« 沢田研二 「光と花の思い出」 | トップページ | THE ROLLING STONES「RUBY TUESDAY」 »

2009年7月 6日 (月)

沢田研二 「影-ルーマニアン・ナイト」

from『架空のオペラ』、1985

Kakuu

1. 
2. はるかに遠い夢
3. 灰とダイヤモンド
4. 君が泣くのを見た
5. 吟遊詩人
6. 砂漠のバレリーナ
7. 影 -ルーマニアン・ナイト
8. 私生活のない女
9. 絹の部屋

----------------

1週間ほど更新が滞ってしまいました。いやぁ、夏風邪というのはタチが悪うございます。
僕はクーラーが苦手で、それでも東京の夏日(なんか、暑さの感触が変)をクーラー無しに過ごすのも無理な話で。仕事で残業を続けたせいもあるでしょうけど、「なんか喉が痛いな~」と思っているうちに遂に発熱しまして、ついでに口内炎だらけになり、しばらく文筆や録音作業も控え、おとなしくしておりましたのです。

 

その間世間では、僕の地元・鹿児島をはじめ、九州各地をジュリーが元気よく飛び回っていたり、いてまえ隊のお姉さま方がタイガース川柳の名作を量産していたり、メイ様のお宅にジュリー祭りDVDが無事に届いていたり(これは本当に心配していた)、色々と動きがあったようですね・・・って、どんだけ狭い世間なんでしょうか。

 

・・・気をとり直しまして。
どうやら熱も下がり、日曜一日ほとんど寝てたおかげで、かなり早起きしました。

久々だし、大長文になりそうな曲をいっとくか!

 

今日は、”ジュリー・ヴォーカル徹底分析”のカテゴリー記事。
但し今回のお題に関しては、ヴォーカルそのものの分析ではなく、特殊な録音手法についてのお話になります。
ジュリーの歩んできた奇跡の道すじの中、大きな転換期ともなった1985年。名盤「架空のオペラ」より「影-ルーマニアン・ナイト」、伝授!

 

当時はレコーディング業界そのものにとっても、大きな転換期でした。
何と言ってもレコードからCDへのパッケージ移行。
録音技法もアナログからデジタルへ。YMOにより一世を風靡した「サンプリング」という形態が当たり前の音作りとなり、むしろそれをどのように音に落とし込んでいくか、という点に、録音技術者のセンスが求められた時代です。

 

「架空のオペラ」以前のジュリーのアルバムにも当然サンプリングは導入されていますが、「女たちよ」「NONPOLICY」あたりは、サンプリング音そのものの露出が強く、「ジュリーサウンドとしてはどうなのか・・・この音作りが果たしてジュリーに合っているのか」という疑問を抱いたリスナーも多かったようです。いや、どちらも素晴らしいアルバムなのですが。

 

この「影-ルーマニアン・ナイト」をはじめとする「架空のオペラ」収録曲のいくつかは、サンプリング技術を導入しながらも、演奏それ自体は可能な限り生音感覚に近づけよう、という意図が見られます。
これは、編曲を担当した大野さんの意向が大きいでしょう。

 

大野さんも当時、御自身のバンドで試行錯誤を繰り返していました。
刑事ドラマ「太陽にほえろ!」挿入歌のアレンジアプローチが、新曲のたびに目まぐるしく変化していくんですよね。
ことレコーディング形態について、大胆なまでにサンプリングに依存してみたり、サンプリングの露出を数種類の音に絞って、生楽器メインで主旋律を目立たせてみたり。
いずれも楽曲を練りこんでいく上で楽しみの多い作業ですし、どちらがベター、という結論は出ません。
リスナーの好みの問題ですね。前者「マイコン刑事のテーマ」・後者「デューク刑事のテーマ」のどちらが好きか、ってのは。

 

そんな中、久しぶりにジュリーと絡んだ大野さん。
「ジュリー・ヴォーカル」という最高のファクターを得て、御自身のバンドとはかなり異なったアプローチを仕掛けます。
ズバリ、演奏は生っぽく、その代わりに声でサンプラーっぽいモノが作れないかな?という。

 

これはサイケデリック期のビートルズが開発した「テープ・ループ」という手法を新しい形でやってみよう、という試みであったかもしれません。良い意味での遊び心の産物です。

 

ヴォーカルレコーディングの基本技術に、「ダブルトラック」と呼ばれるものがあります。主旋律を歌うヴォーカルが、同一人物による2声構成、という形態です。
さらにこの「ダブルトラック」にも2つの手法があり、まずは、

 

① 歌手に同じヴォーカルをわざわざ2回歌わせて、2つのトラックを合体させる

 

というもの。
もうひとつは、

 

② 歌手が歌うのは1度だけで、ミックスの段階でヴォーカルトラックを抜き出し、ほんのコンマ数秒だけズラせて別チャンネルに移植、元のトラックと合わせてリプレイさせる

 

というものです。

 

①は歌手が大変。②はミキサーさんが残業。
音の求道者達はこうして、少しでも刺激的な作品たれ、という場合には、寝食惜しんで時間をかけるというワケですね。

 

解りやすくジュリーの70年代ナンバーで例を挙げますと

 

①=「人待ち顔」
②=「バイ・バイ・バイ」

 

聴き比べて頂ければ、理屈は一目かと思います。

 

で、「影-ルーマニアン・ナイト」。これは②の応用なんですね。
僕は自分の素人音源でもやったことがあるので解るのですが、②の「ほんのコンマ数秒ズラす」という手間は、かなりの労力なのです。相当のミックス好きでなければ、進んでこんな事はやれません。
そして更にこれも経験済みなのですが、面倒くさがって、ズラす事をしないで2つのチャンネルをこさえてリプレイしてみたところで、全体のヴォーカル音量が上がるだけ、という至極当然かつ無意味な結末が待っているんです。ダブルトラックでもなんでもない。ただのピンポン(今で言うところのバウンス)トラックでしかない。そこで、

 

「やっぱりズラさなきゃダメかぁ、あ~あ、最初から移植し直しだよ・・・」

 

と言っているようでは、音の求道者たる資格は無し。

 

盆水還らずの精神、何とか生かす手はないものか、とズラさずに移植したヴォーカルトラックに、矢鱈めったらとエフェクトをかけてみます。
もう、歌詞が聴き取れなくなるくらい、メチャクチャにしちゃいます。
そんな事をしてしまったら、無論そのテイクのみではヴォーカルとして成立なんてしません。しかし、移植元のマッサラなヴォーカルトラックに合体させてみると・・・奇妙な、一風変わったリードヴォーカル処理の完成!

 

これが、「影-ルーマニアン・ナイト」ヴォーカル・ミックスの理屈。
あくまで、理屈です。アレンジの大野さんやミックス・スタッフの方々は当然、ハナからそういう狙いで作業していますし、僕のようにややこしい経路でやってはいないでしょう。
実際、2009年現在では、こういう作業もボタン操作でホイホイ出来る録音機材が、数万円でお手軽に入手できます。ただ、理屈を知らないと、やってみようとすら思いつかないだけの話。

 

「影-ルーマニアン・ナイト」のヴォーカルにこんな処理が施されたのは、楽曲が「危うい感触」とか「怪しげな雰囲気」を求めているからで、ただの当て込みでない事は明白です。
大野さん作曲の妖美なメロディーはもちろん、ジュリー自身のキワドイ歌詞(名義は李花幻)に基づいた、必然のアイデアだったのではないでしょうか。

 

あと、この曲には、僕のレベルでは分析不能な「第3の声」も入っておりまして。
時折、奇妙な低音処理のヴォーカルが噛みこんでくるのです。
これが後から重ねられたモノなのか、元トラックから抜き出された移植音を部分的に加工したテイクなのか、判別ができません。
ループよろしく、一定間隔で切り裂くように絡んできます。「人力サンプリング」の狙いがハッキリと窺え、大変興味深い試みです。
正に、「ナイフかピストル♪」のようなヴォーカル処理ですね。

 

一定の間合に乗せて繰り返されるサンプリング音。
その耳当たりを逆手にとり、敢えて人力でそれっぽい音色を作り上げる・・・しかもヴォーカルを使って!という野心作。
本当はそんな事よりも、この楽曲にまつわる当時のジュリー自身の背景などを語るべきなのでしょうが、タイムリーでない僕にはそれができませんので、今日は技術的なお話に終始してしまいました。

 

しかし長文だな!
ナナメ読みしないで、じっくり吟味しながら読んでくれる人なんているんでしょうか。
まぁ僕としては、こういう事を語るのは、楽しい。
ダブルトラックに関しては、いつか①の手法(同じ人が2度歌ってトラック合体)についても「人待ち顔」をお題に語ってみたいなぁ。あの曲のミックスは、それが故のハプニングとかありますしね。

 

また呆れずおつき合いくださいませ~。

|

« 沢田研二 「光と花の思い出」 | トップページ | THE ROLLING STONES「RUBY TUESDAY」 »

『架空のオペラ』」カテゴリの記事

コメント

瀬戸口さん、おはようございます。

すごく不思議なヴォーカルが心地よいこの曲いいですよね~。
妖しげな雰囲気を醸し出しているのは、そんな凝った技術処理のおかげだったのですか!
年代ごとの録音技術の変遷ってすごく興味あります。
わかってて聞けばきっと楽しさも倍増なんでしょうね。
プロの解説はやっぱりわかりやすくて面白い~ありがとうございます!

「ル~マ~ニアンナ~~イ」って声が重なるとこがめちゃ好きでジュリーの美声にうっとりします♪

ルーマニアンと歌っているのに、私はなぜかベルトリッチの「シェルタリングスカイ」みたいな世界をイメージしてしまいます。
たぶん「砂漠のバレリーナ」とごっちゃになっているのかも。
「河に浮かぶ ひとつの死体・・」とか歌詞が映画的な印象なのも素敵。
当時のジュリーの心境・・なんですかね、やはり・・。

ところで白井さんのXTC好きについてもありがとうございました。ムーンライダースも今度聞いてみます。
私もジュリーに貢ぎすぎてデュークス2枚組は当分手が出せません・・(泣)

投稿: まめふじ | 2009年7月 6日 (月) 07時19分

まめふじ様、いらっしゃいませ~。

ジュリーへの貢献度が高すぎ、洋楽CDが買えない…
どうやら僕と大変似通った状況にあられるようですね~。

「シェルタリング・スカイ」は音楽も有名ですが、言われてみますとなるほど、「ルーマニアン・ナイト」の詞は映画的ですね。

しかしXTCもすっかりアルバムリリース頻度が落ちましたね。
ウン十年間、毎年必ずリリースし続けているジュリーは本当にスゴイ!

投稿: DYNAMITE | 2009年7月 6日 (月) 20時36分

お久しぶりです~
口内炎て、ソレ手足口病じゃないですか?
手のひらに赤い点々出なかったですか~
いずれにしろお大事に。
参戦予定の週じゃなくてよかったですね。

いつか「ダブルトラック」について
伝授するって予告はこのことだったんですね~
意味を知らない用語があって
吟味しても難しかったです。。
でも、あのちょっといつものジュリーとは違う
声の謎は、こういうことだったのか。。
と雰囲気(!)はわかりました~

世間では、ドームDVDにサリーとタローが写ってるということも話題ですよー

投稿: シロップ。 | 2009年7月 6日 (月) 20時36分

DYNAMITEさん こんばんは

まあまあ、病み上がりにかかわらず、一段とパワーアップのご伝授!
「幾つか意味調べをしなきゃ」と、不肖の生徒は思っています。

噂では九州のコンサートも大盛り上がり、立ち見席(?)があったとか。
どちらにしろ、ずっとスタンディングですから、変わりませんよね。
DYNAMITEさんのふるさとでしたね。

暑さもこれからが本番です。
くれぐれもお身体ご自愛くださいませね

投稿: みゆきママ | 2009年7月 6日 (月) 22時15分

おやすみ前の最終チェックです~。
ようこそいらっしゃいませ。

いや、お褒め頂き恐縮です。
僕の文章ですが、まぁなんだかよく解らない事になってるのは自覚しておりますです。
記事をきっかけに、お題の楽曲を皆様に改めて聴き直して頂くこと。或いは、「音源持ってないけど聴いてみたいなぁ」と思って頂くこと。
これが当ブログの使命と思ってやっとります~。


シロップ。様

なんか、ほぼ同時にコメント送信してたみたいですね~。

口内炎は、よくできるんですよ。弱ってると。
斑点は無いから安心…。

ジュリー祭りDVDにはですね、サリーとタロー以外にもいろんな方が映ってるらしいですよ。
全国津々浦々で「自分探し」期間でしょう、今は。
シロップ。様もその最中では?

みゆきママ様

お見舞いのお言葉、ありがとうございます~。

夏になればなるほど元気になるジュリー。
暑い地方が大好きなジュリー。
健康な男子たる者、かくあらねば、と反省しております。

僕も、来年のツアーで鹿児島があれば参戦しようかと思ってます。
しかし九州地方でもスタンディングですか…いよいよ来てますね、ジュリーは。
この波に間に合って良かったです~。

投稿: DYNAMITE | 2009年7月 6日 (月) 22時52分

もう体調は大丈夫ですか?
夏風邪はいろいろ厄介な事になりかねないので、あまり無理をなさらずに頑張ってくださいネ。
このアルバムは大好きなんですが(大好きなモノが多すぎるようですが・・・だってホントに皆大好きなんですもの^^;)、妖しげな魅力のこの曲には、そんな技術的工夫が凝らされていたのですね。
とてもお勉強になりました。ありがとうございます。
いつもまず「吟遊詩人」から聴いてしまう癖があるのですが(アルバムの中では一番好き)、今度は心してこれを聴いてみたいと思います。

投稿: oba | 2009年7月 7日 (火) 14時42分

oba様~

今回もコメントありがとうございます!

「架空のオペラ」は僕にとっても特別な1枚になりました。
その時点で、”僕が最後に聴いたジュリーのオリジナル・アルバム”だったからです。
「これを聴いてしまうと、もう未聴のジュリーアルバムは無くなってしまうんだなぁ」という、微妙に複雑な気持ちを抱きながら、気合を入れて聴きました。
期待に違わぬ名盤でした。

ドーム以降、ほぼ半年で新たに20枚のアルバムを聴いた事になるのです。そのトリが「架空のオペラ」というのは、なかなか良かったと思ってます。

できるなら、この状態であの場所にもう一度…。

ドームDVDを観ると、そんな事を考えます。
oba様、「架空のオペラ」からも1曲演ってほしかった…とお思いだったのでは?

どうにかこうにか、僕もoba様をはじめとする先輩方の最後尾に追いつきましたよ!
僕にとって「架空のオペラ」は、そんな感慨を抱かせてくれたアルバムなのです~。


投稿: DYNAMITE | 2009年7月 7日 (火) 21時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 沢田研二 「影-ルーマニアン・ナイト」:

« 沢田研二 「光と花の思い出」 | トップページ | THE ROLLING STONES「RUBY TUESDAY」 »