2018年6月15日 (金)

沢田研二 「君のキレイのために」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

---------------------

この一週間、全国各地のジュリーファンの話題は『セブンスターショー』が攫っていたでしょう。
いやぁ堪能しました。
冒頭「1本だけ残されたテープ」のテロップにまず感動。TBSさん、よくぞ保管されていました!

期待通りの綺麗な映像でしたね。オープニングのジュリーの顔の黒さなんかは、今まで観ていた画質のものではよく分からなかったですから。
最も印象深かったのは「悪い予感」。
多くの先輩方が放映前にこの曲を「楽しみ!」と仰っていたのも大納得。あれは凄い・・・ジュリーの素晴らしさはもちろんですが、2階立てセットの2階部がリズム隊、という無理矢理なセッティングをまるで苦にしない井上バンドの演奏は「ブラボー!」のひと言です。
「絆」は僕の手元にある2つの音源いずれのヴァージョンとも違いました。この曲は少なくとも3つのヴァージョンが存在するんですね。
あと、堯之さんってノッってくるとブラッシングの鬼になるんですねぇ。「危険なふたり」「お前は魔法使い」「気になるお前」の後半にそれがよく表れていました。

明日の『キラリ・熱熱CLUB』も楽しみです。


ということで、本当に良いものを見せて頂いた勢いに乗って、今日はジュリーの古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』に向けて”全然当たらないセットリスト予想”シリーズ、第2弾の更新です。
お題はアルバム『耒タルベキ素敵』から「君のキレイのために」。なおかつこれは『ジュリー祭り』セットリスト、鉄人バンドのインスト2曲を含めた全82曲のうちいよいよ81曲目のお題記事となります。
気合入れて頑張ります!


①問答無用の大名盤!

西暦2000年リリース、全23曲収録。
世紀の大名盤『耒タルベキ素敵』。これはもうジュリーファンならば一家に1枚(2枚組ですけどね)、「マスト」なアルバムです。

最近になってジュリー堕ち、或いは中抜けから復帰されてこれから未聴のオリジナル・アルバムの大人買いを始めようという方がもしこの記事を読んでくださっていたら、何はともあれ『耒タルベキ素敵』。紙ジャケの本来の形状で普通に販売されている今のうちにまず購入されることを強くお勧めいたします。
なにせ、収録曲のLIVEセトリ入り率が高い!
10年前の『ジュリー祭り』が初参加という僕ですら、これまでアルバム収録全23曲のうち「A・C・B」「ねじれた祈り」「世紀の片恋」「アルシオネ」「遠い夜明け」「確信」「マッサラ」「無事でありますよう」「君のキレイのために」「everyday Joe」「生きてる実感」「この空を見てたら」「耒タルベキ素敵」と、13曲もの生歌、生演奏で体感済み。キャリアの浅いファンがツアー予習をするには最適のアルバムですよ~。
ちなみに僕がまだ未体感の収録曲ですと、「あなたでよかった」あたりが古希ツアーのセトリ入り可能性大、と考えています(依知川さんが歌ってくれた「あさいち」のLIVEで聴けてはいるのですが、ジュリーのステージではまだ聴いていません)。

アルバム最大の個性はアレンジャーの白井さんが引き出しを全開にしての異常なまでの作り込み。
もう1点はミックスの徹底したコンプレッサー処理で、その意味では『G. S. I LOVE YOU』のコンセプトを音響的に引き継いでいると言えるでしょうか。
単に「ハード」なだけのアルバムではないですね。ベースのイコライジングがハイ強めというのも、2001~05年の後続のハードロック期と一線を画します。

さて本日お題の「君のキレイのために」。
手持ちの過去ツアーDVD作品群を観ていても、「この曲はセトリ入り率が高いんだな」と感じますし、『ジュリー祭り』『奇跡元年』とジュリー本格堕ち最初期に続けてLIVE体感しましたから、「セットリスト定番」として早々に僕の頭に叩きこまれた1曲です。
ところが『奇跡元年』以降不思議にご無沙汰なんですね。もう9年ジュリーはこの曲を歌っていません。ツアーの編成がどんな形になるにせよ、さすがにそろそろ来るんじゃないですか~?
前回記事で少し書いたように、もし古稀ツアーのセットリストの一部が「月替わり」スタイルという僕の予想(希望)が実現したら、これはもう大有力候補曲。
久々の生体感を切望しているファンもきっと多いのではないでしょうか。期待しましょう!


②DYNAMITEも憧れの(笑)主夫生活

「LIVE映えする強烈なビート・ロック」とひと言で括ってしまうにはあまりに仕掛け盛りだくさん、色々な意味で「面白い」ナンバー。それが「君のキレイのために」。
まずファン周知のことですが、「ジュリーと縁深い作曲家に1人1曲ずつ依頼」とのコンセプトから当然選ばれた大沢誉志幸さんが、代表作「”おまえにチェック・イン”」へのオマージュをこの曲に盛り込みました。

ただ、「”おまえにチェック・イン”」と「君のキレイのために」って、同じ「ビートもの」でも曲想はまったく違うんですよね。
ここでの大沢さんのオマージュとは、ポップな進行の伴奏部に「tu,tu...」というキメのコーラスを載せた、という1点だけ。本質的にはバリバリのニュー・タイプな「新曲」なんです(大沢さんの提供曲で短調のジュリー・ナンバーはこの1曲のみ)。
これは、メジャー進行に載せた「tu,tu...」のコーラスをマイナー進行に載せたらどうなるか、という大沢さんの遊び心が生み出したちょっとした仕掛け。ジュリーが歌うことによって、ファンが「あ、チェックインと同じコーラスだ」と喜んでくれる・・・大沢さん、そしてアレンジの白井さんとしては「してやったり」だったでしょうか。

曲のキーは嬰ト短調。歌メロに入ってしばらくは王道パターンで進行しますが、サビで一変します。
まず同主音による転調があり、キーは変イ長調へ。

このままの僕でいい ♪
      A♭       Cm7

しかしその直後

君はいつも言うけど ♪
E♭m    F7         B♭m

ここは変ロ短調への移旋があり、それを起点に

はかり しれない愛だろうか 季節いくつ分の
      C#m  D#7     G#m    C#7    E     F#    D#7

君はまだ まぶしいな ♪
         E    F#        G#m

シレッと元の嬰ト短調に戻っています。
最初から最後まで王道を貫く「”おまえにチェック・イン”」とは似ても似つかぬ、メチャクチャ複雑な進行。それをハードに演奏するとなると、普通に考えれば「難解なロック」になりそうなものですが、「君のキレイのために」のこの親しみ易さはどうでしょう。
それが、ジュリーファンにとって馴染みの深い「tu,tu...」コーラスを前もって提示させていた効果であり、さらには覚さんの歌詞の効果でもあると僕は考えます。

君がもっと輝くなら  オフィスの視線浴びといで
G#m E      B      D#  G#m     E        B          D#

ハウスキープはまかせてよ  仕事より楽園 ♪
F#                  D#          G#m   C#m      D#

現在ではもう「ハウス・ハズバンド」スタイルの家庭も珍しくない世の中になっていますが、2000年当時ってどうだったのかな。歌詞中に「後指」なんてフレーズも登場しますし、世間の認知度はまだまだだった・・・?

嫁さんがバリバリ働いてくれるなら、そりゃ夫としては「仕事より楽園」だよなぁと、僕なんかは主夫生活というものに憧れがあります。まぁ若い頃にそんなことを言ってるとそれはハウス・ハズバンドじゃなくてヒモだろう、という話にもなりかねませんが、個人的には夫婦のライフスタイルとして全然アリだと思いますし、実際この先日本でもどんどんそうした家庭は増えていくのではないでしょうか。
でも「働くより楽をしたい」なんて男の方が安易に考えてちゃきっとダメですよね。「ハウスキープはまかせてよ♪」の心意気がまず先に無ければ・・・。

「君のキレイのために」の主人公は、おそらく主夫生活をスタートさせたばかり。
気を遣ってあれこれ頑張っているんだけど、帰宅した奥さんからダメ出しを食らって「役立たずゴメン!」と。
「笑って長い目で見て貰えている」状況が目に浮かぶ・・・まったくギスギス感が無いんですよね。
短調のハードロックがこれほど楽しく愉快に聴こえるのは、覚さんのこの詞をジュリーが完璧にストーリーに「ノッて」歌えているからでしょう。意外とジュリー自身にも主夫願望がチラリ程度にはあるのかな?

「主夫」先駆けのロッカーと言えば誰あろうジョン・レノンです。75年にリリースしたカバー・アルバム『ロックンロール』から、遺作となってしまった80年リリースの『ダブル・ファンタジー』まで5年間に渡る創作活動の空白。「子供以上の創作物は無い」と言ったとかいう話を昔何かの本で読みましたが、要は妻ヨーコさんに外のことを任せて家庭を護っていたわけです。
男性が専業主夫であることにまだまだ偏見のあった時代、もちろんそれができる環境が整っていたとは言え、ハウス・ハズバンドのスタイルを自然に先取りできる感性はジョンならでは。

2003年のインタビューでジュリーは、そんなジョンの主夫生活についてリアルタイムでは否定的だった、と明かしています。「そんなことしてないでアルバムを出してくれ」と思っていたのだとか。
でも後々「そういうのもアリか」と考えが変わってきた・・・それもまたジュリーならではの感性。
「君のキレイのために」で覚さんはジュリーの本質を突いた、と言えそうです。もしくはジュリーからある程度詞の内容についてリクエストがあったか。
いずれにせよ、「ジュリーの歌を作詞する」となった時、男性作家にこの発想は無理でしょう。

何にも囚われず人の考えないところを考える、これぞジュリー。そしてジュリーの場合はその「考え」が自作詞、提供詞問わず即座に歌となる、ロックとなる。
素敵過ぎます。
ジュリーならば、ハウス・ハズバンドとロックシンガーは兼務で行けるでしょう。僕は今年『耒タルベキ素敵』をリリースした年のジュリーに年齢が追いつきますが、いやはやここまで人生の出来が違うものか、考え方や取り組み方の境地が届かないものかと、当たり前のことながら一層憧れを強くするのでありました。


③「走る古稀ロッカー」に期待!

ジュリーがステージ狭しと駆け回る圧巻のパフォーマンスを魅せるセットリスト定番曲と言えば「愛まで待てない」と「君のキレイのために」。
「愛まで待てない」の方は『ジュリー祭り』以降も定期的に採り上げられ、先の50周年ツアーでも歌われました。「みなさま(お客さん)からはスキップしているように見えるかもしれませんが、本人は走ってるつもり」という自虐MCもすっかりお馴染みとなりましたが、いやいや僕らも間違いなくジュリーが「走っている」と観ていますよね。
そんな「疾走するジュリー」の姿を今度は古稀ツアー、「君のキレイのために」で見たい・・・これは僕だけの願望ではないでしょう。

70歳ともなれば確かに体力的には「しんどい」なんてレベルではないはずです。でもジュリーって、「だからおとなしく座って歌う」とは考えなさそう。
なんとか工夫して「走る曲は走るんだ」とあの手この手を凝らしてくるのではないでしょうか。
ジュリーが歌いたい歌を歌いたいように歌えるならば、究極を言えばキーを下げるのもアリだと僕は以前から思っているんです。
最近メディアでジュリーのことを採り上げてくださるプロのライターの方々が増えているのはとても嬉しく思っているけど、いかにもすべての曲をオリジナル・キーで歌っているかのように伝わってしまう文章表現はどうなのかと思う・・・ジュリーだって、例えば50周年ツアーで僕が柴山さんのフォームで気がついたものだけでも「あなたへの愛」「CHANCE」など下げている曲は下げているのですからね。
だから、「君をのせて」や「勝手にしやがれ」のあの高音を今でもオリジナル・キーで歌っているんだよ、という書き方でジュリーの喉、声の凄さを具体的に伝えるのが良いんじゃないか、と個人的には考えます。

ただ「君のキレイのために」について言うと、これは移調泣かせの曲ではあるんですね。
キーは嬰ト短調(サビ前半は同主音の転調があって変イ長調(嬰ト長調に同じ)。だったら半音下げのGmでも問題なさそう、と考えるのは早計です。
何と言ってもこの曲はイントロと間奏に

E→F→F#→G→G#→A→A#→B→C→C#→D→D#

と駆け上がる凄まじいフレット移動が登場します(最後のD#がそのまま嬰ト短調のドミナントとなる白井さんのアレンジ渾身の仕掛け)。
スタート地点の「E」は通常チューニングの6弦ギターで出せる最低音で、これをもし曲のキーを半音或いは1音下げて演奏するとなるとギタリストはフレットの高いポジションから最初の音を展開していかねばなりません。低い音から高い音へと駆け上がるニュアンスが希薄となってしまうのです。
オリジナル・キーとギター・アレンジが一体となっているナンバー・・・ジュリーは意地でもこの曲のキーは下げないでしょう。その上で、走る!
もし古稀ツアーでこの曲が採り上げられたら、「今、目の前で本当に凄いことが起こっているのだ」と考えて間違いはありませんよ~。

当然、セトリ入りの暁に僕が一番注目しているのはそのギター演奏箇所です。
バンド編成であれギター1本の伴奏であれ、そこは不動のポイント。
忙しく動き回る進行の曲って、意外とギター1本だけの伴奏でド迫力が増すものです。それに、後追いファンの僕はまだ下山さんの演奏でしかあの箇所を体感できていません。柴山さんだとどんなフレット運びになるのか・・・すべて横移動で魅せてくれるかもしれない、と楽しみにしています。
一方古稀ツアーがバンド編成だとすれば、この曲も前回お題「生きてたらシアワセ」同様僕はまだ「ベースあり」を生体感できていませんから、そこがまず大きな楽しみ。あと、スネアのチューニングにも注目しています。

いずれにしても、近年の「愛まで待てない」にも勝るジュリーの激走&シャウトに期待したいですね。


それでは、オマケです!
今日は昨年『まんだらけ海馬店』さんのジュリー生誕祝いの時に購入した(今年はまだ行っていないのです・・・)ミュージカル『ペ-パー・ムーン』2000年再演時のパンフレットから、数枚のショットをどうぞ~。


Papermoon1

Papermoon2

Papermoon3

Papermoon11

Papermoon15


このパンフ、元の持ち主様が最後のページにご自身が参加された『ペーパー・ムーン』公演のチケットを綴じて残していらっしゃるんです。かめありリリオホールが1枚と、シアターコクーンが2枚。
2000年のこの公演を3度も観劇されている、その道の大先輩。思うところありやむなく手放されたであろうパンフを今僕がこうして手にとっているわけで、素敵なご縁を感じつつ「有難いこと」と感謝に堪えません。
どこのどなたかも分からないのですが、この場を借りまして御礼申し上げます。


では次回更新は・・・う~むどうなりますか。
6月25日、ジュリー70歳の誕生日に「時の過ぎゆくままに」を書くというのはずっと以前からの確定路線ですが、その前にもう1曲、書けるかどうか・・・。微妙です。
もし書けそうだったら、50周年ツアーでは歌われなかったシングル曲をお題に、と考えています。

梅雨のうっとおしい天気が続きますが、もうすぐ古稀ツアー・チケットの第1陣が届けられるでしょう。
楽しみに待ちながら、ツアー初日に向けてしっかり体調管理ですね。
僕は今回の初日・武道館公演、ご事情あり参加が叶わない、というかたの思いを持って・・・そんな気持ちをこれまでになく強く胸に刻んで今を過ごしています。
元気にこの梅雨を乗り切りたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 9日 (土)

沢田研二 「生きてたらシアワセ」

from『生きてたらシアワセ』、2007

Ikitetarasiawase

1. 生きてたらシアワセ
2. そっとくちづけを
3. ひかり
4. GOD BLESS YOU
5. 太陽
6. 天使に涙は似合わない
7. 明日
8. 希望
9. 黒いピエロと黒いマリア

---------------------

しばらく更新していないうちに、ジュリーの誕生月である6月も3分の1ほどが過ぎようとしています。

最近の我が家は、カミさんが先日最終回を迎えたドラマ『おっさんずラブ』にどっぷり嵌っておりまして、「2話ぶんしか録画が残ってないのでDVDを買う!」と騒いでいるというそんな日々ですが、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。何はともあれ古稀ツアーのチケット第1陣の到着が待ち遠しいですね。
録画と言えば今夜はいよいよ『
セブンスターショー』の放映。綺麗な映像に期待しています!

では本題。
ツアー初日まであとひと月のカウントダウンということで、今日から拙ブログ恒例、”全然当たらないセットリスト予想”シリーズに突入です。
第1弾に採り上げるのは「生きてたらシアワセ」。10年前の『ジュリー祭り』セットリストから(鉄人バンドのインストを含めて)80曲目のお題記事です。このセトリ予想シリーズで全82曲を完遂しますからね~。

少し前から「簡潔な文量にするために」と考察記事に3つのチャプター分けを導入した拙ブログですが、本末転倒な大長文がそれ以後も続いております(汗)。
反省して、なるべく簡潔に参ります!


①現在「入手困難度筆頭格」?の名盤

今日もまずアルバムの話から。
『生きてたらシアワセ』はCD化されているジュリーのオリジナル・アルバムの中で、後追いファンの僕が唯一不完全な形でしか所有できていないという1枚。
『ジュリー祭り』後の怒涛のアルバム大人買い期間、このアルバムは音源だけ2009年早々に先輩が焼いてくれたものを入手していたこともあり購入を後回しにしていたら、気がついた時には廃盤状態で。
歌詞カードだけ愛知の先輩にお願いしてコピーして頂きそのまま数年・・・一昨年のツアー中に「中古店で見つけました」とわざわざ僕のために購入してくださった別の先輩がいらしてようやく正規CD盤の所有は叶いましたが、それも中古盤ということで歌詞カードは無し。それでも僕は持っているだけ恵まれていて、他の後追いファンのみなさまや中抜けの先輩方からも「このアルバムだけ買えてない」というお話をよく聞きますし、EMI期の名盤達の再発が実現した今、『生きてたらシアワセ』は現在最も入手困難度が高いジュリー・アルバムと言えるのではないでしょうか(リリース時のプレス枚数自体も少ないのだそうです)。

そんな状況に反し、これはジュリーのステージに欠かせない楽曲がズラリと並ぶ重要な1枚です。なにせ『ジュリー祭り』以降のツアーしか観ていない僕が、「生きてたらシアワセ」「そっとくちづけを」「ひかり」「太陽」「明日」「希望✌」と、全9曲の収録曲のうち6曲もの生歌、生演奏を体感できているのですから。

特に想い出深いのは2010年、「明日」「ひかり」「太陽」(セトリ順)と、このアルバムから纏めて3曲が歌われた『秋の大運動会~涙色の空』ツアー。
僕は正直このツアー以前は、正規盤を持っていないということもありますが他にも色々と事情があり『生きてたらシアワセ』というアルバムのリピート率は低かったのです。劇的に再評価させられたツアーでしたね。

今日お題のタイトルチューン「生きてたらシアワセ」は、2008年『ジュリー祭り』、2009年お正月の『奇跡元年』とたて続けにセトリ入りして、本格ジュリー堕ち直後の僕に「LIVE定番曲」を刻みこんだ名曲ですが、その後のツアーではセットリスト入りしておらず、ずいぶんとご無沙汰になっています。
ジュリーにとって大切な曲のひとつだと思いますから、今回の古稀ツアーこそセトリ入り有力候補と考え、満を持して”セットリスト予想”シリーズの先鋒に抜擢した次第。果たして予想は当たるでしょうか・・・?


②2007年ジュリーの「祈り歌LOVE SONG」

つい数日前まで僕はアルバム『生きてたらシアワセ』について、最高にハッピーな曲とどうしようもなく辛い、切ないナンバーが混在する不思議な構成だなぁと考えていました。前者が「生きてたらシアワセ」「GOD BLESS YOU」「明日」。後者が「そっとくちづけを」「太陽」「天使に涙は似合わない」。
ただ今回気合入れてアルバムを通して聴いていて「そうとは言いきれないぞ」と。
ハッピーな曲の中に人生の葛藤や悲しみがあったり、切ない曲の中に穏やかな慈しみがある・・・これはまず僕の「生きてたらシアワセ」という今日のお題曲、アルバム・タイトルチューンへの解釈が大きく変わったことで他収録曲への気づきにも繋がり、アルバム全体の評価も変わったのでした。

僕は過去に一度「生きてたらシアワセ」の記事を書こうとしてとりやめたことがあります。
あれは忘れもしない2009年。『ジュリー祭り』1周年の12月3日に入籍することが決まっていて、ご報告がてらハッピーの押し売り的にこの曲をお題にしてやろうと企んでいました。しかし直前の11月末、突然の訃報。ひと回り以上も年下の親しい友人の予期せぬ旅立ちに大きなショックを受け、「僕は生きててハッピーだ」なんて曲の記事はとても書けない、と考えてしまいました。
今は、「あの時僕の目と耳は曇っていた」と思います。

「生きてたらシアワセ」って、「俺は生きてる、君と一緒にいられてハッピーだ」などというただそれだけの歌では決してないのですね。
歌の主人公(ジュリー)は、自分自身のことよりも何よりも「君」の幸せを、「君」の人生をひたすらに祈っている。今僕にはこの曲が、主人公の身近な人への底知れないエールとして響きます。ジュリーの声が「君」に向けて「生きて欲しい」「シアワセであって欲しい」と歌っているように聴こえます。
大切な人へ惜しみなく注がれる祈り。
「僕」が生きてることがシアワセなのではなくて、「君」が生きていることがシアワセなのだと・・・。

どんな君     も   抱きし    め
G       G(onF#)  G(onE) G(onD) C   D

どんな君     も   受け止   め  ok ♪
G       G(onF#)  G(onE) G(onD) Am7    D

これは単に「パートナー讃歌」で片付けられる表現ではないです。例えば「君が年を重ねてどれほど変わろうとも」だったり、「君にどんな苦難が降りかかろうとも」だったり・・・同じように年齢を重ねる「僕」からの無償の愛情、苦難への覚悟、決意表明のように感じてしまうのは、僕が50代になったからでしょうか。
でもこの解釈はきっと合っている、と思うのです。
同時に、アルバム『生きてたらシアワセ』収録曲はすべて「祈り歌LOVE SONG」だと思えてきます。
自分のためでなく「他人のシアワセを祈る」ことは世の平和、平穏への祈りに似ていると僕は思います。ですから「生きてたらシアワセ」のような詞を作るジュリーが「平和を尊ぶ人」であることはとても自然。
この世界に棲む1人1人、それぞれの身近な人への祈りなくして平和なし。平和なくして「シアワセ」なし。

実は僕は、前々からこのタイミングで書くと決めていたお題「生きてたらシアワセ」の記事を、今回もまたどたん場で「書くのをやめようか」と迷いました。
先述の通りそれまでの楽曲解釈が甘かったため、「俺はハッピーだ、なんてことを書いてる場合なのか」と思ってしまって・・・。この国や世界の情勢もそうだし、身近で起こっていることにもそう考えさせられていました。
ジュリー70越えまでに『ジュリー祭り』セットリストを全曲記事にする、なんてのは所詮僕が1人で勝手に言っていただけのことだし、「この1曲だけ間に合いませんでした、残念」で良いんじゃないか、と今週のはじめには一度考えました。
でも曲を聴き込むに連れ、ジュリーの愛は大きい、ジュリーの祈りは深い、と。
反して僕の小ささは何だ。これは今こそ書くべき曲であり、今こそ歌われる歌なんじゃないか。僕も身近な人のために祈ろう、まずはそこからだ、と思い直して今この記事を書いている次第です。

ちなみに僕がこの歌で一番好きなのは

感謝してるよずっと 憎い奴だと思う ♪
Bm             C        D     Bm    Em

このブリッジ部。詞もメロディーもジュリーのヴォーカルも、ここが特に良い、と思います。
直前の間奏ギター・ソロと同進行なんですよね。曲中一度しか登場しないヴァースの進行をまず間奏として先に提示する・・・細かいことかもしれませんが、白井さんのアレンジも冴えまくっています。
やはり名曲中の名曲ですね。


③2番Aメロのギター・ストロークが好き!

今回の”セットリスト予想”シリーズ記事では、チャプター③で「もし予想が当たったらお題曲の演奏はここに注目!」というテーマで書いていこうと思います。それはイコール、おもにオリジナル音源で個人的に好きな演奏箇所がどのように再現されるか、という予想を書くことになるんですけど。

ただし、初日までもうあとひと月ちょっとに迫った古希ツアー・・・新たなバンド結成の情報も未だなく、どういう編成で開幕するのかが僕らファンにはまったく予想がつかない状況です。
ならば、予想シリーズお題曲のセトリ入りが叶った際の演奏の見所も、バンド編成のパターンとギター伴奏1本のみのパターン、もしくはそれ以外のパターンと分けて考えていかねばなりませんね。今日はその「”生きてたらシアワセ”編となります。

まずバンド編成の場合。
これはもう、オリジナル音源には無いベース・パートに注目です。ベースレスの時期の作品のいくつかの曲については依知川さんの復帰に伴い新たな「ベース入り」のアレンジでステージでの披露がありましたが、「生きてたらシアワセ」はまだですよね。
僕は、オリジナル音源で右サイドに振られているパワー・コード(4~6弦の低音弦のみを複音で弾くサイド・ギター奏法)のパートをそのままベース・パートに転換すると予想します。元々、アルバム『生きてたらシアワセ』収録曲にはパワー・コードのアレンジが多く、2016年の『Barbe argentee』で歌われた「希望」で依知川さんがパワー・コードのパートをベースで再現してくれました。
もし「生きてたらシアワセ」で同じ手法が採用されれば、曲冒頭のドラム・ソロを受けて、ギターより先にまずベースが噛み込むアレンジとなります。
CD音源とはまた違う、グッと重厚度を増した「生きてたらシアワセ」のイントロを楽しめるはずですよ~。

続いて、伴奏がギター1本の場合。
柴山さんがオリジナル音源の左右2つのギター・パートを交互に繰り出すと予想します。
基本は右サイドのパワー・コードによるバッキングを踏襲。ただ「生きてたらシアワセ」のギター・アレンジはどちらかと言うと左サイドのストロークの方が「曲の表情」をより体現していて、2番Aメロでは1~3小節目と5~7小節目の4拍目にミュートが登場します。1番とは弾き方が変化していて、これが2番で歌われる主人公の回想や思案げな歌詞部とマッチしているんですよね。
個人的には曲中で最も惹かれる演奏箇所ですので、是非ステージ再現を期待したいです。

そして古希ツアーの演奏で僕が「可能性あり」と考えている3つめのパターンは、「打ち込み」の導入。
手持ちのDVD映像ですと、過去にジュリーは「緑色の部屋」(『あんじょうやりや』)や「嘆きの天使」(『愛まで待てない』)などで(CD音源に準じて)打ち込みを使用しています。例えば「嘆きの天使」ではそこに生音の鍵盤を載せているわけで、その意味では「ジュリーと泰輝さん2人だけのステージ」が成立。
「生きてたらシアワセ」のようにオリジナル音源でループ・リフレインを採用している曲では、ジュリーと柴山さんの2人で同様のパターンが古稀ツアーではあり得る、と僕は見ました。柴山さんのソロへの移行も問題なく、スムーズになりますしね。他アルバム収録曲では「太陽」についてもその可能性は高いと思います。

先の50周年ツアー、「晴れのちBLUE BOY」で久々に「打ち込みアリ」のステージが実現。古希ツアーに向けての「試し斬り」だったのかもしれませんよ~。

僕は基本「ジュリーのLIVEはバンドで観たい」という思いを持つ一方で、個人的に色々なパターンを想定して古希ツアー初日を待っています。
もし複数の曲で打ち込みが導入されるならば、「生きてたらシアワセ」はセトリ入りの大有力候補でしょう。「自信あり!」の予想なのですが果たして・・・?


それでは、オマケです!
2007年関連資料のネタが手元にありませんので、今日は若き日のジュリーのショットをいくつか。Mママ様よりお預かりしている大量の切抜きからどうぞ~。


Pic020

Paper29

1972014

007

1973010



では次回お題は、これで残すところあと2曲となった『ジュリー祭り』セットリストから、「君のキレイのために」を採り上げます。
この曲も「生きてたらシアワセ」と同じく『奇跡元年』以来ご無沙汰なんですよね~。セットリスト定番と言ってよい曲ですし、そろそろ来ると思いますよ!

それとね。
もしも古稀ツアーが柴山さんと2人だけのステージ編成になったとして、じゃあこの2人にしか出来ないことは何か、と考えた時・・・柴山さんならどんな激しいビートものでもギター1本でバッキングしてくれるのは当然として(でも、ジュリーと歩んだ道のりが長い柴山さん以外のどんなギタリストでも1人ではできないことですよ。そこ重要)、「セットリスト変更アリアリのツアー」というのが考えられるんです。
ジュリー・ナンバーのステージ再現への圧倒的な経験値と理解を誇る柴山さんとなら、ファンにとって夢のようなこのスタイルが可能。さすがに日替わりまでは無いとしても、月替わりとかね。
これこそバンド編成では考えられない「冒険」的アイデアですし、そもそも相方が柴山さんでなければ無理。僕自身は古稀ツアーで「月イチ」の参加は断念しましたが、おそらくジュリーファンの多くが「月に一度はジュリーに逢いたい」との方針でツアー・チケットを申し込んでいらっしゃるはずで、もし僕のこの予想が実現してしまったら、月イチのスケジュールでツアーご参加のみなさまが羨まし過ぎますよ~。

そこで、「定番曲(リハ不要ってことね)のいくつかを月替わりでセトリにブチ込んでくる」コーナーの実現を祈願いたしまして、その有力候補曲として僕は「君のキレイのために」に1票を投じます。
まぁ僕の予想って本当に”全然当たらない”のですが実際どうなりますか。引き続き頑張ります!

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2018年5月30日 (水)

沢田研二 「しあわせの悲しみ」

from『CROQUEMADAME & HOTCAKES』、2004

Croquemadame

1. オーガニック オーガズム
2. whisper
3. カリスマ
4. 届かない花々
5. しあわせの悲しみ
6. G
7. 夢の日常
8. 感情ドライブ
9. 彼方の空へ
10. PinpointでLove

--------------------

今年も中野『
まんだらけ海馬店』さんでジュリー生誕祭のお蔵だし期間が展開されるようです。
実は中野にはつい先日行ったばかり。海馬店さんも覗いてきまして、未開封の老虎Tシャツが結構なお値段で販売されているのを確認してきました。僕のはすっかりパジャマ化しヨレヨレになっていますが・・・。
今年も、普段は店頭に並んでいないお宝アイテムがお店を飾るのでしょう。また行ってこようかなぁ。
ちなみにみなさまが中野に来られた際には、ブロードウェイとは駅の反対側の通り沿いにある喫茶『アザミ』さんのランチがお勧めです。午前11時の開店から早々に混んでますけどね。

それでは今日は”作曲家・ジュリーの旅”ひとまずの締めくくりでございます。
2000年代編ということで、採り上げる曲はアルバム『CROQUEMADAME & HOYCAKES』から「しあわせの悲しみ」。
今日のお題がこの「しあわせの悲しみ」で、先に言ってしまうと次回(古希ツアーに向けて”全然当たらないセットリスト予想”シリーズの第1弾)採り上げるのが「生きてたらシアワセ」。これは先々週にはもう決めていた流れで、その2曲いずれもジュリーの作詞作品です。ジュリーがタイトル・フレーズにした「幸せ」という言葉の意味は、それぞれの歌で違うのか、それとも同じなのか。
ジュリーの古希ツアー開幕までひと月とちょっと、というところまで来て僕は今「硯の海に波もなし」には程遠い心境ではあるのですが、普段通りに頑張りたいと思います。よろしくおつきあいの程を。


①ジュリー流「パワー・ポップ」の決定盤!

今回もまずはアルバムの話から。
『CROQUEMADAME & HOTCAKES』は2000年代のジュリー・アルバムの中でもファンの人気が特に高い1枚のようです。
よく聞くのはハードロックとしての評価ですが、収録曲のメロディーやコード進行、アレンジに目を向けた時、僕はこのアルバムをジュリー流「パワー・ポップ」の集大成的名盤と位置づけたいです。

パワー・ポップはバッドフィンガーあたりが元祖と言われ、ジャンルとして確立したのは90年代、オルタナから派生したメロディー重視(つまり演奏以上に「歌」ありき)のパワフルなポップ・ロック。
それまで「イギリス>アメリカ」が不動だった僕のロックの好みが逆転してしまったという、個人的にはかなり刺激的だったムーヴメントで、根底にはビートルズをはじめとする60年代マージー・ビートへのリスペクトがあり、その意味では80年代のネオ・モッズにも似た熱を感じていました。ファストボール、オーズリー、メリーメイカーズなどをよく聴いていましたね。
このパワー・ポップのテイストはジュリーの歴史で言うと、白井さんが1人でアレンジを任されるようになった97年の『サーモスタットな夏』から徐々に強まってきて、2003年『明日は晴れる』と2004年『CROQUEMADAME & HOTCAKES』の2枚で完全に突き抜けた、という感じです。
前者がアコギ主体、後者がエレキ主体と「パワー・ポップの特性を2枚がかりで1面ずつ魅せる」という白井さん、そしてジュリーらしいアプローチだと思います。

ちなみに僕は大学時代に上井草という西武新宿線の駅前の喫茶店でアルバイトをしていて、そのお店のメニューにあった「クロックムッシュ」はよく知っていた(と言うか、マスター不在の時は僕が作ってお客さんに出していたんですよ~)のですが、「クロックマダム」の方はどういうものだか知りませんでした。
『ジュリー祭り』後にCDを購入しデザインを確認して初めて「目玉焼きを乗せたトースト」だと遅ればせながら学んだ次第です(笑)。
斬新なパッケージですよね。

このアルバムから僕がLIVEで生体感できているのは、前回書いた『Beautiful World』の場合と同じく2曲。「届かない花々」と「彼方の空へ」です。
ただ、『ジュリー祭り』以降僕が唯一参加できなかったLIVE、裕也さんとのジョイント『きめてやる今夜』で、「whisper」がセトリ入りしているんですよねぇ・・・。これを聴きそびれてしまったのは本当に痛い!

「彼方の空へ」はかなりレアな体験だと思っていますが、「届かない花々」は何度も聴けていますしこれからも聴けるでしょう。と言うか古希ツアーでもセットリスト有力候補です。
もし今年歌われたら、「過去記事懺悔やり直し伝授」の記事執筆は是非、と考えています。2009年に記事を書いた際には、僕は恥ずかしいことに9.11にまったく思いが至っていませんし、さらにその後2015年「泣きべそなブラッド・ムーン」の記事に頂いた先輩のコメントを読んで、近年のジュリーが「花束」や「花々」といったフレーズをどういう意図で自作詞に盛り込んでいるかをようやく理解しました。
「機会あれば書き直したい」と思っているジュリー・ナンバーの代表格です。

今日のお題「しあわせの悲しみ」については、作詞も作曲もジュリーということでその他の収録曲と比べると今後のLIVEでのセトリ入り率は少しだけ高いのかな、と考えています。
いつか生で聴ける日は来るでしょうか・・・。



②「しあわせの悲しみ」って何だろう?

まずはジュリーの作曲手法について書いて。
80年代からギター・コードに囚われない「メロ先」の作曲を始めたジュリー。気に入ったメロディーに後からコードを当てる、となった時、当初は「あれっ、ここのコードは何だろう?」と迷うパターンもあったでしょう。
その都度加瀬さんあたりに尋ねてゆくうち、テンション・コードを教わり、フラットナインスやディミニッシュ、オーギュメント、ハーフ・ディミニッシュなどの進行例を会得、「このメロディーだとこのコード」というパターンを覚えて、次第に「メロディーとコードが同時に脳に浮かんでくる」作曲法に至ります。
「しあわせの悲しみ」は、その点がとても分かり易い1曲だと僕は考えています。
具体的にそれを感じさせるのがBメロ冒頭部。

背中が さむいよ ♪
F          Faug

これは先日「ロイヤル・ピーチ」の記事で解説した「上昇型のクリシェ」で、コードと並行で産み出されるメロディーの一例。ジュリーはこのパターンがお気に入りとなったらしく、後に「涙のhappy new year」を同じ理屈で作曲しています。
他作曲家のジュリー・ナンバーの例では、NOBODYさんの「失われた楽園」、加瀬さんの「渚でシャララ」、そして先述した柴山さんの「ロイヤル・ピーチ」。
独特の進行ですから共通の雰囲気は分かり易いかと思います。ジュリーは当然、「しあわせの悲しみ」作曲時点でこの進行を血肉とした上でメロディーを生み出しているでしょう。

もうひとつ、「しあわせの悲しみ」ではメロディーの抑揚に明快なリズム・パターンをあらかじめジュリーが組み込んでいます。チャプター③でご紹介する糸井さんとのトークで話題に上がるのですが、ジュリーは80年代を機に「リズムのあるメロディー」作りを心がけるようになったのだとか。
こちらの手法も作曲家・ジュリーはすっかり自分のものとしていて、「しあわせの悲しみ」で提示したリズムは軽快なモータウン・ビートです。こちらの他作曲家のジュリー・ナンバー例は加瀬さんの「バイバイジェラシー」、大沢誉志幸さんの「Tell Me...blue」。

クリシェ進行にしろモータウン・ビートにしろ、2004年のジュリーは既に「考えてひねり出す」手間などなく、メロディーを思いついた瞬間にそこまでアイデアが及んでいるわけで、これほどポップな展開、進行をして「しあわせの悲しみ」の作曲作業に費やした時間は相当短かったと思いますよ。円熟の名曲ですね。

さて、この曲は作詞もジュリー。これまで書いてきた通り作曲についてはジュリーの手法が推測し易いナンバーですが、作詞となるとこれが非常に難解。
言葉遣い、フレージングそのものに奇をてらってはいないのだけれど、「ジュリーが何を伝えたいか」を読み解くのが難しい作品です。
そもそも「しあわせの悲しみ」って何だろう?

しあわせの悲しみは 悲しみのしあわせより
F                            A7

もっともっと傲慢だ それを僕は信じない ♪
B♭                      C       B♭  C


(注:このタイトル・フレーズが登場する歌詞部は伴奏無しのアレンジですが、ここでは曲中の他Aメロ箇所に準じたコードネームを振ってあります)

ここで「しあわせの悲しみは傲慢である」ということを否定しているわけですから、ジュリーにとって「しあわせの悲しみ」は「悲しみのしあわせ」とは違って好ましい心の状態である、ということになります。
「しあわせの悲しみ」とは、幸せな日常の中に突発的に起こる悲しみで、逆に「悲しみのしあわせ」とは悲しみの日常の中に稀に訪れるしあわせ・・・と考えてよいのでしょうか(既にややこしい汗)。つまり「俺の日常は基本幸せだ」という心構えを傲慢だと人は言うけれど、僕(ジュリー)はそうは思わない、ということなのかな。
いや、それだけじゃないなぁ・・・ジュリーは「しあわせの悲しみ」を肯定し「悲しみのしあわせ」を否定しているんじゃなくて、すべての「しあわせ」を肯定している。
様々な状況でそれぞれの人が自らを「幸せ」だと感じる心の在りようを尊ぶ・・・そんなメッセージ・ソングなのかもしれません。

何かヒントはないものかと「しあわせの悲しみ」というタイトルフレーズをはじめ歌詞中のいくつかの言葉並びを思いつくままにネット検索していたら、「ポジティヴ心理学」というものに当たりました。簡単に言えば、「幸せ」な心であるためには「悲しみ」「怒り」「落ち込み」といった感情も少なからず必要である、と。
そうなんだろうか・・・僕にはよく分かりませんでした。
もう少し年齢を重ねれば実感できることなのか、僕自身にその能力が無いのか、それとも無意識に意を得ているのか。
「幸せ」や「悲しみ」の感じ方って人が置かれている状況によって全然違うし、定義は本当に難しい。
ただ、ジュリーのこの詞がジュリー自身の日常から産まれていることは間違いないと思います。その意味でも「円熟の歌」という気がしますね。

あと、白井さんのアレンジについて書いておきます。
肝はイントロなどに配されたギター・リフ部です。多くのリスナーには「歌メロとはリンクしない、白井さんがアレンジ段階で新たに考案した進行」箇所と捉えられているんじゃないかと推測しますが、実はそうではないんですよ。
これは白井さんが、ジュリーが作曲したAメロ冒頭部の進行「F→A7→B♭→C」をそのまま拝借してリフを載せているんです。
ただし、そのすべてをブルーノートのギター・フレーズに置き換える、という工夫が白井さん渾身の「だまし絵」的なトリックなのですね。全然関係ない独立したアイデアによる進行だと聴き手に思わせて、白井さんはニヤニヤとほくそ笑んでいるわけです。
下手すると、歌うジュリーですら騙されているかも。

そう言えばこのギター・リフ、「グショグショ ワッショイ」の中で柴山さんが採用しているフレーズとまったく同じ運指なんですよね。
ジュリーの作曲は「ロイヤル・ピーチ」、白井さんのギターは「グショグショ ワッショイ」。
「しあわせの悲しみ」のような曲が今年の新譜と共鳴していること・・・不思議に納得のゆく偶然です。


③糸井重里さんが作曲家・ジュリーに迫る(後編)

お題曲とは関係ありませんが、”作曲家・ジュリーの旅”シリーズということで前回記事でご紹介した81年のラジオ番組での糸井重里さんとジュリーのトーク・・・今日はその後編をお届けします。


-糸井さん-
シンガーとしての沢田研二とソングライターとしての沢田研二ってのは、少しくらい違うって感じします?

-JULIE-
そうですね・・・自分で作ったものを歌うってのはあんまり好きじゃないみたいです。っていうのは、作ってるうちにもう自分のものになっちゃってるから。レコーディングするような段階だともう飽きっぽくなってるっていうか。
人が作ってくれたやつだと、だんだんだんだん自分のものになっていくのがすごい快感だったりする、となんかそういうところはありますね。(自分で作った曲は)メロディーも全部自分で分かってるから、つまんないなっていうか(笑)。

-糸井さん-
へぇ・・・なかなか聞いてみないと分かんないことがあるみたいですねぇ。

♪「ヘヴィーだね」オンエア

-糸井さん-
沢田さんが作った曲を続けて聴いているんですけど、(「ヘヴィーだね」は)懐かしいですねこれ。ギター弾いてる人や歌っている人の顔が見えるような。
ちょうど僕らがいちばん・・・何て言うんだろう、「音楽って何だろう」みたいな結構ややこしいことを考えてた時期の・・・。

-JULIE-
そうですね、(そういう)サウンドですね。

-糸井さん-
曲を作る、俺の曲を作ろう、って思ったきっかけというのは?

-JULIE-
きっかけはねぇ・・・へっへっへ(笑)。タイガースの頃でね。
ビートルズとかそういうグループなんかでは、(自ら作曲するのは)常識だったけれども、ビートルズが作るっていうのは、「あ、彼等だから作れるんだ」っていうふうに思ってて。でもある日アダモが日本に来てね。「あのオッサンも作ってる!」って思ったわけ(笑)。本当に全部そう?って聞いてね、あのオッサンにできて俺にできないわけないと思って。


この話は最近ジュリーのMCで聞いたなぁ。50周年ツアーの・・・大宮だったか、武蔵野だったか。
ちなみにビートルズも、ジョンなんてバンド結成当時は「自作の曲をやる」なんて全然考えてなくて、ある日ポールから「自分で作ってみた」というオリジナル曲を聴かされて、「おまえ、楽譜とか読めんの?」と尋ねたら「そんなもん読めなくても曲は作れるよ」と返されて、そこから日夜2人で共作してどんどんオリジナル曲を歌うようになった、という話があるんですよ~。


-JULIE-
で、頑張ったら、最初の曲作るのに1年半くらいかかりましたよ(笑)。忘れもしない、目黒ハイツというマンションで、毎日帰ってやるんだけど、なかなか作れなかった。
まぁどっちかっていうと地味ですね、僕の曲は。

-糸井さん-
性格が派手過ぎるから?

-JULIE-
(性格と言うより)表でやってることが派手だから、(曲は)わりとすごい地味で。でも最近は派手に・・・。

-糸井さん-
派手になってますよね!

-JULIE-
「嘘はつけない」あたりからちょっと意識してね。
だいたい僕の曲は(当初は)のんべんだらりで、メロディーにリズムが無いのが多かった。それを指摘されたりなんかして。

-糸井さん-
指摘されたんですか?

-JULIE-
ええ。木崎純久っていうディレクターに(笑)。リズムのあるので作ってくれと言われたり。それからちょっと頑張って。

-糸井さん-
リズムがあって口三味線だってことは、歌になってる、ってことだもんね。
僕はとても(ジュリーの作る曲が)好きで、これから本当に期待してるんですけれども、歌を作ることと並行して、例えばギターを持って(ステージなりを)やってやろう、というふうにはなってないですか?

-JULIE-
あんまりなってないですねぇ。
曲が作れる程度でいいと思ってるから。意外と音楽的にどうこうしたいっていうよりも、楽しんで貰ったり、笑わせたり驚かせたり・・・エンターテイメントの方に重きを置いてるみたい(笑)。

-糸井さん-
じゃあ、歌手・ジュリーが狙っているのと同じことを、作曲家・ジュリーも狙っているんですね。

-JULIE-
そうですね。

-糸井さん-
それでは、名曲・・・僕は名曲だと思います。『G. S. I LOVE YOU』のテーマになっているB面ラストの曲、聴いてみましょう。

♪「G. S. I LOVE YOU」オンエア


「G. S. I LOVE YOU」は、ほぼ虎ツアーのBGMでしたね。あれ以来、僕はこの曲を聴くと2011年のあの楽しかったツアーが思い出されてならないのですが、みなさまはいかがでしょうか。
さて、番組の最後に糸井さんは作曲家・ジュリーについてこんな言葉で放送を締めくくってくれます。


-糸井さん-
(ジュリーは)ものを作る才能をたくさん持ってる人・・・そうじゃなかったらここまで来られなかったと思う。
そういうことを(世間に)通じさせたいよね。それを今(ラジオで)言って通じさせようとしてるんだけれども、「もっと分かってくれ!」という思いがすごくあるんです。
実際に(ジュリーと)会って、ものすごい常識があって、しかもポンと跳ねるところがあって、これは本当にものを作る人の才能で。こういう沢田研二を81年はどんどん見せて頂きたい、と思うんですけど・・・最後に沢田さん、何かメッセージを。

-JULIE-
しっちゃかめっちゃかで、頑張ります(笑)。


作曲家・ジュリーの素晴らしさ・・・「もっと分かってくれ!」というのは、糸井さんならずとも、その後のCO-CoLO期だったりセルフ・プロデュース期に入ってからもずっと、先輩方が思い続けてきたことかもしれませんね。
世間に「沢田研二」の名前は知られていても、作曲のキャリアとなるとどの程度知られているか・・・。

後追いファンの僕などはそこに加えて最近の「祈り歌」での「詩人」のパーソナリティーについても(世間に)通じさせよう、とここで躍起になっているわけですが。
今は、ジュリー自身の手でそれを満天下に知らしめる古希ツアーとなることを期待しています。


それでは、オマケです!
今日は2004年に雑誌掲載された山田五郎さんの記事を、連載2回ぶんどうぞ~。


200431

200432



さぁ、もうすぐジュリーの誕生月・6月に突入します。
次回更新からはいよいよ、ジュリーの古希記念ツアー『OLD GUYS ROCK』に向けて”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズでの執筆となります。
昨年は「シングルばかりをワンコーラスずつ50曲歌う」というジュリーからの事前の告知がありましので予想記事もまぁまぁ当たりましたが、今年は僕のブログらしく「当てに行ってるのに外しまくる」結果となりましょう。その外しっぷりを今回も楽しんで頂ければ、と(と言うか僕自身が毎回それを楽しんでいるのですが)。

また、ジュリー古希イヤーということで当然今年は「特別な6月」でありまして、2009年に宣言した”ジュリー70越えまでに、『ジュリー祭り』セットリストのお題記事をすべて書き終える”という拙ブログの大目標・・・その達成月としなければなりません。
次回お題は「生きてたらシアワセ」。
この、『ジュリー祭り』セットリストの中で記事未執筆の3曲のうちの1曲で、先陣を切りたいと思います。よろしくお願い申し上げます!

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2018年5月24日 (木)

沢田研二 「懲りないスクリプト」

from『Beautiful World』、1992

Beautifulworld

1. alone
2. SOMEBODY'S CRYIN'
3. 太陽のひとりごと
4. 坂道
5. a long good-bye
6. Beautiful World
7. 懲りないスクリプト
8. SAYONARA
9. 月明かりなら眩しすぎない
10. 約束の地
11. Courage

--------------------

みなさま、古稀ツアー後半の申し込みは忘れずに済ませましたか?
今年から音楽劇がなくなり、夏からのツアーまでの間の「ジュリ枯れ」期間が長いですね。でももうツアー初日まで2ヶ月を切りました。あと少しの辛抱です!

今月は悲しい訃報も相次いで・・・先週は井上バンド時代のジュリーのライヴ・アルバムをひたすら聴いていました。今週に入ってからはYou Tubeで西城さんのシングル・ヒットをおさらいしています。
素晴らしいプロデューサー、素晴らしいソングライター・チームが組まれ、素晴らしい演奏がある。70年代、80年代にアイドルと呼ばれた歌手の楽曲、パフォーマンスの何と素晴らしいことか、と改めて感じました。それはジュリーが作ってきた道、時代なんですよね・・・。


さて今日は”作曲家・ジュリーの旅”シリーズの第4弾。
90年代ジュリーの作曲作品ということで、アルバム『Beautiful World』から「懲りないスクリプト」を採り上げたいと思います。
このアルバムには豪華な作曲家陣が起用されヴァリエーションに富んだ名曲達を提供していますが、ジュリー自身の作曲作品も3曲収録されています。
「SOMEBODY'S CRYING」「Courage」そして今日のお題「懲りないスクリプト」。僕はアルバムの中でこの3曲が特に好きなのです。

建さんプロデュース期に入って、しばらくジュリー作曲のナンバーがオリジナル・アルバムでお披露目されることなく3年が過ぎ・・・そのぶん作曲家・ジュリーの魅力はactで炸裂していたとは言え、一方では沸き上がる作曲活動へのさらなる渇望を持て余しつつ、アイデアを練り込む雄伏期間でもあったでしょう。
『Beautiful World』ではタイプの異なる名曲を3曲一気でブチ込んできたジュリー。
その作曲法の進化、素晴らしさについて、今日も張り切って書いていきます!


①建さんプロデュース期の隠れた名盤!

まずはアルバム『Beautiful World』の話を。
EMI期の吉田建さんプロデュースのアルバム5枚の中では地味、というのが多くのジュリーファン共通の認識のようです。他の4枚と違ってド派手に迫る豪快なナンバーが収録されておらず、ギターよりもキーボードの活躍が目立ちます。
アレンジもリズムに重きを置いて「お洒落」である代わりに派手さでは劣る、と。
その点は僕もそう思います。でも、しみじみ好きなんですよねぇ、このアルバム。

収録曲の中で僕が生のLIVEで体感できているのは2曲。「約束の地」については今後も必ずセットリスト入りするであろうツアー定番曲ですが、「SOMEBODY'S CRYING」を生で聴いたことがある、というのは最近になってジュリー堕ちした若い方々、中抜け復帰した先輩方が羨むレア度高めの体験なんじゃないかな。
まぁ『歌門来福』(2010年お正月)って全体的にそんなセトリだったんですけどね。

アルバム最大の個性は、作詞が覚和歌子さんで統一されていること(「Courage」のみジュリーとの共作)。僕は歌詞カードを熟読しながらアルバム通して聴き込むタイプなので、このアルバムでの「覚さんの詞からコンセプトを統一できないか」という製作スタンスはかなり好みと言えます。
そう言えば、先頃再発されたこのアルバムの歌詞カードってどんなレイアウトなんですか?
僕は幸運にも『ジュリー祭り』後にオリジナル盤を安値の中古で入手することができて、独特の「見開き」歌詞カードも気に入っています。


Beautifulworldlin

先の再発盤がここまで再現されているのかどうか・・・気になるところです。

前作『A SAINT IN THE NIGHT』での鮮烈な共同製作作業が実現、覚さんの詞を気に入ったジュリーは、引き続きアルバム『Beautiful World』でも覚さんに収録全編の詞を依頼・・・後追いファンとしては、そんな認識で合っているのでしょうか?
覚さんの作品が人間・ジュリーの生き様とリンクしてくるのはもう少し先のことですが(アルバム『sur←』あたりからです)、女性作詞家らしい奔放さ、男性では描けない視点からの「確信のある男らしさ」は既にここで発揮されていますね。
例えば今日のお題「懲りないスクリプト」。
気分良く羽根を伸ばしフワフワしている「君」にジェラシーを燃やす主人公。このシチュエーションを男性作詞家が描くと良くも悪くも「下衆」感が出がちです。そこが覚さんにかかると、「君」がどれほど素敵なのかを僕だけが知っている、という視点で「やせ我慢しない」主人公を描くわけで、阿久さんとは対極です。

ジュリーはどちらかと言うと「相手に惚れ込んで弱みから恥からすべてを晒せる」ほどの愛情を持てる男を「男らしい」と感じ、自らにも投影しやすいのかな。ならば、覚さんの詞はピッタリでしょう。
結果、「カッコついてない状態がカッコイイ」というジュリーの魅力が引き出されます。時代を遡って「どうして朝」あたりにも通じる名篇ではないでしょうか。
僕は個人的に「男性より女性の方が格上」と思って生きていますし、世の男性がすべてそう思っていれば世界は平和に違いないとすら考えるほどですので、「懲りないスクリプト」に登場する男女の揉め事が結局主人公の「服従するは我にあり」的な確信で解決するであろう描き方はとても微笑ましく、好感度が高いのです。

また、覚さんで統一された作詞クレジット以外でアルバム『Beautiful World』の特性と言えば、各収録曲それぞれのリズムの多彩さが挙げられるでしょう。
そもそも建さんプロデュースの5枚はリズム重視のアレンジですが、これはその中でも突出した1枚。
「Beautiful World」「SAYONARA」と、レゲエ調のリズムの曲が複数収録されているのはジュリー・アルバムとしては珍しいですし、他にもソウルな「SOMEBODY'S CRYING」、3連バラードの「太陽のひとりごと」、ボサノバ風の「坂道」、ハーフタイム・シャッフルの「a long good-bye」など・・・原曲自体が持つリズムの個性を建さんがあの手この手で料理しているんですね。
そして「懲りないスクリプト」が16ビートのポップスです。これぞ「メロ先」ジュリー作曲の真骨頂。
次チャプターではこの魅力的な名曲に絞って考察を進めていくことにしましょう。


②90年代16ビート・ポップスのお手本のような名曲!

ここでは、僕がこの曲のジュリーの作曲作業を、「コード先」ではなく「メロ先」であると推測するいくつかの根拠を書いていきたいと思います。

第一は、メロディー(ヴォーカル部)に関して最後まで調号の変化が登場しないこと。
「懲りないスクリプト」のキーは変イ長調ですが、間奏部ではヘ長調へのカッコイイ転調があります。しかしこれはアレンジ段階で建さんが考案した進行と見るべきで、ジュリーのヴォーカル部は一貫して変イ長調の王道。変則的な箇所はまったくありません。
かつて堯之さんが語った「沢田は、普通では考えられないようなコード進行の曲を作る」という言葉は、ジュリーの「コード先」作曲作品に限られるものと僕は考えています(一部例外を除き70年代までの楽曲)。

ジュリーが、知っているコードを凡例に囚われず並べて作曲する場合は(天賦の才も手伝って)周囲が驚く斬新な進行となる一方で、鳴っている和音にメロディーが縛られるということも生じます。反対に、脳内に浮かんだメロディーから作曲にとりかかる際には、自分にとって歌い易く無理のない「好みの歌いまわし」が自在に操れる代わりに、進行自体はシンプルになりがちです。
もちろん鍛錬を積めばこの限りではありませんが、特に「ここのメロ、カッコイイ!」と自分で気に入ったものができれば、やみくもに凝った進行を採り入れず頭で生まれたそのままに仕上げる方が良い場合が多いのですね。メロディーを「線」、楽曲を「絵」と例えると、秋風先生が「勢い重視!生きた線を描け!」と若い弟子達に特訓を課していたことと理屈は同じです(あ、朝ドラ観てない人にはワケ分からない話ですみません)。
結果「懲りないスクリプト」は、メロディーの勢いそのままに、シンプルなコード進行を以って完成しました。

第二に、この曲のリズムが16ビートのポップスに仕上げられていること。
「コード先」の作曲の場合、ジュリー自らが「ギターを弾きながら」作るわけですから、まず「ギターがちゃんと弾けて、なおかつそれに合わせて歌う」ことができていなければなりません。そうなると、ジュリーの弾くギター・ストロークがその曲のリズム・パターンとして既にデモ音源で固まっているでしょう。「弾き語り」に適したエイト・ビートやシャッフル、3連バラードの出現率が高いのは自然なこと。
これが16ビートとなるとなかなか・・・最初から「この曲は16で」と決めてかからないとデモ段階でそこまでは出てこないと思います。

対して「メロ先」の作曲だと、もちろん後からコードを当てるには当てますが、伴奏は小節頭に「じゃ~ん♪」とひと鳴らしとか、そのくらいの(リズムに限っては)ラフな状態でデモ音源が作られます。
すなわち、アレンジャーによるリズム解釈の自由度が跳ね上がるのです。
メロディーの抑揚から適性のリズム・パターンを導き出す作業は、本来ベーシストである建さんにとって本懐、真骨頂。エモーショナルな16ビートの導入は、作曲者ジュリーも大いに納得の仕上がりだったはず。

ちなみに僕が「16ビートってこんなにポップになりうるんだ」と初めて学んだ曲は、佐野元春さんの「ニュー・エイジ」でした(邦楽ロック16ビート・ムーヴメントの先駆け的アルバム『VISITORS』収録)。
よく間違われることが多いのですが、16ビートというのは「テンポの速いビート」と同義ではありません。と言うか、当然例外も多々あれど16ビートのナンバーって基本テンポはあまり速くないです。
ジュリー・ナンバーで「高速」代表格の「愛まで待てない」や「彼女はデリケート」は、16ビートではないのですよ。「彼女はデリケート」には銀次さんのアイデアで16分の3連のニュアンスが加味されているので混同しやすいですが、これら2曲はいずれも「破天荒に高速なエイト・ビート」です。
逆に、16ビート・ポップスのお手本のような名曲「懲りないスクリプト」は「忙しく」は聴こえるけれど、曲に合わせて「1、2、3、4」と数えると実は落ち着いたテンポであるとお分かりになるはず。
曲の1小節ぶんを馬車に例えるならば、8人乗っている時と16人乗ってる時ではどちらが速く走れるのか、ということですね。

また「速さ」とは別に、16人も乗っていると馬車の運転自体が大変です。制御し辛い。
しかし80年代以降、その制御し辛さを革命的に解決した「リズムボックス」が流行。その影響を経て、やがて16ビート全盛時代が到来しさらに進化していきます。
「懲りないスクリプト」はそのシンセ・プログラミング採用パターンの進化上に位置する作品のひとつ。僕自身はいわゆる「打ち込み」のアレンジにさほど抵抗の無い方ですけど、それでももし「懲りないスクリプト」がリンドラムの演奏、音色だったら曲の評価は一段下がったと思います。
しかしそこはさすがのPONTAさん、しっかり生音なんですよね。機械のプログラミングと人間の生音の共演にしてガチンコ勝負です。

あと、アレンジの建さんはイカ天審査員時などの発言からサンプリング全面否定派のように語られることがありますが、決してそうとは言い切れません。ただ、「もたれかかるな」「依存するな」と。
制御されたリズムと対等に勝負しそれを凌ぐ技量を持て、ということです。「グルーヴ」において人間は機械に勝る・・・これは今後も永久の真理ですから。
ジュリーの「懲りないスクリプト」は、演奏面でそれを証明している1曲ではないでしょうか。

「メロ先」の作曲は最初から自分の好みの抑揚をメロディーに組み込めますから、ヴォーカル・テイクにジュリーならではの魅力が反映されるのは当然。
「懲りないスクリプト」では特に語尾に注目です。
例えば

新しいルージュとジョーク
A♭          E♭

何が気分の Standard Jazz
D♭            A♭

君の視線は逸れて ひとり歩きする ♪
D♭                            B♭m7   E♭7

「Standard Jazz♪」では最後の1音が跳ね上がり、ジュリーはビシッ!とジャストでその高さに到達。これは「突き抜ける」感覚。一方で「視線は逸れて♪」の最後の「て」は1拍の中に細かい音階の下降があり、こちらは粘り強い着地感。いずれもジュリー・ヴォーカル独特の、語尾の表現ですよね。
僕はこの曲、メロディーについてはBメロよりもサビよりもこのAメロが好きです。覚さんの歌詞だと

密かなジェラシー ふりまわされて
D♭            E♭   D♭             E♭

今夜もきっとモメる ♪
D♭         E♭   C7

のところが好きなんですけどね。
おそらく作詞作業はジュリーの作曲後だったと推測しますが、「モメる」なんてフレーズが素晴らしくメロディーと合っているのが覚さんのセンスだと思います。
みなさまはいかがでしょうか。


③糸井重里さんが作曲家・ジュリーに迫る(前編)

今取り組んでいるのが”作曲家・ジュリーの旅”シリーズということで、今回と次回のチャプター③では、お題曲とは直接関係無いのですが、81年に糸井重里さんの番組でジュリーがゲスト出演したラジオ音源について書いておこうと思います。

番組名は『音の仲間達』で、たぶん週一で糸井さんが担当していらしたのかな。糸井さんはこの時期ちょうどジュリーの作品制作に深く関わっていて、作詞が糸井さん、作曲がジュリーというコンビの名曲も次々に誕生。
放送内容をご存知の先輩方も多いかもしれませんが、ジュリーの「ソングライターとしてのパーソナリティー」を身近で感じ高く評価する糸井さんが、80年代に入って「作曲開眼」したジュリーを掘り下げその手管に迫るという大変貴重な放送回ですので、僕自身の勉強にもなりますし、じっくり吟味しながら書いていきます。
まず、「TOKIO」で初めて仕事を共にした2人がお互いの第一印象を語るところからトークはスタートです。


♪「TOKIO」(アルバムヴァージョン!)オンエア

-JULIE-
まず(「TOKIO」の)詞が来て、字を見てね。その字が、目をくすぐるような字でね(笑)。「ん?」っていう感じでね。
読んでいくとね、ブッ飛びましたね。それ以前に、コピーライターとしての糸井さんの話を聞いてて。ある種コピーライターなんていうと、すごい憧れを持ってね。羨望を持って見てたから、どういう人なのかなぁっていう。くすぐるような字を書くんで「どうなのかなぁ」って心配してね(笑)。
でも(会ってみると)話がすごい好きな人みたいでね。割と僕はいつも黙って聞いてる方だから」


なるほど、そういう点では相性抜群だったということですか。加瀬さんもそうだったように、ジュリーは話好きな人とウマが合うようですねぇ。


-糸井さん- 
僕は沢田さんのことを前から知っていまして。
ただ衣装とかね・・・お化粧とかしてる人に会うとね、あがるんですよ僕。普通に「沢田研二です」「こんにちは」って時はいいんだけど、例えば一番最初にね、コマーシャルの撮影の現場に行って、その時は挨拶はしなかったんですけど、ちゃんと衣装着てたわけね。もうねぇ・・・ダメ。何にも言えない(笑)。
あとテレビで一緒に出させて頂いたことがあったんですけれども、その時も沢田さんがちゃんと歌った後で話をしたもんだから、「あの人がこの人?」と思うと恥ずかしくて。始めから普段着でいれば、普通に「同い年の人」としていられるんだけど。
二度目はどこかスタジオで加瀬さんに紹介して頂いたんですけど、「あっ沢田さんだ」と。「年いっしょ!」とかそればかり思っててね。


糸井さんの気持ちは分かりますねぇ。女性の場合はどうか分かりませんが、男って初対面の人に年齢を聞いて「タメ」だと分かると余計な気兼ねがスッと無くなると言うか、自然に関係を構築できるんですね。
例えば僕も、最近の例だと一昨年にお友達になって今もやりとりが続いている京都の男性ジュリーファンの方と最初に電話でお話した時がそんな感じでした。
糸井さんとしては、「スーパースター」ジュリーを前に緊張は隠せないにせよ、「同い年」というところに気兼ねの無さも感じて、なんとなくもイイ雰囲気で接することができたのではないでしょうか。


♪「嘘はつけない」オンエア

-糸井さん-
(ジュリーがデビューしてから)何年もの間いろんな人(作家)と組んでやってこられたわけなんですけど、どんな人がいました?

-JULIE-
最初タイガースの時はすぎやまこういちさん、橋本淳さんがしばらく続いて、途中からなかにし礼さんなんかも入ってきて、山上路夫さん、村井邦彦さん。あとPYGがあって、安井かずみさん、井上堯之さんとか大野さんとか。1人(ソロ)になってから加瀬さん、安井さん、山上さんもありました。で、大野さんと阿久悠さん。たまに刺激が欲しい、なんて感じで荒井由実さんとか。
自分で作ったりもしてました。久世さんも1回ありましたね。そして最近糸井さん、加瀬さん。一番新しいのが三浦さんですね。

-糸井さん-
そうやってたくさんの人とチームを組んできて、その度に沢田さんっていう人は少しずつ変わってゆく?

-JILIE-
そうですね。

-糸井さん-
その「変わる」ってことに対する冒険心みたいなものは?

-JULIE-
割と僕は「こうしたら?」とか言われて「やってみようかな」と思って。言ってくれた人が想像してるのと(自分が)やったことっつうのは多少ズレはあるんだけど、常にこう「作っていく」っていうかね、「演じる」っていうか。すごい面白いしね。
自分自身で詞を書いたり曲作ったりってのはたまにはやってるけど、ほとんどそうじゃないでしょ?
割とみんながその時期その時期で・・・売れてる時期もあれば売れない時期もあったりすると、その売れない時期に「なんとかしてやりたい」と思うらしいのよね。そういう人間らしいの、僕は(笑)

-糸井さん-
言える言える!

-JULIE-
その度に(チームを組む)人が変わっているようですね。なんつうか、本当に恵まれた環境に・・・15年でござんすよ(笑)

-糸井さん-
だから、自分を壊してもいいや、って気持ちがると、逆にみんなが「いつでも大丈夫よ!」って言ってくれるみたいな?

-JULIE-
そう。

-糸井さん-
もうひとつね、僕は作る立場からなんだけども・・・沢田研二っていう、言ってみれば絵描きにとっての素材の方が変わっていく代わりに、作り手がね、沢田研二っていう絵を描くことによってまたひとつ大きくなるっていうことをしてきたんじゃないかなと思うのね。関わった人達が、沢田研二っていう絵を描くことで作家としての自分を伸ばしてきたっていう。
これは作る人にとっても「尽くすこと」というか、幸運なことだというふうに思います。


♪「クライマックス」オンエア
♪「I LOVE YOU, TOO」オンエア

-糸井さん-
え~、恐れていたことが起こりました。
この歌(「I LOVE YOU, TOO」)は僕のために沢田さんが作ってくれたんですけど・・・あ、前の曲「嘘はつけない」「クライマックス」は沢田研二作曲で、「I LOVE YOU, TOO」もそうです。
恐れていたことというのは、1月にこの曲の作曲者である沢田研二が、大阪フェスティバルホールと日比谷公会堂で歌ってしまったという(笑)

-JULIE-
もう歌えないでしょ?(笑)

-糸井さん-
もうやだ!そういうことをしないように!(笑)比べないで聴いてください、みなさんね~。


ちなみに僕は糸井さんのためにジュリーが作曲した「I LOVE YOU, TOO」というナンバーをこのラジオ音源で初めて知りました。と言うか、糸井さんが「歌手」としても活躍されていたことすら知らなかった・・・不勉強にてお恥ずかしい次第です。
「I LOVE YOU, TOO」は、「おまえがパラダイス」にも似た3連ロッカ・バラードですが、ジュリーらしい意表を突く展開もあり一筋縄ではいかない面白い曲ですね。


-糸井さん-
とっても、「歌う人が作った曲」だなって感じが僕なんかしてるんですけど、どんなふうに作っているのかってお話をちょっと聞こうと思うんですけど・・・沢田作曲工場の秘密!(笑)

-JULIE-
僕は、早いのが自慢なんですけどね。作るのが。

-糸井さん-
詞を渡すと翌日にはできてる(笑)。どの曲もそうだったの?

-JULIE-
あまり深く考えこんだりしないんですけど。
だいたい作るのはギターいじくりながら作るんですけど、ギターだと割とコード進行とかそういうのに囚われてしまって、なかなか発展していかない。最近ではもう、しっちゃかめっちゃかにカセット回しといて、詞に合わせていろんなことを勝手気ままにやるわけですよ。その中で、聴き直した時に「あっ、ここイイ!」ってチェックして、コードを今度は逆にとるわけですね。このコード、あのコードっつって。そういう具合に割と無責任風で。

-糸井さん-
ギターで作るっていうよりも、囚われていないってのが、やっぱり。で、歌って作るからさ、歌う人の歌ができるんですね。
(ジュリーの作曲について)周りの音楽関係の友達はさかんに感心して、僕も「これは新しい作曲家が活躍するのではないだろうか」と思ってるんですけど。


いやぁ、「以前はコード先で作曲していたのが、最近メロ先に変わった」というジュリーの話を引き出しているだけでもう、糸井さんのこの番組は貴重です!
ちなみにジュリーは2000年代になると完全に二刀流、つまりコードもメロディーも最初から連動して作曲していると分かる曲が増えていきます。次のお題予定曲がその一例ですから、そこで改めてそのあたりを解説したいと思っています。
いずれにしても80年代に入り作曲家・ジュリーは一段進化したのだ、と糸井さんがこの時掘り下げてくれた・・・リアルタイムでラジオを聞いていた先輩方にとってとても嬉しい内容だったのではないでしょうか。

ひとまず今日はここまでにしまして、番組後半のお2人のやりとりはまた次回のチャプター③にて。


それでは、オマケです!
今日は92年のアルバム『Beautiful World』からのお題でしたので、同年のact『SALVADOR DALI』パンフレットから数枚どうぞ~!


Dali12

Dali13

Dali22

Dali28


では次回お題で”作曲家・ジュリーの旅”シリーズの締めくくり。2000年代のナンバーを採り上げます。

実はひと月前にこのシリーズを書くと決めた時、2000年代からはアルバム『忘却の天才』収録の「1989」を採り上げる予定でいました。しかしその後、隣国をとりまく国際情勢に大きな動きがあり、今後の推移も予測し辛いという状況。
リリースから20年以上が経とうという時ですが、現在起こっているこのことは、「1989」をお題とするなら避けては通れない考察課題です。
ですから「1989」については情勢の推移を注視し、しかるべき機会を見て僕自身の考えも纏まってから書くことにします。古希ツアーのセットリスト入り有力と考えている曲でもありますが、ツアーが終わるまでに考察が纏められるかどうか。

で、今回代わりに採り上げる曲は、アルバム『CROQUEMADAME & HOTCAKES』から。
これまた歌詞解釈はとても難しい1曲なのですが・・・。先述の通りジュリーの作曲に「メロディー、コードが同時」という二刀流手法が表れた名曲です。


僕は先週、今週と珍しく身体の調子は良いですが、涼しくなったり暑くなったりと極端な気候の毎日です。
みなさま充分お気をつけください。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2018年5月17日 (木)

ザ・タイガース 「BA-BA-BANG」

from『THE TIGERS 1982』、1982

Tigers1982

1. 十年ロマンス
2. 新世界
3. 抱擁
4. 時が窓をあけて
5. めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ
6. 夢の街
7. 野バラの誓い
8. BA-BA-BANG
9. ライラ
10. 生きてることは素敵さ
11. LOOK UP IN THE SKY
12. 朝焼けのカンタータ

---------------------

またしても悲しい訃報です。
西城秀樹さん・・・63歳はあまりに早過ぎます。

僕が小学6年生の年に「YOUNG MAN」が大ヒットしました。この曲はジュリーの「勝手にしやがれ」と同じく、当時子供達が男の子女の子関係なく虜になった歴史的1曲でした。
もちろん僕の世代は「YOUNG MAN」以前の歌もリアルタイムで知っていて、「薔薇の~鎖が~♪」と歌いながらホウキをスタンドマイクに見立てて西城さんの真似をするのが学校で流行っていたのは、いつの頃だったのかなぁ・・・。
特に想い出深い曲はやはり「YOUNG MAN」と、個人的にはスティービー・ワンダーの日本語詞カバー「愛の園」での斬新な楽曲解釈、演奏構成に強い思い入れがあります。

僕らの世代でその名を知らない人はいない、という大スターでした。心より西城さんのご冥福をお祈り申し上げます。

--------------------

先日、古希ツアーの申し込みを済ませてきました。
さいたまスーパーアリーナは予定通り・・・なのですが、他会場がなかなか決められず往生しましたよ~。
今年は楽器フェア開催年なので秋から仕事が忙しく(と言うかさいたまスーパーアリーナ翌日からが鬼のように多忙)、そう何日も休みをとれないという(泣)。結局もう1公演だけ、来年の武道館3daysの中日となる20日に参加することにしました。
千秋楽には行きたかったけど、1月の月曜日15時開演はサラリーマンの身には厳し過ぎる・・・(泣泣)。開演時間が18時くらいだったら何とかなったとは思いますが、これは地方にお住まいのファンに向けてのジュリーの気遣いだと思いますから、僕としてはグッと我慢のお留守番。参加されるみなさまから後日お話を伺いたいと思っています。

今年もさいたま、武道館両日ともに音楽仲間を誘っています。昨年50周年ツアーの松戸公演に集った人数には届きませんでしたが、今回も隣席でビビッドな反応が楽しめそう。
参加してくれる仲間はYOKO君含めて全員個性派のギター弾きですので、僕の気づかない演奏の工夫を発見してくれるかもしれません。

ギリギリまで参加会場を迷っているみなさまも多いと思います。どうぞ締切日をお忘れなきよう・・・。


さて本題。
”作曲家・ジュリーの旅”シリーズ、今日は80年代ジュリーの作曲作品から、ザ・タイガース同窓会ナンバーの「BA-BA-BANG」を採り上げます。

拙ブログではタイガースの曲をお題とする際、『タイガース復活祈願草の根伝授!』という、2009年に作成したカテゴリーで書いています。
夢のようだった完全再結成が2013年に叶ったのだからもうカテゴリー名は変えた方がよいのではないか、と仰るなかれ。「あの夢よ今一度」ということで当カテゴリー、これからも継続して参りますよ~(本当は、過去記事のカテゴライズを一気に変更する方法が分からない、という理由があるんですが汗)。
よろしくおつき合いくださいませ。


①”タイガースっぽい”同窓会ナンバー

数年前・・・確か『夜ヒット』(ジュリー版)のDVDが発売された直後だったと思いますが、お2人の先輩に招かれ色々なジュリーの映像を鑑賞して1日過ごしたことがありました。その時同窓会のLIVE映像も観ていて、タイガース・デビュー以来のジュリーファンの先輩が「BA-BA-BANG」が流れた際に「この曲はタイガースっぽいな、と思った」と仰いました。

先輩は『THE TIGERS 1982』リリース当時のことを思い出して何気なく言ったのでしょうが、僕はその言葉にハッとさせられたのでした。タイガースをリアルタイムで知るファンにとってやはりあの同窓会は音源的にもパフォーマンス的にも真にザ・タイガース再結成ではなく、メンバー自身が称した通りあくまで「同窓会」であったんだなぁと。
そんな「同窓会ナンバー」の中で最も彼らのデビューから4年間の活動期を彷彿させ「ザ・タイガース」気分を高揚させてくれる曲が「BA-BA-BANG」だったのかもしれない、と後追いの僕は想像したわけです。

1971年の解散はもとより、同窓会からも本当に長い年月が流れ・・・2011年、ピーの音楽活動復帰を受けた老虎ツアー(ファンの間では「ほぼ虎」と呼ばれていますね)を経て、2013年の完全再結成。これは僕もリアルタイムで体感することができました。
老虎ツアーでは同窓会ナンバーが演奏されることなく終わり、「やっぱりジュリー達がピーに気を遣ったのかなぁ」と考えたものですが、翌年の中野サンプラザでのピーとタローのジョイント・コンサートではアンコールで「色つきの女でいてくれよ」が抜擢され、ピーが同窓会ナンバーのドラムを叩くというビッグ・サプライズが実現。そして再結成時にはもう1曲「十年ロマンス」もオリジナル・メンバー5人による演奏で披露されました。
この経緯があってようやく「同窓会ナンバー」を「タイガースの曲」だと心の整理がつけられた、という先輩方も多いのではないでしょうか。
今のところ後追いファンの僕が生で体感できている同窓会ナンバーは今挙げたシングル2曲だけです。複雑な思いを抱えながらとは言え、他ナンバーも体感できている先輩方が羨ましいですよ・・・。

ジュリー本格堕ち後、無知故に何の拘りもなく聴けたアルバム『THE TIGERS 1982』には大好きな曲も多いし、是非シングル以外のアルバム収録曲を生で聴いてみたいとの思いが僕には常にあります。
そこで・・・ザ・タイガースの再々結成の夢とは別に、同窓会ナンバーの生演奏の可能性を大きく秘めているのは「瞳みのる&二十二世紀バンド」ではないかと僕は考えているところなのです。
現在ピーに同窓会ナンバーへの偏屈な思いはまったく無いようですし、そればかりかMCで「あの時は風邪をひいていて・・・」と冗談を飛ばすほどに「同窓会」期も身近なタイガース史として受け入れているご様子。
さらに二十二世紀バンドのリーダーであるJEFFさんが「自分は同窓会でタイガースの洗礼を受けた」と、昨年のステージ上で公言しています(四谷公演)。
となれば、先述の先輩が「タイガースっぽい」と語った同窓会ナンバー「BA-BA-BANG」は、アレンジ的にも彼等のレパートリーとしてよりふさわしい1曲。
二十二世紀バンドのステージでのサプライズ選曲を妄想し、勝手に期待したいと思います~。

それでは、何故同窓会ナンバーの中でも「BA-BA-BANG」を「タイガースっぽい」と感じられるのか・・・次チャプターではそのあたりをジュリーの作曲手法と絡めて解析しくことにしましょう。


②「追っかけコーラスありき」の作曲?

そう言えば、「BA-BA-BANG」はシングル『色つきの女でいてくれよ』のB面でもありますから、先の50周年記念ツアーの会場BGMでも流れたんですよね?
僕は巡り合わせで聴けずじまいでしたが、この曲が流れるとやっぱりウキウキしたんじゃないですか?
そう、「タイガースっぽさ」はイコール、はちきれんばかりのエネルギー、躍動。それを具体的に作曲に投影しようとするなら、「BA-BA-BANG」のような「追っかけコーラス」は最適の手法です。

近田春夫さんの詞が先なのか後なのかは分かりませんけど、それとは別に「BA-BA-BANG」のジュリーの「作曲」自体がコード先かメロ先かということなら、僕は「メロ先」だと想像しています。実際、糸井重里さんのラジオ番組でジュリー自身が「最近(80年代に入って、ということでしょう)メロディーを先に考えてからそれに合うコードを探す作り方に変わった」という感じのことを語っていますし、この曲も最初から「追っかけコーラスのメロありき」で作られたと思うんですよ。
同義の比較的最近の好例が、ジュリーwithザ・ワイルドワンズの「熱愛台風」ですね。

先日加瀬さんの命日にupしたワイルドワンズ・ナンバーの記事で、80年代に入って作曲開眼したジュリーは、それを誰のために、どのバンドのために作るのかを突き詰めて作曲している、ということを書きました。
ワイルドワンズにしろジュリワンにしろ、そして同窓会タイガースの時もジュリーはその点真面目に心砕いていると考えられます。同窓会のお披露目シングル「十年ロマンス」は、トッポの高音が生きるように。さらに「アルバム収録」として取り組んだうちの1曲「BA-BA-BANG」ではタイガースのコーラス・ワークをメインに。

作曲家・ジュリーは基本的に「無」から生み出すオリジナリティーが肝ですが、この曲は明快に洋楽パターンをオマージュ元として踏襲。言うまでもなくそれはタイガースのレパートリーであった「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」であり「ツイスト・アンド・シャウト」ですよね。
ハ長調のメロディーに当てたのは、トニック、サブ・ドミナント、ドミナントのメジャー・スリーコードの循環。
具体的にはAメロで

くどき文句は BABY
C     F      G  F   G

靴音だけが MIDNIGHT
C   F      G   F   G

笑わないでよ OH PLEASE
C    F        G  F    G

愛してるのさ LOVE YOU ♪
C    F       G  F       G

王道中の王道。この「C」「F」「G」がいわゆるスリーコードというヤツで、サビ(この曲は冒頭からサビがガツンと来る構成です)ではそれらに加えて「Am」も登場します。それもまた王道ではあるのですが、ここでは「メロ先」作曲ならではの組み合わせとなっています。

BANG BA BA BANG BANG BANG
C                  F                 Am

逃がさない BA BA BANG BANG BANG ♪
      G    F                                    G

「コード先」なら「C→G→Am」或いは「C→Em→Am」とは行けても「C→F→Am」とはなかなか行き難い。80年代ジュリーの「メロ先」作曲を示す進行と言えるでしょう。

80年代に入って「作曲家・ジュリー」は大いにその作風の幅を拡げたと思いますが、ジュリー自身は「まだまだ途上」という気持ちもあったようで、ヴァリエーションをもっと増やしていかないと、と考えていたようです。
例えば曲調について「麗人」が「十年ロマンス」に似てしまったと話していたこともあったそうですね。
その意味では『THE TIGERS 1982』においても「BA-BA-BANG」と「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」は進行や構成がよく似ています。ただそこで「リード・ヴォーカリストが違うだけで全然違う曲に聴こえる」というのも・タイガースというバンドの強みでもあり・・・もしかするとジュリーは、自ら歌った「BA-BA-BANG」よりもサリーが歌った「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」の方が曲の仕上がりとしては満足しているかもしれません。

メロディー全編であれ1パートであれ、「自分以外の人が歌う」ことを念頭に作曲する極意をジュリーが会得したのはこの頃でしょう。こと同窓会タイガースについては、「自分で作って自分で歌う」となるとソロとの線引きが難しい、とかえって苦労したのでは?
だからこそ、「コーラスありき」の「BA-BA-BANG」はジュリー新境地の作曲手法だと思いますし、個人的には大好きな「ジュリー作曲ナンバー」なのです。

あと、この曲、このアルバムに限らず『ジュリー祭り』後数年まで僕は、タイガース・ナンバーで複数のメンバーが一緒に歌うパートに接しても「みんなで歌ってるな~」くらいの聴こえ方しかしていなかったのが、今では「おっトッポの声」「サリーの声」と耳が行くようになりました。
これを先輩方はもう何十年も当然のようにそうやって聴いているわけで、「BA-BA-BANG」のように「一勢に複数で歌う」パートの方が、それぞれのソロを押し出したパートよりも「タイガースっぽさ」を感じるものなのかな、と今さらのように思い始めています。


③ラジオでの同窓会タイガースの話

同窓会タイガースは5人でのラジオ出演も多かったようで、インタビュー形式のものから5人が和気藹々とフリートークに興じるものなど、たくさんの貴重な音源を福岡の先輩から授かり聞くことができています。
そんな中で今日ご紹介するのは、「明日からいよいよ同窓会ツアーが始まる」というタイミングで放送された、ジュリーが1人で他の4人(サリー、タロー、トッポ、シロー)についてあれこれ語っているという音源です(番組名まではまだ調べきれていませんが)。
後追いファンとしては新鮮な、とても面白い話でしたので、抜粋形式ではありますがこの機に書き起こしてみたいと思います。


そもそもこの世界に入る(きっかけとして)2番目に逢った人(達)っていうのかな・・・最初はサンダースというバンドがあって、そこの林さんという方に「お前、男前やからちょっと歌でも覚えて歌うてみい」てなことを言われてやね、おだてられてやったのが最初で。
そこで歌っている時に遊びに来たのが、ファニーズの4人組だったと。それがのちに僕もプラスしてタイガースになる、ということなんですけれども。
まぁそのタイガースのメンバーね、かつみ、サリー、タロー、そしてシローと、この4人ですけれども、練習でしょっちゅうここんとこず~っと会ってたわけなんですけれども、これからまた旅に行きますと。まぁ、寝食を共にするわけで(笑)。


サリーとタローっつうのは割とね、ズバリと核心を突いたことを、さりげなく冗談みたいにごまかしてシュシュッと言うのが得意な人達でね。なかなかこう、角が立たない人達ですけれども。
また、かつみなんかの場合は・・・スポットライト出た日にね、朝からず~っと無口だったんよ。何で無口なんかいなと思ったら、要するに生本番で(同窓会タイガースとしては)初めて歌うわけや。
その時の感じっつうのは分かりますわね~。ほとんど彼が歌ってるからね。


ははぁ、これは『ザ・ベストテン』に同窓会タイガースが初出演した時の話ですな。
そうか、僕は普通にランクインから始まったと思い込んでいましたが、最初はスポットライトでの出演だったんでしたっけ。トッポがほとんど歌っている、というからには曲は「色つきの女でいてくれよ」。そのスポットライト出演後に火がついて大ヒットとなりランキング出演を重ねていったということでしたか~。


僕なんか(「色つきの女でいてくれよ」で歌うのは)全員のコーラスのところと、「う~」「あ~」と、「色つきの~♪」ってとこだけでしょ?割と気が楽だったわけ。ところがかつみは何かこう、今から思えば目がちょっとつり上がったりなんかしてたね。
それが歌い終わって「間違えなかった!」つってね、黒柳さんと久米さんがしゃべってるのを後ろの方で(見ながら)座ってて、「いや~、間違えなくてよかったよ~」なんつってね。
「安心したやろ」ってな話をしてたら急にコロッとリラックスしてね、顔が全然違うねん。さっきまでつり上がってたのが本来のこう、タレ目のやつに変わってね。聖子ちゃんなんか出てきたりなんかしたら「かわいいねぇ~」ってなことを言ったりなんかしてね、「そういうこと言うと中年の証拠やぞ」ってなことを僕が言うてみたりなんかしてね。そういうこともありましたけれども。

それからシローもねぇ、心配してますよ。シローはまぁ、そんなにたくさんソロではね、歌わないんですけれども、だからなおさら「間違えんと歌わなイカン」つうのでね、「今からでもコーラス、「う~」とか「あ~」とかにしてくれたら、俺が間違うてもあんまり関係ないねんけどなぁ」てなことを言うてね。割と歌詞と一緒にハモる歌が多いんでね、そんな弱気なことを言っておりました。
しかしね、一番しっかりしてるのはシローですよ、うん。しっかりしてると言うか、ちゃっかりしてると言うのかね。で、ちゃんと核心突いたことも言うしね。

タローなんかこの間しっかりベストテンで、自分達が出るんだけど、(タローは)自分で独立して事務所を持っててね、新人タレントをやるっつうんで写真持って売り込みに来てたよついでに。しっかりしとんねん。
サリーはサリーで、今回サリーは別にリーダーというわけでもなく、とにかくベースとだけに専念、ベースとコーラスに専念してということで、気楽にやってるみたいね。前のタイガースの当時っつうのは、リーダーということで気苦労が多かったんだろうなぁと思うんですけどね。それが今(反動で)出てる。

まぁとにかく明日からのステージ、僕らも不安もありますが、楽しみにしております。


そのツアーが終わったら今回の同窓会も一応終わり、でもそこから先、今度は本当の意味での同窓会ということでメンバー間の親交を深めていきたい、との言葉でタイガースの話題を締めくくったジュリー。
この時から数えても30年経ってピーも復帰し遂に完全再結成が実現、お互いの古希のお祝いに集まるほど親交を温め合うことになろうとは・・・さすがのジュリーも予想はしていなかったでしょうかねぇ。

それにしても今、心配なのはサリーの体調です。ドラマ降板とのニュースを知ったばかりで驚き心配しています。大事なければ良いのですが・・・。
とにかくタイガースの場合はメンバー全員が健在である、ということ。それが何よりです。このまま皆元気で長生きしていたら、「もう一度やろうか」という気運はきっと巡ってくるんじゃないかなぁ。
個人的には「タイガースの新曲」が聴きたい・・・その夢を持ち続けていたいと思います。


それでは、オマケです!
今日はいつもお世話になっているピーファンの先輩に以前お借りした同窓会関連切り抜き資料から、『with』82年4月号の特集記事をどうぞ~。


Tigers1102

Tigers1101

Tigers1103

Tigers1104

Tigers1105

Tigers1106

Tigers1107

Tigers1108

Tigers1109

Tigers1110


今日書いたばかりのラジオ音源もそうなんですけど、同窓会タイガースについては本当に多くのラジオ音源が手元にある中、そのほとんどがピーのことには一切触れていないんですね。
もちろん、だからこそ再結成ではなく「同窓会」なのだとファンならば知ってはいます。ただ、タイガースの中で特にピーが好きだったという先輩方がどんな気持ちでこの同窓会のステージや情報を観ていらしたのか・・・と、やっぱり考えてしまうのです・・・。



では次回は、”作曲家・ジュリーの旅”シリーズ、90年代編です。アルバム『Beautiful World』から、ジュリー渾身の16ビート・ポップスを採り上げます。
引き続き頑張ります!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2018年5月12日 (土)

沢田研二 「ジョセフィーヌのために」

from『チャコールグレイの肖像』、1976

Tyakoruglay

1. ジョセフィーヌのために
2. 夜の河を渡る前に
3. 何を失くしてもかまわない
4. コバルトの季節の中で
5. 桃いろの旅行者
6. 片腕の賭博師
7. ヘヴィーだね
8. ロ・メロメロ
9. 影絵
10. あのままだよ

--------------------

堯之さんの突然の旅立ちを受けて記事を書いたばかりだというのに、今度は東海林修先生の訃報が・・・。
ジュリー堕ちする前からお名前だけは知っていたレジェンド。ジュリー堕ち後はそのアレンジの素晴らしさで虜にさせられました。
アルバムならまず『JULIEⅡ』、という僕にとっては本当に特別な存在のアレンジャーであり作曲家・・・東海林先生がタクトを振ったジュリーLIVEを生で観ていらっしゃる先輩方を、いつも羨ましく思っていました。
ご冥福をお祈り申し上げます。


相次ぐ訃報に心沈む日々ですが、今日は”作曲家・ジュリーの旅”シリーズ第2弾の更新です。
採り上げるのはアルバム『チャコール・グレイの肖像』1曲目収録、小谷夏さん(久世光彦さん)作詞の「ジョセフィーヌのために」。これは、いつもコメントをくださるnekomodoki様からリクエストを頂いていて(ずいぶん前ですからご本人は待たされ過ぎて忘れていらっしゃるかも汗)、もちろん僕自身も大好きな名曲です。

作曲家・ジュリーが「詞先」「コード先」ならではの斬新な展開と不思議な世界観を提示した、大いに語り甲斐のある1曲。頑張って書きたいと思います!


①孤高の名盤『チャコール・グレイの肖像』

今回”作曲家・ジュリーの旅”シリーズということで、ジュリー作曲作品で固められたこのアルバムから何か1曲、というのは必然の流れでしたが、通勤の行き帰りにCDを聴いていますと、いや凄まじい名盤だなぁと。
途中で他のアルバム収録曲を挟んで聴く隙が無くなるというのか、唯一無二の味わいがありますね。ポリドール時代ですと、『JULIEⅡ』『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』『女たちよ』にも似た感覚はありますけど、『チャコール・グレイの肖像』は特にズッポリと嵌ってしまう類の「この1枚!」と言えるでしょう。

最後のチャプターでご紹介するラジオ音源でジュリー自身が語っている通り、全体的に「暗い」アルバムなんですね。
作曲ということで考えても、ジュリーはビート系、アップテンポの短調の曲はよく作りますが、バラード系、スローテンポの曲で短調ってほとんど無いんです。その「ほとんど無い」筈のパターンがこのアルバムでは半数の5曲を占めているという・・・やっぱり作曲当時の環境でしょうか。とすればジュリーはメロディー作りにおいても驚くほど素直にその時の心境を反映させるタイプの作曲家なのかな。

去年の大宮の打ち上げでしたか、同席したJ先輩にちょうどこの時期のジュリーのお話を聞かせて頂いて。その先輩は当時、自分がこの先もずっとジュリーを好きでいるであろうということとは別に、謹慎もあったし結婚もしてるし、世間的にはジュリーはもう大ヒットするシングルが出ることもなくだんだんフェイドアウトしていくんだろう、となんとなく思っていたのだそうです。だから「勝手にしやがれ」からの国民的人気の再爆発には当初驚いていた、と。
なるほどそういうふうに見ていた方も少なからずいらっしゃったのかなぁと思いました。
ただ、76年というあの年に自身の「作曲」スキルを煮詰めたことが後々大きな糧となり、現在のジュリーの創作姿勢と繋がっていることは疑いないでしょう。
ジュリーにとって『チャコール・グレイの肖像』への取り組みは、自らの立ち位置を改めて俯瞰する日々であり、自分にはこれほどの「味方」(作詞陣や演奏陣、スタッフなど)がいるのだという感謝の再確認であり、ラジオでも言っている通り「これを作り終えたら、来年はメチャクチャ頑張らなイカン」と覚悟を決める期間だったのではないでしょうか。
その証に、ジュリーはこの後の阿久=大野時代の間しばらく、自身の作曲作品をリリースしないんですよね。ジュリーの「頑張る」が、「多くの”味方”が用意してくれたものに全力で取り組む」というベクトルに向かったこと、その期間を自らに課したこと・・・これもやはりジュリー独特の俯瞰力なのだと僕は考えます。

その直前に自作曲だけで1枚のアルバムを作り上げたというのが、企画提案した久世さんのジュリー愛というのもさすが、凄いなぁと。
将来の大成の前に、ジュリーには今「孤独」の創作が必要な時だ、と久世さんは分かっていたかようにも思えます。
では、その久世さんがシングル「コバルトの季節の中で」以外にもう1篇、ジュリーの作曲のために詞を捧げた「ジョセフィーヌのために」について、次チャプターで掘り下げていきましょう。


②ニ長調とホ短調を行ったり来たり!

少なくとも『チャコール・グレイの肖像』の時点でジュリーの作曲に「キー」の概念はまだありません。
作曲作業は、ギターを弾きながらコードを自由に繋げてメロディーを載せていく手法。これが80年代になるとメロディーが先で、そこにコードを当て込んでいくという手法にとって変わるわけですが(糸井重里さんのラジオ番組でジュリーがそんな話をしてくれています)、ともあれ70年代のジュリーにとって「キー」とは音域の高さを語る時に使う言葉であり、メロディーを五線譜にした際にどんな調号になるかまでは考えていなかったでしょう。

理論を知らないが故の斬新さ、素晴らしさ。もちろんそれは誰にでもできることではなく、ジュリーに作曲の才があったからこそ生まれた変態進行(←褒めていますよ!)が、「ジョセフィーヌのために」で炸裂します。
元々ジュリーが作曲を始めた頃から無意識のうちに得意技としてきた「借用和音」の採用が特殊な環境下で幅を広げて、驚異の名曲が誕生しました。

ジュリーはこの曲を「D」と「Em」のコードを軸に、(本人的には)変化を少なめに淡々とした暗い感じにしよう、と作曲しています。それはまず間違いない。

なぜこれだけ残していったのか
Em                 D

わかるような気もするのだけれど ♪
Em                   D

この箇所がメロディー作りの基本アイデア。大野さんはその点を見抜き、イントロなどでこの進行箇所を「伴奏部」として採り入れアレンジを仕上げています。
ただ、ジュリーとしても2つのコードの繰り返しだけではつまらないので、時々他のコードを繋げてみる・・・のは普通のやり方なんですが、ジュリーはそこで「D」(ニ長調のトニック)から連想するコード展開と、「Em」(ホ短調のトニック)から連想するコード展開を、理屈抜きでミックスしちゃってるわけです。
例えば

このお人形を 覚えていますか ♪
D            Em  A                 D

とか

あなたはジョセフィーヌと 名付けました ♪
Bm  G           D                     A      D

はニ長調の調号に

一年たって思います
Em           C        E

解けないパズルさ 人生なんて ♪
Em        C            D   Bm    E

はホ短調の調号となります。
ジュリーには「転調」の意識など無く、同じヴァースで2つのキーが混在するというとんでもない進行が誕生。そりゃあ堯之さんも「沢田は普通では考えられないようなコード進行の曲を作る」と驚くはずですよ。
しかも、ホ短調の調号で進んできた歌メロ最後の着地点が一瞬だけメジャー(「E」)に転換してしまう強烈なオマケ付き。ですからこの曲で最もスリリングな箇所は、「リフレインをもう一丁!」の4’03”からの1小節です。ホ短調、ホ長調、ニ長調3つのニュアンスを一気に駆け抜けるんですよね~。
アレンジの大野さんもここは「凄まじいなこりゃ」とジュリーの斬新なコード展開に感嘆しながらの「仕上げの箇所」だったはずです。『太陽にほえろ!』のサウンドトラック同様、大野さんは「小節割り」に細心の注意を払っていると思いますから。

アレンジが大野さんということで、この曲の演奏は井上バンドのトラックと考えられます。
象徴的なのは左サイド、速水さんと思われるリード・ギターのフレージングと、シンセ・ストリングス。このシンセの音は70年代後半のLIVEでよく使用されている音色ですから、演奏者は羽岡さんではないでしょうか。
ピアノのトラックは、ミックスダウンの際にPANをゆっくり左右に移動させているようですね。主人公の「揺れ動く心境」を表現したのでしょう。

さて、久世さんの詞なんですけど、表面的には男女の別れの物語なのかな。
恋人が「ジョセフィーヌ」と名付けて可愛がっていた人形だけを残して去ってしまった、と。
でも、それだけじゃないですよねぇ・・・。
「コバルトの季節の中で」同様、久世さんはジュリーを見つめてジュリーに捧げる、というスタンスでこのアルバムの作詞をされていると思います(「コバルト~」の「髪型が変わりましたね♪」は、アフロをやめた時のジュリーのことを歌っているような気が・・・)し、「ジョセフィーヌのために」でも「1年経って ♪」などのフレーズに意味深なものを感じます。
久世さんの作詞の時点から「1年前」と言うとやはり『悪魔のようなあいつ』なのかなぁ。

僕は今年6月25日に「時の過ぎゆ くままに」の記事を書いてジュリー70歳のお祝いをするべく、今から少しずつ『悪魔のようなあいつ』全話鑑賞に取り組まなければなりませんが、何か「ジョセフィーヌのために」の歌詞コンセプト、題材元が見つけられるのではないかと期待しているところです。



③ラジオでの『チャコール・グレイの肖像』の話

今日ご紹介するラジオ音源、僕は番組名まではまだ分かっていないんです。
たぶんジュリーがパーソナリティーの番組内で『沢田研二・1枚のアルバム』というコーナーがあったんだと思います。「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の話題が出てきますから放送は少なくとも81年夏以降。
『NISSAN ミッドナイト・ステーション』の初期の頃なのかな、と想像していますが・・・。
とにかくこれが、ジュリーが「過去のアルバム」についてあれこれ語ってくれるという超お宝音源。結構長尺のコーナーなので、全編ではなくポイントポイントを抜粋しての書き起こしになりますがご容赦下さい。
それでは行ってみましょう!


そもそもこの『チャコール・グレイの肖像』というのは、「ドリアン・グレイの肖像」というね、ちょっと妖しげな小説があるんですが、そこから引用させて頂いて「ドリアン」ではなく「チャコール」としたわけなんですけれども。まぁ全体に、何と言うか「暗暗~(くらくら~)」「暗いくら~い」感じのね、LPにしたかったっていう感じなんですけど。

「ドリアン・グレイの肖像」・・・し、知らなかった。アルバム・タイトルにオマージュ元があったのか~(恥)。

思い起こせば1976年12月・・・ということは謹慎が明けた時でございまして。いよいよ来年はメチャクチャ頑張らなイカン、と思っていた時でございました。
これは久世光彦さんの発案でね、『今僕は倖せです』以来4年ぶりだったんですけど、自作のLPを作ろうと。
「でも僕は詞が書けない全然」っていうので「じゃあ書けるぶんだけでいいじゃないか」と。あとはまぁ、色々な人にヘルプして貰おうということで作ったんですがね。
このLPの中からとりあえず1曲お届けしましょうね。これは阿木燿子さんの作詞です。この間のロックン・ツアーなんかのアンコールの時にやった・・・時々やっとった曲でございますけれども。「夜の河を渡る前に」、これから行きましょう。


♪「夜の河を渡る前に」オンエア

76年という年は、紅白歌合戦もレコード大賞も全部出られへんかったわけね。せやから、ヒマだったんだね!(笑)
声が、エエ声しとるよ、うん。休養充分という。
それから、このLPの中の歌詞カードに色々書いてあるんです。コーラスが「JULIE & KENJI」とかね。全部自分でやっとるから。
それから「ウェスタン・パーカッション」っつうのがあるんやけど、これはウェスタン・ブーツを履いとって、板の上でこう足踏みするだけなんやね。
この曲(「夜の河を渡る前に」)に入ってましたでしょ?「コッ、コッ、コッ、コッ・・・」ってのがね。
ちなみにこのウェスタン・ブーツは、『悪魔のようなあいつ』というドラマに出てた時に履いてたウェスタン・ブーツです。それで分かるかな?(笑)ゴッツいやつです。先の角ばったやつ。76年型のブーツでございますよ、うん。最近のやつはトンガってますけどね。

この『チャコール・グレイの肖像』のLPの発案者である久世光彦さん・・・『悪魔のようなあいつ』とか『源氏物語』なんかで演出、プロデューサーをやってくれた人ですけれども、あの方も詞を書いてくださっておりまして。
「コバルトの季節の中で」ってのはこのLPの中から、先にシングルになってるわけなんですけれども、その曲も「小谷夏」さんというペンネームで出てるんですけれども、次に聴いて頂くのはA面の1曲目に入ってて。まぁステージでやったこともないし、アレなんですけど、だいたい僕はこういうパターンの曲が、好みで言うと本当は好きなんですよね。


♪「ジョセフィーヌのために」オンエア

「ジョセフィーヌのために」はステージで披露されたことが無いんですか・・・もしかして、『チャコールグレイの肖像』収録曲ってそんな曲が多いんですか?


(このアルバムは)割と長い曲が多いんですけどね。今2曲ばかり聴いておりまして思い出しましたけれども・・・謹慎をしておりましてですね、夏に全国縦断コンサートはやったんだけど、それが終わったらまた仕事らしき仕事っつうのがポツンポツンとしか・・・今思えばね、今と比べたらでございますが(仕事が)なくて、毎日もうとにかく曲ばかり作ってましたね、家で。ギター持って前かがみになりながらですね、それでのうても姿勢があんまり良くないのに、前かがみになって作っておりましたけれども。

それから、人間ドックに入ったんですよ。こんな機会でもないと精密検査もできないっつうんで。別にどこが悪いっていうんじゃなくてね。まぁ頭は悪かったですけど(笑)。
で、ある病院に3日間入院して、規則正しい生活をしてですよ、朝6時頃には体温計りに来られるわけですよ。夜はもう9時になると「朝検査がありますから9時以降は水も飲まないで下さい」と。
腹減ってね~。朝起きてから薬飲むまでにさ、あんまり腹減るから冷蔵庫のメロン食うた覚えがありますがね(笑)。
それから昼間はもう退屈でしゃあないわけ。テレビとかっつうても(昼間は)あんまりイイ番組やってない時間で。一生懸命ベッドの上でカセットテープをガチャン!として、曲ばっかり作っておりましたけれども。その時に纏めたんが、さっき聴いた「ジョセフィーヌのために」、それと桃井かおりさんが作詞してくれた「桃いろの旅行者」っつうのもここで纏めたんやったと思うね、ベッドの上で。
時々覗きに来たりなんかしてね、看護婦さんが。「静かにして下さい」(←可愛らしい女性の声マネで)って言いながらニコッとしたりなんかして。「あっ、沢田研二の歌聴いた!」っていうような顔されたりとかしてね。そんなこともありました。


この『チャコール・グレイの肖像は』全体に「暗い暗い」といった感じのLPですけれども、(これからかけるのは)その極めつけと言ってもいい曲でございますね。タイトルからしてそうでございますから。あんまりこれ聴いて気分が重くならないようにして頂きたいと思います(笑)。まぁそんな心配は無いんですけど・・・B面の2曲目に入っております、詞曲とも沢田研二です。「ヘヴィーだね」。

♪「ヘヴィーだね」オンエア

病室で新曲を仕上げているジュリーを想像すると、『チャコール・グレイの肖像』のあの美しいまでの独特の閉塞感がどうして生まれたのか納得できるようです。
例えば「ジョセフィーヌのために」は、小節の1拍目と3拍目を刻むベースがそのまま「ゆっくり、ゆっくり」といった感じで再起を期す当時のジュリーの歩幅のように思えてくるのです。「屋久島 MAY」よりさらにゆったりとした、それでいながら強く確かな前進の歩幅。
生きてゆくのはこのくらいのスピードで良いんだよ、と諭されているような気持ちになれる名曲ですね。


それでは、オマケです!
今日は、Mママ様からお預かりしている貴重な資料で、『沢田研二新聞 Vol.3』からスキャン画像を4枚ほど選んでお届けいたします~。
(スキャンが結構粗いですし、ショット全面を網羅できていなかったりします。申し訳ありません・・・)

76031501

76031502

76031503

76031509


では次回は、80年代のジュリー作曲のナンバーをお題にお届けします。
作曲については、洋楽などの既存のスタイル踏襲にあまり拘りを持たないジュリーですが、80年代には時折そうした曲も生み出しています(例えば、ストレイ・キャッツを意識しまくった「ジャンジャンロック」など)。

次回お題もそのひとつで、とりわけその「洋楽パターンの踏襲」狙いに明快な動機がある、という点で作曲家・ジュリーとして稀有な1曲ではないかと考えます。
さぁ、どの曲でしょうか。しばしお待ちを~!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2018年5月 7日 (月)

沢田研二 「DEAR」

from『TOKIO』、1979

Tokio

1. TOKIO
2. MITSUKO
3. ロンリー・ウルフ
4. KNOCK TURN
5. ミュータント
6. DEAR
7. コインに任せて
8. 捨てぜりふ
9. アムネジア
10. 夢を語れる相手がいれば
11. TOKIO(REPRISE)

---------------------

ゴールデン・ウィーク後半を風邪で丸々引きこもりで過ごし、現在取り組んでいる”作曲家・ジュリーの旅”シリーズの次のお題曲がまだ下書き途中という状況の中、先日の井上堯之さんの訃報を受けて今日は急遽、この記事を書いています。

加瀬さんの時もそうでしたが、あまりに突然の知らせでした。
5月5日の朝、熱で重い頭を抱え起き出した時にカミさんから訃報を知らされ、「えっ!」と言ったきり言葉を失いました。
演奏活動を再開されてからの堯之さんは精力的にLIVE活動をされていたので、近いうちに都内のLIVEに出かけてみないとなぁ、と考えていた矢先のこと。まだまだお元気だと思っていたのに・・・僕はとうとう堯之さんのギターを生で聴く機会を逃してしまいました。
これまで何度か複数の先輩からLIVE参加のお誘いも頂いていたのに都合が合わず、今になって後悔するばかりです。

先の50周年記念ツアーで、ジュリーはデビュー以来の歴史をMCで語る際、PYGのことをよく話してくれていました。
そうしたこともあり、今年の70超えツアーで何かしらPYGのメンバー絡みのサプライズがあるかもしれない、と(特に長いファン歴の)先輩方の多くが期待を持たれているようでした。
今年の4月にお会いした先輩とも、「全国ツアーすべての帯同は無理としても、アリーナクラスの会場で堯之さんが「時の過ぎゆくままに」でゲスト参加することはあるかもしれない」とお話したばかり。それも叶わぬ夢となってしまいました。本当に残念です。

ジュリーが「PYGのLIVEではお客さんよりメンバーの方が人数が多い時もあった」と語っていたのは、冗談だったのかそれとも本当にそんな時もあったのか、リアルタイムで彼らの活動、情報に接していない僕には分からないのですが、PYGというバンドがその素晴らしさとかけ離れてあまりに不遇であり悲運であったことは確かなのでしょう。
あれほどロックに特化したバンドが当時、本来ロックたるものを正当に評価すべき人達の一部から「商業主義」などと揶揄されていたとは、後追いファンの僕には信じ難いことです。
また、今ではPYGを評価する音楽評論家の文章も多く見られるようになってきた中でも、その演奏についてジョン・ポール・ジョーンズ(レッド・ツェッペリン)の言葉を引き合いにサリーのベースにのみ言及したものが散見されるという状況は、未だにPYGが過小評価の憂き目を見る不遇のバンドであるように僕には感じられて、とても口惜しい思いを持ち続けています。
仕方のないこととは言え、大きな影響力を持つミュージシャンの発言に囚われPYGの本質に触れていない評論が多すぎるのではないか、と。それもこれから変わってはいくのでしょうけど。
昨年「自由に歩いて愛して」の記事で書いたことですが、今一度ここでも書いておきたい・・・サリーのベースはもちろん素晴らしいのですが、PYG期のサリーの演奏は与えられた役割を黙々とこなすという類の素晴らしさなのであって、PYGを偉大なロック・バンドたらしめているのはまず堯之さんのギターと大野さんの鍵盤。この両輪による考案力と構成力です。

作曲家としての堯之さんについては僕はそのほとんどをジュリーを通してしか知らないのですが、特に「美しい予感」「遠い旅」の2曲はジュリー・ナンバーの中で抜きん出て好きな名曲。さらに、堯之さん作曲のジュリー・ナンバーでその2曲に続いて好きなのが急遽今日の記事お題に借りた「DEAR」です。
挙げた3曲に共通するのが渾身の転調構成で、「DEAR」は理屈としては「同主音による近親移調」を応用していますが、こんなふうにヴァースを繋げられるものなのか、と惚れ惚れします。
妥協なき緻密なコード進行、美しいメロディーはいずれのジュリーへの提供曲にも言える堯之さんの魅力でしょう。

堯之さんのギター・レコーディングの個人的なベスト・テイクは「今、僕は倖せです」でのオーヴァーダブのエレキ・ギター。
「沢田がこう歌っているから、こうなるんだ」という徹底したフレージングは、正に堯之さんオリジナル!な考案力の成せるところで、それが後の「時の過ぎゆくままに」のあの有名なフレーズをも誕生させたのだと僕は考えています。

僕はずいぶん遅れてきたジュリーファンとは言え、幼少時からそれと知らず井上バンド演奏の『太陽にほえろ!』サウンドトラックを聴いていましたし、堯之さんのギターを語るだけの遺伝子は辛うじて持っているかもしれない、と思っています。『ジュリー祭り』以降は多くの先輩方に教えを授かり、堯之さんがジュリーにとって特別な人のひとりであることも学んできました。
これからも機会あらば堯之さんの素晴らしい功績、音源についてしっかりと、本質的な評価を以って書き綴っていこうと決意を新たにする次第です。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2018年4月29日 (日)

沢田研二 「一人ベッドで」

from『JULIEⅣ~今 僕は倖せです』、1972

Julie4

1. 今、僕は倖せです
2. 被害妄想
3. 不良時代
4. 湯屋さん
5. 悲しくなると
6. 古い巣
7. 
8. 怒りの捨て場
9. 一人ベッドで
10. 誕生日
11. ラヴ ソング
12. 気がかりな奴
13. お前なら

---------------------

更新間隔が空いてしまいました~。
世間はいよいよゴールデン・ウィーク。我が家は先週の金土日とカミさんの実家のお墓参りで関西方面を旅しましたので、カレンダー通りのゴールデン・ウィークは遠出はせず、近場にちょこちょこと出かけるだけになりそうですが、みなさまはいかがでしょうか。

先週の関西の旅は、京都→守山→西脇→加古川→神戸→芦屋→大阪と結構あちらこちらに移動がありまして、各地で美味しいものを頂いてきました。


180420_13

↑ 京都駅新幹線改札内のお蕎麦屋さん『松葉』さん。
カミさんがこのお店の「にしんそば」が好きで関西旅行の際は必ず立ち寄っていますが、僕はやはり蕎麦は「もり」派です。個人的には、蕎麦は今くらいの季節が一番美味しいと思います。


180420_15

↑ 守山にて、たまたまマグロの解体ショーをやっていまして、見た後にカミさんの両親に大量の中トロと赤身を買って貰いました。夜、ちょっと食べ過ぎた・・・。


180421_11

↑ 西脇にて、カミさんが通っていた小学校の真ん前にある播州ラーメンの有名店『大橋ラーメン』さん。今回初めて訪れましたが、甘みの強い醤油味は噂に違わぬ絶品でした。


180421_18

↑ 神戸三宮の老舗ステーキ店『モーリヤ』さん。渋み走ったカッコ良いシェフのおじさま(と言ってもたぶん僕より年下笑)が目の前でランプとフィレを焼いてくれました。溶けるような柔らかさでした。


180422_01

↑ 結婚前にカミさんが住んでいた芦屋にて、有名なパン屋さん『パンタイム』さん。朝9時半くらいに行ったのですが、その時点で品切れ(と言うか焼くのが追いつかない状態)続出の大賑わい。


・・・と、ちょっと膝の調子が悪かったのですがのんびりとした良い旅で、リフレッシュしてきましたよ~。


さて、お題に関係の無い枕はこのくらいで。
拙ブログでは今日から5月いっぱいの間、”作曲家・ジュリーの旅”シリーズということで、ジュリー自作の名曲群をお題に採り上げていきます。
70年代が2曲、80年代、90年代、2000年代がそれぞれ1曲、計5曲の考察記事を書く予定。まず今日は70年代、作詞・作曲ともにジュリーのペンによるナンバー、72年リリースのアルバム『JULIE Ⅳ~今僕は倖せです』から「一人ベッドで」を選びました。

実は、いつも仲良くしてくださる先輩(ジュリーだけでなくビートルズ・ファンとしても先輩です)が急病で入院されまして、「今弱っているので、元気が出る系ではなく何か癒され系の曲を」とリクエストを頂きました。
入院中のかたに向けて「一人ベッドで」って選曲として逆にどうなの?というお声も聞こえてきそうですが、僕はこの曲「癒し系」だと思うんですよね~。
確かに歌詞はちょっと辛い感じなのですが、いざメロディーに載ると不思議に鎮痛効果があり、演奏も穏やかです。それに、このジュリーの声ですよ!張り上げる箇所もなく訥々と語りかけるように歌っているのも癒され要素ではないでしょうか。

あ、その先輩からは「病人にも優しいコンパクトな文量で」とお願いされたのですが、それは無理(と言うかむしろいつもより長めになるかもしれません汗)。
毎度毎度の長文ですみません・・・。


①『JULIE Ⅳ~今僕は倖せです』製作の意義

僕などは後追いのファンですし、ジュリーの歴史を知れば知るほど「稀有な存在」とか「天や時代に選ばれし人」と言いたくなりますが、その歴史を線ではなく点としてそれぞれの時代に目を向けると、決してジュリーはただ選ばれていただけでなく、自らの判断を以って進むべき道を切り開いていたのだと分かります。

先日「美しい予感」の記事で、最先端のプロフェッショナルに囲まれリードされた『JULIEⅡ』の演奏が個人的には好みである、と書きました。
ただし、『JULIEⅡ』のようなレコーディング製作、プロデュース法だけがその後続いていたとしたらジュリーの歴史はどうなっていたでしょうか。次第に井上バンドがジュリーに関わる機会が減少し、ジュリー個人は歌謡界のごくごく一般的な「ソロ歌手」となっていく・・・そんな道程も可能性はあったかもしれません。
それを「自分はロック・バンドと共に歌いたい」というタイガース以来の思いを持ち、巡ってくるタイミングを逃さず自ら道を切り開いていったジュリーだからこそ、この50年の実際の歴史が作られているでしょう。
製作サイドの思惑からすると、もしかしたら「逆」と言えるようなことであっても、ジュリーはその都度バンドに拘り、もちろん一方では「用意された」外部プロフェッショナルとの共演も拒絶することなく歌手人生の糧としてきた・・・頑固な信念にまで至る自分自身の好みと、聞き分けの良いプロ根性。両輪フル稼働するジュリー70年代初期の製作活動は正しく「冒険と実力」並び立つ偉大なキャリアです。

『JULIEⅡ』から「周囲の反対を押し切って」シングル・カットした「許されない愛」が大ヒット。そのご褒美としてセルフ・プロデュースを任されたという有名な逸話が残るアルバム『JULIEⅣ~今 僕は倖せです』は、ジュリーの創作志向が明快に押し出され、周囲にもその志を認めさせたという点で、2018年の現在に至るロックなツアー、製作スタンスを最初に確立させた最重要の1枚。本来の意味でのファースト・アルバムと言って良いかもしれません。
もちろん『JULIEⅡ』とは真逆のベクトルながら、井上バンド(正式には当時は「井上堯之グループ」であり、かつジュリーの意識としてはPYG)の演奏的にも大いに評価されるべき名盤です。

僕はまだこのアルバムから「不良時代」「涙」のただ2曲しか、しかも10年前の『ジュリー祭り』東京ドーム公演の1度しか、さらには「涙」の演奏中にトイレに行ってしまったので厳密には「不良時代」1曲のみしか、生体感できていません。
裕也さんとのジョイント・コンサート『きめてやる今夜』に参加できなかったのが痛過ぎますが(そこで「湯屋さん」がセトリ入り)、今後このアルバム収録曲を体感する機会は巡ってくるのでしょうか。
タイトルチューンの「今、僕は倖せです」や、「不良時代」「湯屋さん」とともに、個人的にアルバム収録曲の中でも特に好きな1曲「一人ベッドで」・・・今日お題に採り上げるこの曲については今後の生体感は諦めていますが、若き作曲家・ジュリーのワン・アイデア構成、それを完璧にサポートし練り上げた井上バンドのアレンジ双方に語るポイントの多い「静かなる隠れた名曲」です。
では、僕がこの曲のどういう点に惹かれているのかを次チャプターで詳しく書いていきましょう。



②「一人ベッドで」とフォトポエム

アルバム『JULIE Ⅳ~今僕は倖せです』を初めて聴いたのはたぶん2006年。ポリドール期の再発リマスターCDを怒涛の勢いで買いまくっていた、いわゆる僕にとっての”第1次ジュリー堕ち期”の終盤でした。
既に『チャコール・グレイの肖像』を聴いた後で、「ジュリーの作曲は面白い!」という予備知識もありましたから、特にジュリー独特の曲作りに驚くこともなく初聴時からゆったりと楽しみながらアルバム全編を通して聴けた記憶があります。
この「一人ベッドで」は一発で気に入って、「うわ、こういう変テコな曲は好みだなぁ」と思いました。しかし何度か聴くうちに「ちょっと待てよ」と。
この曲の、何処が変テコなの?
そう自問し始めたのです。

まったく同じメロディーの短いヴァースが、1番→2番→3番と繰り返されるのみ。「Aメロ」とか「サビ」の概念が無い、これ以上ないほどのシンプルな構成です。
コード進行にも、何も変則的なところはありません。調号の変化は登場せず、ニ短調の王道過ぎるほどの王道進行。ジュリーのヴォーカルは淡々とメロディーをなぞり、大げさな箇所も力を入れる箇所もなく、最初から最後までいたって普通に歌われます。
なのに、すごく変テコな印象の曲に聴こえる・・・こりゃあ一体何だ?と。
しばらくして、このアルバム自体が「曲」と言うよりジュリーの「スケッチ集」と呼ぶべきプライヴェートな作品であり、「一人ベッドで」は特にそんな要素が濃くて、もし「ビジネス的」なプロデューサーが製作していたら真っ先にオミットされる、或いは大幅に書き換えられるような・・・そんな曲がむき出しの原型をとどめたまま収録されていることこそがこのアルバムの目玉なのだ、と気づくことになります。

72年というと、邦楽の「作曲」作業が技術的にも構成的にも大きく飛躍した時代。「一人ベッドで」は(あくまでも「当時」の)プロの目からするととても未熟な曲と捉えられたかもしれません。
しかし、もし近年のアルバムの中でこの曲がリリースされていたとしたらどうでしょう。それは、ベテランの作曲家が腕をしならせて提示する愛らしい小品、例えば映画の挿入歌であったり、舞台のワンシーンに演奏時間も雰囲気もピッタリ当て込むような「熟練」の作曲手法として散見される類のものに見えます。
「一人ベッドで」は、若きジュリーの「歌」であるが故に、妙に時代的に早過ぎる曲なんですよ。

しかもよくよく考えてみれば、同時期の音楽とリンクしている曲でもあるんですよねぇ。

Hitoribedde


↑ 今回の参考スコアは、Mママ様からお借りしている『深夜放送ファン別冊・沢田研二の素晴らしい世界』から。
この本は時々古書店で凄まじい値段で販売されているのを見かけます。採譜の精度は低いですが(今回の「一人ベッドで」にも、「B♭」が抜け落ちる致命的な箇所があったりします)、本当に貴重な資料が今自分の手元にあることに感謝! 

詞はジョン・レノンが妻の小野洋子さんに日本の俳句を伝授され影響を受けた『ジョンの魂』収録の一連の「最小限にまで言葉を削った」短いヴァース・リフレインそのものですし、曲(メロディー)についてはそのまま井上バンドがインストものとして『太陽にほえろ!』挿入曲へとシフトさせても違和感なく成立してしまいそうな映像感があります(『太陽にほえろ!』風にインスト・タイトルをつけるなら、「”眠り”のテーマ」といったところでしょうか)。

驚くほどに親身で噛みくだきが良く大衆性もある、それでいてジュリーがファンに手紙を書いたかの如き私的な「シンプルさ」。僕にはどのようにしてジュリーがこういう詞曲を生み出したのかが当初まったく分からなかったのですが、その後『ジュリー祭り』に参加し多くの先輩方に出逢い、古い貴重な資料などを見せて頂いて・・・『女学生の友』のフォトポエムを知った時に「あぁ、これか!」と思いました。
ジュリーは決してその時々の「思いつき」の作詞家、作曲家ではなかった、日々充分「稽古」していたのだと納得させられたと言いますか。
流行雑誌に「アイドル歌手(と敢えて言いますね)のポエム連載」企画が立ち上がったとして、本来ジュリーほどの人気歌手なら自らはフォトの仕事だけ、あとは編集者がそれっぽい文章を併記し、ポエム本編はゴースト任せで何ら問題は無いし、むしろそれが普通のやり方です。実際、『女学生の友』のフォトポエムも連載開始当初はそのスタイルじゃないですか。
ところがジュリーは「この企画に沿う詞を自分で書く」ことをやってみよう、と。なにかしら面白いんじゃないか、と。そう考えるタイプの人だったんですね。
で、やり始めたらそりゃあ進歩しますし深化もしますよね。それが連載同年リリースの『JULIE Ⅳ~今僕は倖せです』に自然に反映されていると。
特に「一人ベッドで」はアルバムの中でも『女学生の友』一連のフォトポエムに最も手触りが近い1篇。
アルバム『JULIE Ⅳ~今僕は倖せです』の特異性、「一人ベッドで」のプライヴェート色に同時期のポエム連載が深く関わっていたことを、僕は初聴時から数年かけてようやく理解しました。

ところで、その後はどうか分かりませんけど、72年当時のジュリーは普段「ベッド」ではなくお布団敷いて寝ていますよね。同じ時期のどの資料だったか、ジュリーは寝る時は自分で布団を敷いて、雨戸をガッチリ閉めて部屋を真っ暗の状態にして眠る、と書いてあったはずです。
ならば「一人ベッドで」はジュリーにとって「自宅」以外の環境を描いた作品ということになります。

夜も 更けて 冷たいベッドで
Dm   F         Gm     B♭  A7

からだよこたえて 疲れた心  に ♪
Dm     F              Gm     B♭ A7

72年秋のリリース、ということを考えればやはりこれはショーケンと一緒にギリシャに行った際のある日、撮影を終えてホテルに帰ってきて「疲れた~!」とベッドに倒れ込む・・・そんなことを歌った歌なんじゃないかな、と想像できます。
「やりきれない」とか「いやなこと」とか結構ダメージ度の高いフレーズが多く使われていますが、僕はそれらのフレーズにさほどの重さは感じません。むしろ充実感や「明日もまた大変やな~。でも頑張るか!」といった「仕事に燃える若きジュリーの、1日のしめくくりの歌」と捉えたいです。純潔な男っぽさを感じますね。
疲れながらも、しっかり今日、明日と向き合っている・・・「一人」になれるつかの間の時間を楽しんでいるような感覚すらある、と思いますがいかがでしょうか。
「身近なところから色々な題材を拾ってみよう」と喜怒哀楽すべてを前向きに盛り込んだアルバムで、「哀」を担ったのがこの曲、と僕は受け取っています。

堯之さんのアレンジ、井上バンドの演奏で僕が特に惹かれるのは、歌メロの最後にくっついてくる堯之さんのアコギとサリーのベースのユニゾンですね~。
たった1小節のブルー・ノート・フレーズがあるだけで、曲全体の緊張感が大きく違ってきます。
このアレンジ・アイデアは、やはり『太陽にほえろ!』のサウンドトラックと同時進行のレコーディングだからこそ生まれたのではないでしょうか。「歌の場面を切る」演奏感覚は『JULIEⅣ~』独特のものです。
初聴時に「一人ベッドで」を(良い意味で)「変テコな曲」と感じたのは、この堯之さん渾身の一瞬のアレンジが耳に残ったからかもしれないなぁ。


③『愛をもとめて』より「脚色」の話

今日はジュリー界の時事ネタ(と言ってももう先々週の話題になってしまうのですが)から思い当たったラジオ音源のご紹介です。
ジュリーファンのみなさまならご存知の通り、先に発売された『週刊現代』にて『芸能界「ステゴロ」(素手の喧嘩)最強は誰だ!?』なる企画記事が掲載され、そこにジュリーの名前も挙げられていたそうですね。
僕は記事そのものは読んでいませんが、saba様のブログでだいたいの内容は掴めました。

ジュリーが喧嘩が強い、ということ自体のは間違いないのでしょう。ジュリーの周囲にいた人達の証言、多々ありますから。ただ、こういう「芸能人の武勇伝」的な記事ではなにかしらの脚色はされてしまう・・・それもまた言えると思います。
今日ご紹介する『沢田研二の愛をもとめて』の放送回では、20代のジュリーがそんな「芸能人のエピソード記事の脚色」について、自らの「あるある話」をしてくれています。詩の朗読メインの回だったのか話自体は短いのですが、この機に書き起こしてみましょう。


自分の過去とか経験というのは、他人に話す時どうしても・・・なんというか、脚色するというかね、まぁ特に僕らみたいなこういう、人に見られるっていうか、そういう仕事をしてますとね、やっぱり脚色されますわね、うん。「勉強はよくできた」か「ぜ~んぜんできひんかった」か、どっちか極端になりますわね(笑)。
「全然できひんかった奴がこうなった!」とかさ、「すごくおとなしかったのがこうなった」とかね。
まぁ僕はおとなしかったですけどね。

それと、まぁ中学時代野球をやってた・・・本当は僕はキャプテンで一塁を守ってた。ファーストをね。
でも最初の頃は(デビュー当時は?)「野球部のキャプテンで、ピッチャーで、4番で」とか(書かれて)。そうした方がカッコええもんね。
やれ高校時代にちょこっと空手部にいた、と。そしたら「空手をやってる」と。「段を持ってるんじゃないか」とか・・・何でもそうですね。

それからまぁ、逆に自分が「こうだったんだ」「ああだったんだ」と記憶していることと、(周りにいた)人がその当時のことを思い出して話したりすると、すごい僕が思ってるのと違ってた、ということがあるんですね。
例えば僕は中学時代、いわゆる番長グループの中にいまして、「一目置かれてる」と思ってたら、それが(人によれば)そうでもないのよね。なんか「おとなしくて、勉強してへんようでもできる人やった」・・・なんてまぁ、それは余計な話ですが(笑)。
ハハハ・・・まぁエエやないですか、うん。

話をしている時のBGMが「白い部屋」で、ジュリーが最後に「僕の新曲」と紹介していますから、75年3月くらいの放送ですね。
ジュリー26歳、なんともてらいの無い俯瞰力です。
一般的に20代の男って、ことさら自分を大きく見せようとするものです。ましてや、それこそ「人に見られる」仕事だったとしたらね。
でもジュリーの「脚色されとるなぁ」とか「そうしちゃう時、あるなぁ」という話し方はすごく自然で、ピュアなんですよねぇ。「謙遜」ともちょっと違う、やっぱり俯瞰力の高さなんだと思います。
加えて「何がポイントか」を世間の常識、憶測から成るある意味での「脚色」に囚われずに判断するという、そういう素質があって、今現在も僕らファンが予想もしていないこととか、あっと驚く想定外のやり方を自然に考え実行に移せるわけですよね。

「自分の曲で、自分のプロデュースでアルバムを作りたい」というのもその一例であり原点でもあり、『JULIEⅣ~今 僕は倖せです』の製作が実現したことも、ただ「人気があって周囲の脚色に乗っかる」だけではないジュリーの本質と言うか気骨と言うか、それがあって刻まれた歴史なんだなぁと改めてこの新規ファンは感心させられているところなのです。
ジュリーのそういう気質が、このアルバムの時点でもう作曲作品にもひそやかに反映されているのかな。


それでは、オマケです!
今日は当然『女学生の友』連載のフォトポエムから。Mママ様が長年保管されていた切抜き資料です。
ポエムのテーマはちょっと今の季節とは違うようですが(たぶん夏の終わり)、「何か特定のテーマがあった方がうまく作れる」とジュリー自身が語り、近年の「祈り歌」で完全に突き抜けた作詞感覚は、72年のこの頃から育まれていたのだと改めて思います。


Photolake1

Photolake3

Photolake2


そう言えばジュリーは2012年のびわ湖公演で、「子供の頃に泳ぎにいったのは琵琶湖」と話してくれました。レスリング選手みたいなつなぎの水着を着て、通りかかりの人に「可愛いねぇ」とか「おとなしいねぇ」と言われたら一層おとなしくして見せていた、とか。
僕は参加できませんが、今年の古希ツアーでは久々のびわ湖公演があります。
参加されるみなさまは楽しみですね!


では次回の”作曲家・ジュリーの旅”シリーズでは、もう1曲70年代の名曲を。

今日の「一人ベッドで」は王道のコード進行でしたが、次はとんでもない変態作曲の名曲ですよ~。
アルバム『チャコール・グレイの肖像』から、これまた大好きなナンバーを予定しています。お楽しみに!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2018年4月20日 (金)

ザ・ワイルドワンズ 「バカンス事情」「Love Island」

from『ROMAN HOLIDAY』、1983

Romanholiday

1. ロマン・ホリディ
2. Hello Summer Girl
3. 6月のジェラシー
4. きらきらお嬢 Summer
5. 最後の楽園
6. 避暑地の出来過ぎ
7. バカンス事情
8. Joe
9. Love Island
10. 想い出の渚

---------------------

今年のジュリーの新譜『OLD GUYS ROCK』の中では「ロイヤル・ピーチ」が圧倒的に好きになった僕ですが、仕事中などCDを聴いていない時に脳内でリピートしているのは相変わらず「屋久島 MAY」。
今年の新譜は例年に比べじゅり風呂界でそれぞれの楽曲が話題に上ることが少ないような気がしてちょっと寂しい思いをしています。僕の考察はいささか固い、甘い、というところがありますから、毎年みなさまのご感想を楽しみにしているのですが・・・。

でももちろん、敬愛する先輩方のいつくかのブログ様では記事がupされておりまして、特に「屋久島 MAY」については「目からウロコ!」状態です。

例えばsaba様はこの曲のテンポを「屋久島の縄文杉を見にいった時のジュリーの歩く速度」と書いていらして、「あぁ、本当にそんな感じだったんだろうなぁ」と。
2拍子は「行進曲」の鉄板。そんな中に「徒歩曲」ってのがあっても良いよね~。とすれば「屋久島 MAY」はピッタリではないでしょうか。
ちなみに昨年4月に母親の13回忌で鹿児島に帰省し「嘉例川」駅に立ち寄った時ウグイスが賑やかに鳴いていたけど、こちら首都圏では全然聞かないなぁ、と御記事を拝見しながらそんなことも考えました。

また星のかけら様は「こういう覚えやすいメロディーって、ヒットするんじゃないだろうか」と書いていらっしゃいました。これまた僕の盲点。
「屋久島 MAY」がヒットしている世の中を妄想してニヤニヤしてしまいました。「平和」を実感できそう!
『OLD GUYS ROCK』はいわゆる「マキシ・シングル」なのでそこからさらに1曲シングル・カット、というのはあり得ない話ですが、この新譜を「アルバム」に見立てたとしてジュリーがどの曲をシングルに選ぶか、と考えたら意外に「屋久島 MAY」じゃないかと・・・いつも僕の中の安易な「常識」の上を行くジュリーですから。


では本題。
今日4月20日は加瀬さんの4回忌。頑張って昨日までに下書きを終え、朝出かける前の更新です。

今年も加瀬さんの命日にワイルドワンズのナンバーを採り上げますが、今回のお題は加瀬さんの作曲作品ではありません。
「えっ、じゃあ誰の曲よ?」
・・・よくぞ聞いてくださった。
今日のお題2曲はいずれも、ワイルドワンズ再結成期、83年リリースのアルバム『ROMAN HOLIDAY』にジュリーが作曲提供した「隠れた名曲」なのですよ~。

このアルバムはもちろん加瀬さんの作曲作品も収録はされていますが、基本的には作家を外部招聘して、83年という時代に即した音作りで新たなワイルドワンズの世界観を提示したコンセプト・アルバム。シティ・サウンドなワイルドワンズです。
作曲家・ジュリーはそんなアルバムにどのように貢献したのでしょうか・・・ということで伝授です!


①80年代前半は作曲家・ジュリーの覚醒期!


Romanholiday2


僕がアルバム『ROMAN HOLIDAY』を購入したのは、加瀬さんが亡くなられてしばらく後だったか・・・mixiで仲良くさせて頂いている先輩が「ジュリーが2曲作っていますよ」と教えてくださり、俄然興味が沸きまして。
僕は常々、80年代前半のジュリーの「作曲」への熱度は尋常じゃない、と感じていました。ジュリーはこの頃、自身のシングルやアルバムは当然としてそれ以外にも色々な人に作曲提供していますよね。
代表格はアン・ルイスさんの「ラ・セゾン」。このシングルは両面ジュリーの作曲です。
また、このブログでも1曲過去に記事を書いている原辰徳さんの歌手デビュー・アルバムに2曲。さらに、まだ聴けていませんが「シブがき隊」の曲もあるらしい。

何が凄いって、『ヤング』掲載のスケジュール表なんか見てても、この頃のジュリーってメチャクチャ忙しいじゃないですか。それでもこれだけの「作曲家」活動に邁進していた・・・正に超人級の活躍です。
やっぱりジュリー本人の中で曲作りへの開眼があり、その自覚もあり、また「渚のラブレター」「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「麗人」を立て続けにヒットさせたことで、業界の間でも「作曲家・沢田研二」の評価がうなぎ昇りの時期だったのでしょう。
これをして僕は80年代前半を「作曲家・ジュリーの覚醒期」と位置づけたいです(一方で、作詞の覚醒期が80年代後半なのではないかと考えています)。
ニュー・ワイルドワンズのアルバム企画がそんな時期に立ち上がった際、加瀬さんとの関係を考えれば作曲家・ジュリーの起用は自然な流れと思えますよね。

ジュリーは自らのパフォーマンスと同様、「依頼された作曲」についても「全力」なのは当たり前として、すごく真面目です。しっかり「誰のために、どのバンドのために作る」かを考えて作曲しているのが伝わってくる・・・ワイルドワンズの『ROMAN HOLIDAY』収録2曲はそんなジュリーの姿勢が明快に表れた作品。
具体的には、まずジュリーが提供2曲を「バラード寄りでハートウォームな長調ポップス」(「バカンス事情」)、「激しい抑揚で攻める短調のビート・ロック」(「Love Island」と、明快に「色分け」をしていること。
これは当然ワイルドワンズが誇るツイン・ヴォーカリスト、鳥塚さんと植田さんいずれが主を張るナンバーなのかを想定して作曲しているわけですよね。

第二には、そんな「色分け」がされまったく違ったタイプの2曲がそれぞれ「ワイルドワンズ」のカラーを裏切らない、彼等の「得意」なメロディー、コード進行で作られていること。
いずれもジュリーの作曲作品としては珍しく「maj7」のコードを採用。「maj7」については、2015年のツアーで、その時セットリストしていた「夕なぎ」(のちにワイルドワンズが歌詞とタイトルを変えた「セシリア」としてリリース、2010年のジュリワン・ツアーでもセットリスト入りしました)に絡めて「加瀬さん作曲」の個性を示すコードとしてMCで語ったことがあったそうですね(僕はその場にいませんでしたが、ブログに頂いたコメントをきっかけに先輩から詳しくお話を伺うことができました)。
『ROMAN HOLIDAY』への楽曲提供に臨んでジュリーが「maj7」をワイルドワンズ・ナンバーの鍵としたのは、非常に興味深い手法です。

様々なコード・ヴァリエーションや進行例も会得済みだったと思われる83年は、作曲家・ジュリーがノリにノっていた時期であること疑いありません。
加瀬さん達の期待にも見事応えたジュリー・・・次のチャプターでは、アルバムへの提供2曲それぞれについて詳しく書いていくことにしましょう。



②「バカンス事情」

Romanholiday3



『ROMAN HOLIDAY』収録のジュリー作曲作品、まずはアルバム7曲目(レコードだと「B面2曲目」だと思われます)の「バカンス事情」が最初に登場します。

作詞は岩里祐穂さん。
岩里さんはこのアルバムでは他に、シングル・カットされたタイトル・チューン「ロマン・ホリディをはじめ「最後の楽園」「避暑地の出来過ぎ」と、計4曲の作詞を担当されていて、メインライター級の活躍です。83年当時はちょうど岩里さんの才能が見事開花しようという「ブレイク寸前」の頃。「さきもの買い」を得意とする加瀬さんらしい起用、と言えるかもしれません。

「バラード寄りのハートウォームなポップス」ですから、ヴォーカルは鳥塚さんで決まり。
詞のシチュエーションは「フランスのニースをバカンスで訪れた邦人男性が、あいにくの雨にもめげずに女の子を物色する」という感じなので、もしジュリーが歌ったらエロエロ路線にもなるのでしょうが、鳥塚さん独特の語尾をスッと抜く朴訥な歌声ですと「雨か~、まいったな~」みたいな穏やかな歌になっています。その方がメロディーには合っていますし、作曲者・ジュリーとしても「狙い通り」のヴォーカル・テイクじゃないかな?

アレンジは矢島賢さん。ジュリーファンにはお馴染みのお名前ですよね。
個人的にも、阿久=大野時代のアルバム(特に『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』)での矢島さんのギター・ソロは大好物です。そんな腕利きギタリスト・矢島さん、この曲では敢えてギター・トラックを抑え目のアレンジで勝負。
間奏はキーボードの美しいフレーズと大胆なベース・ソロを採用していますが、このベースが(エフェクトの効果もあり)まるで波音のように聴こえます。

ところで、アルバム『ROMAN HOLIDAY』って、演奏陣に謎が多いんです。
CDのブックレットを見ますと演奏クレジットはワイルドワンズのメンバーのみ。そして最下行に
「*アーティスト、スタッフの表記は発売当時のものを使用しています」
との但し書きがあります(上添付画像参照)。

要は「本当は他のミュージシャンも多数参加しているけど、クレジットはそれらを割愛したLPリリース当時のまま転載しています」ということ。と言うのも、もちろんベーシック・トラックの多くはワンズの演奏でしょうが、このアルバムは結構キーボードを前面に押し出したアレンジの曲が目立つんですよ。
「バカンス事情」では木管系の音色のシンセとエレクトリック・ピアノ、という具合にね。
矢島さんがアレンジを担当しているのは、この曲と「6月のジェラシー」ですが、もしかしたら渋いギターをご自身で弾いていらっしゃるのかもしれません。僕の耳では残念ながら聴き分けられないんですけどね。

さて、ジュリーの作曲。「ワイルドワンズ対策」に特化した曲作りとは言え、当然そこにはジュリーならではの手クセや好みも身受けられます。
「バカンス事情」をそれ以前のジュリー作曲ナンバーとの比較で表現するなら、「バタフライ・ムーン」をゆったりめのテンポに落とした感じ、とすれば伝わり易いでしょうか。例えば冒頭から配されるサビ部

a ten day's Journey 勝手な
C                           G7

a ten day's journey バカンス ♪
G7                        C

は、「バタフライ・ムーン」の

人生はバタフライ
C        G7

花から花へ飛ぶよ ♪
G7            C

(註:「バタフライ・ムーン」はホ長調ですが、ここでは比較し易いように「バカンス事情」のキー、ハ長調に移調させて表記しています)

コード進行だけでなく、メロディーもよく似ています。良い意味で能天気な明るさ、開放感も共通。その上で全体のイメージは違うというのが肝です。
ジュリーは「バカンス事情」を「湘南サウンド」に寄せて仕上げていると僕は思いますね。

あとは、Bメロの「いかにもジュリー」といった感じの不思議な小節割りに惹かれます。詞先でないとこうはならないと思うのですが、実際はどうなのでしょうか。
いずれにしてもそれらはジュリーの個性。作曲家として幅が出てきているのがよく分かる名曲です。


③「Love Island」

Romanholiday4


続いて9曲目(レコードだとB面4曲目?)に登場するのが「Love Island」。
作詞は秋元康さんです。84年リリースのジュリーの名盤『NON POLICY』の前に、ワイルドワンズのアルバムでジュリーと一緒にお仕事されていたんですね。しかも作詞・作曲のコンビとして。

で、この曲は秋元さんの詞、ジュリーの作曲いずれも「ひととき(一夜)のワンダフル・タイム」的な雰囲気があります。ワイルドワンズのイメージが「海」「夏」とすれば、ジュリーにとってマリンサウンドな「A WONDERFUL TIME」(ご存知ジュリーのアルバム・タイトルチューンの曲ね)とのリンクは自然な発想だったのかも。
そこをガッチリと引き受けて表現しきっているのが吉田建さんのアレンジで。
ニュー・ワイルドワンズに爽やかな16ビートを提示した建さん。アルバムではもう1曲「避暑地の出来過ぎ」も建さんのアレンジですが、いれも情熱的なビートものに纏め上げています。
しかも「避暑地の出来事」ではホーン・セクション、「Love Island」にはヴァイオリンを導入。83年のレコーディングで建さんアレンジの曲に生ヴァイオリンが入っているとなれば、ジュリーの「枯葉のように囁いて」「裏切り者と朝食を」同様、ムーンライダースの武川雅寛さんが演奏していると考えるのが自然ではないでしょうか。豪華なノン・クレジットというわけです。

あと、演奏面では間奏ギター・ソロ、これは間違いなく加瀬さんでしょう。みなさまもお聴きになれば「あっ、そう言えばジュリワン・ツアーの「Oh!Sandy」で加瀬さんこんな弾き方してたよなぁ」と懐かしく思い出したりするのではないでしょうか。

そんな情熱的なビートで攻める短調のナンバーに、かき鳴らされるヴァイオリン・・・こうなるとヴォーカルは植田さん以外考えられません。ハスキーな歌声は、この手の曲だと特にカッコイイです。
タイプの違う複数のヴォーカリストを擁しているのは、タイガースのみならずワイルドワンズの大きな武器で、ジュリーもその点は当然承知の作曲ですよね。

ちなみにちょっと話が逸れますが、植田さんはこのCDブックレットに結構長めの文章を寄稿してくれていて、その中に面白い話が。
バンド名「ワイルドワンズ」の名付け親が加山雄三さんというのはあまりにも有名ですが、加山さんから「英語で”自然児”という意味。プロに毒されていない、手垢がついていないということだ」と名前の由来を電話で聞いた加瀬さんがメンバーにその話を伝えた時、鳥塚さんが
「修善寺ですか?」
と言ったんだとか(笑)。
加瀬さんは
「バカだなお前、修善寺じゃない、自然児だよ」
と。
で、この逸話はデビューしてからステージのMCでもよく使っていたんですって。
どこか天然な鳥塚さんと、それを面白そうに解析している植田さん、というのは、ワイルドワンズの2系統それぞれのヴォーカル・スタイルによく表れているのではないかと僕は思っています。

さてジュリーの作曲。全体の仕上がりは先述の通り佐藤健さん(「たける」さんではなく作曲家の「けん」さんの方ね。念のため笑)の「A WONDERFUL TIME」に似ているのですが、それ以前のジュリー自身作曲のナンバーとの比較で考えるなら、僕は「Love Island」の以下の進行箇所に注目してみたいです。

恋も面白いね ♪
E7  A7       Dm

この「E7」の採用。
Dmのキー(ニ短調)で「E7」を使う手法は、それぞれキーこそ違えど、「麗人」の「束縛も♪」の箇所や、先日記事を書いたばかりの「嘘はつけない」での「気分になれる♪」の箇所と理屈はまったく同じ。
どうやらこの進行は短調のビート・ナンバーを作曲する際のジュリーの手クセであり、得意技でもあると言えそうです。

ジュリーは80年代、「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「十年ロマンス」「麗人」「灰とダイヤモンド」「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」のシングル群に象徴されるように、短調のメロディーに自作曲の「ヒット性」を求めていたようです。
そう言えば「ラ・セゾン」もそうですよね。
『ROMAN HOLIDAY』への作曲提供でジュリーが製作サイドから依頼された具体的内容は分かりませんが、作曲段階で「あわよくばシングル」を狙ったとすればこちら「Love Island」の方だったんじゃないかなぁ。


このように『ROMAN HOLIDAY』は加瀬さん作曲のナンバーこそ少ないものの、作詞、作曲、アレンジそして演奏と、外部の様々なキャリアのプロフェッショナルがアイデアを持ち寄り、丁寧に作り込まれた好盤です。
そのプロフェッショナルの中で我らがジュリーも作曲者として一際存在感を放っている、というのがやはり僕らにとって大きなポイントでしょう。

全体の音作りは、ジュリーのアルバムで言えばまずやはり『A WONDERFUL TIME.』、或いは『JULIE SONG CALENDER』を彷彿させます。
ワイルドワンズ『ROMAN HOLIDAY』を未聴のジュリーファンのみなさま、この機にアルバムを聴いてみてはいかがでしょうか?


それでは、オマケです!
今日は、いつもお世話になっているピーファンの先輩に以前お借りしてスキャンさせて頂いた切り抜き集の中から、81年ウェスタン・カーニバルの資料です。
記事お題曲とは年が異なる資料ですが、ワンズとタイガースのショットが揃っておりましたので・・・。


81wc2

81wc1


2015年、加瀬さん突然の旅立ち。あの悲報は、つい昨日のことのように思い出されます。
もう4回忌ですか・・・早いものです。
これからも僕はブログを続ける限り、この4月20日にワイルドワンズの曲をお題に採り上げていきます。
今年はジュリーからの提供2曲を纏めてという形でしたが、来年はまた加瀬さん作曲のナンバーを書きますからね、加瀬さん。



では次回更新から再び自由お題です。
「何かテーマは・・・」と考えていて思いついたのは、このところ「嘘はつけない」そして今日のワイルドワンズの2曲と、ジュリー作曲ナンバーのお題が続いているので、その勢いに乗って”作曲家・ジュリーの旅”シリーズを書いていこうかな、と。
斬新な変則進行から王道まで、ジュリーの作曲作品は本当に幅広い。70年代から2000年代まで、5曲ほどを5月いっぱいまでに書くつもりです。

それが終わって6月に入ったら、いよいよ古希ツアーのセトリ予想ですよ~。そこで『ジュリー祭り』セットリストで未執筆の残り3曲も書くことになります。
「まだまだツアー開幕までは遠いなぁ」と感じていたのですが、そう考えたらあっという間・・・かな?
どうぞお楽しみに!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2018年4月15日 (日)

沢田研二 「嘘はつけない」

『JULIE SINGLE COLLECTION BOX~Polydor Yeas』収録
original released on 1980 シングル「酒場でDABADA」B面


Dabada

disc-31
1. 酒場でDABADA
2. 嘘はつけない

---------------------

新しいNHK朝ドラが始まっていますが、みなさま観てますか?(朝ドラ好きのジュリーはたぶん観てる・・・と思うけどどうかな?)
僕は会社の昼休みにテレビでNHKがつけっ放しになっているので自然と朝ドラは再放送で全作網羅する感じなんですが、今回の『半分、青い』は、普段朝ドラに見向きもしないカミさんがせっせと録画をしておりますので自宅でも観ることができます。
と言うのも、カミさんは数年前から佐藤健さんに嵌っているのですな~。
『半分、青い』に出演する佐藤さん(たぶんヒロインの相手役なんだと思う)は他NHK番組での番宣露出も多く、最近の我が家は夕食のお供がほぼ佐藤さん出演番組の録画鑑賞という状態になっております。
カミさん曰く
「朝ドラ観てるジュリーファンの中で何人かは必ず佐藤健に堕ちるはず!」
とのことで、女性から見ると佐藤さんはちょっとジュリーに重なる魅力もあるっぽいです。

それにしてもこの数年、カミさんはことあるごとに佐藤健が佐藤健がと連呼するので、僕は遂に昨年、旦那の威厳をもってガツン!と叱りつけてやりましたよ。

『仮面ライダー電王』観ずして佐藤健を語るな!

と(笑)。
僕は昔から特撮好きではありますが、DVDを全巻購入するほどまでに入れ込んだ作品はほんの僅か。佐藤さんの出世作となった『仮面ライダー電王』(2007年放映)はその中でも筆頭格でした。
旦那の意見を素直に聞き入れ『電王』を観始めたカミさんはまたたく間に主人公を演じる佐藤さんのみならずスーツアクターの高岩成二さんにまで嵌り、現在カミさんの部屋は『電王』登場キャラクターであるイマジンのフィギュアで溢れかえっています(笑)。

180325_9


こちらは先月川越に遊びに行った際に訪れた、『仮面ライダー電王』ロケ地として有名な『モダン亭太陽軒』さん。
実際には洋食屋さんなのですが、『電王』作中では佐藤さん演じる主人公のお姉さんがきりもりしている喫茶店『ミルクディッパー』の外観として登場します。

ということで僕らは夫婦で佐藤健さんを応援中。

『半分、青い』は今週から青年期に突入するという、ちょうど佐藤さん登場のタイミングです。ジュリーファンのみなさま、是非『半分、青い』を観ましょう!


おっと、久々にお題とはまったく関係のない枕を長々と・・・失礼いたしました。
前回に引き続き、今日もジュリー珠玉のシングルB面曲を採り上げます。
『酒場でDABADA』のB面で糸井重里さん作詞・ジュリー作曲「嘘はつけない」、伝授です!


①50周年ツアー会場BGMの思い出

と言いつつ、今日は曲の考察自体は少なめです。
枕に引き続き、記事本文でものっけから話が逸れてしまうのですが・・・。先の50周年ツアーの参加会場でBGM体感したジュリー・シングルB面曲を、僕はあれこれと今改めて思い出しているところ。

僕の場合は初日のNHKホールと11月の松戸がほぼ同じ内容だったりするなど、全時代まんべんなくとはいきませんで、結果オールウェイズ&エキゾティクス期、CO-CoLO期、JAZZ MASTER期をまったく聴くことなくツアーを終えました。
やっぱり「もうするステージが始まる」という緊張感、期待感の中で会場内音響で体感するBGMというのは、ただ自宅で聴く時とは違う味わいがあって、しかもそれがシングルB面群という素晴らしい趣向・・・全時代をひと通り聴いてみたかったのでその点は少し残念。まぁ巡り合わせですから仕方ないんですけどね。
今日のお題「嘘はつけない」も僕の参加会場では遂に聴けずじまいでした。

みなさまはそれぞれ参加された会場で特に印象に残ったB面曲、ありましたか?
僕が「おおおっ!」と盛り上がったのは、12月の武蔵野公演。おフランス・シングルのあたりで入場して、着席してからはじっくりと阿久=大野時代の濃厚なB面名曲群を満喫。今さらながら凄い詞曲の組み合わせだなぁと聴き入っていたら、「真夜中の喝采」が終わったところでブザーが鳴って「まもなく開演」のアナウンス。
「え~と、アナウンスの後もBGMって流れるんだったっけ?」と考えた瞬間に「バタフライ革命」のイントロが始まりました。いやはや、「まもなく開演」からの「バタフライ革命」って・・・インパクトあり過ぎでしたよ~。

詞を普通に考えれば、曲想的には「パーティーさわぎ~♪」と歌う「真夜中の喝采」が軽快なテンポで、「お前は男~♪」と歌う「バタフライ革命」がしっぽりとしたバラードとするのが本来似合いそう。でもそれを平気でひっくり返しちゃうのが阿久=大野時代の醍醐味なんだよなぁ、とそんなことを考えつつジュリーとバンドの登場を待っていた・・・これが僕の50周年ツアー・会場BGMの一番の思い出ですかね~。

ファンはそれぞれ自分の中に「ジュリー像」を体現する詞曲というものを違う形で持っていると思うけど、世間一般のジュリー像って、やはりこの時期の阿久さんの詞のイメージだと思います。
阿久さんは「男のやせがまん」という言葉を使っていたと聞きます。まぁ「ダンディズム」になりますね。
男性作詞家が書く(投影する)ジュリーの詞、突き詰めればここに極まれり。80年代以降、大津あきらさんや秋元康さんが阿久さんのその路線を踏襲しつつ、名編を生み出していきました。

では、比類なきオリジナリティーで新たな「ジュリー像」を果敢に切り開いた糸井重里さんは、その点どうだったのでしょう?
「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」。はたまた「MITSUKO」「みんないい娘」「HEY!MR.MONKEY」「クライマックス」・・・糸井さんの描くジュリーは、いかに主人公の「男」が漲っていようとも阿久さんのそれとはまったく違うように感じられます。
しかしただ1篇だけ、阿久さんが確立させた「ジュリー像」にとても近い作品、それが今日のお題「嘘はつけない」ではないでしょうか。
といったところで、次のチャプターからようやく楽曲の考察に入ります~(汗)。


②「みんないい娘」とは兄弟曲?

僕が「嘘はつけない」を初めて聴いたのは2009年、大枚はたいて購入した『JULIE SINGLE COLLECTION BOX~Polydor Yeas』でした。
僕もまだまだジュリーファンとしては基本知識が浅く、未知のB面曲を単独で聴いた時にリリース時期も特定できないような状態の頃。それぞれの曲を一応歌詞カードとクレジットを見ながら聴いていましたから、初聴時に「これは○○のB面」と頭に叩きこんでいくわけですが、何せ「こんな名曲があったのか・・・全然知らなかった」という、その数が多い。すべてをいっぺんには覚えられませんわな。
だからなのでしょうか、「嘘はつけない」のクレジットもずっと記憶が曖昧で。

作詞・糸井重里さん。
作曲・ジュリー。
編曲・松任谷正隆さん。

いずれも「へぇ、そうだったのか」とCDを取り出したその都度再確認してきた感じです。編曲の松任谷さんなんて、ジュリー・ナンバーとしては珍しいですよね。

まず僕はこの曲の作詞者を一時期阿久さんだと思い込んでいました。

裸のあなたがカメラを向けた
Em                                    D  Em

冗談(ジョーク)はよせよ
Am

思い出ができちまう
Am                    Em    F#7  B7                            

そろいのグラスでシャンパン飲めば
C          Em       D                    B7

愛に似たような 気分になれる ♪
Am         Em     F#7           B7

出だしから、阿久さんっぽくないですか?
「よせよ」とか「できちまう」とか「気分になれる」とかね。断定的と言うか、阿久さんの描く「男」の台詞回しを僕は連想してしまいます。

次に作曲者がジュリーという点。
これはね、特に違和感は感じていなかったんですが、昨年福岡の先輩から授かったジュリーのラジオ音源の中の『NISSAN ミッドナイト・ステーション』特別企画『ジュリーB面ベストテン』放送回で、ジュリー自身がこの「嘘はつけない」を「加瀬さんの作曲」と紹介しているんですよ(詳しくは次のチャプターで!)。
これは単なるジュリーの勘違い?
それとも当時のシングルレコードのクレジットが誤って「作曲・加瀬邦彦」と記されていて、ジュリーはそれをそのまま読み上げてしまった?
シングル盤『酒場でDABADA』をリアルタイムで購入し今も保管されている先輩方、お手数ですがその点チェックして頂けると嬉しいです。

僕の想像ではおそらく、当時ジュリーが作ったプリプロのデモ音源を加瀬さんが相当な範囲で手直しして、ジュリーとしては「ずいぶん感じが変わった」=「ほとんど加瀬さんが仕上げたような曲」というイメージが強く残り、その後「加瀬さんの曲」と認識するに至った、という・・・いかがでしょうか。
それ以前の曲にも、例えば「コバルトの季節の中で」は加瀬さんが手直ししてくれた、と話がありましたし、逆に「危険なふたり」はキメのメロディー部をジュリーの希望で変えたと言いますし。
ジュリーと加瀬さんはずっとそんなふうに「曲作り」を二人三脚でやってきたのでしょうからね。

で、「嘘はつけない」に加瀬さん色を感じながら改めて曲の仕上がりを紐解くと、リリース時期の近いアルバム『BAD TUNING』収録の加瀬さん作曲の名曲「みんないい娘」との共通点が浮かびあがります。
キーこそ違いますが(「みんないい娘」はニ短調、「嘘はつけない」はホ短調)、いずれもミディアム・テンポの短調によるビートもの。また、オルガンを前面に押し出すシャキシャキとしたアレンジや、サビでの並行移調のニュアンスもそっくりです(「みんないい娘」はヘ長調へ、「嘘はつけない」はト長調へ)。
さらに、作詞がどちらも糸井重里さん。これはまるで「兄弟曲」のような関係ではないですか。

そう考えると、先に「嘘はつけない」は糸井さんが唯一世間的なジュリーのイメージに沿って阿久さんの詞に近づいた、と書いた僕の考察も怪しくなってきます。
「みんないい娘」にはズバリ「嘘はつけない♪」というフレーズも登場。浮気な色男が可愛い女の子達を手当たり次第に口八丁手八丁で口説いていた中で、1人だけストップモーションの特別な存在を意識したのは、「大人の女性」だったのでは?

嘘はつけない 大人の女(ひと)に
G       Bm7     C        D7         G

嘘はつけない 大人の男 ♪
Bm7   Em       F#7       B7

「嘘はつけない」と「みんないい娘」は同じ女性のことを歌っているのかもしれないなぁ。てか、下手するとそれが「MITSUKO」さんなんだったりして。
糸井さん作詞のジュリー・ナンバーは約2年という短期間に限定されていて、だからこそそれぞれの詞の密度はとても濃いです。こうして色々と(強引に)作中の登場人物を関連づけてみるのも面白いですね。

糸井さんは今も多方面で大活躍されています。福島の原発事故については一貫して「反差別」の志を持つ糸井さん・・・それは先月「ロイヤル・ピーチ」の記事で書いた僕自身の考え方とよく似ていて、僕としては本当にリスペクトする人です。
ただ、ジャイアンツファンなんですよねぇ、糸井さんって。そこだけはちょっと・・・(笑)。

あと、このシングルのA面の方・・・「酒場でDABADA」についても少しだけ書かせて下さい。

盟友YOKO君の「元祖・ダイブ曲」です。
10年前の12月3日、2人連れ立って参加した初のジュリーLIVE『ジュリー祭り』の開演前、遥か高い2階スタンド席に着いて眼下のアリーナを眺めながらふと「どの曲のイントロが来たら、あそこ(アリーナ)にダイブする?」という物騒な話(笑)になって、僕は「ロンリー・ウルフ」、YOKO君は「酒場でDABADA」を挙げました。
あれから10年が経ちますが、その時僕らが口にした2曲はそれ以来未だにツアー・セットリスト入りしていません。ビッグチャンスだった先の50周年記念ツアーでも見送られ、「何故ジュリーはなかなかこの2曲を歌わないんだろう」と不思議に思い、昨年ジュリー道の師匠の先輩に疑問をぶつけてみました。
先輩は「酒場でDABADA」について、「以前DYさんがDABADAをセトリ予想で書いた時、昔からのファンは皆”それは難しいんじゃない?”と思っていたのよ」と。
しかし「でも、今年のツアー(50周年ツアー)を観てたら、”今のジュリーならDABADA歌えるわ!”と思った」のだそうです。

僕は新しいファンなので先輩の教えをうまく噛みくだけてはいないんですけど、「ジュリー本人が”その気”になる」ための高いハードルが「酒場でDABADA」という曲にはある、ってことなのかな。
先輩曰く「今のジュリーなら歌える」・・・僕には、数年前のジュリーと50周年ツアーのジュリーとでどんな変化が先輩に見えているのかまでは分からないのですが、古稀ツアーでの「酒場でDABADA」降臨に期待を膨らませています。
ということなので、さいたまスーパーアリーナのスタンドから10年越しのダイブを敢行するYOKO君を目撃したいみなさま、万難排して是非さいたまスーパーアリーナに集結してください!(笑)


③『ジュリーB面ベストテン』(後半部)

さぁここでは、昨年来猛勉強中のジュリー過去のラジオ音源、今日は前回の続きで『NISSAN ミッドナイト・ステーション』特別企画『ジュリーB面ベストテン』放送回の後半をお届けしますが、まずはお詫びから(汗)。
前回記事の予告で「惜しくもベストテンから漏れた11位から20位の曲」と書いてしまいましたが、『B面ベストテン』で発表されているのは11位から15位まででした(『A面ベストテン』の方では20位まで発表しているんですけどね)。ごめんなさい。
ということでその11位から15位の「隠れた名曲」についてジュリーのコメントを聞いていきましょう。

11位「世紀末ブルース」(35票)


何というタイトルなんだこれは(笑)。
またこれ演奏した時大変だったんですよ。横浜球場で。病気して、病気明けの時でございますよ~。その頃はオールウェイズというね、バックバンドでございました。
恐怖の世紀末ブルース、うん(笑)。


厳密には「シングルB面」としての「世紀末ブルース」はスタジオ・レコーディング・ヴァージョンなんですけど、やっぱりジュリーはアルバム『BAD TUNING』収録のLIVEヴァージョンのイメージの方が強いようですね。
そうかぁ、大変だったんだ・・・オールウェイズの演奏自体が大変なことになってるのに加え、ジュリーはまだ体調が万全ではない中での激しいパフォーマンスだったということなんでしょうね。
ちなみにほぼ同世代の男性ジュリーファンであり、じゅり風呂の大先輩でもあるkeinatumeg様が最近の記事で、「自分は世紀末ブルースに投票した」と書いていらっしゃいます。このラジオ番組をリアルタイムで聴いていらしたんですねぇ。羨ましい!

12位「遠い旅」(31票)


これはなかなかねぇ、渋い曲でございますよ。井上堯之さんの生ギターでね。難しい、何分の何、というコードが出てくるやつでございますよ。僕には弾けないという・・・ハッハッハ!

ジュリーは弾けないみたいですが僕は弾けますよ~。ただしカポ2のCで。

僕が現在のジュリー知識のまま『NISSAN ミッドナイト・ステーション』放送当時に遡ってラジオを聞いていたとしたら、たぶんこの「遠い旅」に投票しただろうなぁ。
前回書いた「美しい予感」も同じくらい好きなんだけど、あちらは「アルバム収録曲」のイメージが強いですからね。「B面」の括りなら僕は「遠い旅」推しです。

13位「旅立つ朝」(28票)

ちょっとこれはタンゴ調のリズムになっておりましてね。なかなかステージ映えした曲でございますよ。

14位「嘘はつけない」(25票)


糸井重里さんの作詞でございますね。曲は加瀬邦彦さん。

・・・ね?「曲は加瀬邦彦さん」って澱みなく言ってるんですよ、ジュリー。
先のチャプターでも書きましたが、実際のところどうなんでしょう。とにかく僕はこのラジオ音源を聞いたのが昨年のことで、ま~ブッたまげました。
だって、2015年の時点で僕は「加瀬さん作曲のジュリー・ナンバーはすべて記事に書いた!」と堂々と言ってしまっているわけですから。
慌ててCD取り出してクレジットを確認しましたし、ウィキも見てみて・・・やっぱり「作曲・沢田研二」となっているんでホッとしたんですけど。


この頃になると割と最近だから、これといって思い出も・・・あっ、そうだ。ジャケット見ました?髭はやして・・・髭薄いのに!
この時これね、睫毛につけるやつ・・・マスカラ?マスカラで(髭を)濃くしてね、撮影したんです。こんな写真のように濃くはならないんですよ、僕の場合は。


男性は、普段髭の濃い人より薄い人の方がカミソリ負けしやすいと聞いたことがあります。だから今ジュリーは髭を剃るのをやめて整えるだけにしているんじゃないかな。カミソリ負けが酷い人は「朝から大流血」なんて日常茶飯事らしいですから。
かく言う僕は・・・濃いです!南国系ですので(笑)。


15位「夕なぎ」(22票)

この曲は・・・この番組でも言いましたっけね、ワイルドワンズがタイトルを変えて、詞の内容も変えて、メロディーはそのまま使ってLPに入れとるんです。
しっかりしとるぜ、加瀬さん、作曲家!(笑)


以上が11位から15位。なかなか興味深いラインナップです。先輩方に人気が高い、というイメージがある「青い恋人たち」が入ってないのが意外でした(ベスト3にもランクインしていません)。
それではいよいよ3位、2位の発表です。

3位「月曜日までお元気で」
(89票)

これはもう今年の1月に発表した『麗人』のB面なんですけど、まぁこの1年足らずの間にね、ずいぶん僕のサウンドも変わったなぁとつくづく思いましたね。
それからやっぱり、曲のテンポを決めるっつうのは難しいな~。ステージなんかでやってると、もうちょっとゆったりめだもんね。(この曲は)ゆったりめの方が気持ちいいもんね、うん。


2位「ZOKKON」(108票)


これは僕の作詞・作曲でございましてね。
え~まぁ、「この曲はどういうふうに書いたんですか?」というお便りを当時たくさん頂きましたね。「これ、ひょっとして田中裕子さんのことを思いながら書いたんじゃないですか?」とか。そんなことは決してございません、ハイ。


なるほど、「ZOKKON」はそういう時期のリリースですか。でもこれはジュリーの言う通りだと僕は思いますよ。アルバム『A WONDERFUL TIME.』に収録されているジュリーの自作曲は詞曲とも「夏に向けて」という明快なコンセプトがあります。作ったのはちょうど今くらいの時期か、もうちょっと前でしょうけど、「夏からの新しいアルバムのツアーで歌う」ことを念頭に、夏らしい曲をということで2曲それぞれこういう詞になったんじゃないかな。
あとこれはね、「景気づけ」という役割を持つ曲。ジュリー自身が自らを鼓舞する・・・そんな進行、譜割りになってます。いずれ考察記事を書きますが。

ちなみにタイトルを発表する際ジュリーは「ぞっこん」ではなく「ぞここん~!」と発音しています。

さてここまで進んだところで、ジュリーがひとしきり「B面とは」と講義してくれています。
チャプターがかなり長くなりますがとても興味深い内容ですから、書きおこしてみましょう。


やっぱりB面って言うと・・・(シングルを買った人は、まず)A面聴いて「うん!」と。まぁ2、3回A面聴きますわね。で、ちょっと気分直しに「ああ、B面?あったね」という感じでB面パッと聴いて、「あ~、ふ~ん、B面ね」って感じで、またA面を聴くという。本当に「恵まれない」という感じがするんですけれども。
かと言って僕たち作る側としては、「これはB面用」なんて思って作るわけでは決してないんですよね。
いや・・・でも正直言ってあるかもしれないなぁ。
作家の心理としてはですね。「これがA面、ギンギンに行く!」・・・で、もう1曲、まぁ2曲ぶんシングル用で頼まれていたとしたらよ?例えば、(何も)言われなかったらどっちが(A面かB面か)分からないわけだから一生懸命に、僕の場合でも作るんだけど、割とね、(製作サイドから)2曲シングル用って頼まれる時には、詞が先にあったとしたら「こっちの詞のやつをバ~ッと思いっきりやって下さい。あとは(もう1曲は)流して結構です」なんて言われる時もあるね。時々あるよ!うん(笑)。

それからね、シングル候補が2曲あった時に、「1位、2位」ということで「A、B」となる場合と、LPを出す都合とかそういうのが色々とあってやね、「LPにも入ってる、シングルにも入ってる」ということよりも、「シングルにはLPに入ってない曲を入れると、ファンの人が買ってくれるんじゃない?」というそういうセコい考えで入れるような場合も、あるようでございますよ。
いや、決して僕のことっていうのではなくて・・・あるようでございますねぇ(笑)。ここだけの話ですが。
今日は暴露話になっております(笑)。


僕のシングルに関しては、ここ2、3年は本当に「1位、2位」になっていますね。A面をすべった曲がB面に入ってる、という場合が多いですね、うん。
まぁ何はともあれですよ、「出してみないと分かんない」ということがあるじゃない?
いつも決まったスタッフなりがいてね、そういうスタッフが決めるわけだ。「こっちもイイんだけどな~。どっちだろう?」なんて言いながらこう、いざパッと出して、「B面もイイ」なんて言われる場合がしょっちゅうあるわけですよね。人の好みにもよるだろうし。
でも過去において一番凄かったのは、タイガースの頃にね、「銀河のロマンス」、A面ね。B面が「花の首飾り」。これが完璧逆転しちゃったわけよ。こういうことっつうのはまぁ、凄いね。

それからね、「サムライ」を出した時に、(B面が)「あなたに今夜はワインをふりかけ」。「これもイイ!」って、ある番組なんかね、こっちの方がリクエストが多いとか、ラジオなんかでね。いわゆるオリコンなんかにも、「あなたに今夜はワインをふりかけ」が単独でランクに入ってきたりね。
でもそれが(A面とB面を)逆転する、ということまでにはいかなかったということでございましてね。
まぁ本当に、いまだに決して忘れないのは「花の首飾り逆転事件」というね。これはもう永遠にワタクシのウィークポイントであったりなんかするわけでございますけれども(笑)。


いやぁ面白い話です。
「花の首飾り」って、僕なんか新規ファンですから「かつてそういうことがあった」というのはまぁ知識としてありつつ、でもそんな気にすることのほどでも・・・なんて思っているのに、ジュリーファンの先輩方は一様にすごく気にされているから不思議に感じていたんです。
そうかぁ、ジュリー本人がず~っと気にしていて、みなさんそれをご存知だったということなんですね。

あと、A面B面を2曲纏めて作曲依頼される時の話も興味深い。ジュリーは実体験から話してくれていると思うので、アン・ルイスさんの『ラ・セゾン』の時にそんなことがあったのかな。
B面の「Clumsy Boy」も名曲だと僕は思いますが、じゃあそちらがA面で違和感無しか、と言われるとやっぱりねぇ。ジュリーは「あとは流して結構です」を真に受けて作ってはいないでしょうが、どうしてもそんなふうに依頼されてしまうと入魂度も違ってきたりするものなのでしょうか。

では放送本編に戻りまして、ここでジュリー本人からのリクエスト・・・「15位以内には漏れたけど僕が好きな曲」ということで

番外篇「甘いたわむれ」

がオンエア。
そしていよいよ1位の発表です。

1位「あなたに今夜はワインをふりかけ」(186票)


『ジュリーB面ベストテン』、栄えある第1位は、186票のダントツで「あなたに今夜はワインをふりかけ」でございました。
順当なところですね、この1等賞は。うん、そう思いますね。
さっきも話が出ましたけれども、これも「何でB面なんでしょう?」っていうお便りもね、たくさんありました。
でも僕たち思うんですけど、「この曲イイから、今度のシングルにとっておこう」なんてすると、絶対古くなるんですよ。「あの時のやつ出せばいいのに」と思っても大概ダメ。だからその時その時にやっぱり、新しいチャレンジをして、B面にしろ何にしろね、作ってやっていきたいと思いますね。「ストックの曲をB面に入れる」とかそういうことは決してしないようにしようと思っておりますよ、ハイ。
みなさまもこれからは、恵まれないB面に愛の手をさしのべて頂きたいと思っております。


その後時代は大きく変わり、今はもう「シングル・ヒット」なんて言葉すら意味が希薄となりました。
それこそジャケ違いだなんだと「セコい考え」のセールス戦略がが当たり前になったり、タイアップありきになったり・・・。最早「A面があってのB面曲の素晴らしさ」が前提として語れない時代になってしまいましたから、今の若い人達がこのジュリーの「B面講義」を聞いてもよく飲み込めないかもしれませんね・・・。

『ザ・ベストテン』全盛世代の僕はギリギリ「シングル・ヒット」の意味を知っています。
ウィングスの「デイタイム・ナイトタイム」、邦楽だとゴダイゴの「ア・フール」、ツイストの「cry」とか、「お気に入りのB面」が入ったシングルが実家に残っています。
僕は、今となってはもう貴重な、いい時代を過ごすことができた・・・『ジュリーB面ベストテン』のラジオ音源は、改めてそんなふうに実感させてくれましたねぇ。
ジュリーファンのみなさまの「私にとってのイチオシB面曲」、この機に是非教えてくださいませ。


それでは、オマケです!
今日は『G. S. I LOVE YOU』パンフレットの中から、「マスカラで髭を濃くした」ショットを4枚どうぞ。


Gs16

Gs8

Gs6

Gs5



では次回更新は、4月20日の予定。
加瀬さんの4回忌ということで、ワイルドワンズの曲を採り上げたいと思います。

どの曲を書くかはもう決めているんですけど(2曲同時執筆のつもり)、問題は20日までに記事を仕上げられるかどうか。実はその20日金曜日から日曜まで、2泊3日でカミさんの実家のお墓参りに帰省するのです。
ですから前日の木曜日までにすべての下書きを済ませ、20日の朝出かける前にupという段取りに。
間に合うかなぁ?
もし間に合わなかったら、加瀬さんごめんなさい!

| | コメント (8) | トラックバック (0)

«沢田研二 「美しい予感」