2017年6月25日 (日)

沢田研二 「愛の神話・祝祭という名のお前」

from『act#4 SALVADOR DALI』、1992

Salvador1

1. スペイン・愛の記憶
2. 愛の神話・祝祭という名のお前
3. ガラの私
4. VERDE ~みどり~
5. 眠りよ
6. 愛はもう
7. 黒い天使
8. 恋のアランフェス
9. 白のタンゴ
10. 誕生にあたっての別れの歌

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6月25日です。

ジュリー69歳のお誕生日です。おめでとうございます!


Pic010

↑ 近年恒例、「ありがとう」と言ってそうな若き日のジュリーのショットを今年も貼っております。これは・・・50年前くらいですか?

ジュリーファンにとっては、年に一度の祝祭日ですな~。全国各地でお祝いムードに包まれ「おめでとう」の声が飛び交う宴が催されていることでしょう。
僕は今日はこれから、男性タイガースファンの先輩であるYOUさんのLIVEに出かけます。ジュリーの歌を演奏してくれるわけではないみたいだけど、何と言ってもこの日付ですから、YOUさんお馴染みの長~いMCの内容には期待しています。
出かける前にこのブログでも、ジュリー誕生月に開催中の”act月間2017”の締めくくりお題としまして、今日はとてもおめでたい祝祭の名曲を採り上げ、ジュリー69歳のお誕生日に捧げたいと思います。

現時点で『actCD大全集』全discの中で個人的に最も好きな作品『SALVADOR DALI』から、「愛の神話・祝祭という名のお前」です。僭越ながら伝授!


Salvador2


僕がactナンバーで特に惹かれている曲は、まず『EDIT PIAF』収録のジュリー作詞・作曲作品である「エディットへ」。カバー曲だと『BORIS VIAN』収録の「俺はスノッブ」、或いは『SHAKESPERE』収録の「私は言葉だ」。
そして・・・actと言えばこの黄金コンビ、加藤直さん作詞、cobaさん作曲のオリジナル・ナンバーとなりますと、「とても1曲に決められない!」というくらい拮抗して惚れ込んでいる名曲が5曲。『BORIS VIAN』の「墓に唾をかけろ」、『NINO ROTA』の「SARA」、『BUSTER KEATON』の「another 1」、『ELVIS PRESLEY』の「無限のタブロー」、さらには今日のお題曲『SALVADOR DALI』の「愛の神話・祝祭という名のお前」です。

ちょっと前に放映された阿久悠さんの特集番組で、どなただったか忘れてしまいましたが、阿久悠さんの作詞を「狂気の伝達である」と語っていた方がいらっしゃいました。「狂気」と言うと少し怖い表現ですが、要はまず阿久悠さんがブッ飛んだ詞を書く、それを読んだ作曲家が「スパーク」してメロディーを作る、それがまた歌い手にも「スパーク」して伝達してゆく、ということ。
詞曲いずれが先にせよ、加藤さんとcobaさんのactナンバーには、かつての阿久=大野コンビが魅せてくれた「スパーク」の伝達と同じパワーを僕は感じます。
特にこの「愛の神話・祝祭という名のお前」。突き抜け、振り切った歌詞。短調の明快なメロディーでグイグイと容赦なく攻めてくる曲想。これはあの「勝手にしやがれ」とも共通しています。

単純にうわべだけの「スパーク」で詞曲によりかかってしまうレベルの歌手では、逆に作詞者・作曲者の「スパーク」は聴き手に伝わらないと思うのですよ。
「勝手にしやがれ」もそうですけど、ジュリーはそんなスパークの高熱を程好い温度までに冷ましてから自分に引き込む俯瞰力があり、耳あたり良く伝える驚異の才能の持ち主。「どんなことを歌っている」とか、「曲の進行はこういう理屈になっている」とか以前に、得体も知れず伝わってくるその歌声は驚くほどポップで大衆性があって、ハチャメチャにスパークしている楽曲の根本がとても分かりやすい形で耳に、心に入り込んできます。

「愛の神話・祝祭という名のお前」は、言うなれば「お前は俺のすべて」という歌ですよね。

私の子供  私の 母親
   Cm  Fm7     B♭7  E♭maj7

私の   恋人 私の女神 私のガラ ♪
   A♭maj7  Fm7 Dm7-5    G7   Cm

この情熱・狂乱のサビを歌手が押しつけがましく詞曲のスパーク温度をさらに上げて、沸騰して歌ったらかえって興ざめしそう。その点、ジュリーの歌、発声の温度は絶妙です。それがジュリー流、天性の「スパーク」。
語尾を子音と母音の2段階に分ける、色っぽくメロディーに絡んいるようでもあり突き放しているようでもあるジュリー独特の鼻濁音の発声を聴いていると、これはもうジュリー以外の人には歌えないだろう、ここまで伝えられないだろうと聴き手の方が興奮してスパークしてしまうという(笑)。
「これが天下の沢田研二じゃ、皆頭が高い!」と全世界に勝手に叫びたくなる名曲・・・ということで僕の中では「愛の神話・祝祭という名のお前」は、「勝手にしやがれ」と同格です。

ただ、考察記事を書こうというからにはここでちょっと興奮を抑えまして、なけなしの俯瞰力を総動員して程好い温度のスパーク伝授をしなければなりません。
ここからは楽曲の魅力を冷静に探っていきましょう。

祝祭という名のガラ
   A♭                Cm

まといつく緑の故郷 ♪
     A♭             Cm

実は、この曲を知るまで僕は「gala」という英単語を知らなかった(或いは忘れてしまっていた)のです。
改めて辞書を引いてみますと


Gala

ダリの奥さんであるガラについては昨年「眠りよ」の記事中で書きましたのでここでは割愛しますが、「ガラ=祝祭」の発想から加藤さんがビシッとキメたタイトルが「愛の神話・祝祭という名のお前」。
ジュリーという歌手が歌えばこのタイトルが「大上段」にはならないんですよね。歌の主人公(ダリ)の誇り高き断言であり、真理となるのです。

にしてもこの加藤さんの名篇、よくぞここまでメロディーにもお芝居の題材にも「嵌った」ものです。
舞台はスペイン、スペインと言えばフラメンコ。フラメンコは「情熱の音楽」であるとよく言われていて、メインの楽器であるギター演奏にしてもそうなのですが、その「情熱」を表現するためには逆に演じ手が「クール」であることが肝要だとされます。
淫らな官能、狂おしい求愛をして「愛の神話・祝祭という名のお前」という加藤さんの詞はとてつもなくクールであり、ジュリーの歌も同様です。
この曲に表れているのは、加藤さん、cobaさん、ジュリーによる「クールにスパークする狂気の伝達」ではないでしょうか。cobaさんのメロディーも、こんなに情熱的な曲なのに俯瞰力が物凄い。

はじめにカダケス 永遠の私の海
            Fm7        G7       Cm

それから熱烈 旅に誘う私の舟 ♪
            Fm7   G7         Cm

キーはハ短調。
メロディー、コード進行は短調ポップスの王道です。大げさな部分、トリッキーな部分は無いんですよ。サビはモロに「枯葉」進行だったりします。
ただし、「ここはまぁこんな感じでいいや」という妥協や迎合は一切ありません。
王道にしてオリジナル、一分の隙もなく練りこまれた各ヴァースの繋ぎ目と展開。そのプロフェッショナルな俯瞰力が「情熱の音楽」へと昇華されます。

「クールなスパーク」とは決して「おとなしい」ということではありません。詞も曲も、ジュリーの歌そして演奏もすごくテンション高いですよね。
それはcobaさんのアコーディオンからギターへとリレーする間奏を聴けば誰しも感じられる
でしょう。

『SALVADOR DALI』全編の演奏でcobaさんのアコーディオンと並び特筆すべきは、2本のギターのアンサンブル。スペインが舞台ということで採り入れられているフラメンコ・ギターです。
収録曲中多くの曲で登場する、じゃかじゃかとかき鳴らすように弾く奏法は、普通のアコギとは違い「ストローク」ではなく「ラスゲアード」なる呼称があります。これ、右手の爪で弾くらしいんですよ(僕には無理。指弾きはできるんですが、爪はなんだか怖くて・・・)。
ロック奏法においても僕の好きなギタリストの1人であるウィルコ・ジョンソンのように「爪弾き」の名手はいるんですけど、やっぱりフラメンコのラスゲアードというのは独特。「愛の神話・祝祭という名のお前」では、お馴染みトレモロ奏法と共にフラメンコ特有のラスゲアードを堪能することができます。
そこに噛みこむアコーディオン、バリージョ・・・「眠りよ」の記事でも書いたのですが、新規ファンの僕が遡って聴くと、『SALVADOR DALI』の演奏の魅力は「よくぞベースレスでここまで」という、言わば鉄人バンドのフラメンコ版という感じのcobaさんの素晴らしいアレンジあらばこそ。パターン的に特化した、ある意味「偏って」いるのにこれほどジュリーの歌とマッチするとは・・・ジュリー、cobaさん双方畏るべし!なのです。

そうそう、フラメンコって演奏の最中に時々シャウトと言うか、「かけ声」が入るじゃないですか。
「愛の神話・祝祭という名のお前」の間奏でも、よ~く聴くと「や~!」みたいなオフマイクの声が入っていて、僕はそういう「忘我の発声」みたいなニュアンスがメチャクチャ好きです。
CD1曲目「スペイン・愛の記憶」ではそんな声がハッキリ聴こえて、僕は当初それらを「間奏を盛り立てるジュリーの声」だと思ったのですが(いや、曲によっては実際そうかもしれませんが)、「VERDE ~みどり~」で伴奏がタップのみになりジュリーが歌う箇所でもかけ声が聴こえてきますから、「あぁ、これはバンドが”情熱のフラメンコ”を体現しているんだな」と気がついた次第。

ま~しかし、この曲は何と言ってもジュリーのヴォーカルなのですな~。
今回改めて『SALVADOR DALI』のCDを通して聴いて、やっぱり僕はactCD大全集のディスクの中ではこの作品が一番好きかなぁ、と思いました。
act全編に言えることなんでしょうけど、ジュリーの凄さは先程から書いている「俯瞰力」に加えてその驚嘆すべき「吸収力」「進歩力」に尽きると思います。新たな歌、新たなジャンルに挑むたびに、その楽曲の進行であったりアレンジであったり、とにかく「優れて特化している面」を軽々と吸収、会得してさらにまた次の新しい段階へと進んでゆく、年齢など関係ない成長。現在2017年も未だに続いているジュリーの特性・・・『SALVADOR DALI』はそんなジュリーの素晴らしい特性が実感し易い作品ではないかと思うのです。
フラメンコという良い意味で偏ったジャンルのアレンジ、独特のメロディー、官能の表現、ベースレスのアレンジ・・・ジュリーはそのすべてに悠々と対応し、歌手としてどんどん高みに昇っていきます。

ちょっと話が逸れるようですが・・・将棋界の新たなスーパースター・藤井聡太四段の大活躍については一般のニュースでも大きく採り上げられていますからみなさまもご存知でしょう。
彼に敗戦したあるベテラン棋士がこんなことを言っています。「今の藤井四段は、漫画のヒーローを見ているようだ」と。
どういうことかと言うと、史上最年少記録でプロ棋士に昇段した藤井四段は、直前の三段リーグ戦(将棋界では三段までが修行中の「奨励会員」で、四段以上がプロ棋士)を13勝5敗の成績で通過し四段に昇段しています。これは過酷な三段リーグにあって当然素晴らしい成績ではありますけど、その当時彼はまだプロではない奨励会員(三段)を相手に5敗している、ということでもあるわけですね。
それが一転、プロデビュー後の圧倒的な連勝劇(明日、歴代新記録の29連勝に挑戦します。ここまで来たら偉大な記録更新を見てみたいですが、相手の増田四段もかなりの強敵です)。
先述の棋士に言わせると、若き(というかまだ中学生なんですけど)藤井四段はプロデビュー後、対局相手の強い部分、優れている部分を易々と吸収し、次の対局までに信じられないほど強さを増していて、そんな状況が対局ごとにず~~っと続いている、と。
将棋の棋戦というのは勝ち続ければ続けるほど相手が強くなっていくわけですから、これを少年ジャンプの漫画で例えるならば、黄瀬涼太のパーフェクト・コピーが時間無制限で持続し、しかもコピー元の本家を凌ぐ強さを身につけ続けているということ(『黒子のバスケ』を知らない方々にはまったく分からない例えで申し訳ありません)。その棋士の言葉に説得力があるのは、連勝中の藤井四段と別棋戦で2度対戦して敗れている棋士だからです。1度目の対戦と2度目の対戦で、藤井四段の短期間での進化、成長を身をもって体感したのですね。

ジュリーの歌人生(これまでの道のり)って、正にそんな感じだと思うのですよ。
その中でもactシリーズ、特に『SALVADOR DALI』でのジャンプ・アップは驚異的。
「愛の神話・祝祭という名のお前」については、前後の年によく似た曲調、”短調のメロディーでバシバシ攻める”情熱系の名曲をジュリーは歌っています。91年の「涙が満月を曇らせる」、93年の「そのキスが欲しい」。いずれも大変な名曲ですが、ジュリーの歌の表現、柔軟性は、この3曲で年々グ~ッと右肩上がりでしょ?
ジュリーはデビューから50年、休まずそんな進化を続けているんだろうなぁと思える、その分かり易い楽曲例として「愛の神話・祝祭という名のお前」は本当に貴重なテイクだと僕は考えます。

個人的にこの曲のジュリーのヴォーカルで一番痺れるのは、サビのダメ押し部。嬰ハ短調への半音上がりの転調間際の声の伸ばし方です。
これもかつて歌った「スマイル・フォー・ミー」であったり「君をのせて」であったり「あなたへの愛」であったり・・・ずっと以前から「サビのダメ押し転調」曲を歌い吸収し続けてきたジュリーが、『SALVADOR DALI』の世界観を受けて応用し進化を遂げてこういうヴォーカルになっているわけで。
信じられないほどに素晴らしい、としか言えません。

今日で69歳となったジュリー。来年の古希イヤー、さらにその後・・・僕らはまだまだジュリーの底知れぬ進化を楽しむことができそうですね。
「男子3日会わざれば刮目して見よ」と言いますけど、まずは7月からの全国ツアー。チケット到着を心待ちにしながら、刮目して初日・NHKホールに参加したい、と意気込んでいる今日この頃です。
チケット到着が待ち遠しい!


それでは次回更新は・・・。
少し間隔が開きますが、いよいよジュリーのデビュー50周年記念全国ツアーが開幕する7月ということで、セットリスト予想シリーズに突入します。じっくりと3曲に絞って書こうと思っていて、お題も決めています。

拙ブログのセトリ予想と言えば、本人は当てる気満々で書いているのに蓋を開けたらてんで見当外れ、という”恒例・全然当たらないセットリスト予想”を毎回掲げています。ただし今回はちょっと路線が違うんです。
なにせ、ジュリー本人が「シングルばかり50曲歌う」と宣言しているのです。まだ記事未執筆のジュリー・シングルも数少なくなってきていますが、今回例えばその中から「愛の逃亡者」「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」「背中まで45分」「アリフ・ライラ・ウィ・ライラ」「STEPPIN' STONES」「愛まで待てない」・・・これらのうち3曲選べば、全お題的中が濃厚なんですよ。
でもね。

そんなの、僕のブログらしくないじゃないですか!

ここはひとつ、「う~ん、その曲は50曲の中に入ってくるかどうか・・・」というギリギリのラインにいるシングルを厳選して3曲書いてみようかと。
もちろん僕的に「可能性はある」と考える曲であり、「是非生で聴いてみたい」という曲達です。
ですから、個人的には「これはまぁやらんだろう」と考えている「MEMORIES」とか「Stranger -Only Tonight」などは逆に書きません(もちろん、その2曲も万一セトリ入りしたらサプライズで嬉しいですよ!)。
あくまで、お読みくださるみなさまも一緒に「う~ん、ジュリーが選ぶ50曲の中に入るかって言うと、さてどうかなぁ?」と悩みつつ期待も持たせられる、といった感じの3曲で勝負を賭けます。題して

全力で外しにいったのに当たっちゃった!パターンを期待するセットリスト予想”シリーズ(←長いよ)。

渾身の厳選シングル3曲、どうぞお楽しみに!

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2017年6月21日 (水)

沢田研二 「王様の牢屋」

from『act#2 BORIS VIAN』、1990

Boris1

1. 俺はスノッブ
2. 気狂いワルツ
3. 原子爆弾のジャヴァ
4. 王様の牢屋
5. MONA-LISA
6. きめてやる今夜
7. カルメン・ストォリー
8. 夜のタンゴ
9. 墓に唾をかけろ
10. 鉄の花
11. 脱走兵
12. 進歩エレジー
13. バラ色の人生

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『大悪名』終わってしまいましたね・・・。
僕はラス前の17日に観劇し、千秋楽の18日は遠征の先輩方にお誘い頂き打ち上げだけ参加しまして、お話を伺うことができました。
最前列で観劇されていたMママ様からは、記念のお宝も頂いてしまいました。


20170618

とにかく素晴らしいフィナーレだったようです。

僕が参加した17日も大盛況でした。ジュリーのマルガリータはみなさまのお話通りとても似合っていました。本当に「カッコイイ親分」に見えますよね。
歌はもちろん素晴らしかった中で特に印象に残ったのは、曲のタイトルが分からないんですけど(恥)、一番最初にジュリーがソロで歌うワルツのバラード(柴山さんのアルペジオ伴奏)。詞もメロディーも沁みました。
当然お芝居も素晴らしく、下戸の朝吉親分(漠然さん)がお酒を飲んで「うげ~」となるシーンでは、お客さんの反応から「あぁ、このシーンは公演を重ねてどんどんユーモラスに変化しているんだな」と分かりました。

あとは前半のクライマックス、噂に聞いていた漠然さんが数珠を引きちぎるシーン。
もっと乱暴なシーンを想像していたんですけど、横に伸ばした数珠をスッと引っ張りちぎるのか~。なるほど、その方が「力持ちの親分」な感じが伝わるんですね。

僕はジュリーの音楽劇はこれまで『雨だれの挽歌』と昨年の『悪名』しか観ていませんから、ストーリーや挿入歌の繋がりが理解できていない部分も多いとは思います。それでも「これが最後」の音楽劇集大成の雰囲気はビシビシ伝わってきました。

他の出演者では、僕は『ちりとてちん』(2007-2008年のNHK朝ドラ。主演は貫地谷しほりさん)の大ファンですから(完全版のDVD持ってます)、徒然亭小草若役の茂山宗彦さんの演技を楽しみにしていました。
茂山さんの演技はもちろん期待通りに懐かしくとても良かったことに加え(そ~こ~ぬ~け~に最高でしたがな~)、改めて感嘆したのはこちらも『ちりとてちん』に出演されていた松永玲子さんの存在感でした。台詞がダイレクトに脳に飛び込んでくる感じで。
『ちりとてちん』で松永さんは主人公の故郷である小浜(福井県)の『魚屋食堂』の女将(と言うか「噂話好きのおばちゃん」)を演じていらっしゃいました。劇中、一人娘の順ちゃんの結婚が決まる回は松永さんが登場するシーンの中でも屈指の泣かせどころでしたが、「楽天的」なキャラが嵌った上での松永さんの「悲しみ」「戸惑い」の表現が素晴らしく、その個性はこの『大悪名』でも大いに、半端なく発揮されていました。
(『ちりとてちん』を観ていなかったみなさまには、よく分からない話ですみません・・・)

演奏陣ではやっぱりcobaさんですね~。
1本柱が通ると言うのか、演奏だけでなくその佇まいも含めて「バンマス」感、「音楽監督」感バリバリのプロフェッショナルです。生で体感できて感激です。

先日YOKO君にメールで『大悪名』観劇の報告をしてcobaさんのことを書いたら、彼は「ビョークの『ホモジェニック』はよく聴いてる」とのこと。
『ホモジェニック』はビョーク1997年リリースのアルバムで、ワールドツアーのメンバーだったcobaさんも当然レコーディング・メンバーとして参加しています。
僕は17日の観劇前にランチをご一緒した先輩から、cobaさんとジュリーの関わり(actを音楽監督のみに専念し伴奏陣からは外れた経緯など。この時のジュリーの「男気」はジュリーファンの間ではとても有名な逸話のようですね)を改めてレクチャーして頂けたのですが、ビョークの活動とリンクしてみると、なるほど当時cobaさんはactの曲作りと並行して世界で大活躍されていたわけです。
そんな歴史があって、ジュリー最後の音楽劇に駆けつけ渾身の演奏で花を添えてくださったcobaさん・・・そう考えると、ずっとジュリーを観続けてこられた先輩方の思いが今回の東京芸術劇場(もちろん他会場も)のあの熱気を作っていたのかもしれません。
劇の最初の演奏シーン、cobaさんのソロでジュリーはじめ出演者がcobaさんを取り囲むようにして踊っていた時のお客さんの拍手とかね・・・今思い出してようやく「あぁ、特別な公演だったんだなぁ」と。

昨年魅せられた柴山さんのギターと熊谷さんのドラムスも、cobaさんが入ることで昨年とはまた違い完全に「バンド」のアレンジで挑んできましたね。
ブルース調、或いはロックな曲ではチェロがベースを弾く(指で弾いていた曲もありましたね)というのもこの編成ならでは、でしょう。各パートに見せ場があり、本当に贅沢なバンド・サウンドでした。

カーテンコールでの役者陣、演奏陣、そのステージと満員のお客さんの一体感。2階席ならではのそんな光景を目に焼き付けて帰宅しました。
今回はDVDの発売予定が無いことを先日聞きまして驚いています。ジュリー最後の音楽劇『大悪名』を、1度の参加でしたが生で観ることができ、幸運でした。


さて、1週間ほど間が開きましたが今日は”act月間2017”第4回の更新です。
相変わらず「伝授!」などと言いながら実は記事を書き終えた後にみなさまから逆伝授を賜る、というスタイルの考察が続きます。『大悪名』千秋楽の日の打ち上げでも、ご一緒した先輩方から改めて「美しき天然」について教えて頂きましたし、今回もきっと更新後に勉強することがたくさんあるでしょう。

今日のお題は前々から、『大悪名』でのcobaさんの生演奏を聴いた上で閃いた曲を、と考えていました。
観劇を終えて色々と考えたんですけど、やっぱり「ワルツ」の曲が良いんじゃないかなぁ、と。
2階2列目(A席)だった僕の席からは5人の演奏陣がよく見えましたが、双眼鏡は持参しなかったのでcobaさん達の細かい表情までは分かりませんでした。
でも、なんとなく「あっ、cobaさん目を閉じて弾いてる!」と感じたのは、劇中で3曲(だったと思います)披露されたワルツ・ナンバーだったんです。
そこで今日は、いかにもcobaさんが目を閉じて弾いていらっしゃる光景が目に浮かんできそうなactのワルツ・ナンバーをお題に採り上げることにします。
『BORIS VIAN』から「王様の牢屋」、僭越ながら伝授!


Boris3


先輩とのご縁を頂いて念願の『actCD大全集』購入が叶った時、僕がまず最初に聴いたのがこのdisc-2『BORIS VIAN』でした。
理由は、収録曲にクレジットされていた「きめてやる今夜」「脱走兵」がお目当てだったから。その2曲はいずれも期待通りに素晴らしかったのですが(と言うか「きめてやる今夜」の方はリズム解釈にビックリした)、初めてCDを通して聴いて特に衝撃を受けた曲は「墓に唾をかけろ」「鉄の花」そしてこの「王様の牢屋」。僕がまず『BORIS VIAN』の中で大好きになったのはこの3曲でした(今は「俺はスノッブ」が一番好きになっています)。
『BORIS VIAN』が最初、というのはactのCDを聴く順番としてはとても良かったように思います。
「オリジナル・アルバムのジュリーとは違う!」強烈な感覚が分かり易い作品と言えるのではないでしょうか。

さて、「王様の牢屋」。みなさまご存知のように、actの「王様の牢屋」は2つありますね。
エディット・ピアフの歌ですから当然『EDIT PIAF』でも採り上げられています。素晴らしい名演ですが、そちらのヴァージョンはですね・・・僕のレベルでは到底採譜不可能!というくらい凝ったアレンジでございまして(この曲以外も、『EDIT PIAF』は難解なアレンジの曲が多いです)、すぐには考察に手をつけられません。
対して『BORIS VIAN』の「王様の牢屋」の方はポップ性が高いと言いますか、おそらくcobaさんの和音解釈は原曲に近い感じなのかな。
何とか自力の採譜も成りましたので今日はこちらを採り上げようという次第です。

映像を観ていない上、僕はボリス・ヴィアンの人物像もほとんど知らないに等しいので、何故エディット・ピアフのこの曲が『BORIS VIAN』で歌われたのかすら分かっていないんですけど、ちょっとネットで調べましたら、ボリス・ヴァイアンがエディット・ピアフの歌声を
「電話帳を読んだだけでも人を泣かすことができる」
と語った有名な逸話があるそうですね。
獄中にある想い人のこと女性の一人称で歌う「王様の牢屋」。それを男性のジュリーが切なく歌う・・・actならではの名演、名曲ですよね。

先程「自力で採譜した」と書いたように、この曲のスコアはまだ見つけることができていません(たぶんこの世に存在はしていると思うのですが・・・。エディット・ピアフの歌でact関連曲については、既に記事を書き終えている「群衆」の他、「愛の讃歌」「バラ色の日々」「水に流して」「私の神様」などのスコアは見つかっています)。
ただ、この曲に少し触れている文章は見つけました。


Img51835

↑ ピアノ伴奏譜『シャンソン名曲アルバム②』から解説ページ、「待合室」の項より

シャンソンのスタンダード・ナンバーって、どれも詞が良いんですよね。
また、「王様の牢屋」も日本語のカバーが幾多存在していて、その中には牢屋に閉じ込められているのが女性、という斬新な視点で歌われる日本語詞もあるのだそうです(これは、先輩ジュリー・ブロガーでいらっしゃるRスズキ様の過去記事で勉強しました。ありがとうございます!)。獄中の女性が彼氏に「ここにきて!」と訴える内容なのだとか・・・ひえ~。

actの「王様の牢屋」は、原詞のシチュエーションを踏襲しているようです。

お城の奥深くにある 王様の牢屋に
    Em Bm7   Em  D      C    B7   Em

閉じ込められた私のあの人
     G              Em  Bm   Em

Oh  Oh Oh Oh! ♪
Am  D7       G

前回「丘の上の馬鹿」の記事で「歌へと集約する詞曲一致」ということを書きましたが、いやぁ「王様の牢屋」もその点素晴らしい!

actでのキーはホ短調(原曲のオリジナル・キーはまだ調べきれていません)。しかし「」からは平行移調させる長調のニュアンスも含みます(着地のコードがGで、続く「二度と・・・♪」のヴァースからは明快にト長調)。にも関わらずここは出だし以上に悲しいんです。
詞が悲しいから、だけではありません。例えト長調のヴァースでも、メロディーそれ自体確かに悲しい感じがする・・・驚くべきことです。
この「長調の哀愁」を加藤直さんが見事に日本語で表現しきった日本語詞。それを「悲しい歌」「切ない歌」を歌わせたら天下一品のジュリーが歌うわけですから、物語の説得力が凄まじい!
しかもジュリーはこの曲では完全に「演じて」いますよね。それは前回採り上げた「丘の上の馬鹿」とはまた異なるジュリー・ヴォーカルの醍醐味です。

僕が最も愛するジュリー・アルバム『JULIEⅡ』制作時に池田道彦さんから「おまえは、”歌で演ずる”ということをやった方がいい」と言われ、その言葉がACTにも繋がっている、と『ジュリー三昧』で語られている、その「歌で演ずる」様子がCDだけでヒシヒシと伝わってくる作品が『BORIS VIAN』です。
僕がactを聴き始めて最初期に感じとっていたジュリーの魅力は「キュート」で、昨年の『悪名』を観劇することで追体験したような気分になったものでしたが、僕がそんなジュリーの魅力に気づけたのは、『BORIS VIAN』初聴時に受けた印象が大きいと思います。
『BORIS VIAN』には、語りかけるような、台詞を言っているような歌が多く、僕はそんなふうに歌うジュリーをまずは「キュート」だと感じたわけですね。
もちろん今日のお題「王様の牢屋」でも、そんなヴォーカル部が登場します。

罪ならあります 私も盗みました
C                           G

はい 王様 あの人の心を ♪
        Am           B7      Esus4  Em

この「はい」がね・・・初めて聴いた時はドキリとしました。これは、リアルタイムでジュリーの生歌を聴いた先輩方もそうだったんじゃないですか?

そして、「いかにも目を閉じて弾いていそうな」cobaさんのアコーディオン。
『大悪名』で生演奏を聴いて改めて感じたのですが、アコーディオンって不思議な楽器ですよね。他のパートとは流れている時間(リズム)が違っているような。
例えば「王様の牢屋」では

二度と出られないというのは本当ですか ♪
       C                  G         C           G

この、ジュリーの切ない「本当ですか♪」を追いかける「レミレミレミ・・・♪」の音色が、とてもゆっくり、ゆったりと 聴こえます。でも決して全体のテンポが変わっているわけではなくて、cobaさんのアコーディオンだけ別の時間が流れているように感じられるのです。
まるで主人公の女性の心情がそのまま伴奏に乗り移っているようで、これはアコーディオンという楽器でなければ出せないニュアンスなのでしょうね。

僕はactの映像を観ていないので状況はよく分からないのですが、この曲ではいったん「演奏終わったかな」というお客さんのフライングがあって、そこからドドドド~ともうひと盛り上がりあるじゃないですか。
今聴いていると、そのエンディングと同時進行で何やら舞台が動いているような感覚を受けます。
『大悪名』で曲のエンディングの間にセットが変わるシーンが何度かあり、僕はたぶんそれを「王様の牢屋」の荘厳なエンディングに重ねて聴いているのです。
ですからそれは「今まで(『大悪名』観劇以前)は感じていなかった」聴こえ方になっているということ。

このように、物語や曲調は全然違うのに、今の僕にとって「王様の牢屋」は何故かジュリー最後の音楽劇『大悪名』の様々なシーンを思い出しながら聴いてしまうactワルツ・ナンバーとなっています。
『BORIS VIAN』はactの中でも特にワルツ率の高い作品で、CDでは「気狂いワルツ」→「原子爆弾のジャヴァ」→「王様の牢屋」とワルツの曲が続いています。
ワルツって不思議な既視感があって、「何かを思い出す」脳の働きを刺激するリズムなのかなぁと思います。ジュリーが少年時代から心に残る歌として「美しき天然」を挙げているのも、ワルツのリズムに導かれる郷愁なのではないでしょうか。

僕はたまたま今回「王様の牢屋」を聴いて、観劇したばかりの『大悪名』を思い出しているわけですが、先輩方はこの曲を聴くとどんなことを思い出すのでしょう。
やっぱり生で観劇された『BORIS VIAN』でのワンシーン?それとも同年のツアー『単純な永遠』のこと?
いずれにしましても、新規ファンの僕としてはただただ羨ましいばかりです・・・。


それでは次回更新は・・・昨年と同じく、今年の”act月間”締めくくりのお題をジュリーのお誕生日に捧げたいと考えています。
今月から来月頭にかけてはちょっと予定が立て込んでいて(男性タイガース・ファンの先輩であるYOUさんのLIVEに行ったりします)、じっくり下書きする時間も無いのですが、なんとか6月25日の更新を目指し、「これぞジュリー!」という大好きなactオリジナル・ナンバー(加藤さん作詞、cobaさん作曲)を採り上げます。もちろんcobaさんのアコーディオンも大活躍する名曲ですよ~。

それが終わったら次は7月。
デビュー50周年の全国ツアーに向けて、”全然当たらないセットリスト予想”ならぬ”全力で外しにいくセットリスト予想”シリーズに突入の予定です。
今回ばかりは「外す方が難しい」ですからねぇ。でもそれは逆に、「全力で外しにいったのに当たっちゃった!」みたいな結果を実は期待しているわけで、当然ながら「是非聴きたい」曲ばかりを書くということなのです。

最後の音楽劇が大成功で閉幕し、今ジュリーファンは次なる大きな楽しみ・・・全国ツアーのチケット到着・第1弾を心待ちにしているところですよね。
例年のように、まずは8月までの公演のチケットが届けられるのでしょうか。到着は今月末か、来月頭か、もうちょっとギリギリになるのか・・・本当に楽しみです。
あまりに楽しみ過ぎて、早々に8月までの各会場のサイト様へのリンクなどサイドバーに貼ってみましたが、実は「五所川原」だけ座席表のページを見つけられないんですよ。僕の探し方が悪いのかなぁ?

とりあえずジュリー69歳の誕生日まであと数日、今年の拙ブログ”act月間”ラスト1曲の考察に全力でとり組みます。よろしくおつきあいのほどを・・・。

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2017年6月14日 (水)

沢田研二 「丘の上の馬鹿」

from『act#5 SHAKESPERE』、1993

Shakes1

1. 人生は一場の夢 Ⅰ
2. 人生は一場の夢 Ⅱ
3. 丘の上の馬鹿
4. 人生は一場の夢 Ⅲ
5. Sailing
6. 人生は一場の夢 Ⅳ
7. Lucy in the sky with Diamonds
8. 愛しの妻と子供たち
9. タヴァン
10. 悲しみのアダージョ
11. アンジー
12. レディー・ジェーン
13. 私は言葉だ
14. I am the champion 孤独な

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『大悪名』はどんどん進化しているようです。
公演も残り少なくなり、「最後の音楽劇がもうすぐ終わってしまう」と思うと寂しいですね・・・。

僕の観劇は今週末ですが、実は先の土曜日にカミさんがひと足早く観劇しまして、いろいろ話を聞いて僕もちょっとストーリーをネタバレしてしまいました。
ジュリーについては「坊主と言うよりスキンヘッドだけど、意外やすごくカッコイイ。頭の形がエエのは当然として、耳の形がキレイなんやな」とのこと。
あと「ジュリーは和服系が似合う!いっそツアーの衣装も和服じゃアカンやろか」と斬新なことも言ってましたがそれはさすがにナイですよね(笑)。

さて、拙ブログ今年のジュリー誕生月記念”act月間2017”3曲目のお題は、『SHAKESPERE』から。
この作品は僕が普段からよく聴く洋楽ロックのカバーが演目の中心ですからCD初聴時からとっつき易く、なおかつジュリーのヴォーカル、加藤直さんの日本語詞やcobaさん達の演奏も「うわっ、あの曲がこうなるのか!」と衝撃大で、その後のリピート率も高いです。
その中から今日採り上げるのはビートルズのカバーで「丘の上の馬鹿」。
原曲「THE FOOL ON THE HILL」(以下、邦題の「フール・オン・ザ・ヒル」で記していきます)はAメロ、Bメロが長調、サビが同主音の短調というポール得意の近親移調が炸裂する大名曲。ポールの作曲作品としては音域がさほど広くなく、最高音も高い「ファ#」ということで、actのジュリーはポールと同じキーのニ長調(サビはニ短調)で歌っています。

思索的な歌詞を加藤さんがどう「進化」させたのか、cobaさんはじめ演奏陣の解釈、アレンジの妙など、原曲をよく知っているだけに考察ポイントも多い1曲です。
張り切って伝授!



Shakes4


「フール・オン・ザ・ヒル」は今年のポール・マッカートニー来日公演でセットリスト入りしていて、僕は今回5度目の参加となるポールのLIVEで初めてこの曲を生体感することができました。今までは何故か当たっていなかったんですよね。

5月の『あさいち』(ゴダイゴの浅野孝巳さん+お馴染み依知川さんのユニット)LIVEのMCでもポール来日公演の話がありましたが、お2人とも「今回は行かなかった」と(浅野さん曰く「でも、タケカワとミッキーとスティーヴは行った」とのこと。その3人ならきっと武道館に行ったんだろうなぁ)。
参加しなかった理由について浅野さんは「あんまり変わらないと思って・・・」ということなんですが、実は僕も今回は浅野さんと同じ気持ちがあって、当初は参加するつもりはなかったのです。
ポールってあんまりセットリストをいじらないんですよ。もちろん多少は入れ替えてくるんですけど、まぁ今回も想定の範囲内であろう、と。贅沢なセトリが実現したとしても、それは武道館(チケット代が東京ドームとは比較にならないくらい高過ぎて、僕ではとても参加は無理)の1日だけなんだろうなと思って。

でも、カミさんの友人にお誘い頂いたこともあってドームの初日に参加したら、これがとんでもなく素晴らしいセトリでね~。今回ばかりは武道館よりドーム初日の方がレア度が高かったんです。ウイングスの「ワインカラーの少女」なんて、結局この日しかやってない(現時点で日本ではこの1度きりしか歌われていない)ですから。
加えて個人的に初体感となる曲・・・「ジュニアズ・ファーム」「テンポラリー・セクレタリー」「ユー・ウォント・シー・ミー」など全部で11曲もありまして大興奮。そのうちの1曲が「フール・オン・ザ・ヒル」でした。

Thefoolonthehill

↑ バンドスコア『マジカル・ミステリー・ツアー』より


この、詞曲ともに大好きなビートルズ・ナンバーとのactでの出逢い・・・鮮烈でした。
『actCD大全集』歌詞カードのクレジットは普通に「レノン=マッカートニー」ですが(ビートルズの曲はジョンの単独作品、ポールの単独作品についてすべてそのように表記されます)、「フール・オン・ザ・ヒル」はポールの単独作です(一方で、『SHAKESPERE』収録のもうひとつのビートルズ・ナンバー「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ」はほぼジョンの作品とされます)。

ジョンの死後にリリースされたポールのアルバム『タッグ・オブ・ウォー』の頃だったでしょうか、ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンが「ポールは、自分ではそうは思っていないが優れた作詞家だ」と語っているのは、ビートルズ時代の「フール・オン・ザ・ヒル」をはじめとする名曲群(個人的にこの曲の他にポール作詞のビートルズ・ナンバーで好みなのは「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」と「ロッキー・ラクーン」。一般的には「エリナー・リグビー」の詞が「フール・オン・ザ・ヒル」と共に高い評価をされているようです))を念頭に置いての言葉だったでしょう。

世の真理を見抜いた一人の男が、その発見を誰からも支持されずむしろ虐げられ、今日も丘の上でただひとり世界が周り続けているのを眺めている・・・ポールのこの詞は、世界で初めて地動説を唱え断罪されたガリレオ・ガリレイにインスパイアされ、彼の孤独な蟄居生活を描いたものと言われてきました。
Wikiにもそう記してあるんですが、ポール自身は「誤解されやすい人のことを歌った」と語っているそうで(『ザ・ビートルズ全曲バイブル』より)、真偽は微妙。
ただ、ガリレオのことを歌った曲と念頭にして聴くと詞の味わいが一層増す名篇であることは確かです。

『SHAKESPERE』の舞台でこの名曲がどのように(詞のコンセプト含めて)ストーリーに噛んでくるのかと興味津々ですが、それは個人的に「老後の楽しみ」としてとっておいてあるact映像鑑賞の日まで待つとしまして、ここでは加藤直さんの日本語詞とポールの原詞を比較をしてみましょう。
全体のコンセプトはポールの詞と変わっていませんが、面白いのは加藤さんのヴァースが「新書き」部と「翻訳」部にきっちり分かれていることです。具体的には、ポールのオリジナルをほぼそのまま日本語訳しているのが2番、コンセプトは変えずに新たなストーリーを組み立て言葉と表現を書き下ろしているのが1番。

今日も 空に梯子
D6         Em7(onD)

立てかけて男が登って行く
      D6                Em7(onD)

一体何をするんだ 男が答える 星をつみにさ
   Em7       A7         D6     Bm7   Em7     A7

みんな笑うけど 男は大真面目
         Dm             Dm+5

ごらん あんなに 星にとどくほど ♪
      C7                   Dm         Dm7

素晴らしい!
もちろん表現的にも素晴らしいのですが、ポールのオリジナルとは全然違うシチュエーションなのに、「フール・オン・ザ・ヒル」という楽曲の世界観、ひいてはポールの作詞の本質をまったく変えていないという、それが素晴らしいのです。
これは既に記事を書き終えているドアーズ原曲の「私は言葉だ」やクイーン原曲の「I am the champion 孤独な」についても同じことが言えるんですけど。

ポールの詞には「フール・オン・ザ・ヒル」に限らず、難しい単語はほとんど出てきません。しかしその単語ひとつひとつを綿密、丁寧にメロディーに載せてしっかり発声する、その几帳面なまでの発声が詞の世界を昇華させるというのがポールの特性です。言葉や物語が「歌」に集約されることこそが前提というわけですね。
そしてこれは、歌手・ジュリーの特性と本当によく似ているのです。
ジュリーの歌の素晴らしさは、声質や音程に加えてその発声・・・メロディーに載った言葉が聴き手の耳から脳にグッと入ってくる瞬間の魅力があるのです。
加藤さんは、そんなジュリーとポール共通の特性をきっと見抜いていたと思いますよ。

ジュリーも加藤さんの日本語詞を一語一語丁寧に発声していますよね。
英語の原曲とはずいぶん語感も違ってくる中で、メロディーを
大事に歌うのが伝わってきます。その抑揚にはまやかし、誤魔化しが一切ありません。
ジュリーにとって(ポールにとっても)それが「歌」というものなんだろうなぁ、とactの「丘の上の馬鹿」には改めてそんなことを教わる思いです。

あと、歌詞とメロディーの一致、「歌」への集約ということで言えば、ポールがこの曲でニ長調からニ短調への近親移調を採り入れたことには理由があります。
オリジナルの詞は冒頭Aメロからサビへと向かって「1日」が経過していきます。まずは朝陽が昇り、主人公が丘の上から「世界が廻る」のを見つめ続けているうちに1日が終わり夜になる、と。
「夕暮れ」の切なさ、「夜」の孤独・・・それらを表現するために、サビのメロディーは短調へと変わらなければならないんですよ。
加藤さんの日本語詞、ジュリーのヴォーカルは見事その「詞曲一致」を体現していると思います。もしかすると劇中で「丘の上の馬鹿」が歌われるシーンでは、サビで照明が徐々に暗い色へと変わってゆく・・・そんな演出があったのかもしれないなぁと僕は想像しているのですが、さて実際どうなのでしょうか。

2番サビでのジュリーのヴォーカルには、まるで3連シャッフルのようなリズムを感じます(『単純な永遠』収録の「不安にさせよう」みたいな感じ)。
これはおそらくバックで後ノリのニュアンスを出しているゲタ夫さんのベースとPONTAさんのドラムスに呼応しているのでしょう。初日からこうだったのではなくて、公演を重ね進化し辿り着いたヴォーカル・スタイルなのかなぁと考えています。

演奏で印象深いのは、やはりイントロからこの名曲をリズムの面でも和音の面でもリードするcobaさんのアコーディオンです。
ポールが「フール・オン・ザ・ヒル」について「父親の部屋のピアノでD6の和音を鳴らしていたらインスピレーションが沸いた」と話している、その「D6」。ニ長調のキーで「シ」の音が鳴っているというのがこの曲の伴奏の肝で、もちろんcobaさんもそうしていますが、原曲のピアノとはまた違った雰囲気になっていて。
アコーディオンの音ってすごく柔らかいですよね。原曲でのポールのピアノの場合「じゃん、じゃん、じゃん・・・♪」と4拍子連打のガッチリしたイメージで聴くところ、アコーディオンは裏拍から入っていくようななだらかさがあって、それでゲタ夫さんとPONTAさんが後ノリのニュアンスで演奏しているんじゃないかな。
また、原曲ではリコーダーとフルートが活躍するアレンジですが、act「丘の上の馬鹿」単音ではチェロとギターがそれぞれ新たなフレーズで優しく装飾しています。
シャキシャキとした「フール・オン・ザ・ヒル」、優雅な「丘の上の馬鹿」・・・これが僕の2つのヴァージョンから受ける演奏の印象の違い。
ただし、優雅と言ってもどこか寂しい、切ない感じがするのは原曲のメロディーそのものの魅力でもあり、ジュリー・ヴォーカルの対応力と説得力でもあり、加藤さん独特の語感でもあるのかなぁと。

『SHAKESPERE』には「私は言葉だ」であったり「I am the champion 孤独な」であったり、或いはcobaさん作曲の「愛しの妻と子供たち」のように、日本語特有のゴツゴツした語感がメロディーに載っているのをジュリーの発声で生かす、という手法が目立ちます。
加藤さんの技であり、『SHAKESPERE』という舞台の狙いでもあるでしょう。
いつになるかは分かりませんが、僕が改めてactの映像を勉強しようという時、一番最初に観るのはたぶんこの『SHAKESPERE』になるんじゃないかな。
今CDだけで聴いても大変な名盤と思っていますが。


それでは次回更新は、おそらく1週間ほど間隔が開いてしまうかと思います。
というのは・・・僕は今週末にいよいよ『大悪名』を観劇します。音の面で何と言っても楽しみなのは、初めて生で体感することになるcobaさんのアコーディオン。
実際にcobaさんの演奏を聴いて感動し触発されるところは必ずあるはずで、そこで閃いたactナンバーをお題に選ぼうと考えているのです。
バラードになるのか、ビート系になるのか。カバー曲になるかcobaさん或いはジュリーの作曲作品になるか・・・今は自分でもまったく想像できませんが、そんなことも含めて観劇を楽しみにしているところです。
もちろん記事冒頭で舞台の感想、ジュリーのマルガリータ・インパクトの話も交えながら、という内容になると思います。よろしくお願い申し上げます!

こちら関東は今週ここまで涼しい日が続いていますが、明日あたりからまた暑くなりそうで、週末の予想最高気温は25℃超え。
なんとか万全の体調で観劇当日を迎えたいものです。みなさまも充分お気をつけください。

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2017年6月10日 (土)

沢田研二 「量見」

from『act#9 ELVIS PRESLEY』、1997

Elvis1

1. 無限のタブロー
2. 量見
3. Don't Be Cruel
4. 夜の王国
5. 仮面の天使
6. マッド・エキシビション
7. 心からロマンス
8. 愛していると言っておくれ
9. Can't Help Falling in Love
10. アメリカに捧ぐ
11. 俺には時間がない

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昨日あたりから、またまた暑くなりました。
気温と天候の目まぐるしい変化についていけず、この季節恒例の風邪をひいてしまったDYNAMITEです。寝込むほどのことはありませんが、喉の軽い痛みなどの症状が出ています。
遂に『大悪名』池袋公演も始まりましたし、早く体調を戻さなければ・・・みなさまは大丈夫ですか?

風邪のせいかどうかは分かりませんが、先日仕事の外回り途中で大失態をやらかしましてね・・・。
移動中の電車で眠りこけてしまい、ちょうど目的駅で目が覚めて慌てて降りたんですね。
改札抜けたあたりで「あっ!」と。
持ち歩いていた封筒を座席に置き忘れてきたのです。請求書だのキャラクター商品の許諾シールだの、仕事関係の重要な書類一式を入れていた封筒でしたから、サ~ッと血の気が引いていきました。
すぐ駅員さんに届け出て、自分の記憶通りに
「進行方向前から2両目か3両目」
と座席位置を説明して捜索をかけて貰ったんですが、「見つからない」と。駅員さんは進行先の各駅にも届け出がないか電話をかけまくってくれまして、それでも今のところ該当する届け出も無いとのこと。
僕が悄然としておりますと駅員さんは、「その電車があと20分ほどしたら折り返してこの駅に戻ってきますから、念のため一緒に探してみましょう」と言ってくださり、電車の再到着を待ちました。やがて電車が来て一緒に探しましたがやはり見つかりません。
僕はもう「大変なことをやらかしてしまった。どう責任をとればよいのか・・・」と途方に暮れるばかり。ところが駅員さんは「一応、反対側の車両も見てみましょう」と言って全速力でダッシュして探しにいってくれて・・・見事そのまま座席に置いてあった封筒が見つかったんですよ、僕の記憶とは間逆の車両に。
もうね、電車の端から端までダッシュしてくれた親切な駅員さんには感謝しかなく「日本はいい国だなぁ」とか思うわけですが、それにしても酷いのは僕の記憶です。
いや、正確には記憶ではなくて「空間把握能力」。

同じハンデを持つ人なら分かってくださると思いますが、僕は酷い方向音痴で、道を間違う時は必ず間逆に間違います。これは自分の位置移動を正しく把握できないということなのです。
例えば、初めてビル屋内のお店に入ったら、僕は必ず自分が入ってきた方向とは正反対の方角に向かって店から出ようとします。ふざけているんじゃなくて、本当にそっちから入ってきたような気がするのです。
それにしても、電車を降りて階段登って改札グルッとしただけで、自分が電車の進行方向前に乗っていたか後ろに乗っていたかという記憶まで引っくり返るとは。
方向音痴のみなさま、もし今回の僕と同じようなケースに遭遇したら、「前から2、3両目もしくは後ろから2、3両目のいずれか」と申し出ましょう!

いやいや、くだらない枕を長々と失礼しました。

さて今年もジュリーの誕生月に張り切って書き始めた”actお題月間”・・・まず前回「美しき天然」を採り上げたわけですが、いやぁ昨年同様に記事を書き終えてから先輩方から教わることが、本来楽曲考察上とても大切なことだったりしましてね。
どうやら今年も濃密な勉強のひと月になりそう。またそれが僕にとってはすごく嬉しいことなのです。
普段から「伝授!と言いながら実はみなさまから逆伝授を受けている」スタイルがもう隠しようもなくなってきている拙ブログですが、そのぶん気合とジュリー愛だけはたっぷり込めて頑張ってまいりますよ~。

さて今日のactは『ELVIS PRESLEY』です。
採り上げるのは、有名なロックンロール・スタンダード「ハウンド・ドッグ」のカバーにして、ジュリー本領発揮の「らしい」訳詞とブッ飛んだヴォーカル・・・actならではの「ジュリー・ナンバー」として大好きな1曲です。
「量見」、伝授!



Elvis2


前回「美しき天然」の記事に続き、今回もまたまたヒヨッコDYNAMITEの「恥ずかしながらつい最近知った」話から始めなければなりません。
act『ELVIS PRESLEY』でゴキゲンな演奏を聴かせてくれる女の子バンド・・・彼女達が同年の全国ツアー『サーモスタットな夏』にコーラス隊として登場する”BOKE BOKE SISTERS”であったことを、僕は今年の2月に初めて把握しました(←遅過ぎますよね汗)。
『ELVIS PRESLEY』と『サーモスタットな夏』が同じ年であったことは頭に入っていたのに、まったく結びついていなかったという。いや、教わったことはあったのかもしれないけど、全然分かってなかったのかな。
僕は今でも、ジュリーファンなら当然の知識を改めて知りビックリする、ということが頻繁にありますがそれにしてもこれは酷い。
GRACE姉さんがバンドメンバーとなる前にBOKE BOKE SISTERSのオーディションを受けていた、という話は以前教えて頂けていましたが、僕はそれを

『サーモスタットな夏』の全国ツアー各公演にバンドと一緒に同行するBOKE BOKE SITERSなる女性コーラス隊の結成オーディション


だと思い込んでいたわけです。
ちょっと考えたらそんなワケ分からない話があるはずがない、と気づくはずですが・・・いやはや情けない。
2月に、いつもお世話になっている先輩に食事に誘って頂いた際たまたまそんな話が出て、僕が「ああっ、そういうことだったんですね!」と驚いていたら、その先輩だけでなく一緒にいたカミさんからも「えっ分かってなかったの?」と呆れられましたよ・・・(滝汗)。
それはさておき(いや、さておいてはイカンのですが)、cobaさんがアレンジ・プロデュースに専念し、『ELVIS PRESLEY』の伴奏陣を女の子ロック・バンドに託した、というのは素晴らしいアイデアです。演奏と共に「お姉ちゃんコーラス」にも重点を置いたわけですね(さらに、曲によってギタリストが鍵盤も担当できる、というのも重要な選考基準だったと思われます)。
50歳手前のジュリーが華やか、賑やかな女子バンド・メンバーを従えて歌う・・・それがactならではの「エルヴィスの一生を描く」意味を深めていると感じます。

『actCD大全集』に収録されているエルヴィスのカバーについては僕の知らなかった曲もいくつかありますが、「量見」のオリジナル・ナンバー「ハウンド・ドッグ」はさすがに知っていました。「エルヴィスに似ていないものはロックではない」というブライアン・セッツァーの名言をこの1曲に集約できるほどの、本当に有名なロックンロール・スタンダードですからね。
手元にはスコアもあります。


Hounddog

↑ 『50-60 ロックンロール・アゲイン』より


僕はプレスリーを生で聴くというのは世代的にも叶わぬことでしたが、「ハウンド・ドッグ」という楽曲自体は別のバンドの生LIVEで体感したことがありますよ。
ピンと来た人も多いでしょう。そう、この曲は瞳みのる&二十二世紀バンド2015年の全国ツアー『Let's Go カキツバタ』で、セットリスト前半を締めくくるナンバー(スタンディング・ヴォーカルのピーが演奏終了よりひと足早く踊りながらステージを後にする、という楽しい演出がありました)として採り上げられたのです。

act『ELVIS PRESLEY』では、添付したスコアの冒頭解説にあるブルース・トーンのコーラス・ワークを女声でバッチリ決めてくれています。
女子のバンドがロックンロール特有のルーズな(←それが良い!)コーラスを担う・・・これは本当にカッコイイです。先述した二十二世紀バンドもメンバーに女性2人がいるので、同じようにゴキゲンなコーラス・ワークが楽しめたことを今改めて思い出したり。

バンドに任せていた部分も大きいかとは思いますが、おおよその輪郭を提示していたであろうcobaさんのアレンジはズバリ王道。
エンディング、いったん終わると見せかけテンポを落とし3連ロッカ・バラードのコーダへと移行するのはエルヴィスも同じですが、締めくくりに採り入れた進行は
「C→C7(onE)→F→F#dim→G7+9」
「ド~ド、ミ~ミ、ファ~ファ、ファ#~ファ#、ソ♪」という音階移動はみなさまも何となく「あ、このパターンあるよね」と聴き慣れているはずです。
ちなみに、このロックンロール・エンディングお馴染みの進行を、サビメロのド真ん中に配したジュリー・ナンバーが1曲存在します。白井良明さん作曲の「GO-READY-GO」です。

恐れの中に 飛び込む勇気だけが
C        F      C                  F

難関突破   できる
C   C7(onE)  F    F#dim

生きるためならダイ ブ ♪
G                   E♭  C


↑ この曲のオリジナル・キーはト長調ですが、「量見」と比較しやすいようにハ長調に移調して表記しています。

「難関突破できる♪」の箇所です。
こんな使い方・・・少なくとも僕はジュリーの「GO-READY-GO」しか知りません。世の音楽のほとんどの進行例って、ジュリー・ナンバーだけですべて勉強できてしまうんじゃないかと思ってしまいます。actの曲について書いている今、それは一層思うところですね。

しかしまぁ、「量見」の場合は何と言ってもジュリーのあの物凄いヴォーカルにつきますわな~。

俺は名もねえ猟犬 あんたのもん
C

手前勝手な量見 持っちゃいねえ
                F7                    C

上眼使いで あんたの指図を待ってる ♪
      G7                     F7               C

僕は現時点ですと『actCD大全集』の中で一番のお気に入りは『SALVEDOR DALI』、僅差で『NINO ROTA』『SHAKESPERE』あたりが続く感じですが、もちろん『ELVIS PRESLEY』も大好きで、初めて聴いた時(本当に、軽い気持ちで聴き始めてしまったのですが)のジュリー・ヴォーカルのインパクトは忘れられません。CD冒頭の3曲「無限のタブロー」「量見」「Don't Be Cruel」の流れには本当にヤラれました。
ジュリーのヴォーカル、3曲それぞれ歌い方が全然違いますでしょ?

「無限のタブロー」のようなヴォーカル・スタイルはジュリー・ナンバー唯一ですし、「Don't Be Cruel」の正にプレスリー直系のロカビリー・スタイルは他のジュリー・ナンバーに「MAYBE TONIGHT」くらいしか見あたりません。
そして「量見」。ドスの効いたシャウト、ねじ伏せるような発声で歌うロックンロール・・・これまた他のどのジュリー・ナンバーとも違う、と感じます。敢えて言えば「ゴー・スージー・ゴー」のライヴ・ヴァージョン(たまたまですが最近「凄ぇ!」と思いながら聴き直したばかり。『愛をもとめて』でかけてくれていたんです)が近いですけど、やはり20代半ばと40代ラストイヤーではジュリーの声質も発声のテクニックも大きく異なります。
ブルースや3連ロッカ・バラードでよく似た発声のナンバーはあるにせよ、ロックンロールでこの歌い方というのがね~。ジョンなら「ロックンロール・ミュージック」、ポールなら「のっぽのサリー」、ジュリーなら「量見」。これが僕の中でのロックンロール・スタンダードのカバー名演、ヴォーカリスト・ベスト3ですよ。

あとはジュリー自身による訳詞の面白さです。
actでのジュリーの作詞や訳詞は、同年リリースのオリジナル・アルバムと比較するとギャップが激しいこともまた魅力ですけど、「量見」についてはいかにも『サーモスタットな夏』の年のジュリー、って感じですね。

オリジナルの「ハウンド・ドッグ」は「猟犬」と「女たらし」のダブル・ミーニング。「猟犬」を軟派な女たらし野郎に見立てて、硬派な主人公(歌い手=プレスリー)が「猟犬」をコキ下ろすという内容です。
一方ジュリーは自らが演じるプレスリーを「猟犬」に見立てます。「猟犬」転じて「量見」の発音連想は今現在のジュリー作詞手法の根幹とも言うべきもの。
「量見」の場合はユーモラスながらも歌詞全体の言い回しには潔い気骨があり、「俺はただでは終わらんぞ」という展開がジュリーらしいプレスリー解釈です。

前に書いた「無限のタブロー」の考察記事でも触れたのですが、「いざ間奏!」のジュリーのシャウトが「がおっ!」と言うんですよね。これが最高にカッコ良い!
「ナメてたら噛みつくぞ!」みたいな感じ。
ロックンロール間奏間際のシャウトは普通なら「アオッ!」とか「カモン!」、はたまた「ゲリロン!(get it on)」とか言うところ、「量見」の「がおっ!」は「無限のタブロー」での「わっは~!」と共に物語(歌詞)的に必然性があり、actの舞台でなければ実現しなかったジュリーのシャウトを引き出しています。
さらに言えば「量見」はジュリー自身が訳詞だからこそ、そのシャウトが素晴らしいのですね。
ロックンロールそのものの捉え方でプレスリーを見ている・・・噛みつく相手である「あんた」は当然「体制」或いは「権力」ということになりましょう。

act映像未体験の僕はどうしても『actCD大全集』それぞれのディスクを「ジュリー渾身のヴォーカル・アルバム」のようにして聴いてしまいます。ですからactのコンセプトへの理解自体はまだまだ浅いとは言え、ジュリーの「声」の無限の拡がり、普段は(オリジナル・アルバムの時には)見られない、それぞれの楽曲に特化した発声を堪能することはできていると思います。
「ヴォーカル・アルバムとして捉えたactのディスク」の意味で『ELVIS PRESLEY』は大変な名盤です。
演奏も「軽さ」「隙間」の魅力が全開で、ハードな音圧を好む人は肌が合わないかもしれないけれど、個人的にはこういうロックは大好物。
みなさまはいかがでしょうか。


では次回更新は、これもまた「洋楽カバー」のお題を予定しています。
今日はプレスリーでしたが今度はビートルズです。実は僕はそのお題予定曲を、今年になって初めて生で体感したんですよ。もちろん4月のポール・マッカートニー来日公演で。
今までなかなか参加当日のセットリストで「当たらなかった」曲・・・ポールのLIVE5度目の参加にしてようやく聴くことができ、その時「よし、6月のact月間の時にこの曲を書こう!」と決めていました。

僕はビートルズの話になると勢いがつき過ぎていつも以上に大長文となる傾向がありますが、なんとか今日くらいの文量におさまるようにしたいと思います。
どうぞお楽しみに~。

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2017年6月 5日 (月)

沢田研二 「美しき天然」

from『act#8 宮沢賢治/act#10 むちゃくちゃでごじゃりまするがな』、1998

Miyamutya1

『宮沢賢治』(1996)
1. 異界
2. 運命 雨ニモ負ケズ
3. アラビアの唄
4. ポラーノの広場のうた
5. 星屑の歌 ~スターダスト
6. 百年の孤独
7. 私の青空
8. 笑う月
『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』(1998)
1. 美しき天然
2. ボタンとリボン
3. おなかグー(セ・シ・ボン)
4. 世の中変わったね
5. 君待てども
6. トンコ節
7. け・せら・せら(ケ・セラ・セラ)

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ちょっと更新間隔が開きました。
6月です。今年もジュリーの誕生月がやってきまして、拙ブログでは昨年同様この6月を”act月間”とし、act全10作品の中からジュリーが歌った名曲群をランダムに採り上げていくことにしました。
『大悪名』観劇もあるので、月の後半はその感想なども交えながら、という感じになりましょう。

まぁ相変わらず映像を観ていない状態のまま(汗)、CD『act大全集』に収録されたものの中から、あくまで楽曲に特化した片手落ちの考察記事です。
どのジュリー・ナンバーについてもそうなんですけど、僕のブログはコメントなどで先輩方から色々と教えて頂いて初めて「記事完成」と言える類の考察だと思っています。特にactはその意味合いが強く、昨年もcobaさんの「SARA」楽曲誕生秘話など教えて頂いたりしまして、記事を書き終えてから「おおっそうだったのか!」と気づかされる重要なポイント、逸話がたくさんありました。
今年もそうなるであろう、と期待して(甘えて)おります。

さて、「映像未体験」とは言ってもほとんどの作品については『act大全集』の曲の流れを追っていけば「あぁ、この曲はきっとこんなシーンだな」とか「こんなことを歌っているんだな」とか予想だったり妄想だったりできてしまうわけですが、ただひとつの例外、それが98年の『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』です。CDを聴いてもお芝居の内容やコンセプトがまるで想像できません。
そもそも他作品はすべて実在人物がタイトルになっているのに、act最後の10作目にしてこれは一体?

収録曲を俯瞰して言えるのは、ジュリーの作詞の面白さであったり、cobaさんのアコーディオンとNAOTOさんのヴァイオリンというシンプルな構成ながらバリバリの緊張感で奏でられる演奏の素晴らしさ。
そして何よりこれはあの『ROCK'AN TOUR '98』と同じ年の作品ですからね。ジュリー・ヴォーカルのキレ、情感、躍動感についてはそりゃ間違いはないわけで。

『act大全集』としては1枚のCDに『宮沢賢治』とダブル収録ながら、『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』の1曲目としてクレジットされたカバー曲「美しき天然」・・・今日はこの曲をお題に採り上げ、ジュリー自身がこの曲に幼少時からの思い入れがあったことなどにも触れながら、色々と書いてみたいと思います。
僭越ながら伝授!



Miyamutya3


「美しき天然」はとても有名な曲・・・なんですよね?
本当に恥ずかしいことなのですが、僕がこの曲を知ったのはつい数年前・・・2012年でした。
その年の新譜『3月8日の雲』がリリースされ、戦慄と感動のままにSNSで次々に叫んでいた中で、「カガヤケイノチ」について「本当に厳かで美しいワルツ!」といった感じのことを書きましたら長崎の先輩が反応してくださって。「ジュリーはワルツが好きなのよ」と。
子供の頃からジュリーは「美しき天然」が好き、という有名な話があるとのことでしたが、僕は「美しき天然・・・なんでしょうかそれは?」状態だったという(恥)。

「有名な曲なのかなぁ?」と思い、翌日出社してスコアを探してみたわけです。
勤務先からは『日本叙情歌全集』という、全4巻全700曲に及ぶブ厚い(それぞれの巻が、ちょうど『忘却の天才』ブック・パッケージくらいの背圧)歌集を発売しています。僕の入社前から現在に至るロングセラー商品なのですが、何とその第1巻の1曲目に収載されているのが「美しき天然」でした。


Tennen

↑ 『日本抒情歌全集①』より

これすなわち、「超」がつく有名曲であることの証。
おそらく僕より少し年長、そこから上の世代の日本人ならば知らない人はいないであろう楽曲なのでしょう。いや、僕の世代でも知ってる人の方が多いのか・・・でも僕の小中学生時代にこの曲が音楽の教科書に載っていた、ということは無かったと思うなぁ。

で、スコアを眺めているうちに「あれっ、そう言えば”美しき天然”という字面にはジュリーの資料絡みで見覚えがあったはずだぞ」とビビビッと来ましてね。
今度は帰宅してから、多くの先輩方からお預かりしている切抜き資料を漁りまくり(笑)。
結果、2つの資料が見つかりました。
もちろんそれ以前に目を通していた資料でしたが、「美しき天然」なる曲を知らなかったため、その箇所については頭に残っていなかった、というわけ。

まずはMママ様の資料で、これは何の雑誌ですかね・・・『沢田研二に直撃100問』という企画です。


742001

読者からジュリーへの質問を公募してジュリー自身がそれに答える、というね。
ただしこちらの資料は質問者であるジュリーファンの先輩方のお名前がバッチリ載ってしまっておりますので記事本文の添付は控え、「美しき天然」に関する箇所だけ書き出すことにしましょう。
「思い出に残る歌は?」との質問に、ジュリーはこんなふうに答えています。


(メロディーをつけて)ズーチャチャ、ズーチャチャっていう、あれ。(考えて)”美しき天然”だ。理由はないけど、心に残ってる。

歌詞ではなく、ワルツのリズムに旋律を載せて口ずさんだということですから、ジュリーにとっては「ワルツ」が少年時代の原風景なのでしょう。

続きまして、大分の先輩から授かりました2008年の『日本経済新聞』夕刊記事の切り抜きです。
こちらについては、「美しき天然」の話が出てくる箇所以外もすべて添付しておきましょう(1枚目のスキャンがうまくいっていません。ごめんなさい)。


Nikkei20081125

Nikkei20081126

Nikkei20081127

Nikkei20081128

還暦を迎えたジュリーが自身のこれまでの人生を振り返った時に挙げられた曲・・・「美しき天然」がジュリーの大切な1曲であることは間違いありませんね。

実は僕は『act大全集』のCD『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』については、昨年この「美しき天然」1曲だけを聴いて「なんか難しそうだな~」と思いそのままになっていました。全収録曲を通して聴いたのはつい先日のことです。
1曲だけ聴いた際には正直、ジュリーのヴォーカルにさほど魅せられるという感覚はありませんでした。普段好んで聴いているロックとはあまりに異なるタイプの曲ですしね。
ところが今回他楽曲を把握し、その上でさらに1曲目「美しき天然」に戻って聴いてみますと・・・いやぁこれは素晴らしい歌声です。
「じっくり聴く」心構えというものが、1曲単体で聴くのと他収録曲を聴いた後で聴くのとでは全然違うように思われます。ほら、他の曲は結構コミカルな歌詞、曲調が多いじゃないですか。歌の途中でお客さんがドッと沸く声が上がったり、曲のイントロがお客さんの笑い声と重なっていたり(愉快なシーンを受けて演奏が始まっている、ということでしょう)・・・舞台の雰囲気が最初の「美しき天然」とは一変しているわけですよね。

『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』への先輩方のご感想も、その多くは「う~ん・・・」というものでした。
おそらくそれは、このヒヨッコにうまくその魅力を説明できない、とのお考えだったのかと今にして思うのですが、僕は「あぁ、actの中ではいまひとつ、というみなさんそんな認識なのかな」と思い込んでしまいました。
でも今年の始めに、敬愛する先輩のおひとりが『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』を大絶賛されている、と伝え聞きまして・・・それが今回actのお題探しでまずはこの作品のCDだけでも通して聴き込んでみよう、と考えたきっかけとなった次第です。

もしかすると『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』って、一度目の観劇より二度目の観劇の方が良い、という作品だったのではありませんか?
この作品を高く評価する先輩方が複数回の観劇をされたかどうかは分かりませんが、少なくとも僕は「美しき天然」のジュリーの歌の素晴らしさを、他収録曲を聴いた上で改めて、という段になるまで理解できませんでした。いや、これは僕の感性が鈍いだけかな?

耳朶を震わすジュリーの歌。僕がそこから思い描くのは、無数の稲穂が大きく揺れ動く風景です。ですからジュリーの声は「風鳴り」ですね。
元々「美しき天然」は「故郷」とか「幼い頃」を思い起こさせる曲だと思いますから、聴き手がジュリーの歌から描くものは、それぞれが持つ原風景によって異なるでしょう。無数の稲穂は僕自身の故郷の風景です。

ちなみに僕はつい先日まで曲のタイトルを「うつくしきてんねん」と読んでいましたが、どうやら一般的には「うるわしきてんねん」と読むようです・・・ってそれはたぶん常識、僕が知らなかっただけ(汗)。

ジュリーと縁深いヴァイオリニスト、NAOTOさんについても僕がお名前を知ったのは遅く(恥)、2011年のことでした。これまた仕事の話なんですけど、その年に勤務先でご本人監修のスコアを出版したのです(NAOTOさんのオリジナル曲をメインとした、ヴァイオリン・ソロ+ピアノ伴奏の三段譜)。
NAOTOさんが過去にジュリーと共演されていたことも、その時たまたまJ先輩から教わりました。
スコアは売れ行きも良く、今では第2弾のスコアも出版しています。


Naotoacousticduo


僕はNAOTOさんの演奏を生で観たことはありませんが、LIVEに行かれたことのある先輩のお話では「まるで柴山さんみたいだった」と。とにかく演奏しながらよく身体が動くのだそうです。wikiにもそんな説明がありました。ギタリストならそれはよくある光景ですが、ヴァイオリニストとなると珍しいですよね。
『むちゃくちゃでごじゃりますがな』の演奏もそんな感じだったのかな。参加された先輩方、いかがでしたか?

静寂を切り裂くようなイントロ・・・「美しき天然」でのNAOTOさんのヴァイオリンは曲の最初と最後でまったく表情が違います。凡人にはなかなか理解の及ばぬところなのでしょうが、優れた音楽家にとって「原風景」「故郷」とはまずこのイントロのような狂おしい、激しい旋律かきたてられ体現させるテーマなのでしょうか。
エンディングの音は逆に、ス~ッと宙へ溶けてゆくかのようで、お客さんがその音が消えるまで息を殺して舞台に集中する様子が、CDだけでも伝わってきます。
actの音源を録っているグローブ座は、公演の千秋楽なのでしょうか。舞台と客席の呼吸が「できあがっている」感じ。初日だとこうはいかないんじゃないかな?

狂おしいイントロはcobaさんのアコーディオンが始まると平穏へと転じ、「ワルツ」を意識させないまま進行します。僕レベルでは初聴だとジュリーの歌が始まるまで強拍、弱拍のニュアンスが掴みきれなかったのです。
ジュリーの話によればcobaさんは「目を閉じながら演奏する」ことが多いのだそうで(『大悪名』で確認できるかな?)、この「美しき天然」の演奏などはいかにも、と想像します。例えば「次のヴァースに行くよ!」という時のフレージングが一度たりとも同じではないという・・・cobaさんはその時その時で音とリズムに身を委ね、自然と目を閉じてしまわれるのでしょう。

空にさえずる 鳥の声
Cm               Fm    Cm

峯より落つる  滝 の音 ♪
Fm    Cm  G7   Cm G7 Cm

キーは原曲通りのハ短調で、まぁコードをとるなら上のようにスリー・コードになるのですが、「ド・レ・ラ♭」「レ・ファ・ソ」なんて構成の和音も登場しますし、あまりコードをふる意味はない曲なのかなぁと思います。

『むちゃくちゃでごじゃりまするがな』は『actCD大全集』の中でも僕としてはまだまだ聴き込みが充分とは言えないながら、なかなか楽しそうな作品です。
アコーディオン、ヴァイオリンという最小限のアンサンブルが、実はactの妙諦なのかもしれません。主役がジュリーの歌なのですから。
映像は手元にありますのでいつでも鑑賞できますが、もう少し先になるかな~(老後の楽しみ?)。
どんな舞台なのか、『大全集』収録曲以外にどんな歌が歌われているのか・・・楽しみにしながら、まずはもっとCDを聴きこんでいこうと思います。

では”act月間”次のお題は、今日とはガラリと雰囲気を変えて「ロックンロール」を予定しています。
さぁどの曲でしょうか。お楽しみに!

今週の関東はグズグズした天気の日が多い予報ですが、みなさまお住まいの地はいかがでしょうか。
お互い体調には気をつけて過ごしましょう。

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2017年5月31日 (水)

沢田研二 「雨の日の出来事」

from『JULIE』、1969

Julie1

1. 君を許す
2. ビロードの風
3. 誰もとめはしない
4. 愛のプレリュード
5. 光と花の思い出
6. バラを捨てて
7. 君をさがして
8. 未知の友へ
9. ひとりぼっちのバラード
10. 雨の日の出来事
11. マイ・ラヴ
12. 愛の世界のために

---------------------

『大悪名』千葉公演にお出かけのみなさま、お帰りなさいませ。いかがでしたか?
これで残すは甲府、そして池袋。27日放送のNHKラジオではcobaさんがジュリーの音楽劇のお話をしてくれたそうですが、本当に「これで最後」なんですね・・・。
千葉で観劇されたみなさまの中には当然「池袋も行く」と仰る方々も多いでしょう。僕は一度きりの観劇ですが、cobaさんの演奏をとても楽しみにしています。

それにしても暑いですな~。
この調子だと真夏は一体どんなことになってしまうのか・・・思いやられます。
そんな中、”『愛をもとめて』でのジュリーの話から関連したお題を探す”シリーズ、ひとまずの締めくくり・・・なんとか5月ギリギリの更新成りました。
真夏の前にはうっとおしい梅雨の季節もやってきます。でも6月って僕らジュリーファンは「ジュリーの誕生月」ということで嫌いにはなれないんですよね。「梅雨はイヤだけどい6月は好き」といったところかな?
今日の記事はそんな梅雨のシーズンに向けて、ひと足早く「雨」がテーマです。
もちろんジュリーの『愛をもとめて』も雨のお話。放送日はまったく分かりませんが、やっぱり梅雨時のオンエアだったんじゃないですかね~。

あやかります考察楽曲お題は、ジュリーの記念すべきファースト・ソロ・アルバム『JULIE』から、切なくも爽やか、可愛らしい小品名曲「雨の日の出来事」です。
早速伝授!


①「雨の歌」名曲あれこれ


古今東西、「雨の歌」には名曲が多いのですな~。
ただし、日本と西洋(イギリス)とでは国民性と言うか、作者やリスナーの「雨」に込めたニュアンスは違うんだよ、という話を少年時代にラジオで聴いたことがあります(まぁ現代までそれが同じように言えるのかどうかは分かりませんけど)。
ビートルズの「レイン」を引き合いに、「ロンドンの人達にとって、雨というのはとても嫌なもの、うっとおしいものという考えがあって、雨をテーマにした詞はどこか後ろ向きだったり哲学的になりがち。日本人も雨が好きな人は少ないだろうけど、いざ曲になると”もののあはれ”を感じていい気持ちになる傾向がある」という・・・話をしてくれていたのは渋谷陽一さんだったか松原みきさんだったか曖昧ながら「へぇ、そんなもんなんだ」と思った記憶が残っています。

確かに僕ら日本人にとって雨の歌というのは叙情的で物語性が強いイメージ。でも、例えばジュリーの曲にしても色々な雨の歌がありますよねぇ。
「爽快」なのは「今夜の雨はいい奴」。内省的なのは「ドシャ降り、抜けて」。でもやっぱり日本の「雨の歌」も悲しい詞の歌が多いのかな。「雨だれの挽歌」や「あの日は雨」がそうです。
哲学的、思想的ということになるとタイガースで「雨のレクイエム」、PYGで「花・太陽・雨」・・・探せばまだまだジュリーが歌った「雨」の歌はありそうですね。

そんな中、ジュリーのファースト・アルバム収録の愛すべき佳作「雨の日の出来事」は、短いポップ・チューンにそのすべての要素を含んでいると言いますか。
村井さんのメロディーが爽やかであるのに対し、安井さんの詞は悲しく内省的。加えて東海林さんのアレンジが哲学的でね。タイガースのジュリー、初のソロ・プロジェクト・レコーディングとして、忙しいスケジュールを縫って3人のプロフェッショナルが短時間でバ~ッと仕上げたからこそ、それぞれの色が強く独立した形で反映されたのではないでしょうか。
アルバム収録曲の中でも、三方向からのアイデアが良い意味でバラバラであることがこの曲の個性であり魅力だと僕は思っています。「ひとりぼっちのバラード」と「マイ・ラブ」という壮大な2曲に挟まれた小品ながら、個人的にはこの曲、「光と花の思い出」「ひとりぼっちのバラード」と並んでアルバム中特に好きな1曲なのです。

詳しい楽曲考察は次のチャプターに譲るとして、ここでお題曲の話ではないのですが・・・「雨の歌」関連でこの場を借りてみなさまにお尋ねしたいことが。
実は最近ある先輩からお尋ねを頂きまして、タイガースの「淋しい雨」に原曲、と言うか英語ヴァージョンの現地レコーディング作品って存在するのでしょうか。
僕のつたない知識では分かりようもなく、もしかしたら拙ブログを読んでくださっているみなさまの中にご存知の方がいらっしゃるのでないかと期待するところなのですが・・・いかがでしょうか。

②楽曲全体の考察

先述の通り、村井さんの爽快なメロディーに安井さんが載せた悲しい詞・・その不思議なバランスに僕は惹かれています。
エンディングのキラキラとした東海林さんのアレンジにしても、歌メロの〆でジュリーが歌う

やさしい言   葉は むなしく  聞こえる
C         Fmaj7  Em7  F    Dm7  C    A7

僕は憎む いつわりを ♪
Dm7        F(onG)  C

の歌詞とは乖離がありドキッとしますよね。
シチュエーションとしては、主人公にはつい最近までつき合っていた恋人がいて、別れ際には「あなたには私なんかよりもっとふさわしい人がいる」な~んて言われた感じですかね~。
その後、ある雨降りの夜に鬱々とした気持ちで街を歩いていたら、その彼女がちゃっかり新しい恋人らしき人とデートしているのを見かけてしまった、と。
安井さんは女性視点で書いた可能性が高いので、対象は「彼」かもしれませんが・・・。

君が誰かと通りすぎたのを
C

僕はみてた  雨の夜 ♪
Fmaj7  Dm9   G7     Cmaj7

ただね、村井さんのメロディー、ジュリーの歌をを聴いていると浮かんでくるのは、歌詞にある「夜」ではなくて、「午後」の雨の景色なんですよね。
次のチャプターで、ジュリー自身の「雨はイヤだけど夕立の雨上がりはいい」という雨についての話を書きますけど、楽曲としての「雨の日の出来事」の雨は午後の夕立を思わせます。雨があがったら主人公はパッと気持ちを切り替えて笑顔をとり戻したんじゃないか・・・そんなふうに聴き手が想像してしまう歌だと思うのです。
いつまでも暗く落ち込んでいる、という主人公の姿が見えてこない・・・これはやっぱり当時のジュリーの声の為せるところですかね~。

例えば僕はトッポ自作詞のソロで「雨上がりと僕」という曲がかなり好きなんですが、そこでは主人公が
「水たまりに映った自分の暗い顔を見たくないから、雨があがって欲しくない」
と歌うわけで、これがトッポのジュリーとは対照的な声の個性と合っているのです。
道を分けたタイガースのヴォーカリスト2人が、ごく近い時期に雨の歌、しかもいずれも素晴らしい曲を歌っていて、その「声」と「雨」の相性がまるっきり違うというのはとても面白いことです。

同時に、「君」とその連れの2人に気づかれないように顔を伏せて、心の中で雨に向かって問いかける・・・そんな情景も併せてやっぱりこの歌は「タイガースの頃」のジュリーだなぁ、とも思えます。
アルバム『JULIE』って、タイガースの音楽性とは一線を画していますよね。
「愛のプレリュード」「君をさがして」の曲想や、「ひとりぼっちのバラード」「マイ・ラブ」の高度な転調採用などから考えると、これはジュリーをして「歌謡界の新星歌手」たらんとするセールス戦略です。
逆に言えばタイガースが(「歌謡曲」の対義としての)ロックである、と事務所の認識があったことの証明。でもジュリーのソロでは一度そこから離れてみよう、と。
だからこそ「君を許す」のタイガース・シングルへのシフトがややこしいわけですが・・・。

『JULIE』の中で「タイガースのジュリー」を最も投影している曲は「雨の日の出来事」だ、と僕は思っています。
アルバム中唯一ロック色を前面に出した「誰もとめはしない」はタイガース・ヴァージョンもあるけれど、シローのコーラス以外タイガースのメンバーは関わっていなさそうですからね。テイクは違えど、どうもいずれも同じ演奏者によるトラックっぽいですから。サリーのベース、ピーのドラムスが入っていればシングルA面級の仕上がりとなったはずのナンバーですが、これは『JULIE』演奏陣による別ヴァージョンでしょう。
もちろん素晴らしい曲ではありますけど、タイガース色は薄いのです。
そこで、ロック・チューン「誰もとめはしない」よりむしろ「雨の日の出来事」の方が曲想的にもジュリーのイメージ的にも「タイガース寄り」だな、と僕は感じます。
「雨がしとしと、日曜日♪」のジュリーを受け継いでいるように思いますよ。

それに、この曲は『JULIE』収録曲の中でジュリーの高音の魅力も際立つ異色作。村井さんは敢えてこのアルバムではタイガースよりもキーを低く設定しているそうで、それは成功していましょうし、「雨の日の出来事」の音域でもそれはその通りなんですけど

ふりしきる   雨に聞いても知らない
   F      Fmaj7 F                          C

今では   もう言いわけもいらない ♪
F    Fmaj7  Fm7            D7        G7

このヴァースに登場する曲の最高音(高い「ミ」の音)を歌うジュリーに、タイガースでの高音ヴォーカルが重なりませんか?
この声にどことなく「風はしらない」を連想させられるのは僕だけなのでしょうか。

確かにアルバムはタイガースとは毛色の違う作品だけど、ジュリーファンとしては「これがロッカー・ジュリーのファースト」と称し誇れる1枚であり、1曲1曲。
遅れてきたファンの僕がこのアルバムから「ひとりぼっちのバラード」を生で聴けているのは奇跡のようなことで、しかもそれがタイガース再結成直後のセットリストだったというのがまたね・・・不思議な「後体験」の繋がりだったなぁとしみじみ思っています。

③『愛をもとめて』より 雨の話

今日の『愛をもとめて』は、「雨」をテーマにつらつらと話をしてくれるジュリーです。
毎回かどうかは分かりませんが、番組冒頭にジュリーの「ひとこと」があって、だいたい「こんばんは、沢田研二です」から始まるんですけど、ポエム朗読がある回は詩の内容に沿った「台本」(だと思っています)を読んでくれる場合がありますね。
この回もそうで、冒頭でのジュリーの「台詞」は


雨に濡れた女性はなかなか色っぽいですね。
季節で言ったら、あなたはいつの雨が好きですか?


とまぁ・・・とにかく甘やかな声でね~。
リアルタイムでラジオを聞いていらした先輩方がポ~ッとなってしまう様子が想像できるほどです(笑)。
そんな台詞に続いて朗読されたポエム、これまたタイトルが分からないのですが、印象的な箇所を書き起こしてみますと


あの人と別れた悲しみを、何処へ持っていけばいいか・・・
(中略)
寒い心が濡れそぼります。みぞれまじりの冬の雨に、心の芯が凍ります。やがて雪になりそうです。


なかなか切ない「雨」のポエムです。
でもジュリーは朗読が終わるとキッチリ気持ちを切り替えて、朗らかな声で「雨」の話を始めてくれます。


いろんな雨がありますけど、まぁ雨を好きな人ってのもいらっしゃるでしょうが、だいたい雨が降っていいことっつうのは・・・ないですなぁ。雨上がりってのは好きですけど、でもほら、ドシャ降りでもう一週間もしょぼしょぼしょぼしょぼ降られて、その後の雨上がりはちっとも気持ちよくないですけど。
夕立ちっていうのかなぁ。ザ~ッと降ってパッとこうあがるとね、土の匂いがプ~ンとしてって言うか、なんとも言えないすっきりした気分になるでしょ?

やっぱり雨が降るとよくないことが多いでしょ?
たとえば小さい頃から考えると、遠足とかね、ピクニックとかね、運動会とかそういうのも全部中止になるしねぇ。
僕なんか小さい頃は京都にいたわけですが、京都っつうのはお祭りが多いわけ。時代祭、葵祭、祇園祭・・・雨が降ると全部中止になっちゃいますからね。


恥ずかしながら、ジュリーの発音「じだいまつり」がどんなお祭りなのか僕は分からず、調べました。
「時代祭」は「葵」「祇園」と合わせて京都三大祭でしたか!知らなかった・・・えっ常識ですか?(汗)


(今でも)野外でステージやったりする時にね、まぁ~ホントに雨のことが気になって気になってしょうがないですよね。「雨天決行」って書いてもさぁ、やっぱりこういうこと書くと雨が降りそうな気がするから書かないでおこう、とか色々気を遣ったりなんかするわけですけれども。
やっぱりカラ~ッと晴れて、適当にどうでもいい時にサラッとこう降ってくれる雨はなかなか結構ですが?


と〆てくれたジュリー。先輩方は、雨天決行のジュリー野外LIVEって体験されてるんですかねぇ。
LIVEそれ自体も大変なんだろうけど、業界でよく言われるのは「雨の野外LIVEは会場販売グッズが売れない!」という・・・だからやはりジュリーの言う通り、だいたい雨が降っていいことってのはないんですね。


で、最後の最後にジュリーがこの日オンエアしたBGMを紹介してくれるのですが

今日は、「ディンドン」ジョージ・ハリスン、これを聴いて頂きました。それではまた。

ひゃあ・・・時代を感じますね。あんまり売れなかったけど、「ディン・ドン」はジョージが74年末にリリースしたアルバム『ダーク・ホース』からのシングル・カット曲。
これは隠れた名曲ですよ。某アイドル・グループに同じタイトルの曲があるけど、本家はジョージです。
『愛をもとめて』ではこんなふうにして、ジュリーの曲ばかりじゃなくて、その当時のタイムリーな洋楽とかかけてくれてたんだなぁ、と改めて70年代の旧き良き雰囲気を満喫できた回でした。

ということで、今月は『愛をもとめて』のジュリーの話にあやかったお題を5曲ほど書いてきました。このシリーズはまた秋くらいに書きたいなぁと思っています。
実はその後、福岡の先輩からは『愛をもとめて』以外のラジオ音源も大量に授かってしまいましてね~。エキゾ時代の『NISSAN ミッドナイト・ステーション』とか。
今我が家はお宝ラジオ音源の山ですよ。
僕一人が楽しんでいても勿体無いので、”ラジオのジュリーの話に関連したお題を探すシリーズ”、今後も定期的に開催したいと思います。
僕自身、メチャクチャ勉強にもなりますからね!


それでは、オマケです!
今日は「雨」に関連しまして、Mママ様からお預かりしている切り抜き資料を。
「あめはきらい」というタイトルのジュリー自筆のポエムが載っているんですが、これ『女学生の友』ですかね?フォトポエムの連載とは全然違うようですが・・・。


Img494

Img495


う~ん、僕にはこれが何年くらいのジュリーなのかも分かりません・・・(汗)。


では次回更新は・・・ジュリー69歳の誕生月である6月は、昨年に引き続いて”act月間”といたします。
まだまだ分からないこと、把握しきれていないことの多いactの名曲群。どのくらいのペースで更新していけるか見当もつかない状態ですが、最低でも5曲は書きたいと思っています。
今年もよろしくおつきあいくださいませ~。

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2017年5月28日 (日)

沢田研二 「我が心のラ・セーヌ」

from『忘却の天才』、2002

Boukyaku

1. 忘却の天才
2. 1989
3. 砂丘でダイヤ
4. Espresso Capuccino
5. 糸車のレチタティーボ
6. 感じすぎビンビン
7. 不死鳥の調べ
8. 一枚の写真
9. 我が心のラ・セーヌ
10. 終わりの始まり
11. つづくシアワセ

---------------------

『大悪名』、どんどん進んでいきますね~。
僕は一応ストーリーを知らない状態で池袋公演に参加しようと思っていますが、ジュリーの様子も気になるし・・・各所チラ見チラ見で過ごしております。

毎日暑いですな~。関東だけ?
さぁ、拙ブログでは引き続き”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連したお題を探す”シリーズ・・・今日はジュリーのフランスの話・第2弾です。
あやかったお題は作詞・作曲ともにジュリーのペンによるナンバーで、アルバム『忘却の天才』から「我が心のラ・セーヌ」。
枕もそこそこに、伝授です!


①エレキ大好きなジュリーがアコギ好きにシフト?

ジュリーはやっぱりこの曲に自分なりの「シャンソン」魂を吹き込んで作ったと思います。
素直なメロディー、素直な進行。
耳馴染みの良い穏やかな曲調に、「以前どこかで聴いたような気がする」と、リアルタイムでアルバムを購入した先輩方も思ったのではないでしょうか。
みなさまが真っ先に思い浮かべたのは、あまりに有名なこの曲だったかな?

ところが、白井さんのアレンジの仕上がりはあっと驚く(ジュリー自身も?)トラディショナルな雰囲気のパワー・ポップとなりました。
ギンギンのハード・ギター・アルバムである『忘却の天才』に完全なアコースティック・アレンジのこの曲が入っているというのは重要なポイントでしょう。何故なら翌2003年、突如ジュリーLIVEに「アコースティック・コーナー」が登場するからです。
お正月の『LOVE & PEACE』ツアーは、過去の様々なナンバーが「えっ、この曲でエレキ使わないの?」という斬新なアレンジに変身・・・リアルタイムで観た先輩方はビックリされたでしょうね。
これ、「我が心のラ・セーヌ」のアレンジ・アプローチを気に入ったジュリーが、キーボードレス(当時はそうでしたね)のステージに柔らかな「変化」を求めたアイデアだったと考えてみるのはどうでしょう。
キーボードが無い以上、ギター・サウンドの枠内でアレンジに明確な変化をつけようとするならアコギ重視の選択肢は当然と言えば当然。とは言えオリジナルのアレンジをあそこまで大胆に変えてくるとはさすがの先輩方でも予想できなかったのでは?

ただし、「アコギ・サウンド=ロック色の薄さ」とは(ジュリーに限らずそうですが)言えません。
後追いファンの僕はその点を踏まえて「我が心のラ・セーヌ」を聴き、「うん、ギターがアコギしか使っていなくたって、この穏やかなメロディーの曲がこんなにもロックするじゃないか!」と改めて考えるのです。
次のチャプターでは、ジュリーとしてはシンプルなコード進行の曲を白井さんがいかに装飾したか、ということも含めて曲の細部を分析していくことにしましょう。

②楽曲全体の考察

僕はジュリーがこの曲の原型を作曲したというテレビ番組『フランス・僕のなかにもセーヌが流れる』を観たことがありません。今回その点で楽曲考察が片手落ちとなりますが、いずれ勉強の機会はあるでしょう。
ジュリーが番組の中で披露してくれたと聞く「我が心のラ・セーヌ」は、当然ながら元々即興性の高い曲だったということになりますね。
「自然に口ずさむ」スタイルで作曲したであろうジュリー、おそらくアルバムに向けて後に全体を完成させた際にも、使用したコードは「E」「A」「B7」(ホ長調のスリー・コード)と、サビ最後に登場する「C7」、この4つのみであったと考えられます。

僕はこれまでいくつかのジュリー作曲作品について、かつて堯之さんが語った「沢田は普通では考えられないコード進行の曲を作る」との言葉を引用し、記事中でその斬新さ、自由さ、独創性に触れてきました。
しかし面白いことにジュリーは2001年から2003年の時期に集中して、多くの曲でシンプルで素直な進行を採り入れます。「AZAYAKANI」「糸車のレチタティーボ」「明日は晴れる」・・・そして「我が心のラ・セーヌ」。
いずれもジュリーが作詞も併せて担っていることを考えると、この時期に「内なるメッセージの開放」を明確に創作コンセプトとしたジュリーの新たな姿勢と、そのメロディー作りとは無関係ではないでしょう。
ジュリーが提示したのは、牧歌的、いやそれ以上に「平和的」なメロディーなのだと思います。

誰が知るだろう あのせせらぎたち
E                                           A

三つの源流  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
A            E     B7                         E

ちなみに「Ma Belle」は僕が12才の時に初めて覚えたフランス語だったりします。(ビートルズの「ミッシェル」で)。日本語に訳すとニュアンスが崩れちゃうんですが、ジュリーはこの部分を、「川」を擬人化する感じで歌っていると思います。
いずれにしても、25年の歳月を経てフランスを旅したジュリーに、かつて「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」を苦労して録音し大ヒットさせた当時の様々な記憶が甦ったであろうことは想像に難くなく、加瀬さんと道中を共にしたことなども思い出していたのではないでしょうか。
「我が心のラ・セーヌ」のメロディー、コード進行は長年の歌人生の中でジュリーの血肉となっていた要素がそのまま素直に反映されたかのような朴訥さが魅力ですが、曲中唯一の「フェイク」部とも言えるサビ部「C7」の採用に、加瀬さんに関連する不思議な符号を見出すことができます。

(ジュリー)
25 年 ♪
C7   B7

(加瀬さん)
いつまでも ♪
C7         B7

そう、「我が心のラ・セーヌ」でジュリーは、かつて加瀬さんが(まだこの進行に日本で馴染みが無かった時代に)「想い出の渚」のサビで採用した「C7→B7」の半音移動をまったく同じように踏襲しているのです。
2曲ともに朴訥なポップ・チューン。全体的にはジュリーの方が硬派(加瀬さんの「想い出の渚」とは違い、歌メロにマイナー・コードが登場しません)ですけど。

さて白井さんのアレンジですが、ジュリーが作曲した「歌メロ」の部分についてはコードまで変えることはしていないと思います。
対して伴奏部、或いはヴォーカルの隙間隙間は「これでもか!」というくらいいじり倒していますね~。
例えばこの曲、Aメロの1回し目と2回し目の間にパッと雰囲気を一変するお洒落な伴奏部が挿し込まれています。コードは「Am7→Gmaj7→C#m7-5→B7」。
進行自体は、ジュリーとはまた違った白井さん流の「シャンソン」的解釈と見ましたが、それを曲のキーであるホ長調そのままではなく突然転調させてト長調のスケールでやる、というのがね・・・なんとも白井さんらしいと言うか、ロックなんですよ。

白井さんのロック色についてはイントロはじめ頻繁に登場するアコギのカッティング・リフにも同じことが言えて、進行は「E→F#→G→C→B」。
もしかするとみなさまの中にはリズムの切り方、音の響きなどから2012年の「3月8日の雲」との共通点をお考えの先輩方がいらっしゃるかもしれません。でもこれ実は全然違う進行で。
「3月8日の雲」の方は他ジュリー・ナンバーで言うと「悲しき船乗り」とか「希望
」でも採り入れられているポップ・ロックの王道パターン(ホ長調で表記すると「E」の次に素直に「G」が来る)。「我が心のラ・セーヌ」での「E→F#→G→C→B」なんて進行、僕はこの曲以外知りません。ジュリー作曲作品とは言えこれは正に白井さんオリジナル。ヤンチャでロックなアレンジなのです。
かつて白井さんが「凡庸がいいな」のエレキ・サウンドで試したアレンジ手管をアコギに転換させたらこうなったのでは、と僕は密かに睨んでいるのですが・・・。

ジュリーの詞は、やはりかつてのフランス進出を含めたそれまでのジュリーの歌人生を振り返って、という気持ちで聴くとグッときます。ですから、ずっとジュリーから離れずに歩いてこられた先輩方がリアルタイムで聴いた時のインパクト、感動は大きかったんじゃないかなぁと想像します。
おそらくみなさまが特に惹かれているのは、1番、2番ともサビのこの部分ではないですか?

(1番)
忘れられる想い出がいいな
             A                   E

悲しいこと うれしいこと ♪
            B7               E    E7

(2番)
変わってゆく 視線の高さが
               A                  E

嫌なことも 好きなことも ♪
            B7               E    E7

今僕が勉強している『愛をもとめて』でも強く感じられる、本当に飾らない言葉。藤公之介さんのお言葉を借りれば(ビビアン様、教えてくださりありがとうございます!)「ある時は告白的に、ある時はグチっぽく、自分の心を隠さずに語ってくれる」ジュリーがそのまま表れたような歌詞です。
独白の色合いが強いぶん、ファンなら絶対に共感できるという特別な名篇。音的には徹底してハードなコンセプト・アルバム『忘却の天才』で、収録曲中ただひとつの純粋なアコギ・サウンド。その1曲にジュリーのこの名篇、歌詞が載っているというのがね・・・白井さんのアレンジは大成功だったのではないでしょうか。

後追いファン、しかも『ジュリー祭り』後に未聴のアルバムを一気に購入したせいもあったでしょう・・・僕はそんな「大人買い」の作品の中で最初期に聴いたアルバム『忘却の天才』を一発で気に入ったけど、「我が心のラ・セーヌ」という楽曲自体にはさほど心を動かされなかったんです。
今思えばそれも止む無し。ジュリーのことを深く知らずして理解できる曲ではありませんからね。
僕がこの曲を好きになったのは、ツアーDVDを観た時でした。「おっ、今まで気がついていなかったけど、なんかイイ!」と。その「なんかイイ」の「なんか」が何だったのか・・・僕はこの10年で少しずつ会得してきたわけです。
それにしたってまだまだこれから!ですけどね。

『愛をもとめて』でジュリーのフランス話を聞いて、今さらに「我が心のラ・セーヌ」の詞が沁みてきます。

変わらぬのは 見えぬ未来
                A                 E

流れてゆく  Ma Belle C'est
ça La Saine ♪
             B7  C7                          B7

セーヌの川の流れに、時の流れを重ねて見るジュリー。今よりずっとずっと昔から、ジュリーは時代時代を旅する吟遊詩人だったんですね・・・。

③『愛をもとめて』より フランスの話(第2弾)

さて今日はですね、もし可能であればみなさまにはちょっとここで読むのを中断して頂きまして、お手持ちであろう『夜のヒットスタジオ』DVDのdisc-1の2曲目「巴里にひとり」の映像をご鑑賞くださいませ。

・・・よろしゅうございますか?

実は今日の『愛をもとめて』コーナーはズバリ、『夜ヒット』でジュリーがあの”発音に厳しい”ピエールさんから手渡しでフランス・ポリドールのゴールデン・ディスク賞のトロフィーを受け取った、正にその日に放送(収録?)されたお話なのです。
これは只今猛勉強中の『愛をもとめて』幾多の放送回の中で、ヒヨッコ後追いファンの僕が日付特定できる数少ない回なのですよ~(75年5月5日)。

ということで、4月14日~18日の渡仏の報告、ならびに「今日頂いたばかり」というゴールデン・ディスク受賞の喜び(←本当に嬉しそう)を語るジュリーです。


1月に「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」という曲のプロモートのために1度行ってるんですが、(その後に曲が)どういうわけか大ヒットしまして・・・。

う~ん、この時点でのジュリー渡仏の回数が僕には微妙に分からないなぁ。レコーディングとは別にあと1回行ってたってこと?
そのあたり、まだ把握しきれていません・・・。
喋っているジュリーがね、特に「どういうわけか」と話す時の声の抑揚が、今でも時々LIVEのMCでちょっと照れ隠しのようにおどけながら自画自賛みたいな話をしてくれる、あの感じのトーンなんですよね。そういう時のジュリーの声、変わってないです!


花のフランスで大ヒットしまして、予定にはなかったんですが(向こうから)「是非来てくれ」と。3日間でもいいから来てくれと言われまして、「じゃあ行ってやろうじゃないの!」(←ここもおどけた感じの声のトーン)とそんな感じになりましてですね~。
やっぱり1月に行った時とはだいぶ、扱いと言うか待遇と言うか、それも大変よいものでございまして・・・。
なにしろ今ヒット中の曲を歌っている、そしてまたはるばるジャポンから来たケンジ・サワダということでですね、大変テレビの出番も良かったし、ラジオなんかも出て、それもインタビューの時間が、前なんか「ヘラヘラヘラヘラ~」っとやられたんですけどね、今度はじっくりとやって貰えたりとか、色々ありました。


そうかぁ・・・今回はあの厳しい厳しいピエールさんも「OH~、ケンジ、やったな!よく来てくれた!」と再会のハグとかしてきたのかなぁ、なんて妄想します。
いえね、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事を書きながら思っていたんですよ。やっぱりフランスの成功ってピエールさんのような現地スタッフの厳しさ、判断力、眼力があっての結果だったと思うんですよね。ジュリーもそれに対して「望むところ」と頑張った、その充実感も結果以前に確かにあったのでしょうし。

『愛をもとめて』では「ロンドンの報告」の回もありますが(いずれの機会に書きます)、ジュリーの話すテンションが「パリの報告」とは全然違うんです。まだロンドン、パリいずれも結果が分からない時期の放送なんだけど、ジュリーの「手ごたえ」からセールスの予想がついちゃうと言うか・・・。
一気にアルバムぶんの曲数を録ったロンドンと、曲を絞って集中して取り組んだパリとでは単純に比較できないかもしれないけど、現地スタッフの熱意、東洋の若い歌手の「作品」創りに向かう姿勢の違いがそのまま結果に表れた、という面もあると思うなぁ。

「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」はフランスのみならずベルギー、スイス、オーストリア、カナダと発売されて、ジュリーの夢でもあった「インターナショナルな立場で仕事がしたい」というのがひとつひとつ実現していってる、と。

1曲目がこんなにうまくいくとは思わなかったし、むこう(フランスの)の人達も口では「絶対ヒットする」とは言ってたけれども、ここまでうまくいくとは思ってなかったと思うんですよね。
だって僕らがそうなんだから。


2曲目、3曲目の話もすでに決まっていて、2曲目はもう(歌の)レコーディングも終わっている、と。
この時点でジュリーは曲のタイトルを口にしてはいませんが、「アテン・モワ」のことですよね。なんでも、多忙なジュリーに気を遣ってくれたフランス・ポリドールの計らいで、この2曲目からジュリーは歌だけ日本で録る、というスタイルになったのだそうです。


ちょうど18日に加瀬さんと渡辺美佐さんと、フランス・ポリドールのミッシェルさんと一緒に(日本に)帰ってきましてですね。

ミッシェルさんはジュリーの歌入れのために、フランスで録ったバックの演奏のテープを持って来日したというわけです。現地の若手プロデューサー、ミッシェルさんにとっても「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」の大ヒットは嬉しかったでしょうからね~。
2曲目をピエールさんに一任され、張り切ってジュリー達に同行し日本の地に降り立ったことでしょう。


なにしろフランスだけで25万から30万(枚)近く売れてるわけですよね。大ヒットしたわけですから、ゴールデン・ディスクをフランス・ポリドールから頂いたわけでございまして。

ここから先程みなさまに改めて観て頂いた『夜ヒット』の受賞シーンの話に。遂にピエールさんも来日!

あの人はミッシェルさんの上の人ですよ!「製作部長」って感じなのかな。わざわざね・・・直接(ゴールデン・ディスクの受賞トロフィーを)貰ったわけでございまして。

日本のポリドールでは曲が出た次の年になってからそういった受賞セレモニーがあるけど、フランス・ポリドールは結果が出たら速攻なのだそうですね。

やっぱり向こうのゴールデン・ディスクってイイんですね、うん・・・最近ほら、(日本では)何でもそうだけど、クイズ番組にしても何にしてもすぐトロフィーが出てきてさ、みんなチャチっこいトロフィーとかそんなんだから。一見重そうだけど持ってみたら全然軽かった、ってのが多い中で、(フランスのは)こじんまりしてるんだけれども、なんとなくイイんだ~っていうそういう感じでね。

2曲目、3曲目もコンスタントに評価されるように一生懸命頑張りたいと、このように思っている次第でございます。

いや~、いい話だなぁ。『愛をもとめて』でのフランス話はどれも本当に良い話です。
ちなみにフランスの話・第3弾は、新曲「アテン・モワ」についての話が中心なんですけど、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・モンド」を現地で生で歌った際に、お客さんが「Hoo、ooo~♪」のコーラスをつけてくれた、というこれまたジ~ンとする逸話が。
またいずれの機会に採り上げて書きますので、気長にお待ちくださいね。


それでは、オマケです!
今日は、以前大分の先輩から授かりました2002年『桂春団治』についてのインタビュー記事です。


Harudanji1

Harudanji2


では次回更新は、今月中に間に合うかどうか微妙なところではあるんですが、もう1本だけ”『愛をもとめて』のジュリーの話に関連したお題を探す”シリーズを書いて、その次から”祝!ジュリー69歳の誕生月・act月間”へと移りたいと思っています。

で、次回採り上げる予定の『愛をもとめて』放送回は、朗読したポエムのテーマにちなんでジュリーがつらつらと語ってくれる、本当に「ちょっとした話」なのです。
でも先日「あなたでよかった」で書いた「写生大会の話」もそうなんですけど、日々の仕事のこととはさほど関係しないそんなジュリーのちょっとした話というのがまた、『愛をもとめて』という番組の醍醐味のように思えてとても良いんですよね~。
なるべく早めに更新したいと思います!

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2017年5月24日 (水)

沢田研二 「指」

from『架空のオペラ』、1985

Kakuu

1. 
2. はるかに遠い夢
3. 灰とダイヤモンド
4. 君が泣くのを見た
5. 吟遊詩人
6. 砂漠のバレリーナ
7. 影 -ルーマニアン・ナイト
8. 私生活のない女
9. 絹の部屋

--------------------

いやぁ先週末からとにかく暑いですな~。
まだ5月だというのに職場では冷房がかかりまくっています。僕はあまりクーラーが得意ではないので重ね着したりして体調に気をつけていますが、みなさまはこの暑さの中いかがお過ごしでしょうか。
こちらでは今日の夕方から暑さは少しマシになったっぽいので、『大悪名』海老名公演にお出かけのみなさまにとっては幸いでしたね。

さて、自分の中での予定よりも少しだけ更新が遅れました。案の定と言うか、今日のお題曲の採譜に手こずりましてね~。でも、斬新な進行を地道に確認してゆく作業は本当に楽しいのです。
最近また大長文傾向にある拙ブログですから(と言うか『愛をもとめて』のチャプターに気合が入りまくっている笑)、今回も枕は短めに・・・”『愛をもとめて』のジュリーの話から関連してお題を選ぶ”シリーズ、今日はジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれた回を書きますので、考察お題は当然蜷川さん繋がりの圧倒的大作バラード、「指」を採り上げたいと思います。
アルバム『架空のオペラ』から、伝授!


①猟奇?妖美? 「指」はどのようにエロいのか

僕は小学校高学年で既に江戸川乱歩の「大人向け」な数々の名作を読破していたという、自慢できるようなヤバイような少年時代を過ごしておりました。
とは言っても別にませていたわけではなくて、小学校低学年で読んでいたポプラ社の少年探偵モノから、ごく自然にシフトしていったというわけです。

ただねぇ、そんな年齢ではいくら「孤島の鬼」やら「パノラマ島奇譚」やら「陰獣」やらを「面白い面白い」と夢中になって読んだとしても、その真髄は理解できようはずがないんですよ。やっぱり、ある程度の年齢になって読み返してじわじわとね。
それでも子供心に「面白い」と思っていたことは確かです。ただし、中には10代そこそこでは「理解できない」ばかりか「面白いとも思えずひたすら気持ち悪い思いをしただけだった」作品もいくつかありました。
そのひとつが「盲獣」。
もちろん今は大変な名作と思ってはいますが、なにせ「謎解き」とかまるで関係ないし、物語が解決することもない・・・いや、一応解決はしているんですけど初読の年齢ではそれが分からない、どこが面白いのかサっパリ理解不能だったのでした。
エグ過ぎるストーリーなので詳しい説明はやめておくとして、ただ1点、「異常なまでに触感が研ぎ澄まされた」男が登場する物語、とだけ記しておきます。
なまめかしくもゾゾゾ~っとする男の指の描写は、DYNAMITE少年の数年間に及ぶトラウマとなりました。

そんな僕が初めてアルバム『架空のオペラ』で「指」を聴いた時、良い意味で幼少期の「盲獣」のトラウマが甦ってきたのも、この曲の特殊「性」あらばこそ。
「ジュリー・ナンバーにエロ多し」と言えども「指」はやはり異質。では、何がどう異質なのでしょうか。

「身体を差し出すようなエゴイズム」?
「自傷と紙一重のナルシズム」?

いやいや、僕のそんな陳腐な表現では全然ダメ。もっと深くて・・・そして、敢えてこう表現しますがもっともっと「不健全」なものだ、と感じます。
もちろんこれは僕自身に美的センスが皆無、ということも影響しているとは思いますが(涙)、例えばこの曲で有名なのは何と言っても蜷川さん演出の、雨に打たれて歌い、泥水にまみれるジュリーですよね。
個人的にはあの映像を単に「斬新」「美しい」では済まされない。不愉快と快感ギリギリのところでジュリーが苦しみ、あがいているように思われるのです。
ある意味あんなに猟奇的、自虐的、耽美的なことをして見事に歌、詞、演奏とガッチリ嵌っているにも関わらず、歌っているジュリーの「ノーマル」な本質がそれを抗っていると言うか・・・いや、ジュリーだけじゃないなぁ。松本一起さんの詞も、僕はこれ実はすごくノーマルなんじゃないか、と思っています。

人さし指 5本の指 10本の指
G           Gmaj7      Dm7

君の肩を 胸を腰を 暗闇に描く
C                                  G

君を抱きしめた この生きもので
   Dm7                                Cmaj7  C#dim

思い出より 君を憶えている この指で ♪
      Dm7           Fm     G7          C

このサビなんかも、表現としては凄まじくエロいし「ズバリ!」ではあるんですけど、これ特に異常な情景や心情ではないわけですからね。誰しもが共感し体験することでもあるでしょう。

敬愛する先輩が以前仰っていたけど、蜷川さんのこの演出が無くてもジュリーが普通に「指」という歌を歌えば、聴き手それぞれが何か尋常ならざるものをかきたてられる、ということは起こるはず。でもあの演出で「指」は確信犯的に聴き手を異質の場所へと誘導し引きずりこんでしまいます。
それは「水」と「泥」の触感。
水の冷たさや泥の手触り、肌触りなんて気持ちの良いものではないのだけれど、その触感を与えておいた上で、そこから歌全体のイメージが改めて刷り込まれるという・・・ですから僕にとって「指」のエロとは、蜷川さん演出の映像を観る前と後とではとんでもなく感じ方が変わりました。
今はね、「怖いもの見たさ」に近い感覚。少年時代にはまるで理解できなかった乱歩の「盲獣」を、大人になってから読み返した時の戦慄によく似ています。
僕の中にある「ノーマル」な感性がチクチク刺され剥がされていく感じですかね~。

たぶんこの曲には、聴き手の「闇」を抉る力があって、それが他のジュリー・ナンバーとは比較し得ない「エロ」として迫ってくるのではないでしょうか。
まぁ僕の持つ「闇」なんてそんな大層なものではないですが(←卑屈になってるのか言い訳してるのかどっちだ?笑)、それでも「指」は本当にヤバイ曲ですよ。
だからこそ凄まじい名曲なのでしょう。

②楽曲全体の考察

歌っているジュリー、作詞の松本さんが「ノーマル」であると書きましたが、対峙する「アブノーマル」として「指」には蜷川さんの演出以外にもうひとつ、「危険な淫靡」をもたらす要因があると僕は考えます。それが大野さんの作曲です。

大野さんの作曲作品って、王道の進行に流麗なメロディーを載せてくるパターンが多くて、調号の変化が登場するナンバーは数えるほどしかありません。
ただ、大野さんがひとたび転調を採用するととてつもない大作、とんでもない斬新な作品が生まれます。ロック調なら「残された時間」、そしてバラードなら・・・僕はこれまで「ママ・・・・・・」だと考えていましたが、やっぱり「指」も負けないくらいに凄かった!
まずホ長調(Aメロ、Bメロまで)で始まる歌メロがサビでト長調、そしてサビの途中から(!)いつの間にやらハ長調へと転じています。

しかも、同じホ長調であるにも関わらず、AメロとBメロは全然印象が違いますよね。
おそらく「指」で大野さんは、「まったく異なる楽曲のアイデアを合体させて1曲の大作とする」作曲手法をとったのではないでしょうか。
この手法はクイーンの作曲クレジットが有名で、例えばフレディ・マーキュリーとブライアン・メイが持ち寄った別々の曲を合体させちゃうわけです。同一の作曲家であれば、ジョン・レノンの「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」が、「ヴァースごとにまったく違う!」この手法の大成功例ですかね。

「指」の進行、Aメロに限っては王道です。

同じ夜 同じ星 だけど違う場所
      E          C#7         F#m7     B

今 寂しくはないのか?
         A            G#m7

君はどこにいる ♪
   C#m      D     B7

これがBメロになると、一瞬だけ「んん?」と唸るフェイクが顔を出します。

最初の炎 ただ揺れて燃えつきて
E                                E(onD)

過去を見つめ うつろにワインを飲み終える ♪
                       C#7                         C

最後の「C」が、突然の半音堕ち。なんか・・・ここエロいですよね(笑)。危険な香りがします。

サビに突入すると、もう「今何がどうなった?」とクラクラするほど。3度登場するコードの中で「Dm7」の役割がそれぞれまるっきり違うんですよ。
(コードはチャプター①を参照)
1度目の「Dm7」は、ト長調のドミナントをマイナーに変換するという、「福幸よ」「犀か象」で昨年解説しまくった手法。これだけでも充分斬新ですけど、2度目の「Dm7」は、「みんな気づかないと思うけど、ここからハ長調になってるよ!」という「仕込み」です。これが無ければ次の「この生きもので~~~~♪」の圧巻のメロディー(ハ長調のトニックに着地)、ジュリー・ヴォーカルのあの突き抜け感には繋がりません。
3度目の「Dm7」は、ここはもうシレッとハ長調のサブ・ドミナント。「G7」(ドミナント)と共に、「この指で♪」の着地を助ける役割を担います。この「Dm7」と「G7」の間に突如「Fm」が挟まっているから、パズルみたいな進行になるのですな~。

「指」そしてアルバム『架空のオペラ』が素晴らしいのは、この斬新な進行のバラード大作をアルバムの冒頭1曲目に配していること。
演奏時間長めの重厚かつ複雑な構成のバラードで幕を開け、聴き手のド肝を抜く・・・ジュリーのアルバムでこのパターンは珍しいですよね。敢えて言えば、『思いきり気障な人生』もそうかな?
いずれにしてもそのインパクトは強烈。特に『架空のオペラ』はアルバム全体を通しての「こんなジュリー、今まで無かった!」感を冒頭の「指」がそのまま支配し続けているわけで、リアルタイムで聴いた先輩方はさぞ驚かれたのではないでしょうか。

アレンジも豪華です。個人的に好みの手管が2つあって、まずは歌メロ最後の最後、後奏へと向かって切り込むティンパニが痺れる!
「ここぞ!」のタイミングで噛み込むティンパニって、僕は昔からの大好物。『真田丸』のメインテーマでも一番好きなのは、イントロ「ちゃっ、ちゃっちゃっちゃっ、ちゃららっ、ちゃっちゃっ、ちゃっ♪」直後の「でけでんでん、でけでんでん!」のトコですからね。
もうひとつは、これも後奏で目立つのですが、ストリングス3連符の刻み。
壮大なバラードならではのアレンジで、この刻みのリズムは僕が現時点で最も好きなactナンバーである「エディットへ」にも登場します。

85年というのは、大野さんのアレンジャー・キャリアで言えばちょうど「サンプリング」を採り入れた大変革の時期と言えます。これは『太陽にほえろ!』の挿入曲の歴史を辿ってみても明らか。
『架空のオペラ』収録曲ですと、「はるかに遠い夢」などは「マイコン刑事」のために大野さんが作曲・編曲した2つのテーマソングと密接に繋がります。
もちろん「打ち込み打ち込みしたサウンド」もそれはそれで素晴らしいのですが、この「指」についてはサンプリング(タンバリンが一番目立ちますね)すら独特の緊張感があって、生の感触が強いように思います。ストリングスとかイントロの木管とか、これシンセなんですかね?僕には生音のように聴こえてしまっていますが・・・。

いずれにしても、「灰とダイヤモンド」以外すべて大野さんの作曲、そして全ナンバーのアレンジを大野さんが担当することによって『架空のオペラ』に魔法がかかり、「指」=1曲目の斬新な配置も大野さんの曲並びからすんなり決まったのでしょうね。
僕は決してアルバムの中で「指」が抜きん出て好きというわけではありませんが、「別格の名曲」とは考えていて、やっぱりこの曲なくして『架空のオペラ』は成立しない・・・たぶん一度でもジュリーの生歌を聴けたら「超別格曲」と認識を改めるであろうことは確実(同時に、こうして文章で語り倒すことの無意味さ、愚かさをも痛感することになるでしょう)とは言え、果たしてこの先機会がありますかどうか。
とりあえず『架空のオペラ』からは、今年のツアーで「灰とダイヤモンド」セットリスト入りを期待します!

③『愛をもとめて』より 『唐版・滝の白糸』の話

今日の『沢田研二の愛をもとめて』のコーナーは蜷川さん繋がりということで、ジュリーが『唐版・滝の白糸』について話してくれている回を採り上げます。
この回は、「追憶」「白い部屋」2曲ぶんのBGMの間、「公演が終わってひと安心しているところ」という心境のままにたっぷりと話してくれるジュリーです。
まずはこのお芝居をやることになったきっかけを


こういうのも巡り合わせでね、別に「どうしてこうして」っていうんじゃなくて、偶然が偶然を呼んでトントントントンと。

と、ジュリーはまったく本心で話しているでしょうが、「偶然」は確かにあれども、周りがジュリーの魅力、適性を放ってはおかなかった面もたぶんにあるんじゃないかなぁ、と思いながら僕は聞いていました。


まぁ僕も(話が具体化する)途中で本を読んでみたり色々したら、もう台詞はいっぱいあるしね~。長いしね~。
初めてでしょう、僕が舞台で生のお芝居をやる、なんていうのはね。テレビとか映画だったら、「カット割り」とか、そこだけとにかくやって次のところはまた練習して、ってできるけどお芝居は始まっちゃったらず~っとねぇ。
まして僕なんか、ほとんど最初っから出ずっぱり。途中ちょっと5分か10分くらい引っこんでるだけでね、(お芝居全体の中の)1時間半くらいは丸々ね。大主役なわけですよ。


そうかぁ、ジュリーはこれが初のお芝居だったか~と、後追いファンの僕は改めて再確認。その後40年余が過ぎて、今まさにジュリーは「最後の音楽劇」となる『大悪名』公演真っ最中という・・・。


だから最初話が決まりかけた時にね、僕はイヤでイヤでしょうがなかった。いや、今だから言えるんだけれども(笑)。怖くてね、こんなの僕にできるのかな、なんて思ってね。

稽古に入ってから最初の2、3日は台本見ながらやったそうです。ジュリーはどうしても台本を見てしまう、頼ってしまうという状況だったそうですが


「そろそろ台本離してやりましょう」と蜷川さんがおっしゃいましてね。「怖い、怖い」なんて思ってね。
稽古は12日くらいやってたのかな。(稽古期間の)真ん中くらいにきて、台詞を覚え出した頃から、だんだんこう、面白くなってきてね。やってるうちに、自分で酔えるっていうかね。
大映の東京撮影所で作ったセットで、本番通りに照明もして、やってたらね、自分でやってて涙が出てくる、胸をかきむしられるような、っていう。こういう時って、歌を歌っててもそうだけど、別に「悲しい」とかそんなんじゃなくて、涙がじ~っと出てくるっていう・・・そういう時って一番嬉しい時だから。


なるほど・・・これが「表現者」がよく言うところの「無心の涙」なのかな。
僕もジュリーのLIVEに行くようになって、何度か「歌っている最中に涙が上がってきている」ジュリーを観ています。もちろんそれは歌の内容、歌詞によるところが大いにあるんだけど、それ以上に歌に入り込んで、邪気を無くした時に起こると。
だから、カッコをつけたり、「こういうことを歌っている」と思考し主張しながら歌ったり演じたりしていると逆にそれは起きないことなんだろうなぁ。
ジュリーは『唐版・滝の白糸』で、初めてのお芝居にして高い境地に達していたのですね。


評判も良かったしね。今思ったらやっぱり「よくやったなぁ」と思うんだけれども、この仕事をしてね、いつもいつも軽い仕事ばっかりしてるとね、人間ダメになってしまうなぁと思ったりもしてるし、うまくいったらいったで・・・まぁ現金なものだけど、今終わって振り返ってみて、やっぱり唐十郎さんとか、共演してくださった麗仙さんって人も、本当にあの人とやってる時ってのはね、あの人は(お芝居全体の)真ん中あたりから出てくるんだけれども、あの人が出てから僕の気持ちもビシ~ッ!と締まってきてね、どんどんどんどんリードされるわけですよね。
「アングラの華」って言われてあんまりテレビとかそういうとこ出ないで、ご存知ないかたの方が多いのかもしれないけど、隠れたところで頑張って一生懸命やってる人もたくさんいるんだなぁと。


最後はしみじみと、演出の蜷川さんはじめスタッフがお金の計算とか考えずに、「とにかくいいものを!」と打ち込む、そういう仕事ってのは大切なんだなぁと語っていたジュリー。初めてのお芝居を大成功させて


今度の中野サンプラザのステージは頑張ってやろう・・・と、やる気になったんです。ものすごく。

改めて羨ましいなぁと思うのは、首都圏にお住まいの(或いは75年当時お住まいだった)先輩方の中には、『唐版・滝の白糸』を観劇され、続く中野サンプラザのLIVEにも参加、ジュリーの進化を目の当たりにした方々が実際いらっしゃるのだ、というね。
いつもお世話になっているピーファンの先輩から以前お借りしたスクラップ・ブックの中にも、チケット半券が大切に保管されていました。

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また、別の先輩には『唐版・滝の白糸』の批評が掲載されている新聞記事の切り抜きを見せて頂いたことがあります。僕のような後追いファンとしては、その切り抜きの存在自体がもう夢かうつつか、という感じで現実感が持てなくて。
今回『愛をもとめて』でのジュリーの話を聞き、勉強して、今までリアルに飲み込めていなかった感覚を少しだけ克服できたような気がしているところです。

僕がジュリーのスケジュールをリアルタイムで把握するようになったのは『ジュリー祭り』が明けた2009年以降ですが、「お芝居をやってから全国ツアー」というスタイルでずっと来ていますよね。
体力的にも大変でしょうしシンドイのでしょうが、ジュリーの中では仕事をしてゆく上でそれが自然にして必然の「いい流れ」だったのでしょう。
音楽劇は今年2017年でラスト・・・70歳となる来年からはまた違ったスケジュールに切り替えてコツコツと、ということになるのでしょうが、最後の音楽劇を僕もしっかり見届けなければ、と思いを強くしました。

そうそう、今回の『大悪名』豪華キャストの中で僕が特に注目しているのは、茂山宗彦さん(つい先日出演されていることに気がつきました)。あの懐かしい『ちりとてちん』の小草若じゃあないですか~。
「底抜けに痺れましたがな!」の茂山さんがどんなお芝居を魅せてくださるのか・・・楽しみです!


それでは、オマケです!
こちらも福岡の先輩のお世話になり手元にございます『ヤング』のバックナンバー、85年1月号から。


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この頃はジュリーの「今後の情報」というのがまったく無くて、ファンからは次のコンサートの問い合わせなどが相次いでいたそうですね。
その「次のコンサート」で皆のド肝を抜いたのが、お題の「指」であったりした・・・のかな?
そして、この『新春かくし芸大会』から30余年。今ジュリーは貫録の「親分」を演じているのですね~。


では次回更新ですが、実は、先日「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の記事で書いたジュリーのフランス話・第1弾が秘かに大変な好評でございまして。
普段優しくも厳しく拙ブログの内容を叱咤してくださる指南格の先輩方が揃って、珍しくただただハートマーク状態となり(笑)「続きを~」と切望していらっしゃいますので、フランスの話・第2弾を書こうと思います。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」大ヒットを受けてジュリーが再度渡仏した際の話や、有名な「フランス・ポリドールのゴールデン・ディスク受賞」の話も出てきて、これまた素敵な回ですよ~。

考察お題曲は「フランス関連」ということで、ジュリー自身の作詞・作曲による2000年代のアコースティック・パワーポップなあの名曲を採り上げます(←バレバレ)。
どうぞお楽しみに!

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2017年5月18日 (木)

沢田研二 「あなたでよかった」

from『耒タルベキ素敵』、2000

Kitarubeki

disc-1
1. A・C・B
2. ねじれた祈り
3. 世紀の片恋
4. アルシオネ
5. ベンチャー・サーフ
6. ブルーバード ブルーバード
7. 月からの秋波
8. 遠い夜明け
9. 猛毒の蜜
10. 確信
11. マッサラ
12. 無事でありますよう
disc-2
1. 君のキレイのために
2. everyday Joe
3. キューバな女
4. 凡庸がいいな
5. あなたでよかった
6. ゼロになれ
7. 孤高のピアニスト
8. 生きてる実感
9. この空を見てたら
10. 海に還るべき・だろう
11. 耒タルベキ素敵

---------------------

音楽劇『大悪名』の大阪公演は「河内音頭」のサプライズと共に大盛況に終わり、週末は栃木。いよいよ沢田組が関東に帰ってきますが、僕が観劇する池袋までにはあと1ヶ月ほど待たねばなりませんねぇ・・・。

さて今日は、楽曲考察以外に書きたいネタが満載。
暑苦しい大長文が懸念されますので(それはいつものことか汗)、枕もそこそこに本題に突入しますよ~。
お題は依知川さん作曲のアコースティック・バラード「あなたでよかった」です。
アルバム『耒タルベキ素敵』から、伝授!


①『あさいち』LIVEの「あなたでよかった」

前記事で少し触れた通り、先の土曜日(5月13日)、浅野孝巳さんと依知川さんのアコースティック・ユニット『あさいち』LIVEを観に水道橋まで行ってきました。
会場はイタリアン・レストラン『la cucina VIVACE』。音楽好きのマスター(かつて、あの『ミュージック・マガジン』に寄稿されていたという凄い方でした)が企画し、『あさいち』初の出演会場となるお店だそうです。
まず最初の1時間はお店のイタリアンをバイキング形式で頂き、お店のセッティングを変えてからLIVEが始まるという二部構成。昔アマチュアの弾き語りLIVEで出演していた荻窪『グッドマン』を思い起こす独特な雰囲気のお店、ステージングでした。
料理は味、量とも大満足!

想定外に楽しかったのは、その食事タイムで相席となった男性お2人がとても博識かつ面白い方達で。
BARAKA(依知川さんのバンド)の後援会をされているとのことで、人柄的にも懐の深そうなお2人でしたが、何と言っても同世代というのが大きくて(僕も含めた男3人が、昭和40年、41年、42年生まれという偶然)、音楽の話が次から次へと繋がる繋がる!
楽器の話、エイティーズ・ロックの話、プログレの話、ゴダイゴの話、そして当然世代的にお2人ともジュリーの有名シングル曲はご存知でしたから、「カサブランカ・ダンディ」や「ス・ト・リ・ッ・パ・-」の話もしましたよ!

そんなお2人が力を入れて今頑張っていらっしゃるのが・・・結成20周年を迎えたBARAKAの今年の全国ツアーで11月2日・東京国際フォーラム公演が決定していて(依知川さん、翌日のジュリー松戸公演と連チャンですね~)、「なんとか満員にしたい!」と。
もちろん話を聞いた僕も何とか応援せねばと思い、拙ブログでも今後機を見て『BARAKA・東京国際フォーラム公演』の広報活動を心がけてまいります。


Baraka1

Baraka2

ジュリーファンのみなさま、ご都合よろしければ是非!

さて、メインである『あさいち』のLIVEですが、これが本当に素晴らしかったです。
浅野さんも依知川さんも「音の求道者」って感じで・・・もちろん依知川さんが素晴らしいことは生のジュリーLIVEで知っていましたが、日本が誇るレジェンド・ギタリストである浅野さんの演奏を、僕は今回初めて生体感することになりました。
何と言っても僕が生まれて初めて自分で買ったレコードは、ゴダイゴの『ガンダーラ』のシングル盤でしたからね。僕は浅野さんの音をキャッチするアンテナを、幼少時の原風景と共にバッチリ持っているんですよ。

ゴダイゴの曲(演奏順に「ホーリー&ブライト」「ビューティフル・ネーム」「ガンダーラ」「モンキー・マジック」「銀河鉄道999」)とビートルズの曲(同じく「ティル・ゼア・ウォズ・ユー」「サムシング」「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」)を中心に、モンキーズ、サンタナ、ジェフ・ベック・・・たっぷり堪能しました。
この日演奏は無かったのですが、僕は『いろはの”い”』というドラマのサントラでの浅野さんのギターが大好きで。とにかく音色と指圧が圧倒的なんですよね。
そのあたりも「あぁ、あの浅野さんの音だなぁ」と数々の曲で実感することができました。

また依知川さんのベース演奏では、特にジョン・レノンの「ラヴ」のアレンジに痺れましたね~。
前奏と後奏、ハイフレットのベース・ソロで美しい歌メロを再現(アンコールの3曲以外、僕の席からは依知川さんの指使い、楽器はまったく見えませんでしたが、この曲はフレットレスのように聴こえました。自信はありませんが・・・)。同個所で切々としたピアノ・ソロを配した原曲アレンジへのリスペクトが窺えました。
あと、セットリスト前半の「ビートルズ・コーナー」でやってくれた「サムシング」では、サビの「I don't wanna leave her now♪」を追いかける素晴らしいオリジナル・ベースラインを2番以降はキッチリ再現してくれたんです。
依知川さんはリード・ヴォーカルをとりながらの演奏でしたから、なおさら凄い!
演奏後に「ジョージの曲の時のポールのベースはイイんですよ~」としみじみ語っていた依知川さん。
これは本当に仰る通りです!ビートルズの他のジョージ・ナンバーでは、高速シャッフルの「オールド・ブラウン・シュー」とか、16ビートの「タックスマン」とかね。
そういえばお正月のジュリーLIVE、依知川さんは「こっちの水苦いぞ」で、オリジナル音源に入っている泰輝さんのシンセベースのコピーではなく、新たに考案したベースラインを披露してくれました。それが「タックスマン」でのポールの演奏とよく似ていたのです。
依知川さん、僕はあの時大喜びしていましたよ!

で、この日「今日は2人のオリジナルも1曲ずつやろうと思います」とのことで採り上げられた依知川さんの曲が、ズバリ「あなたでよかった」でした。ジュリーファンとしては特大にラッキー!
依知川さんのMCを振り返ってみましょう。


昨年からまた沢田研二さんのバンドをやっていまして、今年はシングル曲をたくさん歌う、というツアーが全国66公演決定しております(客席からは「そんなにやるんだ?」と驚きの声も)。
今は、(ツアーのセットリストに)どんな曲が来るんだろう?と楽しみにしているところなのですが、それとは別に、沢田さんのために(依知川さんご自身が)書いた曲がいくつかありまして、その中から・・・これは詞を載せてくれたのが覚和歌子さん。『千と千尋の神隠し』などで有名な方ですが、本当に”詩人”なんですよねぇ。
お父さんのことを歌った詞なんですが、沢田さんの歌が本当に素晴らしくて、自分が歌うなんておこがましいのですが・・・。

そんなMCに続いて始まった「あなたでよかった」。
浅野さんがアコギ(アルペジオからストローク)、依知川さんがベースとリード・ヴォーカルです。
この曲はジュリーのオリジナル音源にベースが入っていませんから、音としてはまずその点が新鮮でした。ドミナント・コードで開放弦を使う依知川さん、その際空いた左手でトレードマークの長髪を「バサ~ッ」とかき上げます。これはもうお約束なのですな~。

僕は依知川さんのリード・ヴォーカルをこの日初めて聴いたわけですが、ハスキーで柔らかいハイトーンに驚きました。あの体躯ですから、なんとなくドスの効いた男らしい歌声を想像していたので本当に意外です。
でもよくよく考えてみれば依知川さんは、ジュリーの「麗しき裏切り」なんかではメチャクチャ高音域を綺麗なハイトーンでハモっていますからね。
ジュリーとはまた違った魅力溢れる「あなたでよかった」が聴けました(依知川さんが作った美しいメロディーについての考察は、次のチャプターで書きます)。

そうそう、依知川さんは歌だけでなく普通にお話される時の声もまるで女声のような柔らかさでしたよ。
セットリスト前半後の休憩時に僕らの席の横を通りかかった依知川さんが「楽しんでますか?」とその美声で話しかけてくれまして。自ら手を差し出し握手もしてくださってね(カミさん、「キャ~!」言うてた笑)。
LIVEが終わってお店を出る際にも、もう一度握手。もしお願いしたら一緒に写真も撮って頂けそうな雰囲気でしたが、僕らジュリーファンからするとやっぱり依知川さんって特別な人じゃないですか。畏れ多いやら恥ずかしいやらでそこまではとても無理。
「BARAKAにも行きます!」とお伝えするのが精一杯でしたね・・・。

浅野さんの方はもうね、レジェンド・オーラが凄くて。
食事の時にお客さんの各テーブルに乾杯にきてくださいましたが、「あのゴダイゴの浅野さんと乾杯ってマジか~!」と、僕は完全に舞い上がっていました。
「ジャズコのセッティングすべて12時がベスト、って本当ですか?」とかお尋ねする勇気は無し!
とにもかくにも、素敵な夜でした。

ではこのチャプターの締めくくりに。
お店のマスターが仰るには、「動画はダメだけど、写真はどんどん撮ってどんどんupして、今日来れなかった人に自慢してください!」とのことでしたから、カミさんが撮影した当日のステージ・ショットを1枚どうぞ。

20170513asaichi1


依知川さんが立って演奏しているので、アンコールでやってくれた「ス・ト・リ・ッ・パ・-」「銀河鉄道999」「サンシャイン・ラヴ」いずれかのシーンだと思います。
ちなみに「ス・ト・リ・ッ・パ・-」はオリジナルと同じホ短調での演奏でした。この曲のベースは本当にカッコイイ!

マスターはお店での『あさいち』公演・第2弾も考えていらっしゃるそうです。
お食事含めて本当に楽しい時間、空間ですので、こちらもみなさま是非一度・・・詳しい情報が入りましたら拙ブログでもご案内させて頂きたいと思います!


②楽曲全体の考察

多くのジュリーファンのみなさまもそうかと思いますが、この曲はどうしても自分の父親のことを重ねてしんみり聴いてしまいますね。それだけ力のある詞でありメロディーであり、ヴォーカルだということです。

僕はちょうどジュリーがお母さんを亡くしたのと同じくらいの年齢で、母親を病気で早くに亡くしました。でも、その後いつの間にやら80歳を越えた父親はまだまだ元気で、調剤師の仕事も現役。有難いことです。
体格は僕とは違ってガッチリ型。僕は体質など身体的には完全に母親似なんですけど、性格や人との接し方などは男兄弟3人の中で一番父親に近いです。

ひたいを押しつける 上着に染みついた
Gm             Cm7     F7             D7

強い煙草の匂いと ♪
Gm        Cm7    D7

今はもうやめていますが、僕の父親もかつてはヘヴィー・スモーカーで、ピースを1日60本吸ってましたからね。上着には煙草の匂いが染みついていましたよ。
『あさいち』でこの曲を情感こめて歌った依知川さんも、ご自身のお父さんを思いながらの熱唱だったのかなぁ。ハスキーな美声で切々と歌っていました。

依知川さんがジュリーに提供したナンバーの中で、「あなたでよかった」は唯一のバラードということになるでしょうか。その上で依知川さんらしさと言うか、音楽的嗜好がよく表れた名曲だと思います。
キーはト短調。

やさしさと弱さを
        Gm  F   E♭maj7

裏おもてにして
D7       Gm       F   E♭maj7   D7

目立たぬようにと     歩いてきたよね ♪
          Gm F    E♭maj7   D7       Gm

サビの進行自体は王道ですけど、メロディーの載せ方や音符割りには、依知川さんの好きなクリーム「ホワイト・ルーム」のAメロをバラードにしたらこんな感じになるのかなぁ、と思わせる武骨な面もあります。
また、依知川さんが『あさいち』2人の「共通項です」とLIVEで話されていた、ビートルズのエッセンスも。
僕が特に想起させられるのは、ポール・マッカートニーのアルバム『オフ・ザ・グラウンド』に収録されている、アコースティック・アルペジオ・バラード「アイ・オウ・イット・オール・トゥ・ユー」です。まぁこれはアレンジ段階で白井良明さんが狙った解釈なのかもしれませんが、とにかくメロディーが美しいのです。
ヴァースごとの着地も丁寧で、このあたりは「書」にも通じる「結び」の感性と技術ではないでしょうか。

そして、依知川さんも「本当に素晴らしい」と語っていたジュリーのヴォーカル。

夕映え の坂道
   Cm7   F7    B♭  B♭(onA)

思うたび 泣ける のを こらえる ♪
   Gm             Cm7  F7          B♭   D7

特にグッとくるのはここですよね。
嗚咽しながら歌ったこのヴォーカルが正規テイクとなったのは必然でしょう。
これは歌い手の魂がそうさせている、と言えば良いのでしょうか。いずれ別の機会に記事に書きますけど(次回かな?)、『沢田研二の愛をもとめて』で、『唐版・滝の白糸』についての回があります。その中で、演じながら(歌いながら)涙があがってくることがあった、という話が出てきますが、それは何も「悲しいから」とかそういうことではない、と。無心のままに起こることなのだと。

もちろんそれは、「あなたでよかった」で言えば覚さんの歌詞、依知川さんのメロディーに身体ごと入り込んで歌っている証。まったく「あざとさ」が無いんですよ。
アルバム『耒タルベキ素敵』収録曲の中でも、屈指のヴォーカル・テイクだと思います。


③『愛をもとめて』より 写生大会の話

さて今日は「あなたでよかった」が記事お題ということで、『沢田研二の愛をもとめて』で何か関連する話題の放送回音源があるかな、と探しまして。
ほんの少しなんですけど、ジュリーがお父様の話をしてくれた回について書くことにしました。

もちろん僕は詳しくは知りませんが、この番組では時々「アンコール・ポエム」と題して、詩集の中から視聴者リクエストを募ってジュリーが朗読するコーナーがあったようですね。
この回朗読されたのは、「風景」とか「絵」をテーマにした作品でした(タイトルまでは分かりません)。
詩の印象的な箇所を書き起こしますと


おまえと歩いた道のり おまえと耐えてきた風雪が
まるで美術全集の1冊のように心の中にしまいこまれている

明日から描く僕の心の風景画には
おまえの姿はどこにも見あたらないだろう
寒い、さみしい景色だけが 色あせて広がるだけだろう


詩集をお持ちの先輩方なら、「あぁ、あれか!」とすぐに思い当たるのかな?
いつか僕も実物を拝んでみたいものです。

朗読を終えたジュリーは、自身の「絵」にまつわる思い出話をしてくれます。
小学校や中学校では「写生大会」なるものがあって、生徒みんなその日は喜んでいたものだった、と。


成績はともかく、おべんと持って外へ出られる、というのが非常に良かった。
中学2年か・・・3年だったかな?(その写生大会の日に)ケンカをしたんですなぁ。(相手は)他の学校の卒業生で、もう働いていた人だったのかな。僕らのいた岡崎中は、当時ケンカが強くてガラの悪いことで有名な学校でして、まぁ簡単に言うと「番長グループ」の中に僕らもいて。でも、僕らはケンカはするけど一応真面目に不良をやっておったのです。


と、苦笑いも交えつつ力説するジュリー。つまり「粗にして野なれど卑ではない」ってやつですな。
CO-CoLO時代の名曲「青春藪ん中」は、「お兄さんのことを歌った」と解釈するファンもいらっしゃいますが、僕はこの頃の仲間のことを歌ったんだと思うなぁ。
男子が実の兄弟のことを「ブラザー」とは言わんだろう、と・・・。「ブラザー」ってやっぱり「男同士のダチ」のことですよ。
で、そんな「ブラザー」達と一緒に


その日も僕らは真面目に絵を描いておったんですよ。

とジュリー。
「円山公園の方に向かって・・・」と詳しくその場所も説明してくれていますが、京都の地理に疎い僕にはなかなか聞き取り辛くて・・・すみません。
そうしていたら一人の男がぶつくさと因縁をつけてきて、それでケンカになったと。


僕らも腹立ったから「ドカ~ン!」と蹴ったりなんかしてね。

そんなこんなで色々とあって、まぁ派手に暴れたぶん後で騒ぎも大きくなったのでしょうし、代償もね・・・詳しく書くことは控えますが、そのケンカの件が元でお父様にも大変な心配、苦労をかけてしまったようです。


その時の親父の気持ちが、僕には痛いほど分かった。
(ケンカした)手も痛かったし、心も痛かった、というような思い出があるんですが・・・「絵」に関してこういう思い出を持っているっつうのは僕くらいのもんでしょうかね~。僕と、その仲間だけですなぁ。


有名な芸能人のこういう話って、武勇伝的に語られることが多いように思います。でもジュリー違います。
何についてもそうなんですけど、自分を大きく見せようとか、カッコつけようみたいな感触が一切ありません。むしろ「僕はごく普通の人」という自然体が際立つと言いますか・・・。この放送回も、ごくごく自然に「絵」についての少年時代の思い出話をしてくれていて、それがまたファンとしては特別、格別な感じがしてね。
40年以上経ってから初めてそんな語り口に触れると、いかにジュリーが得難いまでに真っ当な感性をもって、それでいて奇跡のような歌人生を歩き続けてきたのか、ということを思います。

そんなジュリーの1年1年にずっと立ち会えている先輩方が僕はひたすらに羨ましく・・・貴重なラジオ音源と昭和の良き時代に改めて感謝するばかりなのです。


それでは、オマケです!
今日は2000年の資料ということで、まずはミュージカル『ペーパームーン』再演に向けてのジュリーのインタビュー記事を2枚。


200011

200012


続いて、『音楽倶楽部Vol.4』から、『耒タルベキ素敵』ジュリー全国ツアー・レポート中で紹介されていた、「あなたでよかった」作曲当時の依知川さんです。

2000oc09

2000年はBARAKA結成3年目ですか。さすがに若い!


では次回更新ですが、『愛をもとめて』でのジュリーの話から関連したお題を探すシリーズを続けます。
先に少し触れた『唐版・滝の白糸』の話をしてくれた回が有力候補ですが、そうなると当然蜷川さんの関連で、ほとんどのジュリーファンが大好物であろうあの大作エロ・ナンバーをお題に採り上げるしかありません。
いかにも難しそうなあの名曲を、短期間で僕がキチンと採譜し楽曲構成を完全に血肉とできますかどうか・・・。難しいようでしたら他の話題、選曲に切り替えますが、とりあえずベストは尽くしてみます。

暑いのか寒いのかよく分からない気候が続きます。
みなさま体調を崩さぬようくれぐれもお気をつけください。僕は今のところ大丈夫ですが、「大丈夫」と書くとその直後に風邪をひくのが毎度パターン化しているような気がしますので、ホント気をつけよう・・・(汗)。

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2017年5月14日 (日)

沢田研二 「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」

from 『KENJI SAWADA』、1976

Kenjisawadafrance

1. モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド
2. ジュリアーナ
3. スール・アヴェク・マ・ミュージック
4. ゴー・スージー・ゴー
5. 追憶
6. 時の過ぎゆくままに
7. フ・ドゥ・トワ
8. マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス
9. いづみ
10. ラン・ウィズ・ザ・デビル
11. アテン・モワ
12. 白い部屋

---------------------

みなさま、昨日の『パリの哀愁』オリジナル版の放送はご覧になりましたか?
この映画のオリジナル版がテレビ放映されるというのは相当に貴重な機会ということで、多くの先輩方もとても楽しみにしていらしたようですね。
それにしても、相手役の女性はゴッツイですね・・・そのおかげで、先輩方がよく仰る「ガラスのジュリー」がこの映画では際立っているように思います。

放映はあと2回あります(スケジュールは
こちら)から、今回見逃した方々はチェックしてくださいね!

ジュリー界の話題と言えば、あとは『大悪名』が今日で大阪公演ラストですか。
大坂在住のカミさんの友人(特にジュリーファンではない一般の方)が観に行かれたそうで、「とても面白かった」と。ジュリーの頭には驚いたみたいですが。
北千住の初日含め、参加されたみなさまの雰囲気から素晴らしい舞台であると分かります。
なかなか斬新な脚本のようで、観劇の前に全体を把握するのは勿体ないような気がしてきましたので、自分が参加する池袋公演までこれ以上のストーリーのネタバレはやめておこうと思っていますが、ジュリーの髪型についてだけは、いつもお邪魔しているブログさんなどで逐一チェックするつもりです!(笑)

さて、今日から5月末までの自由お題更新期間は、只今猛勉強中の『沢田研二の愛をもとめて』ラジオ音源からのネタを交えるスタイルで書いていこうと決めました(と言うか楽曲考察よりもむしろそちらに力が入っていたりして汗)。
75年当時のジュリーがリアルタイムで語ったあんな話、こんな話・・・もちろん先輩方にとっては既にご存知な内容ばかりでしょうけど、後追いファンの僕は目からウロコ、「今にして知った」話題ばかり。
それに今回僕が勉強しているのは、いつもお世話になっている福岡の先輩が放送当時必死にチューニングを合わせてカセットテープに録音し、長年大切に保管されていた貴重な音源です。
長いファンの先輩方も、その当時ジュリーが様々なタイムリーな話題をどんなニュアンスで、どんな言葉遣いで語っていたかまでを鮮明に覚えていらっしゃる、という方は少ないでしょう。そんな雰囲気を最大限みなさまにお伝えできるように、これから5月いっぱいまでの更新を頑張ってまいります。

ということで今日はジュリーのおフランスなアルバム『KENJI SAWADA』から、「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の楽曲考察記事とともにお届けしますよ~。
よろしくおつき合いください。


①「ゲイシャ」は世界に通用する日本語?


まずは、歌詞の話をしたいと思います。
僕はアルバムを通して聴く際にジュリーであれ好きな洋楽であれ、歌詞カードを目で追いながらじっくり味わいたいタイプなんですけど、「フランス語」の敷居の高さなのでしょうか、楽曲それ自体はともかくアルバム『KENJI SAWADA』の歌詞カードについては未だ全曲の熟読には至っていません。
これまでフランス語ナンバーを4曲記事に書いていて、その都度「あぁ、こういう歌詞だったのか」と訳詞を読みながら改めて把握してきた、という状況です。

記事執筆5曲目となる「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」も今回初めてフランス語詞と訳詞を歌詞カードで確認することとなりました。
さすがフランス語・・・耳で聴いて何となくイメージしていた僕の貧弱なそれとは世界が違うものです。
いきなり冒頭から

Elle a seize ans
Cadd9

Des yeux d'ange un visage d'enfant ♪
                       C                                 

ここ、「えら、せぞ~ん・・・♪」というメロディーの語感で覚えていた僕は、「セゾン」を「季節」の「セゾン」だとばかり思い込んでいました(アン・ルイスさんの「ラ・セゾン」の「セゾンですね)。
でも正しくは「seize ans」=「16」。訳詞は「あの子は16才」となっています。
うっひゃあ~、16才の「ゲイシャ」に貢ぎまくる歌ですか?とビビリましたが、読み進めていくと

Ma geisha de France ♪
     G7          C

この訳詞が「ぼくのフランスの恋人」。
日本語解釈で「ゲイシャ」を「恋する人」としているわけですな。てか、ちょっと待てよ・・・元々「ゲイシャ」は日本語なんだから、それがいつの間にやら「恋人」に化けたことになる。じゃあフランス人にとって「ゲイシャ」が「モナムール」的な解釈で知られている日本語なのかって言うと、そうでもないような気がします。
下手すると「コールガール」みたいな認識があるのかもしれない・・・「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」って、現地では結構過激なアダルト・ラヴソングと捉えられたかもしれないなぁ、と思ってみたり。実際の感覚がどうかは分かりませんけどね。

ただ、何故「ゲイシャ」が楽曲タイトルに組み込まれたのかは明白で、そりゃあジュリーが「日本の歌手」だったからですよね。「女性」を表す日本語の代表格ということで抜擢されたフレーズでしょう。
ひと昔前、外人さんが「あなたが知ってる日本語は?」と尋ねられてよく答に出てくるのが「スシ」「ゲイシャ」・・・僕にはそんな印象があります。70年代ならなおさらその2つは突出していたのではないかと。
とは言っても
「今夜は貴方と2人きりでスシを食べたいんだ」
って歌では間抜けですから
「君は僕のゲイシャ・ガールだよ」
と。
「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の大ヒットで一躍脚光を浴びた日本のハンサムな青年歌手、ケンジ・サワダに「日本人」の特性を生かしたテーマとして「ゲイシャ」を歌った楽曲が与えられた・・・現地フランスとしては正攻法の曲作りだったと言えましょう。
その辺りもビバ70年代!もし今の時代に当時のジュリーと同じくらいの若さでフランス進出を果たした日本人男性歌手が現れたとしたら
「僕はアキバ・シティからやってきたオタク・ガイだ」
みたいな曲を歌うことになるんですかねぇ。

その点ジュリーは生まれる時を間違っていない・・・デビューからこれまで、その時代時代で真っ当に、ふさわしい曲を歌ってきているんだなぁと思うばかりです。

②楽曲全体の考察

今度は「曲」のお話。
ジュリーのいくつかのフランス語ナンバーには作曲の大きな共通点があります。
それぞれキーこそ違えどBメロ(展開部)でまったく同じ理屈の転調が登場するのです。例えばアルバム『KENJI SAWADA』収録曲で言うと、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」「ジュリアーナ」「スール・アヴェク・マ・ミュージック」「フ・ドゥ・トワ」「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の5曲。これらの曲をすべて調号なしのハ長調(今日のお題曲「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」のキーです)で揃えて移調表記すると、Bメロでは必ず「ミ」「シ」「ラ」3つの音に♭がつく調号へと転調します。

数がさほど多くないジュリーのフランス語ナンバーの中でこれだけの曲例があるからには、偶然とは考えられません。かと言ってこの進行が特に「シャンソンの王道パターン」というわけでもない。つまり、ジュリーのフランスでの「適性を狙って」作曲されていると思うのですよ。
これはやっぱり、「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の大ヒットが現地フランスのスタッフにとって想定以上と言うか強烈なインパクトがあり、「よ~し、徹底的にこの路線で!」と上層部(フランス・ポリドールの偉い人)から指示が飛んだのではないかなぁ、と。
また、フランスでのセカンド・シングル「アテン・モワ」にはこの転調こそ登場しませんが、曲調としては「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」を受けていますよね?
「許されない愛」でソロ・デビュー後初のヒットをカッ飛ばしたジュリーに、その後「よく似た」テーマであったり曲調を擁する「あなただけでいい」「死んでもいい」が提供されたのとよく似たムーヴメントが、海の向こうのフランスでも起こっていた・・・そう考えるとなんとも痛快ではありませんか。

さて、そんな曲達の中「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」はなかなかの変り種。バラードとまでは言えませんし、「ジュリアーナ」のようなノリノリの曲調でもありません。
テンポ自体はスローですけど、この曲は何と言ってもドラムスの渋さね!
特に難しいテクニックを駆使しているわけではないんですけど、ハイハットがエイトではなく16を刻むのでテンポが倍速に聴こえます。その効果で曲がちょっと愉快でお洒落な、グッと気どった雰囲気に・・・もしかするとジュリーのフランス語ナンバーの中で、僕ら日本人が「シャンソン」に抱いているイメージに一番近いアレンジの曲は「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」なんじゃないかな?

バンド・サウンドの伴奏にストリングスと女性コーラスで味つけするトラック割りについてはこの曲も他曲と変わらず。『沢田研二の愛をもとめて』を参考にすると、どうやらジュリーの歌入れ作業はバンドのリズム録り(ドラムス、ベース、ギター)の後。歌を録ってからストリングス、コーラスを重ねるという順序だったようです。
ちなみにセカンド・シングル「アテン・モワ」以降の曲は、その作業過程でジュリーの歌だけ日本でレコーディングしていたのだとか。
「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」の場合は「歌い上げる」感じではなくどこか飄々と歌っているトラックを、現地でダブルトラック処理したっぽいですね。

ヴォーカルで僕が好きな一番箇所は、Aメロ最後の「フランセ~♪」ですね。
これまで何度か書いたように僕は大学で2年間だけフランス語をかじっているんですけど、とにかく「R」の発音が難しくてね・・・。とうとうマスターできませんでした。
「R」が出てくる単語「フランス」は、正しく発音すると「フハンス」みたいなニュアンスにもなります。「吐息を抜く」ことにかけては天性の才を持つジュリーの「フランセ~♪」(フハンセ~♪)では、そんな「R」の微妙なニュアンスにすごく気を遣っているのが分かると同時に、「語尾の「セ~♪」でパ~ッと解放されるような感覚があって素敵なんですよね~。

さて、ここで例によって拙ブログお得意の大胆な推測(時によっては単なる邪推)を。
この曲のヴォーカルは不思議なことに、最初から最後までダブル・トラックではないんですよ。いえ、途中でシングルになる、のではありません。何と曲中でほんの一瞬だけ「トリプル」になるんです。
1番の0’47”~0’49”あたり。
何故「いきなり」なタイミングで第3のヴォーカルが出現することになったのでしょうか。
そこで僕の大胆な推測とは

ここ、ジュリーとは別の人が歌い重ねてませんか?

という。
う~ん、さすがにみなさまの同意は得られませんか。やっぱり僕の耳がおかしいのかな?

万一僕の推測が当たっているとして考えられるのは、この箇所だけジュリーのフランス語の発音が甘く、厳しい厳しいフランス・ポリドールのピエールさん(この人は次のチャプターで登場します)の指示のもと、ネイティヴな発音のヴォーカルを現地スタッフの誰かに歌わせて一瞬だけ新たに挿し込んだのではないか、と。
70年代のレコーディング・スタイルであればあり得る手法だと思うのですが、果たして真相は・・・?

③『愛をもとめて』より フランスの話(第1弾)

今日は「マ・ゲイシャ・ドゥ・フランス」のお題にあやかりまして、ジュリーが語る「フランスのご報告」編を。
『沢田研二の愛をもとめて』では複数回にわたりフランスの話題が出てきますが、これはその第1弾。「曲をレコーディングして帰ってきたばかり」というタイミング(!)でジュリーが語る現地での奮闘話です。

ロンドンからパリへと渡り、フランス・ポリドールの若いプロデューサー、ミッシェルさんに発音指導からつき合って貰って、4曲を録り終え再びロンドンに戻ってきたジュリー。苦労しながらどうにかこうにか、という感じで録ったけど、「これでパリの仕事も終わった~」と思っていたら、フランスから電話がかかってきたんですって。


ミッシェルの上司の人がね、「これじゃダメだ」と言ってる、と。
(発音を聞き取って、歌っている言葉の)意味は分からなくもない。でもこれじゃあ作品として恥ずかしい。このままレコードを出すのは不可能である、ということでね。せっかく(ヨーロッパに)来たんだし、もう一度やってくれないかと。


ジュリーは、「こっちとしても乗りかかった船だし、トコトンやろう!」と再度フランスに。
そこでミッシェルの上司であるピエールさんと共に、みっちり発音の練習からやり直し。それと共に企画も再検討され話し合われたのが


いきなり4曲、なんてやり方がダメなんだ。2曲に絞ろう!

なるほど、その2曲がフランスのファースト・シングルになるんですね・・・。
って、ジュリーがそこで話すには


1曲は「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥモンド」、もう1曲は英語の曲で「ホニャララ」

とのことなんですが、僕にはその英語曲のタイトルが聞き取れないんですよ~(ちょうど受信感度が下がったりして・・・でも知ってる曲ならなんとなくはタイトルも分かるはずですから、フランスのファースト・シングルB面はもしかして僕のまったく知らない曲なのかなぁ?先輩方、ご伝授お願いします)。

ピエ-ルさん曰く「練習してみて、どうしてもダメだったらそのまま日本に帰りなさい」とのことだったそうで、「厳しいですよね~」とジュリー。
でもそこはね、スーパースターにして天賦の才と努力根性を併せ持つ日本男児・ジュリーなわけですよ。みっちりやっていたら、いつしかピエールさんも「やればできるじゃないか!」と。
そのままレコーディングにも最後までつき合ってくれたピエールさんは

素晴らしいものができた。
こっちで日本人がレコードを出すというのは初めてのこと。我々としても成功させたいし、成功するであろう。


とまで言ってくれたんですって。


お世辞も入ってるのかもしれないけど、現地でも会社をあげて色々とやってくれると言っていたし、とても喜んでいます

これはリアルタイムでラジオを聞いているファンにとっては嬉しい報告だったでしょうね~。
後追いファンの僕がしみじみ感じるのは、これまだフランスで曲がヒットする前の放送で、「どうなるか分からない。でももしかしたらもしかするかも」という期待感がジュリーの声から滲み出ているという・・・本当に貴重な40年以上前の雰囲気を今こうして実感しながら音源を聞けているなぁ、と。


たぶん「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」というスローな曲の方がA面になると思いますが、2曲とも僕が日本人である、ということを前提として作られた歌詞なんです。
どういう内容かと言うと
「私は遠い国からやってきました。私はパリのことを知りません。だからあなたと一緒にパリの道とか、夜景とか、ラ・セーヌとか、青い空とかを見て歩きたい」
とかなんとかかんとか言って、最後の方には
「私はパリが気に入った。あなたもいるし」というような内容でね。「私はもう自分の国へは帰らない。今、私の人生はここから始まる」ってなようなね!


ジュリーの話し方が、LIVEのMCでメチャクチャ楽しそうに、お客さんに語りかける感じであれやこれやと話している時の、あのジュリーのテンションなんですよ。
「パリにどっぷり、という感じ」とちょっと照れくささそうにしながらも


でも「本当にイイ!」って(ピエールに)言われたんだから!

と、現地での今後の反応、セールスに漠然とした期待を寄せてのことか、『愛をもとめて』の他の回と比べてもいつになくウキウキ感溢れるジュリーなのでした。

僕としては何から何まで初めて知るエピソードでしたし、この回の『愛をもとめて』は若き日のジュリーの本質が見えると言うか、本当に良い話だなぁと思いました。

周りにお膳立てされて、そこに乗っかっているだけのアイドルならこうは行かないでしょ?
最大限の自己努力を惜しまない、やるからにはトコトンやる、という「普通の人」以上に普通にして類稀なる「努力」の資質と、周囲に大きな期待を抱かせ「もっと、もっと」と高みを求められる原石の輝きを、ジュリーは兼ね備えていたわけです。
そんなジュリーの適性を信じプリプロまでこぎつけたミッシェルさん、「この歌手はまだまだ良くなるはずだ」と、妥協無きプロフェッショナルな姿勢と眼力を見せたピエールさんという2人のフランス人スタッフの人柄やジュリーとの関わり方も、ジュリーが真っ正直に見たまま思ったままを話してくれているから、なおさら素敵に思えます。
その結果が「大ヒット!」と相成るわけで・・・加瀬さんもそうだし、このフランス・プロモートに関わったすべての人達が皆素晴らしい!としか言えませんね。

で、番組の最後にジュリーが「現地から持ち帰りホヤホヤ」の「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」の音源をかけてくれたのですが・・・これが、ネイキッド・ヴァージョンなんですよ!
つまり、最後の仕上げをして正規リリースされるより前の、ジュリーが歌入れしてピエールさんのOKが出た段階での仮ミックスだと思われます。女声コーラスもストリングスもまだ入っていません。ただ、ストリングスの代わりにヴァイオリンが1本鳴っているというね(仕上げの試しトラックをミックスしたのかな?)。
正規のヴァージョンは穏やかで華麗な印象ですが、こちらはベースの音量が強くて、ビートが強く押し出されてくる感触。ジュリーのヴォーカルは当然正規のものと同じテイクながら、受ける感じは全然違いました。
全体としては確かに正規音源の方が「ヒット性」は高いですけど、このヴァージョンはジュリーファンなら誰しもがグッとくるはず。先輩方はこの時の音源を覚えていらっしゃるのかなぁ?
でも先輩方は楽曲自体をこのラジオで初めて聴いたわけですから、後々の正規ヴァージョンとの違いなんて気づきようがなかったですかね・・・。

『沢田研二の愛をもとめて』ではこの回以外に、「モナ・ムール・・・」のヒットを受けて再び渡仏したら今度は現地での待遇が全然違った、という話や、セカンド・シングル「アテン・モワ」にまつわる話が(僕が現時点で聞けている限りでは)あります。
いつになるかは分かりませんが、またいずれの機会に『愛をもとめて』から「フランスの話・第2弾、第3弾」も書いていきたいと思っています。乞ご期待!


それでは、オマケです!
今日は、ちょっと前に「片腕の賭博師」の記事で添付しました、Mママ様からお借りしている資料『沢田研二/映画・パリの哀愁』の続きでございます。

そうそう、「片腕の賭博師」と言えば、『愛をもとめて』では『悪魔のようなあいつ』の話も数回聞けているんですけど、その中でジュリーが荒木一郎さんの演技を絶賛している回がありました。「片腕の賭博師」の考察記事で作詞の荒木さんのことを書いたすぐ後に本格的に『愛をもとめて』の勉強に乗り出して、「うわ、これ聞いてから書けば良かった!」と思いましたよ~。
まぁそれを言うなら、ずいぶん前に記事を書き終えてしまっている「モナ・ムール・ジュ・ヴィアン・ドゥ・ブ・ドゥ・モンド」や「アテン・モワ」の2曲は特に今そんな思いが強いですけどね・・・。

おっと話が逸れました。それではどうぞ~。


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では次回更新ですが・・・。
実は昨夜はカミさんと『あさいち』のLIVE(水道橋『la cucina VIVACE』さん)に行ってきまして。
『あさいち』・・・ご存知のジュリーファンの方も多いかと思いますが、「あさ」は浅野孝巳さん(ゴダイゴのギタリスト。『Rock'n Tour '75』に参加された先輩方にとっては懐かしいお名前なのでは?)で、「いち」は依知川さん。このお2人によるアコースティック・デュオです(曲によっては浅野さんがエレキに持ち替えます)。
LIVE前の食事含めとても楽しい時間を過ごすことができました。次回はその感想なども交えつつ、依知川さん作曲のジュリー・ナンバーをお題に考えています。

もちろん、『愛をもとめて』関連のネタも強引に(笑)。
どうぞお楽しみに~!

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