2017年5月28日 (日)

沢田研二 「我が心のラ・セーヌ」

from『忘却の天才』、2002

Boukyaku

1. 忘却の天才
2. 1989
3. 砂丘でダイヤ
4. Espresso Capuccino
5. 糸車のレチタティーボ
6. 感じすぎビンビン
7. 不死鳥の調べ
8. 一枚の写真
9. 我が心のラ・セーヌ
10. 終わりの始まり
11. つづくシアワセ

---------------------

『大悪名』、どんどん進んでいきますね~。
僕は一応ストーリーを知らない状態で池袋公演に参加しようと思っていますが、ジュリーの様子も気になるし・・・各所チラ見チラ見で過ごしております。

毎日暑いですな~。関東だけ?
さぁ、拙ブログでは引き続き”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連したお題を探す”シリーズ・・・今日はジュリーのフランスの話・第2弾です。
あやかったお題は作詞・作曲ともにジュリーのペンによるナンバーで、アルバム『忘却の天才』から「我が心のラ・セーヌ」。
枕もそこそこに、伝授です!


①エレキ大好きなジュリーがアコギ好きにシフト?

ジュリーはやっぱりこの曲に自分なりの「シャンソン」魂を吹き込んで作ったと思います。
素直なメロディー、素直な進行。
耳馴染みの良い穏やかな曲調に、「以前どこかで聴いたような気がする」と、リアルタイムでアルバムを購入した先輩方も思ったのではないでしょうか。
みなさまが真っ先に思い浮かべたのは、あまりに有名なこの曲だったかな?

ところが、白井さんのアレンジの仕上がりはあっと驚く(ジュリー自身も?)トラディショナルな雰囲気のパワー・ポップとなりました。
ギンギンのハード・ギター・アルバムである『忘却の天才』に完全なアコースティック・アレンジのこの曲が入っているというのは重要なポイントでしょう。何故なら翌2003年、突如ジュリーLIVEに「アコースティック・コーナー」が登場するからです。
お正月の『LOVE & PEACE』ツアーは、過去の様々なナンバーが「えっ、この曲でエレキ使わないの?」という斬新なアレンジに変身・・・リアルタイムで観た先輩方はビックリされたでしょうね。
これ、「我が心のラ・セーヌ」のアレンジ・アプローチを気に入ったジュリーが、キーボードレス(当時はそうでしたね)のステージに柔らかな「変化」を求めたアイデアだったと考えてみるのはどうでしょう。
キーボードが無い以上、ギター・サウンドの枠内でアレンジに明確な変化をつけようとするならアコギ重視の選択肢は当然と言えば当然。とは言えオリジナルのアレンジをあそこまで大胆に変えてくるとはさすがの先輩方でも予想できなかったのでは?

ただし、「アコギ・サウンド=ロック色の薄さ」とは(ジュリーに限らずそうですが)言えません。
後追いファンの僕はその点を踏まえて「我が心のラ・セーヌ」を聴き、「うん、ギターがアコギしか使っていなくたって、この穏やかなメロディーの曲がこんなにもロックするじゃないか!」と改めて考えるのです。
次のチャプターでは、ジュリーとしてはシンプルなコード進行の曲を白井さんがいかに装飾したか、ということも含めて曲の細部を分析していくことにしましょう。

②楽曲全体の考察

僕はジュリーがこの曲の原型を作曲したというテレビ番組『フランス・僕のなかにもセーヌが流れる』を観たことがありません。今回その点で楽曲考察が片手落ちとなりますが、いずれ勉強の機会はあるでしょう。
ジュリーが番組の中で披露してくれたと聞く「我が心のラ・セーヌ」は、当然ながら元々即興性の高い曲だったということになりますね。
「自然に口ずさむ」スタイルで作曲したであろうジュリー、おそらくアルバムに向けて後に全体を完成させた際にも、使用したコードは「E」「A」「B7」(ホ長調のスリー・コード)と、サビ最後に登場する「C7」、この4つのみであったと考えられます。

僕はこれまでいくつかのジュリー作曲作品について、かつて堯之さんが語った「沢田は普通では考えられないコード進行の曲を作る」との言葉を引用し、記事中でその斬新さ、自由さ、独創性に触れてきました。
しかし面白いことにジュリーは2001年から2003年の時期に集中して、多くの曲でシンプルで素直な進行を採り入れます。「AZAYAKANI」「糸車のレチタティーボ」「明日は晴れる」・・・そして「我が心のラ・セーヌ」。
いずれもジュリーが作詞も併せて担っていることを考えると、この時期に「内なるメッセージの開放」を明確に創作コンセプトとしたジュリーの新たな姿勢と、そのメロディー作りとは無関係ではないでしょう。
ジュリーが提示したのは、牧歌的、いやそれ以上に「平和的」なメロディーなのだと思います。

誰が知るだろう あのせせらぎたち
E                                           A

三つの源流  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
A            E     B7                         E

ちなみに「Ma Belle」は僕が12才の時に初めて覚えたフランス語だったりします。(ビートルズの「ミッシェル」で)。日本語に訳すとニュアンスが崩れちゃうんですが、ジュリーはこの部分を、「川」を擬人化する感じで歌っていると思います。
いずれにしても、25年の歳月を経てフランスを旅したジュリーに、かつて「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」を苦労して録音し大ヒットさせた当時の様々な記憶が甦ったであろうことは想像に難くなく、加瀬さんと道中を共にしたことなども思い出していたのではないでしょうか。
「我が心のラ・セーヌ」のメロディー、コード進行は長年の歌人生の中でジュリーの血肉となっていた要素がそのまま素直に反映されたかのような朴訥さが魅力ですが、曲中唯一の「フェイク」部とも言えるサビ部「C7」の採用に、加瀬さんに関連する不思議な符号を見出すことができます。

(ジュリー)
25 年 ♪
C7   B7

(加瀬さん)
いつまでも ♪
C7         B7

そう、「我が心のラ・セーヌ」でジュリーは、かつて加瀬さんが(まだこの進行に日本で馴染みが無かった時代に)「想い出の渚」のサビで採用した「C7→B7」の半音移動をまったく同じように踏襲しているのです。
2曲ともに朴訥なポップ・チューン。全体的にはジュリーの方が硬派(加瀬さんの「想い出の渚」とは違い、歌メロにマイナー・コードが登場しません)ですけど。

さて白井さんのアレンジですが、ジュリーが作曲した「歌メロ」の部分についてはコードまで変えることはしていないと思います。
対して伴奏部、或いはヴォーカルの隙間隙間は「これでもか!」というくらいいじり倒していますね~。
例えばこの曲、Aメロの1回し目と2回し目の間にパッと雰囲気を一変するお洒落な伴奏部が挿し込まれています。コードは「Am7→Gmaj7→C#m7-5→B7」。
進行自体は、ジュリーとはまた違った白井さん流の「シャンソン」的解釈と見ましたが、それを曲のキーであるホ長調そのままではなく突然転調させてト長調のスケールでやる、というのがね・・・なんとも白井さんらしいと言うか、ロックなんですよ。

白井さんのロック色についてはイントロはじめ頻繁に登場するアコギのカッティング・リフにも同じことが言えて、進行は「E→F#→G→C→B」。
もしかするとみなさまの中にはリズムの切り方、音の響きなどから2012年の「3月8日の雲」との共通点をお考えの先輩方がいらっしゃるかもしれません。でもこれ実は全然違う進行で。
「3月8日の雲」の方は他ジュリー・ナンバーで言うと「悲しき船乗り」とか「希望
」でも採り入れられているポップ・ロックの王道パターン(ホ長調で表記すると「E」の次に素直に「G」が来る)。「我が心のラ・セーヌ」での「E→F#→G→C→B」なんて進行、僕はこの曲以外知りません。ジュリー作曲作品とは言えこれは正に白井さんオリジナル。ヤンチャでロックなアレンジなのです。
かつて白井さんが「凡庸がいいな」のエレキ・サウンドで試したアレンジ手管をアコギに転換させたらこうなったのでは、と僕は密かに睨んでいるのですが・・・。

ジュリーの詞は、やはりかつてのフランス進出を含めたそれまでのジュリーの歌人生を振り返って、という気持ちで聴くとグッときます。ですから、ずっとジュリーから離れずに歩いてこられた先輩方がリアルタイムで聴いた時のインパクト、感動は大きかったんじゃないかなぁと想像します。
おそらくみなさまが特に惹かれているのは、1番、2番ともサビのこの部分ではないですか?

(1番)
忘れられる想い出がいいな
             A                   E

悲しいこと うれしいこと ♪
            B7               E    E7

(2番)
変わってゆく 視線の高さが
               A                  E

嫌なことも 好きなことも ♪
            B7               E    E7

今僕が勉強している『愛をもとめて』でも強く感じられる、本当に飾らない言葉。藤公之介さんのお言葉を借りれば(ビビアン様、教えてくださりありがとうございます!)「ある時は告白的に、ある時はグチっぽく、自分の心を隠さずに語ってくれる」ジュリーがそのまま表れたような歌詞です。
独白の色合いが強いぶん、ファンなら絶対に共感できるという特別な名篇。音的には徹底してハードなコンセプト・アルバム『忘却の天才』で、収録曲中ただひとつの純粋なアコギ・サウンド。その1曲にジュリーのこの名篇、歌詞が載っているというのがね・・・白井さんのアレンジは大成功だったのではないでしょうか。

後追いファン、しかも『ジュリー祭り』後に未聴のアルバムを一気に購入したせいもあったでしょう・・・僕はそんな「大人買い」の作品の中で最初期に聴いたアルバム『忘却の天才』を一発で気に入ったけど、「我が心のラ・セーヌ」という楽曲自体にはさほど心を動かされなかったんです。
今思えばそれも止む無し。ジュリーのことを深く知らずして理解できる曲ではありませんからね。
僕がこの曲を好きになったのは、ツアーDVDを観た時でした。「おっ、今まで気がついていなかったけど、なんかイイ!」と。その「なんかイイ」の「なんか」が何だったのか・・・僕はこの10年で少しずつ会得してきたわけです。
それにしたってまだまだこれから!ですけどね。

『愛をもとめて』でジュリーのフランス話を聞いて、今さらに「我が心のラ・セーヌ」の詞が沁みてきます。

変わらぬのは 見えぬ未来
                A                 E

流れてゆく  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
             B7  C7                          B7

セーヌの川の流れに、時の流れを重ねて見るジュリー。今よりずっとずっと昔から、ジュリーは時代時代を旅する吟遊詩人だったんですね・・・。

③『愛をもとめて』より フランスの話(第2弾)

さて今日はですね、もし可能であればみなさまにはちょっとここで読むのを中断して頂きまして、お手持ちであろう『夜のヒットスタジオ』DVDのdisc-1の2曲目「巴里にひとり」の映像をご鑑賞くださいませ。

・・・よろしゅうございますか?

実は今日の『愛をもとめて』コーナーはズバリ、『夜ヒット』でジュリーがあの”発音に厳しい”ピエールさんから手渡しでフランス・ポリドールのゴールデン・ディスク賞のトロフィーを受け取った、正にその日に放送(収録?)されたお話なのです。
これは只今猛勉強中の『愛をもとめて』幾多の放送回の中で、ヒヨッコ後追いファンの僕が日付特定できる数少ない回なのですよ~(75年5月5日)。

ということで、4月14日~18日の渡仏の報告、ならびに「今日頂いたばかり」というゴールデン・ディスク受賞の喜び(←本当に嬉しそう)を語るジュリーです。


1月に「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」という曲のプロモートのために1度行ってるんですが、(その後に曲が)どういうわけか大ヒットしまして・・・。

う~ん、この時点でのジュリー渡仏の回数が僕には微妙に分からないなぁ。レコーディングとは別にあと1回行ってたってこと?
そのあたり、まだ把握しきれていません・・・。
喋っているジュリーがね、特に「どういうわけか」と話す時の声の抑揚が、今でも時々LIVEのMCでちょっと照れ隠しのようにおどけながら自画自賛みたいな話をしてくれる、あの感じのトーンなんですよね。そういう時のジュリーの声、変わってないです!


花のフランスで大ヒットしまして、予定にはなかったんですが(向こうから)「是非来てくれ」と。3日間でもいいから来てくれと言われまして、「じゃあ行ってやろうじゃないの!」(←ここもおどけた感じの声のトーン)とそんな感じになりましてですね~。
やっぱり1月に行った時とはだいぶ、扱いと言うか待遇と言うか、それも大変よいものでございまして・・・なにしろ今ヒット中の曲を歌っている、そしてまたはるばるジャポンから来たケンジ・サワダということでですね、大変テレビの出番も良かったし、ラジオなんかも出て、それもインタビューの時間が、前なんか「ヘラヘラヘラヘラ~」っとやられたんですけどね、今度はじっくりとやって貰えたりとか、色々ありました。


そうかぁ・・・今回はあの厳しい厳しいピエールさんも「OH~、ケンジ、やったな!よく来てくれた!」と再会のハグとかしてきたのかなぁ、なんて妄想します。
いえね、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事を書きながら思っていたんですよ。やっぱりフランスの成功ってピエールさんのような現地スタッフの厳しさ、判断力、眼力があっての結果だったと思うんですよね。ジュリーもそれに対して「望むところ」と頑張った、その充実感も結果以前に確かにあったのでしょうし。

『愛をもとめて』では「ロンドンの報告」の回もありますが(いずれの機会に書きます)、ジュリーの話すテンションが「パリの報告」とは全然違うんです。まだロンドン、パリいずれも結果が分からない時期の放送なんだけど、ジュリーの「手ごたえ」からセールスの予想がついちゃうと言うか・・・。
一気にアルバムぶんの曲数を録ったロンドンと、曲を絞って集中して取り組んだパリとでは単純に比較できないかもしれないけど、現地スタッフの熱意、東洋の若い歌手の「作品」創りに向かう姿勢の違いがそのまま結果に表れた、という面もあると思うなぁ。

「モナ・ムール・ジュ・ビアン・ドゥ・ブ・モンド」はフランスのみならずベルギー、スイス、オーストリア、カナダと発売されて、ジュリーの夢でもあった「インターナショナルな立場で仕事がしたい」というのがひとつひとつ実現していってる、と。

1曲目がこんなにうまくいくとは思わなかったし、むこう(フランスの)の人達も口では「絶対ヒットする」とは言ってたけれども、ここまでうまくいくとは思ってなかったと思うんですよね。
だって僕らがそうなんだから。


2曲目、3曲目の話もすでに決まっていて、2曲目はもう(歌の)レコーディングも終わっている、と。
この時点でジュリーは曲のタイトルを口にしてはいませんが、「アテン・モワ」のことですよね。なんでも、多忙なジュリーに気を遣ってくれたフランス・ポリドールの計らいで、この2曲目からジュリーは歌だけ日本で録る、というスタイルになったのだそうです。


ちょうど18日に加瀬さんと渡辺美佐さんと、フランス・ポリドールのミッシェルさんと一緒に(日本に)帰ってきましてですね。

ミッシェルさんはジュリーの歌入れのために、フランスで録ったバックの演奏のテープを持って来日したというわけです。現地の若手プロデューサー、ミッシェルさんにとっても「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」の大ヒットは嬉しかったでしょうからね~。
2曲目をピエールさんに一任され、張り切ってジュリー達に同行し日本の地に降り立ったことでしょう。


なにしろフランスだけで25万から30万(枚)近く売れてるわけですよね。大ヒットしたわけですから、ゴールデン・ディスクをフランス・ポリドールから頂いたわけでございまして。

ここから先程みなさまに改めて観て頂いた『夜ヒット』の受賞シーンの話に。遂にピエールさんも来日!

あの人はミッシェルさんの上の人ですよ!「製作部長」って感じなのかな。わざわざね・・・直接(ゴールデン・ディスクの受賞トロフィーを)貰ったわけでございまして。

日本のポリドールでは曲が出た次の年になってからそういった受賞セレモニーがあるけど、フランス・ポリドールは結果が出たら速攻なのだそうですね。

やっぱり向こうのゴールデン・ディスクってイイんですね、うん・・・最近ほら、(日本では)何でもそうだけど、クイズ番組にしても何にしてもすぐトロフィーが出てきてさ、みんなチャチっこいトロフィーとかそんなんだから。一見重そうだけど持ってみたら全然軽かった、ってのが多い中で、(フランスのは)こじんまりしてるんだけれども、なんとなくイイんだ~っていうそういう感じでね。

2曲目、3曲目もコンスタントに評価されるように一生懸命頑張りたいと、このように思っている次第でございます。

いや~、いい話だなぁ。『愛をもとめて』でのフランス話はどれも本当に良い話です。
ちなみにフランスの話・第3弾は、新曲「アテン・モワ」についての話が中心なんですけど、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」を現地で生で歌った際に、お客さんが「Hoo、ooo~♪」のコーラスをつけてくれた、というこれまたジ~ンとする逸話が。
またいずれの機会に採り上げて書きますので、気長にお待ちくださいね。


それでは、オマケです!
今日は、以前大分の先輩から授かりました2002年『桂春団治』についてのインタビュー記事です。


Harudanji1

Harudanji2


では次回更新は、今月中に間に合うかどうか微妙なところではあるんですが、もう1本だけ”『愛をもとめて』のジュリーの話に関連したお題を探す”シリーズを書いて、その次から”祝!ジュリー69歳の誕生月・act月間”へと移りたいと思っています。

で、次回採り上げる予定の『愛をもとめて』放送回は、朗読したポエムのテーマにちなんでジュリーがつらつらと語ってくれる、本当に「ちょっとした話」なのです。
でも先日「あなたでよかった」で書いた「写生大会の話」もそうなんですけど、日々の仕事のこととはさほど関係しないそんなジュリーのちょっとした話というのがまた、『愛をもとめて』という番組の醍醐味のように思えてとても良いんですよね~。
なるべく早めに更新したいと思います!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年5月24日 (水)

沢田研二 「指」

from『架空のオペラ』、1985

Kakuu

1. 
2. はるかに遠い夢
3. 灰とダイヤモンド
4. 君が泣くのを見た
5. 吟遊詩人
6. 砂漠のバレリーナ
7. 影 -ルーマニアン・ナイト
8. 私生活のない女
9. 絹の部屋

--------------------

いやぁ先週末からとにかく暑いですな~。
まだ5月だというのに職場では冷房がかかりまくっています。僕はあまりクーラーが得意ではないので重ね着したりして体調に気をつけていますが、みなさまはこの暑さの中いかがお過ごしでしょうか。
こちらでは今日の夕方から暑さは少しマシになったっぽいので、『大悪名』海老名公演にお出かけのみなさまにとっては幸いでしたね。

さて、自分の中での予定よりも少しだけ更新が遅れました。案の定と言うか、今日のお題曲の採譜に手こずりましてね~。でも、斬新な進行を地道に確認してゆく作業は本当に楽しいのです。
最近また大長文傾向にある拙ブログですから(と言うか『愛をもとめて』のチャプターに気合が入りまくっている笑)、今回も枕は短めに・・・”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連してお題を選ぶ”シリーズ、今日はジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれた回を書きますので、考察お題は当然蜷川さん繋がりの圧倒的大作バラード、「指」を採り上げたいと思います。
アルバム『架空のオペラ』から、伝授!


①猟奇?妖美? 「指」はどのようにエロいのか

僕は小学校高学年で既に江戸川乱歩の「大人向け」な数々の名作を読破していたという、自慢できるようなヤバイような少年時代を過ごしておりました。
とは言っても別にませていたわけではなくて、小学校低学年で読んでいたポプラ社の少年探偵モノから、ごく自然にシフトしていったというわけです。

ただねぇ、そんな年齢ではいくら「孤島の鬼」やら「パノラマ島奇譚」やら「陰獣」やらを「面白い面白い」と夢中になって読んだとしても、その真髄は理解できようはずがないんですよ。やっぱり、ある程度の年齢になって読み返してじわじわとね。
それでも子供心に「面白い」と思っていたことは確かです。ただし、中には10代そこそこでは「理解できない」ばかりか「面白いとも思えずひたすら気持ち悪い思いをしただけだった」作品もいくつかありました。
そのひとつが「盲獣」。
もちろん今は大変な名作と思ってはいますが、なにせ「謎解き」とかまるで関係ないし、物語が解決することもない・・・いや、一応解決はしているんですけど初読の年齢ではそれが分からない、どこが面白いのかサっパリ理解不能だったのでした。
エグ過ぎるストーリーなので詳しい説明はやめておくとして、ただ1点、「異常なまでに触感が研ぎ澄まされた」男が登場する物語、とだけ記しておきます。
なまめかしくもゾゾゾ~っとする男の指の描写は、DYNAMITE少年の数年間に及ぶトラウマとなりました。

そんな僕が初めてアルバム『架空のオペラ』で「指」を聴いた時、良い意味で幼少期の「盲獣」のトラウマが甦ってきたのも、この曲の特殊「性」あらばこそ。
「ジュリー・ナンバーにエロ多し」と言えども「指」はやはり異質。では、何がどう異質なのでしょうか。

「身体を差し出すようなエゴイズム」?
「自傷と紙一重のナルシズム」?

いやいや、僕のそんな陳腐な表現では全然ダメ。もっと深くて・・・そして、敢えてこう表現しますがもっともっと「不健全」なものだ、と感じます。
もちろんこれは僕自身に美的センスが皆無、ということも影響しているとは思いますが(涙)、例えばこの曲で有名なのは何と言っても蜷川さん演出の、雨に打たれて歌い、泥水にまみれるジュリーですよね。
個人的にはあの映像を単に「斬新」「美しい」では済まされない。不愉快と快感ギリギリのところでジュリーが苦しみ、あがいているように思われるのです。
ある意味あんなに猟奇的、自虐的、耽美的なことをして見事に歌、詞、演奏とガッチリ嵌っているにも関わらず、歌っているジュリーの「ノーマル」な本質がそれを抗っていると言うか・・・いや、ジュリーだけじゃないなぁ。松本一起さんの詞も、僕はこれ実はすごくノーマルなんじゃないか、と思っています。

人さし指 5本の指 10本の指
G           Gmaj7      Dm7

君の肩を 胸を腰を 暗闇に描く
C                                  G

君を抱きしめた この生きもので
   Dm7                                Cmaj7  C#dim

思い出より 君を憶えている この指で ♪
      Dm7           Fm     G7          C

このサビなんかも、表現としては凄まじくエロいし「ズバリ!」ではあるんですけど、これ特に異常な情景や心情ではないわけですからね。誰しもが共感し体験することでもあるでしょう。

敬愛する先輩が以前仰っていたけど、蜷川さんのこの演出が無くてもジュリーが普通に「指」という歌を歌えば、聴き手それぞれが何か尋常ならざるものをかきたてられる、ということは起こるはず。でもあの演出で「指」は確信犯的に聴き手を異質の場所へと誘導し引きずりこんでしまいます。
それは「水」と「泥」の触感。
水の冷たさや泥の手触り、肌触りなんて気持ちの良いものではないのだけれど、その触感を与えておいた上で、そこから歌全体のイメージが改めて刷り込まれるという・・・ですから僕にとって「指」のエロとは、蜷川さん演出の映像を観る前と後とではとんでもなく感じ方が変わりました。
今はね、「怖いもの見たさ」に近い感覚。少年時代にはまるで理解できなかった乱歩の「盲獣」を、大人になってから読み返した時の戦慄によく似ています。
僕の中にある「ノーマル」な感性がチクチク刺され剥がされていく感じですかね~。

たぶんこの曲には、聴き手の「闇」を抉る力があって、それが他のジュリー・ナンバーとは比較し得ない「エロ」として迫ってくるのではないでしょうか。
まぁ僕の持つ「闇」なんてそんな大層なものではないですが(←卑屈になってるのか言い訳してるのかどっちだ?笑)、それでも「指」は本当にヤバイ曲ですよ。
だからこそ凄まじい名曲なのでしょう。

②楽曲全体の考察

歌っているジュリー、作詞の松本さんが「ノーマル」であると書きましたが、対峙する「アブノーマル」として「指」には蜷川さんの演出以外にもうひとつ、「危険な淫靡」をもたらす要因があると僕は考えます。それが大野さんの作曲です。

大野さんの作曲作品って、王道の進行に流麗なメロディーを載せてくるパターンが多くて、調号の変化が登場するナンバーは数えるほどしかありません。
ただ、大野さんがひとたび転調を採用するととてつもない大作、とんでもない斬新な作品が生まれます。ロック調なら「残された時間」、そしてバラードなら・・・僕はこれまで「ママ・・・・・・」だと考えていましたが、やっぱり「指」も負けないくらいに凄かった!
まずホ長調(Aメロ、Bメロまで)で始まる歌メロがサビでト長調、そしてサビの途中から(!)いつの間にやらハ長調へと転じています。

しかも、同じホ長調であるにも関わらず、AメロとBメロは全然印象が違いますよね。
おそらく「指」で大野さんは、「まったく異なる楽曲のアイデアを合体させて1曲の大作とする」作曲手法をとったのではないでしょうか。
この手法はクイーンの作曲クレジットが有名で、例えばフレディ・マーキュリーとブライアン・メイが持ち寄った別々の曲を合体させちゃうわけです。同一の作曲家であれば、ジョン・レノンの「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」が、「ヴァースごとにまったく違う!」この手法の大成功例ですかね。

「指」の進行、Aメロに限っては王道です。

同じ夜 同じ星 だけど違う場所
      E          C#7         F#m7     B

今 寂しくはないのか?
         A            G#m7

君はどこにいる ♪
   C#m      D     B7

これがBメロになると、一瞬だけ「んん?」と唸るフェイクが顔を出します。

最初の炎 ただ揺れて燃えつきて
E                                E(onD)

過去を見つめ うつろにワインを飲み終える ♪
                       C#7                         C

最後の「C」が、突然の半音堕ち。なんか・・・ここエロいですよね(笑)。危険な香りがします。

サビに突入すると、もう「今何がどうなった?」とクラクラするほど。3度登場するコードの中で「Dm7」の役割がそれぞれまるっきり違うんですよ。
(コードはチャプター①を参照)
1度目の「Dm7」は、ト長調のドミナントをマイナーに変換するという、「福幸よ」「犀か象」で昨年解説しまくった手法。これだけでも充分斬新ですけど、2度目の「Dm7」は、「みんな気づかないと思うけど、ここからハ長調になってるよ!」という「仕込み」です。これが無ければ次の「この生きもので~~~~♪」の圧巻のメロディー(ハ長調のトニックに着地)、ジュリー・ヴォーカルのあの突き抜け感には繋がりません。
3度目の「Dm7」は、ここはもうシレッとハ長調のサブ・ドミナント。「G7」(ドミナント)と共に、「この指で♪」の着地を助ける役割を担います。この「Dm7」と「G7」の間に突如「Fm」が挟まっているから、パズルみたいな進行になるのですな~。

「指」そしてアルバム『架空のオペラ』が素晴らしいのは、この斬新な進行のバラード大作をアルバムの冒頭1曲目に配していること。
演奏時間長めの重厚かつ複雑な構成のバラードで幕を開け、聴き手のド肝を抜く・・・ジュリーのアルバムでこのパターンは珍しいですよね。敢えて言えば、『思いきり気障な人生』もそうかな?
いずれにしてもそのインパクトは強烈。特に『架空のオペラ』はアルバム全体を通しての「こんなジュリー、今まで無かった!」感を冒頭の「指」がそのまま支配し続けているわけで、リアルタイムで聴いた先輩方はさぞ驚かれたのではないでしょうか。

アレンジも豪華です。個人的に好みの手管が2つあって、まずは歌メロ最後の最後、後奏へと向かって切り込むティンパニが痺れる!
「ここぞ!」のタイミングで噛み込むティンパニって、僕は昔からの大好物。『真田丸』のメインテーマでも一番好きなのは、イントロ「ちゃっ、ちゃっちゃっちゃっ、ちゃららっ、ちゃっちゃっ、ちゃっ♪」直後の「でけでんでん、でけでんでん!」のトコですからね。
もうひとつは、これも後奏で目立つのですが、ストリングス3連符の刻み。
壮大なバラードならではのアレンジで、この刻みのリズムは僕が現時点で最も好きなactナンバーである「エディットへ」にも登場します。

85年というのは、大野さんのアレンジャー・キャリアで言えばちょうど「サンプリング」を採り入れた大変革の時期と言えます。これは『太陽にほえろ!』の挿入曲の歴史を辿ってみても明らか。
『架空のオペラ』収録曲ですと、「はるかに遠い夢」などは「マイコン刑事」のために大野さんが作曲・編曲した2つのテーマソングと密接に繋がります。
もちろん「打ち込み打ち込みしたサウンド」もそれはそれで素晴らしいのですが、この「指」についてはサンプリング(タンバリンが一番目立ちますね)すら独特の緊張感があって、生の感触が強いように思います。ストリングスとかイントロの木管とか、これシンセなんですかね?僕には生音のように聴こえてしまっていますが・・・。

いずれにしても、「灰とダイヤモンド」以外すべて大野さんの作曲、そして全ナンバーのアレンジを大野さんが担当することによって『架空のオペラ』に魔法がかかり、「指」=1曲目の斬新な配置も大野さんの曲並びからすんなり決まったのでしょうね。
僕は決してアルバムの中で「指」が抜きん出て好きというわけではありませんが、「別格の名曲」とは考えていて、やっぱりこの曲なくして『架空のオペラ』は成立しない・・・たぶん一度でもジュリーの生歌を聴けたら「超別格曲」と認識を改めるであろうことは確実(同時に、こうして文章で語り倒すことの無意味さ、愚かさをも痛感することになるでしょう)とは言え、果たしてこの先機会がありますかどうか。
とりあえず『架空のオペラ』からは、今年のツアーで「灰とダイヤモンド」セットリスト入りを期待します!

③『愛をもとめて』より 『唐版・滝の白糸』の話

今日の『沢田研二の愛をもとめて』のコーナーは蜷川さん繋がりということで、ジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれている回を採り上げます。
この回は、「追憶」「白い部屋」2曲ぶんのBGMの間、「公演が終わってひと安心しているところ」という心境のままにたっぷりと話してくれるジュリーです。
まずはこのお芝居をやることになったきっかけを


こういうのも巡り合わせでね、別に「どうしてこうして」っていうんじゃなくて、偶然が偶然を呼んでトントントントンと。

と、ジュリーはまったく本心で話しているでしょうが、「偶然」は確かにあれども、周りがジュリーの魅力、適性を放ってはおかなかった面もたぶんにあるんじゃないかなぁ、と思いながら僕は聞いていました。


まぁ僕も(話が具体化する)途中で本を読んでみたり色々したら、もう台詞はいっぱいあるしね~。長いしね~。
初めてでしょう、僕が舞台で生のお芝居をやる、なんていうのはね。テレビとか映画だったら、「カット割り」とか、そこだけとにかくやって次のところはまた練習して、ってできるけどお芝居は始まっちゃったらず~っとねぇ。
まして僕なんか、ほとんど最初っから出ずっぱり。途中ちょっと5分か10分くらい引っこんでるだけでね、(お芝居全体の中の)1時間半くらいは丸々ね。大主役なわけですよ。


そうかぁ、ジュリーはこれが初のお芝居だったか~と、後追いファンの僕は改めて再確認。その後40年余が過ぎて、今まさにジュリーは「最後の音楽劇」となる『大悪名』公演真っ最中という・・・。


だから最初話が決まりかけた時にね、僕はイヤでイヤでしょうがなかった。いや、今だから言えるんだけれども(笑)。怖くてね、こんなの僕にできるのかな、なんて思ってね。

稽古に入ってから最初の2、3日は台本見ながらやったそうです。ジュリーはどうしても台本を見てしまう、頼ってしまうという状況だったそうですが


「そろそろ台本離してやりましょう」と蜷川さんがおっしゃいましてね。「怖い、怖い」なんて思ってね。
稽古は12日くらいやってたのかな。(稽古期間の)真ん中くらいにきて、台詞を覚え出した頃から、だんだんこう、面白くなってきてね。やってるうちに、自分で酔えるっていうかね。
大映の東京撮影所で作ったセットで、本番通りに照明もして、やってたらね、自分でやってて涙が出てくる、胸をかきむしられるような、っていう。こういう時って、歌を歌っててもそうだけど、別に「悲しい」とかそんなんじゃなくて、涙がじ~っと出てくるっていう・・・そういう時って一番嬉しい時だから。


なるほど・・・これが「表現者」がよく言うところの「無心の涙」なのかな。
僕もジュリーのLIVEに行くようになって、何度か「歌っている最中に涙が上がってきている」ジュリーを観ています。もちろんそれは歌の内容、歌詞によるところが大いにあるんだけど、それ以上に歌に入り込んで、邪気を無くした時に起こると。
だから、カッコをつけたり、「こういうことを歌っている」と思考し主張しながら歌ったり演じたりしていると逆にそれは起きないことなんだろうなぁ。
ジュリーは『唐版・滝の白糸』で、初めてのお芝居にして高い境地に達していたのですね。


評判も良かったしね。今思ったらやっぱり「よくやったなぁ」と思うんだけれども、この仕事をしてね、いつもいつも軽い仕事ばっかりしてるとね、人間ダメになってしまうなぁと思ったりもしてるし、うまくいったらいったで・・・まぁ現金なものだけど、今終わって振り返ってみて、やっぱり唐十郎さんとか、共演してくださった麗仙さんって人も、本当にあの人とやってる時ってのはね、あの人は(お芝居全体の)真ん中あたりから出てくるんだけれども、あの人が出てから僕の気持ちもビシ~ッ!と締まってきてね、どんどんどんどんリードされるわけですよね。
「アングラの華」って言われてあんまりテレビとかそういうとこ出ないで、ご存知ないかたの方が多いのかもしれないけど、隠れたところで頑張って一生懸命やってる人もたくさんいるんだなぁと。


最後はしみじみと、演出の蜷川さんはじめスタッフがお金の計算とか考えずに、「とにかくいいものを!」と打ち込む、そういう仕事ってのは大切なんだなぁと語っていたジュリー。初めてのお芝居を大成功させて


今度の中野サンプラザのステージは頑張ってやろう・・・と、やる気になったんです。ものすごく。

改めて羨ましいなぁと思うのは、首都圏にお住まいの(或いは75年当時お住まいだった)先輩方の中には、『唐版・滝の白糸』を観劇され、続く中野サンプラザのLIVEにも参加、ジュリーの進化を目の当たりにした方々が実際いらっしゃるのだ、というね。
いつもお世話になっているピーファンの先輩から以前お借りしたスクラップ・ブックの中にも、チケット半券が大切に保管されていました。

750315

750504


また、別の先輩には『唐版・滝の白糸』の批評が掲載されている新聞記事の切り抜きを見せて頂いたことがあります。僕のような後追いファンとしては、その切り抜きの存在自体がもう夢かうつつか、という感じで現実感が持てなくて。
今回『愛をもとめて』でのジュリーの話を聞き、勉強して、今までリアルに飲み込めていなかった感覚を少しだけ克服できたような気がしているところです。

僕がジュリーのスケジュールをリアルタイムで把握するようになったのは『ジュリー祭り』が明けた2009年以降ですが、「お芝居をやってから全国ツアー」というスタイルでずっと来ていますよね。
体力的にも大変でしょうしシンドイのでしょうが、ジュリーの中では仕事をしてゆく上でそれが自然にして必然の「いい流れ」だったのでしょう。
音楽劇は今年2017年でラスト・・・70歳となる来年からはまた違ったスケジュールに切り替えてコツコツと、ということになるのでしょうが、最後の音楽劇を僕もしっかり見届けなければ、と思いを強くしました。

そうそう、今回の『大悪名』豪華キャストの中で僕が特に注目しているのは、茂山宗彦さん(つい先日出演されていることに気がつきました)。あの懐かしい『ちりとてちん』の小草若じゃあないですか~。
「底抜けに痺れましたがな!」の茂山さんがどんなお芝居を魅せてくださるのか・・・楽しみです!


それでは、オマケです!
こちらも福岡の先輩のお世話になり手元にございます『ヤング』のバックナンバー、85年1月号から。


850101

850102

850103


この頃はジュリーの「今後の情報」というのがまったく無くて、ファンからは次のコンサートの問い合わせなどが相次いでいたそうですね。
その「次のコンサート」で皆のド肝を抜いたのが、お題の「指」であったりした・・・のかな?
そして、この『新春かくし芸大会』から30余年。今ジュリーは貫録の「親分」を演じているのですね~。


では次回更新ですが、実は、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事で書いたジュリーのフランス話・第1弾が秘かに大変な好評でございまして。
普段優しくも厳しく拙ブログの内容を叱咤してくださる指南格の先輩方が揃って、珍しくただただハートマーク状態となり(笑)「続きを~」と切望していらっしゃいますので、フランスの話・第2弾を書こうと思います。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」大ヒットを受けてジュリーが再度渡仏した際の話や、有名な「フランス・ポリドールのゴールデン・ディスク受賞」の話も出てきて、これまた素敵な回ですよ~。

考察お題曲は「フランス関連」ということで、ジュリー自身の作詞・作曲による2000年代のアコースティック・パワーポップなあの名曲を採り上げます(←バレバレ)。
どうぞお楽しみに!

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年5月18日 (木)

沢田研二 「あなたでよかった」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

---------------------

音楽劇『大悪名』の大阪公演は「河内音頭」のサプライズと共に大盛況に終わり、週末は栃木。いよいよ沢田組が関東に帰ってきますが、僕が観劇する池袋までにはあと1ヶ月ほど待たねばなりませんねぇ・・・。

さて今日は、楽曲考察以外に書きたいネタが満載。
暑苦しい大長文が懸念されますので(それはいつものことか汗)、枕もそこそこに本題に突入しますよ~。
お題は依知川さん作曲のアコースティック・バラード「あなたでよかった」です。
アルバム『耒タルベキ素敵』から、伝授!


①『あさいち』LIVEの「あなたでよかった」

前記事で少し触れた通り、先の土曜日(5月13日)、浅野孝巳さんと依知川さんのアコースティック・ユニット『あさいち』LIVEを観に水道橋まで行ってきました。
会場はイタリアン・レストラン『la cucina VIVACE』。音楽好きのマスター(かつて、あの『ミュージック・マガジン』に寄稿されていたという凄い方でした)が企画し、『あさいち』初の出演会場となるお店だそうです。
まず最初の1時間はお店のイタリアンをバイキング形式で頂き、お店のセッティングを変えてからLIVEが始まるという二部構成。昔アマチュアの弾き語りLIVEで出演していた荻窪『グッドマン』を思い起こす独特な雰囲気のお店、ステージングでした。
料理は味、量とも大満足!

想定外に楽しかったのは、その食事タイムで相席となった男性お2人がとても博識かつ面白い方達で。
BARAKA(依知川さんのバンド)の後援会をされているとのことで、人柄的にも懐の深そうなお2人でしたが、何と言っても同世代というのが大きくて(僕も含めた男3人が、昭和40年、41年、42年生まれという偶然)、音楽の話が次から次へと繋がる繋がる!
楽器の話、エイティーズ・ロックの話、プログレの話、ゴダイゴの話、そして当然世代的にお2人ともジュリーの有名シングル曲はご存知でしたから、「カサブランカ・ダンディ」や「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の話もしましたよ!

そんなお2人が力を入れて今頑張っていらっしゃるのが・・・結成20周年を迎えたBARAKAの今年の全国ツアーで11月2日・東京国際フォーラム公演が決定していて(依知川さん、翌日のジュリー松戸公演と連チャンですね~)、「なんとか満員にしたい!」と。
もちろん話を聞いた僕も何とか応援せねばと思い、拙ブログでも今後機を見て『BARAKA・東京国際フォーラム公演』の広報活動を心がけてまいります。


Baraka1

Baraka2

ジュリーファンのみなさま、ご都合よろしければ是非!

さて、メインである『あさいち』のLIVEですが、これが本当に素晴らしかったです。
浅野さんも依知川さんも「音の求道者」って感じで・・・もちろん依知川さんが素晴らしいことは生のジュリーLIVEで知っていましたが、日本が誇るレジェンド・ギタリストである浅野さんの演奏を、僕は今回初めて生体感することになりました。
何と言っても僕が生まれて初めて自分で買ったレコードは、ゴダイゴの『ガンダーラ』のシングル盤でしたからね。僕は浅野さんの音をキャッチするアンテナを、幼少時の原風景と共にバッチリ持っているんですよ。

ゴダイゴの曲(演奏順に「ホーリー&ブライト」「ビューティフル・ネーム」「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「銀河鉄道999」)とビートルズの曲(同じく「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「サムシング」「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」)を中心に、モンキーズ、サンタナ、ジェフ・ベック・・・たっぷり堪能しました。
この日演奏は無かったのですが、僕は『いろはの”い”』というドラマのサントラでの浅野さんのギターが大好きで。とにかく音色と指圧が圧倒的なんですよね。
そのあたりも「あぁ、あの浅野さんの音だなぁ」と数々の曲で実感することができました。

また依知川さんのベース演奏では、特にジョン・レノンの「ラヴ」のアレンジに痺れましたね~。
前奏と後奏、ハイフレットのベース・ソロで美しい歌メロを再現(アンコールの3曲以外、僕の席からは依知川さんの指使い、楽器はまったく見えませんでしたが、この曲はフレットレスのように聴こえました。自信はありませんが・・・)。同個所で切々としたピアノ・ソロを配した原曲アレンジへのリスペクトが窺えました。
あと、セットリスト前半の「ビートルズ・コーナー」でやってくれた「サムシング」では、サビの「I don't wanna leave her now♪」を追いかける素晴らしいオリジナル・ベースラインを2番以降はキッチリ再現してくれたんです。
依知川さんはリード・ヴォーカルをとりながらの演奏でしたから、なおさら凄い!
演奏後に「ジョージの曲の時のポールのベースはイイんですよ~」としみじみ語っていた依知川さん。
これは本当に仰る通りです!ビートルズの他のジョージ・ナンバーでは、高速シャッフルの「オールド・ブラウン・シュー」とか、16ビートの「タックスマン」とかね。
そういえばお正月のジュリーLIVE、依知川さんは「こっちの水苦いぞ」で、オリジナル音源に入っている泰輝さんのシンセベースのコピーではなく、新たに考案したベースラインを披露してくれました。それが「タックスマン」でのポールの演奏とよく似ていたのです。
依知川さん、僕はあの時大喜びしていましたよ!

で、この日「今日は2人のオリジナルも1曲ずつやろうと思います」とのことで採り上げられた依知川さんの曲が、ズバリ「あなたでよかった」でした。ジュリーファンとしては特大にラッキー!
依知川さんのMCを振り返ってみましょう。


昨年からまた沢田研二さんのバンドをやっていまして、今年はシングル曲をたくさん歌う、というツアーが全国66公演決定しております(客席からは「そんなにやるんだ?」と驚きの声も)。
今は、(ツアーのセットリストに)どんな曲が来るんだろう?と楽しみにしているところなのですが、それとは別に、沢田さんのために(依知川さんご自身が)書いた曲がいくつかありまして、その中から・・・これは詞を載せてくれたのが覚和歌子さん。『千と千尋の神隠し』などで有名な方ですが、本当に”詩人”なんですよねぇ。
お父さんのことを歌った詞なんですが、沢田さんの歌が本当に素晴らしくて、自分が歌うなんておこがましいのですが・・・。

そんなMCに続いて始まった「あなたでよかった」。
浅野さんがアコギ(アルペジオからストローク)、依知川さんがベースとリード・ヴォーカルです。
この曲はジュリーのオリジナル音源にベースが入っていませんから、音としてはまずその点が新鮮でした。ドミナント・コードで開放弦を使う依知川さん、その際空いた左手でトレードマークの長髪を「バサ~ッ」とかき上げます。これはもうお約束なのですな~。

僕は依知川さんのリード・ヴォーカルをこの日初めて聴いたわけですが、ハスキーで柔らかいハイトーンに驚きました。あの体躯ですから、なんとなくドスの効いた男らしい歌声を想像していたので本当に意外です。
でもよくよく考えてみれば依知川さんは、ジュリーの「麗しき裏切り」なんかではメチャクチャ高音域を綺麗なハイトーンでハモっていますからね。
ジュリーとはまた違った魅力溢れる「あなたでよかった」が聴けました(依知川さんが作った美しいメロディーについての考察は、次のチャプターで書きます)。

そうそう、依知川さんは歌だけでなく普通にお話される時の声もまるで女声のような柔らかさでしたよ。
セットリスト前半後の休憩時に僕らの席の横を通りかかった依知川さんが「楽しんでますか?」とその美声で話しかけてくれまして。自ら手を差し出し握手もしてくださってね(カミさん、「キャ~!」言うてた笑)。
LIVEが終わってお店を出る際にも、もう一度握手。もしお願いしたら一緒に写真も撮って頂けそうな雰囲気でしたが、僕らジュリーファンからするとやっぱり依知川さんって特別な人じゃないですか。畏れ多いやら恥ずかしいやらでそこまではとても無理。
「BARAKAにも行きます!」とお伝えするのが精一杯でしたね・・・。

浅野さんの方はもうね、レジェンド・オーラが凄くて。
食事の時にお客さんの各テーブルに乾杯にきてくださいましたが、「あのゴダイゴの浅野さんと乾杯ってマジか~!」と、僕は完全に舞い上がっていました。
「ジャズコのセッティングすべて12時がベスト、って本当ですか?」とかお尋ねする勇気は無し!
とにもかくにも、素敵な夜でした。

ではこのチャプターの締めくくりに。
お店のマスターが仰るには、「動画はダメだけど、写真はどんどん撮ってどんどんupして、今日来れなかった人に自慢してください!」とのことでしたから、カミさんが撮影した当日のステージ・ショットを1枚どうぞ。

20170513asaichi1


依知川さんが立って演奏しているので、アンコールでやってくれた「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「銀河鉄道999」「サンシャイン・ラヴ」いずれかのシーンだと思います。
ちなみに「ス・ト・リ・ッ・パ・-」はオリジナルと同じホ短調での演奏でした。この曲のベースは本当にカッコイイ!

マスターはお店での『あさいち』公演・第2弾も考えていらっしゃるそうです。
お食事含めて本当に楽しい時間、空間ですので、こちらもみなさま是非一度・・・詳しい情報が入りましたら拙ブログでもご案内させて頂きたいと思います!


②楽曲全体の考察

多くのジュリーファンのみなさまもそうかと思いますが、この曲はどうしても自分の父親のことを重ねてしんみり聴いてしまいますね。それだけ力のある詞でありメロディーであり、ヴォーカルだということです。

僕はちょうどジュリーがお母さんを亡くしたのと同じくらいの年齢で、母親を病気で早くに亡くしました。でも、その後いつの間にやら80歳を越えた父親はまだまだ元気で、調剤師の仕事も現役。有難いことです。
体格は僕とは違ってガッチリ型。僕は体質など身体的には完全に母親似なんですけど、性格や人との接し方などは男兄弟3人の中で一番父親に近いです。

ひたいを押しつける 上着に染みついた
Gm             Cm7     F7             D7

強い煙草の匂いと ♪
Gm        Cm7    D7

今はもうやめていますが、僕の父親もかつてはヘヴィー・スモーカーで、ピースを1日60本吸ってましたからね。上着には煙草の匂いが染みついていましたよ。
『あさいち』でこの曲を情感こめて歌った依知川さんも、ご自身のお父さんを思いながらの熱唱だったのかなぁ。ハスキーな美声で切々と歌っていました。

依知川さんがジュリーに提供したナンバーの中で、「あなたでよかった」は唯一のバラードということになるでしょうか。その上で依知川さんらしさと言うか、音楽的嗜好がよく表れた名曲だと思います。
キーはト短調。

やさしさと弱さを
        Gm  F   E♭maj7

裏おもてにして
D7       Gm       F   E♭maj7   D7

目立たぬようにと     歩いてきたよね ♪
          Gm F    E♭maj7   D7       Gm

サビの進行自体は王道ですけど、メロディーの載せ方や音符割りには、依知川さんの好きなクリーム「ホワイト・ルーム」のAメロをバラードにしたらこんな感じになるのかなぁ、と思わせる武骨な面もあります。
また、依知川さんが『あさいち』2人の「共通項です」とLIVEで話されていた、ビートルズのエッセンスも。
僕が特に想起させられるのは、ポール・マッカートニーのアルバム『オフ・ザ・グラウンド』に収録されている、アコースティック・アルペジオ・バラード「アイ・オウ・イット・オール・トゥ・ユー」です。まぁこれはアレンジ段階で白井良明さんが狙った解釈なのかもしれませんが、とにかくメロディーが美しいのです。
ヴァースごとの着地も丁寧で、このあたりは「書」にも通じる「結び」の感性と技術ではないでしょうか。

そして、依知川さんも「本当に素晴らしい」と語っていたジュリーのヴォーカル。

夕映え の坂道
   Cm7   F7    B♭  B♭(onA)

思うたび 泣ける のを こらえる ♪
   Gm             Cm7  F7          B♭   D7

特にグッとくるのはここですよね。
嗚咽しながら歌ったこのヴォーカルが正規テイクとなったのは必然でしょう。
これは歌い手の魂がそうさせている、と言えば良いのでしょうか。いずれ別の機会に記事に書きますけど(次回かな?)、『沢田研二の愛をもとめて』で、『唐版・滝の白糸』についての回があります。その中で、演じながら(歌いながら)涙があがってくることがあった、という話が出てきますが、それは何も「悲しいから」とかそういうことではない、と。無心のままに起こることなのだと。

もちろんそれは、「あなたでよかった」で言えば覚さんの歌詞、依知川さんのメロディーに身体ごと入り込んで歌っている証。まったく「あざとさ」が無いんですよ。
アルバム『耒タルベキ素敵』収録曲の中でも、屈指のヴォーカル・テイクだと思います。


③『愛をもとめて』より 写生大会の話

さて今日は「あなたでよかった」が記事お題ということで、『沢田研二の愛をもとめて』で何か関連する話題の放送回音源があるかな、と探しまして。
ほんの少しなんですけど、ジュリーがお父様の話をしてくれた回について書くことにしました。

もちろん僕は詳しくは知りませんが、この番組では時々「アンコール・ポエム」と題して、詩集の中から視聴者リクエストを募ってジュリーが朗読するコーナーがあったようですね。
この回朗読されたのは、「風景」とか「絵」をテーマにした作品でした(タイトルまでは分かりません)。
詩の印象的な箇所を書き起こしますと


おまえと歩いた道のり おまえと耐えてきた風雪が
まるで美術全集の1冊のように心の中にしまいこまれている

明日から描く僕の心の風景画には
おまえの姿はどこにも見あたらないだろう
寒い、さみしい景色だけが 色あせて広がるだけだろう


詩集をお持ちの先輩方なら、「あぁ、あれか!」とすぐに思い当たるのかな?
いつか僕も実物を拝んでみたいものです。

朗読を終えたジュリーは、自身の「絵」にまつわる思い出話をしてくれます。
小学校や中学校では「写生大会」なるものがあって、生徒みんなその日は喜んでいたものだった、と。


成績はともかく、おべんと持って外へ出られる、というのが非常に良かった。
中学2年か・・・3年だったかな?(その写生大会の日に)ケンカをしたんですなぁ。(相手は)他の学校の卒業生で、もう働いていた人だったのかな。僕らのいた岡崎中は、当時ケンカが強くてガラの悪いことで有名な学校でして、まぁ簡単に言うと「番長グループ」の中に僕らもいて。でも、僕らはケンカはするけど一応真面目に不良をやっておったのです。


と、苦笑いも交えつつ力説するジュリー。つまり「粗にして野なれど卑ではない」ってやつですな。
CO-CoLO時代の名曲「青春藪ん中」は、「お兄さんのことを歌った」と解釈するファンもいらっしゃいますが、僕はこの頃の仲間のことを歌ったんだと思うなぁ。
男子が実の兄弟のことを「ブラザー」とは言わんだろう、と・・・。「ブラザー」ってやっぱり「男同士のダチ」のことですよ。
で、そんな「ブラザー」達と一緒に


その日も僕らは真面目に絵を描いておったんですよ。

とジュリー。
「円山公園の方に向かって・・・」と詳しくその場所も説明してくれていますが、京都の地理に疎い僕にはなかなか聞き取り辛くて・・・すみません。
そうしていたら一人の男がぶつくさと因縁をつけてきて、それでケンカになったと。


僕らも腹立ったから「ドカ~ン!」と蹴ったりなんかしてね。

そんなこんなで色々とあって、まぁ派手に暴れたぶん後で騒ぎも大きくなったのでしょうし、代償もね・・・詳しく書くことは控えますが、そのケンカの件が元でお父様にも大変な心配、苦労をかけてしまったようです。


その時の親父の気持ちが、僕には痛いほど分かった。
(ケンカした)手も痛かったし、心も痛かった、というような思い出があるんですが・・・「絵」に関してこういう思い出を持っているっつうのは僕くらいのもんでしょうかね~。僕と、その仲間だけですなぁ。


有名な芸能人のこういう話って、武勇伝的に語られることが多いように思います。でもジュリー違います。
何についてもそうなんですけど、自分を大きく見せようとか、カッコつけようみたいな感触が一切ありません。むしろ「僕はごく普通の人」という自然体が際立つと言いますか・・・。この放送回も、ごくごく自然に「絵」についての少年時代の思い出話をしてくれていて、それがまたファンとしては特別、格別な感じがしてね。
40年以上経ってから初めてそんな語り口に触れると、いかにジュリーが得難いまでに真っ当な感性をもって、それでいて奇跡のような歌人生を歩き続けてきたのか、ということを思います。

そんなジュリーの1年1年にずっと立ち会えている先輩方が僕はひたすらに羨ましく・・・貴重なラジオ音源と昭和の良き時代に改めて感謝するばかりなのです。


それでは、オマケです!
今日は2000年の資料ということで、まずはミュージカル『ペーパームーン』再演に向けてのジュリーのインタビュー記事を2枚。


200011

200012


続いて、『音楽倶楽部Vol.4』から、『耒タルベキ素敵』ジュリー全国ツアー・レポート中で紹介されていた、「あなたでよかった」作曲当時の依知川さんです。

2000oc09

2000年はBARAKA結成3年目ですか。さすがに若い!


では次回更新ですが、『愛をもとめて』でのジュリーの話から関連したお題を探すシリーズを続けます。
先に少し触れた『唐版・滝の白糸』の話をしてくれた回が有力候補ですが、そうなると当然蜷川さんの関連で、ほとんどのジュリーファンが大好物であろうあの大作エロ・ナンバーをお題に採り上げるしかありません。
いかにも難しそうなあの名曲を、短期間で僕がキチンと採譜し楽曲構成を完全に血肉とできますかどうか・・・。難しいようでしたら他の話題、選曲に切り替えますが、とりあえずベストは尽くしてみます。

暑いのか寒いのかよく分からない気候が続きます。
みなさま体調を崩さぬようくれぐれもお気をつけください。僕は今のところ大丈夫ですが、「大丈夫」と書くとその直後に風邪をひくのが毎度パターン化しているような気がしますので、ホント気をつけよう・・・(汗)。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017年5月14日 (日)

沢田研二 「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」

from 『KENJI SAWADA』、1976

Kenjisawadafrance

1. モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド
2. ジュリアーナ
3. スール・アヴェク・マ・ミュージック
4. ゴー・スージー・ゴー
5. 追憶
6. 時の過ぎゆくままに
7. フ・ドゥ・トワ
8. マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス
9. いづみ
10. ラン・ウィズ・ザ・デビル
11. アテン・モワ
12. 白い部屋

---------------------

みなさま、昨日の『パリの哀愁』オリジナル版の放送はご覧になりましたか?
この映画のオリジナル版がテレビ放映されるというのは相当に貴重な機会ということで、多くの先輩方もとても楽しみにしていらしたようですね。
それにしても、相手役の女性はゴッツイですね・・・そのおかげで、先輩方がよく仰る「ガラスのジュリー」がこの映画では際立っているように思います。

放映はあと2回あります(スケジュールは
こちら)から、今回見逃した方々はチェックしてくださいね!

ジュリー界の話題と言えば、あとは『大悪名』が今日で大阪公演ラストですか。
大坂在住のカミさんの友人(特にジュリーファンではない一般の方)が観に行かれたそうで、「とても面白かった」と。ジュリーの頭には驚いたみたいですが。
北千住の初日含め、参加されたみなさまの雰囲気から素晴らしい舞台であると分かります。
なかなか斬新な脚本のようで、観劇の前に全体を把握するのは勿体ないような気がしてきましたので、自分が参加する池袋公演までこれ以上のストーリーのネタバレはやめておこうと思っていますが、ジュリーの髪型についてだけは、いつもお邪魔しているブログさんなどで逐一チェックするつもりです!(笑)

さて、今日から5月末までの自由お題更新期間は、只今猛勉強中の『沢田研二の愛をもとめて』ラジオ音源からのネタを交えるスタイルで書いていこうと決めました(と言うか楽曲考察よりもむしろそちらに力が入っていたりして汗)。
75年当時のジュリーがリアルタイムで語ったあんな話、こんな話・・・もちろん先輩方にとっては既にご存知な内容ばかりでしょうけど、後追いファンの僕は目からウロコ、「今にして知った」話題ばかり。
それに今回僕が勉強しているのは、いつもお世話になっている福岡の先輩が放送当時必死にチューニングを合わせてカセットテープに録音し、長年大切に保管されていた貴重な音源です。
長いファンの先輩方も、その当時ジュリーが様々なタイムリーな話題をどんなニュアンスで、どんな言葉遣いで語っていたかまでを鮮明に覚えていらっしゃる、という方は少ないでしょう。そんな雰囲気を最大限みなさまにお伝えできるように、これから5月いっぱいまでの更新を頑張ってまいります。

ということで今日はジュリーのおフランスなアルバム『KENJI SAWADA』から、「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の楽曲考察記事とともにお届けしますよ~。
よろしくおつき合いください。


①「ゲイシャ」は世界に通用する日本語?


まずは、歌詞の話をしたいと思います。
僕はアルバムを通して聴く際にジュリーであれ好きな洋楽であれ、歌詞カードを目で追いながらじっくり味わいたいタイプなんですけど、「フランス語」の敷居の高さなのでしょうか、楽曲それ自体はともかくアルバム『KENJI SAWADA』の歌詞カードについては未だ全曲の熟読には至っていません。
これまでフランス語ナンバーを4曲記事に書いていて、その都度「あぁ、こういう歌詞だったのか」と訳詞を読みながら改めて把握してきた、という状況です。

記事執筆5曲目となる「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」も今回初めてフランス語詞と訳詞を歌詞カードで確認することとなりました。
さすがフランス語・・・耳で聴いて何となくイメージしていた僕の貧弱なそれとは世界が違うものです。
いきなり冒頭から

Elle a seize ans
Cadd9

Des yeux d'ange un visage d'enfant ♪
                       C                                 

ここ、「えら、せぞ~ん・・・♪」というメロディーの語感で覚えていた僕は、「セゾン」を「季節」の「セゾン」だとばかり思い込んでいました(アン・ルイスさんの「ラ・セゾン」の「セゾンですね)。
でも正しくは「seize ans」=「16」。訳詞は「あの子は16才」となっています。
うっひゃあ~、16才の「ゲイシャ」に貢ぎまくる歌ですか?とビビリましたが、読み進めていくと

Ma geisha de France ♪
     G7          C

この訳詞が「ぼくのフランスの恋人」。
日本語解釈で「ゲイシャ」を「恋する人」としているわけですな。てか、ちょっと待てよ・・・元々「ゲイシャ」は日本語なんだから、それがいつの間にやら「恋人」に化けたことになる。じゃあフランス人にとって「ゲイシャ」が「モナムール」的な解釈で知られている日本語なのかって言うと、そうでもないような気がします。
下手すると「コールガール」みたいな認識があるのかもしれない・・・「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」って、現地では結構過激なアダルト・ラヴソングと捉えられたかもしれないなぁ、と思ってみたり。実際の感覚がどうかは分かりませんけどね。

ただ、何故「ゲイシャ」が楽曲タイトルに組み込まれたのかは明白で、そりゃあジュリーが「日本の歌手」だったからですよね。「女性」を表す日本語の代表格ということで抜擢されたフレーズでしょう。
ひと昔前、外人さんが「あなたが知ってる日本語は?」と尋ねられてよく答に出てくるのが「スシ」「ゲイシャ」・・・僕にはそんな印象があります。70年代ならなおさらその2つは突出していたのではないかと。
とは言っても
「今夜は貴方と2人きりでスシを食べたいんだ」
って歌では間抜けですから
「君は僕のゲイシャ・ガールだよ」
と。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の大ヒットで一躍脚光を浴びた日本のハンサムな青年歌手、ケンジ・サワダに「日本人」の特性を生かしたテーマとして「ゲイシャ」を歌った楽曲が与えられた・・・現地フランスとしては正攻法の曲作りだったと言えましょう。
その辺りもビバ70年代!もし今の時代に当時のジュリーと同じくらいの若さでフランス進出を果たした日本人男性歌手が現れたとしたら
「僕はアキバ・シティからやってきたオタク・ガイだ」
みたいな曲を歌うことになるんですかねぇ。

その点ジュリーは生まれる時を間違っていない・・・デビューからこれまで、その時代時代で真っ当に、ふさわしい曲を歌ってきているんだなぁと思うばかりです。

②楽曲全体の考察

今度は「曲」のお話。
ジュリーのいくつかのフランス語ナンバーには作曲の大きな共通点があります。
それぞれキーこそ違えどBメロ(展開部)でまったく同じ理屈の転調が登場するのです。例えばアルバム『KENJI SAWADA』収録曲で言うと、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」「ジュリアーナ」「スール・アヴェク・マ・ミュージック」「フ・ドゥ・トワ」「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の5曲。これらの曲をすべて調号なしのハ長調(今日のお題曲「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」のキーです)で揃えて移調表記すると、Bメロでは必ず「ミ」「シ」「ラ」3つの音に♭がつく調号へと転調します。

数がさほど多くないジュリーのフランス語ナンバーの中でこれだけの曲例があるからには、偶然とは考えられません。かと言ってこの進行が特に「シャンソンの王道パターン」というわけでもない。つまり、ジュリーのフランスでの「適性を狙って」作曲されていると思うのですよ。
これはやっぱり、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の大ヒットが現地フランスのスタッフにとって想定以上と言うか強烈なインパクトがあり、「よ~し、徹底的にこの路線で!」と上層部(フランス・ポリドールの偉い人)から指示が飛んだのではないかなぁ、と。
また、フランスでのセカンド・シングル「アテン・モワ」にはこの転調こそ登場しませんが、曲調としては「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」を受けていますよね?
「許されない愛」でソロ・デビュー後初のヒットをカッ飛ばしたジュリーに、その後「よく似た」テーマであったり曲調を擁する「あなただけでいい」「死んでもいい」が提供されたのとよく似たムーヴメントが、海の向こうのフランスでも起こっていた・・・そう考えるとなんとも痛快ではありませんか。

さて、そんな曲達の中「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」はなかなかの変り種。バラードとまでは言えませんし、「ジュリアーナ」のようなノリノリの曲調でもありません。
テンポ自体はスローですけど、この曲は何と言ってもドラムスの渋さね!
特に難しいテクニックを駆使しているわけではないんですけど、ハイハットがエイトではなく16を刻むのでテンポが倍速に聴こえます。その効果で曲がちょっと愉快でお洒落な、グッと気どった雰囲気に・・・もしかするとジュリーのフランス語ナンバーの中で、僕ら日本人が「シャンソン」に抱いているイメージに一番近いアレンジの曲は「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」なんじゃないかな?

バンド・サウンドの伴奏にストリングスと女性コーラスで味つけするトラック割りについてはこの曲も他曲と変わらず。『沢田研二の愛をもとめて』を参考にすると、どうやらジュリーの歌入れ作業はバンドのリズム録り(ドラムス、ベース、ギター)の後。歌を録ってからストリングス、コーラスを重ねるという順序だったようです。
ちなみにセカンド・シングル「アテン・モワ」以降の曲は、その作業過程でジュリーの歌だけ日本でレコーディングしていたのだとか。
「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の場合は「歌い上げる」感じではなくどこか飄々と歌っているトラックを、現地でダブルトラック処理したっぽいですね。

ヴォーカルで僕が好きな一番箇所は、Aメロ最後の「フランセ~♪」ですね。
これまで何度か書いたように僕は大学で2年間だけフランス語をかじっているんですけど、とにかく「R」の発音が難しくてね・・・。とうとうマスターできませんでした。
「R」が出てくる単語「フランス」は、正しく発音すると「フハンス」みたいなニュアンスにもなります。「吐息を抜く」ことにかけては天性の才を持つジュリーの「フランセ~♪」(フハンセ~♪)では、そんな「R」の微妙なニュアンスにすごく気を遣っているのが分かると同時に、「語尾の「セ~♪」でパ~ッと解放されるような感覚があって素敵なんですよね~。

さて、ここで例によって拙ブログお得意の大胆な推測(時によっては単なる邪推)を。
この曲のヴォーカルは不思議なことに、最初から最後までダブル・トラックではないんですよ。いえ、途中でシングルになる、のではありません。何と曲中でほんの一瞬だけ「トリプル」になるんです。
1番の0’47”~0’49”あたり。
何故「いきなり」なタイミングで第3のヴォーカルが出現することになったのでしょうか。
そこで僕の大胆な推測とは

ここ、ジュリーとは別の人が歌い重ねてませんか?

という。
う~ん、さすがにみなさまの同意は得られませんか。やっぱり僕の耳がおかしいのかな?

万一僕の推測が当たっているとして考えられるのは、この箇所だけジュリーのフランス語の発音が甘く、厳しい厳しいフランス・ポリドールのピエールさん(この人は次のチャプターで登場します)の指示のもと、ネイティヴな発音のヴォーカルを現地スタッフの誰かに歌わせて一瞬だけ新たに挿し込んだのではないか、と。
70年代のレコーディング・スタイルであればあり得る手法だと思うのですが、果たして真相は・・・?

③『愛をもとめて』より フランスの話(第1弾)

今日は「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」のお題にあやかりまして、ジュリーが語る「フランスのご報告」編を。
『沢田研二の愛をもとめて』では複数回にわたりフランスの話題が出てきますが、これはその第1弾。「曲をレコーディングして帰ってきたばかり」というタイミング(!)でジュリーが語る現地での奮闘話です。

ロンドンからパリへと渡り、フランス・ポリドールの若いプロデューサー、ミッシェルさんに発音指導からつき合って貰って、4曲を録り終え再びロンドンに戻ってきたジュリー。苦労しながらどうにかこうにか、という感じで録ったけど、「これでパリの仕事も終わった~」と思っていたら、フランスから電話がかかってきたんですって。


ミッシェルの上司の人がね、「これじゃダメだ」と言ってる、と。
(発音を聞き取って、歌っている言葉の)意味は分からなくもない。でもこれじゃあ作品として恥ずかしい。このままレコードを出すのは不可能である、ということでね。せっかく(ヨーロッパに)来たんだし、もう一度やってくれないかと。


ジュリーは、「こっちとしても乗りかかった船だし、トコトンやろう!」と再度フランスに。
そこでミッシェルの上司であるピエールさんと共に、みっちり発音の練習からやり直し。それと共に企画も再検討され話し合われたのが


いきなり4曲、なんてやり方がダメなんだ。2曲に絞ろう!

なるほど、その2曲がフランスのファースト・シングルになるんですね・・・。
って、ジュリーがそこで話すには


1曲は「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥモンド」、もう1曲は英語の曲で「ホニャララ」

とのことなんですが、僕にはその英語曲のタイトルが聞き取れないんですよ~(ちょうど受信感度が下がったりして・・・でも知ってる曲ならなんとなくはタイトルも分かるはずですから、フランスのファースト・シングルB面はもしかして僕のまったく知らない曲なのかなぁ?先輩方、ご伝授お願いします)。

ピエ-ルさん曰く「練習してみて、どうしてもダメだったらそのまま日本に帰りなさい」とのことだったそうで、「厳しいですよね~」とジュリー。
でもそこはね、スーパースターにして天賦の才と努力根性を併せ持つ日本男児・ジュリーなわけですよ。みっちりやっていたら、いつしかピエールさんも「やればできるじゃないか!」と。
そのままレコーディングにも最後までつき合ってくれたピエールさんは

素晴らしいものができた。
こっちで日本人がレコードを出すというのは初めてのこと。我々としても成功させたいし、成功するであろう。


とまで言ってくれたんですって。


お世辞も入ってるのかもしれないけど、現地でも会社をあげて色々とやってくれると言っていたし、とても喜んでいます

これはリアルタイムでラジオを聞いているファンにとっては嬉しい報告だったでしょうね~。
後追いファンの僕がしみじみ感じるのは、これまだフランスで曲がヒットする前の放送で、「どうなるか分からない。でももしかしたらもしかするかも」という期待感がジュリーの声から滲み出ているという・・・本当に貴重な40年以上前の雰囲気を今こうして実感しながら音源を聞けているなぁ、と。


たぶん「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」というスローな曲の方がA面になると思いますが、2曲とも僕が日本人である、ということを前提として作られた歌詞なんです。
どういう内容かと言うと
「私は遠い国からやってきました。私はパリのことを知りません。だからあなたと一緒にパリの道とか、夜景とか、ラ・セーヌとか、青い空とかを見て歩きたい」
とかなんとかかんとか言って、最後の方には
「私はパリが気に入った。あなたもいるし」というような内容でね。「私はもう自分の国へは帰らない。今、私の人生はここから始まる」ってなようなね!


ジュリーの話し方が、LIVEのMCでメチャクチャ楽しそうに、お客さんに語りかける感じであれやこれやと話している時の、あのジュリーのテンションなんですよ。
「パリにどっぷり、という感じ」とちょっと照れくささそうにしながらも


でも「本当にイイ!」って(ピエールに)言われたんだから!

と、現地での今後の反応、セールスに漠然とした期待を寄せてのことか、『愛をもとめて』の他の回と比べてもいつになくウキウキ感溢れるジュリーなのでした。

僕としては何から何まで初めて知るエピソードでしたし、この回の『愛をもとめて』は若き日のジュリーの本質が見えると言うか、本当に良い話だなぁと思いました。

周りにお膳立てされて、そこに乗っかっているだけのアイドルならこうは行かないでしょ?
最大限の自己努力を惜しまない、やるからにはトコトンやる、という「普通の人」以上に普通にして類稀なる「努力」の資質と、周囲に大きな期待を抱かせ「もっと、もっと」と高みを求められる原石の輝きを、ジュリーは兼ね備えていたわけです。
そんなジュリーの適性を信じプリプロまでこぎつけたミッシェルさん、「この歌手はまだまだ良くなるはずだ」と、妥協無きプロフェッショナルな姿勢と眼力を見せたピエールさんという2人のフランス人スタッフの人柄やジュリーとの関わり方も、ジュリーが真っ正直に見たまま思ったままを話してくれているから、なおさら素敵に思えます。
その結果が「大ヒット!」と相成るわけで・・・加瀬さんもそうだし、このフランス・プロモートに関わったすべての人達が皆素晴らしい!としか言えませんね。

で、番組の最後にジュリーが「現地から持ち帰りホヤホヤ」の「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の音源をかけてくれたのですが・・・これが、ネイキッド・ヴァージョンなんですよ!
つまり、最後の仕上げをして正規リリースされるより前の、ジュリーが歌入れしてピエールさんのOKが出た段階での仮ミックスだと思われます。女声コーラスもストリングスもまだ入っていません。ただ、ストリングスの代わりにヴァイオリンが1本鳴っているというね(仕上げの試しトラックをミックスしたのかな?)。
正規のヴァージョンは穏やかで華麗な印象ですが、こちらはベースの音量が強くて、ビートが強く押し出されてくる感触。ジュリーのヴォーカルは当然正規のものと同じテイクながら、受ける感じは全然違いました。
全体としては確かに正規音源の方が「ヒット性」は高いですけど、このヴァージョンはジュリーファンなら誰しもがグッとくるはず。先輩方はこの時の音源を覚えていらっしゃるのかなぁ?
でも先輩方は楽曲自体をこのラジオで初めて聴いたわけですから、後々の正規ヴァージョンとの違いなんて気づきようがなかったですかね・・・。

『沢田研二の愛をもとめて』ではこの回以外に、「モナ・ムール・・・」のヒットを受けて再び渡仏したら今度は現地での待遇が全然違った、という話や、セカンド・シングル「アテン・モワ」にまつわる話が(僕が現時点で聞けている限りでは)あります。
いつになるかは分かりませんが、またいずれの機会に『愛をもとめて』から「フランスの話・第2弾、第3弾」も書いていきたいと思っています。乞ご期待!


それでは、オマケです!
今日は、ちょっと前に「片腕の賭博師」の記事で添付しました、Mママ様からお借りしている資料『沢田研二/映画・パリの哀愁』の続きでございます。

そうそう、「片腕の賭博師」と言えば、『愛をもとめて』では『悪魔のようなあいつ』の話も数回聞けているんですけど、その中でジュリーが荒木一郎さんの演技を絶賛している回がありました。「片腕の賭博師」の考察記事で作詞の荒木さんのことを書いたすぐ後に本格的に『愛をもとめて』の勉強に乗り出して、「うわ、これ聞いてから書けば良かった!」と思いましたよ~。
まぁそれを言うなら、ずいぶん前に記事を書き終えてしまっている「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」や「アテン・モワ」の2曲は特に今そんな思いが強いですけどね・・・。

おっと話が逸れました。それではどうぞ~。


Pari208

Pari210

Pari211

Pari213

Pari2012


では次回更新ですが・・・。
実は昨夜はカミさんと『あさいち』のLIVE(水道橋『la cucina VIVACE』さん)に行ってきまして。
『あさいち』・・・ご存知のジュリーファンの方も多いかと思いますが、「あさ」は浅野孝巳さん(ゴダイゴのギタリスト。『Rock'n Tour '75』に参加された先輩方にとっては懐かしいお名前なのでは?)で、「いち」は依知川さん。このお2人によるアコースティック・デュオです(曲によっては浅野さんがエレキに持ち替えます)。
LIVE前の食事含めとても楽しい時間を過ごすことができました。次回はその感想なども交えつつ、依知川さん作曲のジュリー・ナンバーをお題に考えています。

もちろん、『愛をもとめて』関連のネタも強引に(笑)。
どうぞお楽しみに~!

| | コメント (12) | トラックバック (0)

2017年5月10日 (水)

沢田研二 「単純な永遠」

from『単純な永遠』、1990

Sinpurunaeienn

1. a・b・c...i love you
2. 世界はUp & Fall
3. PLANET
4. プライド
5. 光線
6. New Song
7. この僕が消える時
8. 不安にさせよう
9. 気にしてない
10. ジェラシーが濡れてゆく
11. 月のギター
12. 単純な永遠

---------------------

長らくご無沙汰してしまいました。
2週間ぶりの更新です(汗)。

みなさま、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?
『大悪名』観てきたよ!」と仰る方、或いは「今日の大阪が私の初日!」というジュリーファンも多いでしょう。
かく言う僕は6月の池袋までお預けなのです・・・。
今年も6月は『act』月間として記事更新してゆくつもりですが、なんと言っても今回の『大悪名』での個人的な楽しみ・・・新規ジュリーファンの僕はcobaさんの演奏を生体感するのが初めてなんですよね。
もちろん、ジュリーの丸刈り姿にも注目しています!


さて、4・27ポール・マッカートニー東京ドーム公演(本当に素晴らしいセットリストでした)の余韻もこの連休でどうやら落ち着き、ジュリー・スイッチを入れ直すことができました。
またバリバリと矢継ぎ早に書いていきますよ~(なるべくタイトな文量でね汗)。

ちょっと遅れての話になってしまいますけど、5月1日に放映された『あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル』、ジュリーの「時の過ぎゆくままに」のシーンを僕も無事観ることができました。
CM直前にジュリーをチラ見せしておいて、CM明けから延々引っ張る・・・これって昔のバラエティー番組のCM前に「女湯潜入!」のシーンなんかをチラッと流して世のお父さん達にチャンネルを変えさせない、という手法と一緒ですよねぇ・・・。
ともあれ後追いファンとしては、「時の過ぎゆくままに」は特別な1曲なんだなぁ、と再確認。”ジュリー70超えまでに『ジュリー祭り』セットリストすべて記事に書き終える”ことを当面の大目標と掲げている拙ブログですが、大トリ(来年6月25日更新予定)にふさわしいのはやっぱりこの曲。なんとか無事達成させたいものです。

今日はその『ジュリー祭り』セットリスト、全82曲から76曲目の記事お題です。
一般的には決して有名ではないですしシングル曲でもありませんが、先輩方にとってはこれまた「重要な1曲」でしょう。頑張って書きたいと思います。
1990年リリース、『単純な永遠』からアルバムのタイトルチューン「単純な永遠」、伝授!


①「シングル向き」」ではないからこその大名曲!

・「誓いの明日」を「ちかいのあす」と読む。
・「PYG」を「ピーワイジー」と読む。
・「単純な永遠」を「たんじゅんなえいえん」と読む。

「新規ジュリーファンあるある」です。
もちろん正しい読み方はもう分かってはいるのだけれど、これがなかなか直らない。先輩とお話している時、発声しかけて咄嗟に「イカン!」と身体が強張り、不自然な「間」を作ってしまった経験が何度もあります。
未だにそんな状況の僕が「伝授!」などとはおこがましい・・・強くそう感じてしまう曲、イコール、ジュリーにとってもファンにとっても大切な1曲。
EMIの建さんプロデュース期作品の中で「単純な永遠」とはそんな名曲でしょう。

この曲にまつわる有名な逸話は、当初ジュリーがアルバム『単純な永遠』からのシングル・カットとしてこのタイトルチューンを切望していたという「伝説」。
そう、実話にしていかにもジュリーらしい「伝説」です。
実際は、建さんはじめスタッフの「この曲は若い人には分からない」との考えから、シングル・カットはアップ・テンポの「世界はUp & Fall」に譲ることとなったとか。
前回「すべてはこの夜に」の記事中で、佐野元春さんが常に「若い世代に聴いて欲しい」と思い続けて歌っている、という点に触れましたが、少なくともアルバム『単純な永遠』当時の建さんプロデュース期に同じ狙いがあったことは確実。「バンドブームに浮かれる若者達に”本物”(=ジュリー)をお見舞いしてやる!」というベクトルではありますけどね。
全体的なセールスはともかく、シングル「世界はUp & Fall」は”本物”を見抜く感性を持つ若者を開眼させたことと思います。その上でフルアルバムで上級篇「単純な永遠」を味わって貰おうという戦略。僕はこれ、建さん達の正攻法だったと思っています。
でも、ジュリー自身の考えは少し違った、と言うか俯瞰力が高かったのでしょう。

自分はどんな歌を歌いたいのか、伝えたいのか・・・70年代の若き日のインタビューに遡ってさえ、常にジュリーはその点を考えていたふしがあります。
1990年、ジュリーのそんな長年の志に叶った曲が「単純な永遠」だったのでしょうか。
ジュリーがこの曲の何処にその真髄を見出していたのか、また何をしてこの名曲が(ファン以外の一般ピープル、若者達にとって)上級篇と見なされシングル・カットを見送られたのか。今日はそのあたりを僕なりに突っ込んで考えてみましょう。

リズムはゆったりしたテンポのシャッフル(「タカタ、タカタ、タカタ・・・♪」という3連符構成)のロック。
これがバラードであれば「君をのせて」、或いは「おまえがパラダイス」のようなロッカ・バラードの解釈を以って「シングル」っぽく仕上げる手法も考えられますが、「単純な永遠」はそうした曲想ではありません。
かと言ってアップテンポでもない。ロッカ・バラードでもロカビリーでもブルースでもない・・・それでも3連符構成を強く押し出すシャッフル・ナンバー。
邦洋問わず、僕はこの手の「シングル・ヒット」になかなか思い当たりません。敢えて言えばティアーズ・フォー・フィアーズの「ルール・ザ・ワールド」でしょうか。でもあれはバラードなのかな?

作曲者の建さんとしては、アルバム・タイトルチューンにして大トリ収録に適う、との意味で「単純な永遠」渾身の自信作だったでしょう。ただ、建さんが「シングル・カット」を意識していたら、こういう曲想(無骨なシャッフル・ロック)にはならなかったと思う・・・逆に、だからこそ誕生した名曲なのかなぁと今考えます。
2008年のラジオ特番『ジュリー三昧』でジュリーはアルバム『単純な永遠』について、「この頃から”大好きな曲”が増えてくるんですよ」と語っていました。その時には「ジェラシーが濡れてゆく」をかけてくれましたが、自身が当初「シングルに推した」タイトルチューン「単純な永遠」がアルバム中一番のお気に入りだったのではないでしょうか。

ちなみに、建さんがアルバムのリリース当時、「不安にさせよう」について「ジュリーはこういうシャッフルのリズムが得意中の得意」みたいな感じでそのヴォーカルを絶賛し、一方ジュリーが「そうかなぁ?」といった表情で黙って話を聞いているシーンを何かの映像で以前観たことがあり、何故か強く印象に残っています。
もしかしたらジュリーとしては、同じシャッフルなら自分は「単純な永遠」の方が自信あるな、と考えていたかもしれませんね。

②楽曲全体の考察

ではここで、いったん「ジュリーお気に入りの曲」という要素を抜きにして、マッサラな観点から「単純な永遠」の特性を紐解いていきましょう。

採譜をしながら「うひゃあ・・・」と感嘆させられた曲でした。
キーはヘ長調。五線譜にするなら♭ひとつの調号で最後まで通せます。しかし!

信じることは   くずれてしまうけど
Gm              F  E♭                       Dm7

ゼロの空気は透明 なぜかまぶしい ♪
C                      F7

ここはどう考えてもヘ長調の進行じゃないんだよなぁ。本来トニック・コードであるはずの「F」が、「なぜかまぶしい♪」の箇所では変ロ長調のドミナントの「F7」として登場します。
それなのに、続くサビで転調はせず(むしろ転調させるより難解)、メロディーは自然に繋がります。
すごく・・・変な曲。でも「変」とは思わせない。やっぱり一般的には「上級篇」の1曲と言えましょう。

しかもこの変態進行(褒めていますよ!)にリード・ギターを載せた下山さんの音が「サイケ」なものだから、ますます「混沌の名曲」度が濃厚となります。
エンディングのヴォーカル・リフレインで左にミックスされた狂乱のソロを敢えて音の海に埋もれさせているところが、建さんの「混沌」アレンジの極みでしょうか。レコーディング段階での下山さんは、相当な爆音で弾いているはずですけど・・・。

下山さんのギター以外で印象的な演奏パートは、おそらくみなさまも大好きであろう「鐘」ももちろんですが、個人的には尖りまくったストリングス(シンセかな?)の音階、挿し込み方に惹かれます。
特に2番Aメロのヴォーカルに一瞬だけ絡んでくる箇所が大好物。ちょっと前に「噂のモニター」の記事でも書きましたが、ロックな曲に尖ったストリングスの組み合わせは、当時の建さんのアレンジの必殺技になっていますね~。

あと、この曲はトラック全体に「一気がけ」のエフェクト処理があって、それが「アルバム大団円」の雰囲気を作っているようです。ドラムス(特にタムのフィル)が一番聴きとり易いでしょうか。ショート・ディレイ×コンプレッサーのような・・・ちょっと音が「ダブった」感じがしますよね。
これはヴォーカルも同様。ジュリーのヴォーカル・エフェクトとしては珍しいパターンですが、これまた建さんプロデュース期ならでは、の個性と言えるでしょう。

③ジュリー「断捨離ソング」の原点?

「自分が歌いたいことを歌いたい」
そんな渇望は、ジュリーが72年あたりから既に何度となく口にしてきたことですね。
その意味でも「単純な永遠」は、楽曲が好きという以外に「歌いたい内容」だったこと・・・つまりジュリーはサエキけんぞうさんの詞に入れ込むところが大きかったので「シングル押し」したのでしょうし、その後ずっとLIVE定番曲であり続けているのでしょう。
ここでは、後年セルフ・プロデュース期に突入しいよいよ「自らの伝えたいこと」と歌詞(自作詞曲に限らず)がリンクし始めた90年代後期の女性作詞作品2曲と、「単純な永遠」の共通点について考えてみたいと思います。

まずは99年のアルバム『いい風よふけ』からシングル・カットされた「鼓動」。作詞はGRACE姉さんです。
「宝石」「メロディー」という2つの単語が偶然にもサエキさんの「単純な永遠」と共通して登場します。

予測してなかった   宝石の時間
Gm                     F  E♭               Dm7

シンプルだけど満更じゃないメロディー ♪
C                        F7

以前書いた「鼓動」の記事で僕は「宝石」を「大切なたったひとつのもの」、「メロディー」をその大切なものを形にしてくれる「魔法の響き」と解釈しました。
これ、サエキさんの「単純な永遠」でももまったく同じように(ジュリーが)解釈し歌うことができる言葉だと思うのです。「予測してなかった」というのは、いわゆるセールス黄金期、「様々な装飾が纏わりついていた歌を歌っていた頃には」と考えるのはどうでしょう。

次作『パノラマ』と並びジュリー史上最も装飾性の高いアレンジが施されたアルバム(もちろん、それも含めて『単純な永遠』は大名盤です)のタイトルチューンに、「纏いついているものを取り払ってみたら、一番大切な宝石を見つけた」といった歌詞解釈はなんだかそぐわないような気もするんですけど、僕にはこの曲が「断捨離ソング」に聴こえてなりません。

「断捨離ソング」と言えば98年のアルバム『第六感』収録の「グランドクロス」。こちらは覚和歌子さんの作詞です。
「もう夢はみない」とまで断じたある意味衝撃的な詞ですが、「単純な永遠」においても

夢が消えて朝が残る
F              Faug

日射しからは無言のエネルギーだ け ♪
F                     B♭         C    B♭ C

サエキさんのこの歌詞部などは、80年代までの喧騒の時代(夢)から目覚めたジュリーの、本当に大切なものへの「気づき」を想起させます。
「グランドクロス」にせよ「鼓動」にせよ、90年代後半から顕著となった覚さん、GRACE姉さん作詞作品と生身のジュリーの歌人生とのリンク・・・もしジュリーが「こんな感じで」とお2人に詞のテーマをサジェスチョンすることがあったのならば(まぁ、もうひとつのテーマ「エロ」については明らかにそんなこともあったようですが)、ジュリーはそこに90年のお気に入りナンバー「単純な永遠」への思いから繋がる感覚を持ち続けていたのではないでしょうか。

その上で「単純な永遠」が特別なのは

それは All I want is you 素敵なあいづち
          E♭ B♭     F      E♭    B♭     F

確かな情 熱 受けとめておくれ
E♭    B♭  F  E♭       B♭    F

All I want is you 素敵なヒントさ
E♭ B♭     F     E♭     B♭   F

単なる永 遠 感じておくれよ ♪
E♭    B♭  F  E♭   B♭    F

ステージから客席に気持ちを投げかけるような詞なんですよね。「僕はこういう感じが素敵だと思うけど、どう?」というのは、今現在のジュリーの姿勢そのもの。
だから、言い方は悪いかもしれないけれど「単純な永遠」って「ずっとジュリーを観ている人にしか分からない」歌なのかもしれない・・・なるほど上級篇なんだなぁ、と僕のような遅れてきたファンは思うわけです。
この曲の真髄が少しだけ分かりかけて、LIVEでジュリーが歌っているのを何度か体感してきて、「名曲!」だと躊躇わずに言える・・・今僕はようやくその境地まで追いついたところ。

何度かツアーで体感してきた中で、個人的に忘れられないのは『奇跡元年』かな。『ジュリー祭り』の時は漫然と流して聴いてしまっていたのが(恥)、年が明けて参加した僕にとっての初の「通常のLIVE」でジュリーが満を持して歌ってくれて、興奮して思いっきり頭上手拍子やってたら途中で両腕が痛くなっちゃってね(大恥)。
でも会場のお姉さん達を見渡すと(この時は1階最後方席での参加で、渋谷公会堂独特のお客さんの熱気、盛り上がりが一目できた公演でした)、余裕でジュリーについて行ってる・・・聴き手にとってこれは体力とかの問題じゃないんだな、これがジュリーのステージなんだな、と感じ入ったものです。

来年の古希イヤーには再びセットリスト入りを果たす曲かと思います。その時は僕も10年前の自分と比べて、頭上手拍子を楽々こなせるでしょう。
ジュリーファンとしてのキャリアに比例して名曲度を増してゆく、名曲中の名曲「単純な永遠」との近い再会を、今から楽しみにしていま
す。


それでは、オマケです!
『単純な永遠』ツアー・パンフレットからどうぞ~。

199003

199004

199013

199015

では次回更新ですが、これから5月いっぱいまでは自由お題で様々な時代のジュリー・ナンバーを気の向きままに採り上げていきます(6月に入ったらact月間とする予定)。

最近の僕は、福岡の先輩が録音されていたラジオ音源『沢田研二の愛をもとめて』を聞かせて頂きながら、改めて「ああっ、そうだったのか!」と75年のジュリーを猛勉強中。
何かのキーワードにかこつけて、そんな話もチラホラと織り交ぜていければ、と考えています!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017年4月26日 (水)

沢田研二 「すべてはこの夜に」

from『NON POLICY』、1984

Nonpolicy

1. ナンセンス
2. 8月のリグレット
3. 真夏のconversation
4. SMILE
5. ミラーボール・ドリーマー
6. シルクの夜
7. すべてはこの夜に
8. 眠れ巴里
9. ノンポリシー
10. 渡り鳥 はぐれ鳥

--------------------

それでは今日も、『ジュリー祭り』セットリストからのお題が続きます。
あの東京ドーム公演が初のジュリーLIVE参加となった僕は、それまでのジュリーの歴史に疎く、今日のお題曲が歌われた時は「おおっ、これは激レアな選曲に違いない!」と興奮したものでしたが、後に「かなりセットリスト入り率の高い曲」と知りました。
少年時代によく聴いていた佐野元春さんが作詞・作曲した曲・・・でも「彼女はデリケート」「I'M IN BLUE」「THE VANITY FACTORY」「BYE BYE HANDY LOVE」とは違い「ジュリーの歌で初めて知った」佐野さんナンバーということで『ジュリー祭り』以前から、ヒヨッコなりに思い入れを持っていた名曲です。

自分が特に好きな曲をLIVEで歌ってくれる喜び、という点で、『ジュリー祭り』6曲目に配されたこの曲は特に忘れ難い想い出となっています。
アルバム『NON POLICY』から、「すべてはこの夜に」。今日は大胆な推察も交えて・・・伝授です!



①オマージュ元はタイガースのあの超有名曲?


いきなりですが、まずは拙ブログお得意の大胆な推察(時によっては単なる「邪推」ですが今回はどうかな笑)から書いていきましょう。

佐野さんって、何かのヒントから天賦の感性でパッと閃いたヴァースやフレーズをとっかかりにして楽曲全体を煮詰めていく・・・そんな曲作りをするんじゃないかなぁと僕は常々思っていました。その観点から、ズバリ今回披露する僕の推測とは
佐野さんの「すべてはこの夜に」は、ザ・タイガースの「花の首飾り」からインスピレーションを得て作られた曲ではないだろうか
というもの。

驚きましたか?
「え~っ、全然違う!タイガースって言ってもジュリーのヴォーカルじゃないし、ムキ~!」との先輩方のお声がするような気がしますが、まぁ聞いてくださいませ。

確かに、まったく印象の異なる2曲ではあります。
キーが同じイ短調(Am)という以外は、メロディーもコード展開も違います。
ところが、楽曲構成を各ヴァースごとに吟味、その配置を見ていくと面白いことに気がつくのです。
「花の首飾り」のサビは「私の首に♪」からのヴァースですよね。もちろん「サビ」として申し分のない素晴らしいメロディー。でも、すぎやま先生はこの曲のエンディングを「サビのもうひと押し」では締めくくらず、「おお、愛のしるし♪」の1行をリフレインさせるという鮮烈な構成で仕上げました。
この1行が詞、メロディーともにディープ・インパクトとなって耳にこびりつく・・・「花の首飾り」がタイガース・ナンバー最大のヒットとなった一要因だと思います。
「おお、愛のしるし♪」の1行は、Aメロの最後にくっついているメロディーですが、すぎやま先生の手法から、独立した短いヴァースと捉えることができるでしょう。

そこで、「すべてはこの夜に」のヴァース構成と配置を見てみましょう。
「花の首飾り」における「私の首に♪」を、「すべてはこの夜に」の「HANG ON ME♪」のサビに、さらには「おお、愛のしるし♪」を「ALL MY LOVE♪」のAメロにくっついた1行(独立した短いヴァース)と、それぞれ配置の一致を見ることができるのです。
サビとは別のヴァース、「ALL MY LOVE・・・♪」のリフレインで締めくくられる「すべてはこの夜に」。ここのメロディーが好きなんだ、と仰る先輩方も多いはず。

おお、愛のしるし 花の首飾  り ♪
        Fmaj7    E7     Am  Em   Am

「花の首飾り」エンディング・リフレインの強烈なインパクトから、佐野さんの才能は瞬時の閃きをもって

ALL MY LOVE   すべてはこの夜に ♪
            Fmaj7  G6   E           E7   Am

の1行を紡いだ・・・僕は「すべてはこの夜に」という名曲を、正にこの1行の佐野さんの閃きから作曲作業が始まった、と見ますがいかがでしょうか?

そんなふうに考えると、歌詞もまるで「花の首飾り」のアンサーソングのようではありません
か。
「HANG ON ME ♪」って、普通に訳せば「僕から離れないでくれ」みたいな感じでしょうけど、「首」と関連する単語「HANG」を使った「HANG ON」という英語表現の由来まで突っ込んで紐解けば、「相手の首に手を回して」愛し合う、慈しみ合う人の姿が浮かびます。

「HANG ON ME」=「私の首にかけたあなたの両手を、どうか今夜はそのまま離さないでほしい」

どうです?
「花の首飾り」と密接に繋がってきませんか?

いえ、僕もずっと以前からこの推察に辿り着いていたわけではありません。こんなことを思いついていたら、もっと早く記事を書きますからね~。
実はこれ、最近になって「ああっ、そうだったのか!」と新たに得た知識がきっかけで思い当たった推察。次のチャプターは、そんな話から始めたいと思います。

ともあれ、こんなトコで書いても伝わるはずはないのですが・・・銀次兄さん、ブログでの『S/T/R/I/P/P/E/R』製作秘話、ジュリーファン一同首を長~くしてお待ちしています。
もし「すべてはこの夜に」がこの頃に一度レコーディングされていたとするなら、そんなお話も是非是非!

②楽曲全体の考察

いつも偉そうに薀蓄垂れている拙ブログですが、今そのほとんどが『ジュリー祭り』以降、先輩方のブログを拝見したり、こちらにくださるコメント、またお会いした際に色々と教えて頂いたり、資料をお借りしたりして徐々に学び身につけた知識が土台となり、そこから考えを拡げていけた考察ばかりです。

僕は2009年、幾多のジュリーファンの先輩方のブログの存在を知ってから、できる限りをリアルタイムで拝見しています。さらに折を見ては、『ジュリー祭り』以前に先輩方が書かれた記事も遡って勉強しています。
その中から今日はまたしても、同世代ながらジュリーファンとしては大先輩でいらっしゃるkeinatumeg様の記事を参照させてください(
こちら)。

僕はまずkeinatumeg様の文章、語り口の大ファンなのですが、それに加えて新しく教わるジュリーの逸話も本当に楽しく学ばせて頂いていて。
keinatumeg様の「すべてはこの夜に」について書かれた御記事を拝見したのがつい昨年のことでした。
いやぁ驚きましたよ。僕はてっきりこの曲、84年のアルバム『NON POLICY』のために佐野さんが書き下ろした作品だとばかり思い込んでいましたから(ホント、大好きな曲だからといって早めにお題に採り上げないでいてよかった~。84年の佐野作品との比較とか、普通に書いちゃってただろうなぁ・・・)。

佐野さんの作曲自体は80年のアルバム『G. S. I LOVE YOU』の頃・・・ということは、「楽曲提供の打診を受け、タイガースからジュリーの歌を全部聴いた上で曲作りに臨んだ」との有名な逸話があるあの時期に、佐野さんは「すべてはこの夜に」を作っているのです。
なるほどそれならこの曲を「吉川晃司さんに歌わせたい」とナベプロさんから打診された時に佐野さんが「沢田さんのために作った曲だから、沢田さんが歌った後なら」と条件付で承諾した、という話も説得力を増します。
佐野さんとしては、ごく当然の気持ちだったのだ・・・じゃあどんあなふうに「すべてはこの夜に」を作ったのだろう、その時佐野さんはタイガースを聴いていたのだろうか・・・と考えた結果、先述の推察に至った次第です。

keinatumeg様の御記事でさらに驚いたのが、アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』の頃に一度レコーディングした「すべてはこの夜に」ヴァージョン存在の可能性。
もし現存するならば、僕らが今『NON POLICY』で聴けている「すべてはこの夜に」は明らかに84年の音作りですから、それはまったくの別モノ(本家ヴァージョン)と考えて間違いないでしょう。聴いてみたいなぁ・・・。

と、ここまで書いて突然思ったんですが、当初アルバム『S/T/R/I/P/P/E/R』の時期に「佐野さんか小田さんの曲をシングルに」とのアイデアがあった、という有名な話・・・その「佐野さんの曲」って、アルバム収録された「BYE BYE HANDY LOVE」ではなく、当時レコーディングされた「すべてはこの夜に」だったと考える方が自然じゃないですか?

改めて考えてみると、佐野さんがジュリーに提供した曲ってニュー・ウェイヴ色が強くて刺激的、個性的ではあるんだけど、リズム自体はとても由緒正しいオーソドックスなものばかり。それは、「80年代の早い時期までに」作られていたことと無関係ではないでしょう。
「すべてはこの夜に」のリズムはエイト・ビートですが、これがもし84年の書き下ろしならば、「ロックの新興勢力」であるダンス・ビート寄りの16ビート解釈となっていたはず。なにせ84年は、佐野さんがそのキャリア中最も異色なる名盤『VISITORS』を作っている年なのですからね。
例えば「BYE BYE HANDY LOVE」の直系ロカビリーや、「彼女はデリケート」の極限までテンポアップしたエイトビートというのは、やはり80年代初頭の佐野さん、或いは銀次さんの手法にして正攻法ですよ。
「すべてはこの夜に」も根っこは同じです。

では、歌詞はどうでしょう。
これはもう、アルバム『SOMEDAY』の頃の佐野さん全開!だと僕は思うのです。
佐野さんらしいレトリックで難解にはなっているんだけど、そこからひとつひとつのフレーズを丁寧に脱がせていくと、ストレートな純愛が残ります。
「愛に魂を捧げる」感覚が明快に押し出されているアルバムとして、『SOMEDAY』は佐野さんの最高峰でしょう。このアルバムの収録曲でジュリーファンのみなさまがよくご存知なのは「I'M IN BLUE」「THE VANITY FACTORY」のセルフカバー2曲かと思いますが、「すべてはこの夜に」の詞は「真夜中に清めて」というバラードのそれに近い、と僕は感じます。愛する人の純潔を求め、身体ごと夜に沈んでゆく歌です。
そんな詞を84年、男盛りのジュリーが歌うと・・・。

僕  が 月夜に 浮 かぶ小舟なら
Dm7  G7  Cmaj7  Dm7   E      Am7 

あなたは遠く眠る 夜明けの光
Dm7           Am7  E         E7 Am    Am7

言わずもがな、です。僕はジュリーの「すべてはこの夜に」は「エロック」だと思うのですよ。
自らの愛のすべてを「あなた」とのこの一夜に捧げる、と歌うジュリー。『S/T/R/I/P/P/E/R』の時期にレコーディングされたオリジナル・ヴァージョンと比べ、官能という点では84年のジュリーの方が勝っているかもしれません(是非聴き比べてみたいものです・・・)。

僕は長らく「シティ・サウンド」のイメージに引っ張られて『NON POLICY』のジュリーのヴォーカルの魅力に気づけずにいたんですけど、先輩方はリアルタイムではこのアルバムをレコードで聴いていらっしゃるでしょうから、LPをひっくり返してB面の「シルクの夜」「すべてはこの夜に」「眠れ巴里」と続く官能の歌声、インパクトは凄かったのではないですか?
しかも3曲それぞれ色っぽさのベクトルが違うという・・・。
作曲の佐野さん自身は今でも(歌い続けている限り)、15~25歳の若い世代に聴いて欲しい、と思い活動されているそうです。でも、ジュリーの「すべてはこの夜に」は「R30」な名曲、という気がしています。

また、この曲はレコーディング音源とLIVEでかなり印象が違うのも魅力です。柴山さんの間奏のギターがグイグイ前に出てきますし、『Pleasure Pleasure』ツアーでは、サビ部でのお客さんの頭打ち手拍子

HANG ON ME 街角から街角に
G                          C

心の痛み捨ててきた oh baby
F              G       C   Csus4  C

HANG ON ME もうきどるのはやめさ
G                           C

抱きしめてほしい oh ♪
   F                E   G7

会場の「熱」とジュリーの「oh baby♪」のシャウトに驚いたものです(『ジュリー祭り』の時にはそこまで気づけていませんでした)。
この「レコーディング音源とLIVEの違い」は、『NON POLICY』全収録曲について言えることなのかもしれません。僕は「すべてはこの夜に」以外のアルバム収録曲を生では未体感ですから、是非今年の50周年ツアーで「渡り鳥 はぐれ鳥」、来年の古希ツアーで「ノンポリシー」を聴いてみたいものです。
可能性はありますよね?

いずれにせよ、吉川さんの話も絡んで「じゃあ、ジュリーに先に歌って貰わなければ」と、改めてリメイクされたヴァージョンが84年のアルバム『NON POLICY』に収録されたわけなのですね。
それがジュリーお気に入りの1曲としてLIVE定番曲となり、『ジュリー祭り』でも歌われました。僕は『ジュリー祭り』と『Pleasure Pleasure』ツアーでこの曲を生体感していますが、いつかまた聴く機会はきっとあるでしょう。

③吉川晃司さんのこと

僕はジュリーのアルバム『NON POLICY』から遅れてリリースされた吉川さんの「すべてはこの夜に」をしっかり聴いたことがなく、今回比較考察にまで踏み込めなかったのは残念です。しかしそれを置いてもここで是非書いておかねばならないこと・・・この場を借りて、吉川さんに土下座しなくてはいけないことがあります。

僕は2013年の「Fridays Voice」の記事で、「ロック」のジャンルにおけるビッグネームが、2011年の大震災、原発事故を受けてなおこの国の社会問題について口を開こうとしない現実を批判しました。
そりゃあ、ジュリーはじめ佐野さんの創作姿勢などは知っていましたが、あまりに人数が少ない、と。賛否いずれであれ、これほどのことが起こって第一線のロッカーが何の意思表示もない、声を出さないというのは情けないと。でもそれは僕の無知でした。

数年前に吉川さんの一連の活動を知り、これはいつかブログで書かねばならないと思っていました。
『ザ・ベストテン』ドンピシャ世代の僕は、クラスメートの女子が完全に「吉川派」と「フミヤ派」に分かれている、という青春時代を過ごしていますから、どうしても吉川さんには「アイドル」のイメージが強く残っています。
故に2013年、数少ない「真っ当な日本のビッグネーム・ロッカー」を見渡した際に吉川さんが盲点となってしまったわけですが、それは言い訳になりません。かつて「アイドル」と呼ばれたことが「ロッカー」の活動にとって何の乖離にもならないことを、ジュリーファンの僕は思い知っていたはずなのですから。

震災以後の吉川さんの活動、創作姿勢について最もよく纏めているのは
こちらの記事でしょう。
ナベプロさん期待の新星として、同プロの看板スターであるジュリーに迫るほどの人気を爆発させていた頃の吉川さんを、ジュリーファンの先輩方がどのように見て、捉えていらしたのか僕には想像できませんが、もしかしたらこの記事は先輩方の吉川さんに対するイメージを一新するのではないでしょうか。
念のために書きますと、僕は決して「原発に反対だから」吉川さんのことを「凄い!」と思っているのではありません。このような時代に自分の考えを堂々と創作姿勢に投影することこそが第一線のロッカーたるものであり、その意味で吉川さんはジュリー同様リスペクトできるロッカーであったのだ、ということです。

ちなみに僕は歌番組によく出演されていた当時以降の吉川さんの音楽は追いかけていませんでしたが、俳優としては長らくすごく好きでして。
昨年『真田丸』がまだ序盤の放映だった頃に、「是非”大阪の陣”で登場する後藤又兵衛役は吉川さんに演じて欲しい!」と勝手に考えていました。実際これは昨年春にお2人のJ先輩と食事をご一緒させて頂いた時に、切々とお話してしまっていたほど。

実際のキャスト、哀川さんの又兵衛もとても素敵でしたが、司馬遼太郎さんの『城塞』が大好きな僕にとって、又兵衛は白髪、細く鋭い目つきの大柄で寡黙な初老の男、幸村とはすごく身長差のある「見た目凸凹」コンビ、というイメージなのですよ。
吉川さんが『真田丸』で又兵衛を演じていたら、木村重成の危機に駆けつけた今福村の砦柵を巡る対佐竹隊との鉄砲戦のシーンは、実際の放映とはかなり違った脚本に(一般的な又兵衛の逸話、通説に近い感じに)なっていたのではないかと想像します。
ということで、僕の”『真田丸』ロス”は未だ継続中なのでありました・・・。


変な〆になりましたが(汗)、それではオマケです!
今日は1枚だけの資料なんですけど、以前ピーファンの先輩にお借りした切り抜き集の中にあった、84年のジュリーの記事(掲載誌は不明)をご紹介しましょう。


Img444750


では次回更新はもう1曲、『ジュリー祭り』セットリストからのお題です。
シングルではありませんが、ジュリーの歌人生の中でとつてもなく重要な名曲・・・ようやく書く時が来ました。先輩方にとっても思い入れの深い1曲と心得ておりますので、なんとか頑張りたいと思います。

余談ですが、明日は仕事を早退してポール・マッカートニーの東京ドーム公演に行ってまいります(武道館は僕の経済力ではさすがに無理・・・泣)。
前回は望外のアリーナ神席でしたが、今回は1階スタンド、ごくごく普通の身の丈に合った席での参加となり、ジュリー50周年ツアーの席運は残しました(笑)。
楽しんできます!

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2017年4月23日 (日)

沢田研二 「TOMO=DACHI」

from『ROCK'N ROLL MARCH』、2008

Rocknrollmarch

1. ROCK'N ROLL MARCH
2. 風に押されぼくは
3. 神々たちよ護れ
4. 海にむけて
5. Beloved
6. ロマンスブルー
7. やわらかな後悔
8. TOMO=DACHI
9. 我が窮状
10. Long Good-by
11. 護られている I love you

---------------------

さて、これから拙ブログでは『ジュリー祭り』セットリストからのお題を3曲続けて更新していく予定ですが、第1弾の今回は短めの変則的な内容となります。

先の記事で書いた通り、僕は今月15日から母親の17回忌法要のため久々に鹿児島に帰省しました。
故郷に帰るとどうしても少年時代の想い出が溢れてきます。今日はそんなとりとめのない想い出の中から、僕の高校時代・・・初めて「落語」というものに興味を持った時のことを書かせて頂こうと思います。
「落語」がキーワードと来ればお題にあやかる曲は、ジュリー自らの作詞で友人・桂ざこば師匠のことを歌った「TOMO=DACHI」で決まりですね。
アルバム『ROCK'N ROLL MARCH』から、よろしくおつき合いのほどを・・・。


僕の出身校は、鹿児島県霧島市にある国分高校(通学当時は市町合併以前の国分市)。
一応歴史ある県立の進学校なのですが元々は女子校で、僕が通っていた頃は生徒の女子率が7割近かったでしょうか(いや、別にそれが目的で入学したわけではないですよ!)。「勉強、勉強」という雰囲気はまるで無くて、良い意味でのんびりした校風でした(今はどうか分かりませんが)。
女子校時代の校歌が何と北原白秋・作詞、山田耕筰・作曲というのが、自慢できる特記事項かな~。

で、今も続いているのかは分からないんですけど、国分高校では年に1度『卒業生を送る会』なる行事が開催されていました。これは完全に「生徒主導」の仕切りで執り行うイベントで、毎年2年生を中心に生徒達がアイデアを出し合い、卒業を控えた3年生の在学の想い出となるような工夫が凝らされます。
高校生の考えることですから良くも悪くも斬新、恐れ知らずのアイデアが飛び交います。確か僕らが「送られる」年・・・誰が最初に言い出したのか「落語家さんを呼ぼう!」という話が持ち上がりました。
なにせ鹿児島の片田舎の、しかもたかだか高校生です。皆、落語家さんなんてほとんど知らないに等しいんですよ(少なくとも当時の僕はね汗)。
でもただ一人だけ、僕も含め全校生徒知らない者はいないだろう、という人がいました。
当時『笑点』司会者となって数年が経ち、全国区不動の人気を爆発させていた5代目・三遊亭圓楽師匠です。

高校生の行動力は凄いものです。なんと即座に圓楽師匠にオファーを出してしまったという・・・これが大人(先生)達の仕切りだったら、「それはさすがに無茶」のひと言で片付けられていたのかもしれません。
ところがさらに驚くべきことに、圓楽師匠からは素早い快諾のお返事が!
都会ならいざ知らず、鹿児島の、しかもド田舎の高校の『卒業生を送る会』のために、あの圓楽師匠が高座に来てくださるというのです。多くの生徒達はそれがどれほどの奇跡なのかすら実感していなかったというのも今考えれば失礼過ぎる話なんですけど。

当時僕は「落語」などまるで知らないに等しかったです。下手すると、大喜利と落語の区別すらついていなかったかもしれません。
予備知識の無いまま当日を迎えることとなりました。

圓楽師匠が用意してくださった高座は、最初から最後まで師匠独演の三部構成でした。
まず第1部では、「落語」の成り立ちやこれまでの歩みを面白おかしく教えてくださいました。
続く第2部では、特別落語に興味が無くても皆がチラッとは知っているとても有名な噺をしてくれた・・・と思います。明確に書けずすみません、実は第1部と第2部については内容をよく覚えていないのです。ただ、この第2部までは会場の生徒、先生方もひっきりなしに笑い、とても賑やかだったという印象だけは残っています。

空気が一変したのは第3部。
僕が強烈に打ちのめされ、その後「落語」に興味を持つに至ったのは、この第3部での圓楽師匠の高座が忘れられなかったからです。
鹿児島のド田舎の高校生のために遠路はるばるやって来た圓楽師匠が、第3部・・・つまり「大トリ」で何の噺をかけてくださったと思います?
少しでも落語に興味を持つ読者のみなさまはビックリされると思いますよ・・・何と、『死神』です。
素人、まして初めて高座を聞く高校生には、一体この噺のどこでどんなふうに反応し笑うのが正解なのかすら分かりません。ただただリアルに、本当にリアルに情景を語り話を進めてゆく圓楽師匠のほとばしるオーラ、熱気に圧倒されるばかり。師匠の前に、噺の肝である蝋燭が立ててあるのがハッキリ見えるんですよ。

そして最後の最後・・・師匠がその蝋燭の炎に向かって「あぁ・・・消えるぅ・・・」と呻き、ガクンと頭を落としました。会場はシ~ンと静まりかえっています。皆、「これで噺が終わり」ということも分かっていません。
沈黙の時間がずいぶん長かったような記憶がありますが、実際にはほんの数秒だったかもしれません。拍手も無いままにその沈黙は過ぎ、顔を上げにこやかな表情に戻った圓楽師匠は、『死神』の「オチ」の説明をしてくださいました。この噺の「オチ」にはいくつものヴァリエーションがあるのだけれど(例えば、蝋燭が消えた瞬間に派手に後ろにひっくり返る)、自身が受け継いだ『死神』はこういう終わり方をする、そしてそれを自分も後世に伝えてゆく、と。
これは一体どういう世界だ?凄いぞ・・・「落語」というのはこれまで僕らがかじっていたほんの少しの知識とは比べものにならないくらい深いのだ・・・。
と、多くの生徒達が感じたはずです。

後になって思えば、圓楽師匠としては高校生相手に『死神』をかければこういう状況(会場がオチも理解できず場が静まりかえって終わる)になる、と見越していらしたはず。それも含めての高座であったでしょう。
チャレンジ精神旺盛な師匠はオファーを受けて、高校生対策を練りに練り、見事たったの1日、たった数時間の間に落語の「いろはの”い”」から上級までを駆けてくださったのでした。

師匠が最後に「わたしゃあ国分高校を生涯忘れやしません」と言ってくださったのを、今でも昨日のことのように覚えています。
大学進学のため上京した僕はその後、池袋演芸場に数回(お客さんが僕と連れの友人2人だけ、という日もあったなぁ)、あと場所は忘れましたが銀座で「食事をしながら落語を楽しむ」会など、これまで何度かプロの落語家さんの高座を聞きました。
残念ながら先代圓楽師匠の高座を聞いたのはあの高校生の時一度きりとなってしまいましたが、「10代の高校生時に5代目・三遊亭圓楽師匠の『死神』を生で体感したことがある」というのは一生の宝物です。

そうそう、僕は「上方落語」は未だ体感したことが無いんです。NHK朝ドラ『ちりとてちん』に大嵌りしていた時に、知識だけはずいぶん蓄えましたけどね。
いずれ機会あらば、と考えています。


といったところで、思い出話はここまで。
今日お題にあやかったジュリーの「TOMO=DACHI」についても少し書いておきましょう。

ずっと気になってたんや
Am                Dm

会えたらどないやろか ♪
G7     E7        Am

ざこば師匠のことを歌った曲、ということすら『ジュリー祭り』後に知った僕が、アルバム購入時にこの曲を「関西弁?トリッキーでユニークな曲だけど、よく分からないなぁ」と思ってしまったのは致し方ありません。
今聴いて改めて感じるのは、題材やアレンジなどに『今、僕は倖せです』の頃のジュリーを重ねることもできるんじゃないか、という。
身近なテーマをロックする!というのは2000年代ジュリーの特性のひとつですが、「TOMO=DACHI」の詞には、ジュリーの周りにいる「人」の存在をひしひしと感じることができる好篇の意味で、72年のセルフ・プロデュース・アルバムからのジュリーの創作姿勢の一貫性、繋がりを思います。
「リズム=キメのリフ」を採り入れたアレンジも、「お前なら」を彷彿させますしね。

八島順一さんの作曲は、95年の「泥棒」にかなり近い手法だと思います。この2曲はあまりにイメージが違うので「えっ?」という先輩方も多いでしょうけど、「TOMO=DACHI」って「カッコイイ歌謡曲」にも通ずる、哀愁漂うキャッチーな短調のメロディーなんですよ。
同主音による移調を採用して全体の構成にメリハリをつけているのも「泥棒」との共通点。「TOMO=DACHI」の場合は、イ短調の曲がサビと間奏で明るいイ長調へと転調します。

ZACK ばらんな人や おもろいで
A        C#m7    F#m      D

BUT 泣かっしょんにゃわ
A      C#m7      F#m

はなしが良え シビレタで ♪
   D          F      G      A

躍動的なメロディーですよね。
ひとつ謎なのは、何故これほどまでドラムス・パートのミックスを抑えたのかなぁ、と。
いかな打ち込みのプログラミングとは言え、こうも極端なミックスは珍しい。僕などには気づけていない、白井さん一流の狙いが何かあるのかもしれません。
今後の考察課題です。


それでは、オマケです!
まずは、『ジュリー祭り』2大ドーム公演を前にしたジュリーが思いを語った、『読売新聞』夕刊記事から。


Img126

200815


続きまして、同じく2008年の資料。ジュリーの「TOMO=DACHI」と言えば当然この人もそう・・・客席から観る『ジュリー祭り』を楽しみにしているサリーの記事です。

Gsw


今回「TOMO=DACHI」の執筆をもって、昨年の『G. S. I LOVE YOU』に続き、『ROCK'N ROLL MARCH』についてもアルバム収録全曲の記事制覇成りました。
一応過去記事をすべてアルバム・タイトルのカテゴリーに移行しますが、少なくとも「Long Goog-by」の記事だけはいずれ機を見て書き直すつもりです。
「あのままだよ」と併せての記事ですし、あの曲をタイガースの「た」の字も知らない超・ヒヨッコ状態で書いてしまっているのは大いに問題アリですからね・・・。


それでは、次回からは通常の考察記事として、『ジュリー祭り』セットリストからお題を採り上げます。
全82曲の記事完全制覇まで残すは8曲。
意外や「これをまだ書いてなかったんか!」という重要な名曲が結構残っているんですよね~。
引き続き頑張ります!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017年4月20日 (木)

ザ・ワイルドワンズ 「涙色のイヤリング」

『All Of My Life~40th Anniversary Best』収録
original released on 調査中(汗)
or single『ハート燃えて 愛になれ』B面、1985


Wildones

disc-1
1. 想い出の渚
2. 夕陽と共に
3. ユア・ベイビー
4. あの人
5. 貝殻の夏
6. 青空のある限り
7. 幸せの道
8. あの雲といっしょに
9. 可愛い恋人
10. ジャスト・ワン・モア・タイム
11. トライ・アゲイン
12. 風よつたえて
13. バラの恋人
14. 青い果実
15. 赤い靴のマリア
16. 花のヤング・タウン
17. 小さな倖せ
18. 想い出は心の友
19. 愛するアニタ
20. 美しすぎた夏
21. 夏のアイドル
22. セシリア
23. あの頃
disc-2
1. 白い水平線
2. 涙色のイヤリング
3. Welcome to my boat
4. ロング・ボード Jive
5. 夏が来るたび
6. ワン・モア・ラブ
7. 想い出の渚 ’91
8. 追憶のlove letter
9. 星の恋人たち
10. ハート燃えて 愛になれ
11. 幸せのドアー
12. 黄昏れが海を染めても
13. Yes, We Can Do It
14. あなたのいる空
15. 愛することから始めよう
16. 懐かしきラヴソング
17. 夢をつかもう

--------------------

母親の17回忌は、80歳となっても元気バリバリな父親の仕切りで無事終わりました。

鹿児島の実家近辺は人通りもほとんど無く、平和な田舎町の風景は相変わらず。
弟一家と共に泊まった温泉宿『清姫温泉』は、13回忌の時に近くでひと晩中モーモー鳴いていた牛がいなくなっていて、これで今回はぐっすり寝られるかなと思っていたら、夜中に突然凄まじい雷雨が。
僕は「屋内で聞く雷の音には癒される」というタイプなのでむしろ心地よかったですが、カミさんは怖くてよく眠れなかったのだとか・・・本当に稀な集中豪雨だったようで、翌日鹿児島市内の鴨池球場で開催を予定していたホークス×バファローズ戦がグラウンド・コンディション不良のため中止となってしまったそうです。
でもその雨も昼には上がって、半袖がちょうど良い陽気に恵まれた帰省でした。平穏な故郷へと帰れる有難さをしみじみと感じながら、49℃の源泉にゆっくり浸かってリフレッシュしてまいりましたよ~。


加瀬さんは今年が3回忌ということになりますね。
命日である今日4月20日の更新、僕はブログを続ける限りこの日には何らかの形で加瀬さんのことを書いていこうと決めています。昨年はワイルドワンズの平和へのメッセージ・ソング「Yes, We Can Do It」について書きました。今年は再びワイルドワンズのナンバー・・・でも今度はちょっとほろ苦い恋のバラード「涙色のイヤリング」をお題に採り上げます。
まだまだ僕はワンズについては基本的なことから勉強中の身です。記述に誤りなどありましたらバシバシ御指摘くださいませ。


一昨年の悲報を機に改めて加瀬さんのことを色々調べていて、「その時初めて知った」加瀬さんの功績と言えば・・・1985年にリリースされた「ハート燃えて 愛になれ」というワイルドワンズの曲が、刑事ドラマ『私鉄沿線97分署』のオープニング・テーマであったこともそのひとつです。
中学生までは「刑事ドラマ」であれば何でも観ていた僕ですが、高校に入るとバンド活動が生活のメインとなってしまい、テレビドラマをあまり観なくなりました。前回記事で触れた『刑事物語'85』も、羽田さん作曲のメインテーマの印象は強烈でしたが、ドラマの内容自体は実はよく覚えていないのです。

『西部警察PARTⅢ』の後番組として84年から86年まで放映されたという『私鉄沿線97分署』はちょうどその同時期の作品で、こちらについてはまったく観た記憶がありません。
「ハート燃えて 愛になれ」はその第2期、85年にオープニング・テーマとしてお茶の間に流れていたとのこと・・・そしてさらに、同番組エンディング・テーマもワイルドワンズの曲が採用されていたと昨年知りました。それが今日のお題「涙色のイヤリング」です。

情報を得た時、僕は「あれっ?」と首を捻りました。手持ちのベスト盤『All Of My Life』はワンズの代表曲を基本年代順に収録したもの。でも、「涙色のイヤリング」はdisc-2の2曲目、「ハート燃えて 愛になれ」は同10曲目と収録配置が離れています。
しかも「涙色のイヤリング」は、ワンズ再結成間もないリリースのシングル「白い水平線」の次に収録されている・・・とすればリリースはだいたい81年くらいと考えるのが自然です。その曲が85年の刑事ドラマのエンディングとは一体・・・?
調べてみますとこの曲、85年のシングル「ハート燃えて 愛になれ」のB面曲でもあるらしいことが分かりました。いよいよもって『All Of My Life』収録位置との整合性がとれません。
これは何かある!と踏んだ僕は、今年になってこのようなCDを購入してみました。

Img388246

↑ 刑事ドラマのオムニバスCD『刑事ベスト24時』


収録曲の多くは「僕があまりテレビを観なくなった」時代の番組からの選曲がメインですのでちょっと思い切った買い物でしたが、このCDの売りのひとつが”『私鉄沿線97分署』のワイルドワンズAB面2曲の同時CD収載は業界初”とのことでしたから、購入前から「ある確信」は持っていました。
いざ聴いてみますとその確信は当たっていて、ここに収録されている「涙色のイヤリング」は、『All Of My Life』収録のものとはまったくの別ヴァージョンでした。

つまり、『私鉄沿線97分署』エンディング・テーマ「涙色のイヤリング」は、過去に一度リリースされた同曲をワイルドワンズがドラマ・タイアップのためにリメイクした作品ということになるのでしょう。
ワンズファンのみなさまにとってこの2つのヴァージョンの存在は常識かもしれませんが、僕は85年のリメイク・ヴァージョンを今年になって初めて聴いたわけです。
これがまた「ヴァージョン違いフェチ」な僕としてはたまらないパターンでしてね~。


「涙色のイヤリング」の曲調はいわゆる”3連バラード”の王道です。当然作曲は加瀬さん。
加瀬さんの”3連バラード”と言えばジュリーファンの僕が真っ先に想起するのは「おまえがパラダイス」と「きわどい季節」ですが、「涙色のイヤリング」はちょうどジュリーがこの2曲を歌う間に2つのヴァージョンをレコーディングしていることになりますか~。
「ロッカ・バラード」と言うには甘やかな曲ですが、「おまえがパラダイス」にも採り入れられている「ミミミミファ#ソ#ララララソ#ファ#ミ♪」(「涙色のイヤリングのキー・ホ長調での音階表記)という洋楽直系の王道フレーズも、Aメロ締めくくりの箇所にリード・ギター・パートとして登場します。

では、2つのヴァージョンはどのように違うのか。
ここでは『All Of My Life』収録のヴァージョンをオリジナル、『刑事ベスト24時』収録のヴァージョンをリメイクと記して話を進めていきましょう。
演奏はもちろん、編曲クレジットも違います。


Img386711

↑ 『All Of My Life』のクレジット

Img386712


↑ 『刑事ベスト24時』のクレジットおよび解説


オリジナル・ヴァージョンはとても柔らかな、「胸キュン」志向のミックス・バランスが特徴。良い意味で、鳥塚さんのヴォーカルもワンズのコーラスも演奏も「ぼんやり」しています。
これは80年代初期、女性アイドル歌手のアレンジ、ミックスで良く見られた手法で、ワンズに限らない「時代の個性」と言ってよいと思います。

対して『私鉄沿線97分署』エンディング・テーマであるリメイク・ヴァージョンは猛々しい、男らしい仕上がりです。
鳥塚さんのリード・ヴォーカルはダブル・トラック。僕は鳥塚さんのダブルトラックってとても好きですね。ジュリワンの「プロフィール」が大好物ですから。
楽器パートで一番印象をガラリと変えているのはドラムスでしょう。ドッカン、ドッカンとキックが鳴っています。まるでアリスタ時代のキンクスみたいに、コンクリートの壁の反響音が聴こえているんじゃないか、というくらい尖っていますよ。
また、2番サビ前のフィルも荒々しい名演。リメイク・ヴァージョンの「男っぽさ」を決定づけています。

ただし、逆にオリジナルの方が「男らしく」、リメイクの方が「柔らかい」パートもあり、それがそれぞれのヴァージョンの肝となっているというのが面白い!
オリジナルでは、加瀬さんのギターです。
この曲はいずれのヴァージョンも植田さんを中心としたコーラス・ワークをフィーチャーしたヴァースでフェイド・アウトするんですけど(この曲には半音上がりの転調が2度登場し、エンディング・コーラスは嬰ホ長調となっています)、オリジナルの方ではそこで加瀬さんの破天荒なトレモロ奏法が炸裂しまくっているのです。リメイクにはそのギターがありません。
一方リメイクでは、イントロに独立したストリングスのソロが配されています。初めて聴いた時には、それこそ「きわどい季節」が始まったのかと思いましたよ。
これがオリジナル・ヴァージョンにはありません。

このように、「明らかに違う」同一曲の別ヴァージョン比較が叶う曲は聴いていて本当に飽きません。
今、僕のお気に入りのワイルドワンズ・ナンバーのひとつ・・・ジュリーファみなさまにも、是非機会あれば2つのヴァージョンを聴き比べて頂きたい名曲です。

最後に、竜真知子さんの詞について。

指輪をしたままで
B7           E

抱きしめあった日   か  ら ♪
D#7               G#m7  F#7   B7

ということで、これは夏の日の危険な恋の物語・・・なんですけど、同シチュエーションを描いた作品が多い阿久=大野時代のジュリー・ナンバーと違って、加瀬さんのメロディー、鳥塚さんのヴォーカルには何故か「悲壮な禁断の色」がまったく感じられません。これはワイルドワンズならでは、の個性ではないでしょうか。

めぐり逢うのが  遅すぎた
      E      G#m7   F#m7  B7

二人すべて   知りながら
   G#m7  C#m   F#m       B7

ひと夏の あやまちにできない ♪
   E    C#m  F#m7  B7        E   A   E

竜さんの描く夏のバカンスの「二人」は、表面的には初対面であるように読みとれます。
でもね、鳥塚さんの歌を聴いていると、どうにも僕はこの二人が「久々の再会」を果たしたかつての恋人同士のように思われてならないんですよ。
ジュリーwithザ・ワイルドワンズでの、三浦徳子さんの「渚でシャララ」と同じ状況です。

つかの間の 歓び は
E        C#m  F#m7  B7

片方だけの イヤリング
   E     C#m  F#m7    B7

夏に揺れた  君の 涙の色 ♪
G#m7    C#m   F#m   B7  E  C#m  F#m7  B7

お互いの若い日をよく知る二人が思いもかけず再会を果たし・・・情熱は「あの頃」のままだけれど、人生経験を積んだ今はそれにもまして「互いの涙色を分け合う」までに熟している、と。
つまり、竜さんの詞を、ワイルドワンズが「かつての若者達」に届ける「大人のラヴ・ソング」と読み解くことはできるのではないでしょうか。
僕は『私鉄沿線97分署』を観た記憶は無いんだけど、ごく普通の人々の過去から現在に至る悲喜を描くことの多い刑事ドラマのエンディング・テーマとして、このバラードはピッタリだったんだろうなぁ、と思います。


それでは、オマケです!
今日は、いつもお世話になっているピーファンの先輩から以前お借りした『グループ・サウンズ・ヒット曲集』から数枚のショットを。
先輩方には見慣れた写真ばかりかもしれませんが、タイガースとワイルドワンズのショットがカッコ良いので、この機会に載せておきます~。


Gs101

Gs102

Gs103

Gs104

Gs105

Gs106


加瀬さん。
なんだかキナ臭い時代になってしまいました。50周年のジュリー、古希イヤーのジュリー、その後のジュリーをどうぞいつまでもお護りください・・・。


では次回以降の更新予定ですが、今年もこのあたりでそろそろ『ジュリー祭り』セットリストからいくつか記事を書いておかねば、と考えています。
「ジュリー70超えまでに、鉄人バンドのインストも含めた『ジュリー祭り』セットリスト全82曲のお題記事を書き終える!」・・・拙ブログ当面の最大目標達成までタイムリミットは約1年。残すお題は9曲となっています。
今年中に6曲、そして来年6月25日までに3曲の執筆を予定しておりまして、まずは2017年前半、ここで3曲ほど書いておきたいと思います。

第1弾の次回はちょっと変則的な内容となります。
『ジュリー祭り』セットリストからのお題にあやかりまして、個人的な「落語」にまつわる思い出話を書かせてくださいませ~(←お題曲バレバレ)。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2017年4月14日 (金)

沢田研二 「片腕の賭博師」

from『チャコール・グレイの肖像』、1976

Tyakoruglay

1. ジェセフィーヌのために
2. 夜の河を渡る前に
3. 何を失くしてもかまわない
4. コバルトの季節の中で
5. 桃いろの旅行者
6. 片腕の賭博師
7. ヘヴィーだね
8. ロ・メロメロ
9. 影絵
10. あのままだよ

--------------------

朝、新聞でキナ臭いニュースを読み、浮かぬ顔のままに洗面所で「へ~くしょん!」とやった瞬間に首の真後ろが「ぴき~ん!」となって悶絶しました。
ただただ情けない・・・。

さて、気がかりだったツアー前半の抽選結果は、澤會さんからのハガキが到着していないので僕はなんとか第1希望通りに参加できそうです。やっぱりツアー初日に参加できるのは何より・・・ただし、今回ばかりは(完全にリリース年代順のセットリストにでもならない限り)、演目は覚えられても演奏順は覚えられそうにありません。最低でも50曲は歌うわけですからねぇ。
いつも速報を頼りにしてくださる地方の先輩方がいらっしゃるので、一応頑張ってみるつもりですが。
なにはともあれ、ツアー初日が今から楽しみです!

では本題。
『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、いよいよ締めくくり(また来年あたりこのシリーズ期間を設けるかもしれませんが)の第5弾は『ピアノ編』です。
僕が全ジュリー・ナンバーの中で「ピアノ」演奏のベストだと常々思っているのは「most beautiful」なんですけど、これは演奏が超絶過ぎて(僕にとっては高度過ぎて)未だどう紐解けばよいのか解らず記事執筆に踏み込めない名曲。
力及ばず今回も機は熟しませんでした。
まぁそれを言うなら他のどの曲であっても特に鍵盤演奏について詳しく書くのは僕には荷が重い、というのも正直なところではありますが、ここは明快に「ポップ寄り」な名演を選び、僕の持つ僅かな引き出しに寄せる形で考察できれば、と考えました。
採り上げるのは76年リリースの大名盤『チャコール・グレイの肖像』から、「片腕の賭博師」です。
僭越ながら伝授!


①「片腕の賭博師」あれこれ

荒木一郎さんの詞には、「サム」なる人物が登場する映画か何かのオマージュ元があるのでしょうか。そのジャンルに疎い僕ではそこまでは分からないのですが、細部に「洋画」のイメージ漂う名篇ですよね。

聞いたかいサムの噂を ネバダの賭博師さ
D                        G     D                     A

月曜の晩も えらい話題 さ ♪
G           D        A     G   D

唐突かつ楽曲の話題からは逸れますが、このチャプターでは将棋の話をしたいと思います。
荒木さんと言えばまず有名なのが「空に星があるように」。でも僕はこの「誰もが知る」スタンダード・ナンバーについてまったく詳しくありません。
それもそのはず、僕はこの曲がリリースされた66年の末、12月の生まれなのですから。リアルタイムの大ヒット曲、という空気が分からないんですね。
「ザ・タイガースについて数年前までほとんど何も知らなかった」のと同じです。

僕が荒木さんのお名前を初めて覚えたのは、音楽やお芝居ではありません。
ずいぶん前に、将棋関係の雑誌か何かで「将棋が強い芸能人」みたいな特集記事を読んだことがきっかけでした。萩本欽一さんなどと一緒に荒木さんが紹介されていたのです。
僕は大学時代に将棋道場に「腕試し」に乗り込んだ時、「いかにも」という感じのおじさんと激闘の末負かされたのはともかく、小学生に一方的な惨敗を喫した経験以後、いわゆる「見る将」ファンにおさまりました。道場で気軽に対戦できるレベルのアマチュアがこれほど強いなら、上級位、そして段位を持つアマチュアは到底僕などの及ぶところではない、と「リスペクトする側」に転じたわけですな。

今回改めて調べてみたら、荒木さんは何とアマ四段なのだそうです。これはもう素人からすると神様の領域。とんでもなく強いです。
それよりさらに強いのがプロ棋士なんですけどね。
荒木さんはカード・マジックの専門家でもありボードゲームやカードゲームに秀でた才をお持ちのようで、そんな荒木さんが「片腕の賭博師」のようなギャンブル・ロマンをジュリー・ナンバーの詞に託したことも大いに肯けます。
昨年からの将棋界は大きな問題、課題を抱えザワザワしていますが、将棋ファンというのは僕のような一般人ばかりでなく、荒木さんのように超ビッグネームの芸能人、政界・財界人、スポーツ選手・・・たくさんいらして、すべての棋士をリスペクトし応援しています。
若手プロ棋士では、藤井聡四段のようなニューヒーローも誕生しています。日本将棋連盟にはなんとかこの苦境を乗り越え、しっかりとケジメもつけ今後に生かし、ファンの期待に応えて欲しいと願ってやみません。

いや、関係ない話を長々と失礼しました(汗)。そういうことも書くチャプターなのだとご理解頂ければ・・・。

②楽曲全体の考察

前回はジュリーの「普通では考えられないコード進行」の話をしましたが、今回の「片腕の賭博師」については王道を逸脱しない、ジュリー作曲作品としては珍しい直球のコード進行で作られています。
と言うかおそらく作曲段階でジュリーがメロディーに当て嵌めていたコードは「D」「G」「A」「G7」の4つだけでしょう(もちろん、船山さんのアレンジ解釈により最終的にはそれだけではなく、演奏メインのヴァースでは「C」なども登場します)。
そんなオーソドックスな進行にあっても、ジュリーのメロディーの載せ方は特徴的。特に「G7」の箇所ですね。

例えばこの曲の歌メロの最高音は、先日「ジャンジャンロック」の記事で「とても太刀打ちできない」と書いた高い「ラ」の音よりさらに半音高い「ラ#」なんですが、これがキレイに「G7」に載っています。

だけど世間のヤツラは
D                    A

いつも見て見ないふりをする
G7                          D

それが良識ってものと
D                    A

何故か思ってるのさ ♪
G7                     D

理屈で言うとこの最高音の「ラ#」は、曲のキーであるニ長調のサブ・ドミナント・コード「G」のシャープ・ナインスということになります。つまり、本格的に曲の雰囲気を再現して弾き語りたい場合、サビの「G7」を「G7+9」で弾くと良いのですが、ジュリーは飄々とこのメロディーに「G7」を当てて作曲したのでしょうね。

ヴォーカルを聴くと、「見て見ないふりをする♪」「思ってるのさ♪」の箇所では声にドスを効かせるようなニュアンスがあり、これをして「さすがのジュリーとしても相当高い音なんだろうなぁ」とは思うんですけど、かと言って「ラ#」の最高音部の発声が特に苦しそうなわけでもなく無理をしている様子も感じられず・・・やっぱり凄いな、ジュリー!とひれ伏すばかりです。
ただし、この曲のジュリー・ヴォーカルは低音部の艶っぽさ、色っぽさこそが魅力、と個人的には考えます。「ネバダの賭博師さ♪」のあたりですね。
マイナー・コード抜きでこれほどの叙情性をメロディーに託す作曲センスは、ジュリー自身の持つヴォーカリストとしての天性に導かれていると言えそう。作曲の際、高低に声が「届く」というのはそれだけメロディーの幅が拡がることでもあるでしょうから。

アレンジは非常にドラマティック。加えてハッピーな雰囲気なんですね。
のちにアルバム『今度は、華麗な宴にどうぞ。』に収録される大野さんのナンバー「女はワルだ」とよく似た曲想、というのは僕だけの感覚なのかな?
後追いファンの僕はアルバム『チャコール・グレイの肖像』をCDでしか聴いたことはありません。先輩方がリアルタイムでこの「新作」を手にされた時、レコードをひっくり返してB面1曲目「片腕の賭博師」を聴いてパッと明るい気持ちになったのでは、と想像します。
全体的に陰鬱なイメージを纏う大名盤だけに、B面に配された「片腕の賭博師」や「ロ・メロメロ」(こちらは74年の「ママとドキドキ」を連想された先輩もいらしたのではないでしょうか)という「陽」のナンバーが果たす役割も大きい・・・でもそれは、本来LPレコードで聴いてこそ、の感覚なのかなぁと思っています。

③すべてが「大きい」ド迫力の生ピアノを聴けい!

僕は一応鍵盤が弾けますが、完全に独学です。
まず高校生の時にコードを覚えて、左手1本、右手3本~4本の伴奏で「弾き語り」をマスター。20代からはいわゆる本格的な鍵盤パートのコピーを志し、ビートルズの「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」や佐野元春さんの「情けない週末」などから練習していきました。
それなりに弾けるようになって、一時はLIVEでもキーボードをメインに演奏していたのですが・・・独学なので変な癖がついていました。右手でコードを弾く時、親指をまったく使わないのです。
元々指が長く、ひとさし指と小指で鍵盤の「ド」から高い「ミ」までは届きましたから、親指を使わずに音符だけを見て運指を無視して覚えてしまったというわけ。
それが演奏上まるで理に適っていないことはもちろん、どれほど「見てくれが悪い」のかをLIVEの競演者の方が放ったひと言
「”豚の足奏法”って感じだよね」
で、初めて自覚した次第です(恥)。

さらに独学のハンデがもうひとつ。いわゆる「キーボード」での猛練習を過信して、軽い気持ちで人前で初めて「お店のピアノ」を弾いた時のことです。
「足?ピアノには足があるんか!」
「け、鍵盤が重い・・・スムーズに移動できん!」
ということで大恥をかきました。
以来、「キーボードは、腕前は三流ですが弾けます。でもピアノは弾けません」と言うようにしています。

余計な話が長くなりました。
「片腕の賭博師」は生のグランドピアノで録っているでしょう。あの重たい鍵盤がプロの腕によって軽やかに舞う華麗な演奏・・・この曲最大の魅力だと思います。
この曲は船山さんのアレンジ作品ですので、以下、ピアノ奏者を羽田健太郎さんとして話を進めます(もし大野さんだったらごめんなさい)。

勤務先で『ポエム・ジャパネスク三部作』のスコア出版があった時、羽田さんのことを偉大なピアニストとして認識した僕ですが、お名前はそれ以前から「作曲家」として知っていました。
でも僕の場合は「渡る世間~」ではなく・・・またか、とお思いでしょうが刑事ドラマです。
有名なのは『西部警察PARTⅡ』のメインテーマ(「ワンダフル・ガイズ」)で、もちろんこれは大名曲なのですが僕が最も好きな羽田さんの作品は『刑事物語’85』という渋い刑事ドラマ(主演は先日亡くなられた渡瀬恒彦さん)のメインテーマ。これが刑事ドラマのメインテーマとしては大変珍しいパターンで、主旋律をトランペットとフルートで分け合う「バラード」なのです。
この曲の「土台」とも言うべきピアノのフレーズがメチャクチャにカッコ良いんですよ。


Img385512

↑ 刑事ドラマのオムニバスCD『刑事魂・完結!(デカコン・ファイナル)』ライナーノーツより

僕の中ではこの「刑事物語’85」と「片腕の賭博師」のピアノの感動が重なります。
「片腕の賭博師」のバンド演奏は一見、スライドギターや重低音をブイブイ言わすベースが目立ちます。しかし船山さんのアレンジは「ピアノありき!」で、この手法が阿久=大野時代のジュリー・ナンバーのアレンジへと繋がっていくんだなぁ、とも思います。

ピアノが主を張るのは、イントロと間奏の一部。
うまく説明できないんですけど・・・僕の感想は「大きい!」です。スケールの壮大さに加え、演奏者(羽田さんだと思っています)の身体の大きな躍動すら伝わってくるような・・・。
僕はきっと鍵盤を「手」だけで弾いているんだなぁ。プロのピアニストは当然のこと、幼少から教室などで習っていたという会社同僚など知人の演奏を見ると、例え弾いているのがシンセであっても、身体全体を使っているのが分かります。泰輝さんもそうですよね。
ピアノはギターやベースと違い、しっかり「基礎から先達に教わる」ことが重要な楽器なのでしょう。

そうそう、泰輝さんのお名前を書いて思い出しました。船山さんが「片腕の賭博師」に託したピアノ・アレンジはビリー・ジョエルを意識したんじゃないかな。「さすらいのビリー・ザ・キッド」や「キャプテン・ジャック」のような大作(いずれもアルバム『ピアノ・マン』収録。このアルバムには「ネバダ・コネクション」という名曲も収録されています。「片腕の賭博師」とは「ネバダ繋がり」ですね)でビリーが壮大に弾くピアノです。
可能性は低いでしょうが、いつか泰輝さんのピアノでこの曲を歌うジュリーを生体感したいものです。

ジュリーナンバーに限らず、世の名曲名演多しと言えど、特定の楽器について「弾いている演者の様子までもが目に浮かぶ」曲はそうそうありません。僕はそれを「片腕の賭博師」のピアノに感じます。
また、冒頭で荒木さんの詞を「洋画のイメージ」と書きましたが、それはピアノ にも言えそうです。イントロは雄大な光景を映すオープニングのように思えますし、 間奏では登場人物達の場面転換シーンのようです。
これまで頂いた過去のコメントを拝見しておりますと、この曲を特にお好きなジュリーファンの先輩方はとても多くいらっしゃるようです。是非今度はこの名曲を、ピアノに着目して聴き直してみてくださいませ~。


最後になりましたが、2月にアルバム『チャコール・グレイの肖像』から「何を失くしてもかまわない」の記事を書き、作詞の藤公之介さん繋がりで『沢田研二の愛をもとめて』なるラジオ番組についてみなさまに逆伝授をお願いしたところ、先輩方からコメントにて色々と教えて頂くことができました。
そして・・・いつもお世話になっている福岡の先輩が、何と番組放送当時ラジカセで録音しこれまで大切に保管されていた音源を送ってくださったのですよ~。
まだ聴き込みが足りず今回の記事では間に合いませんでしたが、今後75年から77年の曲をお題とする際、楽曲考察の貴重な参考資料となるでしょう。
この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。


それでは、オマケです!
今日は76年の資料本として、『沢田研二/映画・パリの哀愁』から数ショ ットをお届けいたします。


Pari201

Pari202

Pari203

Pari204

Pari206


もうご存知の方も多いかと思いますが、5月には『日本映画専門チャンネル』にて、この『パリの哀愁』がテレビ放映されるようですね~。


さて、5回に渡り書いてきた『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズは、ひとまずこれにて終了。
次回更新までには少し間を空けます。母親の17回忌法要のため明日から鹿児島に帰省するのです。
2013年、『PRAY』を聴いた余韻のままとり行なった13回忌から、早いものでもう4年が経ちました(「不良時代」のお題で旅日記を書いています)。
その時泊まった「夜中じゅう牛の鳴き声が聞こえてくる(笑)」というレトロな日当山清姫温泉に今回もお世話になることに・・・首を痛めたばかりですが、素晴らしい原泉の「あつ湯」で、心身リフレッシュしてきます。


次回更新予定は4月20日。
僕は昨年から、この日は毎年必ず加瀬さんのことを書いていこうと決めました。今年はワイルドワンズのバラード・ナンバーお題に採り上げるつもりです。
それでは、行ってまいります!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2017年4月11日 (火)

沢田研二 「今、僕は倖せです」

from『JULIEⅣ~今、僕は倖せです』、1972

Julie4

1. 今、僕は倖せです
2. 被害妄想
3. 不良時代
4. 湯屋さん
5. 悲しくなると
6. 古い巣
7. 
8. 怒りの捨て場
9. 一人ベッドで
10. 誕生日
11. ラヴ ソング
12. 気がかりな奴
13. お前なら

--------------------

昨日、ツアー後半の申し込みを済ませてきました。
ジュリーファンの先輩方は、肝が据わっていらっしゃると言うのか・・・締切日近くまで熟考される”ギリギリガールズ”な方が多いようです。
反して僕はうっかり者かつ小心者ですから、日数の余裕があるうちに振込みたい派なのですよ~。

いや、今回は凄い枚数になりました。と言ってもその半分以上が、声がけさせて頂いた一般ピープルのみなさまの代行申込みなんですけど。
お正月に初ジュリーLIVE参加となったカミさんの仕事絡みのお姉さま4人のうち3人までもがリピ決定!『祈り歌LOVESONG特集』セットリストの洗礼を受けたのち、今年の有名シングル・オンパレードなジュリーを生で観てしまったら・・・もうジュリーの魅力からは逃れられないでしょう。してやったり、でございます。
あとは、前々から「一度はジュリーを観てみたい」と話してくれていた同世代の面々もこの機に大挙参加が決まり、こちらは反応が楽しみなようでもあり、怖いようでもあり・・・。
そして、年明けのNHKホールをサッパリと断念し決意した熊本遠征。
この時期に来年の予定など話すと鬼が笑うどころではないでしょうが、本当に楽しみですし、「熊本に行く」という特別な気持ちを今からしっかり整えていきます。


それでは、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズ、第4弾は『エレキギター編』です。
これこそ幾多のジュリー・ナンバーに幾多の名演、数限りなくありますが、今日は僕自身の「音楽への目覚め」への原点回帰として、井上堯之バンド最初期(当時は「井上堯之グループ)での堯之さんのギターについて掘り下げてみたいと思います。
採り上げるのは、アルバム『JULIE Ⅳ~今、僕は倖せです』からタイトルチューンの「今、僕は倖せです」。
僭越ながら伝授!


①「今、僕は倖せです」あれこれ

エレキギターと言うと、個人的な好みではあるのでしょうが、僕の場合は「速さ」や「ハードさ」だけでは心はピクリとも動きません。
例えば、王道のエイト・ビート、16ビートであったり、調号の変化がオーソドックスな進行に載せてリード・ギターがソロをとる際、フレットのスケールを覚えているギタリストが「速弾き」を披露することが素晴らしい技術とは思えません。
極論するならそれは「指の運動」であるからです(もちろん突き詰めていけばそれも神技たりえますが)。

ところが、コードやリズムが変則の進行の楽曲だと、ギタリストはセオリーのスケールから外れて楽曲が求めている音階を探り、新たに自分なりのフレーズを考案、構築する必要が生じます。堯之さんはこの「構築力」に秀でたギタリストだと僕は感じます。
しかも、王道進行の曲でも堯之さんは同じように「楽曲の吟味」から単音を組み立てていきます。だからこそ堯之さんは「時の過ぎゆくままに」のフレーズに、自身が考案した「オリジナル」の拘りを語るのです。
スタイルは違えど、ジョージ・ハリスンもエリック・クラプトンもジミー・ペイジもそう。僕は絶賛の意を込めて、彼等を「古いタイプのギタリスト」と呼びたいです。
後年「速く弾ける」新たなタイプのギタリスト達が一世を風靡していきますが、僕にはいまひとつ響かない。「確かに凄いよ。でも楽曲愛や歌心は何処へいった?」と思ってしまうんですよね・・・。
僕はやはり、「ストイックに作りこむ」古いタイプのギタリストを好むようです。

では、そんなギタリストが真価を発揮するのはどんな楽曲でしょうか。
それはズバリ、「変な進行の曲」です。「あれっ?普通こうはいかないよね」という戸惑いに際して心燃やし、歌メロを吟味し、オリジナルのフレーズを考案して「応える」ことができる楽曲。

「沢田は、普通では考えられないようなコード進行の曲を作る」・・・堯之さんの有名な言葉ですね。これは「自分がギタリストとしての本懐を遂げられる」という賛辞、親愛の言葉ともとれるのではないでしょうか。
「許されない愛」シングル・ヒットのご褒美的な感じで製作の許可が出た、とのいきさつを聞く、全編ジュリー作詞・作曲によるアルバム『JULIEⅣ~今、僕は倖せです』。ジュリー自身は自然に作っているのでしょうが、バンドメンバーからすれば「え~っ、そう来るのか!」と感じる「普通では考えられない進行」の名曲がギュッと詰まったこのアルバムを、僕が堯之さんのギター名演1番手に挙げる理由はそこにあります。
その中でも、楽曲全体が世に2つと無い「オリジナル」のギター・フレーズで散りばめられ凝縮されたタイトルチューン「今、僕は倖せです」を、「堯之さんのギターと言えばこれ!」というテーマで今日は僕なりのアプローチで紐解いていきましょう。

②楽曲全体の考察

そんなわけで、ここでは何を置いてもジュリーの「普通では考えられないコード進行」について書いておかねばなりません。
参考資料となるスコアは手元に3つ。
まずは『沢田研二のすべて』。

Imabokuhasiawasedesu1

この本の採譜の大らかさはある意味凄い(笑)。
YOKO君とよく話すのですが、こういうスコアを使ってギター弾いていた世代のフォーク好きな先輩って、逆に斬新な感性が育つよね、と。
まぁでもこのスコア通りに弾いて、「今、僕は倖せです」でのジュリーの作曲の醍醐味を味わうのはちょっと無理ですわな~。

次に『沢田研二/ビッグヒット・コレクション』

Imabokuhasiawasedesu2

さきほどの『沢田研二のすべて』については、キーを「C」(ハ長調)まで引き下げることによって、初心者のプレイヤーに「歌いやすさ」「弾きやすさ」を提示した採譜だったのだ、と強引に解釈もできます。
しかしこちらは・・・何故かオリジナルより1音高いヘ長調で採譜、難易度を上げているにも関わらず、スコア通りに弾いていると非常に無気味なバラードに。
「僕が少年時代に憧れた会社、シンコーさんにもこんな時代があったんだなぁ」と逆に感慨を抱いてしまうほどメチャクチャな採譜です・・・。

最後に『深夜放送ファン別冊・沢田研二のすばらしい世界』。

Imabokuhasiawasedesu3

このスコアも収載曲によっては相当いい加減な採譜だったりしますが(先日ご紹介した「淋しさをわかりかけた時」など)、この曲についてはほぼ完璧でした。

と、色々書きましたが、3冊とも本当に貴重な資料なのです。これらを比較参照、研究して自分の楽曲理解度を深めることこそが肝要。
早速、ジュリーの「普通では考えられないコード進行」を挙げていきましょう。

ジュリーの個性が最も際立つのはBメロの転調。
ホ長調からト長調という理屈で、それ自体はよくありがちな転調なんですけど

理解ある人々に いつも囲まれて ♪
C               G     C                 B7

僅か4小節で「あれっ、今何かありましたか?」とでも言わんばかりに、涼しい顔であっという間に元のキーに戻ってくるという、これがジュリー流。
さらに、理屈上は「ホ長調からト長調」という同じ転調が、まったく違う形で登場するのがCメロです。

けど僕は欲張りなのです
      Am           G

いえいえまじめな話です
Am                   B7

欲張りな事は 罪深い事なのに ♪
Am         C        F#7           B7

ここは凄いですよ。「Am」の箇所までは、ジュリーが他の作曲作品でも多用する「サブ・ドミナントをマイナーに転換」のパターンでキーそのものは変わっていないと思わせておきながら、次に「G」に行っちゃうのですから。この「G」で初めて聴き手は「あっ、また転調したのか」と気がつきます。
これをもしホ長調のまま進行させるなら

欲張りなのです ♪
Am     E
(ミミファ#ミシシシソ#)

というコードとメロディーになるでしょう。
全然イメージ違いますよね。どちらが「今、僕は倖せです」という詞と合致しているかは言わずもがな。
これは、詞曲ともにジュリーのペンならではのメロディー、コード展開を擁した名曲なのですね。

それにしても、まだ20代前半の時点で

今、僕は倖せです 何よりも歌 がある ♪
E          A     B7    E          A   B7   E7

ジュリーのキャリア中最もプライヴェート色が強い、と言っても過言でない曲を、このフレーズで締めくくったジュリーの素晴らしさよ!
大げさに見得を切っているわけではない・・・ただ「僕が倖せなのは、歌うことと出逢えて、今も歌えているから」とのフレーズが、45年後の2017年現在のジュリーにそのまま纏っている奇跡。
いや、本当に「奇跡」と言う他ありません。その歌詞1行だけとっても、「今、僕は倖せです」は唯一ジュリーという歌手しか生み出せなかった名曲であったことを、ジュリー自身のこれまでの歌人生がそのまま証明しているのではないでしょうか。

③圧倒的な構成力と献身力、まるで第2の歌メロ・・・堯之さん渾身のリード・ギターを聴けい!

このアルバムのジュリーの詞曲には、つい数年前のジュリー自身の言葉などからも「あぁ、当時は拓郎さんみたいなスタイルへの憧れもあったのかなぁ」と思わせるものがありますが、堯之さん、大野さんがそれを「ロック」としてアレンジし仕上げている印象です。
「今、僕は倖せです」のアレンジは大野さんで、これは最初の1発録りの段階で「小節割り」と、ジュリーが作った以外の箇所(イントロや間奏など)の進行を決めたのが大野さんだったということでしょう。
後録りのリード・ギターについては、堯之さんがジュリーの歌、大野さんのアレンジを踏まえて自ら「作り込んだ」フレーズと見て間違いなさそうです。

少年時代の僕が初めての洗礼を受けた音楽が『太陽にほえろ!』のサントラであることは、これまで何度か書いてきた通り。
大野さんのペンによるすべての時代、すべての挿入曲に思い入れがありますが、特に好むのはやはり最初期の名曲群。堯之さん、大野さん、サリー、原田さんの4人編成時代ということになります。
この頃のサントラは、PYGの音と手法をそのままスライドさせ、ヴォーカリスト(ジュリーとショーケン)の代わりに管楽器のソリストを迎えて作り上げられたインスト、というスタイルでした。速水さんが加入した「テキサス刑事」以降はソロがギターとなる曲が増えていきますが、最初期は堯之さんが単音とバッキングを一手に担い、正に「楽曲ありき」の素晴らしい「オリジナル」なギター・フレーズを聴かせてくれます。サックスやトランペットの主旋律をどう生かすか・・・堯之さんってラジカルなイメージも強いですけど、ギタリストとしては「良妻賢母型」と言うべき卓越した献身性を秘めていて、それが僕の好みと合うのです。
「今、僕は倖せです」での堯之さんのエレキギターにも同じことが言えます。

アルバム『JULE Ⅳ~今、僕は倖せです』の井上バンド(グループ)の演奏は、まずジュリーのヴォーカルも含めて「せ~の!」で録られた後に、堯之さんと大野さんがそれぞれ1トラックずつを追加する、というレコーディング手法だったと考えられます。
ミックス処理から推測すると、「今、僕は倖せです」についてはセンターに配されたドラムス、ベース、アコギ、オルガン、ヴォーカルをまず一発で録り、堯之さんのエレキギター(右サイド)と大野さんのピアノ(左サイド)を追加したのでしょう。
この「追加トラック」での堯之さんの作り込み、練り込みが尋常ではないのです。

楽曲全体を通してほぼ休みなく鳴っている右サイドのエレキは、すべての音が徹底して
「ジュリーの歌がこうだから、こう弾くんだ!」
という「必然性の高い」フレーズに仕上がっています。ギタリストとしての主張よりも、「ジュリーの曲を弾いている」主張の方がずっと強いんです!
なおかつ完璧にヴォーカル・メロディーの間隙を突く構成力。演奏者がその腕をふるう以上に大切な、本当に成さねばならないこととは何なのか。この曲の堯之さんのギターにはそれを思い知らされます。
戦国武将好きの僕が勝手に例えるならば、堯之さんは越後の上杉謙信。謙信にとっての毘沙門天が、堯之さんにとってのロックであり、PYGであり、ジュリーであり・・・その音にはストイックな聖将の風格と威厳を感じます。真に「音に自らの心身一体と成す」ギタリストではないでしょうか。
ちなみに柴山さんは小早川隆景。誠実と人望の知将です。2つの巨星に甲乙つけようなどというのは、僕にはとてもできない話です。

名フレーズが次々と繰り出される中で個人的に「今、僕は倖せです」のギターで最も好きな箇所は

友達もいるし 適度に忙しいし
E     F           E        F

両親も健在だし ♪
E     A       B7

ジュリーの歌と「追いかけ合う」フレージング。
実はこの曲のジュリーの作曲で特に「変テコ」なのがこの箇所です。トニック・コードからいきなり半音上がって、また戻って、を繰り返す進行。堯之さんのギターは「いかにトリッキーなメロディーを秩序づけるか」に心血注がれ「作り上げられた」もの。
僕はそんな構成力と献身力こそ、ギタリスト・井上堯之さん最大の個性と見ますがいかがでしょうか。


それでは、オマケです!
72年『女学生の友』連載のフォトポエムから、季節は今と全然違いますが、第12回『愛の出発』をどうぞ~。


Photo101

Photo102_2

Photo103


では次回更新は、『この曲のこの演奏にシビレる!』シリーズひとまずの締めくくり、『ピアノ編』です。
お題は引き続き70年代ジュリー・ナンバーを予定。
とりあえず次回更新まではこのままのハイペースでまいります。どうぞお楽しみに~。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

«沢田研二 「噂のモニター」