沢田研二 「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド(巴里にひとり)」
from『KENJI SAWADA』、1976
1. モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド(巴里にひとり)
2. ジュリアーナ
3. スール・アヴェク・マ・ミュージック
4. ゴー・スージー・ゴー
5. 追憶
6. 時の過ぎゆくままに
7. フ・ドゥ・トワ
8. マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス
9. いづみ
10. ラン・ウィズ・ザ・デビル
11. アテン・モワ
12. 白い部屋
☆
日本語版「巴里にひとり」
from『沢田研二/A面コレクション』
disc-1
1. 君をのせて
2. 許されない愛
3. あなただけでいい
4. 死んでもいい
5. あなたへの愛
6. 危険なふたり
7. 胸いっぱいの悲しみ
8. 魅せられた夜
9. 恋は邪魔もの
10. 追憶
11. 愛の逃亡者
12. 白い部屋
13. 巴里にひとり
14. 時の過ぎゆくままに
15. 立ちどまるな ふりむくな
16. ウィンクでさよなら
disc-2
1. コバルトの季節の中で
2. さよならをいう気もない
3. 勝手にしやがれ
4. MEMORIES(メモリーズ)
5. 憎みきれないろくでなし
6. サムライ
7. ダーリング
8. ヤマトより愛をこめて
9. LOVE(抱きしめたい)
10. カサブランカ・ダンディ
11. OH!ギャル
12. ロンリー・ウルフ
13. TOKIO
14. 恋のバッド・チューニング
disc-3
1. 酒場でDABADA
2. おまえがパラダイス
3. 渚のラブレター
4. ス・ト・リ・ッ・パ・-
5. 麗人
6. ”おまえにチェック・イン”
7. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
8. 背中まで45分
9. 晴れのちBLUE BOY
10. きめてやる今夜
11. どん底
12. 渡り鳥はぐれ鳥
13. AMAPOLA
14. 灰とダイヤモンド
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少し更新の間隔が開いてしまいました。
今週はまず、火曜のあの夏日に仕事で超大物商品の発送を社員総動員でやりまして・・・全員Tシャツをグショグショにして頑張りました。と、思ったらその後は雨が続いたり・・・忙しさと相俟って、さすがに体調を崩してしまったのでした。
それでもなんとか踏ん張って、仕事を欠勤することなくゴールデン・ウィークへと突入できて、ホッとしたところです。
そんな最中、『3月8日の雲~カガヤケイノチ』ツアー後半のインフォメーションが届けられたのは、何よりの薬。
ファイナルは渋谷ではなくフォーラムにしたんですねぇ・・・。還暦以来のジュリー人気もまだまだ右肩上がり、という証明でしょう。
それでは・・・「Snow Blind」「気になるお前」と続けてまいりました、『ジュリー祭り』セットリストからのお題シリーズ、ひとまずのシメとして今回は有名シングル曲を採り上げたいと思います。
『ジュリー祭り』序盤のヤマ場となった、タイガース→PYG→ソロのヒット・シングル攻勢の中から。
「巴里にひとり」、伝授です~。
まぁこの曲にはフランス語ヴァージョンと日本語ヴァージョンがあり(その他にもあったんでしたっけ?)、『ジュリー祭り』ではフランス語ヴァージョンが選曲されたわけですが、当記事では2つのヴァージョンの比較考察なども語っていきます。曲のタイトルは大ざっぱに「巴里にひとり」で統一することになりそうですが、その点御了承くださいませ。
さて、シングル版「巴里にひとり」がリリースされたのは、仏日ともに1975年のこと。
アルバム『KENJI SAWADA』は翌年のリリースなんですね。
先日の「気になるお前」の記事でご紹介したスコア『沢田研二/ビッグヒットコレクション』のオマケひとことコーナーでのジュリーの言葉に
仕事の面でも最高の状態にあるとき、ボクは結婚したい
というものがあり、まさにそれを実践、さらなる不動の飛躍を誰もが予感していたのが1975年という年だったのでしょうか。
渡辺プロダクションさんも、結婚をさらなるステップにジュリーを本物のアーティストにすべく、大プッシュ状態だったと聞きます。
ここで、まさにそんな折に発行されたお宝情報紙をご紹介しましょう。お持ちの先輩方も多いのかな?
僕はこれが何という情報紙であるかすら分からない状態で先輩からお預かりしているのですが、とにかく1975年のジュリーの動きが一目で把握できるような充実の内容になっていますね・・・。
表紙はもちろん、当時ヒットの最中にあったシングル、「巴里にひとり」をドド~ンと前面に押し出しております。しかも、コード付のメロ譜がフツ~に掲載されているではないですか!何と大らかで素晴らしい時代でしょうか・・・。
ただしこの譜面、日本語版「巴里にひとり」とは採譜のキーが違います。何故そんなことになったか、については僕なりに思い当たっている理由があるのですが、そのお話はまた後で。
この表紙を開くと・・・
伝説の『JULIE ROCK'N TOUR '75』の公演広告が。
まぁ、70年代のROCK'N TOURはすべて伝説なんですけどね。この時は特に盛り上がった雰囲気があります。
写真の下には、ジュリーのツアーに臨んでの言葉が添えられています。
(本文抜粋)
全国縦断コンサートは、僕の今年一番のメインの仕事になるだろうし、昨年のコンサートが成功したから。今年もその勢いにのってという安易な気持ちは決してない。このところ芝居とかドラマが続いていたけれど、幸い新曲の「巴里にひとり」がヒットしたことからも、ここでもう一度”歌手・沢田研二”というものを見てもらいたい。結婚したからといって、そのために僕の音楽に対する姿勢がこれまでのものと変わるものではないし、仕事に対して冒険心とか情熱は決して失ってはならないものだと思っています。
沢田研二
また、このページは見開き折り込み式になっていて、さらに頁を拡げますと
それぞれの土地で、たくさんの先輩方がこのツアーに参加なさったのでしょうね~。
さらに裏表紙は、これこそ伝説中の伝説・・・。
これまで何人の先輩から、この時の興奮を聞かせて頂いたことでしょう。1975年とは、そんな年だったんですね。
さぁ、それではこの素晴らしいメロディーライン・・・その楽曲構成の真髄に迫ってみましょうか。
まず・・・実はこの曲、日本語ヴァージョンとフランス語ヴァージョンでは、キーが異なります。
日本語ヴァージョンは、ご覧の通り♭2つの変ロ長調。
ドレミ楽譜出版社・刊 『ピアノ弾き語り 沢田研二/ベスト・アルバム』より
対してフランス語ヴァージョンは何と・・・。
変イ長調とイ長調の間!この世の誰にもキーを特定することはできません。
80年代前半までは、こういう設定になってしまっているレコードプレスって、結構あるんです。レコーディング後に「もう少しテンポが速い方が(或いは、遅い方が)いいんじゃあない?」ということになれば、レコーディングテープのピッチを少し上げたり下げたり。その結果、鍵盤には存在しない音階が登場してしまうのですね。
ちなみに、『ジュリー祭り』で歌われたフランス語ヴァージョンのキーはイ長調でした。この場合ですと、日本語ヴァージョンよりも半音だけ低いということになります。
演奏のしやすさで採譜するなら、このイ長調が最適でしょうね。
以下、この記事ではその日本語ヴァージョンの変ロ長調表記にて、考察を進めて参ります。
この曲の美しさは、サビ部の三段転調にトドメを刺します。
Aメロ・・・変ロ長調でしっとりと流れてきた穏やかなメロディーが、サビ部でまずは変ニ長調へと転調。
♪ パリ ラ・セーヌ 今で は
E♭m7 A♭7 D♭maj7 D6
遠く の 人 ♪
E♭m7 A♭7 D♭maj7
そして間髪入れずに、今度はハ長調へ。
♪ 帰ら ぬあの日が ♪
Am7 D7 G6
「えっ?」と思う間もなく(ハ長調であるにもかかわらず、「C」=ド・ミ・ソのトニック和音が登場する暇すら無い!)、変ロ長調へと帰還し
♪ 心に痛い ♪
Cm7 F7
で、華麗に着地。
有無を言わせず、オシャレ。これはロック的とは言えない作曲手法で、僕は作曲者や作曲のいきさつ、経緯などをまったく知らないのですが、明らかに「フランスで売るぞ!」という狙いを感じます。
では、「巴里にひとり」のこの優雅な転調によるフランス戦略を踏まえつつ、一歩下がってアルバム『KENJI SAWADA』の特徴について考えてみますと・・・。
このアルバムって、フランス語のナンバーを軸にしながらも、日本語、英語の既発表曲が差し込まれる収録曲構成は、一見とっ散らかったようなイメージも受けますが、全曲通して聴き込んでみると不思議な統一感があります。
これは一体どういう理由によるものなのでしょうか。
ここで、ジュリーとも縁の深い、佐野元春さんのアルバム制作秘話をご紹介したいと思います。
佐野さんは”アルバムの収録曲構成の統一感”ということに並々ならぬこだわりがあるようです。僕が高校生の頃に読んだインタビュー記事(『ミュージックマガジン』だったように記憶していますが、自信がありません)で
「リスナーは(細かい理屈は解らずとも)、例えばキーが「E」の曲から「A」の曲を連想したり、キーが「C」の曲なら「F」の曲を連想したりということがあると思う。『バック・トゥ・ザ・ストリート』(佐野さんのファーストアルバム)は「E」、『サムディ』(同サード・アルバム)は「C」が基調になってる」
と、斬新な手の内について語ってくれていました。
随分深いところまで突き詰めて作っているんだなぁ、と感心したものですが、佐野さんは続けて
「(アルバムの統一感については)まだまだ他にも秘密がある(笑)」
と語っていました。
ならば、と僕はその後リリースされた佐野さんのアルバムについて、隠された「秘密」を解き明かそうと色々研究した結果、『カフェ・ボヘミア』(オリジナル・アルバムとしては5枚目)という作品では、いくつかの収録曲について、まったく同じ理論に基づく転調が取り入れられていることをつきとめました。
うち、「ヤングブラッズ」と「シーズン・イン・ザ・サン~夏草の誘い」の2曲はシングル曲でもあるので、ご存知のかたも多いでしょうか。
近い時期にリリースされたこのシングル2曲を、「何か雰囲気が似ているな・・・」とお感じではありませんでしたか?
「ヤングブラッズ」の「偽りに沈むこの世界で♪」の部分。
「シーズン・イン・ザ・サン」では、「長い夜が明けてゆく♪」の部分。
この2つの転調部がその感覚の正体で、これはまったく同じ理屈の転調になっているのです。
同アルバム収録のナンバーでもう1曲「虹を追いかけて」にも同様の理論に基づく転調があり、それぞれ全然違う曲の隠れた共通点の提示により、リスナーは知らず知らずにアルバム全体に統一感を覚えるわけです。
佐野さん、これは明らかに狙っていますね。
そして、そんな佐野さんの『カフェ・ボヘミア』リリース(1986年)から遡ること10年以上も前、ジュリーのアルバム『KENJI SAWADA』に同じ手法を見出すことができるのです。
例えば「巴里にひとり」と「フ・ドゥ・トワ」が何か似てるなぁ、と漠然と感じていらしたジュリーファンの先輩方は、きっと大勢いらっしゃると思うのですがいかがでしょうか。
まぁこの2曲の場合はイントロのアレンジや、3連符バラードの曲想なども共通しており類似点も多いのですが、他のフランス語ナンバーについても、何となく似た雰囲気を感じる曲がありませんか?
そこで、フランス語収録曲を具体的に検証してみますと
「巴里にひとり」の「Paris la Seine♪」の箇所。
「スール・アヴェク・マ・ミュージック」の「Dans Chaque ville♪」の箇所。
「フ・ドゥ・トワ」の「Je n'ai pas le droit♪」の箇所。
これら3つの転調箇所はすべて同じ理屈によるものです。例えば全曲ハ長調へと移調して揃えてみますと、採譜表記はどの曲も変ホ長調への転調となるのです。
また、「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の「Parfois elle♪」の箇所も、厳密には違いますがこれら3曲とよく似ています(例えば転調連結部が「ド・ミ・ソ」→「ラ♭・ド・ミ♭」の和音になっているのは、「フ・ドゥ・トワ」とまったく同じ)。
当時のスタッフは、これらフランス語ナンバーにさりげなく共通の雰囲気を作って、ジュリーという歌い手のイメージを固めようとしていたのではないでしょうか。
そしてアルバム制作の際には、収録の英語ナンバーを敢えてロック色の強い曲にすることにより、優雅なフランス語ナンバーを引き立てようとした・・・そんな策略も見えてくるのですが・・・。
いずれにせよ、『KENJI SAWADA』は単なる企画盤としてではなくひとつのコンセプト作品として、僕の中で評価は高いです。通して聴くと不思議と日本語ナンバーの配置にも違和感はありませんし、何と言ってもフランス語の7曲の完成度が非常に高いですからね。
それでは、ジュリーのヴォーカルについて。
ジュリーのフランス語発音の魅力については、以前の「フ・ドゥ・トワ」の記事で語りまくりましたから、ここではそれ以外のお話・・・そう、むしろ発音がネイティヴでないことによる魅力を掘り下げたいと思います。
もちろん日本語版「巴里にひとり」のヴォーカルも素晴らしいのですが、僕は圧倒的にフランス語ヴァージョンのヴォーカルの方が好きです。言い様のない色気を感じるのです。
ただ、盟友のYOKO君などは逆に日本語ヴァージョンの方が好きだということで・・・突き詰めていけば、単にそれぞれの好みの問題なのでしょう。
あと、絶対音感をお持ちの方はひょっとしたら、先述したキーの曖昧さのせいで、フランス語ヴァージョンを居心地悪く感じたりするのかもしれません。才の無い僕には想像できないことですけれど・・・。
みなさまは、どちらのヴァージョンがお好きですか?
フランス語ヴァージョンのこの曲のヴォーカルの魅力について考えた時、僕は「他国の人が自分の国の言葉で歌った曲」の方が、例え発音にたどたどしさがあったとしても、曲によってはかえってグッとくる、というパターンが彼の地フランスで起こり、それがヒットチャート第4位というセールスに繋がったのではないかと想像しています。
僕の場合、「外人さんが歌った日本語の曲」ということで、同様に思い起こすある名曲があるので、ジュリーがフランスで受け入れられたのはその逆パターンなんじゃないか、と以前から考えていました。
その名曲とは・・・イタリア人歌手、ファウスト・チリアーノが歌った「私だけの十字架」。
ご存知の方も多いでしょう。社会派の刑事ドラマ『特捜最前線』のエンディング・テーマとして有名だった曲です。
その国の言葉のニュアンスについての完全な理解が足りておらず、それがかえってベタベタした感情移入を取り払い、真っ直ぐに歌詞とメロディーの良さに直結して聴こえる・・・そんなパターンの曲。
きっとフランスのリスナーにとって、ジュリーの「巴里にひとり」はそんなふうに聴こえたんだと思います。
このパターンの絶対条件は、シンプルなフレーズの言い回し(外国人でも発音には困らない)ながらも深い味わいのある歌詞であること。
「巴里にひとり」にはそれがありました。僕は大学で2年間だけ親しんだだけで、フランス語の心得は無いに等しいのですが、それでもこのフランス語の原詩は素晴らしいと思います。
まぁ、ジュリーに言わせると
「ナンパかましてる歌」
になっちゃうわけですが・・・(2003年『明日は晴れる』ツアーでの発言)。
ジュリーは感情たっぷりのヴォーカルも素晴らしいけれど、この曲のように「いわば、歌わされている」「手探りで歌を模索している」といったようなヴォーカルで信じられないほど無垢で崇高な声を出します。
その透明感、気高さは、やっぱり若きジュリー最大の魅力だと思います。
最後に・・・別の話になってしまいますが、先程半ば強引に『特捜最前線』の話を出しました。
実は、この素晴らしい社会派刑事ドラマの初期メンバーだった荒木しげるさんが、先日亡くなられました。
荒木さんはフォー・セインツのドラマーだったんですよね。でも僕はミュージシャン時代の荒木さんを知りません。僕にとって荒木さんは、細菌風船爆弾から街を護って殉職した「津上明刑事」なのです。
↑ 第146話『殉職Ⅰ・津上刑事よ永遠に!』より
この場を借りまして、ご冥福をお祈りいたします・・・。
さて、早いものでもう5月がやって来ようとしています。
次回更新からは”絶対に今年のツアーでは聴けそうもない曲”シリーズを開催予定。
それを5月いっぱいまで続けて、6月に入ったら”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズへとなだれ込んで行こうと考えております。
よろしくお願い申し上げます~。
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