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2010年4月20日 (火)

沢田研二 「"B"サイドガール」~「夜のみだらな鳥達」

from『CO-CoLO1~夜のみだらな鳥達』、1986

Cocolo1

1. "B"サイドガール
2. 夜のみだらな鳥達
3. 無宿(むしゅく)
4. ドシャ降り、抜けて・・・
5. あの女(ひと)
6. 幻想(イリュージョン)
7. 流されて・・・
8. 時の街角
9. 闇舞踏(やみぶとう)

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さて今回のお題は。
常連さんとして、最近すっかりお世話になってしまっておりますnekomodoki様の、30万ヒット・キリ番リクエストでございます。

今となっては超レア盤となってしまいましたが。
アルバム『CO-CoLO1~夜のみだらな鳥達』より、「"B"サイドガール」~「夜のみだらな鳥達」、2曲をメドレー伝授!

拙ブログは、CO-CoLO時代3枚の楽曲について、他の時期の作品に比べかなり記事数が少ないです。
理由は単純(シンプル)で、僕自身の聴き込み度がまだまだ足りないからです。

でも、『CO-CoLO1~夜のみだらな鳥達』は、結構聴いてるんですよ~。(問題は『TRUE BLUE』ですわ←momo様すみません汗。)

後追いの身にしてみますと、CO-CoLO3作品についての正確な制作背景が把握しにくく、それ故に、下手な事は書けないという危惧があることも事実です。
リクエストを頂いたnekomodoki様も、冷静に聴けるようになったのは最近、と仰っておられますしね。
その葛藤を乗り越えた経験なくして、果たして新参者にどこまでこの時代のジュリーが語れるのでしょうか。

ただ、ひとつハッキリ認識していることがあります。
僕がこの時期のジュリーの作品に一番感じていること。

自作曲収録への渇望と実践

これですね。
これは、おもに次作『告白~CONFESSION』で語られることの多い”心情の赤裸々な吐露”とは意味合いが違います。

ジュリーは70年代の時点ですでに
「自分の作った曲ならもっと上手く歌える(伝えられる)と思うが、今の自分はまだそれができない(自作曲の完成度に納得していない)」

と、遠い将来のアーティストとしての自分の在り方まで睨んでいるような、「さすがジュリー!」と思わせる発言をしていますよね。
ジュリーの言葉はずっと後になってから意味が解る事がある、と多くの先輩方も仰っています。その通りだと思います。
つまり

本当に上手く伝えられる歌・・・自作の楽曲中心のアルバム制作
今、その時が来た!

そんなジュリーの挑戦が、CO-CoLOから始まったのではないかと。

確かに『CO-CoLO1~夜のみだらな鳥達』の時点では、ジュリー自身のペンによるナンバーは半分にも達してはいません。
しかし、この作品を私的なコンセプト・アルバムとして考えた場合。
まず冒頭に物語導入的な短めの楽曲を配し、メドレー形式で続く2曲目に、シングル級に気合の入った、作品の核となる名曲を収録する・・・そんな構成の中、その冒頭2曲が自らのペンによるナンバー(「夜のみだらな鳥達」は作曲のみ、作詞は大輪茂男さん)である事は、ジュリーにとって非常に意義深いプロデュースだったはずです。

特にジュリーの作曲の才能は、それ以前の本人の謙遜をはるかに凌駕するものです。
本腰を入れて作曲に取り組んだCO-CoLO期(「灰とダイヤモンド」「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」なども含めて)は、一気にその才能が解放された時期とも言えます。

作詞については、(今でもその傾向はありますが)人称の使い分けに謎が多く難解だったりするわけですが、これはやはり「私的」ということなのでしょうかねぇ。
例えば「"B"サイドガール」で使われる”奴”という呼称。
これは、”僕”の裏表現なのでしょうか・・・解釈が難しい。

では、このようにアルバム1曲目・2曲目をメドレーで飾ることになったこれら2曲の特徴を、詳しく分析してみましょう。
ずっと以前にコードを起していた「夜のみだらな鳥達」に加えて、今回は「"B"サイドガール」も採譜し、準備は万端です。

まず目立つのは、2曲共に非常に高い音域のメロディーを擁していることですね。
特に「"B"サイドガール」は、一番低い箇所ですら、「ソ」の音なのです。

ひとみ しのぶ 日々に ♪

の、太字部です。
この曲の最高音は1オクターブ上の高い「ソ」で、メロディーの上記箇所は、一番低い「ソ」から一番高い「ソ」へとせり上がっていく、大変美しい一節だと思います。「"B"サイドガール」のこの部分が好き、という方々も多いのではないでしょうか。

特筆すべきは、全体に高い「ド」から高い「ソ」を行ったり来たりする、というメロディーラインで、これはどう考えても男声キーとしては音域が高過ぎます。

しかし何と言ってもジュリーはヴォーカリストですから、自身作曲の段階から「この曲はこういう感じで歌おう」という主眼があるはずです。
この高音域のメロディーも、敢えてそう作曲しているに違いありません。わざとそう作っているという事です。

これは先日Rスズキ様のブログにお邪魔して「四月の雪」についての御記事を拝見し、確信を持ったことでもあります。
ジュリーは「四月の雪」をわざとギリギリの高音で歌った、とのことですね。大変興味深いお話でした。

では、その狙いは何でしょうか?

ここで参考までに(話の流れついでで恐縮ですが)、同じように”ギリギリの音階で作曲する”ことを武器にしているアーティストを紹介したいと思います。
誰あろう、ポール・マッカートニー。

曲の例で言いますと「DESTRACTION」や「I DO」といったナンバーがそうです。
で、その際のポールの狙いは何かと言いますと、これは明白。自身の持つ圧倒的な音域を誇示しようというものです。
この2曲は、1番のヴォーカルを低音部で、2番以降は同じメロディーを1オクターブ上の高音部で歌うという離れ業が炸裂するのですね。
また、ビートルズ時代には、「I WILL」という曲があります。
この場合は、演奏のベースパートを自身のスキャットで歌うという意表をつくアイデアがあり、その対比を際立たせるために、普通の歌メロをギリギリの高音で作曲しているわけです。
いずれにしても、持って生まれた広い発声音域を生かすための作曲と言えます。

では、同様に天性のヴォーカルの才を持つジュリーの作曲の場合もそうかと言うと、こちらには違う狙いがあるものと思われます。
ここで、「四月の雪」のお話がヒントになりました。

ジュリーは作曲段階からすでにこの「"B"サイドガール」を、せつない感じのヴォーカルに仕上げたい、と考えていたのではないでしょうか。
「四月の雪」のような声がかすれるほどの表現はありませんが、「「"B"サイドガール」で聴くことができるのは、常に高音域で、囁くように、また喘ぐように歌われるヴォーカル。
せつないジュリーですね。

「"B"サイドガール」「四月の雪」・・・他にも同じ狙いを持って作曲されているジュリーナンバーがあるかもしれない・・・今回の記事の構想を練るにあたって、僕はそんなことを考えたのでした。
聴き込んでいるつもりの楽曲でも、まだまだ新しい発見があるものですね。

このように、「"B"サイドガール」はヴォーカルスタイルを意識した作りだと僕は考えますが、和音進行など楽曲の作りこみそれ自体も非常に面白いです。
ハ長調のコード進行にト長調のメロディーが載っているような、不思議な感覚があります。

楽器を嗜むみなさまは、この曲の出だし

♪ SHE'S "B"SIDE GIRL ♪
                           Em

・・・まずCのコードを鳴らしてから歌い始めますよね。
ハ長調の曲ですから、それは必然。
ところがジュリーはおそらく、いきなりEmを鳴らして頭のメロディーを作曲していますよ。最初のこの部分は、ト長調あるいはホ短調の流れに沿ったメロディーに聴こえるのです。
次のコードにDm7を選んだが故に”偶然”ハ長調の曲に仕上がったわけですが、この曲でのジュリーのコード進行は、ハ長調のトニック「C」ではなく、何度も何度も「G」に回帰しようとして粘ります。
曲に独特の浮遊感があるのはそのためです。

♪ 僕の愛   を とまどいながら尽くしてくれた ♪
    Dm7  E7 G7 Am7     D7          G       G7

アレンジの段階で、CO-CoLOの演奏が
さらに捻って「G」の回帰点にセブンスの音を加えていますね。
Aメロのこの戸惑うような進行が歌詞にもマッチしています。
この”迷い”があってこそ、意を決したように明解なハ長調のメロディーへと移行するサビ部の力強さが際立つように思います。


コード進行にとらわれ、コードの構成和音に流されたようなメロディーを作るアーティストが多い中、コード進行、メロディーそれぞれ独立した魅力を持つジュリーの作曲作品には、やはり天賦の才を感じますね。

さて、せつなく不安ながらも強い意思を思わせる「"B"サイドガール」が短い歌と演奏を終え、耽美的な名曲「夜のみだらな鳥達」へと繋がっていくのですが。
素人ミキサーの耳判断ですと、この2曲は別録りであるように思われます。
では、どこからどこまでが分けて録音されたのでしょうか。

おそらく、「"B"サイドガール」の録音が

♪ SHE'S SO BEAUTIFUL
                              Em    B♭   Am   Gm   C7

このC7の和音まで。
美しく幻想的なシンセサイザー演奏です。
で、太字で表記した最後の2つのコードに注目して頂きたいのです。

これは

♪ 泣きたいためにはしゃいでた
     F                   Am
   巡りあうため彷徨い
    Gm          C7

という「夜のみだらな鳥達」Aメロ1節のトメの部分と同じ進行。
つまり、ヘ長調の楽曲である「夜のみだらな鳥達」の歌メロへと向けてアレンジ・演奏されているのです。
たとえ僕の推測通りにこの2曲が別録りだったとしても、最初からメドレー収録になることを前提としてそれぞれのレコーディングが行われた事は、明らかですね。

「夜のみだらな鳥達」も比較的高音域が活躍するメロディーですが、こちらは低音部もしっかりとあり、高音ばかりをうろつくヴォーカルではありません(と言ってもジュリーの高音の抜けは素晴らしいですが)。
純粋に、美しく自然なメロディーを追求した作曲だったのでしょう。

ところで、「あの女(ひと)」の記事にて白状したように、僕はこのアルバムを初見で”すべてジュリーの作詞”という勘違い(『告白~CONFESSION』と混同した)で聴いてしまいました。
ですから

♪ 男の心の奥を 隠すことはないんだと
    Am7     Dm     Gm            C7
   おまえのその生意気が やけに身にしむ夜だぜ ♪
       F              Gm7       B♭    C7

この辺りは聴いていてなんだかソワソワしてしまいました。
誤解でございました。
でも、それだけの切迫した雰囲気があるということ。ジュリーのヴォーカルの説得力だけでなく、大輪さんの詞も素晴らしいのです。テンションが高いですね。

あぁ、またまた大長文になってます。
いつもすみませんね・・・汗汗。今回は2曲分ということで、どうかひとつ。

次回、いわみ様をはじめとするプレイヤー向きの地味~なお宝記事を書きました後、いよいよジュリワンツアー、”全然当たらないセットリスト予想”シリーズ。
・・・にかこつけた、ここぞとばかりの、加瀬さん作曲ジュリー・ナンバー連発コーナーに突入いたしますよ~。

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みなさまからのリクエスト伝授!」カテゴリの記事

コメント

DYさん、お邪魔します。私もこの連作が大好きで、楽しく記事を読ませていただきました。
で、私のMy資料から、神保町で発掘してきた1986年「宝島」8月号のインタビューを紐解いてみました。その中でジュリーは…「最近は曲を書いているより、詞を書いている方が面白い」と言っております。しかし、その一方でこんなこともおっしゃっています。以下引用します。
例えば無人島に…「宝島に?」と沢田さんが笑う。ええ、宝島に。ウォークマンとカセットをひとつだけ。沢田さんは何を持って行きます?「うーん、難しいけど…2つになんない?OK?あのね、ストーンズの『スティッキー・フィンガー』と、ビートルズの『ホワイト・アルバム』!あの辺から進歩してないのね。全然(笑)」この頃のジュリーの真意はいかに。DYさんはどう推測しますか?

投稿: 74年生まれ | 2010年4月20日 (火) 23時44分

DY様
ありがとうございます。
人間って勝手なもので「許されない愛」をうっとり聴きながら、実際に身近な人やあるいは大好きな人がそういう状況になるのは見たくないという。「マノン」も「アントワネットとフェルゼン」も自分にとってはフィクションだから応援してくなるのであって身近な現実だったら私も石投げちゃう側なのかもしれないなー、と思うのです。(まあ、だからこそ許されない愛なのでしょうが。)今にして思えば世間もマスコミも無責任に言いたい放題でしたしね。
でも「ファンの人が心配してますよ。」
とどっかのおバカな記者がJULIEに聞いた時、私も(余計なお世話!)と頭にきましたがJULIEも「小さな親切、大きなお世話!」とぴしゃりと切り返していました。
最初歌詞カード見ないで聴いていたのですが、この2曲を不思議な構成の一曲だと思っていたので3曲目から歌詞カード見て聴き(? 曲とタイトルが合わないなー)とちょっと混乱し、もう一度歌詞を見ながら聴きなおして初めて別の曲だと気付いたのです。今でも必ず2曲一緒に聴いています。この頃のJULIEの声はいかがわしいまでに妖艶でむきだしの心を見せられているようで余計胸がざわつきました。

投稿: nekomodoki | 2010年4月21日 (水) 00時38分

74年生まれ様

僕もつい最近神保町に行ってまいりましたが…探せばお宝も埋もれているものですねぇ。

> ストーンズの『スティッキー・フィンガー』と、ビートルズの『ホワイト・アルバム』

はは…ストーンズの方が先に出てくるのがジュリーらしいですね~。
でも、これはロックリスナー正統派の発言ですよ。
いわゆる50年代から流れてきた「ロック」という分野において「新しい手法」が出尽くしたと言われているのがこの2枚まで。ちょっと時代はズレていますけど。

それ以降ロックは、良い悪いの問題ではなく、色々な他ジャンルや演奏技術などに頼りながら、何でもアリになっていくんですね。

ジュリーはきっと、「シンプルなものを極限まで高めて突き詰めた形」が好きなのですね…。

nekomodoki様

お待たせいたしました~。

つまり、「無宿」に進んでから歌詞カードを見てタイトル確認した、ということですね。
で、「無宿」を「夜のみだらな鳥達」というタイトルだと思って聴いてしまったわけですか。
確かにそれは…合ってない~。

僕はこんな時期からの後追いですし、まして男性ですから当時の先輩方の葛藤はわからないのですが…。
でも、「胸がざわつく」感じというのは、ついこの間、「songs」第1週放映直後に経験させて頂きました。
それだけでも、結構な試練でございました。

通過してみれば、ジュリーへの情熱が飛躍する契機だったと思っています。
乗り越えるまでの期間は長かったのかもしれませんが、先輩方もきっとそうだったのだ、と信じています。


投稿: DYNAMITE | 2010年4月21日 (水) 09時19分

瀬戸口さま。

懐かしい曲のご伝授ありがとうございます。
特に♪夜のみだらな鳥たちは好きでした。
歌門来福後、これから歌ってくれそうな曲を思い浮かべた時、真っ先にこの曲をと思いました。

「TRUE BLUE」のこと(笑)どうぞ、お気になさらないで下さい。
ご放念下さい。
瀬戸口さまの困惑がよくわかります(笑)
これは謎のアルバムですから。
正体不明なのですわ。
当時も今も謎です。
揺れ動いているような、孤独とまでは言えないけれど、周りには誰もいない風景の中で、独り言をつぶやいているような印象があるアルバムです。
声の中にあるものを追って行くと疲れるのでココロの演奏を聴いて、何故なのかなと思います。
このころのジュリーはすべて謎のまま、ココロを手放しました。
「TRUE BLUE」は3部作の最後というよりあの時にジュリーの出した謎のアルバムとしてわたしの最上級アルバム群の1枚としてあるのです。

投稿: momo | 2010年4月21日 (水) 21時42分

リアルタイムで聴いてたらきつかったでしょうね~(後追いでよかった)。
この頃はまだジュリーの内でも僕と奴の間で葛藤があったのでしょうか?でもちゃんと俯瞰で見ていてなにげに冷静ですよね。どんな反響があるか位、分かってて発表したんでしょうね~。
いや、それにしても美しい声です。

ところで、アニタ、聴きました!
う~ん、ディープインパクト・・・。

投稿: ひいきゃん | 2010年4月21日 (水) 21時45分

「ジュリーに地味な曲ってあったっけ?」って、悩ますようなこと書くな~(笑)

まぁアルバム「ミス・キャスト」のときはいろいろ思ったけど・・・

投稿: いわみ | 2010年4月21日 (水) 23時21分

momo様

お気遣いありがとうございます(涙)。
「TRUE BLUE」をまともに聴けていない事は、ずっと気になっているのですが…。

♪きっといつかは僕の記事になるんだ~♪

という事で、いましばらくのご猶予を~。

そういえば…
と、momo様のコメントで気がつきました。
僕はまだこのアルバムの曲をLIVEで体験していないのでした!
僕は「無宿」のようなCO-CoLO期独特のアップテンポ・ナンバーも是非生で聴きたいです~。

ひいきゃん様

確かにこの点については、後追い組のみなさまは逆に強いですね~。
僕もそうですよ。やっぱり曲の良さ、ヴォーカルの美しさがまずjわ~と胸に入ってきますからね!

その意味で、ジュリーが本格的に作曲家の道を志したCO-CoLO期は、もっともっと記事にしていかなければなりませんね。

「アニタ」、お聴きになりましたか!
びっくりなさったでしょう…。
でも、僕やあいら様がネタバレしちゃったから、心の準備はできていましたよね?

5枚組BOXという高いお買物…他の収録曲も是非じっくりと聴きこんでくださいませ~。

いわみ様

いやいや、どうもすみません!
決して出し惜しみするつもりでは…。

お宝記事というのは、曲の伝授ではないのですよ~。
自分の手元にあるグッズ系を自慢しようという、拙ブログ中最もミーハー路線のカテゴリーなのでございます。

で、いわみ様はじめプレイヤーの方々向きの、と書いたからには…。
楽譜です。
大したことはないのですが、
「偉大な先輩」
というテーマで、近日中にもご紹介させて頂きたいと思っております。

投稿: DYNAMITE | 2010年4月21日 (水) 23時31分

お久しぶりです。
こちらには日に何度もおじゃましてコメも書いては消し、書いては消し
無駄に地域ランキングを上げております。(スミマセン)
私、ジュリー歴だけは細長~いですがCO-CoLOのジュリーに
葛藤も複雑な思いもなあんもありませんよ。
だって、ジュリーが歌ってるんですから。それで~OK!


投稿: ぴー子 | 2010年4月22日 (木) 00時24分

お久しぶりです。
ぴー子さんに同じく1票!
43年間、葛藤も複雑な思いも持ったこと無いですよん。
全ての答えは生のライブを観ればわかることです。
地域ランキングを上げているところも同じです。ごめんなさい。

投稿: 黄身 | 2010年4月22日 (木) 19時41分

黄身さま

おお~同士よ~(オーバーな

DYさま
黄身さまの某所でのインクの記事に勝手に感動し、思いをお伝えしたくこの場をお借りする非礼無礼をお許し下さい。

薄れゆく感動を蘇らせて頂きました。
うれしかったです。
ありがとうございました。

投稿: ぴー子 | 2010年4月22日 (木) 22時55分

DYさま。私もこの場をお借りすることの失礼をお許しくださいませ。
横レスですが
>ぴー子さま
某所でも述べましたが、CO-CoLO期のライブでは「架空のオペラ」3部作とインク、雨の野音が私のベスト5です。
その感動をつたない筆と記憶とで再生しましたが、それがぴー子様にお伝えできて、こちらこそうれしかったです。
ありがとうございました。


投稿: 黄身 | 2010年4月23日 (金) 08時38分

遅参つかまつりました~!

ぴー子様

素晴らしい!
そうしますと、細長いことこそ素晴らしい。ジュリーに大局観をお持ちなのでしょう。
ジュリーが歌っていればオッケ~!
その域に僕もいつか到達できるのでしょうか?

地域ランキング、どんどん上げてください!
人口の多い順など、面白くありませんし~。
いつか、あっと驚く地域が東京を抜く日を楽しみに待っているのですが…。

黄身様

もちろん黄身様も素晴らしい。
ジュリーLIVEの真髄を語るお言葉です。

音源だけですが、僕も架空のオペラLIVEにはド肝を抜かれました。
音も、ヴォーカルも、突き抜けています。
生であれを観ていらっしゃる先輩方はさぞかし…。

ぴー子様、黄身様。
どうかお気遣いなさいませぬよう。
この場所でジュリーファンのみなさまがコミュニケーションをとって頂けること、僕は誇りに思います。
それは、この新規ファンの自慢でもございます。
光栄に思っておりますので!

投稿: DYNAMITE | 2010年4月23日 (金) 20時58分

DY様

ピー子様や黄身様のように、あの頃素直な気持ちで聴けていたら良かったな、と思います。
前の年に大切なものを失くし、又、大好きな親友が「現実はドラマよりシビアなリアル」の真っ最中だったりしたもので少しのことで気持ちががさついてた気がします。

もちろんこの時期もしっかりライブは見てました。インクスティックも3部作も野音も。「架空のオペラ」ライブLPも持っていますが、久々に聴いたらいいところで針が飛ぶ~。どうにかならんでしょうか。

投稿: nekomodoki | 2010年4月23日 (金) 23時09分

nekomodoki様

いえいえ、それも大切な聴き方のひとつではないでしょうか。
実は僕は大きな声では言えないのですが、ビートルズを見限って、ストーンズに大浮気をしていた時期があります。

その頃、気持ちがガサついてたような気がします。
結局ストーンズも大好きになり、ビートルズにも舞い戻り、無事に大人になり…今に至ります。

nekomodoki様も、ずっとジュリーと一緒に歩んでいますからね。

針飛びは、重さのあるレコード針だと解消する場合がありますが…。傷の程度にもよりますね~。

投稿: DYNAMITE | 2010年4月23日 (金) 23時21分

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