2018年10月12日 (金)

ザ・タイガース 「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」

from『THE TIGERS 1982』、1982

Tigers1982


1. 十年ロマンス
2. 新世界
3. 抱擁
4. 時が窓をあけて
5. めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ
6. 夢の街
7. 野バラの誓い
8. BA-BA-BANG
9. ライラ
10. 生きてることは素敵さ
11. LOOK UP IN THE SKY
12. 朝焼けのカンタータ

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涼しかったり暑くなったり、夏なの?秋なの?という最近の気候。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

「オマエ、またか!」とお思いでしょうが・・・僕は季節の変わり目恒例の風邪をひいてしまいました。
でもなんとか仕事は休まずに済んでいます。実は最近、よく効く市販の風邪薬を見つけましてね~。


1810122

これ!
我が家の風邪は、基本的に僕が喉、カミさんは鼻をやられます。そんな時この薬がそれぞれによく効いて、本当に助けられているのです(僕が紫、カミさんが青を服用。症状別にまだ他にも種類があるみたい)。
もちろん対処療法で「一時的に症状を抑える」類のものではありますが、今まで服用してみたどんな市販薬より効き目を実感できる・・・薬の効き方は個人差があるとは思いますが、もしみなさまの中に風邪っぴきの方がいらっしゃったら、是非一度試してみて!

さて本題。
『ジュリーのセトリとは関係なさそうなタイガース・ナンバー』シリーズ、今日はその第3弾にしてひとまずの最終回。同窓会期のアルバム『THE TIGERS 1982』からお題を採り上げます。
サリーが歌う「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」、常識範囲の文量にて(汗)早速伝授です~。


これまで何度か書いている通り、僕がザ・タイガースの曲と最初に出逢ったのは1982年の同窓会期、当時は毎週欠かさず見ていた『ザ・ベストテン』での「色つきの女でいてくれよ」でした(最近勉強したラジオ音源から、1番初めは「スポットライト」コーナーの出演だったことが分かっています)。
その後彼等のアルバムを買い求めるまでには至らなかったものの(『THE TIGERS 1982』を聴いたのは『ジュリー祭り』の半年後くらい)、ニューミュージック全盛の時代に「お気に入りの大ヒット曲」のひとつとして中学生の僕は「色つきの女でいてくれよ」を認識し、タイガースを知ったのです。
ところが当時、僕が5人のメンバーの中で顔と名前(相称)が一致するまで覚えたのは、既に知っていたジュリーとシロー、そして82年新たに知ったトッポまで。
トッポは何と言っても立ち位置が真ん中で、リードヴォーカルでしたからね。オリジナル・タイガースをまったく知らなかった僕は、「昔タイガースという伝説のバンドにあって、沢田研二はメンバー2番手のスタンスだったのか」と勘違いしたくらいに、「色つきの女でいてくれよ」でのトッポのハイトーンは存在感抜群でした。最初誤って「マッポ」と呼んでいて母親に「違うよ」と訂正された、というのも懐かしい思い出です。
一方でサリーとタローは「背が高いその他の2人」くらいの印象しか持てず・・・今となっては恥じ入るばかりですが、同窓会でタイガースを知った僕の世代はそういう視聴者も多かったんじゃないかなぁ。
それが今や、ピーも含めタイガース・メンバー6人で一般的に最も知られているのがサリーなんですよねぇ。
ジュリーファンの僕もそこは謙虚に(?)、「ジュリーは2番手」だと思ってます。

そのサリーがアルバム『THE TIGERS 1982』で主を張る(リード・ヴォーカル)唯一のナンバーが「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」。「こんにちは、僕らタイガースです!」的なコンセプトの曲をサリーが歌うという手法は、デビュー・ファースト・シングルのB面「こっちを向いて」と同様の狙いを感じます。

このアルバムでのジュリーの作曲作品は大きく3つのタイプに分けられる、と僕は考えています。
ひとつは「十年ロマンス」「抱擁」「ライラ」のように、80年代にジュリーが作曲家として開眼した「短調のハードな曲調」によるシリアスなビートもの。
さらに、2000年代の「平和」「日常」を歌うメッセージ・ソングで魅せるシンプルながら崇高なメロディーをこの時期に先取りしているかのような「野バラの誓い」。
そして、古き良きロックンロールの雰囲気を踏襲し、「再びザ・タイガースとして活動できる」喜びをそのまま曲に注入したようなもの・・・それが「BA-BA-BANG」と、この「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」です。
この2曲のようなオールディーズ・ロック・テイストのパターンは、実はジュリー自作曲としてはソロでまったく登場しないんです。ジュリーwithザ・ワイルドワンズの「熱愛台風」と併せ、自らを「バンドの一員である」と強く意識した時に限り、ジュリーはこの手のロック・ナンバーが頭に閃くようですね。

「BA-BA-BANG」と「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」は進行の理屈もよく似ています。キーは違いますが(「BA-BA-BANG」はハ長調、「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」はホ長調)いずれもロックンロール・スリー・コードの循環で押しまくるヴァースがあり、サビ前のドミナントを目一杯引っ張る小節割りも共通。
同じアルバムに収録されていると「似た者同士」のハンデが危惧されるところ、そこは我らがタイガース。ヴォーカリストが違うと曲の個性も違ってきます。
追っかけコーラスから組み立てて作曲したであろう「BA-BA-BANG」に対して、ジュリーは「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」を最初からサリーの歌を想定して作ったんじゃないかな。ストーンズ「テル・ミー」のカバーで魅せるようなサリー独特の「粘り」が、この曲のメロディーから既に滲み出ていますから。
結果「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」には「BA-BA-BANG」には無い「ブルース色」が表れていますね。サリーの歌声あってこそ、です。
デビューからタイガースをよく知る先輩方はこの曲に、「あの頃」と変わらぬサリーの渋み走った声の魅力と、ヒット・チャートに揉まれながら作曲家としても大きく羽ばたいたジュリーの成長・・・この2点を見たのではないでしょうか。

最後に。糸井重里さんの詞で1番に登場する

金のないやつらは 手拍子を頼むぜ
E  A      E        B   E   A      E     B 

金持ちはジャラジャラ 宝石鳴らせばいい ♪
E  A      E             B  E  A     E       B

このフレーズの元ネタとなったジョン・レノンの有名な発言の逸話について、ビートルズファンの僕としてはここで是非ご紹介しておきたいです(本当に有名な話ですのでご存知のみなさまも多いかもしれませんが)。

1963年、「プリーズ・プリーズ・ミー」の大ヒットにより本国イギリスで社会現象級の大人気となったビートルズ。その話題性はもう誰も無視できないほどになっていて、ビートルズは同年末の『ロイヤル・バラエティー・パフォーマンス』というイギリスの伝統的なコンサートに出演することになりました。このコンサートは噛み砕いて言うと、王室はじめイギリス上流階級社交界の紳士淑女が一堂に集って複数の歌手(バンド)の音楽を楽しみ、チケット収益金は音楽発展のためにしかるべき筋にドカンと寄付をしましょう、という・・・まぁ「金持ちの我々がみんなでタニマチになろうじゃないか」的なノリの催しなのかな。
今でこそ「ロック」は階級問わず市民権を得てはいますが、なにせ時は1963年です。そんな場で演奏することに対し「ロック」を掲げるビートルズ・メンバーとしては葛藤がありつつも、とにかく出演してまず3曲を披露しました。ところが、やっぱり客層が客層だけに、お客のみなさん行儀が良いのですな・・・なかなか「ロック・コンサート」の雰囲気にはならず、ビートルズ、客席双方に違和感バリバリの時間が過ぎていったそうです。
そこでラストの4曲目(何と「ツイスト・アンド・シャウト」です!)を歌う前に、業を煮やしたジョン・レノンが

「最後の曲は、みなさまにも協力して(盛り上げて)頂きたいと思います。安い席のお客さんは、拍手をお願いします。それ以外の(高い席のお客さんは)宝石をジャラジャラ鳴らしてください」

と言い放ったのです。
ジョークとしては結構な辛口ですけど、これが(客席のみならずそれを報道するメディアにも)大いにウケました。さすがはイギリス・・・「ビートルズなんてただの不良がうるさい音楽をやってるだけだと思ってたけど、いやいやユーモアのセンスもなかなかのモンだぞ」って感じだったのでしょうかね。
当然、そういう空気になれば「ツイスト・アンド・シャウト」なんて盛り上がるに決まっています。これを機にビートルズは「お堅い」連中にも一目置かれる存在となり、ますますファン層を拡大していきました。
糸井さんはこのジョン・レノンの有名な逸話を「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」歌詞中に採り入れタイガースに重ねた、というわけです。

タイガースはオリジナル期4年間の活動の中で、「対一般世間」で言えば本当に色々とあったと聞きますが、同窓会の頃にはそうしたお堅い連中の色眼鏡はほぼ無くなっていたのではないですか?
少なくとも『ザ・ベストテン』を観ていた僕はごく自然にタイガースを受け入れました。それはやはり、ジュリーがソロで一時代を築いた後だった、というのが大きかったんじゃないかなぁ。

冒頭に書いた通り、僕の世代は「あの沢田研二が在籍、デビューした伝説のバンド」という経緯と認識で「ザ・タイガース」を知ったのです。そう考えると、ピーの不参加で完全な形でなかったとは言え、同窓会期には特別な、深い「対世間」の意義があったのだと思います。
同様に、2011年から2013年にかけての完全再結成への道程では、「あの岸部一徳がかつて一世を風靡したバンドでベースを弾いていた、歌も歌っていた」と初めて認識した若い世代も多かったのでしょう。
そんな人達には是非アルバム『THE TIGERS 1982』も手にとって頂き、「めちゃめちゃ陽気なバンドのテーマ」を独特の声で歌うサリーも知って欲しいものです。


それでは、オマケです!
以前ピーファンの先輩からお借りした資料から、同窓会タイガース、CMタイアップのショットを3枚どうぞ~。

Irotuki1

Irotuki2

Quickone


ということで、拙ブログでは久しぶりにタイガース・ナンバーを続けて書く機会を得ましたが、やっぱりタイガースは良いですな~。
この2週間、『ヒューマン・ルネッサンス』『自由と憧れと友情』そして『THE TIGERS 1982』と3枚のアルバムをじっくり聴いて改めてそう思いました。
それぞれ全然違う魅力があって、音楽性も広いし面白い。「ザ・タイガースがいかに特別なバンドか」ということを僕は数年に渡り複数の先輩方から指南され、薫陶を受けてきました。そのおかげで自分でも驚くくらいにタイガースが好きになってきています。
2011~13年、奇跡の再結成への道程をリアルタイムで体感できたこと、心からメンバー全員と中井さん、そして多くのタイガースファンの先輩方に感謝です!


さぁ、この記事を書き終えて僕はいよいよ「さいたまアリーナ・モード」に気持ちを切り替えます。明日からはジュリー古稀ツアー・セトリCDを聴きまくりますよ~。
仕事が忙しい時期ですのでレポ執筆には時間がかかるかと思いますが、頑張りたい、楽しみたいと思っています。とにかく当日までに風邪を治さねば(汗)。

同公演にご参加のみなさま、広い会場満員でジュリーと柴山さんを迎え、盛り上げていきましょう!

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2018年10月 8日 (月)

ザ・タイガース 「人は・・・」

from『自由と憧れと友情』、1970

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1. 出発のほかに何がある
2. 友情
3. 処女航海
4. もっと人生を
5. つみ木の城
6. 青春
7. 世界はまわる
8. 誰れかがいるはず
9. 脱走列車
10. 人は・・・
11. 海の広さを知った時
12. 誓いの明日

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土曜日の横浜アリーナ、大盛況と聞きました。長いツアーに組み込まれた大会場公演であっても特別な仕掛けや演出は無く、ジュリーはいつも通り・・・恐ろしいほどの媚びの無さ、自然体。本当に凄い!
この勢いに乗って、平日のさいたまスーパーアリーナを是非満員のお客さんで迎えたいものです。


さてさて予定よりも更新が遅れました。と言うのは・・・。
さいたまアリーナまでセットリスト・ネタバレ我慢のYOKO君に一応仁義を通し、当日までを『ジュリーのセトリに関係無さそうな類のタイガース・ナンバー月間』ということで、前回はアルバム『ヒューマン・ルネッサンス』から「帆のない小舟」を採り上げ、じゃあ今度はアルバム『自由と憧れと友情』からジュリー以外のメンバーのヴォーカル曲を・・・とお題を探していて「あっ!」と思い出したのが。
「人は・・・」の記事復刻ですよ。

今日は、5年前のちょうどこの日に一度書いた記事を改めて書き写しての更新です。
覚えている読者のかたもいらっしゃるかな・・・僕は「人は・・・」の記事を2013年タイガース再結成に向けてのセットリスト予想シリーズとして書いた(当たるワケがない笑)のですが、その頃ブログに横文字のスパム・コメントが次々に入っていて、躍起になって削除作業中、誤って記事本文を丸ごと消してしまったという。
僕は大いに落ち込んで、後日その旨をここでご報告させて頂いたんですけど、何と「印刷したものが手元にあります」と仰る先輩がいらして。早速連絡をとって「幻」の記事のコピーを手にすることができたのです。
いつかふさわしい機会に書き写して再度upします、と先輩にお伝えしてから何ともう5年が過ぎていました(汗)。今このタイミングで書かねばならん!と。

過去に自分が書いた文章を丸々書き写す・・・これは思いのほか大変でした。寄る年波で(と言うか老眼の進行で)、手元の文字とPC画面を交互に見る、という作業が辛くなってきているのですな。
加えて、強く強く身に沁みたのが

文、長ぇよ!

という(笑)。
ホント、もうちょっとタイトに書けないものですかねぇ。
一応、文の流れや噛み砕きを一部修正はしましたが、当時書いたままを丸写しいたしました。

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ということで以下、2013年10月8日に書いた記事の復刻です。「もうすぐタイガースの完全再結成!」という当時の雰囲気含めて楽しんで頂ければ幸いです~。


☆   ☆    ☆

『ザ・タイガース再結成・セットリスト予想シリーズ』と言いながら、前回の「君を許す」に引き続き今回も、年末のステージではちょっと聴けそうもないお題を連発します。
採り上げるのは『自由と憧れと友情』から、「人は・・・」。そう、今日のお題の主役は、シローです!
こうしたタイプの曲が収録されているのがこのアルバムの醍醐味、シローのタイガースにおける重要な役割と言って良いでしょう。
先日の『読売新聞』タイガース特集記事第1弾で、ジュリーとは別にシローのコメントが掲載されていたのは嬉しかったですね。身体のことは色々と大変みたいだけど、シローの気持ちのベクトルが「ザ・タイガース」に向かっていると思いました。単に「外から見てる」感じではなかったですよね。
1曲だけでも、1会場だけでも、シローが無事に年末のステージに参加し元気な姿をファンに見せてくれることを心より祈願しまして・・・「人は・・・」、僭越ながら伝授です!

まずはじめに。
シローが年末に1曲歌うとしたら、おそらくビージーズのカバーだろうと僕は予想しています。これはほとんどファンがそう考えているでしょう。
2012年武道館公演でのシローの登場は本当に感動的でした。あの「若葉のころ」を生で体感できたことは、タイガースファンとして幸せの極みです。
今回はトッポもいますし、「ワーズ」をトッポとシローが分け合って歌う、というスタイルも考えられるのではないでしょうか。地方公演までは無理かもしれませんが、初日武道館、ファイナル東京ドームではシローの登場に期待が高まりますね。

今日お題に採り上げる「人は・・・」については、年末のセットリスト入りはまずあり得ません。そもそもがレコーディング作品に特化したような曲ですしね。
作詞・ZUZU、作曲・かまやつひろしさんというコンビから想像する曲想とはかけ離れたような、異色作。しかしアルバム『自由と憧れと友情』収録のシローのリード・ヴォーカル・ナンバーはいずれも「後期タイガースにシローあり!」という独特の世界観を持つ、単に「異色作」の域にとどまらない名曲揃い。
「出発のほかに何がある」「つみ木の城」に続き、そんなシローのヴォーカル曲、スタジオ・レコーディング音源のすべてを、拙ブログでは今回を以って記事網羅することとなります。

「人は・・・」はずいぶん前にJ友さんからお題リクエストを頂いていた曲。「何がどうなってるんだか解説して欲しい」とのとことなんですが・・・すみません、その一部について僕には解説不能です。
J友さんが仰るのはまず、「人は・・・」を「風変わりな曲」たらしめているストリングス・アレンジのことだと思うんですね。僕はヴァイオリンなど生の弦楽器アンサンブルについてはまったく素養が無くて、このアレンジが何重奏であるのかも確定できません。
それでもひとつ言えることは、「人は・・・」は「つみ木の城」とは真逆のアプローチによるナンバーで、メロディーやコード進行それ自体はひねりの少ないとても素直で明快なのに、アレンジやヴォーカル・エフェクトなどの「仕上げ」段階で「風変わりな曲」へと姿を変えているのです(「つみ木の城」は反対に、とんでもない転調や矢継ぎ早に繰り出される変則的なメロディーとコード進行の曲を、美しいアレンジ装飾で「耳当たりのよいバラード」へと仕上げられています。つまり「つみ木の城」はメロディーが風変わり、「人は・・・」はアレンジが風変わりなのです)。
しかし、言わば「奇抜な」曲を歌うことこそ、あの無表情な(←褒めてます!)シロー・ヴォーカルの真骨頂ではないでしょうか。感情を出さず美しい「声」のみを前面に押し出すスタイルのクールなヴォーカルには、ジュリーにもトッポにも無い、シローならではの魅力があります。

そのシローの声・・・大胆なストリングス・アレンジに加え「人は・・・」を風変わりな曲を印象づけているのは、Aメロに施されているヴォーカル・エフェクトです。
今でこそこんな感じのエフェクト手法は多くのロック・ナンバーのヴォーカルで採り入れられていますし、処理自体も簡単です(僕の手持ちのデジタルMTRだと、"AM RADIO"というエフェクト・パッチで「人は・・・」と同じ効果をワンタッチで設定することができます)。でも、1970年のレコーディングでこれはなかなか大変な作業だったんじゃないかなぁ。
アルバム『自由と憧れと友情』は、「タイガース的な」演奏のイメージが薄い代わりに、装飾トラックの作成やエフェクト設定へのスタッフの工夫、遊び心ががふんだんに盛り込まれているんですよね。「処女航海」でのフランジャー・エフェクトのトラック丸ごと後がけや、「誰れかがいるはず」でのドラムスのツイン・トラック導入などもそうです。それはまた、クニ河内さんの卓越したアレンジ・アプローチから喚起されたスタジオ作業でもあったでしょう。
「人は・・・」での「ラジオから聞こえてくるような」ヴォーカル処理は、ビートルズのジョン・レノンが「トゥモロー・ネバー・ノウズ」という曲(アルバム『リボルバー』のラスト収録)で切望し、現場のスタッフを大いに悩ませたそうです。最終的にはあまりに斬新な、非常に手の込んだ手法でそれは成就しました。
「トゥモロー・ネバー・ノウズ」の場合は楽曲全編通してのヴォーカル処理となっているところ、後続のロック作品ではむしろ「曲の途中まで処理」という採り入れられ方が多いです。通常設定のヴォーカル部とのメリハリを重視すているのですね。
ジュリーのソロで一例を探すと、アルバム『CROQUEMADAME AND HOTCAKES』収録の「カリスマ」を聴いてみて下さい。Aメロ冒頭に「ラジオ」エフェクトがかけられているので、「Baby~♪」からのリアルなジュリーの声に「来たッ!」と強烈な印象を受けます。
「人は・・・」の場合は、そのエフェクトがハッキリAメロとサビに分別されていて

風は気ままに 季節を変える ♪
   Em   G    A      Em G     A

からのシローの美しい声が、Aメロまでのエフェクト・ヴォーカルの効果で際立つと同時に、一気に噛み込んでくるドラムスなど、演奏から受けるテンションの変化」をも強調しています。
そのぶん、Aメロの無機性も印象に残ります。
しかしながら、いかにも平坦で淡々としたメロディーに聴こえるこのAメロ、実は一部に転調箇所を含みます。
これが「つみ木の城」のような、いかにも「転調しますよ!」というものではなく、とても渋い進行になっていて

小さな  歴史を  土に返すのさ ♪
A    Em   A    Em   G    F#m    Bm

「G→F#m→Bm」の箇所だけが、ロ長調へと転調し着地しているのです。この曲のキーである「Em」(ホ短調)のスケール「F#m→Bm」を持ち込む作曲手法(「ド」の音をシャープさせる)は、偶然ですが僕が「タロー・オリジナル」と呼んでいる「青い鳥」や「出発のほかに何がある」の転調構成と理屈は同じです。
かまやつさんの中でこれは、「タイガースっぽさ」を感じさせるコード進行だったのかなぁ・・・。

曲は最後の最後にストリングスによる7th音で唐突に終わります。この意表を突くエンディングがあってこそ、次に控える名曲中の名曲(と僕は思っています)「海の広さを知った時」の抒情的なイントロが光りますね。『自由と憧れと友情』の曲並びも、『ヒューマン・ルネッサンス』に決して負けてはいませんよ!

さて、アルバム『自由と憧れと友情』でシローの担った3曲の歌詞は特に哲学的、思索的な作品となっていて、それがまたシローの声、そしてキャラクターに似合っています。
「人は・・・」の詞は、苦悩や迷いを感じさせますが、それはひょっとしたらメロディーやアレンジから受けるイメージなのかも。
「人はもしかして・・・♪」といったような、ロックとしては少し突飛とも言える冒頭フレーズも、シローが歌うとなんだか思索的に聴こえてしまう不思議。もしジュリーが歌っていたら、却ってタイガース・ナンバーとして不似合のような気がします。
これ、なんとなく「詞先」だとは思うけど・・・このアルバムでは「友情」が間違いなく曲先ですから(幻のセカンド・アルバム・レコーディングのためにタローが作曲した作品の歌詞を後から入れ替えたのだそうです。たぶん「エンジェル」というタイトルの曲がそうじゃないかな、と僕は考えていますが・・・)、他収録曲についても、安井さんが後から詞を載せた可能性は捨てきれないです。

1970年のロック・ミュージックと言えば、思弁性の高い歌詞に人気が集まりはじめた頃でした。
そんな風潮に乗じて、「ロック・アーティスト達の発言」を求めるメディアにも、楽曲や作品内容を反映する言葉が望まれてきます。アーティストがどのような思想をもって社会に接しているのか・・・たとえそれが身の無い虚飾、プロモートであったとしても、です。
キンクスのレイ・デイヴィスはそうした時代の流れを逆手にとり、「トップ・オブ・ザ・ポップス」という曲で
「あの『メロディー・メーカー』誌が、俺の政治感と宗教観について聞きたいんだとさ」
と皮肉たっぷりに歌ったりしたのも1970年のことでした(アルバム『ローラ対パワーマン、マネゴーラウンド組第1回戦』収録)。
ロック・メディアのそんな要求は、日本のトップ・グループであったタイガースについても例外ではなかったようです。形式的であったにせよ、当時のタイガース・メンバーに何かしら哲学的な、思弁的なコメントを求めたのですね。
良くも悪くも、そういう時代だったのでしょう。

その辺りが如実に窺える資料としまして、ここでMママ様所有の、アルバム『自由と憧れと友情』についてのメンバーの貴重なインタビュー記事をご紹介しましょう。

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僕のようにタイガース知識の浅かった者にとっては、「本当にそんな受け答えがあったんだろうか」と勘繰ってしまうほど、それまでの「タイガース」のイメージから逸脱した言葉が、メンバーそれぞれから発せられています(でも今にして考えると、ピーが「愛は無償」と言い切るあたりは、あぁピーらしい言葉なのかなぁ、と思ったりもしますが・・・)。
そんな中、シローの発言だけが違和感無くサマになっている、と言うのか、僕の中にあるシローのキャラクター・イメージと自然に重なります。「心理学者にでも聞いてもらおうか」など、飄々とはぐらかす感じは「いかにもシロー」と僕には思えます。
元々、あのメガネがトレードマークのシロー。風貌的にも、「60年代後半から70年代にかけての思索性の高いロック・アーティスト」の雰囲気を日本でいち早く先取りしていたようにも感じますね。

こうしたシローのキャラクターの魅力(もちろんヴォーカル・スタイルも含めて)は、アルバム『サリー&シロー/トラ70619』を聴き込めばさらに深まるものと思います。僕はこれまでこのアルバムについては、先輩のご厚意により音源のみを所有する状況でしたが、「今年末のタイガース再結成を迎えて」という形で遂にCD復刻されることになりました。10月9日発売です(明日です!)・・・当然僕はもう予約済み(密林さん頼むよ~!)。
CD本隊や歌詞カード、新たなライナーノーツの追加に期待していますが、手元に来ましたら改めてじっくり聴き、そのうち『サリー&シロー/トラ70619』収録曲からも楽曲考察のお題を採り上げることがあるでしょう。その折には、当時の雰囲気などについてまた色々と先輩方に教えて頂きたいと思っています。

とにかくタイガースのメンバー、特にジュリーには、「シローも含めた6人で同じステージに立つ」という点に拘りがあると思われます。今年末、いよいよ実現でしょうか。期待しましょう!


それでは、恒例のオマケです!
今回は、シロー在籍時の後期タイガース5人の揃い踏みショットをお届けいたします。
まずはMママ様所有のお宝切り抜きから!

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時計の周りで寝転がっている5人の構図・・・個人的には、後期タイガースのショットの中で特に好きな1枚です。
メンバーそれぞれの表情がとても良い!ピーだけ腕枕をしているのもカッコイイし、ジュリーの美しさ、サリーとシロー独特の風貌、そしてタローの表情も凛々しいです。

続いて、P様所有のお宝資料からのショット!

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↑ 『70 ザ・タイガース・フェア』パンフレットより

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↑ 『第40回ウエスタン・カーニバル』パンフレットより


☆    ☆    ☆

いやぁ、ちょうど5年前に書いた記事ですが、年のせいか書かれている内容についてすっかり忘れてしまっていることも・・・タイガース再結成に向けての読売新聞の連載の件とかね、恥ずかしながら記憶がありません。

この記事には当時、nekomodoki様、りんだ様、えいこはん様、A.F様よりコメントも頂いておりました。誤っての削除、本当に申し訳ありませんでした。
そして、記事を印刷してくださり、削除後途方に暮れる僕を見かねてコピーを送ってくださった、だんぼ様・・・本当に本当にありがとうございました。

過去に書いた記事というのはどうしても粗が目立ち恥ずかしいものですが、一方で当時の自分の気持ちが鮮明に思い出されて、「立ち返る」ことができます。
やっぱり僕は文章を「流す」のではなく「残す」ことが好きみたい。これからも頑張りたいと思います。


では次回更新は・・・さいたまスーパーアリーナ公演まではまだ1週間ちょっとの日数があります。
『ジュリーのセトリに関係なさそうな類のタイガース・ナンバー特集』、もう1本だけ『THE TIGERS 1982』からのお題曲を書くつもりです。
しばしお待ちを~!

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2018年10月 1日 (月)

ザ・タイガース 「帆のない小舟」

from『ヒューマン・ルネッサンス』、1968

Human

1. 光ある世界
2. 生命のカンタータ
3. 730日目の朝
4. 青い鳥
5. 緑の丘
6. リラの祭り
7. 帆のない小舟
8. 朝に別れのほほえみを
9. 忘れかけた子守唄
10. 雨のレクイエム
11. 割れた地球
12. 廃虚の鳩

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10月です。
すっかり涼しくなりましたね。これからあっという間に寒くなってくるのでしょうか。

昨日はジュリーの静岡公演が台風のため中止となったそうです。参加を予定されたいた首都圏から遠征の親しい先輩も多く、残念なことではありますが、相手が台風では致し方ありません・・・。ジュリーは必ず、「埋め合わせをしなきゃ」と考えてくれるはず。
とにかく、今後もうこれ以上各地で台風や大雨の被害の出ないようにと祈るのみです。


さて、最近の拙ブログはこちら本館では9月の記事更新が無く、閑散状態の別館side-B(笑)にどうにかこうにか和光市レポを書き終えたのみ。
これではイカン!と気持ちを引き締め、10月を迎えての今日の更新です。

僕の次のツアー参加会場は、広い広いさいたまスーパーアリーナ。先日無事にチケットも届きました。
さいたまアリーナには「ホールモード」というのもあるらしいですが、僕が授かったのは「全方位」でないと存在しない席。会場の広さでは今ツアー最大のこの公演。みなさま、我々ジュリーファンも是非万難排して応援に駆けつけましょう!
どんなふうに見える席なのかは入場してみないと分からないのですが、たぶんステージを後ろから観る感じなのかな。想定内の会員席、ってところでしょうか。

一方、実は僕はさいたまアリーナの約2週間後、11月1日にポール・マッカートニーの東京ドーム公演にも参加します。こちらもチケットが届いて・・・手にした瞬間震えましたよ。ド真ん中ブロックの11列目です。自分史上最短距離までポールに接近!
ポールのドーム公演のアリーナ神席って、芸能人業界人コネの特別枠だとばかり思っていました。一般販売でこんな席が当たることがあるんですねぇ。
ジュリーのさいたまアリーナからポールの東京ドーム、間違いなく僕にとって特別な2大アイドルのビッグな公演、とてつもなく楽しみです。


今年は悲しいニュースも続きますが、そんな中で元・井上バンドの雄、速水清司さんがご病気を乗り越え森本太郎とスーパースターのLIVEでステージ復帰、という嬉しいニュースもありました(9.28、銀座タクト)。
LIVEに参加された先輩のお話によりますと、速水さんの名演復調ぶりは凄まじく、会場で速水さんはサリーや鈴木二郎さんとも再会されたのだそうです。
拙ブログとしても、ここで速水さん関連のジュリー・ナンバーの記事を・・・と一度は考えたのですが、思えば拙ブログ、さいたまスーパーアリーナが終わるまでは記事本文でのネタバレ禁止体制続行中なのですな~。

まぁジュリーファン界で未だに「ネタバレ我慢!」と言ってる人はもうYOKO君くらいのものだとは思いますけど、一応彼に仁義を通し、さいたまアリーナ当日までの間を『ジュリーのセトリには関係なさそうな類のタイガース・ナンバー特集月間』とさせて頂くことにしました(「月間」と言いつつ期間は半月ですけどね)。
act月間に引き続き適度に短い文量で、更新頻度に重点を置いて書いていこうと思います。

まず第1弾の今日はアルバム『ヒューマン・ルネッサンス』から、「帆のない小舟」を採り上げます。
今現在の僕等にこの詞は他人事じゃないぞ!と痛感させられるメッセージ・ソング。もちろん、そのこと抜きにしても素晴らしい名篇、名曲。頑張って書きます!


アルバム『ヒューマン・ルネッサンス』は僕の知る限り、邦楽ロック史上初の「コンセプト・アルバム」。
アルバム1枚通してのテーマはもちろん、収録曲それぞれにストーリーの一翼を担わせるという点では、ビートルズの『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』以降、幾多の洋楽ロック・バンドがこぞって「なんとかそれを越えられないか」と模索し徹底的なまでに楽曲の相関性を重視する手法をとっていった・・・我がタイガースの『ヒューマン・ルネッサンス』はこの極東の島国で、いち早くそれら名盤群に名を連ねたのです。
しかもLIVE音源ではない新規レコーディング作品としては、実質これが彼等のファースト・アルバムとも言えるわけで、完全に国内のライバルとは一線を画し本当に凄い歴史的な1枚だと思います。

アルバム構成は、当時の洋楽でも類を見ない「オービタル・ピリオド」形式。つまり、最終収録曲「廃虚の鳩」がそのまま冒頭の「光ある世界」のイントロダクションを兼ねるという、輪廻無限のストーリー展開ですね。
そのストーリー・・・僕はCDでしかこの作品を聴いたことはないんですが、LPA面(「リラの祭り」まで、で合ってますよね?)では生命の誕生から人類の様々な営み、美しくも力強い自然や生物を描きます。
それがB面になると、加速的に破滅へと向かってゆく・・・破滅の原因が、我が物顔でこの星を跋扈する人類の愚行、つまり戦争であることは明白。
B面2曲目「朝に別れのほほえみを」で戦争は始まり、「忘れかけた子守唄」で戦地から還らぬ兵士とその母親、「雨のレクイエム」では大地に降りしきる黒い核の雨、さらに「割れた地球」でこの星の無残な崩壊と断末魔が描かれます。「廃虚の鳩」が生命の再生。ストーリーは「光ある世界」へと回帰します。
では、B面冒頭の今日のお題曲は?

タイトル「帆のない小舟」とは、まるで現在の世界情勢を予言するかような厳しいフレーズです。制御の帆を失いゆらゆらと揺れ漂う危ういバランスの小舟に、刻々と進む終末時計の針が突き刺さる・・・リリースから50年が経った今、なんとも身につまされる詞、なかにしさんの表現にドキリとさせられます。
僕等はこの現実世界で、その時計の針を実際に進めさせてはなりません。50年前にタイガースが紡いだ『ヒューマン・ルネッサンス』のストーリーを、この「帆のない小舟」の時点で食い止め、押し戻さねばならないと強く思っています。
オービタル・ピリオドのコンセプト・アルバムの素晴らしさとは別に、作品全体を現代への警告と受け止め、じっくり耳を傾けてみる・・・そんな聴き方ができるロック・アルバムは、邦洋含めてそうそうありませんよ。
今こそ世界は『ヒューマン・ルネッサンス』のコンセプトを改めて再評価し、現在流れている時間はもうこのアルバムのB面「帆のない小舟」までさしかかってしまっているのだ、と自覚するべきなのです。

一方、純粋に楽曲面ではどうでしょうか。
タイガース・ナンバーの歴史は、偉大なメインライター別に大きく3つの変遷を辿ったと僕は考えます。すぎやま先生の時代、村井邦彦さんの時代、最後にクニ河内さんの時代です。
『ヒューマン・ルネッサンス』の素晴らしさのひとつは、その中にあってすぎやま先生と村井さんの楽曲が絢爛にリンクしている、という特殊なクレジット構成。
ラインナップは、曲作りの力をつけたバンドメンバー、トッポとタローの作品が1曲ずつ。残りを「なかにし=すぎやま」作品と「山上=村井」作品が分け合い、なおかつコンセプト統一されているという素晴らしさです。

面白いのは、タイガースが迎えた新たなソングマスター・村井さんの曲の方がどちらかと言うと王道の曲作りであり、かつて王道スタイルからタイガースをスタートさせたすぎやま先生の曲の方が(進行やリズムなどが)冒険的、挑戦的であること。普通に考えれば逆になりそうなところで、タイガースというバンドが『ヒューマン・ルネッサンス』の時点で2人の名作曲家にどう捉えられていたのか、と考えればこれは非常に興味深い。
このアルバムですぎやま先生は、もうビジネス感覚から離れたところで「ザ・タイガースの音楽」を見ているような気がしてなりません。

「帆のない小舟」のキーはニ短調。
印象的なリフレイン部(Aメロも同進行)については

ゆら ゆら  ゆら ゆら
Dm   F  G     Dm   F Am

ゆらり ゆ  ら  ゆら ♪
Dm C   B♭ Gm  E  A7

こう弾けば音源とは合いますが、すぎやま先生の頭の中ではもっと複雑過激なテンション・コードが鳴っていたんだろうなぁ。

そして、曲中に登場する3人のメンバーの声。
タイガースのハーモニー、それぞれ中高低と個性の異なる声質のメンバーが揃った奇跡はよく言われることですが、「帆のない小舟」はその極みですよね。
「ゆら、ゆ~ら♪」のリフレインはサリーのあの声があって不穏な雰囲気が出せるわけですし、漂う小舟の危ういバランスを表現するリード・ヴォーカルにはトッポのビフラート気味のボーイ・ソプラノが最適でしょう。さらに「Tell me god!」のジュリーのシャウト。
それぞれ担当パートの入れ替えは考えられません。
例えばサリーとジュリーが逆だったら?トッポとジュリーが、或いはサリーとトッポが入れ替わったら?
それはそれで聴いてはみたくなりますが、やっぱり変は変でしょう。
タイガースを最初期から知るすぎやま先生、3人の適性を計算しての渾身の作曲ではないでしょうか。


後追いファンの僕がこの曲を生のLIVEで体感する、ということはもう叶わないでしょうね・・・。
僅かに可能性があるとすれば「瞳みのる&二十二世紀バンド」ですが、ピーが『ヒューマン・ルネッサンス』からレアなナンバーを選曲するなら、「光ある世界」(僕はこちらもまだ生で聴いたことがないんですよ・・・)あたりが先に候補となるでしょう。
つくづく、リアルタイムのタイガース・ファンの先輩方が羨ましいです。


それでは・・・久々のオマケです!

今日の資料は当然ザ・タイガース。ピーファンの先輩に以前お借りした『LET'S GO THE TIGERS』から・・・先日のジュリー古稀ツアー・真駒内アイスアリーナ公演大盛況、大成功をお祝いがてら、北海道絡みのショットを中心に数ページ分どうぞ~。


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ということで、さいたまスーパーアリーナ公演までの間はこんな調子でザ・タイガースの隠れた名曲を採り上げてまいります。よろしくおつき合いくださいませ。
あと、side-Bの和光市レポも読んでね~(笑)。

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2018年8月23日 (木)

沢田研二 「パリは踊る 歌う」

from『act#6 EDITH PIAF』、1994

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1. 変わらぬ愛 ~恋人たち~
2. バラ色の人生
3. 私の兵隊さん
4. PADAM PADAM
5. 大騒ぎだね エディット
6. 王様の牢屋
7. 群衆
8. 詩人の魂
9. 青くさい春
10. MON DIEU ~私の神様~
11. 想い出の恋人たち
12. 私は後悔しない ~水に流して~
13. パリは踊る 歌う
14. エディットへ
15. 愛の讃歌
16. 世界は廻る
17. すべてが愛のために

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更新遅れました(汗)。
さすがにお盆休み明けは仕事も忙しく・・・でもそれを見越して今月は恒例の大長文を封印して日記風『真夏のact月間』と定めたはずだったのに、情けない。7~8曲は書けるかな、と思っていたのが今日の更新合わせて5曲にとどまることになりました。
まぁ、忙しいというのは有難いこと。ジュリーを見ていても、忙しくしているのが生き生きと暮らすコツなのかなぁとも思ったりします。

それにしても時間が経つのは早い!
ここへ来てまた暑さが厳しくなってきたとは言え、今年の夏ももう終わりですよ・・・。


さて。
僕はつい先日、久々に映画『スウィングガールズ』のDVDを観ました。みなさまご存知でしょうか。2004年公開の大ヒット邦画で、楽器業界、楽譜業界が「空前の管楽器ブーム」の恩恵を授かったという、僕にとっては自分自身が映画に嵌った以上に仕事絡みでも強烈な体験をしたことで、忘れ難い名作映画です。

僕が持っている『スウィングガールズ』のDVDは、当時発売されたパッケージの中で最もグレードが高い3枚組のデラックス・エディション。
映画の影響でいきなりトランペットを購入し日々練習中だった僕は、このデラックス・エディションのオマケグッズ「トランペットの高音が出る御守(ねずみのぬいぐるみ)を今でもチューニングスライドに括りつけています。
結婚してからはなかなかトランペットを吹く機会も映画のDVDを観る機会も無かったのが何故急にDVDを鑑賞したのかと言うと・・・実は今カミさんが今年5~6月に放映された連続ドラマ版の『おっさんずラブ』にド嵌りしておりまして(放映終了から2ケ月以上経った今でもファンの熱量が下がらず社会現象にまでなっているらしい)、必然僕も引きずりこまれているという状況なんですけど、先日ふとカミさんが「(ドラマに)出演している役者さん達はこの番組を観るまで全然知らなかった」と言うので僕は、「俺は1人だけ知ってたよ」と。
それが『スウィングガールズ』にも出演していた眞島秀和さん(『おっさんずラブ』ではメインキャストの3人に次ぐ重要なキャラクター、武川主任を熱演)。
まぁそんなきっかけでカミさんに眞島さんが活躍する『スウィングガールズ』のDVD特典映像見せてあげたりして、ついでに本編も観てしまったという次第です。

『スウィングガールズ』劇中の演奏シーンはすべて出演俳優さんが実際に吹いています。メインキャストの5人はまったくの素人状態から撮影のために猛練習を重ねたわけですが、僕がこの映画の中で1番好きなのが、有名なスコットランド民謡「故郷の空」の演奏しているシーンです。
「どんな曲でもスウィングすればジャズになる」という劇中テーマへの登場人物達の最初の気づきとなる重要な楽曲として採り上げられたのが、「ジャズ」のイメージとはちょっと離れたこの名曲でした。
で、何が言いたいのかというと・・・。
ジュリーのactシリーズの中で最もジャズ・テイストが強い作品こそ、『EDIT PIAF』なんですね。

えっ、ピアフはジャズじゃなくてシャンソンでしょ?

・・・と疑問を抱いた方もいらっしゃるでしょう。
今日は『EDIT PIF』から「パリは踊る 歌う」をお題に、そのあたりを少し書いておきたいと思います。

短い文量で徒然風に書く『真夏のact月間』、最終回でございます。よろしくおつき合いの程を・・・。


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以前、ジュリーのactナンバーはワルツ率が高い、と書いたことがあります。
顕著なのは『BORIS VIAN』ですけど、本来ならばそこは『EDIT PIAF』こそ筆頭であるべき。シャンソンのスタンダードにはワルツの名曲が多いですからね。

ところが『EDIT PIAF』はactシリーズの中でcobaさんのアプローチが抜きん出て挑戦的。あくまでも演奏についての話ですが、「群衆」などオリジナルに忠実なものが要所要所に配される一方で、原曲のイメージを一新するような大冒険アレンジを施した楽曲もいくつか見られます。
不勉強にてこのCDで初めて知ったシャンソン・ナンバーも僕にはいくつかあった中で、「PADAM PADAM」「MON DIEU ~私の神様~」などはワルツの原曲をことごとく4拍子に転換、ジャズ或いはブルースのテイストでアレンジを極めています。
そして・・・これは有名な曲ですからさすがに僕も原曲は知っていましたが、お題の「パリは踊る 歌う」。


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↑ 『シャンソン名曲アルバム』より

スコアの通りこちらも原曲はワルツです。
cobaさんはこの曲をスウィング・ジャズの王道パターンに変貌させていて、actではコテコテの4拍子なのですよ。あまりにアレンジとして自然で違和感が無いので、もしかしたらジュリー以外にもこの曲を4拍子で歌った人が既にいて、僕は何気なくそれを耳にしたことがあったのかも、と考えたくらいです。

「どんな曲でもスウィングすればジャズになる」とは真に至言で、「パリは踊る 歌う」では原曲のアンニュイな短調メロディーが不思議にハッピーな雰囲気に・・・actジュリー・ヴァージョン最大の魅力はそこでしょう。
原曲同様にジュリーのヴァージョンも聴かせどころは「ムム~♪」と歌うハミング部。ジュリー、メチャクチャ楽しそうな発声だと思いませんか?

ただし!
cobaさんが大胆にアレンジ展開された曲がどれほどジャズに近づこうが、ジュリーの歌はどこまで行っても忠実に「シャンソン」なんですよね。
ジュリーはよほどフランスと相性が良いのか・・・ピアフへのリスペクトの強さ(書き下ろしのオリジナル曲「エディットへ」を聴けば、ジュリーのピアフへの並々ならぬ敬愛の情が分かります)も一因かもしれません。

同じように、ステージ上でどれほどアレンジが変わろうとも、楽器編成が変わろうとも、ジュリーの歌をジュリーが歌えば当然ながらそれはジュリー・ナンバー。
輝きを増す豊饒の楽曲群です。今回のact月間は「開催中のツアーのネタバレをしない」ということで書いてきましたが、まぁ既にツアーに参加したファンからしますとそういう想いを抱かせるツアーと言えましょう(YOKO君には、今ツアーの演奏形態についてだけは報告済み)。


ということで、僕の『OLD GUYS ROCK』ツアー2度目の参加会場となる和光市公演が迫ってきました。
仕事の決算期の慌しい中を、無理矢理時間を作って駆けつけるつもりです。
和光市は自宅の最寄り駅から電車で2駅。住所で「地元」認定を頂けたのか・・・どうかは分かりませんが、素晴らしい席を授かっています。

また、今週末はジュリー道の師匠の先輩と食事のお約束があります。
いつもご一緒していたもう1人の先輩が天国に旅立たれているのが本当に寂しいんですけど、しっかり薫陶を受けて、和光市公演に備えたいと思います。
レポは別館side-Bの方に書きますので、こちら本館はまたしばらくの間更新が滞りますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。


台風20号が心配です。
関西、中国、四国、九州にお住まいのみなさま、被害の無いことをお祈りしています。

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2018年8月15日 (水)

沢田研二 「脱走兵」

from『act#2 BORIS VIAN』、1990

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1. 俺はスノッブ
2. 気狂いワルツ
3. 原子爆弾のジャヴァ
4. 王様の牢屋
5. MONA-LISA
6. きめてやる今夜
7. カルメン・ストォリー
8. 夜のタンゴ
9. 墓に唾をかけろ
10. 鉄の花
11. 脱走兵
12. 進歩エレジー
13. バラ色の人生

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73年目の『終戦の日』です。
先の大戦を知らずに生まれた僕が戦争のことをどのようにして知っていったか、と言うとこれが「学校で教わった」ということはまったく無くて。今はどうか分かりませんし、そもそも地域性もあるのでしょうが、僕の中学高校時の社会の歴史の授業って、大正デモクラシーあたりで1年がほぼ終わってしまっていました。
第二次大戦なんて、駆け足でしたねぇ。

ですから、親や祖父から話を聞く以外で少年時代に戦争を学ぶとなると、ほとんどが「本」でした。
そしてロックを聴くようになってからは、そこに「歌」も加わりました。戦争に限らず、多くの社会問題を僕はロック・ナンバーから学びました。

最初はジョン・レノンの影響だったと思いますが、僕はロックの中でも社会性の高い歌が好きになっていって、それが今やその面においても「世界一」と思える歌手・ジュリーとの巡り逢いは奇跡のような必然。
ただし「ロック」に特化することで自己完結してしまっていた僕は、世界各国各地、リアルタイムに戦争に立ち向かった「反戦歌」なるものを、ロック以外のジャンルで長らく知り得ませんでした。
今日はジュリーがact『BORIS VIAN』で採り上げたそんな反戦歌の代表格、「脱走兵」をお題に、1冊の本をこの夏みなさまにお勧めしようという記事です。
短いですが、おつきあいください。

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僕が「脱走兵」という曲を知ったのは20歳くらいの時で、普段は塾の先生をしているアマチュアのシンガーの方のストリートライヴ、と言うか教室ライヴの録音テープを聴いたのが最初でした。
ただ、当時はそれがオリジナルなのかどうかすら分からず、これほど有名な曲だとは思いもしませんでした。そのヴァージョンは

大統領殿
この手紙、お暇があれば読んで欲しい

と歌い出し、サビでは

僕は逃げる 何の武器も持たずに
憲兵達よ撃つがいい

と歌うものでした。
これがボリス・ヴィアンの原詩にかなり近い翻訳であることは、ずっと後になって知りました。

ジュリーの「脱走兵」は加藤直さんの日本語詞で、上記ヴァージョンとコンセプトやフレージングに差異は無く、こちらもヴィアンの原詩ほぼ直訳です。
そのヴィアンの原詩について僕は長らくかじった程度の知識しか持ちませんでしたが、つい先月購入した本でようやくその全容を掴み、詞および作曲、歌と世界の背景について学ぶことができました。
今日みなさまにお勧めしようというのがその本で

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竹村淳・著『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』

作中で紹介される「反戦歌」は全23曲。
日本人なら誰もが知る「さとうきび畑」や「もずが枯木で」についてもその背景、時代考証は目からウロコでしたし、イランの歌やイスラエルの歌には驚かされました。歌の成りたちのみならず、同時進行の世界情勢を分かり易く解説してくれているのです。
例えば「脱走兵」の項ではインドシナ戦争、アルジェリア戦争への深い言及があり、ヴィアンをとりまく「対国家」(フランス)の毅然たる構図も浮かびあがります。

この世界には、戦争は必要悪だと言う人がいます。神聖な儀式である、とすら言う人もいます。
僕はそれを正気の沙汰じゃないと思うけれど、事実そういう考えの人は今現在この国の舵とりをしている為政者の中にもハッキリといます。
ならば僕は、「戦争とは、正気でない為政者が民衆の正気を奪い操り狂気に駆り立てるところからひっそりと始まる人類の愚行」と言っておきましょう。

『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』で紹介される23曲のうち、不勉強な僕でも「よく知っている」と言える曲が2つありました。
まずボブ・ディランの「戦争の親玉」。
「世界の何処かで戦争を起こす」ことで潤う武器商売の胴元。つまりは「国家」であり「体制」。それをディランは「Masters of War」と表現しました。
もう1曲はビリー・ジョエルの「グッドナイト・サイゴン」。構想から完成まで時間のかかった曲として有名でしたが、著者の武村さんはそれをビリーのデビュー時の世相にまで着眼し紐解いてくれます。
ごく普通の善良な隣人、友人がある日突然「撃つ側」に身を置かざるを得ない不条理。ビリーの「この歌で多くの人達を傷つけてしまうのではないか」との苦悩は、近年のジュリーのそれとよく似ています。

「防衛装置移転」すなわち武器輸出解禁。安保法制の強行採決。過去のことではありません。この先の僕らの身に迫ってくる、切実な問題です。
残念ながら「戦争の親玉」も「グッドナイト・サイゴン」も、僕ら日本人の身近な歌になってしまったのです。

最後に。

『反戦歌 戦争に立ち向かった歌たち』の「脱走兵」の項で竹村さんは、ほんのひと言ではありますが、ジュリーのact『BORIS VIAN』劇中歌ヴァージョンの「脱走兵」を紹介してくださっています。ジュリーファンとしては本当に嬉しいことです。
みなさまもご一読されてはいかがでしょうか。

竹村さんは世に幾多ある「脱走兵」の歌手別のヴァージョンの中で、ジュリーのそれを「異色」と位置づけました。原詩に忠実なのに異色とはこれいかに、と一瞬疑問を抱きましたが、これはおそらく「あのド派手ギンギンのスーパースター・沢田研二が「脱走兵」のような反戦歌を歌う」ことがイメージとして異色、とお考えだったのだろうなぁと納得。
ただ、ファン以外にはあまり知られてはいませんが、「反戦歌」と言うならば今のジュリーこそはこの極東の島国において時代を牽引する詩人であり歌手。
竹村さんに是非「un democratic love」や「我が窮状」を知って頂きたい。そしてそれらの名曲を紹介する第2弾、第3弾の続編刊行を期待したいです。



さて、僕の夏休みは今日まで。
明日からはまた仕事です。今月は決算月なのでかなり忙しくなります。次の更新もなるべく早くするつもりではいますが、少し時間はかかるかもしれません。
とにかくこの暑さです。月末の和光市公演を楽しみに、なんとかこの8月を乗りきりたいです。
みなさまもどうぞご自愛ください。

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2018年8月11日 (土)

沢田研二 「アラビアの唄」

from『act#8 宮沢賢治/act#10 むちゃくちゃでごじゃりまするがな』、1996

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『宮沢賢治』(1996)
1. 異界
2. 運命 雨ニモ負ケズ
3. アラビアの唄
4. ポラーノの広場のうた
5. 星屑の歌 ~スターダスト
6. 百年の孤独
7. 私の青空
8. 笑う月
『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』(1998)
1. 美しき天然
2. ボタンとリボン
3. おなかグー(セ・シ・ボン)
4. 世の中変わったね
5. 君待てども
6. トンコ節
7. け・せら・せら(ケ・セラ・セラ)

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台風13号は僕の住む埼玉県は逸れていきましたが、東日本と東北の太平洋側に暴風雨をもたらし過ぎていきました。そんな中、去る8日のジュリー北とぴあ公演が無事開催されたのは幸いでしたが、改めて自然の脅威に身のすくむ思いです。
西日本豪雨の被災地もまだまだ平穏な日常、復興には時間がかかるとのこと・・・地球、大丈夫なのかと心配になります。
とにかくみなさまのご無事をお祈りします。


さて。
どれだけ年を重ねても、敬愛するミュージシャンの「新譜」が聴ける、というのはこれ以上ない幸せなことでして・・・その意味では、毎年必ず新曲をリリースしてくれるジュリーは僕にとって世界一の歌手です。
他にもボブ・ディランやニール・ヤングなどは短いスパンでどんどん新曲をリリースしてくれます。何度も書きますが、僕は「常に新しい創作に向かう」アーティストやバンドの姿勢をまず何よりも評価するのです。

そして来る2018年9月、ポール・マッカートニーの5年ぶりとなるニュー・アルバムのリリースが決定。
タイトルは『エジプト・ステーション』。アルバム冒頭とラストに配されるインスト2曲がトータル・コンセプトである「駅」の始発と執着を表し、2曲目からラス前の歌モノの楽曲群が、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの豪華絢爛な「駅の旅」に見立てられているという・・・これは大変な大名盤の予感!
両A面シングルの2曲を先行で聴けるのですが、いずれも「ポールファンには間違いの無い」素晴らしい名曲。アルバムは既に密林さんで予約を済ませていて、到着が今から本当に楽しみです。
さらに、ちょうど北とぴあ公演の日だったのですが、「来日決定!」のニュースが何と朝刊にて第1報。

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もちろん僕は東京ドームに駆けつけます。
今年はジュリーで日本武道館にさいたまスーパーアリーナ、そしてポールで東京ドームと、大会場のLIVE参加が続くなぁ・・・。

それでは、拙ブログで今月開催中、短めの徒然日記風でどんどん更新してゆく『真夏のact月間』。
ジュリーのactシリーズの中で(あくまでもCD大全集で音源のみを聴いての個人的な印象ですが)全体的に『エジプト・ステーション』的な「異国ぶらり旅」のような感覚で楽しんでいる作品が、96年の『宮沢賢治』です。
今日はこの『宮沢賢治』から、ポールの新譜タイトルにある「エジプト」からの連想ということで(安易汗)「アラビアの唄」をお題に採り上げたいと思います~。


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世代のせいでしょうか、僕はジュリーのactヴァージョンを聴くまでこの曲を知りませんでした。『CD大全集』で聴いた後も「有名な曲」とは思っていませんでした。
認識を一転したのは、朝ドラ『わろてんか』で登場人物がこの曲を歌うシーンが流れたから。
どうやら一定の世代以上では「誰もが知るスタンダード」らしいぞ、と思い改め調べると、これは元々アメリカ映画『受難者』の主題歌で、現地ではさほどヒットしなかったものの日本人の耳と相性が良かったらしく、堀内敬三さん訳詞、二村定一さんの歌による和製ジャズとして我が国では大ヒットしたのだそうです。

そんなに有名な曲なら勤務先にスコアがあるかな、と思い探しましたがなかなか見つからない・・・ようやく簡易なメロ譜をひとつ発見しました。


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『歌の宝石箱(第2巻)』より。解説文に列記されている「ダイナ」もジュリーは『act#4 SALVADOR DALI』で歌っていますね。

このスコアは、高齢者介護の現場で使用するいわゆる「音楽療法」のサブテキストとなる歌本。
歌がリリースされたのが昭和2年ということですから、なるほど高齢の方々にとっては「なつかしのメロディー」でしょうが、いやぁ普遍性の高い名曲です。
短いヴァースの中に同主音移調が登場し、勇壮な歌い出しとそれに続く哀愁漂う転調展開が、日本人の感性に異国情緒を訴えたのか・・・大ヒット当時は、「これまで聴いたことのない」斬新なメロディーのメリハリに皆が夢中になったに違いありません。

さてジュリーのヴァージョン。新たな日本語詞をつけるのではなく純粋なカバーです。何故そうしたかは映像を観ればたぶん分かるのかな。
編成はアコーディオン、バンドネオン、ベース・・・なのですが、実は僕は生音のアコーディオンとバンドネオンの区別がつきません。CDでミックスされている左右の音のどちらがどちらなのか、という状態(汗)。
通常のシンセサイザーによる擬似音だと、2つの音色設定は明快に異なります。バンドネオンはコーディオンより少し太く、幅がある感じ。例えば泰輝さんが「一握り人の罪」の間奏で使用しているのはバンドネオンのパッチだと思います。これが生音になると何故分からなくなるのか・・・情けない。

ジュリーのヴォーカルは、素晴らしく曲世界にマッチしています。『act宮沢賢治』は、ジュリーが全編に渡って「声を張る」歌い方を貫いているのが珍しく、それが大きな個性ではないでしょうか。
ジュリーは普通に歌っても声に艶があるので、阿久=大野時代の情念のナンバーであっても、近年の「祈り歌」でも、ことさら声を張って「朗々と」歌う必要はありません。そんなジュリーが敢えてこの歌い方をするならば、それは手管ではなく「表現」なのでしょう。
『宮沢賢治』はメインのナンバーが有名なベートーベンの『運命』で、これをどのように歌うか、と考えたところから舞台でのヴォーカル・スタイルが(他の曲にも影響を及んで)導き出されたと考えられます(それにしても、あの『運命』に「じゃじゃじゃ、じゃ~ん♪」と載せて歌ってしまおうという発想が凄い!)。
『CD大全集』では「アラビアの歌」はその「運命 雨ニモ負ケズ」の次に配されているので(実際の舞台でもそういう流れだったのでしょうか?)、曲調の変化から軽快な印象を抱かせますが、ジュリーは存分に声を張っていますよね。こういう歌い方のジュリーも(滅多に無いだけに)良いものです。

僕はどうしても演奏形態に囚われる傾向があるリスナーですから、当初CD大全集の中で「難解」だと思っていたのが『宮沢賢治』。
ある時そんなジュリーの「歌い方」に気づいてからはスルメ的に好きになりました。入り口がどうあれ、結局ジュリーの歌に意識が収束される・・・僕が初聴時から遅れて好きになるジュリーの作品には、どうやらそんな段階がいつもあるようですね。


それでは次回は15日の更新を目指します。
お題ももう決めています。多くのカレンダーに「終戦記念日」或いは「終戦の日」の記載が無くなってしまった今だからこそ、この日に書いておきたい1曲です。

今日からお盆休みという方々も多いでしょう。僕は今年の夏休みは出かけるのは近場だけにして、なるべくゆっくりしようと思っています。
腰はだいぶ良くなってはきたのですが、腰を庇う生活を続けていたら今度は膝とか股関節がね・・・そもそも僕は『ジュリー祭り』の時点からすると15キロも体重が増えてしまって、成人してからの長期間を40キロ台で過ごしてきたのが一気に60キロ台になったら、そりゃあ年齢を重ねた身体は悲鳴をあげたくなるのでしょう。

でも、ジュリーも北とぴあ公演で「太さは必要!」と力説していたみたいだし、まだまだ厳しい暑さが続きそうですが、休める時はゆっくり休んで・・・元気な古稀ジュリーを見倣い、夏を乗り切りたいです。
みなさまもどうぞご自愛ください。

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2018年8月 6日 (月)

沢田研二 「マッド・エキジビション」

from『act#9 ELVIS PRESLEY』、1997

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1. 無限のタブロー
2. 量見
3. Don't Be Cruel
4. 夜の王国
5. 仮面の天使
6. マッド・エキジビション
7. 心からロマンス
8. 愛していると言っておくれ
9. Can't Help Falling in Love
10. アメリカに捧ぐ
11. 俺には時間がない

--------------------

8月6日です。
広島は今、大変な状況です。西日本豪雨による甚大な被害、継続する過酷な猛暑。そんな中にあっても広島の人々はこの日の祈りを忘れることはないでしょう。
その姿に心からの敬意を以って、僕も祈ります。


それでは拙ブログ8月は『真夏のact月間』、今日は97年の『act#9 ELVIS PRESLEY』から、「マッド・エキジビション」をお題に採り上げます。
(拙ブログとしては)短めの文量で考察控え目、徒然風にサクサク更新すると決めたシリーズ。下書きのない一気執筆ですが、今日もよろしくおつきあい下さい。



Elvis4

前回記事ではパット・ブーンのカバーで「あくび・デインジャラス」を採り上げました。
パット・ブーンとエルヴィス・プレスリー。この2人は黒人が生んだR&Bを白人文化にまで浸透させたロック黎明期にあって2大スターと称されたそうです。
キャラクター的には優等生タイプ(ブーン)と不良タイプ(プレスリー)ということで、それぞれ各方面の評価は異なるようですね。ただ、いずれも「俗」のエネルギーを持った眩いスターだったんだろうなぁとリアルタイムで彼等を知らない僕は想像しています。
「雅」よりも「俗」のエネルギーの方が強大で大衆に膾炙しやすい、というのは6月の新宿カルチャーセンターで、かの人見豊先生が講義してくださった通り。
まぁ僕は自分の名前に「雅」が入っているので、人見先生がホワイトボードに「雅」の文字を書いてくれたのを見て「お~っ!」と思いましたけど(笑)。

さて、幾多あるプレスリー・ナンバーの中、最も日本人に知られ愛されている名曲となると、やはり「ラブ・ミー・テンダー」ではないでしょうか。
当時「ロックンロール」と聞くと「不良の音楽」と決めつけていたPTA的「雅」な頭の固い大人達も、この美しいバラード・ナンバーについては抵抗感が少なかった・・・タイガースで言えば「花の首飾り」のようなスタンスだったんじゃないかな。
今現在でもCMなどで耳にする機会も多いですから、プレスリーの名前すら知らない若い人達もこの曲のメロディーだけは知っている・・・柔らかくて普遍性が高い名曲と言えるでしょうか。

その「ラブ・ミー・テンダー」をカバーしたジュリーのactナンバーが、「マッド・エキジビション」。
日本語詞は加藤直さんでもジュリーでもなく音楽統括のcobaさんなのですね。横文字のフレーズも敢えて片仮名読みの語感で、母音のコブシを効かせるようにメロディーに載せているのが面白いです。
既に記事を書き終えている「グレート・スピーカー」(『BUSTER KEATON』)同様、多忙でステージ演奏までは参加できなくなったcobaさんが、それでもジュリーのactに惜しみない尽力を注ぎ、作曲・編曲のみならず日本語詞についても名篇を残している・・・actシリーズに漲るそんな熱量をリアルタイムで体感されている先輩方が本当に羨ましい!

映像を観ずに楽曲だけで掘り下げようとすると、「マッド・エキジビション」のcobaさんの詞はかなり難解。幻想的のようでもあるし、写実的のようでもあり・・・。

行き先       知れぬ
E    G#7(onD#)  C#m  E7(onB)

スウィート スウィート ドーナッツラヴ
A                             Am         E

月を なめるは あおい天使 ♪
E  C#7  F#7      B7         E

ここで登場する「ドーナッツラヴ」とは?
プレスリーの死因にまつわる都市伝説(事実とは異なります)と何か関係があるのでしょうか。
そうそう、「ドーナツ」と言えばいわゆる45回転レコードの「シングル盤」。この「ヒット曲」流布のスタイルを確立させたのがプレスリーなんですよね。
僕は「プレスリーとドーナッツ」の関係については、変な都市伝説よりもこちらの偉大な事実(功績)の方を広く世間に知って欲しいと常々思っていますが・・・。

この曲のジュリーの歌声に何故か「慟哭」を感じてしまうのは僕だけなのかなぁ。
具体的に悲しいフレーズが出てくるわけではないのに、「泣いている」ように聴こえてしまいます。その上でコミカル(と言うより自虐的?)な感覚もある・・・不思議な不思議なジュリー版「ラブ・ミー・テンダー」。
ジュリーがこの曲の中に何か「痛み」を見出して歌っているのかなぁとも思えます。

泣いているように聴こえる、と言えば最近の曲だと「un democratic love」。
「Don't love me so」・・・「そんなふうに僕を愛さないでくれ」と歌うわけですが、じゃあどんなふうに愛して欲しいのか。それがたぶん「Love me tender」・・・直訳すればズバリ「やさしく愛して」。
act『ELVIS PRESLEY』以前に英語原詞のまま「ラブ・ミー・テンダー」を歌ったことがあるジュリーは(『ロックン・ジュリー・ウィズ・タイガース』)、その時既に「ラブ・ミー・テンダー」ってどういう「愛し方」だろう?と考えたこともあると思うんですね。
「tender」の志は昨年リリースの2曲でも重要なキー・フレーズとなっていて、「ISONOMIA」では「TENDERNESS」、「揺るぎない優しさ」ではそのまま「優しさ」とジュリーの自作詞に採り入れられています。
そう考えるとプレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」は「祈り歌」のように思えてくるし、「ISONOMIA」も「揺るぎない優しさ」も「un democratic love」も、そして一連の「祈り歌」は逆に「LOVE SONG」なんだなぁ、と昨年お正月のセットリストが思い出されます。

人の痛みを懸命に思わずして「祈り歌」も「LOVE SONG」も歌えない。ましてや「平和」は語れない。
今日はジュリーの「マッド・エキジビション」を聴きながら、そんなふうに考える夜を過ごしました。

ちなみに、独自の日本語詞でカバーされた「ラブ・ミー・テンダー」と言えば、僕がジュリーの「マッド・エキジビション」より先に知っていたのがRCサクセションのヴァージョン(アルバム『カバーズ』収録)。

Lovemetenderrc

こちらは、「核などいらない」「放射能はいらない」と歌う痛烈なメッセージ・ソングでした。


僕はこの日8月6日の午前8時15分を、(休日でない限り)毎年ちょうど出勤で職場最寄の駅を降り立ったあたりで迎えます。
行き交う人を避け路肩に佇み、祈り、歩き出した1日。
73年目の、そして平成最後の「広島原爆の日」がこうして過ぎてゆきます・・・。

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2018年8月 2日 (木)

沢田研二 「あくび・デインジャラス」

from『act#7 BUSTER KEATON』、1995

Buster1

1. another 1
2. ボクはスモークマン
3. あくび・デインジャラス
4. ストーン・フェイス
5. サマータイム
6. グレート・スピーカー
7. 青いカナリア
8. 淋しいのは君だけじゃない
9. チャップリンなんか知らないよ
10. 無題
11. another 2

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今年も早いもので8月となりました。
本館は久々の更新です。いやぁ毎日毎日暑いですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

ジュリーの古稀ツアーも始まり、普段から師と慕う先輩がいつものように初日・武道館公演の感想レポートを送ってきてくださいました。
拝読すると改めてジュリーの新たな歴史のスタートを実感するのですが・・・その先輩がレポート中で「(ジュリーファンとしての)相方」とまで書いていらしたもうひとりの先輩がツアー直前に亡くなられたことがどうしても思い出され、「あぁ、この素晴らしいレポートを読む人が1人減ってしまったんだなぁ・・・」と、気も沈みがち。
加えて僕は先月痛めてしまった腰がまだ本調子とはいかず、連日の暑さもあって身体の調子も今ひとつという情けない状況です。
それに比べ、70歳にして怒涛のスケジュールを駆けるジュリーの体力は本当に凄い!
僕もグスグズしないで再スタートを切らねば・・・。


拙ブログ本館は10月のさいたまスーパーアリーナ公演まで、その日が満を持してのツアー参加初日となるYOKO君のために記事本文ではジュリー古稀ツアーについては一切触れません(コメント欄はその限りではありませんので、まだまだツアー・セットリストのネタバレ我慢中、という方々はご注意ください)。
そこで、気を入れ替えて頑張ってゆくこの8月いっぱいを『真夏のact月間』と銘うちまして、actナンバーのお題で更新していこうと思います。
気候に同調して暑苦しくならないように、本当に短めの文量で(笑)、濃厚な考察は封印、徒然日記風に思いついたことなど気ままに書きつつ、なるべく更新頻度の方は上げて猛暑を乗り切ろうというシリーズです。

まず今日は『act#7 BUSTER KEATON』から、「あくび・デインジャラス」をお題に採り上げます。
よろしくおつきあいの程を・・・。


Buster2

僕と同じ経験がある人ならお分かりと思いますが、ギックリ腰の大敵と言えば「くしゃみ」。

「あくび・デインジャラス」曲中の台詞でジュリーが「(あくびと違って)くしゃみは噛み殺さないよなぁ」と言っていますが、腰痛持ちは必死に噛み殺すのですよ~(笑)。油断して「へくしょん!」とやったら取り返しのつかない事態になりますから。
そうそう、『actCD大全集』歌詞カードでは、ジュリーが「くしゃみデインジャラス♪」と歌う箇所の詞は普通に「あくび」となっているんですけど、この「くしゃみ」なるフレーズの導入はジュリーが公演期間中に(直後の即興台詞に繋げる意味で)編み出したアドリブなのでしょうか。いずれにしてもジュリー独特の日本語詞によるactナンバー、語感もフレーズ使いも面白いですよねぇ。

くしゃみは余興 しゃっくりは愛嬌
                   C                    Am

げっぷは度胸だ あくびこそ悪徳 ♪
                 F     G7              C  B7  C

バスター・キートンならずとも、舞台を表現の場とする「演者」ジュリーにとって観客の「あくび」ほど罪深く悲しいものはない、ということなのかな。

でも僕らが普段生活していて、くしゃみ、しゃっくり、げっぷ、あくびの中で最ものんびりしていて平和なのは「あくび」でしょう。本人も気持ち良いですからね。あくびの後の爽快感は格別です。
ところが、ギックリ腰に対する「くしゃみ」同様、「あくび」を大敵とする病気もあります。
僕はその経験者で、ズバリ20代で患った「顎関節症」がそうなのです。酷くなってからお医者さんに行ったんですけど、「ゴキ!」とかやって貰えば治るものかと安易に考えていたら、「とにかく安静にしなさい」と。

その頃僕は月イチでギター弾き語りのライヴをやっていたので、「歌は歌っても大丈夫ですか?」とお医者さんに尋ねると「とんでもない!」とのことでね。でも歌わないわけにはいかないから無理を続けているとやっぱり症状は長引いて、結局3年ほど苦しめられました。
おとなしくしていればさほどのことはないのですが、大口空けると顎に激痛が走るんです。ハンバーガーにかぶりつく、とかそういうことができない・・・でも一番苦しかったのは、「あくび」がしたくなったら瞬時に噛み殺さなければならないこと。うっかり「ふわぁ~」とやったらそれこそデインジャラスですよ。
思いっきりあくびができないというストレスは、経験しないと分からない苦しみだと思います。

ジュリーのLIVEを観ながら客席であくびをするなど言語道断で正に「悪徳」の極みですが、何気ない日常生活において自由に気兼ねなくあくびができる、というのはとても大切で平和な瞬間なんですよね・・・。

「あくび・デインジャラス」の原曲は「スピーディー・ゴンザレス」。有名なアニメ・キャラクターとタイアップしたパット・ブーンの大ヒット曲・・・というのも僕は今回調べて初めて知りました(恥)。
僕はプレスリーについては辛うじて幾らかの楽曲知識は以前から持っていましたが、パット・ブーンってどんな持ち歌があるのか全然知らなかったんです。調べてみて「あぁ、”砂に書いたラブレター”とか歌ってた人か!」と。でも「スピーディー・ゴンザレス」は曲自体も知らなかった・・・(検索した原曲はこちら)。
ちなみに『actCD大全集』の歌詞カードではこの曲の原曲クレジットにタイトルのスペル誤植があって、「GONZALES」が「GOZALES」と記してありましたから、最初検索した時は迷子になりました。

オーソドックスなロックンロール。『BUSTER KEATON』の演奏陣の場合はトロンボーンの存在が大きくて、ゴリゴリの低音パートと優雅な高音パートを左右綺麗に振り分ける演奏が、変則編成でありながらとても自然。ロックンロールにも合います!
柴山さんのギターがこの編成上で高音パートの要、「影の力持ち」ですね。

進行的にはスリーコードではなく「Am」が組み込まれているのがポイントの曲です(パット・ブーンのオリジナルはロ長調のようですが、ジュリーのヴァージョンは半音高いハ長調)。
この進行を直系で受け継いでいる僕のよく知る洋楽だと、エルトン・ジョンの「クロコダイル・ロック」がすぐに思い出されます。Aメロをバラードに転換すればそのままベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」になりますし、ポップチューン王道中の王道。
ジュリーはいかなる曲も我がものとし歌えてしまう歌手ですが、だからこそシンプルな「王道」進行に載せたヴォーカルが圧巻なのですな~。
また「あくび・デインジャラス」のジュリーの日本語詞は2年後の「量見」に曲想ごと引き継がれている、と僕は見ますがいかがでしょうか。

こういうのはactならではのジュリー創作の魅力で、新規ファンにとってはまだまだ底知れぬ「魔の沼」。
相変わらず映像を観ずに(老後の楽しみにとってあります笑)CD音源の聴き込みだけで書いている状況ですが、今月のact月間はこんな感じの内容でサラッと矢継ぎ早の更新を重ねてゆくつもりです。
短めの文量だと最後まで読んでくださる人も多いでしょうし、なにせactについてはいつも以上に先輩方からコメントで色々と教わる・・・それが僕自身大きな楽しみなのです。今回もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今日がパット・ブーンだったので次回のお題はプレスリーにしようかな。
週明けの月曜日に更新できれば、と考えています。またすぐにお会いしましょう!

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2018年7月 4日 (水)

恒例・ネタバレ専門別館side-Bのご案内

情けないことにまだギックリ腰の症状を引きずったままのDYNAMITEですが、この程度のことで弱音を吐いていてはいけませんね。
遂に明後日、ジュリーの記念すべき古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』が初日を迎えようとしています。

いやぁ長かった・・・今年は音楽劇も無かったですし、本当に久々のジュリーとの逢瀬、と実感されている先輩方も多いようです。
しかもめでたいめでたい古稀ツアー。

初日・武道館公演の僕のレポートは、例によってネタバレ専門別館の
dynamite-encyclopedia(side-B)
に執筆いたします。よろしくお願い申し上げます。

こちら本館では、10月のさいたまスーパーアリーナ公演(YOKO君の初日笑)まで約3ケ月の長い長いネタバレ禁止期間に入りますが、今回はコメント欄については最初からネタバレ問わずということにします。
side-Bで武道館のレポを書き終えたらこちらにactの曲の記事を書いていく予定。もちろん記事本文に古稀ツアーに関することは一切書きませんので、それぞれの初日までネタバレ我慢というみなさまは、コメント欄の閲覧だけ注意して頂ければ大丈夫です。

それにしても、今回ほど事前の情報がシャットアウトされているツアーも珍しいのでは?
セットリストも演奏メンバーもまったく分からないまま当日を迎える・・・これこそツアー初日の醍醐味ですよ。会場に到着したら僕はまず何を置いてもステージ・セッティングのチェックから。本当に楽しみです。

side-Bにはいつも通り簡単な記事を1本upしています。
いつもはひっそりと静まりかえっている別館が祭りのごとくにぎやかになる季節が今年も無事にやってきました。本館はしばらくの間留守にしますが、ネタバレOKのみなさまはside-Bへのご訪問、お待ちしています!

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沢田研二 「君をのせて」(『SONGS』Version.)

この記事を書く日が来なければいい、と思っていた。
しかし思わぬ早さ、思わぬタイミングでこの日はやってきた。辛いけれど、大事な約束なんだから書かなきゃ・・・。

1807041


7月4日、親しくさせて頂いていたタイガース時代からのジュリーファンの先輩でいらっしゃる真樹さんが亡くなられた。
ジュリーを通じて知り合い、格別に仲良しになったお友達とのお別れはまったく初めてのことで、僕はとても動転している。

真樹さんには2009年『Pleasure Pleasure』ツアー大宮公演で初めてお声がけ頂き、翌10年以降は僕ら夫婦にとって年に何度も食事をご一緒する特別なお友達になった。
聡明で、上品で、驚くほど気遣いの細やかなお姉さんだった。真樹さんから他人の悪口なんて一切聞いたことが無いし、6年間にも及んだ闘病中にも弱音を吐く姿を一度も見たことがない。こんな非のうちどころのない人が僕らのような者と親しくして下さる、ということが不思議に思えるほどだった。
ジュリーが授けてくれた素敵なご縁、としか言いようがない。

お会いする時は必ず、僕ら夫婦ともう1人別の先輩と4人で集まった。お花見だ、ツアー開幕だ、ツアー総括だ、忘年会だと何かと機会を見つけては、そうしてジュリーの話ばかりしていた。
真樹さんは段取りの達人で、食事のお店から散策コースまで完璧に事前に調べ、案内してくださる。僕らはいつもそんな真樹さんに頼りっ放しだった。
タイガース復活の頃からずっと闘病が続いていたのに、お会いすれば全然お元気な様子で、もうすっかり完治したのかと思うほどだった。実際にはそうではなかったのだが、ご病気のお話はほとんどしたことがなかった。だって、集まるたびにジュリーの話題がワンサカ溜まっているのだから。
とは言え、そんな集まりの際にここぞとばかりに喋り倒すのは僕ともう1人の先輩の役目で、真樹さんはいつもニコニコと話を聞いてくださっていた。本当に聞き上手な方だった。
それでも話題がタイガースになると一転、瞳を輝かせてお喋りをリードしてくださることがあった。あの田園コロシアムを観た時のことを、「だんだん陽が傾いてきて、風が出てきてね・・・」とお話されていたのを、今も昨日のことのように思い出せる。

僕らが詳しく知らないままに、真樹さんの病状は年々深刻度を増していたようだ。何を置いてもジュリーのLIVEには駆けつけていらしたのが、2017年のお正月『祈り歌LOVE SONG特集』ツアーは、緊急の入院と再手術のため欠席された。
後から聞くと相当危ない状況だったらしいが、何とその時不思議な気脈が通じたかのように飛び出したのが、ジュリーのあの「頑張れ、頑張れ!」のエールである。効果は覿面、真樹さんは見事持ち直し、50周年ツアーには今年1月の千穐楽含め精力的に参加されるまで回復された。

それが最近になって・・・体調が一変したのは4月だったという。
今年はお花見もご一緒できず案じていたところに、「今は緩和病棟にいます。お願いもありますので一度会いにきてください」とメールが届いたのが5月末だった。
すぐにお見舞いに行った。すると、もう自力で起き上がることもできず、お医者さんからはあと半年持たないかもしれないと宣告されたとのお話。何ということ・・・昨年12月には元気に忘年会をご一緒したし、ピーと二十二世紀バンドの四谷公演でもお会いした。あれから半年しか経っていないのに何故!
お話をする真樹さんの言葉はとても穏やかで、隣でカミさんが泣いてしまったからかもしれないが、ご自身はまったく取り乱すこともなく、いつもの真樹さんらしく振る舞われていた。
ただ、一度だけ両目に小さな玉の涙が浮かんでいらした。

さらに驚くことに、真樹さんはご自身の葬儀の段取りをお話しし始めた。「悲しいお別れの場にはしたくない」「私から最後のおもてなしをしたい」「美味しいものをたくさん食べて頂きたい」・・・。
その席に(先述の先輩含めて)3人をご招待したい、今日は今までの感謝をお伝えするのと、この招待を受けて頂くためにお呼びだてしてしまったのだ、と仰る。いかな段取りの達人とは言ってもそんな・・・と僕らは本当に驚いた。

そして僕にはこう仰った。
「”君をのせて”のSONGSヴァージョンで私を送ってね」
と。

「枯葉のように囁いて」以来の真樹さんからのリクエストお題。
僕はこみあげてくるものを堪えながら、「分かりました」とお約束するのが精いっぱいで、何故SONGSのヴァージョンなのか、といったことをその時お尋ねすることはできなかった。
まさに今、「何故これなんだろう?」と久しぶりに『SONGS』の録画映像を観ながら色々と考えている。

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白井さんがこの番組のために特別にアレンジした「鉄人バンド+ストリングス」ヴァージョン。
間奏は白井さんがエレキを弾く。間奏終了間際は柴山さんとのツイン・リードになる。素晴らしい演奏だ。
でも、と今は思う。
なかなか演奏に耳が行かない。ジュリーの表情、仕草、歌声だけに吸い寄せられる。まるで神席でLIVEを観ている時みたいだ、今の気持ちで観るこの歌の映像は。

真樹さんはいわゆる「中抜け」組の先輩だ。タイガース時代からのファンで、ソロになってからもずっとジュリーを観てきたけれど、多忙もあり1度離れられた。
『SONGS』で戻ってきて、『ジュリー祭り』東京ドーム公演で復活された。その後はタイガース奇跡の再結成の道程をリアルタイムで体感された。中抜けさんならではの王道だ。
そのきっかけが、『SONGS』の「君をのせて」だったのか・・・。
ソロ歌手としての初シングル「君をのせて」を歌う還暦のジュリー。そのインパクトを新規ファンの僕は想像しきれない。でもこのジュリーの表情の素敵さは分かる、と思う。
このジュリーに包まれて旅立ちたい、そう考えるファンの気持ちはそれこそ王道だろう。

真樹さんの最後のお見舞いに行ったのが5月末だった、と先に書いたが、実はその時僕はブログに書く次とその次のお題をもう決めていた。「しあわせの悲しみ」と「生きてたらシアワセ」だ。
書けるか?と思った。こんな気持ちになった後で「幸せ」の歌なんて僕は書けるのか、と。
でも、そこはさすがジュリーの作詞作品だった。ジュリーがどんな思いで「幸せ」というものを歌っているのか、今まで考えたこともなかった解釈で僕はこの2曲を聴くことができた。
真樹さんと話せていなかったら、特に「生きてたらシアワセ」なんて相当トンチンカンな考察になっていたに違いない。

「毎日3時に来てくれるのよ」という旦那さんと入れ替わりで病室をおいとまする時、真樹さんは「最後に握手して」と仰った。想像よりもずっと強い力で手を握ってこられた。あの時残されていた全力で「ぎゅうっ」としてくださったのだと思う。
「最後に」というのがイヤだったので、握手の後で僕は「また来ます」と言った。ジュリーの古稀ツアー初日・武道館公演が終わったら、セットリストなど感想をお話ししに来ようと思っていた。
でも叶わなかった。きっと真樹さんは、身軽になって自分も武道館に行きたい、と思ってしっかり計画を立てて旅立たれたんじゃないか・・・と、今はそう考えるよりない。

それにしても、真樹さんの段取りの達人ぶりは最後まで本当に凄い。お通夜はちょうど武道館でジュリーが歌っている頃の時間だし、久々にいつもの「4人」が集まることになる翌日のお葬式は、武道館の余韻で話題が途切れることはないだろう。
約束したことだから、「悲しい」なんて言わないことにしたい。「さすがの段取りですね」と泣き笑いしたい。


真樹さん、今までありがとうございました。本当にお世話になりっ放しで申し訳ありません。
これからこの記事を、真樹さんが旅立たれた日時に設定してupします。昨夜、お知らせを受け取る前に書いた「side-Bのご案内」記事より前の時間設定になりますので、この記事はトップには来ません。それが良いかな、と思っています。

それではまた明日。
武道館では、ジュリーに一番近いところから観ていらっしゃいますよね?僕らはスタンドですが・・・。
そして明後日。おもてなし、楽しみにしています。
さようなら。

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