2021年3月 5日 (金)

沢田研二 「DAYS」

from『彼は眠れない』、1989

Karehanemurenai_20210228103301

1. ポラロイドGIRL
2. 彼は眠れない
3. 噂のモニター
4. KI・MA・GU・RE
5. 僕は泣く
6. 堕天使の羽音
7. 静かなまぼろし
8. むくわれない水曜日
9. 君がいる窓
10. Tell Me...blue
11. DOWN
12. DAYS
13. ルナ

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先日は嬉しいお知らせが届けましたね。
『沢田研二 TBS PREMIUM COLLECTION』遂に発売!

Official

ジュリーがステージから「TBSの映像集の発売予定がある」と教えてくれたのはいつのLIVEだったかな。
コロナ禍のせいで久しく生ジュリーに会えておらず、自分の中の「リアタイ・ジュリー年表」が曖昧になってきているな、と感じます。イカンイカン!
それにしてもこのオフィシャル発売告知、「音信不通」などと報じた三文フェイク記事が最初に出回った直後、という痛快のタイミングでしたな~。
セブンスターショー、ザ・ベストテン、全員集合・・・今から発売が楽しみです。


さて拙ブログは今日も『BEST OF NHK』カテゴリーでの更新で、採り上げるお題は「DAYS」。
前回に引き続き、5枚のDVDの中で個人的に最もリピート率の高いdisc-2からの選曲となります。

後追いファンの僕でも『BEST OF NHK』収載の映像は、先輩方に授かった貴重な録画編集盤やYou Tube等で「一度は観たことがある」ものが多いのですが、この「DAYS」は初見だったんです。
食い入るように観ましたよ~。
本当に良いものを商品化して頂き感謝感謝。楽曲についての新たな発見もありました。
では今日もキャプチャーを交えて参りましょう!

Days02

オリジナル音源は、大名盤『彼は眠れない』のラス前収録。このアルバムは終盤に大沢誉志幸さん提供曲(「君がいる窓」「Tell Me...blue」)と徳永英明さん提供曲(「DAYS」「ルナ」)が2曲ずつ連続するターンがあって、面白い曲並びだなぁと常々思っていました。
特に徳永さんの2曲はラストに固まっていて、ビートルズのホワイト・アルバムじゃないけど「タイプの違う多めの収録曲の中から、独立性が強く後に次の曲が続く感じがしない曲をレコード面の終盤に配置する(ホワイト・アルバムは2枚組なのでA~D面という4つの「終盤」があります)という編集作業があったかもしれません。
徳永さんのジュリーへの楽曲提供は、製作側からすると良い意味で異彩を放っていたのではないでしょうか。

ただ、後追いの僕はまず「DAYS」をこうして『彼は眠れない』収録曲として考えてしまうけれど、DVDの映像は『歌謡パレード』1989年9月27日のステージからの収載。アルバム『彼は眠れない』のリリースは翌月ですから、リアルタイムでこのステージを観た先輩方は、先行リリースのシングル盤『ポラロイドGIRL』のカップリング曲として当時この放送を楽しまれていたものと想像します。

Polaroidgirl

ちなみに「DAYS」はシングルとアルバムでミックスが異ります。
シングルの方は以前先輩から授かった音源を持っていて、個人的には「音の輪郭はアルバムの方が好みかな」とは思うものの、「ポラロイドGIRL」ほどそれぞれのヴァージョンで聴こえ方が大きく変わってくる、という感覚まではありません。

では、そのレコーディング音源と『BEST OF NHK』生演奏ヴァージョンとの比較となるとどうでしょうか。

映像の演奏はもちろんJAZZ MASTER。
ジュリーの新バンドをこの放送で初めて知った、という先輩方も当時多くいらしたのかな。

Days08

アレンジはオリジナル音源とほぼ同じ。それでも聴こえ方はまったく違うんですよね。

CDで聴くとキーボードとサンプリングの印象が強く、いかにもこの時代特有の「制御されたバラード」(もちろんそれはそれでクールで素晴らしいのですが)という感じ。
しかしDVDだと特に建さんとポンタさんのグルーヴが凄い!何と言ってもCDと比べベースの音量が大きく聴き取り易いです。
エキゾティックなシンセ・フレーズのループの裏に、とてつもなくポップなコード進行が隠されていたことがよく分かります。

カメラがバンドメンバーのアップを抜かないのが残念・・・と言うのも、建さんの右手がどう見てもダウン・ピッキングの動きなんですよ。
建さんは基本「指弾きの鬼」で、これまで僕が建さんのピック奏法に気がついたのは、20歳の時に生で観た泉谷しげるさんのLIVE(with LOSER)の1曲だけです。
ただ、「DAYS」のフレージングならピック弾きでもおかしくはないのです(この曲はアレンジも建さんですね)。

ポンタさんがヘッドホン・モニターで演奏していているので、このステージでもサンプリングは導入されているのでしょうが、腕利きの各メンバーにそんな硬さは微塵も無くて。
柴山さんはもちろん、ポンタさんと朝本さんも身体の動きが激しいし、それが音に乗っている感じがしてグイグイ引き込まれます。
朝本さんはCDと同じサックスの音色も弾いていますが、この音の導入をはじめとする建さんのアレンジは、当時ソロで世界的ヒットを連発していたスティングの音作りにあやかったんじゃないかなぁ。

JAZZ MASATERのグルーヴは楽曲後半がより素晴らしく、これはメンバーの技量もさることながら、ジュリーのヴォーカルが引き出している面もあるでしょう。
お客さんいっぱいのホール、生演奏で歌うジュリーは歌が進むに連れて熱量が増す、ということは前回記事でも書いた通りです。

Days05

↑ ステージ上からホールいっぱいの客席を望む光景は、選ばれた者しか観ることができません。僕らはこうしてDVD映像等のカメラワークで補完鑑賞し、ただただ陶酔するのみ。

で、先輩方には「今さら?」と怒られそうですが、遅まきながら気づきました。
「DAYS」って、相当エロい歌ですね!

今回映像を観て、徐々にジュリーの熱が増してきた2番。歌詞で言うと、ピアスをつけてあげてからのサビまでの流れは本当にヤバイ。
「遠くへ♪」を官能のフレーズとして深読みしてしまいそうになります。
センスの無い僕はCDで聴いている時には「エロさ」まで感じられずにいたのですが、そんな僕でもDVD鑑賞の今にしてそう思えるのは、やはり生演奏のステージで歌うジュリーの凄味でしょう。

「DAYS」と言えば、キンクスに僕の大好きな同一タイトル曲があります。
離ればなれになってしまった人と共にいた過去の日々にリスペクトを捧げ、特別な関係の人間同士が互いに影響し合った体験は、2人が離れても記憶で継続してゆくんだ、という内容の歌です。
作詞(&作曲)をしたキンクスのリーダー、レイ・デイヴィスは、60年代半ばから「ごくごく普通の人間の日常生活、その苦悩や希望、ちょっとした気づきをテーマにした曲を量産します。「DAYS」もその1曲。
ロックがサイケデリックだドラッグだと非日常の世界観を推し勧めた時期にそんなことを始めたので、どうしても「地味なバンド」との評価がつきまとわざるを得なかったキンクス。
しかし時を経た今こそ、その普遍性を世界は広く再評価すべきです。

松井五郎さん作詞の「DAYS」は、「またド派手路線で攻めるぞ!」という89年のジュリー・ナンバーとしては(詞については)キンクスのような「地味」な立ち位置かもしれません。でも『BEST OF NHK』でのジュリーのヴォーカルを聴けば、これは歌手・ジュリーが「長く歌っていきたい」とその慧眼と俯瞰力をして求めた歌ではなかったか、と思えます。
当時シングルのカップリングにこの曲を推したのは、ジュリー自身じゃないのかなぁ。


最後に、もしお分かりになる方がいらっしゃったら教えて頂きたいことが2つほど。

まず第一。
この曲、Aメロの9小節目と13小節目、それぞれの2拍目に「かけ声」(シャウト)があるじゃないですか。
同一の伴奏に異なるメロディーを配した徳永さんの作曲の素晴らしさがあって(1小節目~と9小節目~は同じコード進行)、それを際立たせるためのシャウト・アレンジを建さんが考案したと僕は推測しています。
初聴時からこの箇所がとても好きなのです。
ただ、その「シャウト」フレーズが僕にはこんなふうに聴こえているんですよ。

きみを襲う 寒い声
F       Gm

せいっ
今夜は
Dm

腕のなかでみつけたもの
      C             

せいっ!)夢と名前 つけた ♪
F                    Gm   A7

絶妙なタイミングで差し込まれるスリリングなシャウトに痺れる・・・でも「せいっ!」はちょっと変だ、もしかして「DAYS!」と叫んでるのかな?

そう考えましたが、「で」とは言ってないですよねぇ。
みなさまには、どう聴こえていますか?

そして第二。
ちょうど上記歌詞部、映像のジュリーは「腕のなかで」を「胸のなかで♪」と変えて歌います(テロップの歌詞は音源通り「腕」となっています)。

Days03

これは、このステージの時だけなのかな?
いや、僕もファン歴は浅いですが、ジュリーが本来の歌詞を「自分でしっくりくるように」一部変更して歌い、それをツアー中ずっと継続することがある、というのは学んでいます。
例えば2009年、「Pleasure Pleasure」の「ルート」を「コース」に変えたりね。
「DAYS」の場合はどうだったのかなぁ?

先輩方からの御伝授をお待ちしております。


さて次回更新・・・例年ならば日付的には3月11日リリースの新曲の考察に取り組む時期です。
でもまだリリース情報が無いですよね・・・。

もし今年リリースが無かったとしてもコロナ禍の状況を考えれば致し方なし、『BEST OF NHK!』のカテゴリーをさらに進めていきますが、新譜リリースへの期待もまだ断てません。
現時点では次回お題は「未定」とさせてください。

では(たぶん)また2週間後くらいに!

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2021年2月20日 (土)

沢田研二 「STOP WEDDING BELL」

from『A WONDERFUL TIME.』、1982

Wonderfultime_20210117114201

1. ”おまえにチェック・イン”
2. PAPER DREAM
3. STOP WEDDING BELL
4. WHY OH WHY
5. A WONDERFUL TIME
6. WE BEGAN TO START
7. 氷づめのHONEY
8. ZOKKON
9. パフューム
10. 素肌に星を散りばめて

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またまたご無沙汰しております。
先日の地震、こちら関東でも大きな揺れを感じました。ちょうど寝床に入った瞬間のことで大変驚きましたが、これが10年前の余震とのことでさらにビックリ。
改めて、日頃からの備えをしっかりしなければ、と思い知らされた次第です。

さて僕は先月半ばから仕事が猛烈に忙しくなりまして・・・宣伝になってしまうのですが、今回忙しかったのは去る1月30日に発売されたばかりのこちらです。
製作部数が桁外れ、しかも全5巻ものの商品で、本が出来上がってもそのすべてを自社倉庫に置ききれない、卸し先にもいっぺんには運びこめない、という単純に数量の問題をどのようにクリアし流通させるかが難関でした。
知恵と体力を絞ってなんとか完遂し、今ようやく落ち着いてきたところです。
本当に疲れましたが、このご時世に忙しくさせて頂いていることに感謝しなければなりません。

さらに今月2月は半期決算月。加えて5月開催予定の『PEEが奏でる「左門町LIVE2021」』の準備(今年もバンドメンバー用のセットリスト採譜やスタジオリハ、当日会場のスタッフとしてお手伝いさせて頂きます)もスタートし目も回る日々の中、久々更新の今日は新カテゴリー第1弾の記事です。

カテゴリー・タイトルはズバリ『BEST OF NHK!』。
カテゴリー作成登録自体は忙しくなる前の先月中旬に済ませていたので、目ざとく気づいていた方々もいらっしゃるかもしれませんね。

疲労回復にも覿面の効果があったDVD『BEST OF NHK』収録曲の中からお題を選び、キャプチャー画像も交えてみなさまと一緒に映像を楽しもう、という主旨のカテゴリー、今後少しずつ記事を書いていければと思っています。
DVD収録曲の中にはまだ楽曲お題考察記事を書いていなかった名曲もいくつかありますので、そうした曲から順次採り上げていきましょう。

今日はdisc-2(個人的に一番リピしているのがこのdisc-2)から、「STOP WEDDING BELL」です。
よろしくお願い申し上げます。

Stopwedding05

『BEST OF NHK』収録曲中、レコーディング音源との「聴き比べ」が特に楽しい1曲です。
エキゾティクスの演奏も、レコードとは全然違う演奏で攻めるメンバーもいれば同じように弾くメンバーもいて、それぞれが凌ぎ合い融合する緊張感の中、天性のバンド・グルーヴを持つジュリー堂々のパフォーマンスが素晴らしい!
まずはエキゾティクス演奏のポイントから見ていきます。

「レコーディング音源とは全然違う」圧倒的筆頭格は吉田建さんのベースです。
みなさま、今回『BEST OF NHK』で改めてじっくりこの曲を視聴して「あれっ、テンポが遅くない?」と直感されませんでしたか?
正解です。
建さんが8ビートを16ビートに変換させているので、全体のテンポは若干スローになるのです。
曲(の小節)を乗り物に例えるなら、8人乗りの車に16人を乗せてしまおうという演奏ですから、速度は遅くなりますが重厚感は増す、という理屈。

ずっ、ちゃ~ちゃ、ちゃらっ♪

と「跳ねて」弾くのが建さんの16ビート主張で、過去音源ですと80年の「HEY MR.MONKEY」や81年「FOXY FOX」とよく似ています。

一方で、16ビートに変換されようが何だろうが、頑固職人ばりに「俺はレコードと同じように弾くぜ!」と不動のスタンスを貫くのが柴山さんのギター。
ただ、レコードではよほど耳ダンボにしないと聴きとれないブラッシングが明快に聴こえてくるのが生演奏映像ならではの魅力です。
Aメロの

ちゅく・ちゃっ、ちゅく・ちゃっ、
ちゅく・ちゃっ、ちゃらっ♪

の「ちゅく」がブラッシング音ですね。
柴山さんはイントロをはじめ伴奏部のアルペジオも担当していて、歌メロ部のカッティングとの音量バランスを整えるためのエフェクト操作も涼しい顔でこなします。

Stopwedding08

↑ お客さんがジュリーに見とれている間隙を縫って「ふん!」とエフェクターを踏む柴山さん

そして、この映像ヴァージョンとレコーディング音源との最大の(一番目立つ)違いと言えば、鐘の音をイントロの前から効果音的に鳴らしていること。
もし僕が当時から熱心なジュリーファンで、幸運にもこの『レッツゴーヤング』の公開収録現場にお客さんとして駆けつけていたとします。
特にプログラム案内や楽曲紹介も無く最初の鐘の音を聴いた瞬間、僕はおそらく

おおっ、「怒りの鐘を鳴らせ」か!

と、勘違いしたでしょう(笑)。
ウェディング・ベルと言うにはあまりに豪快過ぎるインパクトですからね。

鐘の音自体はオリジナル音源にも入っています。しかしこちらはキチンとコード進行に載った音階で、純粋にキーボード・パートとして演奏されているのです。
聴きとり易いのはエンディングのリフレイン部。

STOP WEDDING BELL
ファ         ド
F

STOP WEDDING BELL
レ          ラ
Dm

STOP STOP STOP
シ♭            ファ   
B♭

WEDDING BELL ♪
       ド   ソ
                C

と弾きます。
効果音ではなくあくまでアレンジ・フレーズというわけ。フェイド・アウトを他トラックより遅らせることで、印象に残りますね。
「結局彼女はジューン・ブライドで行ってしまった、間に合わなかった」というコンセプト・ミックスでしょう。

ただ、改めてよ~く聴くとこの鐘の音のキーボード・フレーズはイントロや1番と2番の間の伴奏部でもキッチリ鳴っているんですねぇ。
恥ずかしながらこれは今回の「聴き比べ」で初めて気がついたことでした。

さらにはジュリーのヴォーカル、パフォーマンス。
『BEST OF NHK』収録曲についてはほとんど言えますが、やはり生バンド演奏バックで歌うジュリーはひと味もふた味も違います。

ジュリーは70年代後半から80年代前半にかけてのレコーディングでフラット癖が目立ちます(もちろんそれもジュリー・ヴォーカルの魅力ではあります)が、同じ時期でもLIVEになると全然フラットせずに伴奏にアジャストさせてきます。
根っからのLIVEシンガーなんだなぁ、と。
特にホールいっぱいのお客さんの前で歌うと、アドレナリン全開になるのかな。

Stopwedding10

↑ もちろんこの映像でもホールは満員のお客さん!

気合が乗ってくると、歌詞に合わせたパフォーマンスも曲後半になるに連れ激しくなります。
例えば

Stopwedding09

↑ 「ドアを叩き、お前の名前叫ぶ♪」(3番のキャプチャー)

同歌詞部は2番にも登場しますが、こちらの方が歌も動きも熱量が高まっています。

せっかくですから、「STOP WEDDING BELL」という楽曲自体についても少しだけ。
アルバムからシングル・カットとなった「”おまえにチェック・イン”」と同じく大沢誉志幸さんの作品。
コード進行もよく似ている、と言うかいずれも「ド王道」です(キーは異なります)。

考えてみれば佐野元春さんも「アンジェリーナ」→「ガラスのジェネレーション」→「SOMEDAY」と連なる「代表名曲」についてはデビューから続けてコード進行は王道中の王道。それでも当時「斬新」に感じました。
ジュリーファンにとって、ニュー・フェイス・大沢さんの起用も最初はそんな感覚から始まったのではないか、と僕は想像しています。
「よくある耳馴染みのよいメロディーなんだけど、新しい!」というね。

その上で「”おまえにチェック・イン”」と比べると「STOP WEDDING BELL」の方がシティ・ポップ寄りだと個人的には感じます。

今、日本はもちろん世界各国で「ジャパニーズ・シティ・ポップ」がブームなのだとか。実際、ディスクユニオンさん等の中古レコード店では懐かしいシティ・ポップの名盤を押し出したディスプレイが目立ち、外国人のお客さんが物色しているのをよく見かけます。
それでも「シティ・ポップの定義」はなかなか難しい。和製ニュー・ロマンティックというのも少し違うし、テクノやニュー・ミュージックのアーティストも今はそこに含まれていたりして。
ラジオっ子のカミさんの部屋から聴こえてくるFM番組もよくシティ・ポップ特集が組まれていますが、松原みきさんからオメガトライブまで、流れる曲は千差万別。

僕としてはそこで
「82~84年のジュリー・ナンバーを流さないのか?」
と思ってしまうわけです。

アルバム『A WONDERFUL TIME.』からは今日お題の「STOP WEDDING BELL」はじめ「PAPER DREAM」「WHY OH WHY」「A WONDERFUL TIME」「パフューム」あたり、シティ・ポップ好きの外人さんに是非知って頂きたい名曲群ですね。


最後に余談。
僕は最近、珍しく毎週楽しみに観続けているテレビドラマがあります。金曜22時『俺の家の話』です。
最初は全然そんなつもりはなかったのですが、第1話を観たカミさんから作中登場したというプロレスの小ネタについて詳しく尋ねられて、どんなドラマなのかと興味が沸き、試しに観てみたらこれがメチャクチャ面白い!
プロレスのみならず時代新旧織り交ぜた様々なネタが飛び出し、遊び心満載。それでいて隙が無く、ストーリー展開や演出がまったく間延びしない・・・さすがクドカンさんです。
主演の長瀬さんが繰り出す「スタント無し」のプロレス技は、コアなプロレスファンから見ても素晴らしい完成度で驚きます。
もうだいぶ話は進んでいますが、みなさま是非これからでも観てみてください。


では、次回更新も『BEST OF NHK!』カテゴリーでの記事を予定しています。
そんな中気がかりなのは「今年はジュリーの新譜リリースがあるのか?」という。

10年目の3月11日まで、あともう3週間を切りました。
今日現在、まだ新譜情報が届かないのはヤキモキしますね・・・状況的にやむを得ないのですが。

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2021年1月14日 (木)

原田マハ 「キネマの神様」



こちら関東1都3県では1月8日に緊急事態宣言が発出され、また不安な日々が続いています。
みなさまお変わりないでしょうか。

去る11日には「瞳みのる&二十二世紀バンド」四谷区民ホール公演が予定通り開催されましたが、僕は無念ながら参加自粛ということになってしまいました。
もちろん、感染防止対策を徹底しての開催と事前に聞いていました。ただ僕は役職上、緊急事態宣言下でのイベント等への参加自粛とする勤務先のガイドラインを部下に指導せねばならない立場でもあり・・・苦渋の決断を迫られたのです。
2012年以降毎回必ず参加していたピーさんと二十二世紀バンドのツアーを今回初めて欠席したことは、本当に痛恨の極み。
止むを得ない決断だったのだ、と自分に言い聞かせ、「この無念は5月に予定されている四谷左門町LIVEで晴らす!」と、なんとか気持ちを切り替えたところです。

一方ジュリーのLIVE活動再開は未だ見通しの立たない状況ですが、ジュリーファンとしての近々の楽しみは4月公開予定の映画『キネマの神様』ですね。
公式サイトでは予告編映像もリリースされ、映画館でも流れ始めているとか。

そこで今日は、原田マハさんの原作小説「キネマの神様」のレビュー記事を書かせて頂きます。

注:「キネマの神様」のフレーズ検索等でお越しくださった、「はじめまして」の方々へ。
 こちらは沢田研二さん(ジュリー)のファンブログです。
 この記事もジュリーファンとして書いておりますので、一般的な書評やレビューとは若干視点が異なるかと思いますが、その点あらかじめご了承くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。


既に本をお読みになっているみなさまはご存知の通り、原田さんの原作は映画『キネマの神様』公式サイトでのキャスティング情報や予告編映像などから推測される映画のあらすじとは大きくストーリーが異なります。
ですから原田さんの原作を読んでも「映画版の重要なネタバレ」にはなりません。
むしろあらかじめジュリー演じるゴウの性格やゴウをとりまく人間関係を予習しておくことで、映画の基本的設定を理解しやすくなると思いますので、是非公開前に一読されることをお勧めいたします。
何より、本当に素晴らしい物語なのです。

僕は結構本を読む方だと思いますが、読了した瞬間にこれほど暖かい気持ちになれる小説などそうそう出逢うこともありません。
今回の更新が、原作未読のジュリーファンのみなさまへのご案内、この名作を手にとる一助となれば幸いです。
よろしくお願い申し上げます。


さて、憎きコロナ禍さえ無ければ、志村けんさんの主演で昨年末には公開され今頃は世の話題となっていたはずの映画『キネマの神様』。
天国に旅立たれた志村けんさんに代わり、志村さんや製作陣と深い関わりのあったジュリーが「代役主演決定!」とのニュースが飛び込んできた時、僕はすぐに原作を読もうと勇みましたが、少し考えてしばらく待つことにしました。
と言うのは、小説が映画化される場合、表紙や帯などに映画の予告ヴィジュアルを押し出した装丁で改めて再販配本されるのが王道で、「キネマの神様」もそうなるだろうと思ったからです。

予想は当たり、昨年秋には最寄りの本屋さんで新装版の文庫がド~ンと平積みに。僕は満を持してそちらを購入したのでした。
このような表紙になっています。

Kinema

原作の主人公は、映画でジュリーが演じる「ゴウ」の娘さんで、名前は「歩(あゆみ)」。
映画を愛し、映画関係の仕事でエネルギッシュに働く女性です。
原作は一貫して彼女の一人称視点で物語が進んでいきます(したがって、映画ではジュリーとダブル主演を張る菅田さん演じる「若き日のゴウ」については原作では描かれません)。

ギャンブルで借金まみれになり母娘を振り回しながら、開き直って飄々と暮らす父「ゴウ」に呆れつつも、「無類の映画好き」は父と娘の共通点であり絆。

そして「歩」自らの人生にも大きな転機が訪れます。
意地と信念の決断とは言え、突然の会社退職。
なんとか「ゴウ」をギャンブル中毒から脱出させようと奮闘する母親と、持ち金を管理されるやギャンブルができず生気を無くしてゆく父親。そんな両親に構ってばかりもいられなくなり・・・といった感じでスタートした物語は、ギャンブル資金を失い失踪中の「ゴウ」が仮のねぐらとしたネット喫茶で「インターネット」の世界に初めて触れ、何気なく映画談議を投稿したことで劇的に変化します。
「ゴウ」の投稿が老舗の映画雑誌『映友』編集部の目に留まったのです。

”映画ブロガー”「ゴウ」の誕生。

この「変化」が起こって以降のストーリーはもうドキドキの連続、一気読み必至なのですよ~。

すべての登場人物が魅力的ですが、中でも僕が特に惹かれたキャラクターが2人います。
ちなみにこの2人、いずれも現時点で映画の方ではキャストの確認ができていないので、スクリーンに登場しない可能性が高いのですが・・・。

ひとりは「歩」の再就職先となった『映友』編集部の先輩編集者、「新村穣」。
「歩」は当初彼に「ぶっきら棒でいけ好かない」印象を持っていたのが、同僚として様々な難題に共に立ち向かってゆく中で徐々に彼の本質や才覚を知り、不思議な親愛の情を抱くようになります。

作者の原田さんには、原田さんよりずっと早く若くして作家デビューを果たしたお兄さん(原田宗典さん)がいらっしゃいます。
「キネマの神様」(原作小説)の主人公「歩」は原田さんご自身がモデルとのことですが、作中で「歩」は「ゴウ」夫妻の一人娘で兄弟はいない設定。
もしかしたら原田さんはその代わりに、この「新村」にお兄さんのキャラクターを投影されているのではないかな、と僕は想像しています。

もうひとりは、「ローズ・バッド」なるハンドルネームの投稿者。
映画批評で「ゴウ」と散々論戦を戦わすネット上の強者(つわもの)で、その正体を巡る顛末は作中で大きな肝となっています。
つまり読者は、風貌も年齢も国籍も、性別すら謎のまま「ローズ・パッドの投稿文」だけでそのキャラクターに魅せられていくのです。

とにかく原田さんの描く「ゴウ」のブログ投稿(「ゴウ」は文章書きとしては素人なので、当初は「です・ます」と「だ・である」が混在するなどしながらも、映画作品の長所・・・「陽」の部分を推しまくった情熱漲る文章でグイグイと読者を引き込みます)と、「ローズ・パッド」のコメント投稿(作品を本質的には評価しつつも、その奥に秘められた監督や製作者の「闇」の部分を掘り起こし、理路整然と「ゴウ」の見落としや見識不足を指摘するクールかつウィットに富んだ文章で読者を戦慄させます)の書き分けが本当に圧巻です。
当たり前のことかもしれませんが、プロの作家さんというのは凄いですね。

サニーサイドの「ゴウ」と、ダークサイドの「ローズ・バッド」の対決。
「歩」は最初にローズ・バッドから挑戦的な投稿があった際、正体不明の「只者ではない」文章の攻撃力に怯え、「ゴウ」が傷ついてしまうのではないかと心配します。
しかし「ゴウ」の長年の映画仲間「テラシン」や先述の「新村」などは「ゴウさんはそんなタマじゃない」と言い切ります。

実際に「ゴウ」は「テラシン」達の予想通り一層奮起し大活躍するばかりか、文章や考察も次第に練れていき(「ゴウ」の投稿文章が徐々に達者になっていくあたり、作家・原田さんの匠の技と言えましょう)、やがてネット上の宿敵であるはずの「ローズ・バッド」との関係も少しずつ変わってきて・・・。

「ゴウ」と「ローズ・バッド」対決の行方は?
そして「ローズ・バッド」の正体とは?

「ゴウ」一家の生活や、「歩」の仕事はうまくいくのか?

さらには「テラシン」が支配人を務める「街の小さな映画館」の閉館騒動なども絡んで、ストーリーは最後までドキドキの糸を切らすことなく、穏やかに疾走します(「穏やかに疾走」なんて表現はあり得ないのでしょうけど、僕の貧困な語彙力ではそうとしか書けない汗)。

僕も末端ながらこうしてブログを続けていて、どちらかと言えば「ゴウ」のようなサニーサイドの発信スタイルを心がけてきました。
ですから「キネマの神様」の物語には感動はもちろん、大いに励まされ共感を抱きました。

そして今回の映画化。
映画の公式サイトで現在流れている予告編映像を見ると、「ゴウ」は若い頃映画製作に情熱を注いでいた、という設定のようです。
老いて失った情熱を、家族や友人の助けもあって取り戻す・・・そんな脚本に書き換わっているのかな。

したがって、僕が原作を読みながら映画化に思いを馳せ散々萌えまくった

あのジュリーがブロガーになる!

との妄想は、映画のストーリーでは実現しないかも・・・でもこればかりは観るまで分からないですね。


ちなみに僕は恥ずかしながら、原田さんの作品を読むのはこれが初めてでした。
素敵な作家さんに出逢った、と思っていて、先日は原田さんの「総理の夫」を文庫で購入。こちらも映画化され、今年秋に公開だそうです。
主演は今をときめく田中圭さん、今年は「原田マハさん原作の映画」同士、ジュリーと勝負じゃ~!


映画『キネマの神様』が4月にいよいよ公開となった時、多くの人が安心して映画館に足を運べる状況になるよう、なんとかこのコロナ禍を落ち着かせなければなりません。
僕らひとりひとりが危機感を持ち真剣に考え、今できることをコツコツやっていきましょう。

そして春には、『キネマの神様』を大ヒットさせましょう!

その映画公開の前に是非みなさま、原田さんの原作もお読みください。なんとも言えない温かい涙が溢れてくること、請け合いますよ~。

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2021年1月 1日 (金)

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます!

Asleep19

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みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
僕は、昨年師走は多忙のためまったく手をつけられずにいた『BEST OF NHK』をこの連休でひとまず一気見、さらにこれからは各曲じっくりとバンドの音の検証などしながら再鑑賞してゆく予定です。

あと、僕は箱根駅伝ファンなのでね・・・異例の形とはいえ今年も無事開催、楽しみです。
チームの選手達も(特に4年生は)昨年春~夏頃は気が気じゃなかったと思います。
ちなみに大学駅伝では、昨年3月以降各校次々にチーム揃っての練習はとりやめとなり、寮も閉鎖、選手は先の予定がどうなるかも分からない状況で1人1人が個人で練習しなければなりませんでした。
それでも「辛抱」を「希望」に変えて乗り切った、ということです。

昨春に大学駅伝がチーム行動できなくなった時、「チーム解散」という言葉が使われました。
もちろん今は各校それぞれ活動再開、箱根本番を目前としています。
つまりこの場合、チームの「解散」とはやむを得ず「活動ができない」状況を受けてそう称したもので、決して「廃部」という意味ではないんです。

何故僕がこんなことを書いているのか・・・ジュリーファンのみなさまはお分かりですよね。
「辛抱」から始まる2021年ですが、共に前を向いていきましょう!

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2020年12月31日 (木)

シローとブレッド&バター 「野生の馬」

from『ムーンライト』、1972

Moonlight

1. いつから
2. 野生の馬
3. 舟
4. 雲
5. Happiness
6. 公園
7. なにもかも
8. 空いっぱい
9. Sugar In My Tea
10. やすらぎ
11. MOONLIGHT

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あっという間に大晦日です。
僕は29日から冬休みに入り、晴れて暖かかった一昨日に窓拭き等の大掃除を済ませて、昨日は近場に買い出しと食事。
いかにも連休を過ごしているなぁと実感し、年末モードに浸っています。

2020年は本当に色々なことがあり過ぎて大変な一年でした。ジュリーファンとしても思いのかけない出来事が起こり重なり、「辛抱元年」となりました。

そんな中で8月、シローさんが天国に旅立たれました。
メンバー全員が健在!とタイガースファンが長年当たり前のように誇らしく思っていたのに、メンバー中一番若いシローさんが行ってしまった・・・大きなショックでした。

僕は”ヴォーカリスト”シローさんについては完全に後追いで、「ザ・タイガース」と「サリー&シロー」でしか勉強できぬままこんなことになってしまい、「シローとブレッド&バター」のリマスター・アルバム購入は、シローさんの旅立ちを受けて、という形になってしまいました。
今日はアルバムの中から有名な(と言っても僕自身は今年初めてじっくり音源を聴いた曲なのですが)「野生の馬」をお題に、改めてシローさんを送り、2020年を締めくくりたいと思います。


アルバム『ムーンライト』は大変な名盤でした。

僕は「ブレッド&バター」の作品はこれがまったくの初体感。「フォーク」だと聴いていた彼らの曲は、少なくともこのアルバムではとてつもない「ロック」でした。
まぁこの頃はメインのギターがアコースティックなら「フォーク」とジャンル分けされていたのかな。
でも『ムーンライト』全体の音作りは、サリー&シローの『トラ70619』に近いんですよ。
例えばジミ・ヘンドリックス「風の中のマリー」を思い出したり(「雲」)、ビートルズの「ジュリア」を思い出したり(「公園」)と、僕の好きなロック・ナンバーと重なる魅力を持つ名曲が多く収録されていました。
日本のロック史でこのアルバムの”はっぴいえんど”との共鳴を語る人は今までいなかったのか、それとも僕が不勉強なだけだったのか。いやはや未知なる名盤があったものです。もっと早く知るべきでしたが・・・。

これは「シローとブレッド&バター」名義、唯一のアルバムなのだそうです。

Moonlightinnner

シローさんとブレッド&バターが何故結びついたのか、岡村詩野さんは付属のライナーで「正直今も明確には分からない」としながらも、当時はちょうどヒッピーの理想主義が終焉を迎えていた時期で、アメリカで様々なロックを体得したシローさんがザ・タイガースに加入の末、そうした理想、幻想が崩壊してゆくことを体験し、「癒し」のようなブレッド&バターのウエスト・コースト的音楽性に惹かれたのではないか、と推測されています。

ただ、『ムーンライト』でのシローさんはあくまで「ゲスト」のような立ち位置。
シローさんがまったく参加していない歌もいくつかあり、僕は実際そうした純粋な「ブレッド&バター」ナンバーの方で彼等の才能の再発見に驚き、大いに好きになった曲もその中にあるのですが、アルバムを通して聴くほどに「野生の馬」が光輝くように「主役」の存在を増してゆき、なるほどこれは名曲に違いない、と確信しました。

シローさんとブレッド&バターの結びつきについて僕は、腕利きのサポート・ミュージシャンの人脈も絡んでいたのでは、と想像します。
と言うのは、先述の通り『ムーンライト』は『トラ70619』と音作り、アレンジの印象がとても似通っていて、いくつかの楽器についてはミュージシャンが重複しているとしか思えないんです。

『トラ70619』 は演奏クレジットが不明でしたが、『ムーンライト』は楽曲ごとに明記があります。
僕が特に注視したいのは、「野生の馬」でも名を連ねるアコースティック・ギターの石川鷹彦さん。
みなさま、もし「野生の馬」の音源をお持ちでしたら、是非アコギの鳴りをサリー&シローの「花咲く星」のそれと比べてみてください。同一者の演奏としか聴こえないではありませんか!
石川さんはじめ当時の重要なロック・パーソンが、ブレッド&バターに”ヴォーカリスト”シローさんを推薦したとしても不思議ではない、と思えます。

さて、昨年僕の勤務先が引っ越しをした際に発掘し整理しておいた貴重な資料本の中に、このようなスコアもあったことを思い出し、今回手にとってみました。

Breadandbutter

アルバム『ムーンライト』からは当然、「野生の馬」が収載されています。

Yaseinouma

何も考えずに 自然の中で
      E♭ B♭         E♭  B♭

風を切って走る 
   E♭    D7  C7  F7

まるで野 生の   馬 さ ♪
        B♭   Cm7   E♭  B♭

(スコアは何故かロ長調の採譜ですが、ここではオリジナル音源のキーに準じ変ロ長調で表記しました)

朴訥で志の高い詞。4拍子の進行の中に2拍、3拍の小節が混在しながら、まったく違和感なく耳に溶け入ってくる美しいメロディー。
こんな名曲が普通にヒットし、皆に歌われていた・・・つくづく良い時代ですねぇ。

歌詞は、リリース時の世相と言うか社会性を反映し、「自由」を表現したものだったでしょう。
ただ今年初めて真剣に「野生の馬」を聴いた後追いの僕には、シローさんが歌う自らの「旅立ち」の歌にしか聴こえなくてね・・・。
もちろんザ・タイガース解散後のシローさんの歌ですから、「旅立ち」の解釈は当時もあったかもしれません。しかし今聴こえるシローさんのこの歌の「旅立ち」にはもっと特別な「天国へ」の意味まで考えざるを得ないです。

ちなみに僕が今日書いている(聴いている)「野生の馬」はアルバム『ムーンライト』のヴァージョンです。シングルはヴァージョンが違うのだそうで、残念ながらそちらはまだ聴けていません。
「野生の馬」という曲タイトルだけは僕もずっと以前から知っていて、これはローリング・ストーンズの「ワイルド・ホース」から拝借したのだろうと安易に考えました。
ところが今回調べてみると、アルバム『ムーンライト』のリリースは72年ですが、「野生の馬」シングル盤は71年4月10日にリリースされているのですね。
対してストーンズの「ワイルド・ホース」(『スティッキー・フィンガース』)は71年4月23日。
浅はかな考えを改めねばならないことは、明白です。

洋楽好きだったシローさんに、ストーンズはどういう風に聴こえていたのかな。
「『野生の馬』はワイが先やで!」
と、そんな声が聞こえてきそうです。


シローさんが旅立たれた2020年も、色々なことが未だ続きつつ残り僅か数時間となりました。
来年こそは良い年にしたいけれど、前途多難は間違いない・・・まずしっかりと志を持ち行動してゆくこと、それがジュリーのLIVE活動再開にも繋がると信じます。

今年も拙ブログへのご訪問、有難うございました。
みなさまよいお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2020年12月26日 (土)

瞳みのる 「明月荘ブルース」

from『明月荘ブルース』、2020

Meigetusoublues

1. 明月荘ブルース
2. 明月荘ブルース(カラオケ)

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2020年も残すところ5日となりました。

今年は憎きコロナ禍のためジュリーの全国ツアーが中止となり、寂しい1年となってしまいました。
それでも12月に入った頃には、無いだろうなとは思いつつも「もしかしたら突然お正月LIVEのインフォが届くかもしれない」と一縷の望み抱き心待ちにする日々でしたが、先日「澤會」さん解散のお知らせ・・・ジュリーファンとしてこれまで本当にお世話になった澤會さんへの感謝は当然ですが、僕のような新規ファンは正直、動揺の方が大きかったのが現状です。
常々「大きいホールにいっぱいのお客さんが入って、そのお客さんの身体を通って返ってくる音をモニターにしたい」と語っているジュリーですから、コロナ禍の完全な収束がなくしてLIVE再開無し!は当たり前のことなんですけど。

東京での1日の感染者数のニュースを毎日見るたびに、なんだか「少しずつ」増加してゆくのがまるで作られ計算されているかのように、僕らは「慣れて」しまってはいないでしょうか。
もし明日突然「今日の感染者数は2万人です」と報道されたら、誰もが「身近な危険」を感じるはず。
徐々に数が増えてゆく、ということの怖さ。「慣れ」は諦念へと繋がり、志を低くします。
もちろんあってはならないことですが、今この時点で「1日の感染者が数万人」となる状況を想像し、そのくらいの危機感を持って1人1人が気をつけてゆかねばなりません。志をしっかりと高め、僕らはジュリーの決断を尊重し辛抱が希望となるよう努めたいと思います。

一方で、ピーさんが小さい箱ならではの利点を生かし、今年もこの状況下で勇躍二十二世紀バンドとのLIVEをスタートさせたことは何よりの励みです。
僕が参加するのは年明け1月の四谷公演で、チケットを一緒に申し込んでくださったピーファンの先輩のお話では、座席の配置が市松模様のような間隔となっているとのこと。会場の感染防止対策、万全のようです。

ピーさんは「常に動いていないと落ち着かない」タイプだそうで、軽快なフットワークに制限をかけられた今年はそのぶん音源創作にパワーと時間を注がれたのでしょう・・・驚異的な新曲ラッシュの1年となりました。
「Lock Down」「明月荘ブルース」「ロード246」「失うものは何もない」とリリースは続き、さらにクリスマスに合わせChannel Peeにて最新曲「Silent night」の音源発信。
僕は昔から「新曲に向かう」姿勢のアーティストを熱烈に支持したいリスナーで、今年は特にピーさんの新曲に大いに力を貰いました。

今日はそんなピーさんの一連の新曲から「明月荘ブルース」をお題に更新したいと思います。
大変な年となった2020年。シローさんの旅立ちもあり悲しみの最中、タイガースファンの先輩方にとってこの歌がリリースされたことは本当に救われ、感慨深かったのではないかと想像します。

僕も後追いファンながらピーさんの音楽活動復帰から再結成への道程をリアルタイムで体感した身。大阪ミナミの「明月荘」が伝説の地であったことは勉強済みで、スタッフとしてお手伝いさせて頂いた左門町LIVE準備の関係でみなさまより少し先んじてこの歌を聴いた時には、感動で心が震えました。
詞曲を深く理解するより先にまず「思い」の強さがダイレクトに伝わってくる・・・世にある幾多の他曲にあまり例の無い、特殊な魅力を持った歌だと思います。

その上で、名曲とは「素晴らしい詞に素晴らしいメロディーが載っている」単純だけれどそれが真理なのだなぁ、と改めて実感させられます。
ピーさんの作詞、KAZUさんの作曲。
やはり最終的に「作品」として優れた詞曲が結実してこそ、歌い手やリスナーに思いや感動が乗り移るものなのかもしれません。

まずは何と言っても、詞に胸を打たれます。
このブログを読んでくださるみなさまは僕などより詳しくご存知のことかと思いますが一応書いておきますと、「明月荘」とはザ・タイガースがまだファニーズと名乗っていた頃、大阪で活動していたメンバーが共同生活を送った伝説のアパート。

裸電球 三畳間
     Cm        B♭

辿り着いたら 明月荘 ♪
   A♭            B♭  Cm

僕は幸運なことに、今年8月の『PEEが奏でる「四谷左門町LIVE」』を裏方でお手伝いした関係で、この新曲についてもピーさんから様々なお話を伺う機会を得ました。

「今は、三畳間の貸し部屋なんてあまり見ないよねぇ」

ニコニコとそう語ったピーさんの言葉が印象に残っています。
「明月荘ブルース」は、ファニーズ時代の思い出ばかりでなく、過ぎ去った文化、昭和30~40年代の若者たちの暮らし、世間のたたずまいまでを回顧する歌でもあるのだなぁ、とその時に思ったっけ・・・。

ピーさんは漢詩の専門家です。
僕ら日本人は普通に漢字を使って文章を書いたり脳内変換しながら言葉に発したりしますが、その漢字を1字ごとに単独の意味を深く追求することなど滅多にありません。
中国古来の漢詩において使用される漢字はひとつひとつそれぞれに意味があって、武骨に繋がっていきます(高校時代の僕は、「古文」は女性的で「漢文」は男性的だとなんとなく思っていました)。ピーさんの日本語詞にはそんな漢詩のエッセンスが含まれるため、独特の漢字使いが魅力です。

過ごした日々は 返らない
      Fm                      Cm

期待と不安 ない交ぜに ♪
    Fm                      G7

ここは日本語の漢字使いとしては「帰らない」が常套。例えば「あの日に帰りたい」とか書きますよね。
しかしピーさんは「帰ではなく「返」の字を当てました。「もうひっくり返せない」「引き返せない」という意味を持たせる狙いではないでしょうか。
短調バラードのメロディーと相俟って、切なくも強い思いが伝わってきます。
8月のLIVEに向けて採譜や演奏時用の歌詞カード作成のため、詞を何度も「書き写す」ことが多かった僕は、そんなピーさんの漢字使いに「良いなぁ、ここ良いなぁ」と感動させられたものでした。

左門町LIVEのレポートにも書いた通り、ピーさんは自作詞について徹底的に校正を重ねてゆくタイプです。
ピーさんのこれまでの人生を辿り綴った、歌メロ13番にも及ぶ大長編「My Way ~いつも心のあるがままに」(当LIVEが初演)などは、本番前日まで手を入れていたほどでした。
「明月荘ブルース」も、「My Way」に次ぐ頻度で度々の改稿がありました。例えば

加茂の川から 淀の川 ♪
      Fm                  Cm

京都で暮らしていた若き日のピーさんが志を抱き大阪へと移り住んだ・・・そんな経緯を歌った箇所。言うまでもなく「加茂の川」が京都、「淀の川」が大阪を表します。

ところが僕が8月のLIVEに向けて最初に受け取った歌詞ファイルでは、ここが大きく違っているのです(その頃は歌入れも終わっていたはずですので改稿自体はもう済んでいたのでしょうが、たまたま僕に送ってくださったのが初稿のファイルだったのだと思います)。
それによると同箇所は

古都を離れて 来た商都 ♪

となっていました。

京都が「古都」で大阪が「商都」。
こちらもピーさんらしい素敵な表現ですが、おそらく改稿に至ったのは、KAZUさんの素晴らしいメロディーが完成し実際に「歌って」みて「ここはもっと良くなる」との判断があったのではないでしょうか。
もしそうなら、この改稿はピーさんとKAZUさんの共同作業、相乗効果でもあり、名曲誕生の所以、重要な過程であったと言えると思います。

その他も細かな漢字仮名使いの校正が何度もあり、僕はその都度立ち合うことができました。
LIVEの1週間前に改稿となった箇所もあります。細部の仕上がりまで妥協せず練り込んでゆくピーさんの創作姿勢は、リスペクトせずにはいられません。

このように最後まで熱意の取り組みがあって生まれた歌ですから、もちろんCD音源で聴いても大きな感動がありますが、これは生歌、生演奏で聴くとより一層ピーさんの思いが伝わる、と僕は確信しています。
8月のLIVEではピーさんの熱唱、思いの深さがみるみるうちに「ゆうさんバンド」の演奏に乗り移ってゆき、圧巻のパフォーマンスとなりました。
是非みなさまには「明月荘ブルース」を生歌、生演奏で体感して頂きたいと考えます。

どんな人でも自分の人生を1冊の本にできる・・・そんな話を聞いたことがあります。
それが音楽家という選ばれた才人達にとってはさらに深く広く、自分の人生における様々なシーンを歌にできる、ということでもありましょう。
ピーさんは音楽界復帰後、「道」「一枚の写真」などの新曲を次々にリリースすることで、そんな創作スタイルを実践してきました。

そして・・・ザ・タイガースの根っこのシーンを、ピーさんしか描けない視点で歌った「明月荘ブルース」。
ピーさんとしても、自身の思い入れがより深い作品となったでしょう。当然僕ら聴く側にとっても。
LIVE後しばらくして改めて曲の感動をお伝えした時、ピーさんは「長く歌っていきたい」と力強く仰っていましたから、年明けの四谷公演でもきっとセットリスト入りするでしょう。本当に楽しみです!


それでは次回、もう1本「今年中に書いておきたい」と考えていたお題が残っています。

相変わらず忙しくさせて頂いていますが、29日から冬休みに入りますので年内ギリギリの更新はできそう。
頑張りたいと思います。

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2020年12月20日 (日)

沢田研二 「1989」

from『忘却の天才』、2002

Boukyaku

1. 忘却の天才
2. 1989
3. 砂丘でダイヤ
4. Espresso Capuccino
5. 糸車のレチタティーボ
6. 感じすぎビンビン
7. 不死鳥の調べ
8. 一枚の写真
9. 我が心のラ・セーヌ
10. 終わりの始まり
11. つづくシアワセ

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少しご無沙汰してしまいました。
気持ちが上がったり下がったりの週末になりました。

昨日はポール・マッカートニーの新譜『マッカートニーⅢ』が到着。
『I』『Ⅱ』に思い入れのある身としては期待通りの角度から作られた新譜で、大いに気に入りました。

かと思ったら、ジュリーのオフィシャル・サイトでの突然のお知らせがありました。
いや、「突然の」という言い方はきっと当て嵌まらないのでしょう。熟慮巡らせ至ったであろうジュリーの決断を僕らは尊重し、今は「辛抱」に努めるしかありません。

ブログは本当は先週に1本更新の予定でいたのですが、例年以上に多忙な師走となり断念。
ただ、今はこのようなご時世です。大変な苦労をされている業種の方々がいらっしゃる中で、自分が「忙しい」ことを感謝しなければなりません。
僕の勤務先も特に4月、5月の業績落ち込みは凄まじく、「このままでは立ち行かなくなるのではないか」と心配しました。ところが有り難いことに、夏に出版した新刊が「20年に1度」クラスの特大ヒット商品となり、救われたのです(こちら)。
半年ほどが経った今もフル回転で重版に継ぐ重版という状況で、忙しくさせて頂いています。
『BEST OF NHK』のチラ見もできてない・・・年末年始の連休にとっておくしかありませんね。

さて本日12月20日は僕の誕生日です。
54才になりました。杉真理さん風に言えば「6×9(ロック)=54」というメモリアルイヤー(?)。

毎年この日は「ジュリーが自分と同じ年齢の年にどんな歌を歌っていたか」をテーマにお題を選んでいます。
今年は、ジュリーが54才になる年にリリースしたアルバム『忘却の天才』から「1989」を採り上げました。
よろしくおつき合い下さい。


ラジオ『ジュリー三昧』によれば、ジュリーはこのアルバムあたりから、『平和』を意識して歌うようになったとのことで、『忘却の天才』はジュリー史上重要な1枚と言えますね。それはジュリー自作詞に限らず、GRACE姉さん作詞の「1989」にもコンセプトとして及んでいたようです。
ただし僕はその点悲しき「後追いファン」でして、『ジュリー祭り』以降短期間で未聴のアルバムを大量に摂取したせいか、僅かな例を除き、2000年代ジュリー・ナンバーの「歌詞解釈」は後回しになっていました。
当初はとにかく「歌が凄え!曲がカッコイイ!」という面を先立って聴いていたように思います。白状すると、僕はアルバム購入後しばらくの間「1989」のタイトルの意味すら考えていませんでした。

『ジュリー祭り』以降ジュリーのLIVEに通うようになって12年。「1989」は『忘却の天才』収録曲中「生で聴いた」回数が最も多い曲じゃないかな。
初めて生体感できた時はあまりのカッコ良さに興奮したことを今でも覚えていますが、その日の打ち上げ、確か長崎の先輩方とご一緒した席で僕はうっかり独り言のような感じで
「そういえば、1989って何の数字なんですかねぇ?」
と口に出してしまい、みなさまに「え~~~~っ?!」とドン退きされました(恥)。
「”壁”って言ってるじゃないの~」と言われた瞬間に「あっ、そうか!」と気がついた次第で・・・。
でも先輩方は優しく「リアタイで新曲として聴いていないと、そういうところまで考えないものかもね」とフォローしてくださいましたが。

対立の壁砕けて 審判の鐘が鳴った
B7

賛美のマーチと共に 再会の唄うたった
B7

Woh Woh Woh 始まりは あの日 ♪
F#                                     B

1989年、ベルリンの壁崩壊。
世界中がアッと驚き、歴史は大きく動きました。

みなさまは普段、「1989」の曲タイトルをどう発音されていますか?
僕は単純に「いち・きゅう・はち・きゅう」と読んでいます。おそらくそれが多数派でしょう。
でもGRACE姉さん的には「ナインティーン・エイティー・ナイン」なのかなぁ、と。

デヴィッド・ボウイに「1984(ナインティーン・エイティー・フォー)」という名曲があるんです。
これはSF作家のジョージ・オーウェルが1949年に発表した同タイトル小説にインスパイアされたナンバーで、僕はオーウェルの同作を早川書房のSF全集で高校時代に読んでいますが、ひとことで言うと世界的な核戦争後の管理体制を「アンチ・ユートピア」として描いています。近未来に来るかもしれない恐ろしい世界の有り様です。

GRACE姉さんの「1989」は「今」(楽曲リリース時の2002年)の人々の志を問いかけるような詞で、対立の壁が崩れ時代が大きく変わった現在から見て、未来の世界がユートピアとなるかディストピアとなるか、それは僕らの行動にかかっている・・・そんなメッセージ・ソングではないかと今は捉えています。

このように僕の初聴時時点で歌詞解釈は遅れてしまいましたが、一方で「1989」のジュリーの作曲についてはアルバムを聴いて一発で好きになっていました。
ジュリーはこの年あたりから「なるべくマイナー・コードを使用しない」曲作りを心がけるようになったんじゃないかなぁ。
今はもうそれは完全に徹底されていますけど、「1989」の場合はその上でとても凝った進行です。
特にブッ飛んでいるのは

剥がれ落ちてく プライド ♪
G       A           D      G#

ロ長調の曲に採用する進行としては異色のコード展開、そして着地。
メジャーコードを複雑に絡ませてジュリー独特の武骨なメロディーを繋いでゆく・・・そんな作曲手法は「夜の河を渡る前に」を彷彿させます。

全体的にハードなメロディーであるにも関わらずポップな手触りも感じるのは、伊豆田さんのコーラスの貢献が大でしょう。
白井さんのアレンジもキレッキレで、イントロなどに登場するアルペジオ・リフのオマージュ元は、白井さんならビートルズの「アイブ・ガッタ・フィーリング」かな、それともジョージ・ハリスンの「ワー・ワー」あたりかな、と僕の好みに寄せてあれこれ想像するのも楽しい1曲。

ジュリー自身もお気に入りの歌のようですし、「遂にLIVE活動再開!」となった時、セットリストの有力候補ではないでしょうか。
その日が本当に待ち遠しいですね・・・。


さぁ、色々あった2020年も残り僅かとなりました。
ジュリーからのお知らせに朝から動揺した誕生日でしたが、ジュリーが歌をやめると言ったわけではないし、来年の3.11にはまた新譜もリリースしてくれるはず。
普通に誰もが不安なく、いっぱいのお客さんで大ホールLIVEが開催できる日を一刻も早く届けて貰うために、僕等は「今自分ができること」を頑張りましょう。

年内に残された日数は少ないですが、「今年中に書きたい」と12月頭に考えていたお題が2つ残っています。2020年師走、せめてそれくらいは僕も頑張ろう・・・。
ということであと2本、年内更新です!

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2020年12月 3日 (木)

PYG 「花・太陽・雨」

『PYG/ゴールデン☆ベスト』収録
original released on single、1971
and album『PYG!』、1971

Pygbest_20201202220601

1. 花・太陽・雨(Single Version)
2. やすらぎを求めて(Single Version
3. 自由に歩いて愛して
4. 淋しさをわかりかけた時
5. もどらない日々
6. 何もない部屋
7. 遠いふるさとへ
8. おもいでの恋
9. 初めての涙
10. お前と俺
11. 花・太陽・雨(Album Version)
12. やすらぎを求めて(Alubim Version)
13. ラブ・オブ・ピース・アンド・ホープ
14. 淋しさをわかりかけた時(Album Version)
15. 戻れない道(Live Version)
16. 何もない部屋(Live Version)
17. 自由に歩いて愛して(Live Version)
18. 祈る(Live Version)

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本日12月3日は、僕が本格ジュリー堕ちを果たした『ジュリー祭り』東京ドーム公演記念日。
まるでこのタイミングに合わせたかのように、予約していたDVD『BEST OF NHK』も届きました。

201203_1

毎年めでたい日ではあるのですが、おかげで今年は格別の気分です。
今は忙しいのでお預けですが、年末年始の連休にじっくり鑑賞するつもりです。まぁ、その前にチラ見は絶対しちゃうでしょうけどね。

2008年のあの忘れ難い東京ドーム公演から、早いものでもう12周年ということで干支もひとまわり。今年はあの日と同じ「仏滅」なのですな~。感慨深いです。

毎年この日は『ジュリー祭り』セットリストからお題を選んでブログ更新しています。
鉄人バンドのインストも含めて全82曲、既にすべてお題記事は書き終えていますが、特に2010年あたりまでに書いた記事の多くは僕自身の知識も足りず身の丈もわきまえず、という状態で到底再読に耐えうるものではありません。
ですから、今日も、そしてこれから先もこの12月3日は『過去記事懺悔・やり直し伝授!』のカテゴリーにて、同公演セットリストから「2度目のお題記事」を更新させて頂くことになります。

今年はPYGの「花・太陽・雨」を選びました。
この曲の過去記事は『ジュリー祭り』直後に本当にお世話になった、僕にとっては最初に「ジュリー道」を示してくださった先輩からのリクエスト曲として書いたのですが、ヒヨッコ丸出しで「考察記事」とはとても言えない内容となってしまっていました。
今回は、その時にはまったく触れずに済ませてしまった「シングル、アルバムそれぞれのヴァージョン比較」をメインに考察していきたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。


そもそも僕が「PYG」というバンドを知ったのはかなり遅く、『ジュリー祭り』のほんの数年前のことでした。”第一次ジュリー堕ち期”の頃にYOKO君から「タイガース解散後にジュリーとショーケンが同じバンドに在籍していた」と聞かされとても驚いたものです。
まぁYOKO君にしても当時はバンド名を平気で「ピーワイジー」と発音していたくらいですからヒヨッコには変わりなかったのですが、僕よりはいくらか先を行っていた、と。
僕がPYGのベスト盤を購入し初めて「花・太陽・雨」の2つのヴァージョンを聴いたのは、ちょうどその頃だったんじゃなかったかな。もはや記憶が(汗)

アルバム『PYG!』を聴いたのは・・・これはハッキリ覚えていて『ジュリー祭り』後でした。
当時「澤會」さんが会員の新期加入を一時停止していて、僕のような『ジュリー祭り』堕ち組はなかなか会員になれずツアー・チケットの申し込みができない状況でした。そこで先述の先輩が『Pleasure Pleasure』ツアー前半のチケット予約を代行してくださり、送ってくださったチケットにPYGの音源(ファーストと『FREE with PYG』の2枚)が同封されていたのです。
先輩としては「新しいジュリーファン」である僕に「PYG」を聴いて欲しいとのことだったのですが、それにしても本当に色々とお世話になりっ放しで・・・改めて感謝、感謝なのです。

さて、みなさまは「花・太陽・雨」のシングルとアルバム、どちらのヴァージョンが好きでしょうか?
アルバム・ヴァージョンは当然アルバムで聴くことが本道ではありますが、冒頭に添付した『ゴールデン☆ベスト』は2つのヴァージョンいずれも収録していますので、「聴き比べ」には重宝します。
お持ちのかたはここで今一度聴き比べてみてください。

さぁ、どうでしたか?

拙ブログをお読みくださっているのはほぼジュリーファンでしょう。故に僕は、「もちろんシングルも好きだけど、どちらかと言えばアルバムの方が好き!」派が多数を占めるのではないか、と予想します。
僕自身がそうですから。

シングル・ヴァージョンの方が音源全体の完成度が圧倒的に優れていることを前提、承知の上で、「ジュリー・ヴォーカル」の1点を以ってアルバム・ヴァージョンに軍配を上げることになるのですね。
例えば

色のない花 この世界
   Am                G

春の訪れのない 私の
   C                      Bm

この 青春  に問いかけ る ♪
    Am  Em G  A7    C B7  Em

特に「春」の発声です。
この楽曲は滅々とした雰囲気が逆に大きな魅力で、サリーさんの詞も否定的な意味を持つ言い回しが多いのだけど、歌の主人公は暗闇の中にひとすじの光をかすかに見据えている、実はそんな前向きなメッセージもあって、アルバム・ヴァージョンのジュリーのヴォーカル、発声にはそれを感じることができます(ジュリーはシングルも同じようには歌っているのでしょうが、ダブル・トラック処理に重きを置いていること、ミックス・レベル自体が小さいこと等がその点を抑えてしまっています)。

それにしてもサリーさんの詞は凄い。「青春に問いかける」「青春に呼びかける」のフレーズは、これが40代とか50代の作品ならば普通に出てくるのかもしれませんが、サリーさんは当時まだ20代半ばですから・・・凄まじいまでの俯瞰力!(これは「やすらぎを求めて」にも同じような凄味があると思います)

タイトルの「花・太陽・雨」には「・・・」とその後に続く言葉が隠されていて、それが「花・太陽・雨・・・愛」であることはシングル・ヴァージョンを聴いても分かります。
しかしこの歌が「まよ(迷)える人」に宛てたメッセージなのだということは、アルバム・ヴァージョンでしか判明しません。
そう、アルバムの方はエンディングに追加のフレーズがあるんですよね。初めて聴いた時は驚きました。
ちなみに堯之さんのソロが入るタイミングもヴァージョン違い。そこも含めてアルバム・ヴァージョンの方が「歌詞が多い」(←身も蓋も無い表現ですみません笑)ことは比較上特筆されるでしょう。

では、演奏とミックスについてはどうでしょうか。
「どちらがより広く受け入れられるか」との観点に立てば、シングルの方が圧倒的に優れています。
並行移調のBメロに噛み込む大野さんのドラマティックなオルガン、エッジを効かせた大口さんのシンバルの刻み、スネアの音色。
そして堯之さんのギターも、ソロ部以外にヴォーカルの間隙を縫うフレーズがあります。このパターンは後の「今、僕は倖せです」に引き継がれていますね。

シングルでの堯之さんのソロは、「ギターのダブル・トラック」です。ただしそれはエフェクター採用ではなく「同じフレーズを二度弾く」という手間を惜しまない手法。
「花・太陽・雨」ではイントロのギター4拍打ちがジョン・レノン「マザー」のオマージュとしてよく語られますが、このリードギター・ダブル・トラックはジョージ・ハリスンのアルバム『オール・シングス・マスト・パス』での「同一のパートを複数同じように演奏し重ねてゆく」手法を彷彿させます。こちらは特にアレンジ・オマージュではないけれど、『ジョンの魂』と同じくフィル・スペクターが深く関わったアルバムであり、いかにも71年という時代を象徴する堯之さんのテイク、と言えましょう。
「速く弾ける」ギタリストが」世に登場したからといってそこからすべて右に倣え、とはならない・・・それがロックの面白いところです。

曲想とはかけ離れた表現かもしれませんが、シングル・ヴァージョンの「花・太陽・雨」の音作りは「キャッチー」と言ってよいと僕は思います。
一方で僕はアルバムの方の音の仕上がりも好きなんですよね・・・。
各楽器パートが淡々としているぶん、左サイドに振られたアコギに耳が奪われるのです。この歌の世界観にはアコギのストロークが目立つアレンジが合っている、とも思うのですがいかがでしょうか。

最後に、『帰ってきたウルトラマン』の話も今回は書いておきましょうか。
(「花・太陽・雨」に関する逸話としてかなり有名のようですから、ジュリーファンのみなさまも、少なくとも「そんな話がある」との知識はお持ちかと思います)
第34話「許されざるいのち」でこの曲がBGMとして採用されているんですよね。

昭和の特撮ヒーロー番組を単に「子供向けだろう」などとナメてはいけません。
「ヒーロー番組とは教育番組である」・・・これは、『仮面ライダーV3』や『快傑ズバット』で主を張った、僕の世代にとっては永遠のヒーロー俳優である宮内洋さんのお言葉です。
僕の経験からしますと、宮内さんのそんな名言が心に響き実感として受け止められるようになるのは、実際に番組を観ていた子供達が大人になってからのことではないかと思います。
幼い頃に観たヒーロー番組を再視聴した時、「そういえばこのシーンでこんなふうに感じていた、こんなことを学んでいた」と自らの成長過程を思い当たるのです。

ウルトラマンシリーズにも当然そんな面はありました。
ただ、『ウルトラセブン』では地球規模、或いは宇宙規模のスケールで人類の奢り、環境破壊、差別などの問題提起が多かったのに対し、『帰ってきたウルトラマン』ではもっと身近な、主人公(郷秀樹)の周囲の近しい人達が非業の運命を辿る、大切な人を失ってしまうというダイレクトに胸抉られるようなストーリーが多かったように思います。

『許されざるいのち』では主人公の幼少時代の友人が、自ら生み出した「命」(怪獣レオゴン)の犠牲者となる道を選びます。
懺悔なのか、けじめなのか、怪獣に向かってゆきそのまま命を断とうとする友人を阻止すべく、湖を泳ぐ郷秀樹。郷の脳裏に甦る友人と過ごした幼少期の記憶。
しかし結局友人を救うことはできなかった・・・。
「花・太陽・雨」はそんな一連のシーンで忽然と流れ始めます。イントロのギター4拍の説得力たるや、BGMとしてこれ以上ない!という効果です。

今までは考えていなかったのですが、もしこれが『七人の刑事』の「レット・イット・ビー」のように「シングルではなく敢えてアルバム・ヴァージョン」だったら事件だな、と思い今回再度確認したところ、さすがにここでは普通にシングル・ヴァージョンでした(YOU TUBEにてBGMシーンだけ上げてくださっているかたがいらっしゃいました。ありがとうございます!→こちら)。

「許されざるいのち」は71年12月の放映ですから、タイムリーなBGMであったとは言えるにせよ、幾多ある歌、もっと有名なヒット曲があったにも関わらずのPYG「花・太陽・雨」の採用には演出の執念、高いセンスを感じずにいられません。
上記のようなシーンだからこそ選ばれた歌。
ジュリーの発声やサリーさんの詞に希望を見出すのもそれはそれで一局ですが、やはり「花・太陽・雨」は胸かきむしられる悲しみのメッセージ・ソングとして聴くのが王道なのでしょうね。


それでは、年内の更新はあと3本の予定です。
2020年も残り1ヶ月を切りました。これからはコロナ禍に加えてインフルエンザの同時流行も心配です。

みなさまどうぞ気を抜かず、うがい・手洗いを継続させましょう。僕もなんとか気をつけて、この師走を過ごしたいと思います。

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2020年11月27日 (金)

ザ・タイガース 「海の広さを知った時」

from『自由と憧れと友情』、1970

Jiyuutoakogaretoyuujou

1. 出発のほかに何がある
2. 友情
3. 処女航海
4. もっと人生を
5. つみ木の城
6. 青春
7. 世界はまわる
8. 誰れかがいるはず
9. 脱走列車
10. 人は・・・
11. 海の広さを知った時
12. 誓いの明日

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三連休後の今週は寒い日もありましたが、みなさまお変わりないでしょうか。
新型コロナウィルス感染の第3波がやってきているとのことで、よほどのことが無い限り気軽な旅行、遠出も躊躇われる日々。
一体いつまでこんな状況が続くのでしょう。

そんな中でも僕らにとって何より待ち遠しいのはジュリーのLIVE活動再開ですが、いましばらく辛抱の時間が続きそうですね・・・。

さて今日は、楽曲考察ではなく徒然私的な短い記事での更新です。
ザ・タイガースのアルバム『自由と憧れと友情』から、「海の広さを知った時」をお題に借りました。
メロディーやヴォーカルなどは穏やかなようでいて、妙に不安をかきたてられる(←そこが良い!と思っています) 構成とアレンジ、そして歌詞が印象的な、大好きな1曲です。よろしくおつき合いください。


唐突ですが、僕はいわゆる「鉄オタ」です。
と言っても一般的な愛好家の中では少数派のタイプで車両自体にはまったく興味は無く、「駅」と「路線図」に萌え対象が特化した、たぶん「妄想鉄」の類です。
ネットで駅舎の写真や路線図を見ながら、実際に訪ねたような妄想に浸るというね。

もちろん「乗り鉄」な資質もあるにはあって、電車の旅ならできるだけ鈍行に乗って停車駅を味わいたいですし、若い頃はそうやってローカル線のフラリひとり旅などしていたものです。
電車が普通に走っている間は本を読み、停車前後だけ駅や周辺の集落の風景を楽しむというのが基本スタイル(ですから停車駅が多ければ多いほどよい、ということになるわけです)。

今年はコロナ禍もありカミさんの実家に帰省もできず、電車の旅がまったくできていません。
本当に、早く収束して欲しい・・・。

そんな僕が「あてなき鈍行列車の旅」の雰囲気を妄想し味わえるロック・アルバムこそ、我らがザ・タイガースの『自由と憧れと友情』。
リアル体験世代の先輩方にとってこのアルバムは、解散報道直後のリリースということでそんなのんびりした気持ちでは聴けなかったのではないかと想像していますが、後追いの僕にはそんな壁も無く・・・1曲目「出発のほかに何がある」からラスト「誓いの明日」まで、「妄想鉄」の気分で1枚通して楽しめます。
その意味では『ヒューマン・ルネッサンス』に比するコンセプト・アルバムとして聴いている、とも言えましょう。

アルバム終盤に収録された「海の広さを知った時」には、旅(歌)の主人公にとっての「見知らぬ土地」の雰囲気が満ちていて、「駅」の風景も浮かんだりします。
ここでの「海」とは歌詞のストーリー的には広い広い太平洋、下手するともっとグローバルに大西洋とかインド洋だったりするのかもしれませんが、僕のような「妄想鉄」目線からしますと「オホーツク海か日本海であって欲しい」なぁ、と。
このアルバムには全体的になんとなく「冬」のイメージがあるんですよ。リリースも12月ですしね。

ここで、僕がよくお邪魔する『海の見える駅』というページをご紹介させて頂きます(こちら)。
紹介されている駅のほとんどが、故郷・鹿児島県を除き訪れたことのない土地で、「いつか行ってみたい」と思いながらも叶わないだろうと憧れを抱く中、僕が「海の広さを知った時」の舞台として指名したい駅が2つあります。

まずはオホーツク海で、北海道の「北浜駅」(釧網本線)。
なんと「流氷が見える駅」で、写真からは小林信彦さんの名作『合言葉はオヨヨ』( 僕がこれまで読んできた小説のベスト3に入ります)のラストシーンを連想させられます。
『網走番外地』等の映画ロケ地としても知られている駅のようで、ホームに降り立った瞬間、視界に飛び込んでくる海に圧倒されるのでしょうねぇ。

もうひとつは日本海、新潟県の「越後寒川駅」(羽越本線)。
新潟県と言っても位置的には北東、山形県との県境付近で、「寒川」(「かんがわ」と読みます)ってくらいですから寒さの厳しい土地なのでしょう。
こちらは島田荘司さんの社会派ミステリー野心作『火刑都市』に駅舎や集落の描写がありました。

いずれにしても「海の広さを知った時」に登場する「海」のフレーズが似合うのは、寒さの厳しい土地の駅から望むそれだと個人的には思っています。

海の広さを知ると いつか
Fm7  B♭7      E♭maj7

生きていく ことの
Fm7      B♭7  E♭

静かな 孤独をわかる ♪
   G7         Cm    A♭m

未知なる土地を訪れる旅はもちろんワクワクもしますが、その中で一抹の寂しさ、不安を感じるところもあり、それが逆に趣き深く心地良かったり。
だからこそ賑やかな観光施設など無い土地の駅の方が僕は好きなんですよね。

「海の広さを知った時」は、サブ・ドミナントだった筈のコードがいつの間にかトニックに転ずるなどの複雑な展開に美しいメロディーが載っていて、不思議な浮遊感があります。
豪華な大作にしようと思えばいくらでもできる強力な曲なのに、途中で投げ出したかのようなフェイドアウト・エンディングであっという間に終わる・・・これは「敢えて」ではないでしょうか。

この潔さに「見知らぬ土地に降り立つ時の漠然とした不安」を僕は見出し、とても惹かれるのです。

今はこんな時ですけど、何の気兼ねも心配もなく鈍行列車の旅を楽しめる日常が1日も早く戻ってくることをとにかく願うばかりです。


では次回更新は、毎年恒例『ジュリー祭り』記念日、12月3日の予定です。
『ジュリー祭り』セットリストはすべてお題記事を書き終えていますので、『過去記事懺悔・やり直し伝授!』のカテゴリーにて、「2度目」の考察記事を書くことになります。
お題はもう決めていますよ~。

それではまた来週!

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2020年11月18日 (水)

沢田研二 「夢を語れる相手がいれば」

from『TOKIO』、1979

Tokio

1. TOKIO
2. MITSUKO
3. ロンリー・ウルフ
4. KNOCK TURN
5. ミュータント
6. DEAR
7. コインに任せて
8. 捨てぜりふ
9. アムネジア
10. 夢を語れる相手がいれば
11. TOKIO(REPRISE)

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一週間続いたマンションの排水管更新立ち入り工事も今日が最終日。
在宅担当の僕は予定通り1日かけてブログの更新に充てることとなりました。

前回記事で、個人的妄想舞台『act#11 阿久悠』オープニング曲に「思いきり気障な人生」こそふさわしい、なんてことを書きましたが、今日はエンディング。
指名曲は「夢を語れる相手がいれば」です。
どうでしょう・・・ジュリーが阿久さんの作詞家人生をactで歌い演じるとしたら、これこそエンディングにぴったりだと思いませんか?

またしても妄想考察系の記事となりますが、今回もよろしくおつき合いください。


まず最初に、僕の考える『act#11 阿久悠』全演目20曲の阿久作品をご紹介しておきましょう。
(カッコ内は「作曲者/歌手」です)

1. 思いきり気障な人生
 (大野克夫/沢田研二)
2. 時の過ぎゆくままに
 (大野克夫/沢田研二)
3. 探偵~哀しきチェイサー
 (大野克夫/沢田研二)
4. アメリカン・バラエティー
 (大野克夫/沢田研二) 
5. ウォンテッド
 (都倉俊一/ピンク・レディー)
6. グッバイ・マリア
 (大野克夫/沢田研二)
7. 五番街のマリーへ
 (都倉俊一/ペドロ&カプリシャス)
8. ブルージンの子守歌
 (加藤和彦/萩原健一)
9. ナイフをとれよ
 (大野克夫/沢田研二)
10. マッハバロン
 (井上忠夫/すぎうらよしひろ)
11. 真赤なスカーフ
 (宮川泰/ささきいさお)
12. 愛よその日まで
 (布施明/布施明)
13. ヤマトより愛をこめて
 (大野克夫/沢田研二)
14. お前に惚れた
 (井上堯之/萩原健一)
15. 麗人
 (沢田研二/沢田研二)
16. 女神
 (佐藤隆/沢田研二)
17. 薔薇の門
 (大野克夫/沢田研二)
18. 吟遊詩人
 (大野克夫/沢田研二)
19. 十年ロマンス
 (沢田研二/ザ・タイガース)
20. 夢を語れる相手がいれば
 (大野克夫/沢田研二)

いかがでしょうか?
とにかく20曲に絞るだけでも大変な作業でした。泣く泣く外した曲がどれだけあったか・・・。
ご覧の通り、ジュリー・ナンバーについては超有名曲ももちろん外せないものは入れましたが、世間的にはあまり知られていないであろう「隠れた名曲」を多めにピックアップしてみました。

一方で他歌手が歌った阿久作品の「カバー曲」はメジャーどころを選びましたから、みなさまも一部を除きほぼご存知というセットリストになっていようかと思います。
例外は、昭和の特撮&アニメ番組から抜擢した「マッハバロン」「真赤なスカーフ」の2曲でしょうか。
酔狂で選んだわけではありません。阿久さんは、僕らの世代にとって原風景とも言えるこのジャンルにおいても「一線を超えた」素晴らしい詞を多く残されているのです(本当は「今日もどこかでデビルマン」(アニメ『デビルマン』エンディングテーマ)なども入れたかったのですが、さすがにキリが無いので2曲に抑えました)。
そんな阿久さんの名篇をジュリーが歌う、という妄想は本当に心躍ります。

「マッハバロン」は井上忠夫さんの作曲がT-レックスばりのグラム・ロックでマニアの間でも評価が高いのですが、突出しているのは何といっても阿久さんの歌詞。

悪の天才が 時に野心を抱き
世界征服を夢見た時に
君はどうする 君はどうするか 君は
蹂躪されて 黙っているか

超絶なる悪から見ると「世界征服」とは「夢見る」ものなのだという発想も戦慄ながら、小学生の子供達が観るヒーローもののテレビ番組主題歌に「蹂躪」なんて言葉を採用するセンスには驚くほか他ありません。

当時はたとえ大人であっても馴染みの薄いフレーズ。
その証拠に、「パチソン」(昭和文化のひとつで、テレビ番組の主題歌を各地の名も無いバンドが耳コピで演奏し録音したフェイク・レコードがスーパー等で格安で売られていた時代の記憶はみなさまお持ちなのではないでしょうか。
その独創的過ぎる「コピー」っぷり(笑)は「パチソン」なるジャンルで現代も様々な意味で高い評価を得ています)版の「マッハバロン」はアレンジばかりか歌詞も耳コピだったらしく、「蹂躪」の聞き取りができていません(マニアにはそこがウケているのですが)。

オリジナル版「マッハバロン」
パチソン版「マッハバロン」

阿久さんの奔放斬新なフレーズ使いが生んだ「歌詞違いパチソン」伝説の1曲にまつわる逸話です。

「真赤なスカーフ」の方は、女子でもアニメ『宇宙戦艦ヤマト』を観ていた人は多そうですから、このエンディングの名バラードもご存知のかたはいらっしゃるでしょうね。
上記セトリで「真赤なスカーフ」、布施さんの「愛よその日まで」、そしてジュリーの「ヤマトより愛をこめて」の3曲は、「ヤマト」繋がりのメドレー形式をイメージ。
(余談ながら、「探偵~哀しきチェイサー」から「ナイフをとれよ」までが、「阿久探偵」物語だったりします)

さて、「夢を語れる相手がいれば」。
僕はこの歌を、アルバム『思いきり気障な人生』収録の「ナイフをとれよ」の一人称・二人称を入れ替えた「返し歌」のように聴いているのです。
つまり「ナイフをとれよ」で、「女の愛に傷つけられ」て主人公の部屋に転がり込んできた親友の男「おまえ」が一晩中したたかに酔い、あくる朝に煙草の煙を残して去っていき、そのまま行方知れずとなった・・・そんな親友同士の久々の偶然の再会を人物視点を変えて描いた歌が「夢を語れる相手がいれば」というわけです。

三年前から 深酒はやめにした
E♭                Cm           Gm7

その朝 悲しい女の顔を見たから
      A♭    B♭  E♭  Cm    G7   B♭

だけど今夜は 君と出会えて
      A♭            E♭       C7

久々に飲もうかと 思っているよ ♪
   Fm7        B♭7    F7   B♭ E♭

「ナイフをとれよ」では主人公を歌い手のジュリー、酔い潰れた友人を阿久さん自身の分身として詞に託していたのが、「夢を語れる相手がいれば」では逆に主人公が阿久さんで、「君」(ジュリー)と行き会って久々に酒を酌み交わしている、それを歌手・ジュリーが歌い演じているという二重構図。

また、この曲を語る上で欠かせないと思うのが、当時現実の時代背景です。

70年代から80年代への移り変わりって、特に音楽においては独特なんだよなぁといつも思います。
ジュリーで言うとシングル「TOKIO」が80年代幕開けの曲として広く語られていますし、それは正しくその通り。でもアルバム『TOKIO』は79年にレコーディング、リリースされていて、『思いきり気障な人生』『今度は、華麗な宴にどうぞ。』『LOVE~愛とは不幸を怖れないこと』と続いた阿久=大野時代から大胆にコンセプト・チェンジ、音作りもテクノやニューウェーヴの影響を受けガラリと変わったという面はあるにせよ、どちらかと言えば「70年代締めくくりの1枚」として製作が始まったんじゃないかと思うんですよ。
お題の「夢を語れる相手がいれば」が阿久=大野作品の集大成的な詞曲ですし、何よりアルバムに大野さんだけでなく堯之さんや速水さん作曲のナンバーが収録されている点に注目したい・・・当初は、『JEWEL JULIE』のような「井上バンドとのアルバム」としてスタートしたんじゃないかなぁ、と。

ジュリーがアルバムから選んだファースト・シングルが大野さんの「ロンリー・ウルフ」だったというのもそんな経緯からかなぁと想像したりね。

しかし加瀬さんの「TOKIO」が糸井重里さんを作詞に迎え完成した時点で、このアルバムは時代を先取りした前衛的なコンセプトを宿命づけられました。そのくらいインパクトの強い楽曲が誕生したのです。
「TOKIO」をアルバム・オープニングとエンディングのリプライズに配する構成は、製作途中で切り替えられたアイデアだったんじゃないかなぁ。
まぁこれも僕の妄想ですけどね。

でも「TOKIO」の2ヴァージョンに挟まれたアルバム収録各曲の本質はあくまで「70年代」のジュリーであり、「夢を語れる相手がいれば」はそれを明快に表すバラードだと僕は考えます。

阿久さんについては、もちろん80年代に入っても幾多の名篇を手がけていますし、ジュリーとの絡みもすぐにザ・タイガース同窓会時に実現しています。
ただ当時のシングル・レコード情報歌本(『YOUNG SONG』『HEIBON SONG』)を見返すと、70年代までは阿久さんの作詞クレジットがこれでもか!と居並び歌謡界のド真ん中に君臨していたのが、作品数だけで言えば80年代に入ってまず松本隆さんにその座を譲っているという現実があります。
それをして「阿久悠=70年代歌謡曲の象徴」との見方はできるのかもしれません。

ジュリーはその直中で阿久さんと一緒に時代を作っていたわけで、阿久さんにとってジュリーが(作品を通して)「夢を語れる(矜持を託せる)相手」だったことは間違いないでしょう。
70年代の最後の最後に阿久さんがジュリーに提供した「夢を語れる相手がいれば」を、そんなふうに聴いてみるのもアリではないでしょうか。


それでは次回更新は、未執筆だったザ・タイガースのオリジナル・ナンバーを考えています。

今週は結構暖かい日が続いていますが、これからあっという間に冬らしくなるのでしょう。
みなさま、お身体どうぞご自愛ください。

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