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2014年3月15日 (土)

沢田研二 「三年想いよ」

from『三年想いよ』、2014

Sannenomoiyo

1. 三年想いよ
2. 櫻舗道
3. 東京五輪ありがとう
4. 一握り人の罪

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いい声だなぁ。いい音だなぁ。
いい音楽だなぁ。

2014年3月11日リリース、ジュリーの新譜『三年想いよ』・・・僕は、とてつもなく好きです。
まさか、『3月8日の雲』を超えるほどに好き、と思える素晴らしい名盤が届けられるとは思ってなかったなぁ。

確かに、てらいなく「素晴らしい」と言ってしまうのが躊躇われるほどに、歌詞の内容は重いです。
どんなにジュリーの声が素敵で、どんなに鉄人バンドの音がイカしていても、作品からにじみ出る悲しみを抜きにこのCDを聴くことはできません。
ただ・・・これは多くの先輩方も仰っていますが、曲想が全体的に穏やかで明るく、キャッチーであるというのが今回際立った特徴。
『3月8日の雲』以降、重い歌詞をなかなかすぐには受けつけることができない、と仰る先輩方にとっても、その点が大いに救いになっているようです。

単純にそれぞれの曲構成を紐解けば
「あぁ、どこかで聴いたような気がする」
という、親しみや懐かしみのある、耳馴染みの良いメロディー、コード進行が曲中にスッとさりげなく差し出されていて、穏やかに身体に染み入ってきます。音楽的に「慣れ親しんだものへの安心感」でしょうか。
しかし、そんな親しみやすさを感じる一方で僕は、今回の新譜4曲をこれまで触れたことのないまったく新しい究極の音楽に出逢ったかのようにも聴いたのでした。

僕には独創の才というものが無く、こと音楽については過去の既存の作品と比較したり曲想や演奏をカテゴライズしたりして考察することしかできません。
もちろんそれはそれで音楽を楽しめることではあって、これから執筆する4曲、いや5曲か・・・の考察記事でそのあたりの類似曲例についても書こうとは思いますが、実際に今回のCDを聴く前に執筆した「予想」記事・・・これは、僕のそうした凡人ぶりがモロに反映されていました。
「こういう前例がある。だからこうじゃないか」
といった感じでね・・・。

例えば僕は無意識に、全収録4曲の中で「原発問題を歌ったもの」は1曲のみと決め付けていたわけです。最近の2作品がそうだったから、という理由で。
いかにも視野の狭い予想です。蓋を開ければ、ジュリーの詞で原発に言及した曲は4曲中3曲(厳密には、5曲中4曲)を数えていました。

何より、ジュリーの歌詞を考えた時に・・・いくらジュリーが「これから先はこういう歌しか歌わない」と決めて、言いたいことを言う、歌いたいことを歌う、という姿勢を明確にしたにせよ、演奏するバンドをはじめとして、それに応えられるだけの気持ちと技術を持ったスタッフがジュリーの周りに存在しなければ、ここまでの作品は生まれません。
聴き手としては、まったく初めて触れる音楽の制作環境・・・本当に奇跡だな、と思います。
『涙色の空』を聴いた時、ジュリーが未踏の地を行こうとしている、と思いました。ジュリーはいつの間にかその場所に辿り着いていた・・・歌いたいことを歌う、その最高の制作環境を、ジュリーは手にしていたんだなぁ、と。
ですから、ジュリーはもちろん凄いですが、鉄人バンドも凄いです。しかも自然に、当たり前のように凄い。

さらに、目立たないことかもしれませんが、ミックスだって凄いのです。
各楽器やヴォーカル・トラックのフェーダーのバランス、フェイド・アウトのタイミング、挿し込まれるS.E.のPAN設定と処理。正に入魂ですよ。素晴らしいスタッフの人達がジュリーの音楽制作を支えていることが、ミックスひとつとっても分かります。
そのあまりのミックスの素晴らしさに、ミキサーとしてクレジットされている小岩孝志さんのジュリーとの関わりをおさらいしてみました。何と、1999年の『いい風よ吹け』からチーフ・レコーディング・エンジニアを一任されています。それ以前にも、アシスタント・エンジニアとしてクレジットがあります。
もう、「ジュリーのやってきた音楽」を、録音段階から知り尽くしている凄い人だということなんですね。

そういったことをまず最初に感じた今回の新譜。
僕は、ジュリーが積み上げてきたものの大きさ、完全に信頼できるスタッフとの人間関係を、改めて『三年想いよ』という作品を聴いて思ったのでした。

拙ブログでは今年もまた、ジュリー渾身の新譜4曲(5曲)を、CD収録順に1曲ずつ採り上げて考察記事を書いていきます。
実は今現在、僕の故郷鹿児島県で原発再稼働に向けての具体的な動きがあり、そのことで僕自身色々と考えが変わった、と言うか纏まってきた部分があります。『三年想いよ』を聴き始めたタイミングでそれがあった、というのも僕にとっては何かしら運命的な話です。
特に4曲目「一握り人の罪」の記事にて、そのあたりは詳しく書かせて頂くことになるでしょう。

枕が長くなりました。
それでは今日は、新譜1曲目のタイトルチューン「三年想いよ」を採り上げての楽曲考察記事となります。
本当に畏れながら、という感じですが・・・伝授です!

それにしても1曲目から、詞も曲も演奏もヴォーカルも完全に予想が外れて・・・ただただ聴き入るのみでしたよ。
「三年想いよ」は確かに大きな悲しみを歌った内容ではありましたが、ヴォーカルについては、何人かのかたが「(僕を含めた多くファンの)予想に反して、穏やかな歌声なのでは?」と事前に語ってくださっていて、それは正にその通りでした。
慟哭の表現が皆無ではないにせよ、限りない慈しみに満ちたジュリーの声。感情を抑え、淡々と語りかけてくれているかのように聴こえるヴォーカル、そして言葉。
名曲です。僕は「もしかしたら耳をそむけたくなるほどの激しく重い声、曲、演奏なのでは」と覚悟して聴き始めましたから、余計にこの穏やかなメロディーに載ったジュリーのヴォーカルが心に沁みました。

僕は3月11日の発売日夕刻に池袋のタワー・レコードでCDを購入し(アマゾンさんは3年連続でダメでした。いや、もう慣れたけど)、帰宅の満員電車の中、ポータブルでの初聴となりました。
そこで僕がどのようにこの1曲目を聴き進めていったのか・・・話を進める前にまず、鉄人バンドによるすべての演奏トラックを書き出しておきましょう。

GRACE姉さん・・・ドラムス
柴山さん・・・エレキギター(右サイド)
下山さん・・・エレキギター(左サイド)
柴山さんか下山さん・・・リードギター(センター)
泰輝さん・・・ピアノ、シンセサイザー2種(トラックは同一かもしれませんが、くぐもったエレクトリック・ピアノのような音色と、木管系の音を加えたオルガンのような音色の2種が登場します)

まずイントロ。
エレクトリック・ピアノ風の寂しげな音色で、静かに泰輝さんのアルペジオが流れます。
不穏な、抗いがたい記憶の底に吸い寄せられていくかのようなアルペジオ導入。音階が「レラソラ、レラソラ・・・」となっていることで、この時点では曲が短調なのか長調なのかがまだ判別できません。
さらに言えば、全体のテンポもここではまだ不明。スロー・テンポの曲を、16分音符のアルペジオで導入させている可能性もあるのです。
「慟哭の短調バラード」を予想していた僕は、これをニ短調のスロー・バラードのつもりで聴き始めていました。

すると、意外なタイミングでGRACE姉さんのエイト・ビートが噛み込んできてまずはビックリ。

えっ、テンポ早め?
と。

何回か聴くと慣れてきますが、いやぁドキリとするドラムスの入り方でした。フィル・インのフレーズを当て込むのではなく、普通の淡々としたエイト・ビートが「パッとフェーダーを上げました」みたいなタイミングで、小節3拍目の裏から突然噛んでくるのです。

4小節が過ぎ、今度はギターのミュート・アルペジオが入ってきます。突然、生き生きとした雰囲気が演奏に吹き込まれ、ニ長調の曲であることがここで判明します。
このギター、Aメロ2回し目から登場する下山さんのトラックと音階、運指は似ていますが、エフェクト設定とミックス配置が異なっていまから、これは間奏とエンディングで歌メロをなぞる、泣きのリードギター・ソロと同一のトラックと考えられます。
この箇所では左サイドからもギターの音が聴こえてくるんですけど、これはセンター・トラックのエフェクト・リターンを左サイドに振っているもので、ギターの音が2トラック鳴っているのではありません。
イントロ部については、LIVEでは下山さんが担当することになると予想しますが、音源では間奏、エンディング(これはLIVEでは柴山さんがフィードバックを強めに弾くでしょうね)とイントロを加えたリード・ギター・トラックは柴山さんの演奏なのでは、というのが僕の考えです。

で、この段階でようやく僕は
「うわ、明快に長調じゃん!しかも、アップテンポとまでは言えないけど、ビート系だ・・・事前の予想は完全に外れた!」
と、(何故か)喜んでいたわけです。
ところが、ジュリーが「我が妻」と歌いだした、その瞬間。
「は?」
と、僕はポータブルを止めイヤホンを外し、電車内でキョロキョロとしてしまいました。
「え、今誰か僕に声をかけなかった?」と。
うめくような、それでいて耳に大きく響く誰かの声が聞こえたように思ったのです。

「気のせいか・・・こんな時に、まったく!」
僕はCDを再度1曲目の頭出しにして、もう一度イントロから聴きはじめて・・・再びさっきと同じ箇所で、両耳、いや脳に直接飛び込んでくる、人のうめき声のような音。
これは・・・CDに入っている音だ!

これが、この曲で唯一その箇所にしか登場しない、泰輝さんの木管系の音色のキーボードでした。
後から落ち着いて聴くと、ハッキリとキーボードの音なんですよ。でも最初は本当に、人の声のように聞こえたのです。それこそ、鎮められた魂がこの曲にのりうつったような・・・大げさに言えば、そんなふうに感じました。
まぁ、初聴の段階から「すべての音を聴きもらさずに聴くんだ!」などと、できもしないのに欲張りな気持ちで臨んでしまった僕のような者にしか、キーボードが人の声に聴こえた、なんていうこの勘違い感覚は起こり得ないとは思いますけどね・・・。

ただ、脳に拡がっていくように聴こえたのは、正にそうした狙いで小岩さんがミックスしてくれているから。
そしてこの「歌いだし」に配された音は、「三年前へと思いを辿る」歌の主人公(被災者の方々一人一人)の、悲しい記憶の起点を呼び起こす瞬間を表現しているのだと思います。
泰輝さんの音作り、鉄人バンドのアレンジ・・・徹底していますよ。魂が入っています。一部の無駄も、余計な装飾も無いのです。それがジュリーの歌とシンクロする・・・本当に凄いです。

こうした「えっ、えっ?」という初聴での新鮮なインパクトこそが、個人的に信頼しているアーティストやバンドの「新曲を聴く」際の醍醐味なんですよね。

ジュリーのヴォーカルが始まると、センターのギターはかき消えていて、右サイドの柴山さんのバッキング・ギターに切り替わります。エイト・ビートのダウン・ストローク連打。ベースレスの鉄人バンドがビート系のナンバーを演奏するにあたって、新曲、過去のシングル・ヒット曲を問わず、また柴山さん、下山さんを問わず高い頻度で披露される奏法です。
この「三年想いよ」では(少なくともCD音源については)、柴山さんがそれを受け持つことになりました。

そして「孫たち」のヴォーカル部からは、下山さんのギターと泰輝さんのピアノが演奏に加わります。
下山さんは、1曲目からいきなり伝家の宝刀を抜いてきましたね。「恨まないよ」「Uncle Donald」でジュリーファンにもお馴染みとなった、LOSER版「春夏秋冬」に代表される下山さん必殺のディレイ・ピッキング・アルペジオが、左サイドから耳に、曲全体に、心地よく馴染んでいきます。

また、この淡々としたビートに要所要所でピアノの音が鳴り始めると、「景色が通り過ぎていく」感覚が得られます。「三年想いよ」と似たようなアレンジ・アプローチの有名曲では(ポリスの「見つめていたい」や、大沢誉志幸さんの「そして僕は途方に暮れる」などを思い浮かべてください)、ハイウェイで疾走する車窓の景色といったところでしょうが、この曲の場合は同じ車窓は車窓でも、被災地の現状の風景がゆっくりと流れていくような映像が浮かびませんか?
或いは、曲のリズムとテンポ自体が、「三年」という時間の経過を表しているようにも思えます。

サビ部には転調があります。
下山さんが単音で「レラソ#ソファ~♪」と弾いて道標を作り(俗っぽいパターンだと「レド#ドシシ♭~」と、経過のフレーズが単にルートの半音下降になってしまいがちなところですが、下山さんの”第一感”はひと味もふた味も違うのです。今回のすべての下山さんの演奏のうち、御本人が「うまくいったかな」とご満悦なのが、転調直前のこのフレーズだと推測します!)、調号が変化します。

恥じているんです 助けられたのに命
B♭   C          D   B♭ C          D       

無力な 木偶の坊  私  だったこと
B♭ C   Am     Dm  Gm B♭      A

ジュリーがタイトルフレーズの「三年想いよ♪」と最初に歌うのを受けて、曲は満を持してのギターソロへ。
先にも書きましたが、間奏とエンディングのリードギター・ソロは柴山さんの演奏ではないか、と僕は考えています。
ピックのタッチ(初めの1音への入り方など)や音色(フィードバック気味のサスティンなど)からもそう考えるのですが、一番のポイントはこの曲のギター・ソロが完全にGRACE姉さんの作った歌メロを踏襲して演奏されていることです。下山さんだったら、少しメロディーを崩して独自のフレージングを織り交ぜると思うんですよ。
LIVEで過去の(鉄人バンドでのレコーディング以外の)曲が演奏される時、柴山さんのソロはオリジナル音源通りのフレーズを弾くことが多く、下山さんのソロは自分なりのフレージングに変化させることが多い、というイメージが僕にはあり、そうしたことからも、「完全に歌メロ通り」の演奏はいかにも柴山さんらしいんじゃないかなぁ、と考えるわけです。

この曲のエンディングはフェイドアウトです。
前作「Uncle Donald」のフェイドアウトは、「あなた(ドナルドおじさん)の言葉を聞いていたい」と、「この先もずっと」というジュリーの気持ちを表現していたのでは、と考えましたが、この曲もおそらく「この先もずっと忘れない」ことを表しているように感じます。
このフェイドアウト、単純にギターソロを引っ張って、というだけではありません。
ソロの2回し目からユニゾンのリードギターがもう1トラック加わるんですよね。
目立たない割に手間のかかるレコーディングですが、鉄人バンドは手を抜きません。こうしたオーヴァーダブへの徹底した拘りは、2010年リリースの”鉄人バンド期”第1作である『涙色の空』以前の彼等には見られなかったことで、3・11をテーマに掲げた『3月8日の雲』を境に、ジュリーの作詞アプローチばかりでなく、鉄人バンドの「音作り」にも大きな変化があったのだ、と分かります。

夏からのツアーで新譜4曲は当然セットリストに採り上げられるはずですが、興味深いのは、CDではフェイドアウトの「三年想いよ」をいざLIVEでどのように終わらせるか、ということです。
これについて僕は大胆な予想をします。クロス・フェイドっぽいメドレー形式の導入です。
具体的には・・・下山さん、泰輝さん、GRACE姉さんの3人が、徐々に演奏の音量を下げていきます。最後には柴山さんのリード・ギターだけが残り、頃合を見て渾身のフィードバックを炸裂させ、そこに次曲「櫻舗道」の美しいピアノのイントロが重なってくる、というアイデア。
1997年の『サーモスタットな夏』ツアーでの「ミネラル・ランチ」~「PEARL HARBOR LOVE STORY」に似た感じの繋がり方、と言えばみなさまもイメージしやすいでしょうか。
まぁ所詮は、”全然当たらない”ことにかけては幾多の実績を誇る(涙)僕の予想に過ぎませんけどね・・・。

さて、ここまで曲の進行を追いながら鉄人バンドの演奏やアレンジについて書いてきましたが、いくら僕でも最初から楽器の音ばかりを念入りに聴いていたわけではありません。
一番集中して耳をそばだてたのは、やっぱりジュリーのヴォーカル、そして歌詞でした。

リリース前、毎日新聞の記事で「三年想いよ」の歌詞の一部が明らかになった時、僕はそこからこの曲を「Deep Love」への返歌ではないか、と予想しました。

つらい もう限界です 見つけて  下さい
     Bm        E                     D  A    D

これは、行方不明となり今も「探されている」側の人たちの、「1本の髪の毛」「1滴の涙」から発せられる声ならぬ叫びではないのか・・・と。「返歌」という自分が思いついたカテゴライズに自分で飛び乗ってしまった、安易な予想だったなぁと今にして思います。

いや、この曲に限らず収録曲すべてについて、もしこれが普通のアーティストの楽曲タイトルならば、かなりいい線の予想をしたのではないか、とは自分では思っているのです。しかしそこはやっぱりジュリー、「人の考えないところを考える」人なのですよ。
しかも「人の考えないところ」というのが今回の場合は本当に真っ当な、純粋な、素直な思いに沿った人こそが辿り着けるものではなかったのでしょうか。
難しくしない、ややこしくしない、カッコをつけない、他人の評価を気にかけない・・・被災地の現在を見つめ、自分の気持ちの真実を見つめ、そのままを歌う。
シンプルであればこそ、これは並大抵の歌手の発想ではありません。しかしジュリーにとってそれがごく自然な当たり前のことであり、「自分の気持ち」だったのでしょう。

今回の新譜でのジュリーのコンセプトは、「あれから三年経った今、何を思うか」というストレート過ぎるくらいにストレートなものでした。ジュリーはそれが素直にできる人でした。
僕にはそんな想像力が欠けていました・・・。

僕も妻帯者ですから、ジュリーがこの悲しい歌でまず「我が妻」と呼びかけた時には、ドキッとしました。
でも・・・あの震災で、実際に大切な人を失ってしまった人達の気持ちというのは、その人本人でないと絶対に分かりません。分かるはずが無いのです。
それでも、何とか想像してみようとする。自分の身に置き換えてみようとする・・・「所詮分からないんだから」などと考えるわけにもいきません。

どうすれば被災者の方々の気持ちが分かるのか・・・それすら分からない、と悩み迷った時・・・今ここにジュリーの「三年想いよ」という歌があります。

ジュリーだって「分からない」と思っていると思うのです。
だから、真剣に想像してみる。深い悲しみをもって三年を生きてきた人達、それぞれ一人一人の気持ちに、なんとか自分もなってみようとする・・・そうして生まれたのが、「三年想いよ」という曲ではないでしょうか。

僕もそうですし、世の多くの非・被災者の方々もそうだと思いますが、3・11以降被災地への思いを持った時、「何もできない」「何をすれば良いのか」「何ができるのか」と、どうしようもなく自分を責めたくなることがあります。
ジュリーもそうだと思う・・・だから、「自分にできることは何か。あの震災からのことを歌にし続けることくらいだ、とジュリーは思ったのでは」とお二人の先輩が語っていらした時、毎日新聞の記事にあった

「詞を作っている時、被災した方の心が痛むかなと思って、だんだん柔らかい言葉に変わってくる。それでも『痛いけれどよく言ってくれた』という歌詞が残っていたら、僕は救われると感じる」

というジュリーの考え方が、ストンと胸に落ちたように感じました。

「自分を責める」と言えば、この曲の歌詞中の「無力な木偶の坊」なるフレーズ・・・これは命残された被災地のかたの自責を代弁している、と考えて良いとは思いますが、それにしてはジュリーの言葉があまりにきつい。痛い。
きっと、ジュリーは自分自身に向けてこの「無力な木偶の坊」という蔑みの言葉を吐き出したんじゃないだろうか、とすら僕には思えるのです。

激しい自責故に、「失ってしまった人」への愛情の表現はその分深くなる。
それが昨年の「Deep Love」だったのか、と今さらながら思うところですが、今回の「三年想いよ」ではとにかく最後の最後、ジュリーの「好きだよ」に震えました。
何という「好きだよ」でしょうか。
こんなにありきたりのフレーズが、こんなに胸に突き刺さった歌は、他に無い・・・。

三年経って思う、時間が経ったからこそ気づかされる、大切な人への感謝と愛情を素直に、正面から歌った曲。それが「三年想いよ」という曲です。
大きな愛情への気づきがあればこそ、悲しみも大きい・・・拭えない。「あの日がすべて夢だったなら」と思わずにはいられない、三年目の3月11日。

ありがとう 温もり やさしさ 好きだよ
         D           A          G            D

あの日 すべて夢ならば 三年   想いよ
        Bm         E                 D  A     D

聴き手に想像力を与えてくれる曲です。
この歌詞が共感できない、なんて人はいないでしょう。是非ジュリーファン以外の多くの人に聴いて欲しい曲だと思っています。


さて、次回更新は2曲目「櫻舗道」です。
新譜CDの全曲が好きだけど、どれか1つ最高に好きな曲を挙げなさいと言われたら・・・僕は「櫻舗道」かな。
ところがこの美しいメロディーのバラード、下山さんの作曲段階からなのか泰輝さんのアレンジでそうなったのかは分からないんですが、和音移動の難易度が高過ぎる・・・僕レベルじゃマトモに採譜すらできないじゃん!

というわけで、悪戦苦闘中です。
すぐには更新できないかもしれませんが・・・ともかく、引き続き全力で頑張ります!

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『三年想いよ』」カテゴリの記事

コメント

DY様

記事UPお疲れさまです。

まだ聴き込みが足りないのでコメントできませんが、私は以下の曲順で聴いてます。

・3月8日の雲
・恨まないよ
・アンクル・ドナルド
・F.A.P.P
・フライデー・ボイス
・櫻舗道
・東京五輪おめでとう
・一握り人の罪
・Deep Love
・三年想いよ
・PRAY
・カガヤケイノチ

まさに3年がかりで完成した壮大なアルバムのようです。

投稿: Mr.K1968 | 2014年3月15日 (土) 22時21分

DY様

・東京五輪ありがとう

でした。訂正します。

投稿: Mr.K1968 | 2014年3月15日 (土) 22時27分

DY様 こんばんは

細やかなご伝授をありがとうございます。私もシンプルさ故の美しさと悲哀感に、胸が締め付けられました。

中でも各楽器の音色には、鳥肌が立ちました。ギターソロの力強くも感じられる悲しみを帯びた演奏は、いつまでも耳から離れられません。

人の声と思われたキーボードの効果音は、『櫻舗道』の「非常線」箇所にもありますね。

GRACEさんの作るメロディーでツボに嵌まっているフレーズがあります。お題曲の中では、「ごめん」の「め」から「ん」の下がる所とか、「命」の「の」から「ち」の下がる所です。GRACEさんの特徴で、思い切りの良さがいい味になっていると思います。そして、ジュリーも意外と好みではと思わせるように、歌詞を付けていませんか?

伊豆田さんのコーラスについても、ご感想を伺いたいです。知らず知らずに伊豆田さんの声が、身体に染み込んでいます。

投稿: BAT | 2014年3月16日 (日) 01時02分

Mr.K1968様

ありがとうございます!

なるほど、最近作3枚をそのまま並べるのではなく、ひと工夫されましたか。Mr.K様の案は、時間軸がコンセプトになっていらっしゃるようですね。
いずれにしても、「自分なりにこの3枚の曲順を考えてみよう」とした時、ほとんどのジュリーファンがラストに「カガヤケイノチ」を配するのではないでしょうか。
夏のツアーでは12曲すべて…というのは可能性としては正直どうかな、とは思いますが、「カガヤケイノチ」は聴きたい、歌ってくれるんじゃないか、とも思っています。

BAT様

ありがとうございます!

本文で触れそこねましたが、この曲のジュリーのヴォーカル、最高音はBAT様が挙げていらした「いのち」の「の」の部分で、高いファ#の音です。「ミファ#レ~」とすべて高い方の音で歌いますから、男声としてはキツい箇所ですね。
また、「ごめん」は「ド#レファ#」で、「ド#レ」が高い音。ファ#には急降下、という感じです。
いずれも、ジュリーの声が特に印象に残る箇所ですよね。

「櫻舗道」の「非常線」の箇所、お気づきとは素晴らしい!「曲中一度」というアレンジですね。ただ、これは人間の声…コーラスだと僕には聞こえます。エフェクト処理はされているようです。
本当にスリリングで、ドキリとしますよね。あの声(音)が歌詞とあいまって、「現実を突きつけられた」ような効果を出しています。
いくらでもこのネタで語れそうですが、それはこれから書く記事で…(汗)。

投稿: DYNAMITE | 2014年3月16日 (日) 10時38分

DYさん、お邪魔します。
私も、今回の新作が大好きです。鉄人バンドの演奏は、前作以上に、それぞれの持ち味が出ているし、透明感があるクリアなミキシングも素晴らしいです。
ジュリーの歌唱は、穏やかだけど、個人的には、聴く回数を重ねるたびに詞の間から慟哭が滲み出てくるような印象を持っています。前作の『Deep Love』では情感が噴出していましたが、この曲では、歌声の中に織り込まれているように細やかです。技術で情感を表現するのではなく、情感そのものを歌唱に織り込むという方法は、誰にでも出来ることではないと思います。素直に、ジュリーの才能と、今日までの修練に脱帽しました。

投稿: 74年生まれ | 2014年3月16日 (日) 20時35分

DY様 こんばんは。

シンプルで繊細、ストレートだけど深い。
ジュリーのアンテナには悲しみにねじ伏せられていた想いがキャッチされてしまうのですね。
そんな想いを歌に変えて発信する。
「唄歌い」って本来そういうものだったのかもしれないな、と思います。
演奏も聴くほどプレイヤーの心情が溢れているのが伝わります。


投稿: nekomodoki | 2014年3月16日 (日) 22時43分

瀬戸口様

素敵なアルバムですね。

静かで穏やかで厳しくて堂々と自由です。
「心・技・体」が揃った大横綱ね。
(他意はありませぬ)

鉄人バンドが用意した素晴らしい音の中でジュリーは確信を持って歌っています。
バンドの音は、いつもジュリーの声に影響しますから。
歌声はどれも素晴らしくて、少しずつ違う表現。

「三年想いよ」は個人個人の悲しみが大きな悲劇の素なのだということを改めて確認させているような大切な人達へ呼びかける声が「絆」のひと言では表わせない親密さとそれゆえの悲しさを感じます。
重苦しさを感じさせない音と歌声が彼らの心の高さを表わしています。


投稿: momo | 2014年3月18日 (火) 12時02分

74年生まれ様

ありがとうございます!

今回はとにかくジュリーのヴォーカルはじめすべての音が自然で、それこそ邪気が無くて…「あぁ、とうとうたどり着いたんだなぁ」と感じます。
確かに「透き通った」感じがありますね。

鉄人バンドは「メンバーが作った曲を4人でアレンジする」という言葉のレベルを超えたように思います。もう、これ以外のスタイルは考えられないところまで来たなぁ、と…。

この曲では文中に書いたように、フェイドアウト部をライブでどのように演奏してくれるのかが今から楽しみです!

nekomodoki様

ありがとうございます!

1曲目「三年想いよ」と2曲目「櫻舗道」では、ジュリーが語っている「声をあげたくても黙っている」たくさんの人達の悲しみが浮かびます。
「歌声は届かないかもしれないけど、祈りは届くと信じて僕は歌うしかできません」…ジュリーはそう言っていましたね。ライブとか、そういう場所に来ることができない人達のことですね。
ジュリーが歌いかけている人達に、この歌声が何かのきっかけで届くと良いのですが…。

驚くほどに純粋な作品で、制作に関わったすべてのスタッフの気持ちを感じる名盤だと思います。

すみません、お返事一度切ります。

投稿: DYNAMITE | 2014年3月18日 (火) 18時10分

momo様

ありがとうございます!

「親密さ」「心の高さ」…本当にそうですね。なかなかこのテーマでここまで澄み切った作品は作れないと思いますが、ここに現実にジュリーの新譜があって…今まで触れたことのない音楽に触れた、という思いです。

仰る通り、ジュリーは大横綱です。もちろん他意はありませんよ~。
トップ中のトップが持つ厳しさ、自然さ、そして穏やかさが泰然とこの新譜から放たれていますね。
早くライブで聴きたいです。

投稿: DYNAMITE | 2014年3月19日 (水) 12時35分

突然ですがこの場を借りまして…。
う、嬉しい!
『ロックジェット』56号、57号連続でジュリー特集の掲載があるようです。
まず第一弾の56号は、ザ・タイガース保存版とのこと。
ジュリーの特集についてはどこまでの内容なのかは分かりませんが、『ロックジェット』には、完全に「本格ジュリー堕ち」なさった佐藤睦さんがいらっしゃいますから…期待!

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~「歌謡曲」ではなく「ロック」なジュリーの魅力を再発見できます~
だそうですよ~。

投稿: DYNAMITE | 2014年3月20日 (木) 21時21分

DY様 私の母の故郷は福島です。母は7人兄弟の5番目です。私には16人の従兄弟がいます。福島には幼少期 夏になると祖父祖母の元へ遊びに行きました。今では私も従兄弟たちも家族を持ちました。震災以降、叔父や叔母の葬儀が続き、この3年で4回足を運びました。葬儀の際のアナウンスに地震が起きた際の心構えなどや線量機の設置されている光景など今でも震災の傷跡は残っています。叔父と従兄弟(親子間)には心の分断化が今でも残っています。離れたくない親と、家族を持ち出て行こうと考える子の気持ちの違いです。こんな日常が身近な福島の親族にあります…。遠い町の出来事じゃない と唄うジュリーの歌が心に染みます。ただ、ジュリーにはもっとシャウトしてもらいたい!

投稿: クリングル | 2014年3月28日 (金) 21時50分

クリングル様

ありがとうございます!

大変なことが続いたのですね。
僕にも叔父叔母が故郷にたくさんおり、鹿児島方の従兄弟は12人おります。
クリングル様は、それが福島だったのですね。年齢が近いですし、境遇と言いますか故郷を離れ家庭を持った者の故郷での立場というのは、なんとなく分かる気がします。

そうですか…葬儀の際に地震発生時の心構えのアナウンスがあるのですか。
そして線量機の存在、心の分断化…そうしたことが「遠い町の出来事じゃない」…と思えるのは、今は都会に住む僕が、遠く故郷の土地を持っているからこそ忘れないでいられることです。

ジュリーはLIVEでシャウトしてくれますよ、きっと!

投稿: DYNAMITE | 2014年3月29日 (土) 19時29分

DYさま

三年想いよ 一連の楽曲考察 ありがとうございました。
耳に入ってくる音のわりに 詞はヘビーだったんですね。 

>バンドをはじめとして 応えられる気持ちと技術を持ったスタッフが
>歌いたいことを歌う その制作環境を手にしていた
DYさまが  鉄人バンド絶讃される理由が 分かった様な気がします
今 ジュリーが歌いたい詩を唄っている  私達はそれがシアワセ!!!

お正月 彼が何を発信するのか 聴きたいと思います。

投稿: ぷー  | 2015年11月 6日 (金) 11時32分

ぷー様

ありがとうございます!

昨年の新譜のタイトルチューンでもあった「三年想いよ」は、CDだけで聴いていた時と、いざLIVEでジュリーの生の声で歌われた時で僕自身の感じ方が大きく変わったことで、とても大切なジュリー・ナンバーのひとつとなりました。

2012年以降のジュリーの作品は、鉄人バンドとのそれまでの積み重ねが無ければあり得ない創作だと思います。
ジュリーの「歌いたい歌」…来年のお正月にはたっぷりと聴けるはずですよ~。

投稿: DYNAMITE | 2015年11月 6日 (金) 20時50分

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