沢田研二 「やさしく愛して」
from『AFTERMATH』、1996
original released 1987(シングル「きわどい季節」B面)
1. 月のギター
2. SPLEEN~六月の風に揺れて~
3. 堕天使の羽音
4. AFTERMATH
5. きわどい季節
6. やさしく愛して
7. 絹の部屋
8. 君が泣くのを見た
9. 坂道
10. 月明かりなら眩しすぎない
11. 明星 -Venus-
12. さよならを待たせて
13. ルナ
14. 静かなまぼろし
15. Don't be afraid to LOVE
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一昨日の10月29日、遂にやらかしてしまいました・・・。
ジュリーLIVE病欠という、大失態。
元々頑丈とは言えない身体。いつかはそういうこともあり得るだろう、とは想定していましたが・・・。
まさかこれまでで最高の神席を賜った日にそれが起きてしまうとは。
悔しいやら、情けないやら、自分に憤りを覚えました。
結局、油断していたのでしょう。
ちょっと風邪気味で調子悪いな、とは思っていましたが、なぁにLIVE当日になればハイテンションで病気も吹き飛ぶだろう、という甘い考え。
恥じ入るばかりです。
付き添って自分も欠席する、と言ってくれたカミさんを何とか宥め拝み倒して参加してもらい、僕の席は、会場でお会いした2階席チケットをお持ちのJ先輩のどなたかに代わってもらって欲しい、と託しまして、何とかジュリーから丸見えの神席をポッカリ空けることだけは回避しました。
それでも、一つの空席を作ってしまったことには変わりありません。
申し訳ない気持ちでいっぱいです・・・。
当日、ちょうどLIVEが始まろうとする頃。
迷ったのですが、やっぱりジュリーを聴きながら臥せっていよう、と思いました。
さすがに自分で編集した今ツアー・セットリストのCDは悔しくて聴く気になれません。
熱で頭痛もあるし、あんまり激しくない作品にしよう、と思い立って何とはなしに取り出したのは。
普段あまり通してじっくり聴く機会のなかった、”バラッド・セレクション”な企画盤、『AFTERMATH』。
何ということでしょう。
どうという意図も無しに、この状況下で聴き出してしまった1枚。ジュリーのデビュー30周年を記念して制作された・・・という割にはあまりもマニアックな選曲群。
これが、切ないほど沁みた・・・。
来年お正月の『Ballad and Rock'n Roll』ツアーでは、この『AFTERMATH』という作品から選曲があるんじゃなかろうか、などと思いながら・・・今日は最高にいたたまれない大名曲(と言うのもなんだかおかしな表現ですが)を採り上げてみたいと思います。
ふがいない自分を追い込むには、最適なバラッド。
コメントを頂いたみなさまや、個人的にメールなどで心配してくださったみなさまへのお返事よりも先に記事を執筆してしまうのは心苦しいのですが、不参加となってしまった渋谷への思いを清算するため、まずはこの名曲について書かせてくださいませ。
「やさしく愛して」、伝授!
(今回の『秋の大運動会~涙色の空』セットリストには入ってませんよ~。念のため)
オリジナル・リリースはCO-Coloスタイル初期のシングル「きわどい季節」のB面ですが、当時のセールスなど考え合わせると、この「やさしく愛して」を『AFTERMATH』で初めてじっくり聴いた、という先輩も多かったのかなぁ。
いや、ジュリーファンの先輩方はそこまでチェックが甘くはないか・・・。
僕はこの29日夜、本当に何の気なしに『AFTERMATH』を選んで聴いていたのですが、せっかくのLIVEを病欠するという失態・・・そんな自分に憤り、「どうしようもない男」として自らを責めたい気持ちというのは確かにあったのでしょうね。
そんな罠、いや、必然かな・・・。
自分の気持ちにズッポリと嵌った曲が用意されていた、というわけです。
『AFTERMATH』の甘美な世界が心地よく、熱さまシートを当てた額がなんとか爽やかに感じ始めた、6曲目。
この「やさしく愛して」は突然僕の体内をグサリと突き刺すように、襲ってきました。
♪ スポットライトの光の中で ♪
B♭ C F Dm
やさしく歌えた、と思った ♪
B♭ C F
泣けた・・・。涙、出ました。
確かに今頃、ジュリーは渋谷のスポットライトの光の中でやさしく歌っているのだろうな、と。
「やさしく愛して」は、これまでも名曲だと思って聴いていましたが、今回は聴こえ方がまるっきり違ったんです。
歌っているジュリーを「聴きに行きたい」ではなく、「逢いに行きたい」と思ってしまった・・・これではまるで乙女ではないですか~。
これがジュリーか。
男性であり、当然ながらジュリーにとって何者でもありえない僕のようなファンにとっては、縁の無い聴き方だと思っていた・・・ジュリーが、自分に向けて歌っているような錯覚に陥るという、魔法。
この感覚なのですね、よく先輩方が熱く語っているのは・・・。
いや、歌っている内容はもっとシビアな愛の世界だし、本来男性ファンの入り込む隙間なんて無いのです。
でも。
「あぁ、いまごろジュリーは歌ってる頃だなぁ」
なんて考えながら、熱で火照った頭で聴く「やさしく愛して」は、ちょっとヤバイですよ。
だから、多くは触れないけれど、リリース当時の状況の中で実際この曲を歌っていたジュリー自身も、相当ヤバかったんじゃないかなぁ。
♪ コインの落ちる音と 発車を告げるベルの音
F Am Dm B♭ C F F7
追いかければもっと悲しくなる
B♭ C F Dm
そんな気がしたんだ ♪
B♭ C F C7
「コインの落ちる音と~♪」
の最後の
「と~♪」
でスパ~ン!と高く跳ね上がるメロディーは、いわゆる”あざとい”フォークソング特有のメロディーだったりします。
また、
「そんな気がしたんだ~♪」
と字余りで譜割りを追いかける箇所は、「講釈」と言われるこれまたフォークソング独特のもの。
しかし、ロック・リスナーにとってそれがまったく嫌味ではなく、最大の聴かせ所となっているのは、作詞・作曲のBOROが凄いのか、ジュリーのヴォーカルが凄いのか・・・。
おそらく両方なんでしょうけど。
そして。
これは本当に仕方の無いことなんだけど、僕より少し下の完全携帯電話世代からは、この詞の良さは半分も解らなくなってしまっているんじゃないかなぁ。
「コインの落ちる音」
公衆電話の、コインの音ですよね。
コインが途切れるまでに、伝えたいことを伝えなければならない・・・そんな焦燥感と切なさが、かえって言葉をつまらせてしまう。
100円玉を使い切ってしまって、ありったけの10円玉をつぎ込むんだけど、何も言葉に出来ないまま、コインの落ちる音だけが次々に耳に突き刺さってくる。
最後の言葉が、最後のコインの落ちる音にかき消される。
今の携帯電話の「無言」とコインの公衆電話の「無言」は全然違うんだなぁ。
ごく普通にそのやるせない「無言」が誰の身にも起こっていた時代は、確かについこの間・・・10年ちょっと前までは、あったんです。
僕は、ギリギリこの詞の世界を現体験している世代なのですね。
しかもこの詞は、日本語限定です。
「やさしく愛して」という曲の世界を、例えば英語圏の人に伝えようとして、さてタイトルを何と訳せば良いのでしょうか。
絶対に「Love Me Tender」では伝わらないと思います。直訳するならそれしかないんだけど・・・意図したい内容は全然違う。
「やさしく愛せばよかった」とか、「やさしく愛することができずに」とか意訳しなければならないのでしょうが、いずれも、ひとつの意味に収束し過ぎてしまうような気がします。
そうそう、BOROと言えば、随分前にYOKO君から「捨てぜりふ」を書いてくれ、って言われていて・・・僕も大好きな曲ですし是非書きたいのですが、なかなか構想が纏まりません。難解というのではなく、自分の表現力が追いつかない状況なのです。
今回の「やさしく愛して」のように、何か強烈なきっかけを得なければ、執筆は難しいかも・・・。
LIVEで聴けたら、一発なんですけどね。
それにしても。
ジュリーの楽曲は、ある瞬間を境にして劇的に聴こえ方が違ってくる、というナンバーが次から次へと出てきます。これは、本当に凄いこと。
CO-Colo時代のナンバーは、意外と今の鉄人バンドスタイルで表現しやすいんじゃないかと思っています。
というのも、「CD音源の完全な再現」というジュリーの試みに限りなく近づいた最初のバンドがCO-Coloで、それこそがCO-Colo期ジュリーの大きな意義だったのではないか、と僕なりに考えているからです。
これは大阪でいわみ先輩にもお話しましたが・・・何となく言わんとしたことがお解り頂けたようでした。
その手法を突き詰めた楽曲が、今ツアータイトルにもなっている鉄人バンドの「涙色の空」だったりするわけですから・・・。
ただ、CO-Colo時代の場合はどうしても、ジュリーのヴォーカルが圧倒的にLIVEの方が良いと感じてしまうのですが。
これは『正月歌劇』が凄過ぎるのかな?
「やさしく愛して」を生で聴ける日は、果たしてこの先やって来るのでしょうか。
僕はきっとその時、2010年10月29日を思い出すのでしょうね・・・。
日頃から親しくさせて頂いているJ先輩が、いつかこんなふうにお話していました。
「自分が病気になったのは、他の誰かの分を代わりに背負ったのだ、と考える」
と。
今回病欠してしまったジュリーのLIVE。
僕はひょっとしたら、ジュリーや鉄人バンド、或いは久しぶりのジュリーLIVEを楽しみにしていたファンの方々・・・誰かの体調不良を代わりに背負ったのかもしれません。自己完結とは言えそう思うと、いくばくかの平穏な気分が戻ってくるようです。
そういえば、今日は仙台だ。
大丈夫だよね、下山さん。
芋煮会も実現したしね。
僕が今回背負ったものなんて小さいけれど・・・そう考えることにしよう!
そして、早くこの身体を治すのだ~。
幸い、千葉がすぐ後に待っているのです。
ここでは、今回がジュリーLIVE初参加となる、仕事関係の同世代の男性を誘っています。
数年越しの大きな構想の、最初の重要な仕込みになるかな?
その人は今、ジュリーのことを”懐かしの歌謡歌手”みたいな感覚でいると思うんだ。
火傷必至だね!
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