沢田研二 「DEAR MY FATHER」
from『告白-CONFESSION-』、1987
1. 女びいき
2. 般若湯
3. FADE IN
4. STEPPIN' STONES
5. 明星 -VENUS-
6. DEAR MY FATHER
7. 青春藪ん中
8. 晴れた日
9. 透明な孔雀
10. 護り給え
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ご無沙汰しております。
さすがにこの日ばかりは更新しておきませんとね。
ジュリー、78歳のお誕生日おめでとうございます!
写真は50年前のジュリーですが。
今も変わらず元気に全国ツアー、気力・体力が本当に凄い。頭が下がります・・・。
☆ ☆ ☆
さて、ここからは私事の報告と言いますか。
ここ数年ブログの更新もままならず、頂いたコメントへのお返事もできすという状況。
仕事が大変なのは相変わらずですが、実は今年の2月末に父を亡くしました(本日の記事お題は、勝手ながら父に捧げたものです)。
僕も還暦を目前にし身辺が大きく動いてきている、変化が始まっている、と実感せざるを得ません。
父が旅立ったのは、90歳の誕生日を迎えようとする僅か前、89歳でした。
最後まで実家の鹿児島で普通に一人暮らしで元気そうにしていて、薬剤師の仕事も現役でした。
昨年末に叔母から「そろそろ弱ってきている」と話があって心配でしたが、電話すると「大丈夫、心配ない」の一点張りで、なんとなく「ジュリーのお父さんくらい長生きするのでは」と思っていたのですが・・・。
結局、生前に介護だ施設だなどという話も一切出ず、僕ら子供夫婦に何ひとつ負担をかけることなく、しかも駆け付けた全員にしっかり看取られてポックリと・・・とてもカッコ良く潔い最後でした。
記事お題曲「DEAR MY FATHER」でジュリーが自作詞で書いたように、僕も電話よりは手紙の方が伝わる気がする、とはかねがね思っていたものでした。
昨年末に「何か困ったらすぐに連絡して」と、兄弟全員の電話番号をデッカイ字で記した手紙を書いて送っていたのですが、危篤の報を受け帰省した際それが自宅の電話器のすぐ傍に貼りつけてあったのを見た時には、なんとも言えない気持ちになりましたね・・・。
↑ 火葬場から故郷の町と家並み、そして桜島を臨む
で、大変なのはここからです。
母はずいぶん前に亡くなっていて、実家は荒れ放題(他でもない僕の親父ですから、1人暮らしで部屋が散らかりまくるのは想定内とは言え、これがなかなかの惨状笑)。
あと、家の電気だガスだ水道だ、保険だ会員証券だ、銀行口座だ不動産相続だ、と悲しむ間もなく僕ら兄弟(しかも全員実家を離れ関東在住)で対処していかねばならず。
カード会社とか保険会社とかNHKとか、人手が足りないのか電話がまったく繋がりません。まずは連絡をつけるのにひと苦労です(やっと繋がった、と思ったら使えないAIと延々問答を重ね、埒があかず再度長々と待たされてからようやく人間と話せるって感じ。ひと昔前ならそんなことはなかったのでしょうが・・・)。
おそらく来月中には法務局の不動産相続登記が終わる筈で、そこまで行ったらひと段落ではありますが、葬儀、四十九日、そして来たる初盆と帰省の回数も増え、それだけでも大変です。
そんなこんなで今年のジュリーLIVEには未だ参加できておらず、なんとか秋には、と考えているところ。
セットリストのネタバレはしてしまいました。「自由に歩いて愛して」にはビックリしたなぁ。セトリ予想はほぼ当たりませんでしたが、この1曲が的中したのは奇跡です。これは是非、生で体感しておかなければ・・・。
次の更新はLIVEに参加してからになると思います。
ジュリーファンの先輩方は変わらずお元気とは思いますが、みなさまどうぞお身体に気をつけてお過ごしください。それではまた!































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