2018年8月23日 (木)

沢田研二 「パリは踊る 歌う」

from『act#6 EDITH PIAF』、1994

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1. 変わらぬ愛 ~恋人たち~
2. バラ色の人生
3. 私の兵隊さん
4. PADAM PADAM
5. 大騒ぎだね エディット
6. 王様の牢屋
7. 群衆
8. 詩人の魂
9. 青くさい春
10. MON DIEU ~私の神様~
11. 想い出の恋人たち
12. 私は後悔しない ~水に流して~
13. パリは踊る 歌う
14. エディットへ
15. 愛の讃歌
16. 世界は廻る
17. すべてが愛のために

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更新遅れました(汗)。
さすがにお盆休み明けは仕事も忙しく・・・でもそれを見越して今月は恒例の大長文を封印して日記風『真夏のact月間』と定めたはずだったのに、情けない。7~8曲は書けるかな、と思っていたのが今日の更新合わせて5曲にとどまることになりました。
まぁ、忙しいというのは有難いこと。ジュリーを見ていても、忙しくしているのが生き生きと暮らすコツなのかなぁとも思ったりします。

それにしても時間が経つのは早い!
ここへ来てまた暑さが厳しくなってきたとは言え、今年の夏ももう終わりですよ・・・。


さて。
僕はつい先日、久々に映画『スウィングガールズ』のDVDを観ました。みなさまご存知でしょうか。2004年公開の大ヒット邦画で、楽器業界、楽譜業界が「空前の管楽器ブーム」の恩恵を授かったという、僕にとっては自分自身が映画に嵌った以上に仕事絡みでも強烈な体験をしたことで、忘れ難い名作映画です。

僕が持っている『スウィングガールズ』のDVDは、当時発売されたパッケージの中で最もグレードが高い3枚組のデラックス・エディション。
映画の影響でいきなりトランペットを購入し日々練習中だった僕は、このデラックス・エディションのオマケグッズ「トランペットの高音が出る御守(ねずみのぬいぐるみ)を今でもチューニングスライドに括りつけています。
結婚してからはなかなかトランペットを吹く機会も映画のDVDを観る機会も無かったのが何故急にDVDを鑑賞したのかと言うと・・・実は今カミさんが今年5~6月に放映された連続ドラマ版の『おっさんずラブ』にド嵌りしておりまして(放映終了から2ケ月以上経った今でもファンの熱量が下がらず社会現象にまでなっているらしい)、必然僕も引きずりこまれているという状況なんですけど、先日ふとカミさんが「(ドラマに)出演している役者さん達はこの番組を観るまで全然知らなかった」と言うので僕は、「俺は1人だけ知ってたよ」と。
それが『スウィングガールズ』にも出演していた眞島秀和さん(『おっさんずラブ』ではメインキャストの3人に次ぐ重要なキャラクター、武川主任を熱演)。
まぁそんなきっかけでカミさんに眞島さんが活躍する『スウィングガールズ』のDVD特典映像見せてあげたりして、ついでに本編も観てしまったという次第です。

『スウィングガールズ』劇中の演奏シーンはすべて出演俳優さんが実際に吹いています。メインキャストの5人はまったくの素人状態から撮影のために猛練習を重ねたわけですが、僕がこの映画の中で1番好きなのが、有名なスコットランド民謡「故郷の空」の演奏しているシーンです。
「どんな曲でもスウィングすればジャズになる」という劇中テーマへの登場人物達の最初の気づきとなる重要な楽曲として採り上げられたのが、「ジャズ」のイメージとはちょっと離れたこの名曲でした。
で、何が言いたいのかというと・・・。
ジュリーのactシリーズの中で最もジャズ・テイストが強い作品こそ、『EDIT PIAF』なんですね。

えっ、ピアフはジャズじゃなくてシャンソンでしょ?

・・・と疑問を抱いた方もいらっしゃるでしょう。
今日は『EDIT PIF』から「パリは踊る 歌う」をお題に、そのあたりを少し書いておきたいと思います。

短い文量で徒然風に書く『真夏のact月間』、最終回でございます。よろしくおつき合いの程を・・・。


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以前、ジュリーのactナンバーはワルツ率が高い、と書いたことがあります。
顕著なのは『BORIS VIAN』ですけど、本来ならばそこは『EDIT PIAF』こそ筆頭であるべき。シャンソンのスタンダードにはワルツの名曲が多いですからね。

ところが『EDIT PIAF』はactシリーズの中でcobaさんのアプローチが抜きん出て挑戦的。あくまでも演奏についての話ですが、「群衆」などオリジナルに忠実なものが要所要所に配される一方で、原曲のイメージを一新するような大冒険アレンジを施した楽曲もいくつか見られます。
不勉強にてこのCDで初めて知ったシャンソン・ナンバーも僕にはいくつかあった中で、「PADAM PADAM」「MON DIEU ~私の神様~」などはワルツの原曲をことごとく4拍子に転換、ジャズ或いはブルースのテイストでアレンジを極めています。
そして・・・これは有名な曲ですからさすがに僕も原曲は知っていましたが、お題の「パリは踊る 歌う」。


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↑ 『シャンソン名曲アルバム』より

スコアの通りこちらも原曲はワルツです。
cobaさんはこの曲をスウィング・ジャズの王道パターンに変貌させていて、actではコテコテの4拍子なのですよ。あまりにアレンジとして自然で違和感が無いので、もしかしたらジュリー以外にもこの曲を4拍子で歌った人が既にいて、僕は何気なくそれを耳にしたことがあったのかも、と考えたくらいです。

「どんな曲でもスウィングすればジャズになる」とは真に至言で、「パリは踊る 歌う」では原曲のアンニュイな短調メロディーが不思議にハッピーな雰囲気に・・・actジュリー・ヴァージョン最大の魅力はそこでしょう。
原曲同様にジュリーのヴァージョンも聴かせどころは「ムム~♪」と歌うハミング部。ジュリー、メチャクチャ楽しそうな発声だと思いませんか?

ただし!
cobaさんが大胆にアレンジ展開された曲がどれほどジャズに近づこうが、ジュリーの歌はどこまで行っても忠実に「シャンソン」なんですよね。
ジュリーはよほどフランスと相性が良いのか・・・ピアフへのリスペクトの強さ(書き下ろしのオリジナル曲「エディットへ」を聴けば、ジュリーのピアフへの並々ならぬ敬愛の情が分かります)も一因かもしれません。

同じように、ステージ上でどれほどアレンジが変わろうとも、楽器編成が変わろうとも、ジュリーの歌をジュリーが歌えば当然ながらそれはジュリー・ナンバー。
輝きを増す豊饒の楽曲群です。今回のact月間は「開催中のツアーのネタバレをしない」ということで書いてきましたが、まぁ既にツアーに参加したファンからしますとそういう想いを抱かせるツアーと言えましょう(YOKO君には、今ツアーの演奏形態についてだけは報告済み)。


ということで、僕の『OLD GUYS ROCK』ツアー2度目の参加会場となる和光市公演が迫ってきました。
仕事の決算期の慌しい中を、無理矢理時間を作って駆けつけるつもりです。
和光市は自宅の最寄り駅から電車で2駅。住所で「地元」認定を頂けたのか・・・どうかは分かりませんが、素晴らしい席を授かっています。

また、今週末はジュリー道の師匠の先輩と食事のお約束があります。
いつもご一緒していたもう1人の先輩が天国に旅立たれているのが本当に寂しいんですけど、しっかり薫陶を受けて、和光市公演に備えたいと思います。
レポは別館side-Bの方に書きますので、こちら本館はまたしばらくの間更新が滞りますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。


台風20号が心配です。
関西、中国、四国、九州にお住まいのみなさま、被害の無いことをお祈りしています。

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2018年8月15日 (水)

沢田研二 「脱走兵」

from『act#2 BORIS VIAN』、1990

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1. 俺はスノッブ
2. 気狂いワルツ
3. 原子爆弾のジャヴァ
4. 王様の牢屋
5. MONA-LISA
6. きめてやる今夜
7. カルメン・ストォリー
8. 夜のタンゴ
9. 墓に唾をかけろ
10. 鉄の花
11. 脱走兵
12. 進歩エレジー
13. バラ色の人生

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73年目の『終戦の日』です。
先の大戦を知らずに生まれた僕が戦争のことをどのようにして知っていったか、と言うとこれが「学校で教わった」ということはまったく無くて。今はどうか分かりませんし、そもそも地域性もあるのでしょうが、僕の中学高校時の社会の歴史の授業って、大正デモクラシーあたりで1年がほぼ終わってしまっていました。
第二次大戦なんて、駆け足でしたねぇ。

ですから、親や祖父から話を聞く以外で少年時代に戦争を学ぶとなると、ほとんどが「本」でした。
そしてロックを聴くようになってからは、そこに「歌」も加わりました。戦争に限らず、多くの社会問題を僕はロック・ナンバーから学びました。

最初はジョン・レノンの影響だったと思いますが、僕はロックの中でも社会性の高い歌が好きになっていって、それが今やその面においても「世界一」と思える歌手・ジュリーとの巡り逢いは奇跡のような必然。
ただし「ロック」に特化することで自己完結してしまっていた僕は、世界各国各地、リアルタイムに戦争に立ち向かった「反戦歌」なるものを、ロック以外のジャンルで長らく知り得ませんでした。
今日はジュリーがact『BORIS VIAN』で採り上げたそんな反戦歌の代表格、「脱走兵」をお題に、1冊の本をこの夏みなさまにお勧めしようという記事です。
短いですが、おつきあいください。

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僕が「脱走兵」という曲を知ったのは20歳くらいの時で、普段は塾の先生をしているアマチュアのシンガーの方のストリートライヴ、と言うか教室ライヴの録音テープを聴いたのが最初でした。
ただ、当時はそれがオリジナルなのかどうかすら分からず、これほど有名な曲だとは思いもしませんでした。そのヴァージョンは

大統領殿
この手紙、お暇があれば読んで欲しい

と歌い出し、サビでは

僕は逃げる 何の武器も持たずに
憲兵達よ撃つがいい

と歌うものでした。
これがボリス・ヴィアンの原詩にかなり近い翻訳であることは、ずっと後になって知りました。

ジュリーの「脱走兵」は加藤直さんの日本語詞で、上記ヴァージョンとコンセプトやフレージングに差異は無く、こちらもヴィアンの原詩ほぼ直訳です。
そのヴィアンの原詩について僕は長らくかじった程度の知識しか持ちませんでしたが、つい先月購入した本でようやくその全容を掴み、詞および作曲、歌と世界の背景について学ぶことができました。
今日みなさまにお勧めしようというのがその本で

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竹村淳・著『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』

作中で紹介される「反戦歌」は全23曲。
日本人なら誰もが知る「さとうきび畑」や「もずが枯木で」についてもその背景、時代考証は目からウロコでしたし、イランの歌やイスラエルの歌には驚かされました。歌の成りたちのみならず、同時進行の世界情勢を分かり易く解説してくれているのです。
例えば「脱走兵」の項ではインドシナ戦争、アルジェリア戦争への深い言及があり、ヴィアンをとりまく「対国家」(フランス)の毅然たる構図も浮かびあがります。

この世界には、戦争は必要悪だと言う人がいます。神聖な儀式である、とすら言う人もいます。
僕はそれを正気の沙汰じゃないと思うけれど、事実そういう考えの人は今現在この国の舵とりをしている為政者の中にもハッキリといます。
ならば僕は、「戦争とは、正気でない為政者が民衆の正気を奪い操り狂気に駆り立てるところからひっそりと始まる人類の愚行」と言っておきましょう。

『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』で紹介される23曲のうち、不勉強な僕でも「よく知っている」と言える曲が2つありました。
まずボブ・ディランの「戦争の親玉」。
「世界の何処かで戦争を起こす」ことで潤う武器商売の胴元。つまりは「国家」であり「体制」。それをディランは「Masters of War」と表現しました。
もう1曲はビリー・ジョエルの「グッドナイト・サイゴン」。構想から完成まで時間のかかった曲として有名でしたが、著者の武村さんはそれをビリーのデビュー時の世相にまで着眼し紐解いてくれます。
ごく普通の善良な隣人、友人がある日突然「撃つ側」に身を置かざるを得ない不条理。ビリーの「この歌で多くの人達を傷つけてしまうのではないか」との苦悩は、近年のジュリーのそれとよく似ています。

「防衛装置移転」すなわち武器輸出解禁。安保法制の強行採決。過去のことではありません。この先の僕らの身に迫ってくる、切実な問題です。
残念ながら「戦争の親玉」も「グッドナイト・サイゴン」も、僕ら日本人の身近な歌になってしまったのです。

最後に。

『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』の「脱走兵」の項で竹村さんは、ほんのひと言ではありますが、ジュリーのact『BORIS VIAN』劇中歌ヴァージョンの「脱走兵」を紹介してくださっています。ジュリーファンとしては本当に嬉しいことです。
みなさまもご一読されてはいかがでしょうか。

竹村さんは世に幾多ある「脱走兵」の歌手別のヴァージョンの中で、ジュリーのそれを「異色」と位置づけました。原詩に忠実なのに異色とはこれいかに、と一瞬疑問を抱きましたが、これはおそらく「あのド派手ギンギンのスーパースター・沢田研二が「脱走兵」のような反戦歌を歌う」ことがイメージとして異色、とお考えだったのだろうなぁと納得。
ただ、ファン以外にはあまり知られてはいませんが、「反戦歌」と言うならば今のジュリーこそはこの極東の島国において時代を牽引する詩人であり歌手。
竹村さんに是非「un democratic love」や「我が窮状」を知って頂きたい。そしてそれらの名曲を紹介する第2弾、第3弾の続編刊行を期待したいです。



さて、僕の夏休みは今日まで。
明日からはまた仕事です。今月は決算月なのでかなり忙しくなります。次の更新もなるべく早くするつもりではいますが、少し時間はかかるかもしれません。
とにかくこの暑さです。月末の和光市公演を楽しみに、なんとかこの8月を乗りきりたいです。
みなさまもどうぞご自愛ください。

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2018年8月11日 (土)

沢田研二 「アラビアの唄」

from『act#8 宮沢賢治/act#10 むちゃくちゃでごじゃりまするがな』、1996

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『宮沢賢治』(1996)
1. 異界
2. 運命 雨ニモ負ケズ
3. アラビアの唄
4. ポラーノの広場のうた
5. 星屑の歌 ~スターダスト
6. 百年の孤独
7. 私の青空
8. 笑う月
『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』(1998)
1. 美しき天然
2. ボタンとリボン
3. おなかグー(セ・シ・ボン)
4. 世の中変わったね
5. 君待てども
6. トンコ節
7. け・せら・せら(ケ・セラ・セラ)

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台風13号は僕の住む埼玉県は逸れていきましたが、東日本と東北の太平洋側に暴風雨をもたらし過ぎていきました。そんな中、去る8日のジュリー北とぴあ公演が無事開催されたのは幸いでしたが、改めて自然の脅威に身のすくむ思いです。
西日本豪雨の被災地もまだまだ平穏な日常、復興には時間がかかるとのこと・・・地球、大丈夫なのかと心配になります。
とにかくみなさまのご無事をお祈りします。


さて。
どれだけ年を重ねても、敬愛するミュージシャンの「新譜」が聴ける、というのはこれ以上ない幸せなことでして・・・その意味では、毎年必ず新曲をリリースしてくれるジュリーは僕にとって世界一の歌手です。
他にもボブ・ディランやニール・ヤングなどは短いスパンでどんどん新曲をリリースしてくれます。何度も書きますが、僕は「常に新しい創作に向かう」アーティストやバンドの姿勢をまず何よりも評価するのです。

そして来る2018年9月、ポール・マッカートニーの5年ぶりとなるニュー・アルバムのリリースが決定。
タイトルは『エジプト・ステーション』。アルバム冒頭とラストに配されるインスト2曲がトータル・コンセプトである「駅」の始発と執着を表し、2曲目からラス前の歌モノの楽曲群が、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの豪華絢爛な「駅の旅」に見立てられているという・・・これは大変な大名盤の予感!
両A面シングルの2曲を先行で聴けるのですが、いずれも「ポールファンには間違いの無い」素晴らしい名曲。アルバムは既に密林さんで予約を済ませていて、到着が今から本当に楽しみです。
さらに、ちょうど北とぴあ公演の日だったのですが、「来日決定!」のニュースが何と朝刊にて第1報。

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もちろん僕は東京ドームに駆けつけます。
今年はジュリーで日本武道館にさいたまスーパーアリーナ、そしてポールで東京ドームと、大会場のLIVE参加が続くなぁ・・・。

それでは、拙ブログで今月開催中、短めの徒然日記風でどんどん更新してゆく『真夏のact月間』。
ジュリーのactシリーズの中で(あくまでもCD大全集で音源のみを聴いての個人的な印象ですが)全体的に『エジプト・ステーション』的な「異国ぶらり旅」のような感覚で楽しんでいる作品が、96年の『宮沢賢治』です。
今日はこの『宮沢賢治』から、ポールの新譜タイトルにある「エジプト」からの連想ということで(安易汗)「アラビアの唄」をお題に採り上げたいと思います~。


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世代のせいでしょうか、僕はジュリーのactヴァージョンを聴くまでこの曲を知りませんでした。『CD大全集』で聴いた後も「有名な曲」とは思っていませんでした。
認識を一転したのは、朝ドラ『わろてんか』で登場人物がこの曲を歌うシーンが流れたから。
どうやら一定の世代以上では「誰もが知るスタンダード」らしいぞ、と思い改め調べると、これは元々アメリカ映画『受難者』の主題歌で、現地ではさほどヒットしなかったものの日本人の耳と相性が良かったらしく、堀内敬三さん訳詞、二村定一さんの歌による和製ジャズとして我が国では大ヒットしたのだそうです。

そんなに有名な曲なら勤務先にスコアがあるかな、と思い探しましたがなかなか見つからない・・・ようやく簡易なメロ譜をひとつ発見しました。


Arabiyanouta

『歌の宝石箱(第2巻)』より。解説文に列記されている「ダイナ」もジュリーは『act#4 SALVADOR DALI』で歌っていますね。

このスコアは、高齢者介護の現場で使用するいわゆる「音楽療法」のサブテキストとなる歌本。
歌がリリースされたのが昭和2年ということですから、なるほど高齢の方々にとっては「なつかしのメロディー」でしょうが、いやぁ普遍性の高い名曲です。
短いヴァースの中に同主音移調が登場し、勇壮な歌い出しとそれに続く哀愁漂う転調展開が、日本人の感性に異国情緒を訴えたのか・・・大ヒット当時は、「これまで聴いたことのない」斬新なメロディーのメリハリに皆が夢中になったに違いありません。

さてジュリーのヴァージョン。新たな日本語詞をつけるのではなく純粋なカバーです。何故そうしたかは映像を観ればたぶん分かるのかな。
編成はアコーディオン、バンドネオン、ベース・・・なのですが、実は僕は生音のアコーディオンとバンドネオンの区別がつきません。CDでミックスされている左右の音のどちらがどちらなのか、という状態(汗)。
通常のシンセサイザーによる擬似音だと、2つの音色設定は明快に異なります。バンドネオンはコーディオンより少し太く、幅がある感じ。例えば泰輝さんが「一握り人の罪」の間奏で使用しているのはバンドネオンのパッチだと思います。これが生音になると何故分からなくなるのか・・・情けない。

ジュリーのヴォーカルは、素晴らしく曲世界にマッチしています。『act宮沢賢治』は、ジュリーが全編に渡って「声を張る」歌い方を貫いているのが珍しく、それが大きな個性ではないでしょうか。
ジュリーは普通に歌っても声に艶があるので、阿久=大野時代の情念のナンバーであっても、近年の「祈り歌」でも、ことさら声を張って「朗々と」歌う必要はありません。そんなジュリーが敢えてこの歌い方をするならば、それは手管ではなく「表現」なのでしょう。
『宮沢賢治』はメインのナンバーが有名なベートーベンの『運命』で、これをどのように歌うか、と考えたところから舞台でのヴォーカル・スタイルが(他の曲にも影響を及んで)導き出されたと考えられます(それにしても、あの『運命』に「じゃじゃじゃ、じゃ~ん♪」と載せて歌ってしまおうという発想が凄い!)。
『CD大全集』では「アラビアの歌」はその「運命 雨ニモ負ケズ」の次に配されているので(実際の舞台でもそういう流れだったのでしょうか?)、曲調の変化から軽快な印象を抱かせますが、ジュリーは存分に声を張っていますよね。こういう歌い方のジュリーも(滅多に無いだけに)良いものです。

僕はどうしても演奏形態に囚われる傾向があるリスナーですから、当初CD大全集の中で「難解」だと思っていたのが『宮沢賢治』。
ある時そんなジュリーの「歌い方」に気づいてからはスルメ的に好きになりました。入り口がどうあれ、結局ジュリーの歌に意識が収束される・・・僕が初聴時から遅れて好きになるジュリーの作品には、どうやらそんな段階がいつもあるようですね。


それでは次回は15日の更新を目指します。
お題ももう決めています。多くのカレンダーに「終戦記念日」或いは「終戦の日」の記載が無くなってしまった今だからこそ、この日に書いておきたい1曲です。

今日からお盆休みという方々も多いでしょう。僕は今年の夏休みは出かけるのは近場だけにして、なるべくゆっくりしようと思っています。
腰はだいぶ良くなってはきたのですが、腰を庇う生活を続けていたら今度は膝とか股関節がね・・・そもそも僕は『ジュリー祭り』の時点からすると15キロも体重が増えてしまって、成人してからの長期間を40キロ台で過ごしてきたのが一気に60キロ台になったら、そりゃあ年齢を重ねた身体は悲鳴をあげたくなるのでしょう。

でも、ジュリーも北とぴあ公演で「太さは必要!」と力説していたみたいだし、まだまだ厳しい暑さが続きそうですが、休める時はゆっくり休んで・・・元気な古稀ジュリーを見倣い、夏を乗り切りたいです。
みなさまもどうぞご自愛ください。

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2018年8月 6日 (月)

沢田研二 「マッド・エキジビション」

from『act#9 ELVIS PRESLEY』、1997

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1. 無限のタブロー
2. 量見
3. Don't Be Cruel
4. 夜の王国
5. 仮面の天使
6. マッド・エキジビション
7. 心からロマンス
8. 愛していると言っておくれ
9. Can't Help Falling in Love
10. アメリカに捧ぐ
11. 俺には時間がない

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8月6日です。
広島は今、大変な状況です。西日本豪雨による甚大な被害、継続する過酷な猛暑。そんな中にあっても広島の人々はこの日の祈りを忘れることはないでしょう。
その姿に心からの敬意を以って、僕も祈ります。


それでは拙ブログ8月は『真夏のact月間』、今日は97年の『act#9 ELVIS PRESLEY』から、「マッド・エキジビション」をお題に採り上げます。
(拙ブログとしては)短めの文量で考察控え目、徒然風にサクサク更新すると決めたシリーズ。下書きのない一気執筆ですが、今日もよろしくおつきあい下さい。



Elvis4

前回記事ではパット・ブーンのカバーで「あくび・デインジャラス」を採り上げました。
パット・ブーンとエルヴィス・プレスリー。この2人は黒人が生んだR&Bを白人文化にまで浸透させたロック黎明期にあって2大スターと称されたそうです。
キャラクター的には優等生タイプ(ブーン)と不良タイプ(プレスリー)ということで、それぞれ各方面の評価は異なるようですね。ただ、いずれも「俗」のエネルギーを持った眩いスターだったんだろうなぁとリアルタイムで彼等を知らない僕は想像しています。
「雅」よりも「俗」のエネルギーの方が強大で大衆に膾炙しやすい、というのは6月の新宿カルチャーセンターで、かの人見豊先生が講義してくださった通り。
まぁ僕は自分の名前に「雅」が入っているので、人見先生がホワイトボードに「雅」の文字を書いてくれたのを見て「お~っ!」と思いましたけど(笑)。

さて、幾多あるプレスリー・ナンバーの中、最も日本人に知られ愛されている名曲となると、やはり「ラブ・ミー・テンダー」ではないでしょうか。
当時「ロックンロール」と聞くと「不良の音楽」と決めつけていたPTA的「雅」な頭の固い大人達も、この美しいバラード・ナンバーについては抵抗感が少なかった・・・タイガースで言えば「花の首飾り」のようなスタンスだったんじゃないかな。
今現在でもCMなどで耳にする機会も多いですから、プレスリーの名前すら知らない若い人達もこの曲のメロディーだけは知っている・・・柔らかくて普遍性が高い名曲と言えるでしょうか。

その「ラブ・ミー・テンダー」をカバーしたジュリーのactナンバーが、「マッド・エキジビション」。
日本語詞は加藤直さんでもジュリーでもなく音楽統括のcobaさんなのですね。横文字のフレーズも敢えて片仮名読みの語感で、母音のコブシを効かせるようにメロディーに載せているのが面白いです。
既に記事を書き終えている「グレート・スピーカー」(『BUSTER KEATON』)同様、多忙でステージ演奏までは参加できなくなったcobaさんが、それでもジュリーのactに惜しみない尽力を注ぎ、作曲・編曲のみならず日本語詞についても名篇を残している・・・actシリーズに漲るそんな熱量をリアルタイムで体感されている先輩方が本当に羨ましい!

映像を観ずに楽曲だけで掘り下げようとすると、「マッド・エキジビション」のcobaさんの詞はかなり難解。幻想的のようでもあるし、写実的のようでもあり・・・。

行き先       知れぬ
E    G#7(onD#)  C#m  E7(onB)

スウィート スウィート ドーナッツラヴ
A                             Am         E

月を なめるは あおい天使 ♪
E  C#7  F#7      B7         E

ここで登場する「ドーナッツラヴ」とは?
プレスリーの死因にまつわる都市伝説(事実とは異なります)と何か関係があるのでしょうか。
そうそう、「ドーナツ」と言えばいわゆる45回転レコードの「シングル盤」。この「ヒット曲」流布のスタイルを確立させたのがプレスリーなんですよね。
僕は「プレスリーとドーナッツ」の関係については、変な都市伝説よりもこちらの偉大な事実(功績)の方を広く世間に知って欲しいと常々思っていますが・・・。

この曲のジュリーの歌声に何故か「慟哭」を感じてしまうのは僕だけなのかなぁ。
具体的に悲しいフレーズが出てくるわけではないのに、「泣いている」ように聴こえてしまいます。その上でコミカル(と言うより自虐的?)な感覚もある・・・不思議な不思議なジュリー版「ラブ・ミー・テンダー」。
ジュリーがこの曲の中に何か「痛み」を見出して歌っているのかなぁとも思えます。

泣いているように聴こえる、と言えば最近の曲だと「un democratic love」。
「Don't love me so」・・・「そんなふうに僕を愛さないでくれ」と歌うわけですが、じゃあどんなふうに愛して欲しいのか。それがたぶん「Love me tender」・・・直訳すればズバリ「やさしく愛して」。
act『ELVIS PRESLEY』以前に英語原詞のまま「ラブ・ミー・テンダー」を歌ったことがあるジュリーは(『ロックン・ジュリー・ウィズ・タイガース』)、その時既に「ラブ・ミー・テンダー」ってどういう「愛し方」だろう?と考えたこともあると思うんですね。
「tender」の志は昨年リリースの2曲でも重要なキー・フレーズとなっていて、「ISONOMIA」では「TENDERNESS」、「揺るぎない優しさ」ではそのまま「優しさ」とジュリーの自作詞に採り入れられています。
そう考えるとプレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」は「祈り歌」のように思えてくるし、「ISONOMIA」も「揺るぎない優しさ」も「un democratic love」も、そして一連の「祈り歌」は逆に「LOVE SONG」なんだなぁ、と昨年お正月のセットリストが思い出されます。

人の痛みを懸命に思わずして「祈り歌」も「LOVE SONG」も歌えない。ましてや「平和」は語れない。
今日はジュリーの「マッド・エキジビション」を聴きながら、そんなふうに考える夜を過ごしました。

ちなみに、独自の日本語詞でカバーされた「ラブ・ミー・テンダー」と言えば、僕がジュリーの「マッド・エキジビション」より先に知っていたのがRCサクセションのヴァージョン(アルバム『カバーズ』収録)。

Lovemetenderrc

こちらは、「核などいらない」「放射能はいらない」と歌う痛烈なメッセージ・ソングでした。


僕はこの日8月6日の午前8時15分を、(休日でない限り)毎年ちょうど出勤で職場最寄の駅を降り立ったあたりで迎えます。
行き交う人を避け路肩に佇み、祈り、歩き出した1日。
73年目の、そして平成最後の「広島原爆の日」がこうして過ぎてゆきます・・・。

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2018年8月 2日 (木)

沢田研二 「あくび・デインジャラス」

from『act#7 BUSTER KEATON』、1995

Buster1

1. another 1
2. ボクはスモークマン
3. あくび・デインジャラス
4. ストーン・フェイス
5. サマータイム
6. グレート・スピーカー
7. 青いカナリア
8. 淋しいのは君だけじゃない
9. チャップリンなんか知らないよ
10. 無題
11. another 2

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今年も早いもので8月となりました。
本館は久々の更新です。いやぁ毎日毎日暑いですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

ジュリーの古稀ツアーも始まり、普段から師と慕う先輩がいつものように初日・武道館公演の感想レポートを送ってきてくださいました。
拝読すると改めてジュリーの新たな歴史のスタートを実感するのですが・・・その先輩がレポート中で「(ジュリーファンとしての)相方」とまで書いていらしたもうひとりの先輩がツアー直前に亡くなられたことがどうしても思い出され、「あぁ、この素晴らしいレポートを読む人が1人減ってしまったんだなぁ・・・」と、気も沈みがち。
加えて僕は先月痛めてしまった腰がまだ本調子とはいかず、連日の暑さもあって身体の調子も今ひとつという情けない状況です。
それに比べ、70歳にして怒涛のスケジュールを駆けるジュリーの体力は本当に凄い!
僕もグスグズしないで再スタートを切らねば・・・。


拙ブログ本館は10月のさいたまスーパーアリーナ公演まで、その日が満を持してのツアー参加初日となるYOKO君のために記事本文ではジュリー古稀ツアーについては一切触れません(コメント欄はその限りではありませんので、まだまだツアー・セットリストのネタバレ我慢中、という方々はご注意ください)。
そこで、気を入れ替えて頑張ってゆくこの8月いっぱいを『真夏のact月間』と銘うちまして、actナンバーのお題で更新していこうと思います。
気候に同調して暑苦しくならないように、本当に短めの文量で(笑)、濃厚な考察は封印、徒然日記風に思いついたことなど気ままに書きつつ、なるべく更新頻度の方は上げて猛暑を乗り切ろうというシリーズです。

まず今日は『act#7 BUSTER KEATON』から、「あくび・デインジャラス」をお題に採り上げます。
よろしくおつきあいの程を・・・。


Buster2

僕と同じ経験がある人ならお分かりと思いますが、ギックリ腰の大敵と言えば「くしゃみ」。

「あくび・デインジャラス」曲中の台詞でジュリーが「(あくびと違って)くしゃみは噛み殺さないよなぁ」と言っていますが、腰痛持ちは必死に噛み殺すのですよ~(笑)。油断して「へくしょん!」とやったら取り返しのつかない事態になりますから。
そうそう、『actCD大全集』歌詞カードでは、ジュリーが「くしゃみデインジャラス♪」と歌う箇所の詞は普通に「あくび」となっているんですけど、この「くしゃみ」なるフレーズの導入はジュリーが公演期間中に(直後の即興台詞に繋げる意味で)編み出したアドリブなのでしょうか。いずれにしてもジュリー独特の日本語詞によるactナンバー、語感もフレーズ使いも面白いですよねぇ。

くしゃみは余興 しゃっくりは愛嬌
                   C                    Am

げっぷは度胸だ あくびこそ悪徳 ♪
                 F     G7              C  B7  C

バスター・キートンならずとも、舞台を表現の場とする「演者」ジュリーにとって観客の「あくび」ほど罪深く悲しいものはない、ということなのかな。

でも僕らが普段生活していて、くしゃみ、しゃっくり、げっぷ、あくびの中で最ものんびりしていて平和なのは「あくび」でしょう。本人も気持ち良いですからね。あくびの後の爽快感は格別です。
ところが、ギックリ腰に対する「くしゃみ」同様、「あくび」を大敵とする病気もあります。
僕はその経験者で、ズバリ20代で患った「顎関節症」がそうなのです。酷くなってからお医者さんに行ったんですけど、「ゴキ!」とかやって貰えば治るものかと安易に考えていたら、「とにかく安静にしなさい」と。

その頃僕は月イチでギター弾き語りのライヴをやっていたので、「歌は歌っても大丈夫ですか?」とお医者さんに尋ねると「とんでもない!」とのことでね。でも歌わないわけにはいかないから無理を続けているとやっぱり症状は長引いて、結局3年ほど苦しめられました。
おとなしくしていればさほどのことはないのですが、大口空けると顎に激痛が走るんです。ハンバーガーにかぶりつく、とかそういうことができない・・・でも一番苦しかったのは、「あくび」がしたくなったら瞬時に噛み殺さなければならないこと。うっかり「ふわぁ~」とやったらそれこそデインジャラスですよ。
思いっきりあくびができないというストレスは、経験しないと分からない苦しみだと思います。

ジュリーのLIVEを観ながら客席であくびをするなど言語道断で正に「悪徳」の極みですが、何気ない日常生活において自由に気兼ねなくあくびができる、というのはとても大切で平和な瞬間なんですよね・・・。

「あくび・デインジャラス」の原曲は「スピーディー・ゴンザレス」。有名なアニメ・キャラクターとタイアップしたパット・ブーンの大ヒット曲・・・というのも僕は今回調べて初めて知りました(恥)。
僕はプレスリーについては辛うじて幾らかの楽曲知識は以前から持っていましたが、パット・ブーンってどんな持ち歌があるのか全然知らなかったんです。調べてみて「あぁ、”砂に書いたラブレター”とか歌ってた人か!」と。でも「スピーディー・ゴンザレス」は曲自体も知らなかった・・・(検索した原曲はこちら)。
ちなみに『actCD大全集』の歌詞カードではこの曲の原曲クレジットにタイトルのスペル誤植があって、「GONZALES」が「GOZALES」と記してありましたから、最初検索した時は迷子になりました。

オーソドックスなロックンロール。『BUSTER KEATON』の演奏陣の場合はトロンボーンの存在が大きくて、ゴリゴリの低音パートと優雅な高音パートを左右綺麗に振り分ける演奏が、変則編成でありながらとても自然。ロックンロールにも合います!
柴山さんのギターがこの編成上で高音パートの要、「影の力持ち」ですね。

進行的にはスリーコードではなく「Am」が組み込まれているのがポイントの曲です(パット・ブーンのオリジナルはロ長調のようですが、ジュリーのヴァージョンは半音高いハ長調)。
この進行を直系で受け継いでいる僕のよく知る洋楽だと、エルトン・ジョンの「クロコダイル・ロック」がすぐに思い出されます。Aメロをバラードに転換すればそのままベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」になりますし、ポップチューン王道中の王道。
ジュリーはいかなる曲も我がものとし歌えてしまう歌手ですが、だからこそシンプルな「王道」進行に載せたヴォーカルが圧巻なのですな~。
また「あくび・デインジャラス」のジュリーの日本語詞は2年後の「量見」に曲想ごと引き継がれている、と僕は見ますがいかがでしょうか。

こういうのはactならではのジュリー創作の魅力で、新規ファンにとってはまだまだ底知れぬ「魔の沼」。
相変わらず映像を観ずに(老後の楽しみにとってあります笑)CD音源の聴き込みだけで書いている状況ですが、今月のact月間はこんな感じの内容でサラッと矢継ぎ早の更新を重ねてゆくつもりです。
短めの文量だと最後まで読んでくださる人も多いでしょうし、なにせactについてはいつも以上に先輩方からコメントで色々と教わる・・・それが僕自身大きな楽しみなのです。今回もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今日がパット・ブーンだったので次回のお題はプレスリーにしようかな。
週明けの月曜日に更新できれば、と考えています。またすぐにお会いしましょう!

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2018年7月 4日 (水)

恒例・ネタバレ専門別館side-Bのご案内

情けないことにまだギックリ腰の症状を引きずったままのDYNAMITEですが、この程度のことで弱音を吐いていてはいけませんね。
遂に明後日、ジュリーの記念すべき古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』が初日を迎えようとしています。

いやぁ長かった・・・今年は音楽劇も無かったですし、本当に久々のジュリーとの逢瀬、と実感されている先輩方も多いようです。
しかもめでたいめでたい古稀ツアー。

初日・武道館公演の僕のレポートは、例によってネタバレ専門別館の
dynamite-encyclopedia(side-B)
に執筆いたします。よろしくお願い申し上げます。

こちら本館では、10月のさいたまスーパーアリーナ公演(YOKO君の初日笑)まで約3ケ月の長い長いネタバレ禁止期間に入りますが、今回はコメント欄については最初からネタバレ問わずということにします。
side-Bで武道館のレポを書き終えたらこちらにactの曲の記事を書いていく予定。もちろん記事本文に古稀ツアーに関することは一切書きませんので、それぞれの初日までネタバレ我慢というみなさまは、コメント欄の閲覧だけ注意して頂ければ大丈夫です。

それにしても、今回ほど事前の情報がシャットアウトされているツアーも珍しいのでは?
セットリストも演奏メンバーもまったく分からないまま当日を迎える・・・これこそツアー初日の醍醐味ですよ。会場に到着したら僕はまず何を置いてもステージ・セッティングのチェックから。本当に楽しみです。

side-Bにはいつも通り簡単な記事を1本upしています。
いつもはひっそりと静まりかえっている別館が祭りのごとくにぎやかになる季節が今年も無事にやってきました。本館はしばらくの間留守にしますが、ネタバレOKのみなさまはside-Bへのご訪問、お待ちしています!

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沢田研二 「君をのせて」(『SONGS』Version.)

この記事を書く日が来なければいい、と思っていた。
しかし思わぬ早さ、思わぬタイミングでこの日はやってきた。辛いけれど、大事な約束なんだから書かなきゃ・・・。

1807041


7月4日、親しくさせて頂いていたタイガース時代からのジュリーファンの先輩でいらっしゃる真樹さんが亡くなられた。
ジュリーを通じて知り合い、格別に仲良しになったお友達とのお別れはまったく初めてのことで、僕はとても動転している。

真樹さんには2009年『Pleasure Pleasure』ツアー大宮公演で初めてお声がけ頂き、翌10年以降は僕ら夫婦にとって年に何度も食事をご一緒する特別なお友達になった。
聡明で、上品で、驚くほど気遣いの細やかなお姉さんだった。真樹さんから他人の悪口なんて一切聞いたことが無いし、6年間にも及んだ闘病中にも弱音を吐く姿を一度も見たことがない。こんな非のうちどころのない人が僕らのような者と親しくして下さる、ということが不思議に思えるほどだった。
ジュリーが授けてくれた素敵なご縁、としか言いようがない。

お会いする時は必ず、僕ら夫婦ともう1人別の先輩と4人で集まった。お花見だ、ツアー開幕だ、ツアー総括だ、忘年会だと何かと機会を見つけては、そうしてジュリーの話ばかりしていた。
真樹さんは段取りの達人で、食事のお店から散策コースまで完璧に事前に調べ、案内してくださる。僕らはいつもそんな真樹さんに頼りっ放しだった。
タイガース復活の頃からずっと闘病が続いていたのに、お会いすれば全然お元気な様子で、もうすっかり完治したのかと思うほどだった。実際にはそうではなかったのだが、ご病気のお話はほとんどしたことがなかった。だって、集まるたびにジュリーの話題がワンサカ溜まっているのだから。
とは言え、そんな集まりの際にここぞとばかりに喋り倒すのは僕ともう1人の先輩の役目で、真樹さんはいつもニコニコと話を聞いてくださっていた。本当に聞き上手な方だった。
それでも話題がタイガースになると一転、瞳を輝かせてお喋りをリードしてくださることがあった。あの田園コロシアムを観た時のことを、「だんだん陽が傾いてきて、風が出てきてね・・・」とお話されていたのを、今も昨日のことのように思い出せる。

僕らが詳しく知らないままに、真樹さんの病状は年々深刻度を増していたようだ。何を置いてもジュリーのLIVEには駆けつけていらしたのが、2017年のお正月『祈り歌LOVE SONG特集』ツアーは、緊急の入院と再手術のため欠席された。
後から聞くと相当危ない状況だったらしいが、何とその時不思議な気脈が通じたかのように飛び出したのが、ジュリーのあの「頑張れ、頑張れ!」のエールである。効果は覿面、真樹さんは見事持ち直し、50周年ツアーには今年1月の千穐楽含め精力的に参加されるまで回復された。

それが最近になって・・・体調が一変したのは4月だったという。
今年はお花見もご一緒できず案じていたところに、「今は緩和病棟にいます。お願いもありますので一度会いにきてください」とメールが届いたのが5月末だった。
すぐにお見舞いに行った。すると、もう自力で起き上がることもできず、お医者さんからはあと半年持たないかもしれないと宣告されたとのお話。何ということ・・・昨年12月には元気に忘年会をご一緒したし、ピーと二十二世紀バンドの四谷公演でもお会いした。あれから半年しか経っていないのに何故!
お話をする真樹さんの言葉はとても穏やかで、隣でカミさんが泣いてしまったからかもしれないが、ご自身はまったく取り乱すこともなく、いつもの真樹さんらしく振る舞われていた。
ただ、一度だけ両目に小さな玉の涙が浮かんでいらした。

さらに驚くことに、真樹さんはご自身の葬儀の段取りをお話しし始めた。「悲しいお別れの場にはしたくない」「私から最後のおもてなしをしたい」「美味しいものをたくさん食べて頂きたい」・・・。
その席に(先述の先輩含めて)3人をご招待したい、今日は今までの感謝をお伝えするのと、この招待を受けて頂くためにお呼びだてしてしまったのだ、と仰る。いかな段取りの達人とは言ってもそんな・・・と僕らは本当に驚いた。

そして僕にはこう仰った。
「”君をのせて”のSONGSヴァージョンで私を送ってね」
と。

「枯葉のように囁いて」以来の真樹さんからのリクエストお題。
僕はこみあげてくるものを堪えながら、「分かりました」とお約束するのが精いっぱいで、何故SONGSのヴァージョンなのか、といったことをその時お尋ねすることはできなかった。
まさに今、「何故これなんだろう?」と久しぶりに『SONGS』の録画映像を観ながら色々と考えている。

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白井さんがこの番組のために特別にアレンジした「鉄人バンド+ストリングス」ヴァージョン。
間奏は白井さんがエレキを弾く。間奏終了間際は柴山さんとのツイン・リードになる。素晴らしい演奏だ。
でも、と今は思う。
なかなか演奏に耳が行かない。ジュリーの表情、仕草、歌声だけに吸い寄せられる。まるで神席でLIVEを観ている時みたいだ、今の気持ちで観るこの歌の映像は。

真樹さんはいわゆる「中抜け」組の先輩だ。タイガース時代からのファンで、ソロになってからもずっとジュリーを観てきたけれど、多忙もあり1度離れられた。
『SONGS』で戻ってきて、『ジュリー祭り』東京ドーム公演で復活された。その後はタイガース奇跡の再結成の道程をリアルタイムで体感された。中抜けさんならではの王道だ。
そのきっかけが、『SONGS』の「君をのせて」だったのか・・・。
ソロ歌手としての初シングル「君をのせて」を歌う還暦のジュリー。そのインパクトを新規ファンの僕は想像しきれない。でもこのジュリーの表情の素敵さは分かる、と思う。
このジュリーに包まれて旅立ちたい、そう考えるファンの気持ちはそれこそ王道だろう。

真樹さんの最後のお見舞いに行ったのが5月末だった、と先に書いたが、実はその時僕はブログに書く次とその次のお題をもう決めていた。「しあわせの悲しみ」と「生きてたらシアワセ」だ。
書けるか?と思った。こんな気持ちになった後で「幸せ」の歌なんて僕は書けるのか、と。
でも、そこはさすがジュリーの作詞作品だった。ジュリーがどんな思いで「幸せ」というものを歌っているのか、今まで考えたこともなかった解釈で僕はこの2曲を聴くことができた。
真樹さんと話せていなかったら、特に「生きてたらシアワセ」なんて相当トンチンカンな考察になっていたに違いない。

「毎日3時に来てくれるのよ」という旦那さんと入れ替わりで病室をおいとまする時、真樹さんは「最後に握手して」と仰った。想像よりもずっと強い力で手を握ってこられた。あの時残されていた全力で「ぎゅうっ」としてくださったのだと思う。
「最後に」というのがイヤだったので、握手の後で僕は「また来ます」と言った。ジュリーの古稀ツアー初日・武道館公演が終わったら、セットリストなど感想をお話ししに来ようと思っていた。
でも叶わなかった。きっと真樹さんは、身軽になって自分も武道館に行きたい、と思ってしっかり計画を立てて旅立たれたんじゃないか・・・と、今はそう考えるよりない。

それにしても、真樹さんの段取りの達人ぶりは最後まで本当に凄い。お通夜はちょうど武道館でジュリーが歌っている頃の時間だし、久々にいつもの「4人」が集まることになる翌日のお葬式は、武道館の余韻で話題が途切れることはないだろう。
約束したことだから、「悲しい」なんて言わないことにしたい。「さすがの段取りですね」と泣き笑いしたい。


真樹さん、今までありがとうございました。本当にお世話になりっ放しで申し訳ありません。
これからこの記事を、真樹さんが旅立たれた日時に設定してupします。昨夜、お知らせを受け取る前に書いた「side-Bのご案内」記事より前の時間設定になりますので、この記事はトップには来ません。それが良いかな、と思っています。

それではまた明日。
武道館では、ジュリーに一番近いところから観ていらっしゃいますよね?僕らはスタンドですが・・・。
そして明後日。おもてなし、楽しみにしています。
さようなら。

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2018年7月 1日 (日)

沢田研二 「背中まで45分」

from『MIS CAST』、1982

Miscast

1. News
2. デモンストレーション Air Line
3. 背中まで45分
4. Darling
5. A. B. C. D.
6. チャイニーズ フード
7. How Many "Good Bye"
8. 次のデイト
9. ジャスト フィット
10. ミスキャスト

---------------------

from『ROYAL STRAIGHT FLUSH 3』

Royal3

1. どん底
2. きめてやる今夜
3. 晴れのちBLUE BOY
4. 背中まで45分
5. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
6. ”おまえにチェック・イン”
7. 麗人
8. ス・ト・リ・ッ・パ・-
9. TOKIO
10. サムライ
11. 勝手にしやがれ
12. あなたへの愛

---------------------

7月です。
遂に古稀ツアーが始まりますね。長いじゅり枯れもあと数日の辛抱、というファンが多いでしょう。

僕もそうなんですけど、実はギックリ腰の症状が長引いて困っています。以前は1週間もすればなんともなくなっていたのが、今回はまだ体勢によっては痛みも残っていますし、サッサと歩くこともままなりません。
まぁ徐々に、少しづつですが良くはなってはいるんですけどね・・・とにかく治りが遅いのです。
仕事はともかくとして(←コラコラ)、ジュリーのツアー初日・武道館公演がこの状態ではマズい。なんとかそれまでに完治すれば良いのですが・・・。


さて今日は、古稀ツアーに向けての”恒例・全然当たらないセットリスト予想”シリーズ。腰を痛める前に途中まで下書きを済ませていた「背中まで45分」の記事を仕上げて更新しておきます。
今になってセトリ入りにまったく自信が持てなくなってきているんですが、いずれにしても50周年ツアーの選曲から漏れたシングル曲をここでひとつ書いておきたい、というのは以前から考えていましたので。

あと、アルバム『MIS CAST』って、暑さ対策になかなか向いていますよ~。
こちら関東では先の思いやられる暑さが続いていますが、みなさまお住まいの地はいかがでしょうか。ダンディーな「背中まで45分」で納涼といきましょう!


①ジュリー流「ニュー・ロマンティック」本格化

70年代後半のニュー・ウェーヴ・ムーヴメントから枝分かれしたいくつかのジャンル・カテゴライズの中で、ジュリーは80年『G. S. I LOVE YOU』でネオ・モッズを、81年『S/T/R/I/P/P/E/R』でパブ・ロックを我がものとし、さて82年。「アルバムごとに変化を魅せる」ジュリーが挑んだ音は・・・『A WONDERFUL TIME.』がシティ・サウンドだったとすれば、『MIS CAST』はニュー・ロマンティックと言えるでしょう。

もちろん『A WONDERFUL TIME.』の時点でニュー・ロンティック的な手法は既に見えていますが、アレンジャーに白井さんを迎えたことでより徹底的に、革命的に音作りが変化しました。
83年に入るとシンセ・プログラミングの導入によりさらに拍車はかかるのですが、純粋な意味でのジュリー流ニュー・ロマンティックは『MIS CAST』にトドメを刺す、というのが僕の見方です。
一般的には82年という時期はニュー・ロマンティックなるジャンルも行き詰まり多種多様化して霧散したと言われますが、それはロンドン出身のバンドやアーティストを起点とした捉え方であって、この頃デュラン・デュラン(バーミンガム出身)あたりは最全盛期。
僕は最近スコアを入手したこともあって今ちょうどデュラン・デュランをよく聴いているのですが、82~83年のジュリー流ニュー・ロマンティックの手法との共通点は多いです。ちょっと挙げてみますと

・ヴォーカルのジュリーは当然として、エキゾティクス含めた「バンド」メンバー全員が美男子であり、ルックスのインパクトが音楽性とマッチしていること
・シングル盤をはじめプロモーション戦略で押し出される楽曲については、エンディングのミックスがフェイド・アウトであること
・楽曲のクオリティ-の高さもさることながら、PV的な作品世界観を重視していること

例えば今日のお題「背中まで45分」。
これまでテレビ出演でシングルが披露される場合、演奏はもちろん衣装や立ち位置まで生バンドならではの勢いを最重視したスタイルだったのが、この曲では生出演でそのままPVを表現しているような・・・。

長いファンの先輩方でも楽器に詳しくなければ「えっ?」と驚かれるかもしれませんが、「背中まで45分」のレコーディング音源って、シングル・ヴァージョンはエレキベースなんですよ。「俺、ウッドベース弾こうかな」と手を上げて録音したという有名な以前の逸話が示す通り、建さんはウッド・ベースの達人でもありますが、それは「背中で45分」についてはアルバム・ヴァージョンに限ります。
その辺りを混同した公式の商業誌掲載の文章も多いですけど、よ~く聴けばみなさまもシングルの方はエレキだと分かるはずです。
ただ、「シングル曲」としてテレビ出演する際の建さんはウッドベースを持っていますよね。何故か・・・その方が、PV的な完成度が高いからでしょう。映像の構図まで込みで「背中まで45分」という作品なのだと。
また、フェイド・アウト処理にも似た意味があります。PVというのは基本「エディット」しません。曲の最初から最後まで聴かせる、見せることで作品となります。
僕はどちらかと言うと「ばば~ん!」とキッチリ終わるエンディングの方がミックス、アレンジとしては好みですが、「背中まで45分」にフェイド・アウトは「絶対」の要素だと思います。エディットなんてできないし、途中を端折ることもできません。
しかもこの歌は「終わり」を描かないのがポイント。

それがちょうど それがちょうど 今
F#m7                                     B7

背中まで45分 ♪
Amaj7    G#m7

「今」のその先に起こること・・・ドラマなんかだと白いスモークがかかって大事なトコを隠すシーン(笑)が後に続くという、それがこの曲のフェイド・アウト。
ニュー・ロマンティックが流行した頃のロックって、フェイド・アウト処理自体がクールでカッコ良い、確かにそんな時代だったなぁと思い出します。

先の50周年ツアーで「背中まで45分」のセトリ入りが見送られたのは当然のこと。ワンコーラスだけ歌う、ってわけにはいかない曲ですからね。
ジュリーがじっくり、しっぽり、艶っぽくフルコーラスで歌う「背中まで45分」を今回の古稀ツアーでは改めて期待しようではありませんか。
さすがにフェイドアウトは無いとは思う一方、もし打ち込みが導入された場合は(この曲については可能性あり、と考えています。詳しくはチャプター③で!)、あり得ない手法ではないですよ~。

僕はアルバム『MIS CAST』からはまだ「ジャスト フィット」唯1曲しか生体感が無く、「背中まで45分」は未体験ジュリー・シングルとして残された数曲のひとつ。
個人的には一昨年の手術後によく聴いていたアルバムで、「音の噛みは過激なのに不思議な鎮痛効果がある」という観点に立てば、ジュリーが「背中まで45分」をシングルに抜擢したのはズバリの選択だったんじゃないか、と今になって思います。
是非1度は生体感してみたい1曲です。


②「背中まで45分」3つのヴァージョン聴き比べ

「3つ?シングルとアルバムともうひとつは何?」と、みなさま思われたでしょうね。
3つ目というのは


1806_051

井上陽水さんのアルバム『ライオン&ペリカン』収録のセルフカバー・ヴァージョンです。
聴いたことのある方もいらっしゃるでしょうけど、今日はせっかくの機会。まずはこの陽水さんのヴァージョンについて書いてみましょう。

僕が後追いで知った話によれば、陽水さんはジュリーの『MIS CAST』収録全曲の創作に没頭するあまり、ご自身のアルバムの収録曲が足りなくなってしまったのだとか。そこで「背中まで45分」と「チャイニーズ フード」を自らのアルバムにも収録するにあたり、ジュリーに「いいかな?」と尋ねてきたのだそうです。
ジュリーは「どうぞどうぞ!」と。
このあたりの経緯についてはラジオ番組『NISSANミッドナイト・ステーション』でジュリーが詳しく話してくれていますので、いずれ『MIS CAST』他収録曲のお題記事でご紹介するつもりです。

で、そのラジオ音源を聴いて僕は陽水さんのセルフカバー・ヴァージョンも聴いてみたくなり、『ライオン&ペリカン』を購入したというわけ。

ジュリーへの提供2曲を聴いて、まずビックリしました。
「背中まで45分」ですと、シンプルな16ビートのパターンを延々とリフレインするリズムボックスと、気まぐれなエレキギターのストローク。あとはベースと、擬似ストリングス(ギターを使用しているように聴こえます)、そして陽水さんのダブルトラック・ヴォーカル。
いくらなんでもこれは粗すぎるのでは、と思ったら、どうやらジュリーに渡したデモテープ音源をそのまま流用したらしいんですね。
そう知ると「粗さ」は逆にジュリーファンとして魅力に変わり、色々なことが見えてきて興味そそられます。
例えば「ここからちょっと歌お休みの間奏ね!」という箇所(15分前から5分前の間ね)の直前には突発的なフィル・パターンがプログラムされていて、陽水さんが楽曲全体の構成までしっかり決めてジュリーに届けていたことが分かります。陽水さん、相当入れ込んでノリまくってデモを作っていますね~。
もちろん陽水さんが提示した構成は、そのままエキゾティクスの演奏に引き継がれています。

では、ジュリーの2つのヴァージョンについて。
アレンジが異なるのにさほど印象の乖離を感じないのは、ジュリー・ヴォーカルの成せるところでしょう。でも実際アルバムとシングルでは相当違いますよ。

Senakamade


↑ 本日の参考スコアは歌本『YOUNG SONG』!


ジュリーはアルバム『MIS CAST』リリース時にラジオで「いろんな音が入っている」と紹介してくれています。「背中まで45分」のアルバム・ヴァージョンも当然その言葉通りで、シーケンサーのような音やギターの逆回転音が左右からひっきりなしに襲いかかってくる・・・いかにも白井さん、といった感じのS.E.ですね。

演奏トラックで特徴的なのはキーボードで、Aメロは
「シシシド#~ド#シ~、シシシド#~ド#シ~♪」
を貫き通します。ホ長調のコード・トーンとは言え、「F#m7」に行こうが「B7」に行こうがずっとその音階で不動となれば、若干の「居心地の悪さ」が出てくる・・・それが逆に気持ち良い、というわけです。
さらにBメロ(サビ)では「シ」の音を16分音符でひたすらに連打。抑揚の無い1音階を繰り返すことでクールなPV感覚が生まれ、歌がより映像的になります。

ところがこのキーボード・フレーズがシングル・ヴァージョンではバッサリ無くなります。
建さんが「シングル」向きに「シ~ド#~ソ#~、ド#~シド#レ#~シソ#ド#~ソ#~・・・♪」という新たなテーマ・フレーズを考案。
続いてBメロにはジュリーのヴォーカルを追いかけるディレイたっぷりのピアノ。これらは当然アルバム・ヴァージョンには無かった音です。

そして先述した通り、アルバム・ヴァージョンはウッドベースでシングルはエレキベース。これがいずれも素晴らしい名演!
特に好きなのがシングル・ヴァージョンのフレージングです。「E」の2小節、「C#m」の2小節、どちらのコードでも最初の1小節はビシッ!とミュートさせ、続く2小説目は冒険的なまでに音を伸ばす・・・「フレーズの終わらせ方」が決して安易に繰り返されない、一辺倒にならない、というところが建さんの真骨頂。

シングルとアルバムでヴァージョン違いのジュリー・ナンバーは数多くありますが、ここまで「音」自体が変化している曲は珍しいです。
圧倒的なジュリー・ヴォーカルに隠れていますが、白井さんと建さんがアレンジャーとして素晴らしい「職人」ぶりを発揮した、それぞれ甲乙つけ難い2つのヴァージョン・・・みなさまはどちらがお好みでしょうか。


③セトリ入りが実現したら、いつ以来?

もしセトリ入りしたら・・・簡単に、ではございますが今回もその見どころを2つの演奏スタイルに分けて書いてみましょう。

まず、伴奏がギター1本だった場合。先に少し触れたように、この曲については「生きてたらシアワセ」同様、打ち込みの導入を僕は考えます。プログラミングと相性の良い曲だと思うんですよ。「ループ」パターンが曲の雰囲気を壊さないのです。
打楽器音に限らず、アルバム・ヴァージョンでキーボードが奏でている
「シシシド#~ド#シ~、シシシド#~ド#シ~♪」
これをループさせればカッコ良い打ち込みになると思う・・・柴山さんはシングル・ヴァージョンの雰囲気でギターを弾くでしょうから、実現すれば2つのヴァージョンのアレンジ・アイデアが合体、ということになりますね。
となれば、フェイド・アウトの再現も視野に入ります。

一方、古稀ツアーで新たなバンドがお披露目されるなら、この曲はもうすべてのパートが見どころです。どんな感じになるのか、まったく予想がつきませんから。
手持ちのDVD作品に限って言うと、僕はこの曲のLIVE映像はたぶん観たことがないはず。
もしかして「背中まで45分」って、ここ30年くらいで考えると、長いファンの先輩方にとっても相当なレア曲、待ち続けている1曲ではないのですか?
僕の”全然当たらないセットリスト予想”が万一的中しサプライズが実現したら、一体いつ以来の生歌、生演奏になるのでしょう。期待したいです。

ジュリーのヴォーカルについては、やはり

それから よりそい 二人で 恋をし
Amaj7      G#m7     Amaj7    G#m7

長い廊下 転がされて
A

迷い込んだ ホテル ラウンジバー ♪
B7

ここでしょうかね~。
オリジナル音源を聴くだけでとろけそうな美声際立つ箇所ですが、生で聴くといかほどか、という。
ホ長調のキーで高い「ミ」の音を押してくるメロディーは、今も昔もジュリーにピッタリなのですね・・・。


それでは、オマケです!
『MIS CAST』ツアー・パンフレットから、まだ拙ブログ未添付のショットを数枚どうぞ~。


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Miscast15

Miscast2_2

Miscast19

Miscast23


これにて、ポリドール期の『ROYAL STRAIGHT FLUSH』全3巻の収録曲もすべて書き終えました。10年も続けているとこのように色々と積み重ねも目に見えるようになってきますが、それでも「ジュリー・ナンバー」を全部書く、というのは一生かかっても無理。
終わりが見えないことがこんなに幸せとは・・・。


いよいよ週末の金曜日は待ちに待ったジュリー古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』初日、武道館公演です!
とにかく今回はどんな演奏スタイルになるのか、もしバンドなら新たにどんな顔ぶれとなるのか・・・本当に情報が無くてドキドキ感がいつになく凄まじい(笑)。
きっとみなさまもそうでしょうね。

セットリスト全体のコンセプトはLOVE & PEACEと予想しますが、じゃあどの曲を?と言われると難しい。
社会性の高いラインナップにはなると思う・・・ジュリー、きっと今「ブチかましたい」はずですから。ブチかます気持ちこそがジュリーの「冒険」、というのが僕の個人的な推測なのです。さぁ実際はどうでしょうか?

初日までにはもう1本、簡単なお知らせ記事(別館side-Bのご案内)を更新します。
今回は盟友・YOKO君の初日が10月のさいたまスーパーアリーナということで、拙ブログは3ケ月半に渡る長い長いネタバレ禁止期間に入りますが、それはあくまで僕が書く記事本文のこと。
コメント欄についてはツアーへの言及OKです。みなさまその点はどうぞお気遣いなきよう・・・。

とにかくあと5日のうちに、腰をなんとかせねば!
みなさまも、お身体のことはもちろん不慮のアクシデントなど、充分ご注意ください。

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2018年6月25日 (月)

沢田研二 「時の過ぎゆくままに」

from『人間60年 ジュリー祭り』、2008

Juliematuricd

disc-1
1. OVERTUREそのキスが欲しい
2. 60th. Anniversary Club Soda
3. 確信
4. A. C. B.
5. 銀の骨
6. すべてはこの夜に
7. 銀河のロマンス
8. モナリザの微笑
9. 青い鳥
10. シーサイド・バウンド
11. 君だけに愛を
12. 花・太陽・雨
disc-2
1. 君をのせて
2. 許されない愛
3. あなたへの愛
4. 追憶
5. コバルトの季節の中で
6. 巴里にひとり
7. おまえがパラダイス
8. 6番目のユ・ウ・ウ・ツ
9. 晴れのちBLUE BOY
10. Snow Blind
11. 明星 -Venus-
12. 風は知らない
13. ある青春
14. いくつかの場面
disc-3
1. 単純な永遠
2. 届かない花々
3. つづくシアワセ
4. 生きてたらシアワセ
5. greenboy
6. 俺たち最高
7. 睡蓮
8. ポラロイドGIRL
9. a・b・c...i love you
10. サーモスタットな夏
11. 彼女はデリケート
12. 君のキレイのために
13. マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!
14. さよならを待たせて
15. 世紀の片恋
16. ラヴ・ラヴ・ラヴ
disc-4
1. 不良時代
2. Long Good-by
3. 
4. 美しき愛の掟
5. 護られているI Love You
6. あなただけでいい
7. サムライ
8. 風に押され僕は
9. 我が窮状
10. Beloved
11. やわらかな後悔
12. 海にむけて
13. 憎みきれないろくでなし
14. ウィンクでさよなら
15. ダーリング
16. TOKIO
17. Instrumental
disc-5
1. Don't be afraid to LOVE
2. 約束の地
3. ユア・レディ
4. ロマンスブルー
5. TOMO=DACHI
6. 神々たちよ護れ
7. ス・ト・リ・ッ・パ・-
8. 危険なふたり
9. ”おまえにチェック・イン”
10. 君をいま抱かせてくれ
11. ROCK' ROLL MARCH
disc-6
1. カサブランカ・ダンディ
2. 勝手にしやがれ
3. 恋は邪魔もの
4. あなたに今夜はワインをふりかけ
5. 時の過ぎゆくままに
6. ヤマトより愛をこめて
7. 気になるお前
8. 朝に別れのほほえみを
9. 遠い夜明け
10. いい風よ吹け
11. 愛まで待てない
--------------------

from『いくつかの場面』、1975

Ikutuka

1. 時の過ぎゆくままに
2. 外は吹雪
3. 燃えつきた二人
4. 人待ち顔
5. 遥かなるラグタイム
6. U. F. O.
7. めぐり逢う日のために
8. 黄昏のなかで
9. あの娘に御用心
10. 流転
11. いくつかの場面
--------------------


またしても関西で大きな地震があり、痛ましい犠牲も出てしまいました。
カミさんの実家や友人達は無事でしたが、「地震国・日本」ということをどれほどの人が常に考えているのか、と改めて思いました。天災は防ぐことはできないにしても、そこで人災の被害が連鎖してはなりません。

僕はと言うと・・・実は先週、季節の変わり目の風邪予防だけに気をとられていたら、久々に重度のギックリ腰に見舞われ身動きがとれなくなっていました。
もしこんな時大きな災害に遭ったら、逃げることもできません。身につまされる地震報道でした。

さてそのギックリ腰ですが、職場で何の気なしに台車から梱包本を持ち上げた瞬間、「ぴき~ん!」と行きました。いわゆる「魔女の一撃」というやつです。
横着をして、膝を曲げなかったのが悪かったのですな・・・ヤバイ!と思った時は既に遅く、モノに掴まらなければ歩くこともできないという重度の症状に。
その日は同僚に車で家まで送って貰い早退。以後、ひたすら休養。先週木曜あたりの更新を狙って下書きしていた今日とは別のお題記事も未完成のまま頓挫し、ジュリー70歳の誕生日に贈る大切なこの記事も突貫の執筆となってしまいました。
休養さえしていれば徐々に回復する症状ではあるんですけど、ほぼ10年越しの拙ブログの大目標達成目前、想定外に追い詰められてとにかく焦りました。
なんとか今日の更新にこぎつけましたが、ほとんど走り書きのような記事で申し訳ないです・・・。

一応、古稀ツアーに向けての”全然当たらないセットリスト予想”シリーズの1曲。でも僕としては「これで『ジュリー祭り』の全82曲を記事に書き終える」という意義の方が大きい・・・今日はそんな感じの内容。
初日・武道館公演のチケットも届き(ステージ真横、視界の上半分が屋根という1階西スタンドの奥深い席を頂きました。どうやら前ツアーの驚異的な席運の反動が来たようです笑)、いよいよ「70越えのジュリー」をこの目にするんだ、と実感も沸いてきました。
お題の「時の過ぎゆくままに」・・・全ジュリー・ナンバー中、おそらく新規ファンが考察するには最もハードルが高い大ヒット曲でしょうが、半年間に渡る古稀ツアーの大成功祈願とともに、まだまだ痛みの残る腰を適度にいたわりつつ、頑張って書きたいと思います。


①約束の年がやって来た!

まずは・・・。
ジュリー、70歳のお誕生日おめでとうございます!

Paper011


↑ 毎年恒例、「ありがとう」と言ってそうな若きジュリーのショット。これは45年前くらいでしょうか?

古来稀なる歌手・ジュリーの祈りが、すべての人に届きますように。


今日は恐縮ながら個人的なお話から。
初のジュリーLIVE参加となった『ジュリー祭り』東京ドーム公演から半年、2009年の『Pleasure Pleasure』ツアーは、「自分はジュリーファンである」ということが僕自身の身の丈に合ってきた、自分でしっくりくるようになった・・・そんなツアーでした。
公演参加回数も過去ツアーの中では一番です。
このツアーでのジュリーのMCは、おもに前年末に大成功をおさめた二大ドーム公演の振り返りと、「ワタシの70越えを見届けて下さい!」宣言でした。
ファンになったばかりの僕は、初めてジュリーと「約束」をしたような気持ちになったものです。10年近くも先のことで、まだまだ遠い将来で、その日が来るという実感など持てないままのヒヨッコ時代の約束でしたが、ずっとファンであり続けたまま、遂に時は来ました。
長かったのか、短かったのか・・・。

僕が「ジュリー70越えまでに、鉄人バンドのインスト2曲も含めた『ジュリー祭り』セットリスト全82曲のブログお題記事を書き終える」ことを思いついたのは、そんな『Pleasure Pleasure』ツアーMCを受けて、1ファンとして「ジュリーとの約束」のつもりでいました。
それを宣言(と言うか文字にして退路を断ち自らに絶対の目標を課す)した時には、「大変な公約をしてしまった。そんなこと本当にできるのかいな」と我ながらビビッたものです。「我が窮状」なんてどういうふうに書けばいいんだろう、と心配したりね。

「10年あれば大抵のことは成し遂げられる」
依知川さんがエッセイに書いていらした言葉です。
僕はとりたてて何の才も持たない凡人ですが、コツコツと積み重ねることだけは昔から得意。先の見えない目標に向かって不安を抱えつつ、それでもそれなりの計画性を持って取り組んでいたら、いつしか「行ける!」と手応えも感じるようになりました。
ラスト1曲を「時の過ぎゆくままに」にしようと決めたのは、そんな手応えが出てきてから。
言わずと知れた有名な曲ですが、時代背景や作曲時の逸話等々、ジュリーファンとなって初めて知ることがとても多く、『ジュリー祭り』以降の僕自身の「じゅり勉」を象徴する曲だと思ったのと、やっぱり「キマる」じゃないですか。大トリがこの曲、というのは。

そしてやって来た今年、2018年6月。ジュリーの誕生月。目標達成までこの「時の過ぎゆくままに」1曲のみを残す状況になって、ハッキリ言って僕は「ここまで来たらもう大丈夫」と油断しました。
慢心を突くがごとき「魔女の一撃」。
お題記事執筆までに全話を鑑賞予定だった『悪魔のようなあいつ』も観ること叶わず、この一週間はひたすら静養するしかなく・・・この記事は僅か2日で仕上げなければならないところまで追いつめられました。
「ギックリ腰のため目標達成ならず」なんてことになったら、この10年コツコツ頑張ってきた過去の自分に申し訳なさ過ぎる!
ということで、なんとか頑張りました。

古稀ツアーのチケットも第1陣が到着し、初日までのカウントダウンが始まる・・・ちょうど今、ジュリーファンが一番ソワソワ、ウキウキする時期です。そんな時、「魔女の一撃」は忍び寄るのだと思います。
みなさま、ゆめゆめ油断なさいませぬよう・・・。


②『悪魔のようなあいつ』と『いくつかの場面』

先述の通り、僕はこの日の更新に向けてDVD『悪魔のようなあいつ』全話鑑賞を目指してきましたが無念ながら間に合いませんでした(現在は第6巻、良が野々村さんの銃を奪って逃走する話まで鑑賞済み)。
ですからドラマの総括などは今回ここではできないんですけど、「時の過ぎゆくままに」の考察でこの作品に触れないのは片手落ち・・・少し書いておきます。

Akuma

僕は『ジュリー祭り』以降ジュリーについて基本的なことから勉強を始めるその前までずっと、ジュリー最大のヒット(セールス)シングルは「勝手にしやがれ」だとばかり思い込んでいました。
そうではなくて「時の過ぎゆくままに」が最大のヒット曲で、かつて『悪魔のようなあいつ』なるTVドラマがあり(先輩方にとっては信じ難いことでしょうが、僕がこのドラマの存在を把握したのは2009年になってからです)その劇中歌でもあった、と知った際には、「なるほど、大流行したドラマとのタイアップで爆発的に一般大衆に浸透した大ヒットのパターンか~」と勝手に合点。
例えば、僕が小学生の時初めて自分で買ったシングル・レコードはゴダイゴの『ガンダーラ』。当然、当時ゴールデンタイム放映のドラマ『西遊記』を観ていたから主題歌のシングル盤が欲しくなったわけで、そういう人達が全国各地にたくさんいて、「ガンダーラ」大ヒットに繋がったのです。75年の「時の過ぎゆくままに」においても世間にそれと同じムーヴがあったのだろう、と僕はまず考えました。

しかし『悪魔のようなあいつ』が決してゴールデンタイムの流行ドラマなどではなく、視聴率も苦戦していたと分かったのがさらにその数年後です。

今回DVD全話鑑賞が間に合わなかったのは、もちろん時間のことやら腰痛のことやら色々な理由はあるのですが、一番は「サクッと気軽に観流せる内容ではない」という、ヒヨッコならではの「想定外」に惑わされたこと・・・正直、ここまで濃厚だとは予想していなかったんです。完全に深夜枠映像じゃないですかこれ。
「リアルタイムでは親が見せてくれなかった」と仰る先輩方がいらしても不思議はありません。

ですから「時の過ぎゆくままに」の大ヒットは、90年代で言うところの「トレンディードラマ・タイアップ」のセールス戦略とは似て非なるもの。
当時流行の対象から逸れ気味だったドラマは後に伝説的な再評価を得て、「えっ、あの”時の過ぎゆくままに”って劇中歌だったの?」と後追いで知る人(←僕です)が出てくる・・・世間的にはそういう順序になります。
純粋に、詞とメロディー、歌が素晴らしかった、何か得体の知れないエネルギーを抱え鬱屈しつつも外の世界へと気持ちが向かっていた1975年の一般大衆の心をジャストに捕えた・・・そんな大ヒット曲だったのですね。
ただ、その詞とメロディーを生んだのが『悪魔のようなあいつ』だったことは厳然たる事実。そこはジュリーファンが後世、伝えていかなければいけません。

いずれにしてもリアルタイムでこのドラマを観ていた先輩方が語る「時の過ぎゆくままに」と、僕のような後追いが頭だけで当時の状況を考えて語るそれとではレベルが違う、と思っています。
「私達の妄想がそのまま映像になってるんだから、そりゃ大変だったわよ」とは、先月お会いした師匠のお言葉(笑)。なんでも、毎週の放送が終わったら速攻でお友達から「観た?」と電話がかかってきていたとか。

また、放映開始前から胸ときめかせていた先輩方・・・そのお一人であるMママ様が、貴重な当時の新聞切り抜きを5種類も残してくださっています。

Tokisugi1

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Tokisugi4

Tokisugi5

こうしてみると、やはり放映前は「あのジュリーが3億円事件の犯人役を!」というだけで世間の注目度は高かったと分かります。
残念ながら視聴率は伸びず・・・そのあたりは『愛をもとめて』でジュリーも「もっと頑張らないと」と語っていたりしますが、それはまたいずれの機会に。

そうそう、僕は三木聖子さんが「まちぶせ」の元祖であることを昨年知ったばかり。
ジュリー以外の出演者についても、この先「そうだったのか!」と知ってゆくことは多いのでしょうね。


アルバム『いくつかの場面』から僕がこれまで生体感できているのは、お題の「時の過ぎゆくままに」と「いくつかの場面」。ただ、この2曲以外の収録曲は今後のLIVEでセトリ入りすることはないように思います。

27歳のジュリーが歌う、当時の若者達の無軌道、純情、破綻。及川恒平さんや加藤登紀子さんの作品だけに限らず、深い社会性を採り入れたトータルイメージは、不思議に古稀・ジュリーの行く道と重なります。
個人的にはこのアルバムでは「U. F. O.」と「人待ち顔」が頭抜けて好きですが、やはり「時の過ぎゆくままに」で始まり「いくつかの場面」で終わる・・・ハッキリそのように構成された1枚ですよね。
数あるジュリー・アルバムの中でも特に「曲順の必然性」が強い名盤ではないでしょうか。


③バンドで聴きたい!普遍のギター・フレーズ

ギター1本の伴奏パターンも想像することはできるけど、「時の過ぎゆくままに」は個人的にはどんなビートものよりも、バンド編成で聴きたい1曲です。
同時に、若手を起用した新しいバンド結成が古稀ツアーでもし実現するなら、絶対にセトリ入りして欲しい定番ヒット曲でもあります。この名曲の普遍性を次代に繋ぐ歴史的なシーンになる、と思いますから。

僕は先の17日、新宿の朝日カルチャーセンターで人見先生(←今回は講義でしたからこの表記で)の『ピーが語るポップスの変遷』に参加してきましたが、「メロディーに国境はない」とのコンセプトのもと、「時の過ぎゆくままに」の紹介もありました。
(ちなみに、タイガース・メンバーによるジュリー古稀お祝いの会には、先の入院で心配されたサリーも元気に出席予定、とのことでした)

「雅(みやび)」の階級意識よりも「俗(ぞく)」の大衆性を説く人見先生のお話は、そのまま「時の過ぎゆくままに」の優れた「俗性」に重なる、と感じました。
そう、とても良い意味を込めて敢えて表現するなら、これは本当に「俗っぽい」メロディーなんですね。
そもそも大野さんは、バラードであってもメロディーが和音より前に出てくると言うか、ハキハキしているのが大きな魅力。それが阿久さんの詞と合うのです。

時の過ぎゆくままに この身をまかせ ♪
   G             B7       C       D        G

これまで何度か書いてきたように「G→B7」は「ポップス」解説には必ず登場する王道の(「俗」の)胸キュン進行。その進行代表例として「時の過ぎゆくままに」は地位を確かなものとしています。

だからこそ、です。
このメロディーを大ヒットに導いた他の要素、阿久さんの詞であり、堯之さん考案のギター・フレーズであり、4ビートのドラムスであり、シンプルなベースであり・・・偉大なポップス・スタンダードのすべてが、本家のジュリー・ヴォーカルのバックで次代のバンドに受け継がれる歴史的シーンを観てみたい、と僕は思います。
だって・・・これほどまでに「演奏者を選ばない」スタンダード・ナンバーは本当に珍しいのですよ。

こう書くと、もしかしたら「いや、”時の過ぎゆくままに”は堯之さんのギターでなければ」と反論する先輩方もいらっしゃるかもしれません。
でもね、考えてみてください。「危険なふたり」や「恋は邪魔もの」ならいざ知らず、「時の過ぎゆくままに」のギターをみなさんプレイヤーで区別できます?

例えば「時の過ぎゆくままに」の過去幾多の演奏音源から、リードギターのパートだけを抜き取っていくつか並べて聴いたとします。どれが堯之さんで、どれが柴山さんで、どれがそれ以外で・・・とスラスラ答えられる人は100人に1人もいないでしょう。
少なくとも僕には判別は無理です。
「危険なふたり」と違い「時の過ぎゆくままに」のあのイントロのギターは、どんなギタリストがどんなモデルで弾いてもまったく同じ運指にしかなりようがない「絶対」のフレーズなんですよね。だから、「堯之さんの考案力」を僕はこれまで何度も書いてきたのです。
驚異なまでに普遍的フレーズを大野さんのコード進行に載せた、という素晴らしさです。

神技でもない、難しい指使いでもない。ある程度ギターを嗜む人なら素人でも弾けるフレーズ。
でも「こう」しか弾けない。弾き手の「我流」を許さない。

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↑ 同い年の男性ジュリーファンの友人がお持ちの、貴重な「時の過ぎゆくままに」バンドスコア。有名な曲ですから巷に多くのピアノ譜、ギター譜は溢れていますが、演奏全パート同時進行採譜のバンドスコア資料は本当に珍しいです。

誰がギターを持っても、誰が再現しても、上画像のTAB譜の通りに弾く以外ないギター・フレーズ。
作曲した大野さんももちろん凄いですが、このフレーズは正に堯之さん渾身のオリジナル!


「時の過ぎゆくままに」のギターについては、堯之さんと柴山さんのやりとりの話が有名ですよね。僕は、あの話はジュリーファンにちょっと誤解も含んで広まっている、と感じています。
堯之さんの「こっちがオリジナル」発言は、柴山さんの音や弾き方がオリジナルとは違う、と言っているのでは決してなく、この普遍的フレーズの「考案者は自分である。元祖である。自分以外の誰が弾いても、それは「元祖のフレーズを次世代として受け継ぐ側」の演奏となる、という意味なのです。
もちろん柴山さんにその意は伝わっています。いかにも堯之さんらしい、柴山さんの技量にもリスペクトのあるギタリストならではの言葉だということも。
先輩方の間で言われているように、「ムキになって張り合った」内容ではないと僕は思うんですよ。
もし「張り合う」気持ちが2人にあったとするならば、それはギターの良しあしではなく、「ジュリーの隣にどちらがふさわしいか」という存在意義みたいなことです。ですから柴山さんの「回数なら僕」というのは、その意味で絶妙の切り返しなのですね。これには堯之さん、「1本とられたな~」と思ったはずですよ。

何故堯之さんが晩年まで「時の過ぎゆくままに」のギターに拘り、弾き続けたか。
それは「後に残そう」という、「元祖の人」でしかあり得ない衝動、伝授の志だったんじゃないかなぁ。

もちろん堯之さんのこの曲への貢献はイントロのギター・フレーズにとどまりません。

からだの傷なら なおせるけれど
      Em             Am               Em

心のいたでは いやせはしない ♪
G          Em   Am               D

以前「今、僕は倖せです」の記事で書いたように、「沢田がこう歌っているから、こうなるんだ」という綿密な構成によるフレージングこそが堯之さんの真骨頂。
「時の過ぎゆくままに」のあのジュリーのヴォーカルに、第2の旋律を差し出すかのような裏メロでの絡み。これもまた僕ら聴き手としては「これ以外ない」という絶対のギターですよね。
古稀ツアーのセットリストで、ジュリーは当然堯之さんのことも考えたと思います。そこで、堯之さんの作曲作品より先に「時の過ぎゆくままに」のギター・フレーズをジュリーはまず想ったのではないでしょうか。

堯之さんの旅立ちの悲しい知らせから、まだ2ケ月も経っていません。
僕も、このタイミングで「時の過ぎゆくままに」の記事を書くとなれば、やはり堯之さんのことばかり書いてしまう・・・でも、それがこの曲の本質、とも思えたり。

今回、必ず歌われる曲だろうと予想しています。


それでは、オマケです!
まずは、『ヤング』バックナンバーから75年9月号。

750901

750902


続いて『プレイファイヴ(限界なき男ジュリー)』から、まだブログで添付していないショットを数枚!

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197512

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さぁ、これにて「ジュリーの70越えまでに『ジュリー祭り』セットリスト全82曲のお題記事を書き終える」という拙ブログの大目標は達成できました。
「才は無いけどコツコツ積み重ねるのは得意」などと先に書きましたが、読んでくださる方々がいらっしゃる、その励みなくしては到底為し得なかったことです。
本当にありがとうございました。

また次なる新たな大目標を近いうちに見つけたいと思っています。ジュリーが今回の古稀ツアーで早々にヒントをくれそうな予感・・・楽しみです!


では次回更新は・・・古稀ツアー初日・武道館公演までまだ日にちもありますので、腰を痛める前に3分の1ほど下書きを済ませていたセトリ予想記事を、せっかくですので仕上げておきたいと思います。
お題は先の50周年ツアーでは選曲から漏れたシングルで、今になって「セトリ入りはちょっと難しいかなぁ?」と弱気になっているのですが・・・。

ともあれ、あと10日ほどの間に腰を元の状態に戻さなければ。武道館スタンド席は立ち位置が狭い上に傾斜が急ですから腰への負担も大きいのです。
みなさまもお身体万全を期して、それぞれのツアー初日をお迎えください。

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2018年6月15日 (金)

沢田研二 「君のキレイのために」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

---------------------

この一週間、全国各地のジュリーファンの話題は『セブンスターショー』が攫っていたでしょう。
いやぁ堪能しました。
冒頭「1本だけ残されたテープ」のテロップにまず感動。TBSさん、よくぞ保管されていました!

期待通りの綺麗な映像でしたね。オープニングのジュリーの顔の黒さなんかは、今まで観ていた画質のものではよく分からなかったですから。
最も印象深かったのは「悪い予感」。
多くの先輩方が放映前にこの曲を「楽しみ!」と仰っていたのも大納得。あれは凄い・・・ジュリーの素晴らしさはもちろんですが、2階立てセットの2階部がリズム隊、という無理矢理なセッティングをまるで苦にしない井上バンドの演奏は「ブラボー!」のひと言です。
「絆」は僕の手元にある2つの音源いずれのヴァージョンとも違いました。この曲は少なくとも3つのヴァージョンが存在するんですね。
あと、堯之さんってノッってくるとブラッシングの鬼になるんですねぇ。「危険なふたり」「お前は魔法使い」「気になるお前」の後半にそれがよく表れていました。

明日の『キラリ・熱熱CLUB』も楽しみです。


ということで、本当に良いものを見せて頂いた勢いに乗って、今日はジュリーの古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』に向けて”全然当たらないセットリスト予想”シリーズ、第2弾の更新です。
お題はアルバム『耒タルベキ素敵』から「君のキレイのために」。なおかつこれは『ジュリー祭り』セットリスト、鉄人バンドのインスト2曲を含めた全82曲のうちいよいよ81曲目のお題記事となります。
気合入れて頑張ります!


①問答無用の大名盤!

西暦2000年リリース、全23曲収録。
世紀の大名盤『耒タルベキ素敵』。これはもうジュリーファンならば一家に1枚(2枚組ですけどね)、「マスト」なアルバムです。

最近になってジュリー堕ち、或いは中抜けから復帰されてこれから未聴のオリジナル・アルバムの大人買いを始めようという方がもしこの記事を読んでくださっていたら、何はともあれ『耒タルベキ素敵』。紙ジャケの本来の形状で普通に販売されている今のうちにまず購入されることを強くお勧めいたします。
なにせ、収録曲のLIVEセトリ入り率が高い!
10年前の『ジュリー祭り』が初参加という僕ですら、これまでアルバム収録全23曲のうち「A・C・B」「ねじれた祈り」「世紀の片恋」「アルシオネ」「遠い夜明け」「確信」「マッサラ」「無事でありますよう」「君のキレイのために」「everyday Joe」「生きてる実感」「この空を見てたら」「耒タルベキ素敵」と、13曲もの生歌、生演奏で体感済み。キャリアの浅いファンがツアー予習をするには最適のアルバムですよ~。
ちなみに僕がまだ未体感の収録曲ですと、「あなたでよかった」あたりが古希ツアーのセトリ入り可能性大、と考えています(依知川さんが歌ってくれた「あさいち」のLIVEで聴けてはいるのですが、ジュリーのステージではまだ聴いていません)。

アルバム最大の個性はアレンジャーの白井さんが引き出しを全開にしての異常なまでの作り込み。
もう1点はミックスの徹底したコンプレッサー処理で、その意味では『G. S. I LOVE YOU』のコンセプトを音響的に引き継いでいると言えるでしょうか。
単に「ハード」なだけのアルバムではないですね。ベースのイコライジングがハイ強めというのも、2001~05年の後続のハードロック期と一線を画します。

さて本日お題の「君のキレイのために」。
手持ちの過去ツアーDVD作品群を観ていても、「この曲はセトリ入り率が高いんだな」と感じますし、『ジュリー祭り』『奇跡元年』とジュリー本格堕ち最初期に続けてLIVE体感しましたから、「セットリスト定番」として早々に僕の頭に叩きこまれた1曲です。
ところが『奇跡元年』以降不思議にご無沙汰なんですね。もう9年ジュリーはこの曲を歌っていません。ツアーの編成がどんな形になるにせよ、さすがにそろそろ来るんじゃないですか~?
前回記事で少し書いたように、もし古稀ツアーのセットリストの一部が「月替わり」スタイルという僕の予想(希望)が実現したら、これはもう大有力候補曲。
久々の生体感を切望しているファンもきっと多いのではないでしょうか。期待しましょう!


②DYNAMITEも憧れの(笑)主夫生活

「LIVE映えする強烈なビート・ロック」とひと言で括ってしまうにはあまりに仕掛け盛りだくさん、色々な意味で「面白い」ナンバー。それが「君のキレイのために」。
まずファン周知のことですが、「ジュリーと縁深い作曲家に1人1曲ずつ依頼」とのコンセプトから当然選ばれた大沢誉志幸さんが、代表作「”おまえにチェック・イン”」へのオマージュをこの曲に盛り込みました。

ただ、「”おまえにチェック・イン”」と「君のキレイのために」って、同じ「ビートもの」でも曲想はまったく違うんですよね。
ここでの大沢さんのオマージュとは、ポップな進行の伴奏部に「tu,tu...」というキメのコーラスを載せた、という1点だけ。本質的にはバリバリのニュー・タイプな「新曲」なんです(大沢さんの提供曲で短調のジュリー・ナンバーはこの1曲のみ)。
これは、メジャー進行に載せた「tu,tu...」のコーラスをマイナー進行に載せたらどうなるか、という大沢さんの遊び心が生み出したちょっとした仕掛け。ジュリーが歌うことによって、ファンが「あ、チェックインと同じコーラスだ」と喜んでくれる・・・大沢さん、そしてアレンジの白井さんとしては「してやったり」だったでしょうか。

曲のキーは嬰ト短調。歌メロに入ってしばらくは王道パターンで進行しますが、サビで一変します。
まず同主音による転調があり、キーは変イ長調へ。

このままの僕でいい ♪
      A♭       Cm7

しかしその直後

君はいつも言うけど ♪
E♭m    F7         B♭m

ここは変ロ短調への移旋があり、それを起点に

はかり しれない愛だろうか 季節いくつ分の
      C#m  D#7     G#m    C#7    E     F#    D#7

君はまだ まぶしいな ♪
         E    F#        G#m

シレッと元の嬰ト短調に戻っています。
最初から最後まで王道を貫く「”おまえにチェック・イン”」とは似ても似つかぬ、メチャクチャ複雑な進行。それをハードに演奏するとなると、普通に考えれば「難解なロック」になりそうなものですが、「君のキレイのために」のこの親しみ易さはどうでしょう。
それが、ジュリーファンにとって馴染みの深い「tu,tu...」コーラスを前もって提示させていた効果であり、さらには覚さんの歌詞の効果でもあると僕は考えます。

君がもっと輝くなら  オフィスの視線浴びといで
G#m E      B      D#  G#m     E        B          D#

ハウスキープはまかせてよ  仕事より楽園 ♪
F#                  D#          G#m   C#m      D#

現在ではもう「ハウス・ハズバンド」スタイルの家庭も珍しくない世の中になっていますが、2000年当時ってどうだったのかな。歌詞中に「後指」なんてフレーズも登場しますし、世間の認知度はまだまだだった・・・?

嫁さんがバリバリ働いてくれるなら、そりゃ夫としては「仕事より楽園」だよなぁと、僕なんかは主夫生活というものに憧れがあります。まぁ若い頃にそんなことを言ってるとそれはハウス・ハズバンドじゃなくてヒモだろう、という話にもなりかねませんが、個人的には夫婦のライフスタイルとして全然アリだと思いますし、実際この先日本でもどんどんそうした家庭は増えていくのではないでしょうか。
でも「働くより楽をしたい」なんて男の方が安易に考えてちゃきっとダメですよね。「ハウスキープはまかせてよ♪」の心意気がまず先に無ければ・・・。

「君のキレイのために」の主人公は、おそらく主夫生活をスタートさせたばかり。
気を遣ってあれこれ頑張っているんだけど、帰宅した奥さんからダメ出しを食らって「役立たずゴメン!」と。
「笑って長い目で見て貰えている」状況が目に浮かぶ・・・まったくギスギス感が無いんですよね。
短調のハードロックがこれほど楽しく愉快に聴こえるのは、覚さんのこの詞をジュリーが完璧にストーリーに「ノッて」歌えているからでしょう。意外とジュリー自身にも主夫願望がチラリ程度にはあるのかな?

「主夫」先駆けのロッカーと言えば誰あろうジョン・レノンです。75年にリリースしたカバー・アルバム『ロックンロール』から、遺作となってしまった80年リリースの『ダブル・ファンタジー』まで5年間に渡る創作活動の空白。「子供以上の創作物は無い」と言ったとかいう話を昔何かの本で読みましたが、要は妻ヨーコさんに外のことを任せて家庭を護っていたわけです。
男性が専業主夫であることにまだまだ偏見のあった時代、もちろんそれができる環境が整っていたとは言え、ハウス・ハズバンドのスタイルを自然に先取りできる感性はジョンならでは。

2003年のインタビューでジュリーは、そんなジョンの主夫生活についてリアルタイムでは否定的だった、と明かしています。「そんなことしてないでアルバムを出してくれ」と思っていたのだとか。
でも後々「そういうのもアリか」と考えが変わってきた・・・それもまたジュリーならではの感性。
「君のキレイのために」で覚さんはジュリーの本質を突いた、と言えそうです。もしくはジュリーからある程度詞の内容についてリクエストがあったか。
いずれにせよ、「ジュリーの歌を作詞する」となった時、男性作家にこの発想は無理でしょう。

何にも囚われず人の考えないところを考える、これぞジュリー。そしてジュリーの場合はその「考え」が自作詞、提供詞問わず即座に歌となる、ロックとなる。
素敵過ぎます。
ジュリーならば、ハウス・ハズバンドとロックシンガーは兼務で行けるでしょう。僕は今年『耒タルベキ素敵』をリリースした年のジュリーに年齢が追いつきますが、いやはやここまで人生の出来が違うものか、考え方や取り組み方の境地が届かないものかと、当たり前のことながら一層憧れを強くするのでありました。


③「走る古稀ロッカー」に期待!

ジュリーがステージ狭しと駆け回る圧巻のパフォーマンスを魅せるセットリスト定番曲と言えば「愛まで待てない」と「君のキレイのために」。
「愛まで待てない」の方は『ジュリー祭り』以降も定期的に採り上げられ、先の50周年ツアーでも歌われました。「みなさま(お客さん)からはスキップしているように見えるかもしれませんが、本人は走ってるつもり」という自虐MCもすっかりお馴染みとなりましたが、いやいや僕らも間違いなくジュリーが「走っている」と観ていますよね。
そんな「疾走するジュリー」の姿を今度は古稀ツアー、「君のキレイのために」で見たい・・・これは僕だけの願望ではないでしょう。

70歳ともなれば確かに体力的には「しんどい」なんてレベルではないはずです。でもジュリーって、「だからおとなしく座って歌う」とは考えなさそう。
なんとか工夫して「走る曲は走るんだ」とあの手この手を凝らしてくるのではないでしょうか。
ジュリーが歌いたい歌を歌いたいように歌えるならば、究極を言えばキーを下げるのもアリだと僕は以前から思っているんです。
最近メディアでジュリーのことを採り上げてくださるプロのライターの方々が増えているのはとても嬉しく思っているけど、いかにもすべての曲をオリジナル・キーで歌っているかのように伝わってしまう文章表現はどうなのかと思う・・・ジュリーだって、例えば50周年ツアーで僕が柴山さんのフォームで気がついたものだけでも「あなたへの愛」「CHANCE」など下げている曲は下げているのですからね。
だから、「君をのせて」や「勝手にしやがれ」のあの高音を今でもオリジナル・キーで歌っているんだよ、という書き方でジュリーの喉、声の凄さを具体的に伝えるのが良いんじゃないか、と個人的には考えます。

ただ「君のキレイのために」について言うと、これは移調泣かせの曲ではあるんですね。
キーは嬰ト短調(サビ前半は同主音の転調があって変イ長調(嬰ト長調に同じ)。だったら半音下げのGmでも問題なさそう、と考えるのは早計です。
何と言ってもこの曲はイントロと間奏に

E→F→F#→G→G#→A→A#→B→C→C#→D→D#

と駆け上がる凄まじいフレット移動が登場します(最後のD#がそのまま嬰ト短調のドミナントとなる白井さんのアレンジ渾身の仕掛け)。
スタート地点の「E」は通常チューニングの6弦ギターで出せる最低音で、これをもし曲のキーを半音或いは1音下げて演奏するとなるとギタリストはフレットの高いポジションから最初の音を展開していかねばなりません。低い音から高い音へと駆け上がるニュアンスが希薄となってしまうのです。
オリジナル・キーとギター・アレンジが一体となっているナンバー・・・ジュリーは意地でもこの曲のキーは下げないでしょう。その上で、走る!
もし古稀ツアーでこの曲が採り上げられたら、「今、目の前で本当に凄いことが起こっているのだ」と考えて間違いはありませんよ~。

当然、セトリ入りの暁に僕が一番注目しているのはそのギター演奏箇所です。
バンド編成であれギター1本の伴奏であれ、そこは不動のポイント。
忙しく動き回る進行の曲って、意外とギター1本だけの伴奏でド迫力が増すものです。それに、後追いファンの僕はまだ下山さんの演奏でしかあの箇所を体感できていません。柴山さんだとどんなフレット運びになるのか・・・すべて横移動で魅せてくれるかもしれない、と楽しみにしています。
一方古稀ツアーがバンド編成だとすれば、この曲も前回お題「生きてたらシアワセ」同様僕はまだ「ベースあり」を生体感できていませんから、そこがまず大きな楽しみ。あと、スネアのチューニングにも注目しています。

いずれにしても、近年の「愛まで待てない」にも勝るジュリーの激走&シャウトに期待したいですね。


それでは、オマケです!
今日は昨年『まんだらけ海馬店』さんのジュリー生誕祝いの時に購入した(今年はまだ行っていないのです・・・)ミュージカル『ペ-パー・ムーン』2000年再演時のパンフレットから、数枚のショットをどうぞ~。


Papermoon1

Papermoon2

Papermoon3

Papermoon11

Papermoon15


このパンフ、元の持ち主様が最後のページにご自身が参加された『ペーパー・ムーン』公演のチケットを綴じて残していらっしゃるんです。かめありリリオホールが1枚と、シアターコクーンが2枚。
2000年のこの公演を3度も観劇されている、その道の大先輩。思うところありやむなく手放されたであろうパンフを今僕がこうして手にとっているわけで、素敵なご縁を感じつつ「有難いこと」と感謝に堪えません。
どこのどなたかも分からないのですが、この場を借りまして御礼申し上げます。


では次回更新は・・・う~むどうなりますか。
6月25日、ジュリー70歳の誕生日に「時の過ぎゆくままに」を書くというのはずっと以前からの確定路線ですが、その前にもう1曲、書けるかどうか・・・。微妙です。
もし書けそうだったら、50周年ツアーでは歌われなかったシングル曲をお題に、と考えています。

梅雨のうっとおしい天気が続きますが、もうすぐ古稀ツアー・チケットの第1陣が届けられるでしょう。
楽しみに待ちながら、ツアー初日に向けてしっかり体調管理ですね。
僕は今回の初日・武道館公演、ご事情あり参加が叶わない、というかたの思いを持って・・・そんな気持ちをこれまでになく強く胸に刻んで今を過ごしています。
元気にこの梅雨を乗り切りたいと思います。

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