2019年4月20日 (土)

ザ・ワイルドワンズ 「ハート燃えて 愛になれ」

『All Of My Life~40th Anniversary Best』収録

Wildones 

disc-1
1. 想い出の渚
2. 夕陽と共に
3. ユア・ベイビー
4. あの人
5. 貝殻の夏
6. 青空のある限り
7. 幸せの道
8. あの雲といっしょに
9. 可愛い恋人
10. ジャスト・ワン・モア・タイム
11. トライ・アゲイン
12. 風よつたえて
13. バラの恋人
14. 青い果実
15. 赤い靴のマリア
16. 花のヤング・タウン
17. 小さな倖せ
18. 想い出は心の友
19. 愛するアニタ
20. 美しすぎた夏
21. 夏のアイドル
22. セシリア
23. あの頃
disc-2
1. 白い水平線
2. 涙色のイヤリング
3. Welcome to my boat
4. ロング・ボード Jive
5. 夏が来るたび
6. ワン・モア・ラブ
7. 想い出の渚 ’91
8. 追憶のlove letter
9. 星の恋人たち
10. ハート燃えて 愛になれ
11. 幸せのドアー
12. 黄昏れが海を染めても
13. Yes, We Can Do It
14. あなたのいる空
15. 愛することから始めよう
16. 懐かしきラヴソング
17. 夢をつかもう

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最近はゆったりペースで更新させて頂いている拙ブログですが、今日4月20日は特別な日。
加瀬さんの命日です。
僕は毎年この日、ジュリーwithザ・ワイルドワンズ2010年の全国ツアー・ステージで観た加瀬さんの笑顔を思い出しながら(個人的には特に八王子公演)ワイルドワンズの楽曲考察記事を書く、と自らに課しています。
ジュリーを見倣い、心に強く決めたことはやり続けなければね。
さて、今年お題に採り上げるワイルドワンズ・ナンバーは「ハート燃えて愛になれ」。今この曲を選んだ理由は2つあります。順に書いてまいりましょう。よろしくお願い申し上げます。


①個人的には ”幻の刑事ドラマ” 主題歌!

「ハート燃えて愛になれ」は、85年から86年にかけて放映された刑事ドラマ『私鉄沿線97分署』の中期オープニング・テーマだったそうです。
「そうです」というのは、実は僕はこのドラマを観た記憶がまったく無くて。放映時期はちょうど僕が高校生の頃、『西部警察PARTⅡ』の後番組とのことですから、もし観ていたら「おおっ、大門さん生き返った!」みたいなインパクトで覚えているはず(『西部警察~』最終回で壮絶な殉職を遂げた大門団長を演じた渡哲也さんが、引き続き『私鉄沿線~』に出演)。ところがまったく覚えていないのは、きっと僕がバンド活動にかまけて真っ直ぐ帰宅しなくなった時と重なったのでしょう。

僕は本当に「昭和の刑事ドラマ」が好きで、これまで何度も書いてきたように「音楽」の手ほどきも『太陽にほえろ!』のサントラから受けています(当時はその演奏が井上バンドという把握すら無かったのですが)。
今では様々な刑事ドラマのサントラCDを機会あるごとに聴いているわけですが、ごく最近の「機会」・・・それがショーケンの訃報でした。
ジュリーの新譜をようやく購入して帰宅した途端知らされた悲しいニュース。その夜僕はジュリーの新譜の封は開けず、『太陽にほえろ!」のサントラを聴きました。

基本的に僕は、刑事ドラマのオープニング・テーマはインストが好み。でも『私鉄沿線~』の「ハート燃えて愛になれ」を、バックにレギュラー・クレジットが流れるテレビ画面で生体感したかった、と切実に今思います。
この曲は加瀬さん得意のイ短調のロック・ナンバーで、僕が刑事ドラマの音楽に求める「勇壮」「意思の強さ」といった要素がしっかりメロディーに入っているんです。

今となっては、You Tubeに頼るしかありませんが・・・ありました(こちら)。
坂口良子さんが出てたのか!
オープニング・クレジット映像は鹿賀丈史さんが「トメ」の位置だったんですね。『Gメン75』『ジャングル』など、お気に入りの刑事役が印象に残る大好きな俳優さんですから・・・観たかったなぁ。
そして、最後に目を惹く「音楽・加瀬邦彦」の文字。

僕の知る限り、加瀬さんが刑事ドラマの音楽を担当したのは『私鉄沿線~』のみ。作曲者適性を考えればもっとあってもよいと思う一方、初めてのジャンルの仕事を飄々とこなす加瀬さんの姿も目に浮かんだりして、そのキャリアに改めて感服するばかりです。

②「ハート燃えて愛になれ」ってどんな状況?

ということで、今回僕がこの曲を採り上げた理由のひとつは、ショーケンの旅立ちを機に刑事ドラマのことを考える日々があったから。ではもうひとつの理由は?
これはね、こじつけでもなんでもなくて、ジュリーの新曲「SHOUT!」への個人的楽曲解釈が「ハート燃えて愛になれ」のそれとよく似ていたからです(「SHOUT」の解釈については前記事をご参照ください)。

「ハート燃えて愛になれ」・・・パッとタイトルだけ見ると、熱烈な恋愛の歌かなぁと思えます。でも違うんですね。
作詞は秋元康さん。もちろんプリプロ段階で「刑事ドラマとのタイアップ」は確定していたはずで、人間ドラマの中でも特に「強い意思」のコンセプトが重要なのが刑事ものですから、秋元さんはキッチリそれに応えた名編を提供しています。
何かしらの閉塞状況、壁にブチ当たってもがいているごく平凡な人間の、それでも前に進もうとする懸命な生き様。ドラマのテレビサイズは2番が割愛されたショート・ヴァージョンですが、フルサイズで聴いた時に僕が強く惹かれるのは2番の歌詞部です。

Am  F         E7    Am      F             G
信じてても 不安なのは 誰も弱いから

       C         E7        Am    Fm
壁を超えろ 超えろ 命懸けさ

         C        Am        C          Dm
見えない隣には 自由な空がある

         Am G  E7          Am
ハート燃 え  て 愛になれ ♪

主人公は「明日の行方」(直前の歌詞に登場するフレーズ)を求め信じてはいるのだけれど、待ち受ける困難に正直不安も隠せない。それでも前を見て歯をくいしばり、自らを鼓舞させます。
キメのタイトル・フレーズにある「ハート燃えて」は、ジュリーの「SHOUT!」で言うところの「滾る血潮」と同義なんですね。
そして「愛になれ」。
ここでの「愛」は気持ちの到達点でしょう。
「自由な空」のもとでの「愛」こそが人の最上の状態、と秋元さんは位置づけたわけで、カッコイイ刑事ドラマには最適の詞ですし、「SHOUT!」同様、悩める僕らにシンプルに元気を注入してくれる歌だと思います。

こうしてみると、刑事ドラマのオープニングが「歌もの」ってのもなかなか良いじゃないか、と思えてきました。
さすが加瀬さん!

③ベンチャーズ直系型のKASE ROCK!

最後に、楽曲と演奏について。
イ短調のギター・リフ・ロックです。ワイルドワンズとしてはハード系でしょうが、そこはKASE SONG、親しみ易いサーフィン・ビートに載せたギターはベンチャーズ直系型の「いかにも」といったリフでガッチリ当時の視聴者のハートを捕えたはず。

この曲調ならばヴォーカルは植田さんで決まり。ハスキーな声で歌われる短調のビートものは、2010年のツアーで体感した「愛するアニタ」や「Oh!Sandy」での植田さんの勇姿を思い出させてくれます。

またジュリーファンのみなさまへの見方としては、「”みんないい娘”をテンポアップしたらこんな感じ」とお勧めしたいところ。でも「テーブル4の女」ほど速くないよ、とかね。
短調ビートの曲想をテンポによって自在に操る加瀬さん、まだまだヴァリエーションはありそうですけど。

一昨年のこの日の記事で書きましたが、『私鉄沿線~』エンディング・テーマの「涙色のイヤリング」は過去曲のリメイク。一方「ハート燃えて愛になれ」はバリバリの書き下ろしだったらしく、ワンズのベスト盤収録のものとドラマのサントラは同一の演奏トラック。
アレンジはもちろんベンチャーズ風のギターが肝ですが、他トラックではオルガンが渋い!エンディングで出だしの歌メロの音階をそのまま弾くんですが、これが最後の最後にならないと登場しないのが良いんです。
ドラムスとハンドクラップのアタックもかなり好みです。エンディング前にはエイト・ビートのドラム・ソロもあって、これは生で聴いたら相当カッコイイと思うなぁ。

ジュリーwithザ・ワイルドワンズのツアーの時ジュリーがMCで、「最初に(加瀬さんから)貰ったセットリストは差し戻しました。ワイルドワンズの曲が少ない!」と話してくれました。結果あの年のツアーでは、ニュー・アルバムの一部を除くすべての曲が加瀬さん作曲のナンバーで、ジュリーとワイルドワンズの曲がちょうど半分ずつ、という構成になりました。
でも、まだまだ選から漏れたワイルドワンズの名曲がたくさんあったことを、僕はその後学んでいます。
今日のお題「ハート燃えて愛になれ」なんて、いかにもLIVE映えしそうで・・・。ジュリーは周囲がどんな状況であろうと古稀からの柴山さんとのギター1本体制を決行したと思うけど、もしも、もしも加瀬さんが健在だったら、僕らファンはソロのツアーと並行してジュリーwithザ・ワイルドワンズの再結成を夢見ることができていたのかもしれませんね。


加瀬さん。
もう5回忌となりますか・・・早いものです。こちらではもうすぐ平成の時代が終わろうとしています。
天国のステージを取り仕切る名プロデューサーとして加瀬さんは今頃、裕也さんとショーケンを迎えて一層活躍中でしょうか。

ジュリーはまだまだこちらの世界で頑張ってくれるみたいです。
加瀬さん達もいらっしゃるのでしょうが、5月9日からは今年の全国ツアーが始まります。
どうぞ、お見守りください。

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2019年4月18日 (木)

沢田研二 「SHOUT!」

from『SHOUT!』、2019

Shout_1

1. 根腐れpolitician
2. SHOUT!
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またしても腰を痛めてしまいました。
休む間もない日常に季節の変わり目恒例の風邪もやってきて、かなりヘロヘロなDYNAMITEです。そういえば去年もジュリーのツアー初日チケットが届いた頃に重度のギックリ腰を発症して、結局コルセット装着状態で武道館に行ったんだったっけ・・・。
まぁ今回はさほど重症には至らず、生活に支障ないレベルで耐えられているのでホッとしてはいますが。

さぁ今日は今年のジュリーの新譜2曲目「SHOUT!」の考察記事です。
実は僕はこの曲、巷の多くのファンのみなさまとほぼ同じ解釈と、それとは違う2つ目の解釈を持っていま
す。
枕もそこそこに・・・頑張って書いていきます!


①健やかな赤い旗

まず最初に、多くのファンが楽曲解釈としているであろう、ジュリーがこの歌に託した「パーソナルなSHOUT」を探ってみましょう。

ジュリーのような特別な人でなくとも、日常生活で思わず「うわあ~っ!」と叫びたくなる瞬間というのは誰しもあって、例えば何気ない1人の時間の中で自分の過去の失敗、恥ずかしかったこと後悔したこと、或いは「意地を通して」しまったこと・・・そんな体験をふと思い出し、照れ隠しのような「いや、あれでよかったんだ」と自らを落ち着かせるかのような気持ちで「くっそ~!」とか「ちくしょう!」とか声に出してしまったこと、ありませんか?
少なくとも男性ならきっとある、と思うのですが。

ただ、僕のような者は上記のような汚らしい言葉で、ある意味自分自身を誤魔化そうとするところ、ジュリーは堂々とそれを歌にする。歌でシャウトする、ということができるわけです。

で、この歌でのジュリーのそんな「過去の体験」が、記憶に新しい昨年10月、さいたまスーパーアリーナ公演中止とその後の世間の反響であることは明白です。
あの件について僕としては、仕事絡みで「是非」とお誘いして市販のチケットで来場してくれた人達がいましたし、ジュリーファンにも茨城や群馬といった関東圏でも遠方の方々だけでなく、東海、関西そして九州・・・はるばる遠征の多くのみなさまと僕は当日リアルタイムでお話したりメールで状況を確認し合ったりしていましたから、「決行して欲しかった」と思いました。その気持ちはジュリーの会見後もくすぶり続けました。
一方ジュリーの判断、問題提起そのものについては尊重したい、支持したいとも当然思っていて、気持ちがせめぎあう感じでしたね。
それがこの「SHOUT!」を聴くと晴れ晴れとなる感覚。やっぱりジュリーって、「歌で伝える」人なのだなぁと。
どんな批評よりも真に伝わる歌。
僕の「SHOUT!」第一感です。

僕はあの時現場でまず「ジュリーが世間から袋叩きに遭ってしまう」事態を想像し、とても心配しました。
昨今のメディアはこういう事が起こると寄ってたかって吊るし上げる、悪意の砲火を浴びせる・・・何度も見せられてきました。そんな嫌な目にジュリーが晒されてしまうのか、と僕は思いました。
ところがその後、ファンばかりでなく著名人の多くから擁護が相次ぎ、「いつもの調子で」やってやろうと食いついてきた軽薄なメディアが戸惑いの挙句、(一部を除き)ジュリー関連の報道のアプローチを当初とは変えてくる、という不思議な推移を辿ることに。(ジュリーをよく知らない人にとっては)思いもかけぬところでその偉大なキャリアと力、人脈、支持層を示された形です。
あの件以後、ツアー各会場は集客も絶好調。
ファンの熱気と「これはのんびりしていられないぞ」と取り組んだイベンターの努力。双方の「目覚め」は凄まじく、1月の武道館3daysも大盛況に終わったことは最早周知の事実です。

「災い転じて」ではないけれど、この成功に並の人なら有頂天となるところ、ジュリーは(この件以後に僕の参加した)大宮でも武道館でも「ごめんなさい」とステージからお客さんに謝り続けました。ジュリーは自戒を込めて敢えてこの1件を自らの失態と位置づけ、この先忘れ得ぬ、背負ってゆく出来事と決めたようです。
ジュリーはMCで「さいたまスーパーアリーナ公演のリベンジ」実現の決意をも語ってくれました。
また、僕は直接聞いてはいませんがその際に「情熱の赤い旗を掲げて」と意気込みを表現したことがあったそうですね。「赤い旗」って何だろう?と最近まで思っていたのが、「SHOUT」を聴けばそれがジュリーの「たぎる血潮」であることが分かります。

A                                      E
たぎる血潮が ヤイヤイヤイ 溢れてる

B                A    B     
お天道様に 拳だし SHOUT! SHOUT!

まだまだ滾っている、まだまだ歌う、叫ぶ、との力強い宣言。
とても前向きな「意思表明」ソング。僕らにはそれが伝わります。何より、歌詞中の「みんな」が僕らファンのことと思えますから、こちらも気合が入ろうというもの。みなさまも同じ気持ちですよね?

深く考えずに、ジュリーと一緒にシャウトすればよい・・・そういう歌だと思います。ジュリーが信じたものを実感できれば、理屈なんていらない。
ただ、この記事では敢えてそこをもうひとつ突っ込んで、平成の最後にジュリーが放った「社会に対してのSHOUT」まで考えてみたいんです。
次チャプターではその点を掘り下げていきましょう。

②人それぞれの「歌=シャウト」

ここでは、拙ブログ得意の深読み(と言うか「考え過ぎ」とよく言われます汗)による楽曲解釈を書くことになりますがご容赦ください。

僕は今年の新譜をアマゾンさんで予約していましたが発売日には届かず結局ショップで購入しました。3月末になってからのことで、かなり聴くのが遅れました(てか、到着次第YOKO君に引き取って貰うことになっているアマゾンさんの予約分、未だに届かんのですよ・・・)。
昨年末から続く個人的に慌しい日々の中で「ジュリーの新曲すらじっくり聴く余裕がない」状況と思い込み、無理に時間を作ってショップを巡ることまではせず・・・しかし実際に「SHOUT!」を聴いて、「もっと早く買い求めれば良かった」と思った次第です。
これは、忙殺されて時間がなくある意味「弱っている」時にこそ聴くべき歌なのだなぁとも思いました。

「忙しい」という漢字は「心を亡くす」と書きます。
「慌しい」も同様。しかしそんな時

E               B                        E
OH OH OH OH! OH OH OH OH!

発声するのは「OH」だけ。覚え易いメロディー。「みんなも歌って!」と誘ってくれるコーラス。
このサビを一緒に歌っていると、平穏な「心」を取り戻す感覚が沸きます。ジュリーのパーソナルな歌である以上に、様々な状況の中で今を懸命に生きている聴き手それぞれにシンプルに元気を注入してくれる歌・・・僕はそう思ったのですがいかがでしょうか。

「SHOUT!」クレジット最大の目玉は何と言っても超豪華なコーラス隊。音楽劇ほぼ全メンバーに加えて、ご存知依知川さん、GRACE姉さんも。
これはさいたまアリーナの1件で世間の矢面に立たされたジュリーの最も近しい「味方」が大集結して新曲をサポートしたのだ、と考えることはもちろんできます。ただ、何故「SHOUT!」というジュリー作詞・作曲による書き下ろしナンバーに「合唱」スタイルのコーラスが必要だったのか、と突き詰めると、もっと深いジュリーの意図、コンセプトが見えてくる気がするのです。

少し時を遡って、ジュリーが「我が窮状」に合唱隊を採用したのは何故か・・・これは「声を集めて」ということだったでしょう。では今回は?
僕は今年の新譜タイトルが解禁された時、「SHOUT!」のフレーズから70年代ジュリー自作のナンバー「叫び」を連想しました。結果、「意思表明」の歌であることは共通していますし、「叫び」の詞にある「自分のために歌いたい」のフレーズもまた「SHOUT!」に引き継がれているように最初は思えました。「歌を枕に」この先も駆けてゆくと。
ただしジュリーは2012年以降の新譜リリースについて「これからは被災地のこと(広義には『PRAY FOR JAPAN』)しか歌にしない」と言っています。
ならば「SHOUT!」にもそれはある、ジュリーがこのタイトルで「被災地の叫び」に思い至らなかったはずがない、と思うのです。

ジュリーはこの先もずっと「祈り歌」を歌い続けてゆくことをこの新曲「SHOUT!」に載せ意思表明していて、それは「自分のために歌う」ということと何ら乖離しない、同義なのではないでしょうか。
病気と闘っている人や、理不尽な物言いに傷つきながらも必死に生きている人。或いは新たなことに挑戦している人、困難に立ち向かっている人、なかなか見出せない「光」や「未来」(これはアンチテーゼ的に1曲目「根腐れpolitician」の歌詞フレーズでもあります)を求め懸命にあがいている人。さらには、低レベルな話ながら最近ちょっとお疲れ気味、という僕のような者。
その人それぞれに「SHOUT」はあって、だから今のジュリーが作ったこの曲はやはり「民衆の歌」でもあろうと僕は考えたいです。集ったコーラス隊1人1人の声が、「民」に成り代わってくれている・・・ジュリーの合唱形式採用の理由はそこじゃないだろうか、と。

ジュリーは僕らのような凡人とはレベルが違う眩いスーパースターでありながら、時々ふと「僕らと同じ目線に立ってくれている」と感じさせてくれることがあります。
後追いファンの僕には『ジュリー祭り』のMCが最初のそんな瞬間でした。あの日僕が歌手・ジュリーとともに人間・ジュリーに堕ちたことは間違いありません。
近年の「祈り歌」の歌詞アプローチはファンの間でも賛否あるらしいのだけれど(僕には「賛」しかありませんが)、被災地の目線に立つ、さらには民の目線に立つ、ということをここまで徹底し継続してくれる歌手がジュリー以外世界の何処にいるでしょう。
最近この国では、凡庸な民たる僕らからすると信じ難い、呆然とするしかないpolitician達の失言が相次ぐ世の中です。彼等は誰かに指摘されるまでそれが「心無い、酷い言葉」だと気づけない。軽いジョークで場を笑わせようとしたに過ぎないという・・・すなわち目線自体がもう民衆とはかけ離れているのです。自覚すらできない「根腐れ」状態と言われてもこれは仕方ない。

昨年のさいたまスーパーアリーナの1件はジュリーにとって、自らの姿勢と目線を今一度踏みしめ直す意味で、新曲題材たり得たかもしれません。
改めて「自分はこの道をやり通す」との宣言。
5月からの全国ツアーで、ジュリーは「SHOUT!」のサビのコーラスをお客さんにも歌わせてくれるでしょう。そこで、お客さんそれぞれの「シャウト」が1人1人にあってよいし、それを歌声に発することで逆に余計な自我が鎮まり穏やかになれるんじゃないかなぁ。
僕らのシャウトをステージのジュリーに届けたい、と思っています。

でも楽曲解釈としては深読みが過ぎるかな?(汗)

③摩訶不思議なスリー・コード・ロック!

昨年の『OLD GUYS ROCK』収録「屋久島MAY」もジュリーの作曲作品でしたが、これは2003年の時点でメロディーが出来上がっていた(シングル盤でのボーナス的トラックだったそうです)ので、「リメイク」リリースといったところ。
今年の「SHOUT!」は2010年のアルバム『JULIE with THE WILD ONES』以来のジュリー自身による純粋な書き下ろし作曲作品リリースとなりました。

僕は新譜発売前に書いた「叫び」の記事中で、この「SHOUT!」の曲調も色々と予想したのですが、「スリー・コードのロック」という部分のみ的中。
あと、「キーはホ長調」も完全ではないけれど当たりました。この「完全ではない」ところが正に、ジュリーはやっぱり独特の作曲感覚を持っているな、と改めて思い知ることとなりました。
解説しましょう。

最終的には柴山さんがギター・アレンジで「7th」「sus4」のコードを採り入れたり、イントロ及びエンディングで「C→B」というコード・リフを編み出したりしていますが、ジュリーが作曲したメロディーのみ抜き取ると、『SHOUT!』は「E」「A」「B」というたった3つのコードだけで構築されていることが分かります。
これはホ長調のスリー・コードです。
ですから五線譜で採譜するなら、最初から最後まで#4つの調号で通すこととなりましょう。
ところが!
この曲はどう聴いてもAメロだけロ長調。歌メロ冒頭からのコード「B」はドミナントではなく明らかにトニックです。
スリーコードのロックもジュリーにかかれば斬新な変態進行(←褒めてます!)に仕上がってしまうのですな~。柴山さんのギターがヴァースごとに弾き方を変えてくる効果も大きいです。

重厚なロック・ナンバーと言って間違いのないこの曲、しかし実はメロディーがとても美しい。Bメロのはちょっとサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」を思わせたりとか。
曲中僕が最も好きな箇所はBメロ最後(サビのコーラス直前)「SHOUT!SHOUT!」のジュリーのヴォーカルです。少し崩し気味に歌ってから明快なサビへと向かう手法は70年代から変わらぬ作曲家・ジュリーの得意技なのです。
それにしても、1曲を通して声圧を均一に保つジュリーの才能は本当に凄まじいです。ギター1本体制となってそれが際立ち、万人に分かり易くなったと思います。

そして豪華なコーラス隊。
ジュリーはゲスト陣に「必要以上に音程にとらわれず、自由に大きな声で歌って、シャウトして」とサジェスチョンしたんじゃないかな。
フレーズ最初の「OH!」を「あおっ!」みたいな感じで叫んでいるメンバーもいますし、現場で張り切る皆の様子が目に浮かびます。「赤い旗♪」の語尾をしっかりハモっているのがさすが音楽劇チーム、とも思いました。

詞、コード進行やコーラスの手法を考え合わせるに、ジュリーはこの歌に「自由度の高さ」を込めたのではないでしょうか。
言うまでもなくこの曲は5月からの全国ツアー、タイトルチューン。是非僕らも元気に血潮滾らせてコーラス参加したいものですね。


ということで、この記事の下書きをしている間に我が家にも第1弾のチケットが到着しております。
僕はまず初日、東京国際フォーラム公演の1枚。
ジュリーの衣装や柴山さんのギターモデルは肉眼で確認できなさそうな2階席の端ブロックでしたが全然問題なし!これで、会場の誰もセットリストを知らないツアー初日の参加権利が確定したのですから。
あとは何とか都合をつけて駆けつけるのみ。

お題の「SHOUT!」はアンコール1曲目で歌われる、と予想しておきます。
みなさま、今年もジュリーのツアーをご一緒しましょう。楽しみです!

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2019年4月 7日 (日)

沢田研二 「根腐れpolitician」

from『SHOUT!』、2019

Shout 

1. 根腐れpolitician
2. SHOUT!
--------------------

4月です。
3日くらいまで寒かったですが、ここへきて暖かくなってきましたね。

3月は裕也さん、ショーケンとジュリーに縁深いレジェンド2人の訃報が相次ぎました。1月のジュリー武道館公演を共にした友人のNさんはショーケンの大ファンで、彼がYOKO君と組んでいるコピー曲専門の2人ギター・ユニット「GENTLE-2」ではこの週末の練習課題曲にショーケンの「ハロー マイ ジェラシー」を採り上げると聞いています。
平成の時代も残り僅かというタイミングで悲しいニュースがあった3月・・・何年経っても思い出すことでしょう。

そんな中僕は、遅れに遅れましたが今年も3月11日にリリースされたジュリーの新譜『SHOUT!』収録2曲の考察記事に取り組んでまいります。
バッタバタの日々ですので例年のような大長文は書けませんが、中長文?くらいな感じでよろしくおつき合いくださいませ。
今日はCD1曲目「根腐れpolitician」です。頑張ります。


①『新しい想い出2019』?

5月からの新たな元号が「令和」と決まりました。世間の反応、意見は様々のようですが、個人的には好印象、気に入りました。
と言うより僕の場合は「明治」「大正」「昭和」「平成」・・・全部好き。基本「戦国武将好き=元号フェチ」というのがあって、永禄とか元亀とか漢字二文字で時代を表す感覚に惹かれるのです。
あと、平成に続いて今回も元号の決定が「書体」で発表されたじゃないですか。「令和」ですと例えば「令」の2画目の「はらい」の太さや、「和」の「へん」が長くて「つくり」が短い独特の縦バランスなど、印刷活字には絶対に無い「人の手で書かれた」生命力のある書体に惚れ惚れしてしまうという・・・。
まぁ僕は特殊な嗜好の持ち主なのかな。

ただし、「令和」がどんな時代になってゆくのかは今生きている僕ら次第。そして、これほど「平和」「平穏」をすべての人々が切に願いつつ迎えた新時代の節目も古来そうそう無かったのだろう、とも思っています。
何故こんな話をしているのかと言うと、今年の新譜『SHOUT!』に「平成を振り返り、新時代を見据えた」ジュリーのコンセプトを強く感じたからです。

ジュリーは時代に振り回されたり阿ったりすることなく自身の志と矜持を以って歌ってきた歌手ですが、それ故それぞれの時代の「急所」に敏感であるとも言えます。
かつて「21世紀」の新時代を迎えてリリースされた『新しい想い出2001』。シンプルなサウンドの中にジュリーのパーソナルな言葉と心境が押し出されたアルバムという印象があります。後追いファンの感覚では、今年の『SHOUT!』がこの名盤とスタンスを重ねるように思えるのですがいかがでしょうか。
1曲目「根腐れpolitician」では社会全体の、2曲目「SHOUT!」ではジュリー個人にとっての平成の急所を抉り、「叫び」をもって新時代(令和)に挑む・・・CDのタイトルチューンは2曲目ですが、「根腐れpolitician」の方もまたジュリー心からの”「SHOUT」ナンバー”であることは明白です。

ジュリー自身は古稀ツアーを機に昨年から「ギター1本体制」による歌人生の新時代をスタートさせています。収録2曲にトータル・コンセプトを持つ今回の新譜は、その伸びしろを掲げて新たな時代を読むジュリーのメッセージ、と僕は捉えました。
では、ジュリーが振り返った「平成」が、社会全体においてはどんな時代であったか、そして「令和」にどう臨むのか・・・そのあたりを「根腐れpolitician」のジュリーの詞から紐解いていきましょう。


②人の「性根」が問われる時代

徒党を確認した上で弱者に寄ってたかる、というのは結局それをする人の性根なのだろう、といった感じのことをブログに書いたのはいつだったかな。
実は僕は今現在個人的にイヤでもそういうことを考えさせられる、身につまされる状況下にあって、夜中に目が覚めたりもするのだけれど、ジュリーの新曲タイトルが「根腐れpolitician」と知って「そう来たか!」と。

世の中が平和に成る、平穏に成る、と期待した平成という時代は、その平和、平穏をリードして成らしめるべき人達の性根が腐った時代であった、とジュリーは歌います。その通り、特にここ数年本当に酷い状況だと誰もが実感しているでしょう。
近年、為政者や利権を保す者への容赦ないメッセージ・ソングを連発させたジュリー。しかし同じスタイルのようでありながら今年の「根腐れpolitician」の詞はそれらの「直球」とは少し違うと僕は感じています。
政治の不正、危うい世界情勢、自然環境の危機、反原発とテーマが多岐に渡り、良い意味での「乱打」と言うか、思いつくままにフレーズを吐き捨てる七色の変化球。「politician」(かつてのキンクスなどがそうであったように、この単語選択には批判的な意味合いがあるでしょう。日本語なら「政治屋」とでも訳すところでしょうか)と「大衆」を分けるとすれば、そんなやみくもな乱打こそ大衆に成り代わっての「シャウト」かもしれません。
当然被災地への想いというのは変わらずあるし、怒髪天・ジュリーが繰り出すフレーズ(「ペラ野ミクス」が凄過ぎる!)は聴き手に「引っかかり」を与えてくれます。
そんな中でも特に「らしい」フレーズの極めつけは

    E F#  G#   C#   D#  G#
そりゃ御為倒 し  光なんか見えねえ

の「御為倒し」です(漢字で書くあたりがいかにもジュリー!と思いました)。
これはpoliticianへの糾弾のみならず、大衆たる僕ら聴き手それぞれの身にすぐさま跳ね返ってくるフレーズでもあります。
自らが普段「人のため」「みんなのため」と言いつつやっていることがあったとして、しかしそれは本当にそうなのか。極端に言えば、こうしてジュリー・ナンバーの記事を書くことだってそれに当て嵌まるかもしれない。でも、そんなふうに考えると何もできなくなってしまいますよね。

何か志のヒントはないものか、と探ると・・・メロディー2回し目の歌詞中に、これまた「ジュリーらしい」普段は耳慣れぬフレーズが見つかります。

F# G#    B C#      B       F#  G#
   官も   民も 根腐れF.E.O.

細野晴臣さん絡みで「F.O.E.」なら知ってるけど「F.E.O.」なんて聞いたことないぞ、と僕は早速あれこれこのフレーズの意味を調べ、完全に分かったとは言えないまでも何となくジュリーの意図を想像できました。
「F.E.O.」=「醜悪」と読み解くのがよいでしょう。
これも「御為倒し」同様に人の性根の部分を掘り下げ手繰った言葉であり、さらにはジュリーにとってこの「F.E.O.=醜悪」の反語が新譜2曲目「SHOUT!」に登場する「健やか」であると考えられます。
ならば僕らは「醜悪」の逆・・・これから何においてもジュリーが歌う「健やか」つまり健全の志をもって行動し、新時代を迎えねばならない、と。凡庸たる僕個人としてはなかなか難しい課題でもありますが、ブログを書くことひとつとってもそれは常に心がけていきたいものです。

「令和」に引き継がれてしまった近々の社会問題と言えば、この国ではやはり

C#    B  F#     E  B   C#
時代遅 れなのに 原発

ということになりましょう。
福島第一原発事故、その終息はおろか、浄化処理に伴うトリチウム汚染水貯蔵タンクの増設が敷地的な限界に達する、という事態が迫っています。これは来年の東京オリンピック開催の後、すぐにやってきます。
東電の対策は「国の指示待ち」。じゃあ国の判断はどうかと言うと、現時点で原子力規制委員会が明言しているのが「海への放出が現実的かつ唯一の選択肢」。
果たしてそれを「アンダーコントロール」と言い張れるものでしょうか。この問題は近い将来ジュリーが歌にするんじゃないかな、と僕は予想しています。

轟音のギターで歌われる「根腐れpolitician」に僕はニール・ヤングが89年にリリースした「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」の歌詞を想起させられました。
近寄る戦争の跫音、その予感があったのかどうか・・・ニールは醜悪な為政者が人々や自然に与えた大きなダメージを歌い叫び、しかし民衆の諦念は強く否定しました。リリース直前の来日公演では、心無い客からの「○○を歌え!」と代表有名曲を求める声に顔色ひとつ変えず、この最新のメッセージ・ソングを熱唱したと言います。
「フリー・ワールド」、すなわち「自由」な世の中であることはこれから先のジュリーの歌人生においても必要不可欠。ジュリーが自由に「SHOUT」し続けられる健やかな時代であることを、まず僕は「令和」に希望します。

③正真正銘・ギター1本レコーディング!

みなさまから遅れること2週間余、ようやく新譜を手にして(僕は3月28日に池袋タワーレコードにて購入。ちなみにアマゾンで予約していたものはキャンセルせず到着次第YOKO君に引き取って貰うという話になっていますが、未だにウンともスンとも・・・これまでで一番遅れているのではないでしょうか)まずこの1曲目「根腐れpolitician」を聴き終えて深く唸らされたのは、先のジュリー古稀ツアーでその演奏を一手に引き受けてきたギタリス・柴山さんが辿り着いた境地・・・それが早速今回の新譜に反映されていたこと。

昨年のCD『OLD GUYS ROCK』では、もちろんその後のツアーを想定し柴山さんがギター1本で再現し得るアレンジを構築していましたが、どの曲もサブ・トラックとして目立たぬようにもう1本ギターを重ねていました。ところが今年はそれが無い!
ギターの音自体は左右のPANにに分けてミックスされているものの、これはたったひとつの演奏トラックを分離したもの。つまり、レコーディング音源においても柴山さんは今回から「完全ギター1本体制」の領域に踏み込んだのです。個人的には、2010年リリースのCD『涙色の空』1曲目のタイトルチューン「涙色の空」(鉄人バンドの4人がそれぞれ「1人1トラック」を貫き追加トラックを排除したアレンジ)を初めて聴いた時と似た感覚、衝撃でした。
本当にイイ鳴りしてる!このギターはテレキャスじゃないかなぁ。何故なら、パブロック好きには「神」とも言えるテレキャスの名手、”マシンガン・ギター”ウィルコ・ジョンソンの音を思い出させてくれるから。

参照楽曲「Another Man
↑ウィルコが在籍した初期ドクター・フィールグッドの名曲群の中で僕が最も愛するナンバー。
曲のタイプは全然違うけど、ギター・カッティングの音色に注目して「根腐れPolitician」での柴山さんの音(特に「hey Sey」直後のCメロからのカッティング音)と比べてみてください。


さらには作曲の素晴らしさ。武骨にして緻密です。
今年の新譜は2曲入り、うち2曲目「SHOUT!」の方はジュリーの作曲作品ということで、柴山さんは1曲入魂の書き下ろしとなりました。得意とする「1曲内に複数の曲想を組み込む」アイデアが炸裂し、Cメロなんて転調もしていないのにメロディーの感触がガラリと変わります。初聴時はドキッとさせられました。
キーは変イ長調。ただし、五線譜にするならそのまま♭4つの調号の「A♭」表記で間違いないのですが、先のチャプターで少し歌詞抜粋した通り、僕ならこの曲の場合はギターのポジション展開を考慮し「G#」表記としたいところ(嬰ト長調ということですね)。
変イ長調の王道パターンでは登場しない「E」「B」「F#」といった#系のコードが躍動する曲ですから。
Aメロはこうなります。

F# G#    B C#       F# G#     D#  C#
   嘘で  かわし   重ね 固 め

F# G#       B C#     B       F#   C#
   まかり  通す 根腐れpolitician

正にギタリストの作曲作品、という感じの進行です。
当然曲調はゴリゴリのロック。ジュリーと柴山さんの超獣コンビは、古稀を超え喜寿を超え傘寿を超え盤寿(←これは将棋用語だけど)を超え米寿を超え・・・令和の時代もヤンチャしてくれそうですね。


最後に余談ですが、先月ココログさんの大幅なリニューアルがありました。
PCで見る限り以前とブログの見え方は変わっていない様子ですが、スマホだとどうなんでしょう?(←未だにガラケーのDYNAMITE汗)
一方、読者のみなさまからは見えない筆者側の管理画面操作については大きな変化があって、まぁまだ慣れていないだけかもしれないけれど以前の方が使い易かった気がします。
過去記事の中に修正不可能(管理画面上で言語変換してくれない)ものが見つかるなど不具合も多く・・・僕の場合、過去記事の修正は日常茶飯事ですのでこれはとても困ります。
また、複数の画像を記事中にupする際、原寸そのままの添付とサムネイル仕様との併用ができないような・・・この記事も、『SHOUT!』のジャケ写以外にもう1枚、通勤途中の公園で撮った桜の写真をupしたかったのですが結局問題解決できず断念しました。
この調子では先が思いやられる・・・。
ただ心強いのは、同じココログでお気に入りのじゅり風呂さんが多いこと。みなさまと一緒に新しい管理画面にも慣れていければ、と思います。

とりあえず今回、サイドバーのコンテンツ試し斬りということで、5月からの全国ツアー各会場座席表へのリンク一覧『神席たちよ集え』前半ぶんを更新してみました。
スマホから見てもうまく反映されてるのかな・・・?
チケット発送第1弾は22日の週かなぁ、と今から到着が楽しみ。僕はまずツアー初日、なんとしても都合をつけて駆けつけなければ。
全国各地、みなさまの良席ゲットをお祈りしています。

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2019年3月29日 (金)

ショーケンよ永遠に

ブログの更新が悲しい訃報続きになっている。
裕也さんが亡くなられてまだ間もないというのに、今度はショーケンが突然旅立ってしまった。

昨夜、池袋タワーレコードでようやくジュリーの新譜を購入、「よし!」という気持ちで遅くに帰宅した途端、信じ難いニュースを伝えられた。
まったく予想だにしていない訃報だった。それもそのはず・・・ブログに頂いたコメントで、「今ショーケンが精力的なライヴ活動に邁進中」と知ったのが本当につい昨年のことなのだ。まるでジュリーのデビュー50周年ツアー・セットリストに呼応するかのように、ショーケンが「自由に歩いて愛して」をステージで歌ったと聞いて、ショーケンも古稀を目前にしてますます元気なのだとばかり思い込んでいた。

僕はGS世代ではなく、ショーケンのことはまず俳優として知った。忘れもしない、公開から数年遅れてテレビ放映が成った映画『八つ墓村』での多治見辰弥役(主演)である。横溝原作以上の凄まじい存在感、気魄漲る熱演だと思った。子供心にではあるが、特別な男が寡黙の中に持つエロスも感じた。
その後、『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事を後追いで知り、こちらも夢中になった。
少年時代を思い起こすと、世代を超えてショーケンはとにかく男子に人気があったと思う。特に、ちょっとアウトロー的で腕っぷしの強い友人達・・・例えば以前「青春藪ん中」の考察記事中で書いた高校時代の友人もショーケンの大ファンだった。
考えるに、あの美貌で隠れてしまっているけれど、若き日のジュリーもそんなタイプの「男子」だっただろう。ショーケンのことが好きだったに違いないのだ。

僕はPYGやテンプターズのことは10数年前までほとんど知らずにいた。だから、歌手としてのショーケンを深く知ったのはジュリーファンになって以降のことだ。
ジュリーは先の古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』で「お前なら」を歌った。この曲がショーケンのことを歌っているのではないか、というのは個人的解釈に過ぎないのだが、それにしてもジュリーはショーケンの病気のことを知っていたのだろうか。
いや、知らずながらに何か気脈が通じてのエールだったのだ、とそんな気がする。

年下のショーケンに旅立たれたジュリーの胸中を思わずにいられない。
それに、世代の違う僕ですらこれほどのショックを受けているのだから、リアルタイム世代の先輩方の驚き悲しみはいかばかりか。

今はただ安らかに、と祈るよりない。合掌。


Withshoken1 

Withshoken2 

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2019年3月18日 (月)

裕也さん

裕也さんが亡くなられた。
希林さんを追いかけるように行ってしまった・・・。

昨年は堯之さん、そして今度は裕也さん。この国のロック黎明期を支え、体現した偉大な先達の相次ぐ旅立ちがあまりに辛く、寂し過ぎます。

裕也さんは、西洋のロックンロールを音のみならずスタイルやスピリットまるごとこの国に持ち込んだ最初の人。以後、邦楽ロックは細分化し様々なキーパーソンが出現しますが、先駆者なくしてそれは始まらなかった。

心をこめて、合掌。ロックンロール。

Kyoto003

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2019年3月14日 (木)

新譜到着を待ちながら・・・

こんばんは。
ジュリーの新譜『SHOUT!』を未だ手にしておらず、旬の話題に完全に乗り遅れております(泣)。

僕の場合、アマゾンさんでの予約分が発送時期未定とのこと・・・まぁジュリーの新譜については過去3度ほど同じ状況を経験済ですからそれは予想していました。
「ショップで購入して後から到着したアマゾンさんの予約分はYOKO君に引き取って貰う」という恒例のパターンで行こうかな、とは思っていたのですが、僕がぐずぐずしている間に今年は大型のショップさんでも品切れが続出しているとか?
古稀を超えてなお加速するジュリー人気、畏るべし!

それにしても、各地でCDを手にしたみなさまの感想を拝見するにつけ「早く聴きたい!」と指をくわえるばかりの日々です。
みなさまの情報の中で何より驚いたのが豪華なコーラス・クレジット。タイトルチューンの2曲目「SHOUT!」はどうやらLIVEでは「お客さん参加型」となるであろうとてもエネルギッシュなナンバーのようですね。
あ、ちなみに僕はこの新譜についてファンのみなさまの感想は積極的に目を通していますが、いわゆる「試聴」には手を出していません。実際の音のファースト・インパクトは、楽曲フルサイズで体感したいですから。

とにかく今は期待がパンパンに膨らんでいます。
週末時間があったら都心に出かけて店頭販売を残しているショップさんを探してみたいところですが・・・。


さて、2019年全国ツアー後半戦のチケット申し込みが始まっていますね。
期待していた追加公演は、首都圏だと東京国際フォーラムのツアー千秋楽公演がリリースされましたが残念ながら平日です。毎年恒例の大宮ソニック公演も今回は見送られていますし、サラリーマンの身には複数会場参加がなかなか厳しい。
音楽仲間にもスケジュール全体を案内しつつ多く声をかけたものの、とりまとめは難航しました。結局、僕もYOKO君とS君の2名と共に八王子公演(ここは休日)1本に(後半戦の参加は)絞ることになりました。
で、今日その振込を済ませてきたのですが・・・払込票記入時に八王子が抽選会場であることに気がついたという。今まで僕は「第2希望会場」の記入欄がある際には必ず書いていたけれど、今回ばかりは友人2人の都合もあり記入することができませんでした。
もし落選したら僕は後半戦の参加会場はゼロとなります。YOKO君達に至ってはツアーを1度も観ることができずに終わってしまうわけで・・・。
なんとか無事の当選を祈るしかありませんな~。

ということで、新譜入手が遅れ新曲の考察記事着手がまだまだ先になりそうなので、今日はつらつらと現況報告の更新でございました。
あ~早く聴きたい!

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2019年3月 6日 (水)

沢田研二 「叫び」

from『比叡山フリーコンサート 時の過ぎゆくままに』

Freeconcertaimthiei

~opening~
1. ビー・マイ・ブラザー、ビー・マイ・フレンド
2. 夢のつづき
3. グッドナイト・ウィーン
4. 夜の都会(ナイト・タイム)
5. 恋のジューク・ボックス
6. 十代のロックンロール
7. キャンディー
8. トゥ・ラヴ・サムバディ
9. 時の過ぎゆくままに
10. お前は魔法使い
11. メドレー
 a.グループバンド
 b.ムーヴ・オーバー
 c.ジーン・ジニー
 d.ユー・ガッタ・ムーヴ
 e.シー・シー・ライダー
12. 美し過ぎて
13. 花・太陽・雨
14. 自由に歩いて愛して
15. ホワッド・アイ・セイ
16. 聖者の行進
17. 気になるお前
18. 悲しい戦い
19. 残された時間
20. 叫び

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インフォ来ましたね!
今年も必ず「祈り歌」の新譜リリースがある。そしてジュリーは「作るからには3.11リリースでないと意味がない」・・・そう考えているのではないかと期待しつつ、さすがに日が迫り「間に合わないのかなぁ?」と心配していただけに嬉しい新譜情報の解禁でした。

そこで今日は、ジュリー作詞・作曲の70年代ナンバー「叫び」をお題に借りまして、まもなく発売される新譜の内容を予想してみたいと思います。
拙ブログ恒例の「全然当たらない予想」パターンにはなりましょうが、今夜はたまたま時間もあり、急遽一気書きの短い記事にておつき合いくださいませ~。


インフォによりますと、今年の新譜は2曲入り。
各トラックの詳細は

1.「根腐れPolitician」
作詞・沢田研二/作曲・柴山和彦

2.「SHOUT!」
作詞・作曲・沢田研二

となっています。
タイトルだけパッと見ると、曲調は2曲ともに武骨なロック・ナンバーを思わせます。
少なくとも柴山さん作曲の「根腐れPolitician」はそうでしょう。根拠は「politictian」なる英フレーズの語感です。詞の内容は「一極化」へとひた走る政権の腐敗に向けた痛烈なメッセージかと思いますが、その前の段階・・・ジュリーは80年代以降、自作詞に際し「メロディーに載せた際の語感とフレーズの韻」に拘り続けているように思えますので、柴山さんの作ったキメのフレーズに嵌る単語としての「politician」。ジュリーの作詞動機と最初の作業はそこだったのではないか、と想像しました。
それにしても「根腐れPolitician」とは、かなり「思い切った」タイトル。ジュリーとすれば、もう容赦はならぬ、といったところでしょうか。
ジュリー得意のダブル・ミーニングが鋭く散りばめられたリフ・ロック・ナンバーと予想しておきます。

続いて、5月からの全国ツアー・タイトルともなっている2曲目の「SHOUT」。
こちらは久々にジュリーの「書き下ろし」作曲作品である可能性が高く、それだけで心躍ります。
しかし反面、ジュリーの詞に悲痛を感じさせるタイトルと言えるかもしれません。被災者を含めた「弱者」の声ならぬ「叫び」を歌っているのではないでしょうか。
そして・・・その曲調について僕の予想の振り幅はとても大きいのです。

まず「ロック調」と仮定してみた時、ジュリーにしては珍しいストレートなコード進行と予想します。
キーはホ長調。何故曲のキーまで予想に入れるかと言うと、ジュリーが詞だけでなく作曲においても何らかの「隠しメッセージ」を込めている場合を考えたから。
ホ長調のスリー・コードは「E」「A」「B」。これを使って「A」→「B」→「E」と和音進行させメロディーを載せることができると気がつきました。
「A」→「B」→「E」です。お分かり頂けたでしょうか。
もし詞の内容が特定の人物に向けた弱者達の叫びを代弁し歌ったものだとすれば、コード進行がそのまま歌詞中の二人称を指す手法となり得る・・・今のジュリーなら、そして今の世の中なら、怒髪天・ジュリーがそこまで斬り込んでも不思議はないと思ってしまったのですが、まぁさすがにこれは考え過ぎですか。
予想と言うより妄想かな(汗)。

一方で。
「ホ長調スリー・コードのロック・ナンバー」案はジュリーの「作曲」クレジットの意義を深める予想ではありますけど、それ以上に魅力的な予想が、「SHOUT!」のタイトルでバラードを歌うジュリー(!)というもの。

ここで振り返ってみたいのが、本日のお題に借りた「叫び」。先輩方はよく御存じの、70年代ジュリーの自作(作詞・作曲)曲の中でも特に重要な名曲です。

僕が『比叡山フリー・コンサート』で歌われたこの曲の存在を把握したのは『ジュリー祭り』から数年後でしたが、歌詞の一部については今から15年ほど以前、『ROYAL STRAIGHT FLUSH』3枚のリマスター再発試聴盤を機に僕自身に訪れた「第一次ジュリー堕ち期」(ポリドール期のアルバムを大人買い)に、それとは知らず目にしていたのでした。これです。

Sakebi01


見事に折り目がついてしまって・・・すみません。
それだけ大好きなアルバムで、歌詞カードも読み込んでいるということでどうかひとつ(汗)。


78年リリースのアルバム『今度は、華麗な宴にどうぞ』歌詞カードに記された刺激的な一節。
新規ファンの僕は当時これを、当アルバム製作に寄せて、トップスターの道を行くジュリーが決意を表し書き下したコンセプト・フレーズだと勘違いしました。
『ロックジェット』にジュリー・アルバム解説を連載されたヒロ宗和さんも、その時の僕の解釈とまったく同じことを書いていらっしゃいました。しかしそれは誤りで、これこそが「叫び」からの歌詞引用だったのですね。

「歌を枕に」を文字通り芸能活動とリンクさせ始めたスーパースター・・・良い意味での「虚像」を演ずる阿久=大野時代のジュリーを象徴するにふさわしいキャッチフレーズとしてこの引用は的確とは言え、実際にはそれはさらに若き日の「人間・ジュリー」による本音の言葉であり決意であり、偽らざる心情の吐露でした。
そして、過激とも言える楽曲タイトルや歌詞フレーズからの連想とは真逆、というくらいに「叫び」の曲調は穏やかにスタートします。
ジュリー自身が奏でるギターの説得力。シンプルな演奏に載せて迸る「歌」。それがジュリーの「叫び」。

その後40年以上の年月が経ち・・・近年のジュリーにとって「SHOUT」(叫び)とは、相反しつつも「祈り」とごく近しいフレーズとなっているのではないでしょうか。
例えば2013年リリースのGRACE姉さん作曲「Pray~神の与え賜いし」に載せたジュリーの歌詞とヴォーカルには、穏やかに始まる曲調の中にギリギリと憤りを増してゆく「SHOUT」のニュアンスが歴然とありました。
27歳の時、「叫び」という自作曲に自らの歌人生に向けての「祈り」を歌い上げたジュリーが、古稀を超えて今度は「SHOUT!」のタイトルで弱者に成りかわっての「祈り歌」を歌う、とすれば。
それが穏やかなバラード・ナンバーであることは、特に比叡山での「叫び」をリアルタイムで体感された先輩方にとって何ら違和感は無いのではないか・・・と、僕はそんなふうにも考えてみたのですがいかがでしょうか。

いずれにしても(予想が当たるかどうかはともかく)、今年もジュリーの新曲が聴ける・・・もちろん柴山さんの演奏も楽しみですし、本当に嬉しく、変わらぬ姿勢のジュリーを頼もしく思った新譜の情報でした。

最後に余談ながら・・・。「叫び」は世間的には相当マニアックな曲だと思いますが、なんと僕の手元にはかつて市販されていたスコアがございます。

Sakebi02

↑ 『沢田研二/イン・コンサート』より


僕の勤務先からちょうど40年前に発売されたギター弾き語りスコアで、なにせ発売当時僕はまだ小学生だったくらいですから、編集担当者が誰だったのか(そもそも僕の知っている人なのか)等、製作の詳細は今ではまったく分からなくなっています。
想像するに、参考音源として取り寄せたレコードの中に『比叡山フリー・コンサート』のライヴ盤もあって、「この中からも1曲」という流れだったのでしょう。「残された時間」こそ収載を見送られていますが(採譜作業が大変な曲ですからね←経験者は語る笑)、「叫び」の貴重なスコアが残されたこと、僕が思いもかけずそれに出逢えていること・・・不思議な縁だなぁと思います。

ちなみにレコード時代にありがちな正規音源のピッチの曖昧さ故でしょうか、このスコアで「叫び」は変ホ長調(E♭)で採譜されています。
しかし僕は、ジュリーはこの曲をニ長調(D)で作曲していると確信します。
イントロから登場する「sus4→トニック→add9」のクリシェ進行は、Dのフォームのギターで演奏するのが一番カッコ良い、とロック界では決まっていますからね!

さて新譜リリースは今年も当然3月11日。
現時点ではネット店舗の予約が開始されておらず、発売日に聴くためには当日ショップに出向くことが一番確実、という状況です。
ただ僕は来週、公私共にバタバタに拍車がかかる予定なんですよ~(泣)。
11日にショップに行くのは無理かと思います。残念ながら、発売日より遅れての購入となるでしょう。

僕はLIVEツアーとは違い新譜の歌詞や曲調の事前ネタバレはOKですので、先に聴かれたみなさまの感想、この記事のコメントにてお待ちしていますね。
ジュリー2019年の新曲、楽しみです!

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2019年3月 2日 (土)

沢田研二 「サムシング」

from『Gentle Guitar Dreams』、2002

Gentleguitar

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ご無沙汰しております。
多忙と風邪(汗)のためブログ更新ままならぬ日々ですが、あまりに間が空いてしまうとみなさまに忘れられてしまう・・・時々は頑張って書いていきますよ~。

2月を振り返れば、ジュリーの古稀ツアーも無事終了、オーラス大宮も武道館3daysに負けないほどの大変な盛り上がりだったようで、参加されたMママ様が当日夜にお電話くださいました(「声が最高だったよ!」と大興奮状態←うらやま)。
聞けば何とMCで「お正月コンサート復活」を宣言してくれたというではありませんか。これは嬉しい!
大都市限定のお正月コンサートはセットリストが独特。例えばこれまでお正月のツアーに参加したことのないYOKO君は未だに「PEARL HARBOR LOVE STORY」を生体感できていません。僕などからすると「結構セトリ入りしているなぁ」と感じるのですが、『ジュリー祭り』以降に限るとこの曲はお正月しか歌われていないんですよね。
気の早い話ではありますが、その2020年のお正月コンサートは新年早々の5日東京国際フォーラムにて開幕予定とのことで、調べるとこれが日曜日。YOKO君に限らず音楽仲間を誘い易い日程です。
現時点でリリースされている2019年全国ツアーのスケジュールだと彼等を誘うのは難しい、と肩を落としていたので本当に嬉しい情報でした。YOKO君も遂に初の正月LIVE参加実現なる・・・かな?

さて本題。
今日はジュリーの幾多ある洋楽カバー名演・名曲の中から、ビートルズの「サムシング」をお題に採り上げたいと思います。
作詞・作曲はジョージ・ハリスン。ジュリーのカバー・ヴァージョンは、2001年に亡くなったジョージへの追悼トリビュート・アルバム(邦楽アーティスト、バンドによるジョージ・ナンバーのカバー集、2002年リリース)『Gentle Guitar Dreams』に収録されています。
僭越ながら伝授!


①OLD GUYSとジョージ・ハリスン

このお題記事を書こうと決めたのは、僕の古稀ツアーのラスト参加となった1月20日武道館公演でのジュリーのMCをその後よく思い出していたからです。

「ロックの聖地」と言われる日本武道館も渋谷公会堂同様にいよいよ改修の時期が来て、今年には着工するとか。
ザ・タイガース解散コンサート、デビュー25周年記念の『ジュリーマニア』、タイガースの完全再結成、そして今回の古稀ツアー3days・・・等々、ジュリーにとっても特別な思い出の会場であろう武道館。会場に駆けつけたファンともども色々な記憶を甦らせたに違いありませんが、ジュリーがMCで語ったのは自身のデビュー前、ザ・ビートルズの来日公演(「初」にして「最後」の来日です)鑑賞時のエピソードでした。
「確か南西スタンドにいました」というジュリーは、周囲が「ジョ~ン!」とか「ポール!」とか叫んでいる中で、1人「ジョージ!」と声援を送っていたのだそうで。

後追いジュリーファンの僕は、ジュリーがかつて「ビートルズ・メンバーの中ではジョージが好きだった」と語っていたことを『ジュリー祭り』後に知りました。
それまでジュリーに「幼少時に観ていたテレビの中のスーパースター」のイメージしか持てていなかった僕にとって、『ジュリー祭り』からの数年間は「人間・ジュリー」を学ぶ濃密な時期となりましたが、ビートルズの4人の中で当時「静かなビートル」と呼ばれあまり目立つ存在ではなかった(らしい)ジョージに着目し惹かれる、というのがまたジュリーの人間味を示しているようで興味深く、そして納得もしたものです。
テレビではあれほど目立ち、比類なき存在感を誇るジュリーが実は素の部分ではとてもシャイで、ちょっとだけ神経質で、決して「俺が、俺が」のタイプではなかった・・・ジョージが好きだ、というのも自らの性質と似た部分を見ていた故ではないのかなぁ、と。

ビートルズのLIVEステージでもジョージは黙々と演奏するので、よく「何故他のメンバーのようにアピールしないのか」と記者に尋ねられたりしたのだそうです。
するとジョージ答えて曰く「僕はリード・ギターだから。他のメンバーは多少間違えてもお客さんは気づかないけど、僕は間違えられない」と。
この頃のリード・ギターのソロって、今のように「くあ~っ!」とか「ぬお~っ!」とか陶酔して弾きまくるんじゃなくて、楽曲アレンジの根本としてのフレーズありき(もちろん例外もありますけど)だったんです。
分かり易いのが、歌メロと同じ音階をギターが間奏で受け持つパターン。タイガースで言うと「銀河のロマンス」ね。ファンは皆メロディーをよく知ってるから、その通りにギターも弾かなきゃいけないんだ、という着想で、当時のジョージは頑固なまでにそこに拘りました。

この話と関連して僕が今回の古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』について強く感じていたのが、ジュリーと柴山さんの演者としての変化なのです。
「冒険」的なギター1本体制。どちらかが自由に走ってしまうと、もちろんこの2人の実力であればそれはそれで素晴らしいパフォーマンスたりえるけれども、原曲のイメージを逸脱させてしまう。それぞれの曲を「2人だけでどう再現するか」に徹して練りこまれたアレンジ、フレーズをキッチリそのまま歌と音にすることがとても重要になったわけで。
だから、原曲とは異なるリズム割りの「風は知らない」についてはツアー中の試行錯誤も出てきた・・・それは必要なことだった、と今僕は考えています。

「間違うわけにはいかない」とのかつてのジョージの心構えが、この先のジュリーと柴山さんにも同じようについてくるはずで、特に柴山さんにかかるプレッシャーは相当のもの。それでも静かに、しかしハートは熱く柴山さんはやり遂げてゆくでしょう。それが出来るギタリストと出逢えていたから、ジュリーはこの道を選べたのだと思います。
ギターのスタイルはずいぶん違えども、ジョージ・ハリスンのことが好きなジュリーは、柴山さんのことも大好き・・・間違いありませんよ。
まぁそれはジュリー自身が古稀ツアーのステージ上で堂々カミングアウトしてくれましたが(笑)。

②「正攻法」で捧げるジョージ愛

僕はジョージについてはビートルズ期はもちろんソロ時代もすべての公式リリース音源を所有する黒帯ファンですが、そんなマニアな視点で見てもこのトリビュート盤のラインナップはとても濃厚で、提供アーティスト、バンドそれぞれのジョージ愛を感じる素晴らしい選曲となっています。

Gentleguitarback

特に「ザ・ライト・ザット・ハッド・ライテッド・ザ・ワールド」(ソロ・アルバム『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』収録)や「ファー・イースト・マン」(ソロ・アルバム『ダーク・ホース』収録)の2曲は、隠れた名曲に光が当てられたようで嬉しく思います。
さらにザ・コレクターズがジョージのソロ最高傑作と言われるアルバム『オール・シングス・マスト・パス』から有名な「マイ・スウィート・ロード」ではなく敢えて「美しき人生」を採り上げているのも最高に渋い。また音の面でもムーンライダース提供の「アイ・ニード・ユー」(ビートルズ『4人はアイドル』収録)、BOX提供の「タックスマン」(ビートルズ『リボルバー』収録)は、カバー・タイトル以外のジョージ作品が合わせ技のアレンジで組み込まれ、ジョージへの深いリスペクトを感じさせます。
ただし、そうしたマニアックで「我こそは」的な選曲群の中に、「これは誰でも知ってるよね」という「看板」曲があって初めてトリビュート盤の完成度は保たれ豊饒の遺産たり得るわけで、ここでその看板を背負っているのが我らがジュリー!なのですよ。

ジョージ・ナンバーで世に最も知られているのは間違いなくビートルズの「サムシング」でしょう。
ジョージの作品としては唯一のビートルズ・シングルと言うだけでなく、完璧なメロディーとコード進行にアレンジ、崇高な詞は正にロック史上に輝く大名曲です。
ジョージが亡くなった後はポール・マッカートニーがこの曲をLIVEの定番ナンバーとして歌い継いでいますが、歌い終えた後時々話してくれるMCネタがあって


この間、○○っていう人(←結構な有名人)に初めて会ったんだけど、僕とビートルズの大ファンということですごく感激してくれてね・・・でも、彼がこう言うんだよ。一番好きなレノン=マッカートニー・ソングは「サムシング」だ!ってね・・・。

と、「それ俺の曲じゃないし・・・」みたいな感じでおどけて肩をすぼめる、という。
これを要するに、「サムシング」は本当に有名なビートルズ・ナンバーだけど、それがジョンやポールではなくジョージ・ハリスンの作品だというのは(一般的には)意外に浸透していないのではないかと。
ですから、「ジョージ・ハリスンのトリビュート」を広く世に問うにあたり「あの有名な「サムシング」はジョージの曲なんだよ」との大看板を担うことは、大変な責任を伴います。生半可なテイクを収めるわけにはいきません。

白井良明さんがジョージファンであることは、ジュリーの「愛は痛い」や「勇気凛々」でのリードギター・トラックを聴けば一目。そんな白井さんでも、ジュリーというヴォーカリストなくしてこの企画にジョージ最高峰の王道ナンバー「サムシング」を立てて挑み、故人に捧げることはできなかったでしょう。
ジュリーは何らトリッキーに走ることなく、背伸びもせずへりくだりもせず、誰もが知るこの楽曲をただ心を込めて歌う・・・そこに徹するのみ。
CDを通して聴けば歴然なのですが、その歌声はもう他収録曲とは別次元なんですよ。ジュリーの正攻法は、ジョージへの最高のリスペクトだと感じます。

見事看板を担ったジュリーと、「沢田さんが歌うならそれができる」と確信を持った白井さんに、ジョージファンとしても大きな拍手を贈りたいです。

③キーボードレス期ジュリー・アレンジの基本形

最後に、ジュリー版「サムシング」の音について簡単に。

ジョージが天国へと旅立った2001年は、ちょうどジュリーが新たな創作スタイルへとシフトした時期でした。翌2002年から始まるキーボードレスのハード・ロック期。そのすべてにレコーディング音源のアレンジマスターとして大きな役割を果たしたのが白井さんで、このトリビュートに収録された「サムシング」はその音作りの基本形、と見ることができます。
ベースにスティング宮本さん、ドラムスにカースケさんという当時のジュリー・アルバムでもお馴染みのリズム隊。そこに白井さんの多様に絡むギター・トラックが載って全体のアレンジが構築されます。
白井さんのギター・トラックは3つ。それぞれ明快に音色が異なる上、几帳面にPANが振られているので聴き取り易いですね。
リード・ギターのフレーズについてはオリジナル完コピ。イントロから鳴っているアルペジオのバッキング・トラックのみ白井さんの新たなアレンジ提案で、これは「サムシング」でのジョージ渾身の美しいクリシェをこれでもかと詰め込まれた進行を強調し聴き手に伝えようと編み出されたのではないでしょうか。

そして何より、ジュリーのヴォーカルがガツン!と耳にダイレクトで飛び込んでくる感覚こそが2000年代ジュリー×白井さん創作音源の真骨頂。
僕はジョージファンでありながら長らくこのトリビュート盤を耳に留めず、ジュリーの「サムシング」含め初めて聴いたのが『ジュリー祭り』後の本格ジュリー堕ちの後だった、というのも「遅れたけれど出逢いのタイミングとして最高だった」と今は思っています。
良い曲を、良い声で歌うという朴訥かつ武骨な2000年代ジュリーの基本形・・・ジュリーの「サムシング」は、ここへ来てまた増え続けている新しいジュリーファンの皆様にも是非押さえて欲しい1曲です。


さて、5月から始まる全国ツアーのタイトルは『SHOUT!』と発表されました。なんとも心躍る一発フレーズ・・・ジュリーの並々ならぬ気魄を感じます。
これは今年の新譜タイトルでもあるのでしょうか?
昨年の『OLD GUYS ROCK』は、収録各曲とは別にCDタイトルがつけられそれがツアーのタイトルにもなりました。今年も同じパターンなのかなと予想していますが、その新譜情報が3月に入ってもまだ解禁されません。

今年はツアーの振替公演が2月に入ったことで、新譜制作のスケジュールが相当タイトになっていると予想できます。普通に考えれば不可能でしょう。
しかしジュリーは毎年の「3・11リリース」には無理をしてでも拘ってゆくと思うので、ギリギリの日程でやはり今年も新譜発売はあるのではないでしょうか。
情報解禁を楽しみに待ちましょう。


風邪はだいぶ良くなってきました。気温変動の
激しい折、みなさまもどうぞご自愛ください。

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2019年2月24日 (日)

追悼 ドナルド・キーンさん

日本文化研究者として活躍されたドナルド・キーンさんが亡くなられ、広くニュースとなっています。

キーンさんがどのように日本を愛し、どのような気持ちで正式に日本移住を決断されたかを多くの人に知って頂きたく、拙ブログ過去記事をリンクさせて頂きます。


沢田研二/Uncle Donald」(2013)

心よりキーンさんのご冥福をお祈り申し上げます。

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2019年2月 4日 (月)

沢田研二70YEAR'S LIVE 『OLD GUYS ROCK』セットリスト&ツアー総括

バタバタしている間に、2月になってしまいました。

ジュリーの古稀ツアーは、さいたまスーパーアリーナの振替公演である7日(丸1日中、「6日」と誤記しておりました。一番やってはイカンことですよね・・・大変申し訳ありません。コメントにてご指摘くださりありがとうございました。当日、お天気に恵まれますように)の大宮ソニックシティーを残すのみとなりましたが、そんな中早くも次のツアーのインフォが届きましたね。相変わらずの超人的スケジュールには感嘆させられるばかりです。

ただ今回のツアー前半申し込み分については見事に首都圏の会場が平日ばかりで・・・サラリーマンの身にはなかなか厳しい(涙)。
僕はどうしてもツアー初日は行きたい派なので(これまで何度も書いている通り、会場の誰もセトリを知らない状態での緊張感に満ちたあの雰囲気が好き)、おそらくメチャクチャ仕事が忙しい時期であろう5月9日の東京国際フォーラムはそれでも無条件で申し込みます。なんとか都合をつけて駆けつけたい!
あとは7月の守山。実はこの守山はカミさんの両親が現在住んでいる街で、会場を検索したらすぐ近所でね~(ちなみに守山駅からは結構遠いですよ。電車で来場のみなさまにはタクシーの利用をお勧めします)。開催は金曜だけど有給をとって、土日と合わせ帰省がてらカミさんと参加したいと思います。

ということで今回僕が申し込んだのはこの2箇所のみ。悩ましいのはツアー後半をどうするか・・・せっかくなのでYOKO君はじめ音楽仲間を誘いたいんだけど、現時点で公になっているスケジュールだと彼等の都合的に到底無理なんですよ。
インフォの感じだとどう見ても追加公演はあり得そうですし、これから大宮とかNHKホールとかフォーラムとか、とにかく休日の首都圏会場開催が発表されると良いのですが、どうなりますか。

さて、元旦のご挨拶記事以来長らく更新が滞ってしまいましたが、その間僕は1月5日の大宮ソニック、20日の武道館とジュリーの古稀ツアーに参加いたしました。
オーラスの大宮は平日開催のため断念しましたので、僕の今ツアー参加はこれにて終了。今日はその1月2公演それぞれの感想を軸に、『OLD GUYS ROCK』ツアーの総括的なレポをupさせて頂きます。
両日とも拙ブログではお馴染みのYOKO君が一緒、加えて大宮にはS君(一昨年の松戸公演に続いて2度目のジュリー。本当はさいたまアリーナを共にするはずだったのですが仕切り直しです。振替に休日開催があって本当に良かった!)武道館にはNさん(こちらはまったく初めてのジュリーLIVEです)と、音楽仲間を誘っての参加でした。いずれも素晴らしいステージとなり、同行した彼等の感想も絶賛モード!
なにより「満員」だったというのが嬉しいじゃないですか。特に武道館3daysについては、一部メディアが事前にしょうもない記事をバラ撒いていただけに、今回の大成功に「見たか!」と言いたい気持ちですよ。

それではいつものように、セトリに沿ってレポを書いてまいります。なんとかオーラス大宮の前に更新成りましたので、当日ご参加のみなさまの行き帰り道中のお供になりますように。よろしくおつき合いくださいませ。
開演!


オープニング「
everyday Joe」(スクリーン上映)

Kitarubeki

新年1発目のジュリーLIVEとなった大宮ソニックは、10月さいたまスーパーアリーナの代替公演。さいたまアリーナに参加予定で現地にいたYOKO君、S君と僕は揃ってこの5日大宮をチケット振替することができました。平日だと「3人揃って」というのは厳しいですから有難い日程でしたね。
さいたまが終わったらS君に手渡ししようと用意していたセトリCDがはからずも彼にとっては今ツアーの予習音源と変わったわけで、S君はその間、特に気に入った「A・C・B」の収録アルバムである『耒タルベキ素敵』までひと通り聴いたらしく、このツアー・オープニング上映で流れる「everyday Joe」も予習済のナンバーとして楽しんだようです。
曰く「歌も演奏も録り直してるよね!」と。
「everyday Joe」のアレンジ・オマージュ元がジミ・ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ(紫のけむり)」であり、その「紫」にあやかって「古稀」ツアーのオープニングなのでは、という僕の話にも頷いてくれました。

「紫」以外のモチーフとして重要なのが、故・かまやつひろしさん作曲作品であるということ。ジュリーが語る「鬼籍に入った人達のぶんまで」との決意は、オープニング上映をかまやつさんの曲、エンディングBGMを堯之さんの曲とした構成に表れているでしょう。
先のデビュー50周年ツアー、今回の古稀ツアーと続いたオープニング・スクリーン上映のスタイルは果たして「特別な年のツアー」限定の趣向だったのか、それとも今後もツアー・コンセプトを投影した定番となるのか・・・気が早いようですが、インフォも来たし前半分の申込も済ませ、次のツアーが今から楽しみです。

ちなみにS君からはその後、『第六感』『CROQUEMADAME & HOTCAKES』の2枚を購入した、とのメールが来ました。本格ジュリー堕ちおめでとう!

1曲目「
カサブランカ・ダンディ

Royal

いきなりほとんどのお客さんがスタンディングとなる光景は、いつものことながら圧巻です。
大宮は1階11列目という良席を授かったので僕らもそれに倣いました。一方武道館は1階スタンド席で、それでも視界は良好だったこともあり着席での鑑賞。大きな武道館での会場の熱を俯瞰し受け止める、という見方もなかなか良いものでした。

多くのファンが「ギター1本だと遅く聴こえる」とお話している今回の「カサブランカ・ダンディ」ですけど、僕は事前予習でBPMを頭に叩き込んでいった結果、テンポ自体はほぼ変わっていないと確信できましたよ(ほんの少し遅いかもしれませんが)。
それは他セトリについても同様。冒頭のこの曲はリズムがハーフタイム・シャッフルなので、聴き手のテンポの錯覚が起こり易いのだと思います。

間奏の柴山さんはオリジナルのソロ・フレーズを完コピしているだけでなく、4小節目に「ミミ、ファ#ファ#、ソソ、ソ#ソ#」(音階はオリジナルキー表記)の低音パートまで挿し込むなど縦横無尽の大活躍。改めて、よくぞここまで練りこんだなぁと。
演者2人の凄まじい稽古量が実感できるという1点だけとっても、今回のギター1本体制は尊いです。

2曲目「
彼女はデリケート

Gsiloveyou

ジュリーの新たなる挑戦、ギター1本体制の衝撃。
ツアー終盤では多くのみなさまと同じく、スタイルそのものには僕もすっかり慣れてきたとは言え、「これをギター1本で再現するのか!」と未だに信じ難い思いで聴いている曲もあり、その筆頭格が「彼女はデリケート」。

リフから始まり豪快なダウン・ストロークでコード・バッキングへと移行。そうかと思えば神出鬼没に飛び出す単音オブリガート。加えてコーラス、駆け足も・・・。
66歳のギタリスト・柴山さんもジュリーにヒケをとらない超人。いやもう「人」を超えているからステージ上の2人とも「超獣」と言った方が良いかな。
永遠に続くかと思っていた鉄人バンド期の後に、こんな超獣コンビのステージが待っていたとは・・・。
あ、「超獣コンビ」ってみなさまご存知ですかね?プロレス古今東西、世界最強のタッグ・チームです。
ジュリーが何度かMCで語った通り、このスタイルでは歌とギターが「対等」であることが理想形なんですよ。どちらも必殺技があり、フォールがとれるというね。
2人が荒ぶり猛りながら疾走する今回の「彼女はデリケート」は、さながら最強の超獣コンビが挨拶代わりの合体技を披露したようなもの・・・こうなってくると、この曲同様に過激なBPMを擁する「愛まで待てない」或いは「世界はUp & Fall」がいつセトリ入りするか楽しみ。特に後者は僕がまだ生体感できていない曲ですから、5月からのツアーに採り上げられることを切望する次第です。

3曲目「
お前なら

Julie4

大宮、武道館両日ともこの曲の前の短いMCでジュリーから昨年のさいたまアリーナの件についてお詫びの言葉があり、お客さんが拍手で応えるシーンが。
特に大宮では「ごめんなさい」と頭を下げたジュリーの姿に感動・・・振替チケットで参加したお客さんが多かったこともあり、これまでにない「両想い」な意思疎通、ジュリーとファンの阿吽の呼吸が感じられました。

さて武道館公演が初のジュリーLIVEだったNさんは終演後、「1曲目2曲目まではちょっと声の調子を心配したけど、3曲目以降どんどん良くなっていった」と話してくれましたので、「ジュリーは毎回、後半になるに連れて声が素晴らしくなってゆく」旨伝授しておきました。大宮、武道館ともにその通りの感じでしたね。
個人的には今ツアー・セトリでは「ISONOMIA」でジュリーの喉のギアが加速する印象がありますが、確かに武道館では「お前なら」でグッと声が出てきたようす。
この曲については初日の時点で最高音が少し苦しそうだったのが、ジュリーにしか分からない発声のポイントを徐々に掴んでいったのかな。
柴山さんがここでテレキャスからテレキャスへのチェンジをしているので、2曲目「彼女はデリケート」までは半音或いは1音下げのドロップ・チューニングで歌われ、この「お前なら」から通常チューニング、つまりオリジナル・キーで歌ったと推測できますが、次曲「F.A.P.P.」と合わせ高音がキツくなるここから逆に声が出てくる、というのが凄いです。

大宮の打ち上げでは、S君がこの曲のギター・アレンジについて「ブラック・サバスの影響」を指摘。僕はサバスは詳しくないのでそこまで分かりませんが、70年代常にリアルタイムで最先端の洋楽を自らの血肉としていた堯之さんのことです。可能性は大いにアリ、でしょうか。
リリース時より今のジュリーの方がこの楽曲に合っているのでは、という話も出て、それは声に限らず詞のコンセプトとしてもそうなんだろうとも思いました。

4曲目「
F.A.P.P.

38

以前から柴山さんの演奏スタイルを「セーハの鬼」と書いてきました(ひとさし指1本で6弦すべてを押さえるコード・フォームを「フレット・セーハする」と言います)。
YOKO君も「今回柴山さんが弾くロー・コードはAとDくらい」と言っていましたが(実際にはそれに加えて「E」もあります)、「F.A.P.P」はそんな柴山さんが今セットリストの中でセーハしないロー・コードを魅せてくれる数少ない曲のひとつ。サビでイ長調への豪快な転調があり、最後の着地コードであるトニックの「A」を柴山さんはロー・コードで弾きます。
これすなわち、最高音が高い「ラ」の音にまで到達する「F.A.P.P」(「HAPPINESS LAND♪」の歌詞部冒頭が最高音)を、70歳のジュリーがオリジナル・キーで歌っている証しでもあるわけです。
他セトリではキーを下げるものも数曲あった中で、やはりこの曲はコンセプト的にもメッセージ的にも最高音は譲れない、ということなのでしょう。
しかも「限界ギリギリ」であるはずの「ラ」の音にもジュリーのヴォーカルはまったく澱みがなく・・・改めて、驚異の喉の持ち主なんですねぇ。

柴山さんのこの曲での演奏はソロとバッキングにそれぞれ独立性を持たせたパターン。打ち上げでNさんが「テレキャスって、レスポールとストラトの中間なんだよね」と言っていたように、テレキャスの万能ぶりを示す1曲でもありました。
テレキャスの名手・堯之さんへの追悼の意味合いも当然あるでしょうが、今ツアーでの柴山さんのテレキャスの多用は、ジュリーとの2人体制の第1歩として「はからずも必然」であったかもしれませんね。

5曲目「
あなただけでいい

Acollection

これは今セトリの中でも特に、参加会場を重ねるごとにジュリーの声が素晴らしく良くなっていった、と感じる1曲でした。

僕はこの曲、これまで『ジュリー祭り』東京ドーム公演ただ1度きりしか体感できていなかったので、今回のようなツアー中の「進化」の過程をリアルタイムで追ってゆくのが初めてとなる曲でもありました。
ツアー初日と比較すると最終的には少しテンポを落としてきているかな?
重厚にはなり過ぎず、良い意味での「軽さ」を保ったまま歌と演奏がどっしりしてきた、という感じです。
歌い重ねるに連れて気持ちが入っていくのは当然として、ギター1本体制への加速的な馴染みに驚かされました。さすがは70年代シングルの名曲!
ジュリーはセトリ冒頭の「カサブランカ・ダンディ」についてどこかの会場で「50周年のツアーでは敢えて外し、古稀ツアーのためにとっておいた」シングルなのだと語ったそうですが、「あなただけでいい」も同様でしょう。

柴山さんの演奏も凄いです。ストロークのリズムと随所1拍ごとのフォーム・チェンジでベースのグルーヴを、三連カッティングでピアノの連打とドラムスのハイハットを、そしてもちろんギターの単音フレーズも・・・オリジナル音源でのアレンジの噛みを見事1本のギターで再現してくれましたね。

6曲目「
風は知らない

Tigerssingle

ツアー初日武道館と和光市公演の時点では気づけませんでしたが、柴山さんのアコギはホ長調のフォーム。トニックの「E」をロー・コードで弾きます。
つまりオリジナルのヘ長調から半音下げての演奏で、なるほどアコギの「E」から連なる独特のボレロ調のリムズ・アレンジは、キーを下げることで必然編み出されたアレンジだったのだと納得。
そのリズムは初日から比べるとアタックがかなり柔らかくなりました。シンコペーション部が歌メロとぶつからないようにツアー中に進化させたのですね。
どこの会場でしたか、ステージ上でジュリーとの真剣な打ち合わせがあったそうですが、それもまた納得の完成形を今回堪能できました。

次のツアーではどんなタイガース・ナンバーが聴けるのか・・・大きな楽しみのひとつです。

7曲目「
雨だれの挽歌

Love

大宮に参加のS君は仲間内では一番のギターの名手。その彼を「素晴らしい鳴り」と感嘆させたのがこの曲での柴山さんのゴールドトップ・レスポールでした。
サムピックを使用しない指弾きにも惹かれたようで、「ギター1本体制ならではのアイデア」と(ただ、「雨だれの挽歌」という楽曲タイトルをまだ覚えていなくて、「虫の歌」と言ってましたが笑)。

柴山さんは今セトリのバラード・ナンバーについては表拍複音を指4本同時弾きで通します(ただし「ヤマトより詞をこめて」だけは通常の単音アルペジオ)。
これは親指を鍵盤楽器の左手に、ひとさし指、中指、薬指を同じく右手に模した奏法。もちろん要所にオブリガートも織り交ぜての熱演で、このアイデアは今回からスタートしたジュリーの新たなステージ・スタイルで骨子となってゆくでしょう。
近いうちに披露されるであろう(次ツアーかな?)「いくつかの場面」の歌メロ部もおそらくこの奏法が採用されると僕は予想しておきます。

それにしても、『架空のオペラ』リリース時に語られたという、ジュリー・ヴォーカルと大野さん作曲作品とのメロディーとの相性・・・ヴォーカルがダイレクトに向かってくる今スタイルで改めて実感させられました。
特にバラード系については古稀越えの今なおキーの変更など必要なし。武道館の「雨だれの挽歌」では少し歌詞が入り乱れるシーンがありながらも、高音部から低音部まで「髄までジュリー」の歌声に目を閉じて聴き入ってしまいました。

70年代後半の阿久=大野ナンバー珠玉のバラード群、後追いファンの僕にはまだまだ未体感の隠れた名曲が残されています。
YOKO君も大好物のアルバム『LOVE~愛とは不幸をおそれないこと』から、「赤と黒」とか「薔薇の門」とか歌ってくれないかなぁ。無理かなぁ?
毎年1曲ずつでよいので聴いていきたいものです。

8曲目「
ISONOMIA

Isonomia

オリジナル音源では白井さんはロー・コードを弾いてると思うけど、柴山さんはハイ・ポジション。
ジュリーのドスの効いたヴォーカルとのバランスを考えてのことでしょうか。

この曲は最初のお披露目(2017年お正月『祈り歌LOVE SONG特集』での先行セトリ入り)からどんどん良くなってきています。ジュリーのヴォーカルもそうだし、お客さんの手拍子もそう。泰輝さん、GRACE姉さん、依知川さんがリードしてくれたハンド・クラップはファンに浸透し、武道館が初ジュリーLIVEだったNさんもすぐさまついてゆくことができたようでした。
新たな「定番曲」誕生を予感させる1曲。今後また何度も体感できそうな気がします。

9曲目「
我が窮状

Rocknrollmarch_2

武道館のアンコール前のMCで印象深かったジュリーのひと言があります。
「僕らのような(仕事の)人は反体制であるべきだと思っています」と、チラリと、しかしハッキリとジュリーは言ったんですよね。古稀を迎えての改めての「ロック宣言」と捉えてよいでしょう。
いえ、僕はもう今は「ロック=反体制でなければならん」と決めてかかることはやめました。対象ロッカー(ここではジュリー)への傾倒が、何事も成していない聴き手に過ぎない自分に「ロック」の鎧を着せ、安易なアイデンティティーへと転嫁する危険性をこの数年で学んだからです。僕のような者は特に危ない。
しかし、実際に大事を成し遂げ継続しているジュリー本人のその宣言については本当に頼もしく、信頼とリスペクトの気持ちをかき立ててくれます。

「我が窮状」をはじめ、2002年あたりから顕著となるジュリー自作詞のメッセージ・ソング、さらに近年の『PRAY FOR JAPAN』の名曲群は確かに「反体制」のテーマを堂々と含みます。ただ、そのすべてが素晴らしい「歌」であることの意義。
ジュリーの反体制って、標榜などでは決してなく、ひたすら「弱者の側に立つ」スタンスなのです。
徒党を確認した上で中傷や言圧を弱者へと向ける、というのは結局それをする人の性根なのだろうと僕は思っていますが、ジュリーの創作はそんな輩とは逆。
よくジュリーは「自分は歌うことしかできない」と語ります。これは言い方を変えれば「歌うことによって何でも成しえる」力を持つ、ということではないでしょうか。
受け取る側として肝に銘じたい、と思います。

柴山さんの奏法は先に書いた「雨だれの挽歌」と同じ指弾き。この曲には「F#dim」という経過音コードが登場しますが、柴山さんは5弦を軸にしたレンジの広いフォームで抑えます。これが下山さんの「F#dim」になると1、2フレットのロー・コード(「君をのせて」参照)。
それぞれの指の長さから考えると逆になりそうなものですが、そのあたりがギタリストとしての異なる個性なのでしょうね。
ちなみに僕は下山さんと同じフォーム。柴山さんのフォームで弾こうとすると小指が攣ります・・・(涙)。

10曲目「
屋久島 MAY

Oldguysrock

和光市、大宮は新曲コーナーでステージ後方にスクリーンを降ろしてイメージ映像を流していましたが、全方位開放の武道館では天井が巨大なスクリーンに模されます(ツアー初日はそこまで気づけていませんでした)。
中でも一番のインパクトはやはりこの曲。雄大な自然の光が会場全体に降り注ぐかのようでした。

ジュリーがボレロを踊る間奏部は、柴山さんの「E」の構成音を超えるアレンジが素晴らしい!単純に「ワン・コードの曲」というだけではないんですよね。
新たなスタイルでレコーディングされた昨年の新譜『OLD GUYS ROCK』は、演奏や音色使い、作曲もさることながら、柴山さん渾身のギター1本アレンジにも注目すべきでしょう。「屋久島 MAY」はその魅力が最も伝わり易いトラックではないでしょうか。

11曲目「
ロイヤル・ピーチ

Oldguysrock_2

この歌はもちろんサビの高音も良いけど、僕はBメロでのジュリーの低音ヴォーカルに特に惹かれます。
それは今回はセトリから外れた「FRIDAYS VOICE」のAメロにも同じことが言えて、いずれも柴山さんの作曲作品なのですね。異なる曲想を持つヴァースを合体させる作曲手法は必然メロディー音域が広くなり、歌手・ジュリーの才を引き出します。
「ロイヤル・ピーチ」ではAメロのクリシェ、Bメロに一瞬挿し込まれるディミニッシュ、王道進行のサビ。それぞれにニュアンスを違えながらも統一感のある構成、そしてヴォーカル・・・真に名曲。やっぱり僕は『OLD GUYS ROCK』の中ではこの曲がイチオシだなぁ。

今年もまた新譜で柴山さん渾身の作曲作品が届けられることでしょう。5月からのツアーの前に、大きな楽しみがひとつ待っていますね。

12曲目「
核なき世界

Oldguysrock_3

ツアー中にようやく個人的な歌詞解釈がハッキリしてきた曲です。やっぱりジュリーの生歌を聴いて、「新曲」の中では最も気合迸る発声、「伝えよう」とするジュリーの意思が真っ直ぐに届くのは大きい!
どれだけ嘘で固められようとも、どれだけ逃げる(誤魔化す)ことをされても譲れない、目指すところであり護るものが「核なき世界」。僕の中では「逃げおおせても」のフレーズがツアー前までは漠然としていただけに、今回強く印象づけられた生歌でした。

ジュリーが2008年に「我が窮状」を歌った時、賛否いずれにせよ聴き手はその時点でまだまだそのテーマの現実味を感じとれていなかったかもしれません。
しかし10年が経っての現状はご存知の通り。
「核なき世界」で歌われている内容もそうです。このツアーが進んでいく間に、海の向こうでは核保有国間での中距離核兵器廃棄条約の履行すら風前の灯、という状況が既に襲ってきています。
僕らは今からジュリーのメッセージを、我が問題として自覚しなければならないでしょう。

13曲目「
グショグショ ワッショイ

Oldguysrock_4

武道館ではこの曲から「A・C・B」「マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!」と、ジュリーが広いステージを縦横無尽に動き回り、東スタンド1階の真横から観る感じだった僕らに接近してくれるシーンがありました。その度に周囲から歓声が上がります。
また、初日と比べるとジュリーのステージ後方席へのアピールも頻繁で、北スタンドのお客さんが喜ぶ様子もヒシヒシと伝わってきました。そんな会場の雰囲気含めて「今ツアーの完成形」を観た気がします。

僕は和光市から大宮までツアー参加の間隔が開いていたのですが、その間にこの曲の「さあ来いやい♪」の歌い方が変わっていたんですね。
「さあ来い」をCDヴァージョンのオクターブ上で歌い、「やい」で低音に落とすという。
ドスの効いたラストの低音はもちろん、「さあ来い」の高音があれだけ太く、ブレないというのが凄い。腕を大きく拡げての発声もカッコ良かったです。

14曲目「
A・C・B

Kitarubeki_2

S君お気に入りの1曲。
ジュリーが演奏前にリードする手拍子は「裏」でした(と言うか柴山さんが裏で合わせて噛んでくるんだけど、目立たないながらこれメチャメチャ難易度高い!)。

オリジナルはニ長調ですが柴山さんのフォームはハ長調で、1音下げのキーでの演奏。「C」「G」を3フレット、「F」を1フレット、いずれもセーハで弾きます。
ハ長調のスリー・コードをわざわざ全部セーハするのが「永遠のエレキ小僧」っぽくて良いですな~。

「2000年でも♪」の歌詞部、大宮でジュリーは「2019年でもくたばってなかった♪」と歌ってくれました。武道館は聴き逃した~(泣)。

15曲目「
マンジャーレ!カンターレ!アモーレ!

Samosutatto

大宮のS君、武道館のNさんともに、今セトリで「前からよく知っている」有名曲は「カサブランカ・ダンディ」「ヤマトより愛をこめて」の2曲のみ。
僕はそんな2人に各公演前、「マンジャーレ!アモーレ!カンターレ!という曲だけは完璧に予習してきて欲しい」と伝えていました。もちろん、ツアー途中から恒例となった「リフ部の”だだだコーラス”練習」シーンに備えてのことです。
大宮では2階席→1階席のお客さんに分けての練習となりましたが、武道館では待望(?)の「今日は会場にどのくらい男の人がいるのか確かめたい」とのジュリーのリクエストで、まず「男性のみ」の声出しとなりました。
直前にNさんに確認したら「覚えてきたよ」と。
いざ始まると、両隣の2人はアマチュアとはいえさすがに仲間内ではヴォーカルが専門職、それぞれ個性の異なる良い声で歌うんですよ~。肝心の僕自身は歌は全然ダメなんですけど。2人にお任せ状態で遠慮がちに発声していたら、YOKO君が突然「瀬戸口さん3度上3度上!」とハモリを強要(笑)。
やはり会場に男性陣は少なくて、それぞれが勇気を出して大声を出さないと届かない、という状況。YOKO君とNさんは素晴らしい仕事をしましたが僕についてはちょっと・・・。ジュリーに「(出来はともかく)勇気を貰いました」と言って貰えたのが救いです。
引き続いての女性陣による声出しは「さすが」のひと言で、ジュリーも感心しきりでした。

それにしてもいざ本番のコーラス参加、僕はいつも1音上がり転調箇所で構えてしまうんです。みなさんよく自然についていきますね~。

柴山さんのフォームを見る限りこの曲はオリジナル・キーの演奏(変イ長調→変ホ長調)。かなり高い音域ですけどジュリーは余裕です。
さらに言うとそのメロディーを上でハモる柴山さんの超高音コーラスも素晴らしい!高音って思いっきり発声しないといけないので、この曲の柴山さんのハーモニーは他曲と比べると抜きん出て目立っていました。

16曲目「
Don't be afraid to LOVE

Panorama

武道館では、演奏が終わりジュリーが「着替えてくる!」といったん退場した時に、隣のNさんが「今の曲イイねぇ!」と話しかけてきました。もちろんNさんにとって全然知らない曲・・・それでもこんなに感動してくれた、というのがとにかく嬉しい!
Nさんは仲間内ではYOKO君と並んで「ヴォーカル」のツートップで、打ち上げではジュリーのヴォーカルについて「あの声だから、ギター1本体制ができるんだよね。70歳でこのスタイルができるのは限られた本物のヴォーカリストだけ」と絶賛でした。
さいたまアリーナの件もニュースで知っていて曰く
「外野が何を言おうと、ヴォーカリストとして一流、人間として一流、それがすべてでしょう」
とキッパリ。

そうそう、僕らのいたは東スタンド1階からはステージとアリーナを纏めて視界に捉えられたのですが、この曲の照明で観るその景色は圧巻でした。
玉の光が会場一面に浮かび、床が漆黒に隠れているので、お客さんの影から一段上にいるステージの2人がまるで宇宙に浮いているように見えました。
広い武道館ならではの光景、演出だったと思います。

~アンコール~

17曲目「
ROCK'N ROLL MARCH

Rocknrollmarch

武道館では着替えて登場したジュリーがステージ中央まで進み出ると、キルト衣装をヒラリを翻して1回転。会場からは物凄い矯正が(笑)。
ジュリーはすかさず
「(スカートの中が)見えた?」
とおどけてからのMCでした。

MCの内容はこちらでは割愛しますが、毎年「ここはとにかくジュリーの漫談が長い!」と定評のある大宮が割とアッサリ目で。「珍しいなぁ」と思っていたら、翌日になって客席にメディアが潜入していたことが分かり、「ジュリー、さすがに控えたな(笑)」と納得でした。
武道館は結構長い時間お喋りしてくれたけど、僕らの行かなかった両日の方が内容は濃かったみたい。

さて「ROCK'N ROLL MARCH」。ツアー初日は慣れないギター1本のスタイルについてゆくのが精一杯で、「オリジナルと間奏の小節数が違うのでは?」と錯覚もしましたが、大宮、武道館とも実際にはCD通り。きっと最初からそうだったのでしょう。
対して後奏はツアー途中から明らかに長尺となり(と言うよりいったん曲を終わらせてから柴山さんのアドリブ・コーダが続く)、ニ長調というキーを生かした「D」コードのヴァリエーションで展開するラーガ・ロック風の柴山さんのソロが炸裂します。

柴山さんが最後の最後、「レ」の音を特殊な奏法で出していることに気づいた人はいらっしゃるかなぁ?
どういうことか説明しますと・・・おそらく柴山さんはギター1本体制でのこの曲を、キーのトニック音である「レ」で最後の太い音を締めくくりたかったのでしょう。
でも通常のギターのチューニングだと「レ」は4弦開放で弾かねばならず、音がいささか細い。そこで何と、6弦開放音(ギターで演奏可能な最低音)の「ミ」を鳴らしながらそのまま手動でペグを緩めて「レ」までドロップさせる(!)という荒技を採用、重厚なエンディング・トーンを実現させました。
ツアー大トリの大宮にご参加のみなさまには是非このシーンにも注目して頂きたいです。

と、いうことで次曲でのギター・チェンジは必然。

18曲目「
ヤマトより愛をこめて

Konndohakareina

先述の通り、今セトリのバラード群の中で唯一柴山さんがノーマルな単音アルペジオ奏法を魅せてくれるのがこの大トリのナンバー。
指弾きのアルペジオって普通はこうなんです。ただし今回のそれは難易度が恐ろしく高い!
ギター1本ですからキメのフレーズはコード・トーンから逸脱して弾かなければなりませんし、オリジナル音源では他パートが担当する箇所(おもにピアノ)もしっかり再現されています。加えてト短調というセーハ必須のキー・・・僕らは本当に凄いものを観ているのです!
凄いと言えばジュリーのヴォーカルも当然そう。武道館ではNさんが「一番最後の曲が一番声が良いとは・・・」と驚嘆していたほどです。

「ヤマトより愛をこめて」はセトリのオーラス率が高い定番曲。長いファンの先輩方は「そういえば『ジュリーマニア』のラストもこれだったなぁ」と、僕の知らない「武道館ジュリー」を思い出していたかもしれませんね。
その武道館も遂に改修されるとか。
YOKO君曰く「やっぱり音響も変わっちゃうよね。寂しいけど仕方ない」と。
古稀記念という特別なツアーということで「武道館3days」はそれにふさわしい冒険でありましたし見事満員御礼の大成功に終わりましたが、ジュリーの中では今回のスケジュール、「改修前の武道館への感謝」の意味もきっとあったんじゃないかな。
MCでも「初めて武道館に来たのは(自身の)デビュー前に観たビートルズ公演。南西スタンドにいた」という思い出話も飛び出したくらいですからね。

☆    ☆    ☆

エンディングBGM、堯之さんの「JUST A MAN」もゆっくり聴けて、大満足の両日でした。
大宮の満員御礼はもちろん、全方位ビッシリのお客さんでいっぱいの武道館の光景を観ただけで開演前から既に大きな感動がありましたが、いざステージが始まるとこれまで体感したことがないくらいの会場の熱量。これにはYOKO君もNさんも驚いていました。
「休日とはいえ武道館3daysの中日にこの入りは凄い。それ以上に客席の熱が凄まじかった」と。
後で聞けば武道館3daysは全日そんな熱さが続いたとか。そんな大成功が悔しかったのか何なのか、武道館終了後も一部メディアは招待席がどうたらこうたらと、悪意盛り盛りのイチャモンをつけていたようです。
僕らとしては「そういう貴方は実際あのステージ観たのかい?」と言いたくなります。

そりゃあ招待券の配布は確かにあったでしょう。大会場のイベントなら当たり前のことです。
でも核心はそこじゃない。
僕が日頃からジュリー道の師と慕う先輩がいつも個人的にレポを送ってくださるのですが、その中で先輩はこう仰いました。「招待席で観た感想は、その招待席で実際武道館に行かれた人のものです」と。
外野が想像だけでどうのこうのという話じゃないわけで、実際に観た人ならステージと会場の真実の雰囲気が分かる・・・個人の好みを超えて、どれほどジュリーとお客さん双方が熱かったか、というのがね。
意地の悪い記事を目にして憤懣を抱えていたのが、先輩のレポを拝見しスッと溶けてゆくようでした。
あ、この先輩のレポについては、僕と同様に個人的に受け取ったsaba様が感激のあまり「記事にしたい」と要望と言うか懇願を重ねられた(笑)結果、めでたく世界中に発表の運びとなりましたのでsaba様宅でご覧になった方も多いかな?

ジュリーと柴山さんは見事に山を登り切りました。
明後日大宮の振替公演もまだ残されていますが、「これが本来の千秋楽」の気持ちは武道館最終日に参加されたみなさまも、そしてジュリー自身も持っていたことでしょう・・・大成功めでたや!

そして、ジュリーは既に先を駆けています。
これから(きっと)新譜のレコーディングがあり、CD発売があり、初夏にはもう次のツアーが始まります。ボ~ッとしてはいられませんね。
僕は今年からこの先数年にかけて、仕事が本当に大変な時期となりそうです。自分の年齢のことも併せて「勝負」がかかるその初年。年明け早々に、70歳と66歳のOLD GUYSに大いに勇気を注入されました。
僕も素敵な「ヤンチャ」の精神で何事にも取り組みたいものです。「頑張ろう」と思いました。

最後に。
両会場でお声がけくださったみなさま、有難うございました。また次のツアーでお会いしましょう!

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