2019年7月 4日 (木)

ザ・タイガース 「風は知らない」

original released on 1969
single『美しき愛の掟』B面

Utukusikiainookite 
1. 美しき愛の掟
2. 風は知らない

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7月です。早いもので今年ももう半分が過ぎました。

今日7月4日は、昨年天国へと旅立たれたJ先輩、真樹さんの命日です。
亡くなられた2日後の6日がジュリー古稀ツアーの初日・武道館公演で、お通夜と重なりました。翌7日の告別式に参列、そこでBGMとして流れていたのが、真樹さんが最後の入院の際に緩和病棟で愛聴されていたという厳選のタイガース・ナンバー数曲。その中の1曲「風は知らない」をジュリーは古稀ツアーで歌ってくれたのでした。
武道館初日のステージで「風は知らない」を聴き、「来年の真樹さんの一周忌にはこの曲の記事を書こう」と僕は決めていたわけですが・・・それにしてももう1年経つのか、早いなぁというのが今の素直な気持ちです。

でも、感傷的なことを書くのはここまでにします。
今日も一気書きの記事文量にはなりますが、少しでもタイガースのことをたくさん書いた方が真樹さんも喜んでくださると思うので・・・。

「風は知らない」については2010年の12月3日に一度記事を書いているんですけど、その時は『ジュリー祭り』記念日にあやかって、オリジナルとはアレンジを違えた2008年のツアー・ヴァージョンをメインに考察しました。
今日は正真正銘・ザ・タイガースのオリジナル・ヴァージョンについて書くことにします。
よろしくお願い申し上げます。

ジュリーがメモリアル・イヤー「還暦の年も古稀の年にも歌った」という曲は全部で10曲。
いずれもジュリーにとって重要なナンバーなんだろうなぁと思いますが、その中でタイガースの歌は「風は知らない」唯1曲なんですよね。

2008年、2018年それぞれでアレンジも大胆に変えており、現在進行形のジュリーがその都度思い入れを以って新鮮に歌っていることが分かります。
ただ、『ジュリー祭り』も『OLD GUYS ROCK』も僕は生で観ることができ記憶も鮮明に残っているその一方、やはりこの曲はオリジナルのアレンジが一番良い、とも思っています。僕が体感できているツアーで言うと、ピーが復帰した2011~12年の老虎ツアーがオリジナルに近かったですね。

「ザ・タイガースで特に好きな曲」と言うと僕にとっては「風は知らない」「はだしで」「怒りの鐘を鳴らせ」が不動のトップ3です。
リアルタイムの先輩方と違うのは、「後期」に偏っていることでしょうか(いつもお話する先輩方は、特に好きな歌としてやはり前期の曲を挙げることが多いです)。
でも、「風は知らない」を単純に「後期」の括りとするのは乱暴ですね。トッポ在籍時を「前期」とするなら、これはそのラスト・ナンバー(B面)なのですから。
先輩方にも人気が高い1曲と認識しています。

ちなみに『シングルA面「美しき愛の掟」の方はコーラス・トラックをシローを含めた新メンバーで差し替えたけど、「風は知らない」はトッポのテイクがそのまま残った』というのは有名な話ですが、僕には「美しき愛の掟」の間奏ソロもトッポのテイクなのでは?と今は思っています。2013年の完全再結成時にトッポが弾いたギターを生で聴くとね・・・そうとしか聴こえない。
タイガースって、コーラス・テイクについてはクレジットがハッキリしているけど、演奏テイクは(タイガース自身の演奏かどうかも含めて)曖昧な記述が多いというのも特徴的です。それも時代なのでしょうかねぇ。

さて、このまったくタイプの違うシングル両面をジュリーが見事異なるニュアンスで歌いきっているのはもう天性としか言いようがありません。
しかし当時ジュリーはただひたすら「一生懸命に歌う」ことに徹し、「こういう表現がしたい」「こんな思いを届けたい」とまでは考えていないように思えます。
その点は、『ジュリー祭り』はじめ近年のLIVEでは違ってきているでしょう。

例えば昨年の古稀ツアー、歌詞で言えば、自らを「風」に置き換えた時、ジュリーは「果てしない大きな世界の中の、本当に小さな、ささやかな存在」として、だからこそ愛すべき生命を歌っていると感じます。
「知らないことがある」というのはこれから知る喜びがあるということでもあるし、自分を大きな存在、強い存在であると無理に誇るよりも、「広いこの世界で知らないことがたくさんある、それでもそのまま、自然に世界の片隅で生きている」と心得る考え方の方が僕の性には合っています。ことさら「強さ」をふりかざそうとする我が国も含めた今の世界各国のpolitician達に違和感を覚えるのはきっとジュリーもそうだろう・・・「風は知らない」の詞は今ならそんな解釈もできそうだ、と僕などは思っているのですがいかがでしょうか。

まぁでもそんなことを考えなくても、ただひたすら素晴らしい歌。
タイガースのオリジナル・ヴァージョンを聴けばたちまちその基本に僕のような者でも舞い戻ることができます。
岩谷時子さんの詞で個人的に一番好きなのは

淋しさに 夜更けも めざめ  ながら ♪
   B♭     Am7    Dm      Gm7  C   F

作詞家さんであれば「風」を擬人化することは誰でも容易いのでしょうけど、この表現はなかなか出てこないんじゃないか・・・正に天才肌。
夜眠る時に窓の外から風の音が聞こえてきたりすると、いつも思い出す1節です。

もちろん村井邦彦さんの作曲も素晴らしい!
タイガースの「音楽統括」は大きく3つの時期・・・すぎやま先生時代、村井さん時代、クニ河内さん時代に分けられると思いますが、シングルで言うと「美しき愛の掟/風は知らない」から本格的に村井さん時代に突入した感じですね。

多岐に渡る村井さんの音作りの中で、僕は特に長調の朴訥な作品がメロディー、アレンジともに好みで、その双璧が「仙人峠」(映画『悪魔の手毬唄』挿入曲)と、この「風は知らない」です。

演奏ではアコギの「跳ねる」ストロークが特徴。
「風は知らない」は確かに時代背景もあってフォーキーな曲とも言えるんですけど、アコギの独特のストローク(「雲の波間をさまよう♪」の箇所が分かり易いかと思います)が「カントリー・タッチ」へと曲全体のイメージを昇華させているように思うのです。

哀愁はあるけれど押しつけがましくなく、カラッとして開放的。
ジュリーもそう感じとったのか、大げさにならず訥々と歌っているのが良いんですよね。
村井さんとジュリーのコンビ、ソロ以降ももっと頻繁に実現すればよかったのになぁと思ってしまいます。

コード進行面では、曲中「ここぞ!」というところに配置される「A」(もしくは「A7」)が肝でしょう。
そこだけ伴奏和音の「ド」の音がシャープします。トッポのコーラス・メロディーなどにもそれは反映されて、グッとさせられます。

また、この曲のイントロのアルペジオがお好きな先輩も多いと思いますが、アコギが「Gm→Am→F→Am」とハッキリした音階移動であるにも関わらず、ぼんやりとした浮遊感がありますよね。
これはベース(残念ながら指弾きっぽいのでサリーではなさそう)がずっと「C」を弾いているから。
「風は知らない」のキーはヘ長調(F)で、「C」はドミナント・コードにあたります。華麗なアコギの独立フレーズの裏で「さぁ、もうすぐ歌が始まりますよ」というドミナントの役目をベースが一手に引き受けているという・・・とても緻密なアレンジなのです。

このように、「風は知らない」は詞曲アレンジ、ヴォーカル、コーラス
ともに「爽やか」な歌だと思います。
深読みすれば確かに「悲しい運命」を歌っているようにも感じますし、実際昨年のツアー初日に生で聴いた時には、個人的な思いで、まるでジュリーが真樹さんを追悼してくれているような気がして感傷的にもなりました。
それに、リアルタイムでシングルを買いもとめた先輩方はこの詞をトッポの脱退と重ねてしまったかもしれない、とも想像します。

でも本質的には爽快な名曲、本当に優れた楽曲。
ジュリーがまた大きな節目の年に採り上げてくれることを期待したいですね。


それでは、オマケです!
・・・と言うか今日は先輩方に「お尋ね」かな。
以下は、以前ピーファンの先輩にお借りしました『セブンティーン』の付録ソノシートなのですが・・・。

Seventeen6901
Seventeen6903

さすがに僕はソノシートまでは聴けていないんですよ。
シローが加入し再スタートを切った新生タイガースが、当時ど
んなことを語っていたのか・・・盤面に「さよならトッポ」とあるのがとても気になります。
実際これをお聞きしたことのある先輩方に、どんな内容だったのかを教えて頂きたいのです・・・。


最後になりましたが、この数日僕の故郷、鹿児島を記録的な大雨が襲い被害も出ています。
僕の実家は、全域に避難指示が出ていた霧島市の隼人町にあります。父親の話では、付近で通行止めとなった道があるとか。
幼い頃からよく知る懐かしい通学路の原風景達・・・特に天降川に接した低い土地や、のどかな山間での今後の被害が心配です。

これ以上何事も起こらないよう、ただ祈るしかありません。どうぞ無事でありますように・・・。


さて次の本館更新は未定ですが、19日の守山公演にカミさんの実家への帰省も兼ねて参加しますので、side-Bの方に初日のフォーラム公演と併せた形でレポが書けたらよいな、と考えています。

そうそう・・・僕は現在、多忙に加え五十肩の症状が長引き苦しんでいます(汗)。
守山公演はなかなかの良席を授かりましたが、この肩の状態では”おいっちに体操”は無理だなぁ・・・。
みなさまもお身体には充分お気をつけください。

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2019年6月25日 (火)

ザ・タイガース 「新世界」

from『THE TIGERS 1982』、1982

Tigers1982

1. 十年ロマンス
2. 新世界
3. 抱擁
4. 時が窓をあけて
5. めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ
6. 夢の街
7. 野バラの誓い
8. BA-BA-BANG
9. ライラ
10. 生きてることは素敵さ
11. LOOK UP IN THE SKY
12. 朝焼けのカンタータ

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みなさま大変ご無沙汰しております。
僕は相変わらず多忙な日々を送っていますが、今日は更新しなければね。

ジュリー、71歳のお誕生日おめでとうございます!

1974010
↑ 毎年恒例、「ありがとう」と言ってそうなジュリーのショット。これは74年かなぁ。
今年のツアー衣裳にちなみ「猫とジュリー」ということで選びました。


数日前まではこのジュリー誕生日の更新は写真だけの簡単な記事で済まそうと考えていたんですけど、実は昨日、ここ数週間悩まされている五十肩に加えて腰痛まで併発し(泣)1日だけ仕事をリタイヤ。
思わぬ時間ができたもので、せっかくですから楽曲お題の記事にしようと下書きをして過ごしておりました。

更新が滞っているけれど一応拙ブログ本文では現在ツアー・セットリストのネタバレ禁止期間ということで、お題には今後含めてセトリ入りの可能性が無さそうな(いや、断言はできませんけどね)同窓会タイガースのアルバム収録曲を選びました。
『THE TIGERS 1982』から、「新世界」です。考察とも言えない短い文量ですがよろしくおつき合いください。


アルバム『THE TIGERS 1982』収録曲は「あの頃(リアルなタイガース期)に思いを馳せながら、現在の自分達と向き合う」という歌詞コンセプトで統一され、いかにも80年代幕開け的な音とともに現在進行形(当時のね)の楽曲が並びます。
そんな中、音として真・タイガース時代を彷彿させるものがLP両面に1曲ずつ、計2曲あると僕は考えます。
デビュー当時の若き勢いを感じさせるB面の「BA-BA-BANG」と、デビューから少し経ってメンバーに「大人」の思索性が垣間見えるようになった頃・・・つまりアルバム『ヒューマン・ルネッサンス』の時期を思わせるのが、A面2曲目に配された「新世界」(まぁ後追いファンの僕はこの名盤をレコードで体感できてはいないのですが)。

「新世界」の場合はその要因がいくつかあって、まず何と言ってもタローの作曲が「青い鳥」直系の短調ミディアム・ポップスであること。
この後にTEA FOR THREEの「あなたがみえる」にも引き継がれるタローの得意技です。
「青い鳥」で作曲家として開眼したタローは同窓会期でも様々なタイプの楽曲をバンドに提供していますが、「新世界」はリアルタイムのファンにとって最も「懐かしい」パターン、タイガースの根っこ、とも言うべき曲だったのではないでしょうか。

さらにはジュリーとトッポによるヴォーカル・リレーです(厳密にはそれぞれソロ・ヴォーカルではなくコーラスを伴った中で主旋律を担当している、と言った方がよいのだけれど)。
これは「十年ロマンス」も同様のスタイルですが、「新世界」については曲調から「忘れかけた子守唄」を想起させるのが大きい、と僕は思っています。
「青い鳥」「忘れかけた子守唄」・・・いずれも『ヒューマン・ルネッサンス』の収録曲なんですよね。

一方で、アルバム中唯一の提供となる橋本淳さん(すぎやま先生と橋本先生のお2人こそがタイガースのイメージ、と仰る先輩方は多いでしょう)の詞は、解散から10年を経て成長したメンバーへの思い、エールともとれる現在進行形のアプローチ。
難しいフレーズはひとつとして出てこないのに何とも深みがあり、個人的にはとても好きな名篇です。
解散後それぞれの道のりを「旅」と見ているのでしょうか・・・歌詞中にタイトル・フレーズ「新世界」は一度も登場しませんが、旅の過程でのメンバーの経験や実績を、物事を「知る」人生観に繋げているあたりは、「タイガースの親」とも言うべき立場の橋本さんにしか思いつけないのでは?
僕はそれを鳥の「渡り」に例えた2番が特に好きです。

かなしみのみずうみを 渡ることもある
Em D        Em                     D       G 

傷ついた 人々の 声を聞くだろう ♪
Am          Em        D      B7     Em

「渡ること~もある~♪」と歌うジュリーの声に特に惹かれつつ、今改めてこの歌詞部を聴くと、僕が常々「吟遊詩人のようだ」と書いてい
る2012年以降のジュリーの創作姿勢(特に作詞)を橋本さんが予見していたかのように思えるほど。
また、同窓会時には不在だったピーももちろん含めて、きっと他メンバーそれぞれの「今」にも当て嵌まるものがこの詞にはあるでしょう。
そう思えるのは、メンバー全員が健在で元気に今も旅を続けているからこそ、の感慨なのかなぁ。

アルバムのトータル・コンセプトである「あなたの元へ帰ってきたよ」のメッセージは、橋本さんの「新世界」においても「旅からの帰還」という形で強くあります。
ただ、ザ・タイガースは10年の旅で締めくくられなかった・・・解散から40年経って完全再結成が実現するとは、82年の段階で誰も考えられなかったでしょうね。

最後に余談ですが、関西のみなさまが聞いたら驚く でしょう・・・ 僕は大阪に「新世界」と呼ばれるエリアがあることを10年前まで知りませんでした。それまで足を運ぶ機会が無く、本当に知らなかったんです。
2009年の『Pleasure Pleasure』ツアーで大阪遠征した際、カミさんに連れられて(その時点ではまだカミさんではなかったけど)初めて訪れ、串カツを食べました。それはちょうど僕にとって「初対面のジュリーファンの先輩方とお会いした際にタイガースの話題についていけない」状況を関東圏のLIVE会場で痛感し、とにかくタイガースの知識を蓄えなければ、と努力していた時期でもありました。当然、同窓会期の音源や、「再結成」ではない特殊な事情についての勉強も。

僕はその後、『THE TIGERS 1982』で「新世界」を聴くと、大阪の串カツを思い出すのです・・・(笑)。


それでは、オマケです!
今日は、以前先輩にお借りした同窓会期の資料から、『タイガース神話を追跡』という記事をどうぞ~。

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Tg1102 

Tg1103 

Tg1104 

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この時期の記事ではどうしてもピーの不在が追記されているのが複雑な気持ちにさせられるわけですが、ご存知の通り芸能界復帰後のピーは嬉しいことに今はすっかりこの同窓会期も「タイガース」の歴史と捉え、「色つきの女でいてくれよ」をLIVE定番曲として積極的に歌ってくれるまでになりました。
個人的にはそろそろ『THE TIGERS 1982』から他の同窓会ナンバーも「瞳みのる&二十二世紀バンド」で採り上げて欲しい、と願っています。と言うかジュリーのツアーよりピーのツアーの方がセトリ入りの可能性が高い、と考えているほどで。
二十二世紀バンドには、つるうちはなさんという女性ヴォーカリストがいますし、ジュリーのパートをJEFFさん、トッポのパートをはなさんが歌う「新世界」「十年ロマンス」なんてどうでしょうかね~。


さて。
鳥の「渡り」はしばしば人生という旅の苦行にも例えられますが、そんな旅ができるのも健康あらばこそ・・・。
71歳を迎えたジュリーが今年も元気に全国ツアーを開催し、僕自身忙しいながらもいくつかの会場に参加できることに感謝しつつ、ジュリーと柴山さんが無事ツアー完走できるよう改めて祈願したいと思います。

では次回更新は7月4日、再びザ・タイガースのお題記事を予定しています。
まだまだ相変わらずの多忙状態なんですけど、この日ばかりは何としても更新せねばならんのです。昨年から心に決めていたことですから。
頑張りたいと思います。

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2019年5月 8日 (水)

ネタバレ専門別館side-Bのご案内

いよいよです!
ジュリー今年の全国ツアー『SHOUT!』初日、東京国際フォーラム公演が明日に迫りました。平日木曜の開催ですが僕もなんとか参加できそうです。

今回も、ネタバレ専門別館ブログ
dynamite-encyclopedia(side-B)
にてLIVEレポを書きます。

一方こちら本館では、僕が書く記事本文がネタバレ禁止体制となります(たぶんYOKO君達と参加する9月の八王子公演まで←期間長っ!)。
ただしみなさまから頂くコメントについてはその限りではありませんので、お気遣いは無用ですよ~。
ネタバレ我慢中の方は、コメント欄の閲覧時のみご注意くださいね。

例によってside-Bの方には簡単な記事を1本upしておりますので、レポ執筆までの間の各会場にご参加のみなさまのリアルタイムな感動コメントは、そちらに頂けると嬉しいです。
今回もどうぞよろしくお願い申し上げます!

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2019年5月 6日 (月)

PYG 「やすらぎを求めて」

『PYG/ゴールデン☆ベスト』収録

Pygbest_1

1. 花・太陽・雨(Single Version)
2. やすらぎを求めて(Single Version)
3. 自由に歩いて愛して
4. 淋しさをわかりかけた時
5. もどらない日々
6. 何もない部屋
7. 遠いふるさとへ
8. おもいでの恋
9. 初めての涙
10. お前と俺
11. 花、太陽、雨(Album Version)
12. やすらぎを求めて(Album Version)
13. ラブ・アンド・ピース・アンド・ホープ
14. 淋しさをわかりかけた時(Live Version)
15. 戻れない道(Live Version)
16. 何もない部屋(Live Version)
17. 自由に歩いて愛して(Live Version)
18. 祈る(Live Version)

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ご無沙汰しております。
10連休も今日で終わり、という人が多いかと思います。みなさまどのように過ごされましたか?
僕は出勤の日もありましたが、久々に何も考えずボ~ッとできた1日もあり、近場に出かけた1日もありでリフレッシュはできたかな~。

それにジュリーファンとしては、世間で言う「大型連休」が明けることこそが楽しみだったわけで。
そう、『SHOUT!』全国ツアー初日・東京国際フォーラム公演が今週木曜日に迫っています。
僕の場合、このツアー初日に駆けつけるために休日出勤していたようなものですからね!

ただブログの更新は滞ってしまいまして、毎回恒例の”全然当たらないセットリスト予想”シリーズも、本日のお題1曲に絞らせて頂くことになりました。
ズバリ、PYGのナンバーです。
やっぱり、ショーケンのことがありましたから・・・。

普段はあまり世間の話題に上らないPYGですが、先月は何度かテレビでこの伝説のバンド名を耳にすることがありました。
僕のセトリ予想はいつも本当に全然当たらないのですが、この機に「ジュリーとショーケン」両傑並び立ったPYGから隠れた名曲を採り上げ書いておくことは決して無意味ではないはず。

後追いファンのつたない考察ながら、気合だけは入ってます。よろしくおつきあいくださいませ。

Pyg03

①幻の「PYG再結成」を妄想する

ジュリーは「PYGは解散していないんですよ」と言っていますし、「再結成」ではなく「再集結」と書くべきかもしれませんが。

昭和41年生まれにして遅れてきたジュリーファンである僕は、ザ・タイガース再結成の道程はリアルタイムでこの目にできたけれど、PYGを生体感することは遂に叶わぬ夢と終わりました。
昨年の堯之さんに続き、平成も終わろうかという今年、突然旅立ってしまったショーケン。僕はこの偉大なレジェンド達がジュリーと共に在籍したPYGについて改めて教えを乞うべく、去る4月28日に時間を作ってジュリー道の師匠格である先輩を訪ねました。
「PYGの生のステージを何度も観た」というジュリーファンは僕の周囲では意外と少なく、その先輩とお逢いする際はタイガースだけでなくPYGのお話を伺えることがこれまで大きな楽しみのひとつでしたが、当日僕は「今日はPYGの総括をお願いしよう!」と気合を入れて出かけたのです。
色々と貴重なお話を聞かせて頂いた中、先輩の「実体験」とは別に「ジュリーファンならではの妄想」で大盛り上がりでした。
今日はその話から書いていきたいと思います。

ショーケンが亡くなった時、僕はすぐに昨年のジュリー古稀ツアー・セットリストに採り上げられた「お前なら」に思いを馳せました。
72年リリースのこの自作曲でジュリーはショーケンのことを歌ったんじゃないか、というのが僕の個人的考察ですが、「私も当時からそう思っていた」と賛同してくださっていたのが他でもないその先輩で。
みなさまご存知の通り、ショーケンの訃報を伝える様々なメディア記事の中に「PYG再結成」が水面下で進行し、ジュリーは乗り気だったがショーケンのところで話が頓挫した、という内容のものがありました。
眉唾だなぁとも思う一方で僕は、多少盛っているにしてもそういう経緯はあったかもしれない、と考えました。
その話の過程でジュリーはショーケンの病気を知らされ、古稀ツアーで「お前なら」を歌おうと考えたんじゃないか、と。

ただし僕の貧弱な妄想はここまで。先輩はもっと凄いところまで考えていらっしゃいました。
デビュー50周年ツアーの頃には当然翌年(古稀ツアー)のスケジュールは既に整っていたとして、あの大会場目白押しの日程は「複数の大会場公演でのPYGメンバー・ゲスト参加」ありき、で決められていたのではないか(!)と仰るのです。

この魅力的な先輩の妄想には僕も大ノリになってしまい、「そうか、PYG再結成は無くなったけれど、ジュリーは何の釈明もせず無言で柴山さんと2人ですべてを背負ってあのスケジュールを駆け抜けたんですね!いやぁジュリーらしい!」と勝手に大感激。

もちろんこれは、ジュリーが古稀ツアーMCで語った「どの会場でも同じものを魅せる、というのが礼儀だと思っています」との話とは矛盾しますから、まぁファンの勝手な妄想です。でも近年のジュリーの言動と不思議に繋がるのです。
PYGやショーケンのことを滅多にステージで話さなくなっていたジュリーが、ある時期からPYGの時代を楽しそうに話し始めたこと。
一見不自然とも思えた横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナ公演の密接な大会場連続のスケジュール。
そして、そのジュリー50周年ツアーの翌年にショーケンが自身最後のLIVEツアーで呼応するかのように「自由に歩いて愛して」を採り上げていたこと、等々。
僕は先輩の妄想にすっかりその気になると同時に、とうとうPYGを生体感できなかった無念を噛みしめた次第。

そもそも、PYG再結成の話が本当にあって、なおかつショーケンが闘病中ではなかったとしても、昨年堯之さんが旅立ってしまった時点でそれは夢に終わっていたことでした。
ジョン・ポール・ジョーンズの発言もあって世間ではPYGの演奏面においてサリーのベースの評価が一際高いですが、これまで何度か書いてきた通り、PYGの「音」は堯之さんのギターと大野さんの鍵盤、この両翼の考案力と構成力によってまず成立しています。
片翼の無い再結成はあり得ませんからね。

昭和のプロレス界で、まだ来日を果たしていない海の向こうのレジェンド・レスラーはよく「未知の強豪」と言われたものでしたが、後追いファンの僕にとってPYGはそんな伝説の未知なる強豪のままバンドの幕を閉じてしまいまいした。
昭和が終わり、平成が終わり・・・しかし新たな令和の時代もジュリーは歌い続けてくれる。PYGの曲もきっと歌ってくれる、と思っています。
それはもうすぐ始まる『SHOUT!』全国ツアーで実現するんじゃないか・・・僕ならずともジュリーファン皆が期待するところでしょう。

ならば演目は、普通に考えれば「花・太陽・雨」或いは「自由に歩いて愛して」。ただこの2曲はもう執筆済みですし、僕のブログのセトリ予想は毎回「全然当たらない」ことを売りにしている(?)ので、少し捻って「やすらぎを求めて」を採り上げることにしました。
これは先月から決めていて、お会いした先輩にも「時間があれば、1曲だけツアーのセトリ予想でPYGの「やすらぎを求めて」を書こうと思います」とお伝えしたところ、今度は妄想ではなく、先輩から貴重な「実体験」のお話が聞けたのでした。
次チャプターではそこから発して、名曲「やすらぎを求めて」の魅力を掘り下げていきましょう。

②「やすらぎを求めて」初聴時から今へ

Pyg08

僕はPYGについてはアルバムより先に記事冒頭にジャケット添付したベスト盤の方が初聴きでした。
「やすらぎを求めて」は初聴時から特に印象に残った曲です。滅々としたドラムスとベースライン、要所で斬り込む堯之さんの左右2つのギター・トラック、狂おしいオルガンのフレーズ。
「これ、ジュリーの歌が無ければそのまま『太陽にほえろ!』のサウンドトラックになるじゃないか!」
というのが僕の第一の感想です。ちょうど、子供の頃から親しんできた『太陽にほえろ!』のサントラがあの井上バンドの音だったんだ、と改めて認識した頃でしたから。ちなみにPYGを勧めてくれたのはYOKO君。『ジュリー祭り』の少し前のことでした。

で、これがジュリーの作曲作品というのが僕としては驚きで。
というのは、聴いた瞬間「大野さんの曲だろう」と思ったんです。初めて聴いた「やすらぎを求めて」にはそれほど『太陽にほえろ!』の雰囲気が感じられました。
その後聴き込むに連れてジュリー作曲のコンセプト、アレンジ段階での変貌まで見えるようになり、今では髄までPYGらしい名曲だなぁと思っていますが。

さて、28日にお会いした先輩に「やすらぎを求めて」の話題を投げたところ、「この曲を聴くといつも思い出す」というLIVEステージのお話をしてくださいました。「PYGではなくジュリーのソロだった」とのことで、当然バックはショーケン不在のPYG(井上バンド)です。
先輩が仰るには「(その時のステージのこの曲で)最後のシャウトのところでジュリーが「母ちゃん!」って言ったのよ!」と。

「母ちゃん」・・・ピンと来ないかたも多いのかな?
これは『太陽にほえろ!』でショーケンが演じたマカロニ刑事、殉職シーンの台詞です。
松田優作さんのジーパン刑事は「なんじゃあ、こりゃあ!」で、宮内淳さんのぼんぼん刑事は「ボス・・・」、沖雅也さんのスコッチ刑事は「死になくない・・・」。『太陽にほえろ!』ファンならば初歩の初歩とも言える殉職シーンの台詞。しかしそれらはすべてショーケンのマカロニ刑事による「母ちゃん!」から始まったわけですな~。
それをジュリーがステージで踏襲したという・・・衝撃的な逸話ですが、このステージを覚えているファンの方は他にもいらっしゃるでしょうか?

先輩のお話では、当時PYG名義のLIVEでもショーケンは不在となることが多く、そんな時ジュリーは「今日ショーケンが来られないのはね・・・」ということで、ショーケンがどんなに凄い仕事に今取り組んでいて、こんな凄い監督さんから目をかけられているんだ、とかいうことを本当に嬉しそうに話してくれていたのだそうです。
「僕の自慢のショーケン」って感じで愛情がダダ漏れ状態だったとか。
ジュリーはショーケンの活躍をいつもテレビ等で可能な限りチェックしていて、自身が犯人役で共演したこともある『太陽にほえろ!』もオンエアを気にかけていたのでしょう。それでも殉職シーンの台詞を自分のステージで再現してしまうというのはよほどですよ。
どれだけショーケンのことが好きだったんだ、と。

でも、考えてみれば「やすらぎを求めて」って「母ちゃん・・・」にふさわしい曲なんですよね。
ショーケンの台詞は『太陽にほえろ!』で共演していた下川辰平さんに聞いたという特攻隊の話を参考にしたと言いますし、サリーの作詞のテーマと感性は、シングルA面「花・太陽・雨」と一貫するものだけど、「やすらぎを求めて」の方が極限(=生死の間際)心理がより切実のように思います。
社会性ももちろん込みですが、タイガース解散から繋がったサリーの心情吐露のように僕には聴こえるなぁ。
「ウワ~ッ!」と叫びたくなる感覚と、それを押し殺して進んでゆく感覚。せめぎ合い。ある意味ジュリー今年の新譜「SHOUT!」と表裏一体の詞かもしれません。
個人的には今年の全国ツアー、歌のコンセプト的にも、ジュリーのショーケンへの思いを考えても、セットリスト入り有力と考えたのですが・・・。

PYGへの移行で、タイガース時代からのファンにとってはジュリーが歌う楽曲の雰囲気がずいぶん変わったなぁ、と感じていらしたというお話はよく聞きます。
ただ長い年月ののちPYGを知った僕などからすると、逆に後期タイガースとPYGって楽曲的にも自然に繋がっているように思えるんです。それはPYGファースト・シングル2曲の詞をサリーが書いていることが大きい。
僕が「やすらぎを求めて」で最も好きな箇所は

太陽に向かって ほとばしる
Dm              G   E7         A7

このサリーの言葉使い、ジュリーのコード進行、大野さんのオルガンの斬り込みがなんとも言えず好きで。
ジュリーもサリーもタイガースを引き摺っているようでもあり、新たな時代の波に必死に食らいついているようでもあり、それでいて究極の癒しの言葉のようでもあり・・・ちょっとシンドイことがあると不思議にPYGが聴きたくなるのは、心が「やすらぎを求める」からなのでしょうか。

ちなみにこの歌詞部、長尺の楽曲中たった一度、1番にしか登場しません。2番はすぐに「だ~けど~♪」に行くんですよね。
だから尚更そこが好きになる・・・みなさまはいかがでしょうか。

③鬼気迫る名演とジュリーの三連適性

最後に、「やすらぎを求めて」という楽曲について。
ジュリーの作曲は、タイガース時代からの洋楽カバー・レパートリー「ハートブレイカー」がお手本としてあったでしょう。短調のハードなバラードにして三連符のリズムは、PYGヴォーカルもうひとりの雄であるショーケンが持たないタイプの「シャウト」表現としてジュリーが刀を抜いた、という感じです。
これまで何度も書いてきていますがジュリーのヴォーカルには恐るべき三連バラード適性があって、タイガース後期にはジュリー自身その個性を自覚し、押し出してきています。
PYG結成にあたって書き下ろした1曲、入魂ですね。

一方でアレンジと演奏。
PYGには「影響を受けた」と考えられる洋楽バンドが3つあって、この曲にはそのそれぞれのエッセンスが盛り込まれています。
まずCSN&Y。ビッグネームが集結する「スーパーグループ」の元祖で、タイガース、スパイダース、テンプターズから2人ずつ集ったPYG結成の時点でその影響は明快ですが、音として挙げられるのは「やすらぎを求めて」の場合ですとアルバム・ヴァージョンでのスネア・ドラムのチューニングです。
「花・太陽・雨」も同様で、シングルとは全然違いますよね。このスネアの音がまずCSN&Yを想起させます。

次にレッド・ツェッペリン。以前別の先輩からお借りした『PYG』という冊子に、ジュリーがスタジオのミュージック・スタンドに彼等のファースト・アルバム『LED ZEPPELIN』のダブル・ジャケットを開いて歌っているショットがありました。

Pyg05

正にリアルタイム、71年当時旬の洋楽バンドだったわけですが、彼等がいくつかの楽曲で魅せてくれる「曲が終わる」と見せかけた瞬間にギターの単音がハードに噛んで次の展開へと移行するアイデアが、PYGの「やすらぎを求めて」にも登場します。
さらにアルバム・ヴァージョンでのエンディングの堯之さんのソロは、影響を受けたと言うより「先んじた」と言いますか・・・PYG結成以後リリースされたツェッペリンでのジミー・ペイジの演奏を彷彿させます(特に『聖なる館』と『フィジカル・グラフィティ』)。

そしてキング・クリムゾン。
これは大野さんのオルガンがそう思わせるのですね。大作の中に切り口を入れる手法で、堯之さんのギターも含めたPYGならではの構成力が素晴らしい。
「楽曲構成」面では、大野さんを中心にクリムゾンの影響はかなり強いと僕は感じています(『太陽にほえろ!』サントラについても同じ感想)。

これら洋楽オマージュに加え各メンバーの個性によるアレンジ、演奏がジュリーの「作曲」段階から劇的に楽曲を変貌させています。
サリーの低音コーラスが噛む箇所などアルバムとシングルで細かい小節割りも異なり、短期間で相当のスタジオ・リハを重ねたことが分かります。

でも、先輩も仰っていましたがこの曲はジュリーのヴォーカルなんですね。
サリー独特の詞の語感も、ファズを効かせたベースのうねりも、堯之さんと大野さんのプロフェッショナルな熱演もすべて真剣に飲み込んで、なおかつ自在に泳いでいるという鮮烈なジュリーのヴォーカル・テイク。
ジュリーは昔から「自分で作った歌は歌いやすい」と言っていたそうですが、「やすらぎを求めて」はジュリーにとってその「最初の1曲」だったのではないでしょうか。

さぁ、そんな「やすらぎを求めて」が『SHOUT!』ツアーでセトリ入りしたら、柴山さんのギター1本体制でどう歌われるのか。
ジュリーはどんなシャウトをしてくれるのか。
ギター・ソロは長尺のヴァージョンとなるのか。
楽しみは満載です。

今回のセトリ予想はこの1曲で勝負。あとは初日を待つばかり・・・いつものことではありますが、「全然当たらない」と言いつつ僕自身は期待を膨らませています。
実現したら「おぉ、珍しく予想が当たったな」と、またこの記事を読みにいらしてくださいね!


それでは、オマケです!
出典は分かりませんが、PYGデビュー当時の記事からのショットをどうぞ~。

Pyg01 

Pyg02

Pyg03_1

Pyg05_1

Pyg04

結成段階では「PIG」表記だったんですね。


5月に入ってから真夏のような暑さの日もありましたが、今日からしばらくは初夏らしいちょうど良い気温の日が続きそうです。

この季節に早くもジュリーのツアーが始まる、というのは後追いファンには初めてのパターンで、今年はちょっと得した気分です。
あと3日、日常を頑張って必ずや東京国際フォーラムに駆けつけます。
ご参加のみなさま、ともに楽しみましょう!

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2019年4月20日 (土)

ザ・ワイルドワンズ 「ハート燃えて 愛になれ」

『All Of My Life~40th Anniversary Best』収録

Wildones 

disc-1
1. 想い出の渚
2. 夕陽と共に
3. ユア・ベイビー
4. あの人
5. 貝殻の夏
6. 青空のある限り
7. 幸せの道
8. あの雲といっしょに
9. 可愛い恋人
10. ジャスト・ワン・モア・タイム
11. トライ・アゲイン
12. 風よつたえて
13. バラの恋人
14. 青い果実
15. 赤い靴のマリア
16. 花のヤング・タウン
17. 小さな倖せ
18. 想い出は心の友
19. 愛するアニタ
20. 美しすぎた夏
21. 夏のアイドル
22. セシリア
23. あの頃
disc-2
1. 白い水平線
2. 涙色のイヤリング
3. Welcome to my boat
4. ロング・ボード Jive
5. 夏が来るたび
6. ワン・モア・ラブ
7. 想い出の渚 ’91
8. 追憶のlove letter
9. 星の恋人たち
10. ハート燃えて 愛になれ
11. 幸せのドアー
12. 黄昏れが海を染めても
13. Yes, We Can Do It
14. あなたのいる空
15. 愛することから始めよう
16. 懐かしきラヴソング
17. 夢をつかもう

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最近はゆったりペースで更新させて頂いている拙ブログですが、今日4月20日は特別な日。
加瀬さんの命日です。
僕は毎年この日、ジュリーwithザ・ワイルドワンズ2010年の全国ツアー・ステージで観た加瀬さんの笑顔を思い出しながら(個人的には特に八王子公演)ワイルドワンズの楽曲考察記事を書く、と自らに課しています。
ジュリーを見倣い、心に強く決めたことはやり続けなければね。
さて、今年お題に採り上げるワイルドワンズ・ナンバーは「ハート燃えて愛になれ」。今この曲を選んだ理由は2つあります。順に書いてまいりましょう。よろしくお願い申し上げます。


①個人的には ”幻の刑事ドラマ” 主題歌!

「ハート燃えて愛になれ」は、85年から86年にかけて放映された刑事ドラマ『私鉄沿線97分署』の中期オープニング・テーマだったそうです。
「そうです」というのは、実は僕はこのドラマを観た記憶がまったく無くて。放映時期はちょうど僕が高校生の頃、『西部警察PARTⅡ』の後番組とのことですから、もし観ていたら「おおっ、大門さん生き返った!」みたいなインパクトで覚えているはず(『西部警察~』最終回で壮絶な殉職を遂げた大門団長を演じた渡哲也さんが、引き続き『私鉄沿線~』に出演)。ところがまったく覚えていないのは、きっと僕がバンド活動にかまけて真っ直ぐ帰宅しなくなった時と重なったのでしょう。

僕は本当に「昭和の刑事ドラマ」が好きで、これまで何度も書いてきたように「音楽」の手ほどきも『太陽にほえろ!』のサントラから受けています(当時はその演奏が井上バンドという把握すら無かったのですが)。
今では様々な刑事ドラマのサントラCDを機会あるごとに聴いているわけですが、ごく最近の「機会」・・・それがショーケンの訃報でした。
ジュリーの新譜をようやく購入して帰宅した途端知らされた悲しいニュース。その夜僕はジュリーの新譜の封は開けず、『太陽にほえろ!」のサントラを聴きました。

基本的に僕は、刑事ドラマのオープニング・テーマはインストが好み。でも『私鉄沿線~』の「ハート燃えて愛になれ」を、バックにレギュラー・クレジットが流れるテレビ画面で生体感したかった、と切実に今思います。
この曲は加瀬さん得意のイ短調のロック・ナンバーで、僕が刑事ドラマの音楽に求める「勇壮」「意思の強さ」といった要素がしっかりメロディーに入っているんです。

今となっては、You Tubeに頼るしかありませんが・・・ありました(こちら)。
坂口良子さんが出てたのか!
オープニング・クレジット映像は鹿賀丈史さんが「トメ」の位置だったんですね。『Gメン75』『ジャングル』など、お気に入りの刑事役が印象に残る大好きな俳優さんですから・・・観たかったなぁ。
そして、最後に目を惹く「音楽・加瀬邦彦」の文字。

僕の知る限り、加瀬さんが刑事ドラマの音楽を担当したのは『私鉄沿線~』のみ。作曲者適性を考えればもっとあってもよいと思う一方、初めてのジャンルの仕事を飄々とこなす加瀬さんの姿も目に浮かんだりして、そのキャリアに改めて感服するばかりです。

②「ハート燃えて愛になれ」ってどんな状況?

ということで、今回僕がこの曲を採り上げた理由のひとつは、ショーケンの旅立ちを機に刑事ドラマのことを考える日々があったから。ではもうひとつの理由は?
これはね、こじつけでもなんでもなくて、ジュリーの新曲「SHOUT!」への個人的楽曲解釈が「ハート燃えて愛になれ」のそれとよく似ていたからです(「SHOUT」の解釈については前記事をご参照ください)。

「ハート燃えて愛になれ」・・・パッとタイトルだけ見ると、熱烈な恋愛の歌かなぁと思えます。でも違うんですね。
作詞は秋元康さん。もちろんプリプロ段階で「刑事ドラマとのタイアップ」は確定していたはずで、人間ドラマの中でも特に「強い意思」のコンセプトが重要なのが刑事ものですから、秋元さんはキッチリそれに応えた名編を提供しています。
何かしらの閉塞状況、壁にブチ当たってもがいているごく平凡な人間の、それでも前に進もうとする懸命な生き様。ドラマのテレビサイズは2番が割愛されたショート・ヴァージョンですが、フルサイズで聴いた時に僕が強く惹かれるのは2番の歌詞部です。

Am  F         E7    Am      F             G
信じてても 不安なのは 誰も弱いから

       C         E7        Am    Fm
壁を超えろ 超えろ 命懸けさ

         C        Am        C          Dm
見えない隣には 自由な空がある

         Am G  E7          Am
ハート燃 え  て 愛になれ ♪

主人公は「明日の行方」(直前の歌詞に登場するフレーズ)を求め信じてはいるのだけれど、待ち受ける困難に正直不安も隠せない。それでも前を見て歯をくいしばり、自らを鼓舞させます。
キメのタイトル・フレーズにある「ハート燃えて」は、ジュリーの「SHOUT!」で言うところの「滾る血潮」と同義なんですね。
そして「愛になれ」。
ここでの「愛」は気持ちの到達点でしょう。
「自由な空」のもとでの「愛」こそが人の最上の状態、と秋元さんは位置づけたわけで、カッコイイ刑事ドラマには最適の詞ですし、「SHOUT!」同様、悩める僕らにシンプルに元気を注入してくれる歌だと思います。

こうしてみると、刑事ドラマのオープニングが「歌もの」ってのもなかなか良いじゃないか、と思えてきました。
さすが加瀬さん!

③ベンチャーズ直系型のKASE ROCK!

最後に、楽曲と演奏について。
イ短調のギター・リフ・ロックです。ワイルドワンズとしてはハード系でしょうが、そこはKASE SONG、親しみ易いサーフィン・ビートに載せたギターはベンチャーズ直系型の「いかにも」といったリフでガッチリ当時の視聴者のハートを捕えたはず。

この曲調ならばヴォーカルは植田さんで決まり。ハスキーな声で歌われる短調のビートものは、2010年のツアーで体感した「愛するアニタ」や「Oh!Sandy」での植田さんの勇姿を思い出させてくれます。

またジュリーファンのみなさまへの見方としては、「”みんないい娘”をテンポアップしたらこんな感じ」とお勧めしたいところ。でも「テーブル4の女」ほど速くないよ、とかね。
短調ビートの曲想をテンポによって自在に操る加瀬さん、まだまだヴァリエーションはありそうですけど。

一昨年のこの日の記事で書きましたが、『私鉄沿線~』エンディング・テーマの「涙色のイヤリング」は過去曲のリメイク。一方「ハート燃えて愛になれ」はバリバリの書き下ろしだったらしく、ワンズのベスト盤収録のものとドラマのサントラは同一の演奏トラック。
アレンジはもちろんベンチャーズ風のギターが肝ですが、他トラックではオルガンが渋い!エンディングで出だしの歌メロの音階をそのまま弾くんですが、これが最後の最後にならないと登場しないのが良いんです。
ドラムスとハンドクラップのアタックもかなり好みです。エンディング前にはエイト・ビートのドラム・ソロもあって、これは生で聴いたら相当カッコイイと思うなぁ。

ジュリーwithザ・ワイルドワンズのツアーの時ジュリーがMCで、「最初に(加瀬さんから)貰ったセットリストは差し戻しました。ワイルドワンズの曲が少ない!」と話してくれました。結果あの年のツアーでは、ニュー・アルバムの一部を除くすべての曲が加瀬さん作曲のナンバーで、ジュリーとワイルドワンズの曲がちょうど半分ずつ、という構成になりました。
でも、まだまだ選から漏れたワイルドワンズの名曲がたくさんあったことを、僕はその後学んでいます。
今日のお題「ハート燃えて愛になれ」なんて、いかにもLIVE映えしそうで・・・。ジュリーは周囲がどんな状況であろうと古稀からの柴山さんとのギター1本体制を決行したと思うけど、もしも、もしも加瀬さんが健在だったら、僕らファンはソロのツアーと並行してジュリーwithザ・ワイルドワンズの再結成を夢見ることができていたのかもしれませんね。


加瀬さん。
もう5回忌となりますか・・・早いものです。こちらではもうすぐ平成の時代が終わろうとしています。
天国のステージを取り仕切る名プロデューサーとして加瀬さんは今頃、裕也さんとショーケンを迎えて一層活躍中でしょうか。

ジュリーはまだまだこちらの世界で頑張ってくれるみたいです。
加瀬さん達もいらっしゃるのでしょうが、5月9日からは今年の全国ツアーが始まります。
どうぞ、お見守りください。

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2019年4月18日 (木)

沢田研二 「SHOUT!」

from『SHOUT!』、2019

Shout_1

1. 根腐れpolitician
2. SHOUT!
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またしても腰を痛めてしまいました。
休む間もない日常に季節の変わり目恒例の風邪もやってきて、かなりヘロヘロなDYNAMITEです。そういえば去年もジュリーのツアー初日チケットが届いた頃に重度のギックリ腰を発症して、結局コルセット装着状態で武道館に行ったんだったっけ・・・。
まぁ今回はさほど重症には至らず、生活に支障ないレベルで耐えられているのでホッとしてはいますが。

さぁ今日は今年のジュリーの新譜2曲目「SHOUT!」の考察記事です。
実は僕はこの曲、巷の多くのファンのみなさまとほぼ同じ解釈と、それとは違う2つ目の解釈を持っていま
す。
枕もそこそこに・・・頑張って書いていきます!


①健やかな赤い旗

まず最初に、多くのファンが楽曲解釈としているであろう、ジュリーがこの歌に託した「パーソナルなSHOUT」を探ってみましょう。

ジュリーのような特別な人でなくとも、日常生活で思わず「うわあ~っ!」と叫びたくなる瞬間というのは誰しもあって、例えば何気ない1人の時間の中で自分の過去の失敗、恥ずかしかったこと後悔したこと、或いは「意地を通して」しまったこと・・・そんな体験をふと思い出し、照れ隠しのような「いや、あれでよかったんだ」と自らを落ち着かせるかのような気持ちで「くっそ~!」とか「ちくしょう!」とか声に出してしまったこと、ありませんか?
少なくとも男性ならきっとある、と思うのですが。

ただ、僕のような者は上記のような汚らしい言葉で、ある意味自分自身を誤魔化そうとするところ、ジュリーは堂々とそれを歌にする。歌でシャウトする、ということができるわけです。

で、この歌でのジュリーのそんな「過去の体験」が、記憶に新しい昨年10月、さいたまスーパーアリーナ公演中止とその後の世間の反響であることは明白です。
あの件について僕としては、仕事絡みで「是非」とお誘いして市販のチケットで来場してくれた人達がいましたし、ジュリーファンにも茨城や群馬といった関東圏でも遠方の方々だけでなく、東海、関西そして九州・・・はるばる遠征の多くのみなさまと僕は当日リアルタイムでお話したりメールで状況を確認し合ったりしていましたから、「決行して欲しかった」と思いました。その気持ちはジュリーの会見後もくすぶり続けました。
一方ジュリーの判断、問題提起そのものについては尊重したい、支持したいとも当然思っていて、気持ちがせめぎあう感じでしたね。
それがこの「SHOUT!」を聴くと晴れ晴れとなる感覚。やっぱりジュリーって、「歌で伝える」人なのだなぁと。
どんな批評よりも真に伝わる歌。
僕の「SHOUT!」第一感です。

僕はあの時現場でまず「ジュリーが世間から袋叩きに遭ってしまう」事態を想像し、とても心配しました。
昨今のメディアはこういう事が起こると寄ってたかって吊るし上げる、悪意の砲火を浴びせる・・・何度も見せられてきました。そんな嫌な目にジュリーが晒されてしまうのか、と僕は思いました。
ところがその後、ファンばかりでなく著名人の多くから擁護が相次ぎ、「いつもの調子で」やってやろうと食いついてきた軽薄なメディアが戸惑いの挙句、(一部を除き)ジュリー関連の報道のアプローチを当初とは変えてくる、という不思議な推移を辿ることに。(ジュリーをよく知らない人にとっては)思いもかけぬところでその偉大なキャリアと力、人脈、支持層を示された形です。
あの件以後、ツアー各会場は集客も絶好調。
ファンの熱気と「これはのんびりしていられないぞ」と取り組んだイベンターの努力。双方の「目覚め」は凄まじく、1月の武道館3daysも大盛況に終わったことは最早周知の事実です。

「災い転じて」ではないけれど、この成功に並の人なら有頂天となるところ、ジュリーは(この件以後に僕の参加した)大宮でも武道館でも「ごめんなさい」とステージからお客さんに謝り続けました。ジュリーは自戒を込めて敢えてこの1件を自らの失態と位置づけ、この先忘れ得ぬ、背負ってゆく出来事と決めたようです。
ジュリーはMCで「さいたまスーパーアリーナ公演のリベンジ」実現の決意をも語ってくれました。
また、僕は直接聞いてはいませんがその際に「情熱の赤い旗を掲げて」と意気込みを表現したことがあったそうですね。「赤い旗」って何だろう?と最近まで思っていたのが、「SHOUT」を聴けばそれがジュリーの「たぎる血潮」であることが分かります。

A                                      E
たぎる血潮が ヤイヤイヤイ 溢れてる

B                A    B     
お天道様に 拳だし SHOUT! SHOUT!

まだまだ滾っている、まだまだ歌う、叫ぶ、との力強い宣言。
とても前向きな「意思表明」ソング。僕らにはそれが伝わります。何より、歌詞中の「みんな」が僕らファンのことと思えますから、こちらも気合が入ろうというもの。みなさまも同じ気持ちですよね?

深く考えずに、ジュリーと一緒にシャウトすればよい・・・そういう歌だと思います。ジュリーが信じたものを実感できれば、理屈なんていらない。
ただ、この記事では敢えてそこをもうひとつ突っ込んで、平成の最後にジュリーが放った「社会に対してのSHOUT」まで考えてみたいんです。
次チャプターではその点を掘り下げていきましょう。

②人それぞれの「歌=シャウト」

ここでは、拙ブログ得意の深読み(と言うか「考え過ぎ」とよく言われます汗)による楽曲解釈を書くことになりますがご容赦ください。

僕は今年の新譜をアマゾンさんで予約していましたが発売日には届かず結局ショップで購入しました。3月末になってからのことで、かなり聴くのが遅れました(てか、到着次第YOKO君に引き取って貰うことになっているアマゾンさんの予約分、未だに届かんのですよ・・・)。
昨年末から続く個人的に慌しい日々の中で「ジュリーの新曲すらじっくり聴く余裕がない」状況と思い込み、無理に時間を作ってショップを巡ることまではせず・・・しかし実際に「SHOUT!」を聴いて、「もっと早く買い求めれば良かった」と思った次第です。
これは、忙殺されて時間がなくある意味「弱っている」時にこそ聴くべき歌なのだなぁとも思いました。

「忙しい」という漢字は「心を亡くす」と書きます。
「慌しい」も同様。しかしそんな時

E               B                        E
OH OH OH OH! OH OH OH OH!

発声するのは「OH」だけ。覚え易いメロディー。「みんなも歌って!」と誘ってくれるコーラス。
このサビを一緒に歌っていると、平穏な「心」を取り戻す感覚が沸きます。ジュリーのパーソナルな歌である以上に、様々な状況の中で今を懸命に生きている聴き手それぞれにシンプルに元気を注入してくれる歌・・・僕はそう思ったのですがいかがでしょうか。

「SHOUT!」クレジット最大の目玉は何と言っても超豪華なコーラス隊。音楽劇ほぼ全メンバーに加えて、ご存知依知川さん、GRACE姉さんも。
これはさいたまアリーナの1件で世間の矢面に立たされたジュリーの最も近しい「味方」が大集結して新曲をサポートしたのだ、と考えることはもちろんできます。ただ、何故「SHOUT!」というジュリー作詞・作曲による書き下ろしナンバーに「合唱」スタイルのコーラスが必要だったのか、と突き詰めると、もっと深いジュリーの意図、コンセプトが見えてくる気がするのです。

少し時を遡って、ジュリーが「我が窮状」に合唱隊を採用したのは何故か・・・これは「声を集めて」ということだったでしょう。では今回は?
僕は今年の新譜タイトルが解禁された時、「SHOUT!」のフレーズから70年代ジュリー自作のナンバー「叫び」を連想しました。結果、「意思表明」の歌であることは共通していますし、「叫び」の詞にある「自分のために歌いたい」のフレーズもまた「SHOUT!」に引き継がれているように最初は思えました。「歌を枕に」この先も駆けてゆくと。
ただしジュリーは2012年以降の新譜リリースについて「これからは被災地のこと(広義には『PRAY FOR JAPAN』)しか歌にしない」と言っています。
ならば「SHOUT!」にもそれはある、ジュリーがこのタイトルで「被災地の叫び」に思い至らなかったはずがない、と思うのです。

ジュリーはこの先もずっと「祈り歌」を歌い続けてゆくことをこの新曲「SHOUT!」に載せ意思表明していて、それは「自分のために歌う」ということと何ら乖離しない、同義なのではないでしょうか。
病気と闘っている人や、理不尽な物言いに傷つきながらも必死に生きている人。或いは新たなことに挑戦している人、困難に立ち向かっている人、なかなか見出せない「光」や「未来」(これはアンチテーゼ的に1曲目「根腐れpolitician」の歌詞フレーズでもあります)を求め懸命にあがいている人。さらには、低レベルな話ながら最近ちょっとお疲れ気味、という僕のような者。
その人それぞれに「SHOUT」はあって、だから今のジュリーが作ったこの曲はやはり「民衆の歌」でもあろうと僕は考えたいです。集ったコーラス隊1人1人の声が、「民」に成り代わってくれている・・・ジュリーの合唱形式採用の理由はそこじゃないだろうか、と。

ジュリーは僕らのような凡人とはレベルが違う眩いスーパースターでありながら、時々ふと「僕らと同じ目線に立ってくれている」と感じさせてくれることがあります。
後追いファンの僕には『ジュリー祭り』のMCが最初のそんな瞬間でした。あの日僕が歌手・ジュリーとともに人間・ジュリーに堕ちたことは間違いありません。
近年の「祈り歌」の歌詞アプローチはファンの間でも賛否あるらしいのだけれど(僕には「賛」しかありませんが)、被災地の目線に立つ、さらには民の目線に立つ、ということをここまで徹底し継続してくれる歌手がジュリー以外世界の何処にいるでしょう。
最近この国では、凡庸な民たる僕らからすると信じ難い、呆然とするしかないpolitician達の失言が相次ぐ世の中です。彼等は誰かに指摘されるまでそれが「心無い、酷い言葉」だと気づけない。軽いジョークで場を笑わせようとしたに過ぎないという・・・すなわち目線自体がもう民衆とはかけ離れているのです。自覚すらできない「根腐れ」状態と言われてもこれは仕方ない。

昨年のさいたまスーパーアリーナの1件はジュリーにとって、自らの姿勢と目線を今一度踏みしめ直す意味で、新曲題材たり得たかもしれません。
改めて「自分はこの道をやり通す」との宣言。
5月からの全国ツアーで、ジュリーは「SHOUT!」のサビのコーラスをお客さんにも歌わせてくれるでしょう。そこで、お客さんそれぞれの「シャウト」が1人1人にあってよいし、それを歌声に発することで逆に余計な自我が鎮まり穏やかになれるんじゃないかなぁ。
僕らのシャウトをステージのジュリーに届けたい、と思っています。

でも楽曲解釈としては深読みが過ぎるかな?(汗)

③摩訶不思議なスリー・コード・ロック!

昨年の『OLD GUYS ROCK』収録「屋久島MAY」もジュリーの作曲作品でしたが、これは2003年の時点でメロディーが出来上がっていた(シングル盤でのボーナス的トラックだったそうです)ので、「リメイク」リリースといったところ。
今年の「SHOUT!」は2010年のアルバム『JULIE with THE WILD ONES』以来のジュリー自身による純粋な書き下ろし作曲作品リリースとなりました。

僕は新譜発売前に書いた「叫び」の記事中で、この「SHOUT!」の曲調も色々と予想したのですが、「スリー・コードのロック」という部分のみ的中。
あと、「キーはホ長調」も完全ではないけれど当たりました。この「完全ではない」ところが正に、ジュリーはやっぱり独特の作曲感覚を持っているな、と改めて思い知ることとなりました。
解説しましょう。

最終的には柴山さんがギター・アレンジで「7th」「sus4」のコードを採り入れたり、イントロ及びエンディングで「C→B」というコード・リフを編み出したりしていますが、ジュリーが作曲したメロディーのみ抜き取ると、『SHOUT!』は「E」「A」「B」というたった3つのコードだけで構築されていることが分かります。
これはホ長調のスリー・コードです。
ですから五線譜で採譜するなら、最初から最後まで#4つの調号で通すこととなりましょう。
ところが!
この曲はどう聴いてもAメロだけロ長調。歌メロ冒頭からのコード「B」はドミナントではなく明らかにトニックです。
スリーコードのロックもジュリーにかかれば斬新な変態進行(←褒めてます!)に仕上がってしまうのですな~。柴山さんのギターがヴァースごとに弾き方を変えてくる効果も大きいです。

重厚なロック・ナンバーと言って間違いのないこの曲、しかし実はメロディーがとても美しい。Bメロのはちょっとサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」を思わせたりとか。
曲中僕が最も好きな箇所はBメロ最後(サビのコーラス直前)「SHOUT!SHOUT!」のジュリーのヴォーカルです。少し崩し気味に歌ってから明快なサビへと向かう手法は70年代から変わらぬ作曲家・ジュリーの得意技なのです。
それにしても、1曲を通して声圧を均一に保つジュリーの才能は本当に凄まじいです。ギター1本体制となってそれが際立ち、万人に分かり易くなったと思います。

そして豪華なコーラス隊。
ジュリーはゲスト陣に「必要以上に音程にとらわれず、自由に大きな声で歌って、シャウトして」とサジェスチョンしたんじゃないかな。
フレーズ最初の「OH!」を「あおっ!」みたいな感じで叫んでいるメンバーもいますし、現場で張り切る皆の様子が目に浮かびます。「赤い旗♪」の語尾をしっかりハモっているのがさすが音楽劇チーム、とも思いました。

詞、コード進行やコーラスの手法を考え合わせるに、ジュリーはこの歌に「自由度の高さ」を込めたのではないでしょうか。
言うまでもなくこの曲は5月からの全国ツアー、タイトルチューン。是非僕らも元気に血潮滾らせてコーラス参加したいものですね。


ということで、この記事の下書きをしている間に我が家にも第1弾のチケットが到着しております。
僕はまず初日、東京国際フォーラム公演の1枚。
ジュリーの衣装や柴山さんのギターモデルは肉眼で確認できなさそうな2階席の端ブロックでしたが全然問題なし!これで、会場の誰もセットリストを知らないツアー初日の参加権利が確定したのですから。
あとは何とか都合をつけて駆けつけるのみ。

お題の「SHOUT!」はアンコール1曲目で歌われる、と予想しておきます。
みなさま、今年もジュリーのツアーをご一緒しましょう。楽しみです!

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2019年4月 7日 (日)

沢田研二 「根腐れpolitician」

from『SHOUT!』、2019

Shout 

1. 根腐れpolitician
2. SHOUT!
--------------------

4月です。
3日くらいまで寒かったですが、ここへきて暖かくなってきましたね。

3月は裕也さん、ショーケンとジュリーに縁深いレジェンド2人の訃報が相次ぎました。1月のジュリー武道館公演を共にした友人のNさんはショーケンの大ファンで、彼がYOKO君と組んでいるコピー曲専門の2人ギター・ユニット「GENTLE-2」ではこの週末の練習課題曲にショーケンの「ハロー マイ ジェラシー」を採り上げると聞いています。
平成の時代も残り僅かというタイミングで悲しいニュースがあった3月・・・何年経っても思い出すことでしょう。

そんな中僕は、遅れに遅れましたが今年も3月11日にリリースされたジュリーの新譜『SHOUT!』収録2曲の考察記事に取り組んでまいります。
バッタバタの日々ですので例年のような大長文は書けませんが、中長文?くらいな感じでよろしくおつき合いくださいませ。
今日はCD1曲目「根腐れpolitician」です。頑張ります。


①『新しい想い出2019』?

5月からの新たな元号が「令和」と決まりました。世間の反応、意見は様々のようですが、個人的には好印象、気に入りました。
と言うより僕の場合は「明治」「大正」「昭和」「平成」・・・全部好き。基本「戦国武将好き=元号フェチ」というのがあって、永禄とか元亀とか漢字二文字で時代を表す感覚に惹かれるのです。
あと、平成に続いて今回も元号の決定が「書体」で発表されたじゃないですか。「令和」ですと例えば「令」の2画目の「はらい」の太さや、「和」の「へん」が長くて「つくり」が短い独特の縦バランスなど、印刷活字には絶対に無い「人の手で書かれた」生命力のある書体に惚れ惚れしてしまうという・・・。
まぁ僕は特殊な嗜好の持ち主なのかな。

ただし、「令和」がどんな時代になってゆくのかは今生きている僕ら次第。そして、これほど「平和」「平穏」をすべての人々が切に願いつつ迎えた新時代の節目も古来そうそう無かったのだろう、とも思っています。
何故こんな話をしているのかと言うと、今年の新譜『SHOUT!』に「平成を振り返り、新時代を見据えた」ジュリーのコンセプトを強く感じたからです。

ジュリーは時代に振り回されたり阿ったりすることなく自身の志と矜持を以って歌ってきた歌手ですが、それ故それぞれの時代の「急所」に敏感であるとも言えます。
かつて「21世紀」の新時代を迎えてリリースされた『新しい想い出2001』。シンプルなサウンドの中にジュリーのパーソナルな言葉と心境が押し出されたアルバムという印象があります。後追いファンの感覚では、今年の『SHOUT!』がこの名盤とスタンスを重ねるように思えるのですがいかがでしょうか。
1曲目「根腐れpolitician」では社会全体の、2曲目「SHOUT!」ではジュリー個人にとっての平成の急所を抉り、「叫び」をもって新時代(令和)に挑む・・・CDのタイトルチューンは2曲目ですが、「根腐れpolitician」の方もまたジュリー心からの”「SHOUT」ナンバー”であることは明白です。

ジュリー自身は古稀ツアーを機に昨年から「ギター1本体制」による歌人生の新時代をスタートさせています。収録2曲にトータル・コンセプトを持つ今回の新譜は、その伸びしろを掲げて新たな時代を読むジュリーのメッセージ、と僕は捉えました。
では、ジュリーが振り返った「平成」が、社会全体においてはどんな時代であったか、そして「令和」にどう臨むのか・・・そのあたりを「根腐れpolitician」のジュリーの詞から紐解いていきましょう。


②人の「性根」が問われる時代

徒党を確認した上で弱者に寄ってたかる、というのは結局それをする人の性根なのだろう、といった感じのことをブログに書いたのはいつだったかな。
実は僕は今現在個人的にイヤでもそういうことを考えさせられる、身につまされる状況下にあって、夜中に目が覚めたりもするのだけれど、ジュリーの新曲タイトルが「根腐れpolitician」と知って「そう来たか!」と。

世の中が平和に成る、平穏に成る、と期待した平成という時代は、その平和、平穏をリードして成らしめるべき人達の性根が腐った時代であった、とジュリーは歌います。その通り、特にここ数年本当に酷い状況だと誰もが実感しているでしょう。
近年、為政者や利権を保す者への容赦ないメッセージ・ソングを連発させたジュリー。しかし同じスタイルのようでありながら今年の「根腐れpolitician」の詞はそれらの「直球」とは少し違うと僕は感じています。
政治の不正、危うい世界情勢、自然環境の危機、反原発とテーマが多岐に渡り、良い意味での「乱打」と言うか、思いつくままにフレーズを吐き捨てる七色の変化球。「politician」(かつてのキンクスなどがそうであったように、この単語選択には批判的な意味合いがあるでしょう。日本語なら「政治屋」とでも訳すところでしょうか)と「大衆」を分けるとすれば、そんなやみくもな乱打こそ大衆に成り代わっての「シャウト」かもしれません。
当然被災地への想いというのは変わらずあるし、怒髪天・ジュリーが繰り出すフレーズ(「ペラ野ミクス」が凄過ぎる!)は聴き手に「引っかかり」を与えてくれます。
そんな中でも特に「らしい」フレーズの極めつけは

    E F#  G#   C#   D#  G#
そりゃ御為倒 し  光なんか見えねえ

の「御為倒し」です(漢字で書くあたりがいかにもジュリー!と思いました)。
これはpoliticianへの糾弾のみならず、大衆たる僕ら聴き手それぞれの身にすぐさま跳ね返ってくるフレーズでもあります。
自らが普段「人のため」「みんなのため」と言いつつやっていることがあったとして、しかしそれは本当にそうなのか。極端に言えば、こうしてジュリー・ナンバーの記事を書くことだってそれに当て嵌まるかもしれない。でも、そんなふうに考えると何もできなくなってしまいますよね。

何か志のヒントはないものか、と探ると・・・メロディー2回し目の歌詞中に、これまた「ジュリーらしい」普段は耳慣れぬフレーズが見つかります。

F# G#    B C#      B       F#  G#
   官も   民も 根腐れF.E.O.

細野晴臣さん絡みで「F.O.E.」なら知ってるけど「F.E.O.」なんて聞いたことないぞ、と僕は早速あれこれこのフレーズの意味を調べ、完全に分かったとは言えないまでも何となくジュリーの意図を想像できました。
「F.E.O.」=「醜悪」と読み解くのがよいでしょう。
これも「御為倒し」同様に人の性根の部分を掘り下げ手繰った言葉であり、さらにはジュリーにとってこの「F.E.O.=醜悪」の反語が新譜2曲目「SHOUT!」に登場する「健やか」であると考えられます。
ならば僕らは「醜悪」の逆・・・これから何においてもジュリーが歌う「健やか」つまり健全の志をもって行動し、新時代を迎えねばならない、と。凡庸たる僕個人としてはなかなか難しい課題でもありますが、ブログを書くことひとつとってもそれは常に心がけていきたいものです。

「令和」に引き継がれてしまった近々の社会問題と言えば、この国ではやはり

C#    B  F#     E  B   C#
時代遅 れなのに 原発

ということになりましょう。
福島第一原発事故、その終息はおろか、浄化処理に伴うトリチウム汚染水貯蔵タンクの増設が敷地的な限界に達する、という事態が迫っています。これは来年の東京オリンピック開催の後、すぐにやってきます。
東電の対策は「国の指示待ち」。じゃあ国の判断はどうかと言うと、現時点で原子力規制委員会が明言しているのが「海への放出が現実的かつ唯一の選択肢」。
果たしてそれを「アンダーコントロール」と言い張れるものでしょうか。この問題は近い将来ジュリーが歌にするんじゃないかな、と僕は予想しています。

轟音のギターで歌われる「根腐れpolitician」に僕はニール・ヤングが89年にリリースした「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」の歌詞を想起させられました。
近寄る戦争の跫音、その予感があったのかどうか・・・ニールは醜悪な為政者が人々や自然に与えた大きなダメージを歌い叫び、しかし民衆の諦念は強く否定しました。リリース直前の来日公演では、心無い客からの「○○を歌え!」と代表有名曲を求める声に顔色ひとつ変えず、この最新のメッセージ・ソングを熱唱したと言います。
「フリー・ワールド」、すなわち「自由」な世の中であることはこれから先のジュリーの歌人生においても必要不可欠。ジュリーが自由に「SHOUT」し続けられる健やかな時代であることを、まず僕は「令和」に希望します。

③正真正銘・ギター1本レコーディング!

みなさまから遅れること2週間余、ようやく新譜を手にして(僕は3月28日に池袋タワーレコードにて購入。ちなみにアマゾンで予約していたものはキャンセルせず到着次第YOKO君に引き取って貰うという話になっていますが、未だにウンともスンとも・・・これまでで一番遅れているのではないでしょうか)まずこの1曲目「根腐れpolitician」を聴き終えて深く唸らされたのは、先のジュリー古稀ツアーでその演奏を一手に引き受けてきたギタリス・柴山さんが辿り着いた境地・・・それが早速今回の新譜に反映されていたこと。

昨年のCD『OLD GUYS ROCK』では、もちろんその後のツアーを想定し柴山さんがギター1本で再現し得るアレンジを構築していましたが、どの曲もサブ・トラックとして目立たぬようにもう1本ギターを重ねていました。ところが今年はそれが無い!
ギターの音自体は左右のPANにに分けてミックスされているものの、これはたったひとつの演奏トラックを分離したもの。つまり、レコーディング音源においても柴山さんは今回から「完全ギター1本体制」の領域に踏み込んだのです。個人的には、2010年リリースのCD『涙色の空』1曲目のタイトルチューン「涙色の空」(鉄人バンドの4人がそれぞれ「1人1トラック」を貫き追加トラックを排除したアレンジ)を初めて聴いた時と似た感覚、衝撃でした。
本当にイイ鳴りしてる!このギターはテレキャスじゃないかなぁ。何故なら、パブロック好きには「神」とも言えるテレキャスの名手、”マシンガン・ギター”ウィルコ・ジョンソンの音を思い出させてくれるから。

参照楽曲「Another Man
↑ウィルコが在籍した初期ドクター・フィールグッドの名曲群の中で僕が最も愛するナンバー。
曲のタイプは全然違うけど、ギター・カッティングの音色に注目して「根腐れPolitician」での柴山さんの音(特に「hey Sey」直後のCメロからのカッティング音)と比べてみてください。


さらには作曲の素晴らしさ。武骨にして緻密です。
今年の新譜は2曲入り、うち2曲目「SHOUT!」の方はジュリーの作曲作品ということで、柴山さんは1曲入魂の書き下ろしとなりました。得意とする「1曲内に複数の曲想を組み込む」アイデアが炸裂し、Cメロなんて転調もしていないのにメロディーの感触がガラリと変わります。初聴時はドキッとさせられました。
キーは変イ長調。ただし、五線譜にするならそのまま♭4つの調号の「A♭」表記で間違いないのですが、先のチャプターで少し歌詞抜粋した通り、僕ならこの曲の場合はギターのポジション展開を考慮し「G#」表記としたいところ(嬰ト長調ということですね)。
変イ長調の王道パターンでは登場しない「E」「B」「F#」といった#系のコードが躍動する曲ですから。
Aメロはこうなります。

F# G#    B C#       F# G#     D#  C#
   嘘で  かわし   重ね 固 め

F# G#       B C#     B       F#   C#
   まかり  通す 根腐れpolitician

正にギタリストの作曲作品、という感じの進行です。
当然曲調はゴリゴリのロック。ジュリーと柴山さんの超獣コンビは、古稀を超え喜寿を超え傘寿を超え盤寿(←これは将棋用語だけど)を超え米寿を超え・・・令和の時代もヤンチャしてくれそうですね。


最後に余談ですが、先月ココログさんの大幅なリニューアルがありました。
PCで見る限り以前とブログの見え方は変わっていない様子ですが、スマホだとどうなんでしょう?(←未だにガラケーのDYNAMITE汗)
一方、読者のみなさまからは見えない筆者側の管理画面操作については大きな変化があって、まぁまだ慣れていないだけかもしれないけれど以前の方が使い易かった気がします。
過去記事の中に修正不可能(管理画面上で言語変換してくれない)ものが見つかるなど不具合も多く・・・僕の場合、過去記事の修正は日常茶飯事ですのでこれはとても困ります。
また、複数の画像を記事中にupする際、原寸そのままの添付とサムネイル仕様との併用ができないような・・・この記事も、『SHOUT!』のジャケ写以外にもう1枚、通勤途中の公園で撮った桜の写真をupしたかったのですが結局問題解決できず断念しました。
この調子では先が思いやられる・・・。
ただ心強いのは、同じココログでお気に入りのじゅり風呂さんが多いこと。みなさまと一緒に新しい管理画面にも慣れていければ、と思います。

とりあえず今回、サイドバーのコンテンツ試し斬りということで、5月からの全国ツアー各会場座席表へのリンク一覧『神席たちよ集え』前半ぶんを更新してみました。
スマホから見てもうまく反映されてるのかな・・・?
チケット発送第1弾は22日の週かなぁ、と今から到着が楽しみ。僕はまずツアー初日、なんとしても都合をつけて駆けつけなければ。
全国各地、みなさまの良席ゲットをお祈りしています。

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2019年3月29日 (金)

ショーケンよ永遠に

ブログの更新が悲しい訃報続きになっている。
裕也さんが亡くなられてまだ間もないというのに、今度はショーケンが突然旅立ってしまった。

昨夜、池袋タワーレコードでようやくジュリーの新譜を購入、「よし!」という気持ちで遅くに帰宅した途端、信じ難いニュースを伝えられた。
まったく予想だにしていない訃報だった。それもそのはず・・・ブログに頂いたコメントで、「今ショーケンが精力的なライヴ活動に邁進中」と知ったのが本当につい昨年のことなのだ。まるでジュリーのデビュー50周年ツアー・セットリストに呼応するかのように、ショーケンが「自由に歩いて愛して」をステージで歌ったと聞いて、ショーケンも古稀を目前にしてますます元気なのだとばかり思い込んでいた。

僕はGS世代ではなく、ショーケンのことはまず俳優として知った。忘れもしない、公開から数年遅れてテレビ放映が成った映画『八つ墓村』での多治見辰弥役(主演)である。横溝原作以上の凄まじい存在感、気魄漲る熱演だと思った。子供心にではあるが、特別な男が寡黙の中に持つエロスも感じた。
その後、『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事を後追いで知り、こちらも夢中になった。
少年時代を思い起こすと、世代を超えてショーケンはとにかく男子に人気があったと思う。特に、ちょっとアウトロー的で腕っぷしの強い友人達・・・例えば以前「青春藪ん中」の考察記事中で書いた高校時代の友人もショーケンの大ファンだった。
考えるに、あの美貌で隠れてしまっているけれど、若き日のジュリーもそんなタイプの「男子」だっただろう。ショーケンのことが好きだったに違いないのだ。

僕はPYGやテンプターズのことは10数年前までほとんど知らずにいた。だから、歌手としてのショーケンを深く知ったのはジュリーファンになって以降のことだ。
ジュリーは先の古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』で「お前なら」を歌った。この曲がショーケンのことを歌っているのではないか、というのは個人的解釈に過ぎないのだが、それにしてもジュリーはショーケンの病気のことを知っていたのだろうか。
いや、知らずながらに何か気脈が通じてのエールだったのだ、とそんな気がする。

年下のショーケンに旅立たれたジュリーの胸中を思わずにいられない。
それに、世代の違う僕ですらこれほどのショックを受けているのだから、リアルタイム世代の先輩方の驚き悲しみはいかばかりか。

今はただ安らかに、と祈るよりない。合掌。


Withshoken1 

Withshoken2 

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2019年3月18日 (月)

裕也さん

裕也さんが亡くなられた。
希林さんを追いかけるように行ってしまった・・・。

昨年は堯之さん、そして今度は裕也さん。この国のロック黎明期を支え、体現した偉大な先達の相次ぐ旅立ちがあまりに辛く、寂し過ぎます。

裕也さんは、西洋のロックンロールを音のみならずスタイルやスピリットまるごとこの国に持ち込んだ最初の人。以後、邦楽ロックは細分化し様々なキーパーソンが出現しますが、先駆者なくしてそれは始まらなかった。

心をこめて、合掌。ロックンロール。

Kyoto003

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2019年3月14日 (木)

新譜到着を待ちながら・・・

こんばんは。
ジュリーの新譜『SHOUT!』を未だ手にしておらず、旬の話題に完全に乗り遅れております(泣)。

僕の場合、アマゾンさんでの予約分が発送時期未定とのこと・・・まぁジュリーの新譜については過去3度ほど同じ状況を経験済ですからそれは予想していました。
「ショップで購入して後から到着したアマゾンさんの予約分はYOKO君に引き取って貰う」という恒例のパターンで行こうかな、とは思っていたのですが、僕がぐずぐずしている間に今年は大型のショップさんでも品切れが続出しているとか?
古稀を超えてなお加速するジュリー人気、畏るべし!

それにしても、各地でCDを手にしたみなさまの感想を拝見するにつけ「早く聴きたい!」と指をくわえるばかりの日々です。
みなさまの情報の中で何より驚いたのが豪華なコーラス・クレジット。タイトルチューンの2曲目「SHOUT!」はどうやらLIVEでは「お客さん参加型」となるであろうとてもエネルギッシュなナンバーのようですね。
あ、ちなみに僕はこの新譜についてファンのみなさまの感想は積極的に目を通していますが、いわゆる「試聴」には手を出していません。実際の音のファースト・インパクトは、楽曲フルサイズで体感したいですから。

とにかく今は期待がパンパンに膨らんでいます。
週末時間があったら都心に出かけて店頭販売を残しているショップさんを探してみたいところですが・・・。


さて、2019年全国ツアー後半戦のチケット申し込みが始まっていますね。
期待していた追加公演は、首都圏だと東京国際フォーラムのツアー千秋楽公演がリリースされましたが残念ながら平日です。毎年恒例の大宮ソニック公演も今回は見送られていますし、サラリーマンの身には複数会場参加がなかなか厳しい。
音楽仲間にもスケジュール全体を案内しつつ多く声をかけたものの、とりまとめは難航しました。結局、僕もYOKO君とS君の2名と共に八王子公演(ここは休日)1本に(後半戦の参加は)絞ることになりました。
で、今日その振込を済ませてきたのですが・・・払込票記入時に八王子が抽選会場であることに気がついたという。今まで僕は「第2希望会場」の記入欄がある際には必ず書いていたけれど、今回ばかりは友人2人の都合もあり記入することができませんでした。
もし落選したら僕は後半戦の参加会場はゼロとなります。YOKO君達に至ってはツアーを1度も観ることができずに終わってしまうわけで・・・。
なんとか無事の当選を祈るしかありませんな~。

ということで、新譜入手が遅れ新曲の考察記事着手がまだまだ先になりそうなので、今日はつらつらと現況報告の更新でございました。
あ~早く聴きたい!

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