヘンテコ」な詞と曲を流れるように歌うなんて、当然ながらどんな歌手にでもできることではありません。

ビート・ロックの先取りについては既に書きましたが、83年という時代の洋楽ロックの流れを正統的に汲むならば、そのビートに「額に皺寄せる」ような哲学的、社会派の歌詞、メッセージを載せた方が、実は「安全牌」だったはずです。
しかし「晴れのちBLUE BOY」の歌詞は・・・。

フ  ライ パンは   ハムエッグより
C  B♭  C   B♭  C   B♭    C  B♭

僕  の  頭     とよく会っ た ♪
C B♭  C B♭   C  B♭ C

ブッ飛んでいますね。
どなたか、この歌詞のこのフレーズはこういうことで・・・と曲全体を完全解説できるものならばして頂きたい(笑)。結局これはニューウェーヴ?カルチャーロック?
いや、そんなジャンル・カテゴライズは無意味。
この数年で僕は、ジャンルとして「ジュリー>ロック」なのだ、と何度考えさせられ打ちのめされたことか。僕が気づけていなかっただけで、ジュリーはず~っと前からそうだったんですね。


先述の先輩はさらに、今回の「晴れのちBLUE BOY」を生で聴いて、今度は「ノンポリシー」が聴きたくなったと仰います。この2曲は兄弟のようだ、と・・・。
これまた本当によく分かる感覚だなぁ。とっ散らかり感の気持ちよさ、ですね。

では、ジュリー自身は当時この曲についてどういう感覚を持っていたのでしょうか?
参考資料として、『ヤング』83年5月号から4ページ分のショットをご紹介しましょう。

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ジュリーよりもむしろ、プロモート側がゴリゴリに推してきている(衣装含めて)感じを受けますね。

83年あたりからCO-CoLO期にかけてのインタビューを読むと、この頃ジュリーは自らが歌う曲に内容の必然性を求める気持ちと、「大ヒットが欲しい」という気持ちとがせめぎあっていたようです。
そういう意味では「晴れのちBLUE BOY」の場合は、プロモート戦略の上で、じゃあ調子に乗ってハジけてみよう、というスタンスだったのでしょうか。ジュリーでなければ成立しない曲であること・・・「これは俺が歌う歌やろ!」という自負はあったんじゃないかなぁ。

今はもっと達観していて、「ヘンテコな、面白い曲やったな。久しぶりにまた歌うか!」という感じで、『昭和90年のVOICE∞』セットリスト入りを果たしたのかな。
さほど頻度は高くないけど、数年に1度くらいのペースで歌われていく曲のような気がしてます。

今回のセトリ入りに関しては、「ねじれた祈り」「A・C・B」と共に、「スウィング」な選曲でしたね。
「晴れのちBLUE BOY」は、リズムを分解してゆくと、最終的には明確な3連符の単位が残ります。これが「DOWN」「睡蓮」あたりとは少し異なる点。
『昭和90年のVOICE∞』で実際にお客さんが手拍子でそうしていたように、3連符の裏拍にアクセントがあるんですね。セトリの曲順で同じ裏拍アクセントの「ねじれた祈り」へと繋がっていくスリリングな展開は、ジュリーも狙って選曲したのだと思いますよ。
今回のステージの盛り上がりも、やっぱり「晴れのちBLUE BOY」から「ねじれた祈り」へとなだれ込む瞬間が最高潮だったと思います。そこに3連符のリズム・アクセント・・・「スウィング」が一役買っていたわけです。

必然、演奏難易度も高い曲ですが・・・先のLIVEで僕はほとんどジュリーの姿しか記憶に残っていないんですよ。あのセットリストの流れから、ジュリーが完全に躍動のスイッチを入れてきた!とハッキリ分かりました。動き回るジュリーを手拍子しながら追いかけていると、鉄人バンドの演奏に気づく余裕も無くなってしまって。
ただ、だからこそ!なのです。だからこそ、鉄人バンドの演奏は素晴らしかったと言い切れます。ベースレスでこのビート、このアレンジを再現していて、何の違和感も無かった、ということなのですから。

せめてもの追体験、と思い「晴れのちBLUE BOY」が歌われているツアーのDVDを後日、観直しました。
2002年お正月『糸車のレチタティーボ』での下山さんのバッキング・ギターが凄いです!(今とは立ち位置が逆で、上手側右サイドから聴こえてきます)
激しくワウワウさせる部分、フラットで切り刻む部分、音の表情の変化が男前ですね~。

それにしても・・・今も鮮やかに思い出せます。
『昭和90年のVOICE∞』初日渋谷公演のこの曲、サビ直前の一瞬の隙間で繰り出されたジュリーのジャンプ&ハイキック。会場が「うわあ~っ!」と驚嘆の声に包まれましたよね~。あの素敵な一瞬を、いつまで脳内映像だけで保存しておけるやら・・・。
また5年後くらいに歌ってくれる・・・かな?


それでは、オマケ(寒中見舞い)です~!
まずは『ヤング』83年6月号から!

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続いて7月号から!

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そうそう、最後になりますが、「晴れのちBLUE BOY」についてはちょっと素朴な疑問が。
僕はジュリー堕ち数ヶ月の時点で、B面曲の音源欲しさにポリドール期のシングル・コレクションBOXを購入したんですが、あの中に「晴れのちBLUE BOY」のディスコ・ヴァージョンがボーナスCDとして入ってるじゃないですか。
まぁ音的にはいかにも当時流行の12インチ・シングル仕様で、別段魅力的なヴァージョンというわけでもないとは言え、貴重なテイクであることは確か。

当時はこれが実際にディスコでかかったりしてたのかな?てか、普通に12インチ・シングルとしてレコード発売されてたんですか?
もしそうだとしたら、例えばB面はどうなっていたのかなぁ、といった感じで疑問が尽きないんですよね・・・。


それでは次回更新でいよいよ”『昭和90年のVOICE∞』セットリストを振り返る”シリーズもラスト。
お題は、「生きてる実感」です。新曲リリースの前に、次回記事でひとまずの区切りとします!

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瀬戸口雅資のジュリー一撃伝授!」カテゴリの記事

コメント

DY様 こんにちは

ジュリーのライヴにいつも期待しているのは、オリジナル音源ではなく、ライヴ用のアレンジです。出来れば長尺、若しくは2曲続けてという具合です。体力的には厳しいでしょうが、どうしても昔のライヴを思い出してしまいます。鉄人バンドのインストゥルメンタル曲も良いなあなんて思ってしまいます。

さてそんな想いを持って臨んだら、お題目曲でがつ〜んとなりました。それは前回もコメントさせて頂きましたが、間奏でのカズさんのギター音色が、紅白歌合戦の時と同じでフレーズのニュアンスまで一緒のように聴こえたからです。私の錯覚かも知れませんが、レコード音源よりもあの紅白での演奏が耳から離れないでいます。あの時は、音源トラブルに見舞われましたが、紅白で唯一、金杯受賞した歌手、曲目であります。大ヒットには至りませんでしたが、歴史に名を刻んだ歌となったことが、微笑ましい思い出です。
それと忘れてはいけないのが、この歌を契機に「銀色夏生」という詩人がブレークしたことです。大沢さんの「そして僕は途方にくれる」の詞にもはまってしまい、まだ抜け出せません。

おまけの写真が懐かしい。沢田研二ショーでガールズバンドが大集合して、「気になるお前」を演奏。実に素晴らしかったので、こちらもまだ耳に残っています。

投稿: BAT | 2015年2月20日 (金) 10時36分

BAT様

ありがとうございます!

なるほど…例えば井上バンド・ヴァージョンの有名な「夜の河を渡る前に」「気になるお前」のメドレーであるとか、そうしたLIVEならではの聴かせ方、ということですね。僕もまったく同感ですよ~。
ただ僕の場合は極度のアレンジ・フェチということもあって、CDでフェイドアウトの曲をLIVEでどう終わらせるか、というだけでも興奮できるという得な体質なのでございます…。

「晴れのちBLUE BOY」の紅白のトラブルのお話は有名だそうですが、僕はつい数年前まで知りませんでした。様子も想像し辛かったのですが、BAT様のご感想を拝見しますと、トラブルも含めて「生」ならではの名演だったようですね。

それにしても…僕にとっては夢か現実か、というお宝資料を、こうして当時の記憶と重ね合わせることのできる長いファンの先輩方のことは、毎度のことながら本当にうらやましいばかりです…。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月20日 (金) 16時55分

DYNAMITE さま、こんばんは。
「晴れのちBLUE BOY」忘れもしません(と言いながら記憶はかなりあやふやなんですがsweat01
1983年5月2日、福岡のファン数名(私も含め)は、大阪フェスティバルホールのコンサートに遠征していました。
ところが直前になって、5月3日にジュリーが「博多どんたく歌の祭典」に出演するという情報が入ったため、3日の早朝に大阪からとんぼ帰り。
会場の福岡サンパレスに並びました。
確かその時が「晴れのちBLUE BOY」のTV初お披露目ではなかったでしょうか。(生放送されました)
初めて聴いた時はあまりにも難解な歌詞とブッ飛んだジャングルビートで目が(耳が)点になったけど
それでも理屈抜きに楽しくて乗れる曲だったので客席で一緒に踊りながら聴いていました。
その時のTV映像が今でも残っていて、懐かしい思い出です。

投稿: hayami | 2015年2月20日 (金) 20時30分

DYさん、お邪魔します。
先輩方のコメントを読んで、私も、この曲を初めて聴いたのは、20周年記念ライブ盤に収録された「架空のオペラ Part 2」でのCO-CoLOバージョンだったことを思い出しました。もちろんオリジナル音源も大好きですが、DYさんも御存知のとおりCO-CoLOバージョンも素晴らしい!当時、中学生だったこともあって難しいとは思いませんでした(個人の感想です)。で、私は、この曲をリアルタイムで聴いていません。でも、ジュリーがプロモート戦略に乗っかってリリースした曲とは思えないのです。「架空のオペラ Part 2」には『勝手にしやがれ』も『危険なふたり』も『時の過ぎゆくままに』もセトリに入っていません。当時、ジュリーが歌いたいと思って選んだであろう、と推測できる曲ばかり。つまり、この曲は、ジュリー本人にとっても思い入れがある作品ではないでしょうか。好きだから、幾つになっても、あんなにカッコよく、ノリノリで歌えるのだと、私は思っています。
そして、新譜ジャケットのことですが…私、朝一番にHMVのサイトで見て、驚きました。今回は予想の斜め上というより、頭上から金だらいが落ちてきた気分です(変なたとえで、すいません)。世の中に真っ赤な物は、たくさんあるのに、何故、あのジャケの赤は怖いのか…私自身の記憶を遡ると、ある童話に行き着きました。小川未明の『赤いろうそくと人魚』です。あらすじはウィキにアップされているので割愛しますが、真っ赤に塗りたくったろうそくと、ジュリーの新譜ジャケは相通じるものがあるような気がするのです。

追伸:新作4曲目は「消防団員」と訳することも出来ます。東日本大震災で津波の被害を受けた地域の犠牲者には、消防団員の方が含まれています。

投稿: 74年生まれ | 2015年2月20日 (金) 22時27分

訂正です!『晴れのちBLUE BOY』が、CO-CoLOバージョンで歌われたのは「架空のオペラ Part 2」ではなく、その前の「正月歌劇」でした。書く前に確認するべきでした(汗)。すいません。
なお、コメントの論旨そのものに変更はありません。

投稿: 74年生まれ | 2015年2月20日 (金) 22時42分

DY様 こんばんは。

耳ざわりのいい万人向けの曲より、ライブではっちゃけられる曲・・・に向かっていたのですね。
今思えば正解です。やっぱりジュリーはライブですもん。音楽的な理屈はともかくヤシの実の中身をぶちまけたい!

赤いジャケット。
74年生まれ様の「赤い蝋燭と人魚」で
私は唐突に昔少し読んだ高橋留美子の漫画
「人魚の森」を思い出して背筋がぞっとしました。
「人魚の肉を食べると不老不死になる。」
いたずらで食べ、何百年の孤独をさ迷う少年と、騙されて食べて小屋の中で串刺しにされたまま死ぬこともできずにいた少女が出会う・・・。
「可哀そうな原発」とオーバーラップしてしまいます。

「音楽劇」のチケットが来ました。
ツアーの案内はそろそろ・・・ですよね?。

投稿: nekomodoki | 2015年2月21日 (土) 00時02分

hayami様

ありがとうございます!

フェス→サンパレスは、新幹線トンボ帰りでしょうか。
当時のランキング式歌番組では、歌手がツアーに出ていると生中継出演がありましたね~。今にして思えば、ジュリーはそんな登場シーンが多かったことでしょう。
参加したLIVEが全国放送で生中継される…しかも新曲初披露、しかもしかもそれが「晴れのちBLUE BOY」とは…素晴らしくうらやましい想い出ですねぇ…。

仰る通り、「目が(耳が)点に」というのはこの曲の場合とても良い意味なんですよね。それを実感できるのは、やはり生のLIVEだったのだろう、と想像します。

すみません、お返事一度切ります~。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月21日 (土) 17時57分

74年生まれ様

ありがとうございます!

『正月歌劇』…あの時のジュリーの歌は本当に素晴らしいです。
まだジュリー本格堕ち間もない頃に、先輩の強烈なお勧めを頂き音源を聴いたのですが、ビックリしました。「歌」の表現者として、僕が初めて接するジュリーでした(この感覚はACTのヴォーカルにも同じことが言えます)。
実際観ていたら、どれほどだったか…。

「涙まみれのFIRE FIGHTER」は、色々な言い方がある中で、ジュリーが「FIGHTER」という単語を含んだものを選んだことに注目したいです。
僕の推測では、おそらく対象は若者。ジュリーのような人がリスペクトする、「純」な若者です。あの震災で家族を失い、大きな悲しみを力に変え「将来は人の命を守る仕事に」と消防団を志した男の子のことを歌ったものではないか、と今は思っています。まったく自信はありませんが…。

細切れのお返事で申し訳ありません。
またここで一度切ります。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月21日 (土) 18時25分

DY様 御伝授、有り難う御座います。

 この辺りの楽曲には特段の思い入れがなくて・・・
 例えば、何があっても?(笑) 夜ヒットは欠かさず視聴していましたが、記憶にとどめて置きたくない曲もあって・・・
 常にジュリーの新譜に対して待望している分、複雑な想いも絡んでいます。
 晴れのち〜? BLUE BOY〜〜!?
 あの頃の私めは、奇を衒った様な? 楽曲名と御衣装を受け付けない体質で(笑)…まともに聴こうと云う意欲を削がれ…目も耳も半閉じ状態にしてました。
 因みに、『背中まで45分』も苦手でした。

 ところで、耒タル3月11日の新譜情報があった時、本当に、本当に…心底、安心しました~
 これでこそ“我がジュリー”。
 ジュリーの気持ちを思えば、“赤いジャケット”さえもいとおしい・・・
 ※ 74年生まれ様のコメントにあった「赤い蝋燭と人魚」…学生時代に児童文学・創作童話を学ぶ中で何度も読んでいたことを思い出し(*併し、ストーリーは殆ど失念して居りました〜wobbly)…小川未明作品をはじめ、本箱の後ろにしまったままの40ウン年前の本たちを超久しぶりに引っ張り出し・・・ 今、私は“想い出浸り”で?(笑) 収拾が付かなくなって居ります〜coldsweats01

 1月20日の後・・・
 十年一日(イチジツ) の如し・・・
 いえ、二十年、三十年、四十年一日の如し、ジャーナリズムに反する“マスゴミ”の煽り記事のアホさ加減をJ友さんから教えて頂く度・・・ 私は、改めて『greenboy』のままのジュリーを感じ取れて嬉しくもありました。
 穿った見方かも知れませんが、
昨年のツアー初日、唐突に帝国ホテルで20年続けたトークショーが出来なくなったことを、ジュリーが発表された背景・・・
 ジュリーに対する、東電側? ブレーンによる…言論へのあの手この手の“圧”を感じて居りました。

 あれから、毎日2〜3回『緑色のkiss kiss kiss』を聴いていたら!?・・・ なんと!! リアルタイムでは拒否していた?(笑) “突き抜け曲”『 渡り鳥 はぐれ鳥』が猛烈に聴きたくなり…今は、正午のアラーム楽曲になって居ります〜scissors

 ジュリー、大好きsign03

投稿: えいこはん | 2015年2月22日 (日) 08時56分

DYさん、こんにちは!

『晴れのちBLUE BOY』、大好きでした。(衣装もよかったですね。貴重な写真をありがとうございます☆)
DYさんのご考察をもってすれば、当時、洋楽ばかりを聴きまくっていた私がこの曲に飛びついたのは、しごく当然だったのですね。
ディスコ・ヴァージョンの存在は知りませんでしたが、『晴れのち~』発売当時、ディスコでこの曲がかかったことがありました。洋楽オンリーの選曲の中での唯一の邦楽曲で、さすがジュリー♪と嬉しかったのを覚えています。

『こっちの水苦いぞ』。ジャケットの画像を最初に見た時は驚きました。反射的に感じたのは‘怒り’。
DYさんがおっしゃるように、まさに最終警告を突き付けられている状況にあるのですよね、今の日本は。
難問山積ではありますが、、やはり私も純粋に新譜が楽しみです。どのような楽曲が飛び出してくるのでしょうか、発売日が待ち遠しいです。

投稿: Gin Rickey | 2015年2月22日 (日) 14時26分

DY様 こんにちは

再び失礼します。
ディスコバージョンのレコードは市販されませんでしたから諦めていましたが、CDをゲットしました。確か、ACTシリーズの音楽CD-BOXの予約特典だったと思います。(記憶が曖昧です)頑張って買いました。その時はまさかCDになるとは夢にも思っていませんでしたから、予約された方がきっと多かったでしょうね。レコードの終末期、シングルLPレコードが大好きで、元春、スプリングスティーンは勿論ゲット、でも一番のお気に入りは「ヤマトナデシコ七変化」ですよ。そんなことを思い出していました。

新譜の「ブラッド・ムーン(blood moon)」の意味が分からず調べました。皆既月食の時みられる赤い月のことで、昨年10月8日に報道もされたので思い出しました。赤い月が今回の新譜とどう関係しているのかも少しわかりました。赤い月は、阪神淡路大震災の前にも見られたこともあって、地震予知の現象ではとも言われているそうです。私はまったく知りませんでした。そういうことも、ジュリーは関心を持って見聞しているのでしょうね。
赤い月、赤いCDジャケット、何やら符号しますね。

投稿: BAT | 2015年2月23日 (月) 11時29分

nekomodoki様

ありがとうございます!

本当に、ジュリーはLIVEなんですよね。僕がそう気づくずっとずっと前から…。
先日、「ストリッパー」とか「アニー・ローリー」とかやってるLIVEの、おそらくTV放映されたものの映像を観たのですが、圧倒的でしたね。アルバムを耳で聴くだけでは足りないことが多いのだ、と感じさせます。

その意味でも今年の新譜…内容はもとよりタイトルツアーはとても重要でしょうね。実際に見なければ伝わらないジュリーの「不言実行」をLIVEで感じることができるでしょう。
ツアーのインフォが待ち遠しいですね。

えいこはん様

ありがとうございます!

確かに「気をてらったような」という感想はファンの間にも多くあったかもしれません。難解な曲であり、シングル・リリースとして冒険であったことは間違いないでしょう。
それだけに、今になってみれば「ジュリー、こんな歴史的なことをやっていたのか!」という驚きにも繋がります。こういうセールス戦略をして、「ジュリー=ROCK」と定義することはもちろん可能です。それだけではない、というのがジュリーの凄いところなのですが…。

それにしてもこの国のジャーナリズムは、こんな時期だというのにほぼ腐りました。
いつの間にこんなことになったのでしょうか…。

度々すみません…。
ここでまた一度お返事切ります。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月23日 (月) 12時27分

Gin Rickey様

ありがとうございます!

この曲、衣装もエキセントリックですね。子供心に記憶はあるのですが、あらためて写真や映像で観ると、エキゾ含め凄いことになっていますね。

新譜のジャケはあちらこちらで「怖い」という感想を目にします。もちろん僕もそう感じます。
その「怖い」が物語ではなく現実なんだよ、ということからジュリーは発信したいのではないでしょうか。現実感を持たない(自分のこととして考えていない)人の方がまだ世間には多いのでしょうから…。

ただ、僕も純粋に「今年もジュリーの新曲が聴ける」ことを嬉しく思います!

BAT様

ありがとうございます!

そんなことがあったのですか~。
やはりタイムリーな市販は無かったのですか。ひょっとしたらあの頃流行の12インチ・シングルで?とも考えたのですが。
でも邦楽の12インチ・シングルが普及したのは確か84年でしたよね。ジュリー、またしても時代を先取り?

12インチ・シングルですと、僕も佐野さんの『トゥナイト』を持っていました。
洋楽だとスタカンの『LONG HOT SUMMER』あたりは好きでしたが、全体的にあの流行には否定的な少年でしたね…。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月24日 (火) 18時05分

アダム&ジ・アンツにどっぷり嵌っていた当時の高校生にとって、「晴れのちBLUE BOY」は、してやったりの曲でした。「こんな曲、ジュリーにしか歌えないだろう!」という優越感と、「こんな曲、売れないよなぁ…」という諦観。
難解な楽曲を見事自分流に昇華してしまうジュリーの才能は今も昔も唯一無二ですね!

あの時代にここにチャレンジしたチーム・ジュリーに拍手です。それにしても驚愕にして感嘆の大村さんのアレンジ。佐野元春「アンジェリーナ」、吉田拓郎「元気です」、永井龍雲「道標なき旅」、岸田智史「きみの朝」、中村雅敏「時代遅れの恋人たち」、八神純子「パープル・タウン」、松田聖子の一連のヒット曲などなど、大村雅朗アレンジによる僕の好きな曲は枚挙に暇がありません。
この曲を聴く度に大村さんの不在を残念に思うばかりです。

さてさて新曲発売まであと2週間。
あまり先入観を持たず、各曲に接したいと思っています。
そうは言っても、当たらないことも恒例になりつつある…DY様の新曲予想は楽しみに読ませて頂きたいと思っております…。

投稿: | 2015年2月24日 (火) 22時01分

HN忘れてました。
gomaでした。失礼しました(^_^;)

投稿: goma | 2015年2月25日 (水) 06時55分

goma様

ありがとうございます!

何と…大村さんの数々のアレンジの功績のお話、勉強になります。八神さんの「パープル・タウン」は大名曲ですが、アレンジは後藤次利さんかなぁと漠然と捉えておりました。
「道標なき旅」や「きみの朝」もそうでしたか。多彩ですね…。
それにしてもgoma様の挙げた名曲のタイトル…同世代であることをヒシヒシと感じます。嬉しいですね~。

ジュリーの新譜は、僕も毎年マッサラな気持ちで聴きたいと思い、作品は見事それに応えてくれます。
まずは素晴らしい音楽に今年もまた新たに出逢えるであろうことを、感謝したいです。

投稿: DYNAMITE | 2015年2月26日 (木) 09時59分

DY様 こんにちは

すみません、前回のコメントの訂正です。やはり記憶違いでした。
ディスコバージョンは、『沢田研二シングルコレクションボックス ポリドールイヤーズ』の予約特典でした。
もうその存在すら忘れていました。すみませんでした。完全限定予約だったかもしれないので、今では入手困難でしょうね。ただこのコレクションBOXは、あくまでもレコードデザインを再現した物としてのコレクションですので、一枚ずつ聴くことはありません。

ACTシリーズの考察記事も楽しみにしています。一作目から音楽監督として、アレンジや演奏に携わっているcobaさんの存在は非常に大きいと思います。今でも音楽劇を一緒にやっているので、かなりのキャリアになります。この事がもっと注目されても良いでは思っているんですが、どうでしょうか。

投稿: BAT | 2015年3月 5日 (木) 17時30分

BAT様

ありがとうございます!

あぁ、やはりポリドールのシングルBOXでしたか。僕が持っているのもそれですが、さすがにこれがジャケットデザインってことは無いよなぁ、とずっと思っていて、かつてリリース自体あったのかどうか、と疑問だったんですよ。
B面曲をほとんど知らずに後追いでファンになった僕にとって、あのBOXは貴重な商品でした。

cobaさんはもうジュリーと長いんですねぇ。素敵な関係ですね。
その根本たるactをこれまで軽視していたことは痛恨でした。今凄まじい勢いで取り返しています!

投稿: DYNAMITE | 2015年3月 6日 (金) 20時54分

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