沢田研二 「アテン・モワ」
from『KENJI SAWADA』、1976
1. モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド(巴里にひとり)
2. ジュリアーナ
3. スール・アヴェク・マ・ミュージック
4. ゴー・スージー・ゴー
5. 追憶
6. 時の過ぎゆくままに
7. フ・ドゥ・トワ
8. マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス
9. いづみ
10. ラン・ウィズ・ザ・デビル
11. アテン・モワ
12. 白い部屋
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引き続き、『三年想いよ』全国ツアーに向けて”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズのお題でお届けいたします。
第2回の今日も、渋い曲で攻めますよ~。
採り上げるのは「アテン・モワ」。
この曲が収録されている『KENJI SAWADA』は、日本でのリリースが企画盤的なイメージを持たれているのか、ジュリーファンの間でアルバムとして語られることこそ少ないですが・・・名盤ですよね!
日本語、英語そしてフランス語と、若きジュリーの驚くべき「歌」の表現力が3つの言語でそれぞれ独特に発揮され、リスナーはそんなジュリーの変化に病みつきになる・・・正に珠玉のヴォーカル・アルバムです。特にフランス語のナンバーで魅せるジュリーの美しさ、あどけなさ、色っぽさはため息モノ。
そんな中、本日お題の「アテン・モワ」は楽曲としても完成度の高い素晴らしいフランス語ナンバーの名曲。
是非一度は生のLIVEで、とこのヒヨッコは切望しております。伝授!
実は今回「アテン・モワ」を採り上げるにあたり、願ってもないおフランス・ジュリー関連資料をピーファンの先輩(もちろん、ジュリーファンでもいらっしゃいます)から、先日のさくらホールにてお預かりしました。
例えばこれ。
フランスの雑誌にジュリー登場!
1975年に現地で発行された雑誌のようで・・・こんなお宝を実際に手にとって鑑賞できるなんて、本当に貴重な時間を体験させて頂いています。
他にもありますので、それらは記事の最後のオマケコーナーにてご紹介しますが、先輩は数々の資料とは別に、いくつかのカラーコピーもご持参くださいました。その中には、こんなジャケ写もありました。
『アテン・モワ』フランス・シングル盤ですね!
B面は「ジュリアーナ」だったのか~。いやぁ、素晴らしい組み合わせの入魂シングルだ!
ジュリー本格堕ち間もない頃の僕は、ジュリーのフランスでのシングル・リリースが数作あることすら知らず(『巴里にひとり』だけだと思っていました恥)、『アテン・モワ』のシングルについてもこのブログのコメントにてJ先輩に教えて頂いたほどですが・・・それから数年、遂にジャケット・デザインをしみじみ眺めることができ、改めて感動しているところです。
(それはそうと、「エル」とか「ジュリー・ラヴ」とか、何とかCDにならないかなぁ・・・)
それでは、僕が「アテン・モワ」を今年のツアー・セットリスト予想に挙げた理由から語っていきましょう。
僕は『ジュリー祭り』で本格的にジュリー堕ちした新規ファンですから当然後追いで知ったことなのですが、「アテン・モワ」は意外や比較的近年のツアー(とは言ってももう15年以上前になりますけど)、1998年『ROCKAN' TOUR』で歌われているんですよね。しかもいきなりのオープニング、しかもしかも、日本語の新たな解釈を持つナンバーとして(この日本語詞のヴァージョンは、この時が初公開だったのしょうか・・・僕にはその辺りがよく分かっていません)。
これは、後追いでジュリ勉をしているとよくある「えっ?」と感じる意外な選曲の一例です。まぁ、タイムリーでツアーに参加し続けていらっしゃる先輩方にとっては、毎年毎年のツアーがキチンとして整合性のあるものと映ってはおられるでしょうが・・・。
1998年と言えば、アルバム『第六感』リリースの年。
無論、ツアーは同アルバム収録曲を引っさげてのものです。
僕はこの『第六感』を、ジュリーの大きなターニング・ポイントとなった作品であると捉えています。当然「50歳」という年齢的な区切りもあるとして、それ以外の「歌による発信」の部分でね・・・。
より「歌」を自分の気持ちに引きつける、という意志から勇躍開始されたセルフ・プロデュースのアルバム・リリース。第1弾の「sur←」から数年が経ち、「生身の人間・ジュリー」がいよいよ『第六感』でハッキリしてきました。
前作『サーモスタットな夏』まではどちらかというとジュリーの生活感や音楽観を投影した感じに仕上げられていましたが、『第六感』では突如、ジュリーの「命」「精神」といったスピリチャルな面が露になっていると感じます。「僕はどういう男なのか」「どういう生き方をしていくのか」という、せり立つ「誠」を抑えることなく思い切りぶつけてきた・・・そんなアルバムだと思うのです。
話が逸れているようですが、今年のツアー、『第六感』収録曲から複数のセットリスト入りも可能性大と僕は予想しています(特に「グランドクロス」「永遠に」「君にだけの感情(第六感)」の3曲を強めにマーク!)。
そんなわけで、『第六感』を擁した1998年の『ROCKAN' TOUR』は、これからジュリーがどういう志で歌を歌っていくのか、を明示した最初のツアーとなったのではないかと僕は考えます。
そこでジュリーが「アテン・モワ」という(世間的には)地味な70年代のフランス語ヴォーカル曲を(日本語詞を加えて)セットリスト1曲目に採り上げられたことに、特別な意味がありはしないのでしょうか・・・?
感じ方が違う
与え方が違う
許し方が違う♪
2014年・・・今年の『三年想いよ』全国ツアーもまた、ジュリーにとってひとつの大きな節目となり、「これからのジュリー」を明示する第一歩のツアー、セットリストが用意されるのでは、と僕は考えます。
確かに、東日本大震災をテーマに歌い始めての3年目ということももちろんあるでしょうが、やっぱり昨年のザ・タイガース再結成実現があり、ジュリーの中でひとつの大きな区切りがついたと思うのです。
昨年だったでしょうか・・・ジュリーは「タイガースが終わったらもうやることがない。徐々にフェイド・アウトする」と語ったんですよね?
ただそれはあくまで「芸能界的に」「世間的に」ということだと思います。タイガースの大きな舞台が実現し、これから先はもうわざわざ表には出ていかない(今後再びタイガース活動の可能性、というのは別にして)・・・つまり、「残りの歌人生、自分の思いが込められる歌を歌っていくだけ」という意味の言葉ではないでしょうか。
それだけに、節目の新たなスタートとして、今年のセットリストには注目。『ROCKAN' TOUR』で歌われた「アテン・モワ」に僕が着目したのは、そういう理由なのです。
1998年のツアーでの「アテン・モワ」に意味があったとすれば、「自分なりの愛の歌をこの先歌ってゆく」という気持ちの象徴だったとも考えられます。ただ、今年もしこの曲が採り上げられたとすれば、もちろん1998年と同じ思いもあるでしょうが、「傷ついた心に寄り添う」ことをジュリーはまず考えて歌うような気がします。
「アテン・モワ」は悲しい歌なんですよね。
愛する人と離れて暮らすことになった・・・そんな主人公の気持ちを綴ったバラードです。
Dans l'avion qui me romene chaz moi
G Em
J'ai des larmes plein les yeux
Am
Et de te savoir si loin deja
D
Ju suis malheueux ♪
G
「あなたと過ごした日々を忘れない」という歌。
僕は大学の第二外国語でフランス語を選択していたにも関わらず、今ではもう勉強した内容も遥か記憶の彼方。辛うじて「じゅ・すい」「ちゅ・え」「ぬ・ざぼ~ん」とか覚えてるだけのレベル(泣)。
しかしアルバム『KENJI SAWADA』の歌詞カードには訳詞が付記されています。有り難い!
(余談ですが、ここ2年での老眼進行がハンパなく・・・日本語や英語は大丈夫なのですが、今回のフランス語のように普段馴染みがなくスペルの勘が働かない歌詞をPCに書き写す、という作業が非常に辛くなってきております涙。メガネ外してスペル確認、メガネかけ直してキーボードを叩き、途中で「あれ?」と再確認でまたメガネ外して歌詞カードを・・・という面倒の繰り返し。ちょっと早いような気もしますが、そろそろ遠近両用が必要ですかね・・・)
大きな悲しみを正直に晒す冒頭から始まり、曲が進むに連れて主人公の気持ちが溢れてきます。
「毎日あなたに手紙を書くよ」「あなたは僕の太陽」・・・そんなフレーズは、今ジュリーが歌いたい、伝えたい気持ちとリンクしているように思えるのですが、いかがでしょうか。
フランスで「巴里にひとり」がセールス的にも大成功したことを受けて、第2弾シングル「アテン・モワ」の歌詞は「巴里にひとり」のその後の物語を狙って作られたようですね。
「巴里にひとり」は、遠い東洋の日本からパリにやってきた青年が熱い恋に落ちる物語(ジュリー曰く「ナンパかましてる歌」らしいですけど)・・・山上さん作詞の日本語ヴァージョンではシチュエーションが全然違う(主人公は日本に恋人を残してパリに来ている)のが面白いわけですが、「アテン・モワ」では、巴里で運命的に出逢った恋人を残して日本に帰ってきている、という日本版「巴里にひとり」的な主人公の状況を思わせます。なんだかややこしいですね(笑)。
ただ、今ジュリーがそんな状況を歌ったら、意味はグッと深くなると思います。悲しい愛の歌であるのは当然としても、それが若い青年の恋物語にとどまらず、家族愛、人間愛をも伝える、聴く者が言葉を失うほどの入魂のヴォーカルとなるに違いありません。
元々、ジュリーのフランス語ナンバーは総じて(少なくとも『KENJI SAWADA』収録の7曲については)「ヴォーカル絶対主義」の楽曲構成となっています。お気づきのかたも多いかもしれませんが、演奏陣の見せ場たるいわゆる「ギター・ソロ」や「ピアノ・ソロ」などの楽器パートのミドル・エイトというものが無いんですね。
曲が始まってジュリーが歌い出すと、もう最後までジュリーがずっとそこにいる、聴き手はジュリーの声にひとたび吸い込まれると、そのまま身を委ね続けて曲が終わる、という仕上がりになっているのです。
日本が誇る色男・ジュリーの官能を思い知れ!と言わんばかりのこのアイデアは、推測ですが加瀬さんが仕組んだような気がするなぁ。よほどジュリーの資質に信頼、思い入れが無いと出てこないアイデアだと思いますから。
現地の打ち合わせで、「間奏はいらないんだ!」と熱弁する加瀬さんの姿を勝手に想像してしまいます。
また、「アテン・モワ」はストレート、ド直球の長調バラードで、調号の変化が無いことが大きな特徴(『KENJI SAWADA』収録の他フランス語ナンバーは、短調の「いづみ」を除いた長調5曲に、必ず同パターンの転調展開部が登場します)。
それだけヴォーカルにかかる比重も大きいわけで、ジュリーの声を聴いていると、サラリと美しく歌っているその奥に深い悲しみまで込められているようで・・・普段馴染みの無い外国語曲でここまでの表現を(意識せずとも)できてしまうジュリーは本当に凄い、としか言いようがありません。
そんな凄いヴォーカルがさらに凄くなる・・・僕が予想するくらいですからセットリスト入りの可能性は低いですが、是非今のジュリーLIVEで体感してみたい1曲です。
では、今回のオマケです!
まず、Mママ様からお預かりしている『プレイファイヴ』の特集『パリのひとり旅』から2枚。
この特集、コートを着て寒そうなジュリーのショットが多いのですが、今回はシャツ姿のショットを選びました。
そして〆は文中でも触れた、ピーファンの先輩からお借りしているフランスの雑誌から4枚。
これはどうやら、「日本と言えばジュードーとサドー!」という企画のようですね~。
現地のモデルか女優のお姉さん(?)にブン投げられ寝技に持ち込まれて恍惚状態のジュリー・・・。
と思いきや、少年時代の経験者としての血が騒いだのか、柔道ではなくビシ~ッ!とカラテ・ポーズも。
最後は普通に、美女を隣に余裕のショット。
日本人にもこんなカッコイイ男がいるのだ!とフランスの読者に見せつけてくれたジュリーなのでした。
それでは、次回も”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズが続きます。
なんとかあと2曲書いておきたい・・・頑張ります!
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