2019年5月 8日 (水)

ネタバレ専門別館side-Bのご案内

いよいよです!
ジュリー今年の全国ツアー『SHOUT!』初日、東京国際フォーラム公演が明日に迫りました。平日木曜の開催ですが僕もなんとか参加できそうです。

今回も、ネタバレ専門別館ブログ
dynamite-encyclopedia(side-B)
にてLIVEレポを書きます。

一方こちら本館では、僕が書く記事本文がネタバレ禁止体制となります(たぶんYOKO君達と参加する9月の八王子公演まで←期間長っ!)。
ただしみなさまから頂くコメントについてはその限りではありませんので、お気遣いは無用ですよ~。
ネタバレ我慢中の方は、コメント欄の閲覧時のみご注意くださいね。

例によってside-Bの方には簡単な記事を1本upしておりますので、レポ執筆までの間の各会場にご参加のみなさまのリアルタイムな感動コメントは、そちらに頂けると嬉しいです。
今回もどうぞよろしくお願い申し上げます!

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2019年5月 6日 (月)

PYG 「やすらぎを求めて」

『PYG/ゴールデン☆ベスト』収録

Pygbest_1

1. 花・太陽・雨(Single Version)
2. やすらぎを求めて(Single Version)
3. 自由に歩いて愛して
4. 淋しさをわかりかけた時
5. もどらない日々
6. 何もない部屋
7. 遠いふるさとへ
8. おもいでの恋
9. 初めての涙
10. お前と俺
11. 花、太陽、雨(Album Version)
12. やすらぎを求めて(Album Version)
13. ラブ・アンド・ピース・アンド・ホープ
14. 淋しさをわかりかけた時(Live Version)
15. 戻れない道(Live Version)
16. 何もない部屋(Live Version)
17. 自由に歩いて愛して(Live Version)
18. 祈る(Live Version)

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ご無沙汰しております。
10連休も今日で終わり、という人が多いかと思います。みなさまどのように過ごされましたか?
僕は出勤の日もありましたが、久々に何も考えずボ~ッとできた1日もあり、近場に出かけた1日もありでリフレッシュはできたかな~。

それにジュリーファンとしては、世間で言う「大型連休」が明けることこそが楽しみだったわけで。
そう、『SHOUT!』全国ツアー初日・東京国際フォーラム公演が今週木曜日に迫っています。
僕の場合、このツアー初日に駆けつけるために休日出勤していたようなものですからね!

ただブログの更新は滞ってしまいまして、毎回恒例の”全然当たらないセットリスト予想”シリーズも、本日のお題1曲に絞らせて頂くことになりました。
ズバリ、PYGのナンバーです。
やっぱり、ショーケンのことがありましたから・・・。

普段はあまり世間の話題に上らないPYGですが、先月は何度かテレビでこの伝説のバンド名を耳にすることがありました。
僕のセトリ予想はいつも本当に全然当たらないのですが、この機に「ジュリーとショーケン」両傑並び立ったPYGから隠れた名曲を採り上げ書いておくことは決して無意味ではないはず。

後追いファンのつたない考察ながら、気合だけは入ってます。よろしくおつきあいくださいませ。

Pyg03

①幻の「PYG再結成」を妄想する

ジュリーは「PYGは解散していないんですよ」と言っていますし、「再結成」ではなく「再集結」と書くべきかもしれませんが。

昭和41年生まれにして遅れてきたジュリーファンである僕は、ザ・タイガース再結成の道程はリアルタイムでこの目にできたけれど、PYGを生体感することは遂に叶わぬ夢と終わりました。
昨年の堯之さんに続き、平成も終わろうかという今年、突然旅立ってしまったショーケン。僕はこの偉大なレジェンド達がジュリーと共に在籍したPYGについて改めて教えを乞うべく、去る4月28日に時間を作ってジュリー道の師匠格である先輩を訪ねました。
「PYGの生のステージを何度も観た」というジュリーファンは僕の周囲では意外と少なく、その先輩とお逢いする際はタイガースだけでなくPYGのお話を伺えることがこれまで大きな楽しみのひとつでしたが、当日僕は「今日はPYGの総括をお願いしよう!」と気合を入れて出かけたのです。
色々と貴重なお話を聞かせて頂いた中、先輩の「実体験」とは別に「ジュリーファンならではの妄想」で大盛り上がりでした。
今日はその話から書いていきたいと思います。

ショーケンが亡くなった時、僕はすぐに昨年のジュリー古稀ツアー・セットリストに採り上げられた「お前なら」に思いを馳せました。
72年リリースのこの自作曲でジュリーはショーケンのことを歌ったんじゃないか、というのが僕の個人的考察ですが、「私も当時からそう思っていた」と賛同してくださっていたのが他でもないその先輩で。
みなさまご存知の通り、ショーケンの訃報を伝える様々なメディア記事の中に「PYG再結成」が水面下で進行し、ジュリーは乗り気だったがショーケンのところで話が頓挫した、という内容のものがありました。
眉唾だなぁとも思う一方で僕は、多少盛っているにしてもそういう経緯はあったかもしれない、と考えました。
その話の過程でジュリーはショーケンの病気を知らされ、古稀ツアーで「お前なら」を歌おうと考えたんじゃないか、と。

ただし僕の貧弱な妄想はここまで。先輩はもっと凄いところまで考えていらっしゃいました。
デビュー50周年ツアーの頃には当然翌年(古稀ツアー)のスケジュールは既に整っていたとして、あの大会場目白押しの日程は「複数の大会場公演でのPYGメンバー・ゲスト参加」ありき、で決められていたのではないか(!)と仰るのです。

この魅力的な先輩の妄想には僕も大ノリになってしまい、「そうか、PYG再結成は無くなったけれど、ジュリーは何の釈明もせず無言で柴山さんと2人ですべてを背負ってあのスケジュールを駆け抜けたんですね!いやぁジュリーらしい!」と勝手に大感激。

もちろんこれは、ジュリーが古稀ツアーMCで語った「どの会場でも同じものを魅せる、というのが礼儀だと思っています」との話とは矛盾しますから、まぁファンの勝手な妄想です。でも近年のジュリーの言動と不思議に繋がるのです。
PYGやショーケンのことを滅多にステージで話さなくなっていたジュリーが、ある時期からPYGの時代を楽しそうに話し始めたこと。
一見不自然とも思えた横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナ公演の密接な大会場連続のスケジュール。
そして、そのジュリー50周年ツアーの翌年にショーケンが自身最後のLIVEツアーで呼応するかのように「自由に歩いて愛して」を採り上げていたこと、等々。
僕は先輩の妄想にすっかりその気になると同時に、とうとうPYGを生体感できなかった無念を噛みしめた次第。

そもそも、PYG再結成の話が本当にあって、なおかつショーケンが闘病中ではなかったとしても、昨年堯之さんが旅立ってしまった時点でそれは夢に終わっていたことでした。
ジョン・ポール・ジョーンズの発言もあって世間ではPYGの演奏面においてサリーのベースの評価が一際高いですが、これまで何度か書いてきた通り、PYGの「音」は堯之さんのギターと大野さんの鍵盤、この両翼の考案力と構成力によってまず成立しています。
片翼の無い再結成はあり得ませんからね。

昭和のプロレス界で、まだ来日を果たしていない海の向こうのレジェンド・レスラーはよく「未知の強豪」と言われたものでしたが、後追いファンの僕にとってPYGはそんな伝説の未知なる強豪のままバンドの幕を閉じてしまいまいした。
昭和が終わり、平成が終わり・・・しかし新たな令和の時代もジュリーは歌い続けてくれる。PYGの曲もきっと歌ってくれる、と思っています。
それはもうすぐ始まる『SHOUT!』全国ツアーで実現するんじゃないか・・・僕ならずともジュリーファン皆が期待するところでしょう。

ならば演目は、普通に考えれば「花・太陽・雨」或いは「自由に歩いて愛して」。ただこの2曲はもう執筆済みですし、僕のブログのセトリ予想は毎回「全然当たらない」ことを売りにしている(?)ので、少し捻って「やすらぎを求めて」を採り上げることにしました。
これは先月から決めていて、お会いした先輩にも「時間があれば、1曲だけツアーのセトリ予想でPYGの「やすらぎを求めて」を書こうと思います」とお伝えしたところ、今度は妄想ではなく、先輩から貴重な「実体験」のお話が聞けたのでした。
次チャプターではそこから発して、名曲「やすらぎを求めて」の魅力を掘り下げていきましょう。

②「やすらぎを求めて」初聴時から今へ

Pyg08

僕はPYGについてはアルバムより先に記事冒頭にジャケット添付したベスト盤の方が初聴きでした。
「やすらぎを求めて」は初聴時から特に印象に残った曲です。滅々としたドラムスとベースライン、要所で斬り込む堯之さんの左右2つのギター・トラック、狂おしいオルガンのフレーズ。
「これ、ジュリーの歌が無ければそのまま『太陽にほえろ!』のサウンドトラックになるじゃないか!」
というのが僕の第一の感想です。ちょうど、子供の頃から親しんできた『太陽にほえろ!』のサントラがあの井上バンドの音だったんだ、と改めて認識した頃でしたから。ちなみにPYGを勧めてくれたのはYOKO君。『ジュリー祭り』の少し前のことでした。

で、これがジュリーの作曲作品というのが僕としては驚きで。
というのは、聴いた瞬間「大野さんの曲だろう」と思ったんです。初めて聴いた「やすらぎを求めて」にはそれほど『太陽にほえろ!』の雰囲気が感じられました。
その後聴き込むに連れてジュリー作曲のコンセプト、アレンジ段階での変貌まで見えるようになり、今では髄までPYGらしい名曲だなぁと思っていますが。

さて、28日にお会いした先輩に「やすらぎを求めて」の話題を投げたところ、「この曲を聴くといつも思い出す」というLIVEステージのお話をしてくださいました。「PYGではなくジュリーのソロだった」とのことで、当然バックはショーケン不在のPYG(井上バンド)です。
先輩が仰るには「(その時のステージのこの曲で)最後のシャウトのところでジュリーが「母ちゃん!」って言ったのよ!」と。

「母ちゃん」・・・ピンと来ないかたも多いのかな?
これは『太陽にほえろ!』でショーケンが演じたマカロニ刑事、殉職シーンの台詞です。
松田優作さんのジーパン刑事は「なんじゃあ、こりゃあ!」で、宮内淳さんのぼんぼん刑事は「ボス・・・」、沖雅也さんのスコッチ刑事は「死になくない・・・」。『太陽にほえろ!』ファンならば初歩の初歩とも言える殉職シーンの台詞。しかしそれらはすべてショーケンのマカロニ刑事による「母ちゃん!」から始まったわけですな~。
それをジュリーがステージで踏襲したという・・・衝撃的な逸話ですが、このステージを覚えているファンの方は他にもいらっしゃるでしょうか?

先輩のお話では、当時PYG名義のLIVEでもショーケンは不在となることが多く、そんな時ジュリーは「今日ショーケンが来られないのはね・・・」ということで、ショーケンがどんなに凄い仕事に今取り組んでいて、こんな凄い監督さんから目をかけられているんだ、とかいうことを本当に嬉しそうに話してくれていたのだそうです。
「僕の自慢のショーケン」って感じで愛情がダダ漏れ状態だったとか。
ジュリーはショーケンの活躍をいつもテレビ等で可能な限りチェックしていて、自身が犯人役で共演したこともある『太陽にほえろ!』もオンエアを気にかけていたのでしょう。それでも殉職シーンの台詞を自分のステージで再現してしまうというのはよほどですよ。
どれだけショーケンのことが好きだったんだ、と。

でも、考えてみれば「やすらぎを求めて」って「母ちゃん・・・」にふさわしい曲なんですよね。
ショーケンの台詞は『太陽にほえろ!』で共演していた下川辰平さんに聞いたという特攻隊の話を参考にしたと言いますし、サリーの作詞のテーマと感性は、シングルA面「花・太陽・雨」と一貫するものだけど、「やすらぎを求めて」の方が極限(=生死の間際)心理がより切実のように思います。
社会性ももちろん込みですが、タイガース解散から繋がったサリーの心情吐露のように僕には聴こえるなぁ。
「ウワ~ッ!」と叫びたくなる感覚と、それを押し殺して進んでゆく感覚。せめぎ合い。ある意味ジュリー今年の新譜「SHOUT!」と表裏一体の詞かもしれません。
個人的には今年の全国ツアー、歌のコンセプト的にも、ジュリーのショーケンへの思いを考えても、セットリスト入り有力と考えたのですが・・・。

PYGへの移行で、タイガース時代からのファンにとってはジュリーが歌う楽曲の雰囲気がずいぶん変わったなぁ、と感じていらしたというお話はよく聞きます。
ただ長い年月ののちPYGを知った僕などからすると、逆に後期タイガースとPYGって楽曲的にも自然に繋がっているように思えるんです。それはPYGファースト・シングル2曲の詞をサリーが書いていることが大きい。
僕が「やすらぎを求めて」で最も好きな箇所は

太陽に向かって ほとばしる
Dm              G   E7         A7

このサリーの言葉使い、ジュリーのコード進行、大野さんのオルガンの斬り込みがなんとも言えず好きで。
ジュリーもサリーもタイガースを引き摺っているようでもあり、新たな時代の波に必死に食らいついているようでもあり、それでいて究極の癒しの言葉のようでもあり・・・ちょっとシンドイことがあると不思議にPYGが聴きたくなるのは、心が「やすらぎを求める」からなのでしょうか。

ちなみにこの歌詞部、長尺の楽曲中たった一度、1番にしか登場しません。2番はすぐに「だ~けど~♪」に行くんですよね。
だから尚更そこが好きになる・・・みなさまはいかがでしょうか。

③鬼気迫る名演とジュリーの三連適性

最後に、「やすらぎを求めて」という楽曲について。
ジュリーの作曲は、タイガース時代からの洋楽カバー・レパートリー「ハートブレイカー」がお手本としてあったでしょう。短調のハードなバラードにして三連符のリズムは、PYGヴォーカルもうひとりの雄であるショーケンが持たないタイプの「シャウト」表現としてジュリーが刀を抜いた、という感じです。
これまで何度も書いてきていますがジュリーのヴォーカルには恐るべき三連バラード適性があって、タイガース後期にはジュリー自身その個性を自覚し、押し出してきています。
PYG結成にあたって書き下ろした1曲、入魂ですね。

一方でアレンジと演奏。
PYGには「影響を受けた」と考えられる洋楽バンドが3つあって、この曲にはそのそれぞれのエッセンスが盛り込まれています。
まずCSN&Y。ビッグネームが集結する「スーパーグループ」の元祖で、タイガース、スパイダース、テンプターズから2人ずつ集ったPYG結成の時点でその影響は明快ですが、音として挙げられるのは「やすらぎを求めて」の場合ですとアルバム・ヴァージョンでのスネア・ドラムのチューニングです。
「花・太陽・雨」も同様で、シングルとは全然違いますよね。このスネアの音がまずCSN&Yを想起させます。

次にレッド・ツェッペリン。以前別の先輩からお借りした『PYG』という冊子に、ジュリーがスタジオのミュージック・スタンドに彼等のファースト・アルバム『LED ZEPPELIN』のダブル・ジャケットを開いて歌っているショットがありました。

Pyg05

正にリアルタイム、71年当時旬の洋楽バンドだったわけですが、彼等がいくつかの楽曲で魅せてくれる「曲が終わる」と見せかけた瞬間にギターの単音がハードに噛んで次の展開へと移行するアイデアが、PYGの「やすらぎを求めて」にも登場します。
さらにアルバム・ヴァージョンでのエンディングの堯之さんのソロは、影響を受けたと言うより「先んじた」と言いますか・・・PYG結成以後リリースされたツェッペリンでのジミー・ペイジの演奏を彷彿させます(特に『聖なる館』と『フィジカル・グラフィティ』)。

そしてキング・クリムゾン。
これは大野さんのオルガンがそう思わせるのですね。大作の中に切り口を入れる手法で、堯之さんのギターも含めたPYGならではの構成力が素晴らしい。
「楽曲構成」面では、大野さんを中心にクリムゾンの影響はかなり強いと僕は感じています(『太陽にほえろ!』サントラについても同じ感想)。

これら洋楽オマージュに加え各メンバーの個性によるアレンジ、演奏がジュリーの「作曲」段階から劇的に楽曲を変貌させています。
サリーの低音コーラスが噛む箇所などアルバムとシングルで細かい小節割りも異なり、短期間で相当のスタジオ・リハを重ねたことが分かります。

でも、先輩も仰っていましたがこの曲はジュリーのヴォーカルなんですね。
サリー独特の詞の語感も、ファズを効かせたベースのうねりも、堯之さんと大野さんのプロフェッショナルな熱演もすべて真剣に飲み込んで、なおかつ自在に泳いでいるという鮮烈なジュリーのヴォーカル・テイク。
ジュリーは昔から「自分で作った歌は歌いやすい」と言っていたそうですが、「やすらぎを求めて」はジュリーにとってその「最初の1曲」だったのではないでしょうか。

さぁ、そんな「やすらぎを求めて」が『SHOUT!』ツアーでセトリ入りしたら、柴山さんのギター1本体制でどう歌われるのか。
ジュリーはどんなシャウトをしてくれるのか。
ギター・ソロは長尺のヴァージョンとなるのか。
楽しみは満載です。

今回のセトリ予想はこの1曲で勝負。あとは初日を待つばかり・・・いつものことではありますが、「全然当たらない」と言いつつ僕自身は期待を膨らませています。
実現したら「おぉ、珍しく予想が当たったな」と、またこの記事を読みにいらしてくださいね!


それでは、オマケです!
出典は分かりませんが、PYGデビュー当時の記事からのショットをどうぞ~。

Pyg01 

Pyg02

Pyg03_1

Pyg05_1

Pyg04

結成段階では「PIG」表記だったんですね。


5月に入ってから真夏のような暑さの日もありましたが、今日からしばらくは初夏らしいちょうど良い気温の日が続きそうです。

この季節に早くもジュリーのツアーが始まる、というのは後追いファンには初めてのパターンで、今年はちょっと得した気分です。
あと3日、日常を頑張って必ずや東京国際フォーラムに駆けつけます。
ご参加のみなさま、ともに楽しみましょう!

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2019年4月20日 (土)

ザ・ワイルドワンズ 「ハート燃えて 愛になれ」

『All Of My Life~40th Anniversary Best』収録

Wildones 

disc-1
1. 想い出の渚
2. 夕陽と共に
3. ユア・ベイビー
4. あの人
5. 貝殻の夏
6. 青空のある限り
7. 幸せの道
8. あの雲といっしょに
9. 可愛い恋人
10. ジャスト・ワン・モア・タイム
11. トライ・アゲイン
12. 風よつたえて
13. バラの恋人
14. 青い果実
15. 赤い靴のマリア
16. 花のヤング・タウン
17. 小さな倖せ
18. 想い出は心の友
19. 愛するアニタ
20. 美しすぎた夏
21. 夏のアイドル
22. セシリア
23. あの頃
disc-2
1. 白い水平線
2. 涙色のイヤリング
3. Welcome to my boat
4. ロング・ボード Jive
5. 夏が来るたび
6. ワン・モア・ラブ
7. 想い出の渚 ’91
8. 追憶のlove letter
9. 星の恋人たち
10. ハート燃えて 愛になれ
11. 幸せのドアー
12. 黄昏れが海を染めても
13. Yes, We Can Do It
14. あなたのいる空
15. 愛することから始めよう
16. 懐かしきラヴソング
17. 夢をつかもう

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最近はゆったりペースで更新させて頂いている拙ブログですが、今日4月20日は特別な日。
加瀬さんの命日です。
僕は毎年この日、ジュリーwithザ・ワイルドワンズ2010年の全国ツアー・ステージで観た加瀬さんの笑顔を思い出しながら(個人的には特に八王子公演)ワイルドワンズの楽曲考察記事を書く、と自らに課しています。
ジュリーを見倣い、心に強く決めたことはやり続けなければね。
さて、今年お題に採り上げるワイルドワンズ・ナンバーは「ハート燃えて愛になれ」。今この曲を選んだ理由は2つあります。順に書いてまいりましょう。よろしくお願い申し上げます。


①個人的には ”幻の刑事ドラマ” 主題歌!

「ハート燃えて愛になれ」は、85年から86年にかけて放映された刑事ドラマ『私鉄沿線97分署』の中期オープニング・テーマだったそうです。
「そうです」というのは、実は僕はこのドラマを観た記憶がまったく無くて。放映時期はちょうど僕が高校生の頃、『西部警察PARTⅡ』の後番組とのことですから、もし観ていたら「おおっ、大門さん生き返った!」みたいなインパクトで覚えているはず(『西部警察~』最終回で壮絶な殉職を遂げた大門団長を演じた渡哲也さんが、引き続き『私鉄沿線~』に出演)。ところがまったく覚えていないのは、きっと僕がバンド活動にかまけて真っ直ぐ帰宅しなくなった時と重なったのでしょう。

僕は本当に「昭和の刑事ドラマ」が好きで、これまで何度も書いてきたように「音楽」の手ほどきも『太陽にほえろ!』のサントラから受けています(当時はその演奏が井上バンドという把握すら無かったのですが)。
今では様々な刑事ドラマのサントラCDを機会あるごとに聴いているわけですが、ごく最近の「機会」・・・それがショーケンの訃報でした。
ジュリーの新譜をようやく購入して帰宅した途端知らされた悲しいニュース。その夜僕はジュリーの新譜の封は開けず、『太陽にほえろ!」のサントラを聴きました。

基本的に僕は、刑事ドラマのオープニング・テーマはインストが好み。でも『私鉄沿線~』の「ハート燃えて愛になれ」を、バックにレギュラー・クレジットが流れるテレビ画面で生体感したかった、と切実に今思います。
この曲は加瀬さん得意のイ短調のロック・ナンバーで、僕が刑事ドラマの音楽に求める「勇壮」「意思の強さ」といった要素がしっかりメロディーに入っているんです。

今となっては、You Tubeに頼るしかありませんが・・・ありました(こちら)。
坂口良子さんが出てたのか!
オープニング・クレジット映像は鹿賀丈史さんが「トメ」の位置だったんですね。『Gメン75』『ジャングル』など、お気に入りの刑事役が印象に残る大好きな俳優さんですから・・・観たかったなぁ。
そして、最後に目を惹く「音楽・加瀬邦彦」の文字。

僕の知る限り、加瀬さんが刑事ドラマの音楽を担当したのは『私鉄沿線~』のみ。作曲者適性を考えればもっとあってもよいと思う一方、初めてのジャンルの仕事を飄々とこなす加瀬さんの姿も目に浮かんだりして、そのキャリアに改めて感服するばかりです。

②「ハート燃えて愛になれ」ってどんな状況?

ということで、今回僕がこの曲を採り上げた理由のひとつは、ショーケンの旅立ちを機に刑事ドラマのことを考える日々があったから。ではもうひとつの理由は?
これはね、こじつけでもなんでもなくて、ジュリーの新曲「SHOUT!」への個人的楽曲解釈が「ハート燃えて愛になれ」のそれとよく似ていたからです(「SHOUT」の解釈については前記事をご参照ください)。

「ハート燃えて愛になれ」・・・パッとタイトルだけ見ると、熱烈な恋愛の歌かなぁと思えます。でも違うんですね。
作詞は秋元康さん。もちろんプリプロ段階で「刑事ドラマとのタイアップ」は確定していたはずで、人間ドラマの中でも特に「強い意思」のコンセプトが重要なのが刑事ものですから、秋元さんはキッチリそれに応えた名編を提供しています。
何かしらの閉塞状況、壁にブチ当たってもがいているごく平凡な人間の、それでも前に進もうとする懸命な生き様。ドラマのテレビサイズは2番が割愛されたショート・ヴァージョンですが、フルサイズで聴いた時に僕が強く惹かれるのは2番の歌詞部です。

Am  F         E7    Am      F             G
信じてても 不安なのは 誰も弱いから

       C         E7        Am    Fm
壁を超えろ 超えろ 命懸けさ

         C        Am        C          Dm
見えない隣には 自由な空がある

         Am G  E7          Am
ハート燃 え  て 愛になれ ♪

主人公は「明日の行方」(直前の歌詞に登場するフレーズ)を求め信じてはいるのだけれど、待ち受ける困難に正直不安も隠せない。それでも前を見て歯をくいしばり、自らを鼓舞させます。
キメのタイトル・フレーズにある「ハート燃えて」は、ジュリーの「SHOUT!」で言うところの「滾る血潮」と同義なんですね。
そして「愛になれ」。
ここでの「愛」は気持ちの到達点でしょう。
「自由な空」のもとでの「愛」こそが人の最上の状態、と秋元さんは位置づけたわけで、カッコイイ刑事ドラマには最適の詞ですし、「SHOUT!」同様、悩める僕らにシンプルに元気を注入してくれる歌だと思います。

こうしてみると、刑事ドラマのオープニングが「歌もの」ってのもなかなか良いじゃないか、と思えてきました。
さすが加瀬さん!

③ベンチャーズ直系型のKASE ROCK!

最後に、楽曲と演奏について。
イ短調のギター・リフ・ロックです。ワイルドワンズとしてはハード系でしょうが、そこはKASE SONG、親しみ易いサーフィン・ビートに載せたギターはベンチャーズ直系型の「いかにも」といったリフでガッチリ当時の視聴者のハートを捕えたはず。

この曲調ならばヴォーカルは植田さんで決まり。ハスキーな声で歌われる短調のビートものは、2010年のツアーで体感した「愛するアニタ」や「Oh!Sandy」での植田さんの勇姿を思い出させてくれます。

またジュリーファンのみなさまへの見方としては、「”みんないい娘”をテンポアップしたらこんな感じ」とお勧めしたいところ。でも「テーブル4の女」ほど速くないよ、とかね。
短調ビートの曲想をテンポによって自在に操る加瀬さん、まだまだヴァリエーションはありそうですけど。

一昨年のこの日の記事で書きましたが、『私鉄沿線~』エンディング・テーマの「涙色のイヤリング」は過去曲のリメイク。一方「ハート燃えて愛になれ」はバリバリの書き下ろしだったらしく、ワンズのベスト盤収録のものとドラマのサントラは同一の演奏トラック。
アレンジはもちろんベンチャーズ風のギターが肝ですが、他トラックではオルガンが渋い!エンディングで出だしの歌メロの音階をそのまま弾くんですが、これが最後の最後にならないと登場しないのが良いんです。
ドラムスとハンドクラップのアタックもかなり好みです。エンディング前にはエイト・ビートのドラム・ソロもあって、これは生で聴いたら相当カッコイイと思うなぁ。

ジュリーwithザ・ワイルドワンズのツアーの時ジュリーがMCで、「最初に(加瀬さんから)貰ったセットリストは差し戻しました。ワイルドワンズの曲が少ない!」と話してくれました。結果あの年のツアーでは、ニュー・アルバムの一部を除くすべての曲が加瀬さん作曲のナンバーで、ジュリーとワイルドワンズの曲がちょうど半分ずつ、という構成になりました。
でも、まだまだ選から漏れたワイルドワンズの名曲がたくさんあったことを、僕はその後学んでいます。
今日のお題「ハート燃えて愛になれ」なんて、いかにもLIVE映えしそうで・・・。ジュリーは周囲がどんな状況であろうと古稀からの柴山さんとのギター1本体制を決行したと思うけど、もしも、もしも加瀬さんが健在だったら、僕らファンはソロのツアーと並行してジュリーwithザ・ワイルドワンズの再結成を夢見ることができていたのかもしれませんね。


加瀬さん。
もう5回忌となりますか・・・早いものです。こちらではもうすぐ平成の時代が終わろうとしています。
天国のステージを取り仕切る名プロデューサーとして加瀬さんは今頃、裕也さんとショーケンを迎えて一層活躍中でしょうか。

ジュリーはまだまだこちらの世界で頑張ってくれるみたいです。
加瀬さん達もいらっしゃるのでしょうが、5月9日からは今年の全国ツアーが始まります。
どうぞ、お見守りください。

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2019年4月18日 (木)

沢田研二 「SHOUT!」

from『SHOUT!』、2019

Shout_1

1. 根腐れpolitician
2. SHOUT!
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またしても腰を痛めてしまいました。
休む間もない日常に季節の変わり目恒例の風邪もやってきて、かなりヘロヘロなDYNAMITEです。そういえば去年もジュリーのツアー初日チケットが届いた頃に重度のギックリ腰を発症して、結局コルセット装着状態で武道館に行ったんだったっけ・・・。
まぁ今回はさほど重症には至らず、生活に支障ないレベルで耐えられているのでホッとしてはいますが。

さぁ今日は今年のジュリーの新譜2曲目「SHOUT!」の考察記事です。
実は僕はこの曲、巷の多くのファンのみなさまとほぼ同じ解釈と、それとは違う2つ目の解釈を持っていま
す。
枕もそこそこに・・・頑張って書いていきます!


①健やかな赤い旗

まず最初に、多くのファンが楽曲解釈としているであろう、ジュリーがこの歌に託した「パーソナルなSHOUT」を探ってみましょう。

ジュリーのような特別な人でなくとも、日常生活で思わず「うわあ~っ!」と叫びたくなる瞬間というのは誰しもあって、例えば何気ない1人の時間の中で自分の過去の失敗、恥ずかしかったこと後悔したこと、或いは「意地を通して」しまったこと・・・そんな体験をふと思い出し、照れ隠しのような「いや、あれでよかったんだ」と自らを落ち着かせるかのような気持ちで「くっそ~!」とか「ちくしょう!」とか声に出してしまったこと、ありませんか?
少なくとも男性ならきっとある、と思うのですが。

ただ、僕のような者は上記のような汚らしい言葉で、ある意味自分自身を誤魔化そうとするところ、ジュリーは堂々とそれを歌にする。歌でシャウトする、ということができるわけです。

で、この歌でのジュリーのそんな「過去の体験」が、記憶に新しい昨年10月、さいたまスーパーアリーナ公演中止とその後の世間の反響であることは明白です。
あの件について僕としては、仕事絡みで「是非」とお誘いして市販のチケットで来場してくれた人達がいましたし、ジュリーファンにも茨城や群馬といった関東圏でも遠方の方々だけでなく、東海、関西そして九州・・・はるばる遠征の多くのみなさまと僕は当日リアルタイムでお話したりメールで状況を確認し合ったりしていましたから、「決行して欲しかった」と思いました。その気持ちはジュリーの会見後もくすぶり続けました。
一方ジュリーの判断、問題提起そのものについては尊重したい、支持したいとも当然思っていて、気持ちがせめぎあう感じでしたね。
それがこの「SHOUT!」を聴くと晴れ晴れとなる感覚。やっぱりジュリーって、「歌で伝える」人なのだなぁと。
どんな批評よりも真に伝わる歌。
僕の「SHOUT!」第一感です。

僕はあの時現場でまず「ジュリーが世間から袋叩きに遭ってしまう」事態を想像し、とても心配しました。
昨今のメディアはこういう事が起こると寄ってたかって吊るし上げる、悪意の砲火を浴びせる・・・何度も見せられてきました。そんな嫌な目にジュリーが晒されてしまうのか、と僕は思いました。
ところがその後、ファンばかりでなく著名人の多くから擁護が相次ぎ、「いつもの調子で」やってやろうと食いついてきた軽薄なメディアが戸惑いの挙句、(一部を除き)ジュリー関連の報道のアプローチを当初とは変えてくる、という不思議な推移を辿ることに。(ジュリーをよく知らない人にとっては)思いもかけぬところでその偉大なキャリアと力、人脈、支持層を示された形です。
あの件以後、ツアー各会場は集客も絶好調。
ファンの熱気と「これはのんびりしていられないぞ」と取り組んだイベンターの努力。双方の「目覚め」は凄まじく、1月の武道館3daysも大盛況に終わったことは最早周知の事実です。

「災い転じて」ではないけれど、この成功に並の人なら有頂天となるところ、ジュリーは(この件以後に僕の参加した)大宮でも武道館でも「ごめんなさい」とステージからお客さんに謝り続けました。ジュリーは自戒を込めて敢えてこの1件を自らの失態と位置づけ、この先忘れ得ぬ、背負ってゆく出来事と決めたようです。
ジュリーはMCで「さいたまスーパーアリーナ公演のリベンジ」実現の決意をも語ってくれました。
また、僕は直接聞いてはいませんがその際に「情熱の赤い旗を掲げて」と意気込みを表現したことがあったそうですね。「赤い旗」って何だろう?と最近まで思っていたのが、「SHOUT」を聴けばそれがジュリーの「たぎる血潮」であることが分かります。

A                                      E
たぎる血潮が ヤイヤイヤイ 溢れてる

B                A    B     
お天道様に 拳だし SHOUT! SHOUT!

まだまだ滾っている、まだまだ歌う、叫ぶ、との力強い宣言。
とても前向きな「意思表明」ソング。僕らにはそれが伝わります。何より、歌詞中の「みんな」が僕らファンのことと思えますから、こちらも気合が入ろうというもの。みなさまも同じ気持ちですよね?

深く考えずに、ジュリーと一緒にシャウトすればよい・・・そういう歌だと思います。ジュリーが信じたものを実感できれば、理屈なんていらない。
ただ、この記事では敢えてそこをもうひとつ突っ込んで、平成の最後にジュリーが放った「社会に対してのSHOUT」まで考えてみたいんです。
次チャプターではその点を掘り下げていきましょう。

②人それぞれの「歌=シャウト」

ここでは、拙ブログ得意の深読み(と言うか「考え過ぎ」とよく言われます汗)による楽曲解釈を書くことになりますがご容赦ください。

僕は今年の新譜をアマゾンさんで予約していましたが発売日には届かず結局ショップで購入しました。3月末になってからのことで、かなり聴くのが遅れました(てか、到着次第YOKO君に引き取って貰うことになっているアマゾンさんの予約分、未だに届かんのですよ・・・)。
昨年末から続く個人的に慌しい日々の中で「ジュリーの新曲すらじっくり聴く余裕がない」状況と思い込み、無理に時間を作ってショップを巡ることまではせず・・・しかし実際に「SHOUT!」を聴いて、「もっと早く買い求めれば良かった」と思った次第です。
これは、忙殺されて時間がなくある意味「弱っている」時にこそ聴くべき歌なのだなぁとも思いました。

「忙しい」という漢字は「心を亡くす」と書きます。
「慌しい」も同様。しかしそんな時

E               B                        E
OH OH OH OH! OH OH OH OH!

発声するのは「OH」だけ。覚え易いメロディー。「みんなも歌って!」と誘ってくれるコーラス。
このサビを一緒に歌っていると、平穏な「心」を取り戻す感覚が沸きます。ジュリーのパーソナルな歌である以上に、様々な状況の中で今を懸命に生きている聴き手それぞれにシンプルに元気を注入してくれる歌・・・僕はそう思ったのですがいかがでしょうか。

「SHOUT!」クレジット最大の目玉は何と言っても超豪華なコーラス隊。音楽劇ほぼ全メンバーに加えて、ご存知依知川さん、GRACE姉さんも。
これはさいたまアリーナの1件で世間の矢面に立たされたジュリーの最も近しい「味方」が大集結して新曲をサポートしたのだ、と考えることはもちろんできます。ただ、何故「SHOUT!」というジュリー作詞・作曲による書き下ろしナンバーに「合唱」スタイルのコーラスが必要だったのか、と突き詰めると、もっと深いジュリーの意図、コンセプトが見えてくる気がするのです。

少し時を遡って、ジュリーが「我が窮状」に合唱隊を採用したのは何故か・・・これは「声を集めて」ということだったでしょう。では今回は?
僕は今年の新譜タイトルが解禁された時、「SHOUT!」のフレーズから70年代ジュリー自作のナンバー「叫び」を連想しました。結果、「意思表明」の歌であることは共通していますし、「叫び」の詞にある「自分のために歌いたい」のフレーズもまた「SHOUT!」に引き継がれているように最初は思えました。「歌を枕に」この先も駆けてゆくと。
ただしジュリーは2012年以降の新譜リリースについて「これからは被災地のこと(広義には『PRAY FOR JAPAN』)しか歌にしない」と言っています。
ならば「SHOUT!」にもそれはある、ジュリーがこのタイトルで「被災地の叫び」に思い至らなかったはずがない、と思うのです。

ジュリーはこの先もずっと「祈り歌」を歌い続けてゆくことをこの新曲「SHOUT!」に載せ意思表明していて、それは「自分のために歌う」ということと何ら乖離しない、同義なのではないでしょうか。
病気と闘っている人や、理不尽な物言いに傷つきながらも必死に生きている人。或いは新たなことに挑戦している人、困難に立ち向かっている人、なかなか見出せない「光」や「未来」(これはアンチテーゼ的に1曲目「根腐れpolitician」の歌詞フレーズでもあります)を求め懸命にあがいている人。さらには、低レベルな話ながら最近ちょっとお疲れ気味、という僕のような者。
その人それぞれに「SHOUT」はあって、だから今のジュリーが作ったこの曲はやはり「民衆の歌」でもあろうと僕は考えたいです。集ったコーラス隊1人1人の声が、「民」に成り代わってくれている・・・ジュリーの合唱形式採用の理由はそこじゃないだろうか、と。

ジュリーは僕らのような凡人とはレベルが違う眩いスーパースターでありながら、時々ふと「僕らと同じ目線に立ってくれている」と感じさせてくれることがあります。
後追いファンの僕には『ジュリー祭り』のMCが最初のそんな瞬間でした。あの日僕が歌手・ジュリーとともに人間・ジュリーに堕ちたことは間違いありません。
近年の「祈り歌」の歌詞アプローチはファンの間でも賛否あるらしいのだけれど(僕には「賛」しかありませんが)、被災地の目線に立つ、さらには民の目線に立つ、ということをここまで徹底し継続してくれる歌手がジュリー以外世界の何処にいるでしょう。
最近この国では、凡庸な民たる僕らからすると信じ難い、呆然とするしかないpolitician達の失言が相次ぐ世の中です。彼等は誰かに指摘されるまでそれが「心無い、酷い言葉」だと気づけない。軽いジョークで場を笑わせようとしたに過ぎないという・・・すなわち目線自体がもう民衆とはかけ離れているのです。自覚すらできない「根腐れ」状態と言われてもこれは仕方ない。

昨年のさいたまスーパーアリーナの1件はジュリーにとって、自らの姿勢と目線を今一度踏みしめ直す意味で、新曲題材たり得たかもしれません。
改めて「自分はこの道をやり通す」との宣言。
5月からの全国ツアーで、ジュリーは「SHOUT!」のサビのコーラスをお客さんにも歌わせてくれるでしょう。そこで、お客さんそれぞれの「シャウト」が1人1人にあってよいし、それを歌声に発することで逆に余計な自我が鎮まり穏やかになれるんじゃないかなぁ。
僕らのシャウトをステージのジュリーに届けたい、と思っています。

でも楽曲解釈としては深読みが過ぎるかな?(汗)

③摩訶不思議なスリー・コード・ロック!

昨年の『OLD GUYS ROCK』収録「屋久島MAY」もジュリーの作曲作品でしたが、これは2003年の時点でメロディーが出来上がっていた(シングル盤でのボーナス的トラックだったそうです)ので、「リメイク」リリースといったところ。
今年の「SHOUT!」は2010年のアルバム『JULIE with THE WILD ONES』以来のジュリー自身による純粋な書き下ろし作曲作品リリースとなりました。

僕は新譜発売前に書いた「叫び」の記事中で、この「SHOUT!」の曲調も色々と予想したのですが、「スリー・コードのロック」という部分のみ的中。
あと、「キーはホ長調」も完全ではないけれど当たりました。この「完全ではない」ところが正に、ジュリーはやっぱり独特の作曲感覚を持っているな、と改めて思い知ることとなりました。
解説しましょう。

最終的には柴山さんがギター・アレンジで「7th」「sus4」のコードを採り入れたり、イントロ及びエンディングで「C→B」というコード・リフを編み出したりしていますが、ジュリーが作曲したメロディーのみ抜き取ると、『SHOUT!』は「E」「A」「B」というたった3つのコードだけで構築されていることが分かります。
これはホ長調のスリー・コードです。
ですから五線譜で採譜するなら、最初から最後まで#4つの調号で通すこととなりましょう。
ところが!
この曲はどう聴いてもAメロだけロ長調。歌メロ冒頭からのコード「B」はドミナントではなく明らかにトニックです。
スリーコードのロックもジュリーにかかれば斬新な変態進行(←褒めてます!)に仕上がってしまうのですな~。柴山さんのギターがヴァースごとに弾き方を変えてくる効果も大きいです。

重厚なロック・ナンバーと言って間違いのないこの曲、しかし実はメロディーがとても美しい。Bメロのはちょっとサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」を思わせたりとか。
曲中僕が最も好きな箇所はBメロ最後(サビのコーラス直前)「SHOUT!SHOUT!」のジュリーのヴォーカルです。少し崩し気味に歌ってから明快なサビへと向かう手法は70年代から変わらぬ作曲家・ジュリーの得意技なのです。
それにしても、1曲を通して声圧を均一に保つジュリーの才能は本当に凄まじいです。ギター1本体制となってそれが際立ち、万人に分かり易くなったと思います。

そして豪華なコーラス隊。
ジュリーはゲスト陣に「必要以上に音程にとらわれず、自由に大きな声で歌って、シャウトして」とサジェスチョンしたんじゃないかな。
フレーズ最初の「OH!」を「あおっ!」みたいな感じで叫んでいるメンバーもいますし、現場で張り切る皆の様子が目に浮かびます。「赤い旗♪」の語尾をしっかりハモっているのがさすが音楽劇チーム、とも思いました。

詞、コード進行やコーラスの手法を考え合わせるに、ジュリーはこの歌に「自由度の高さ」を込めたのではないでしょうか。
言うまでもなくこの曲は5月からの全国ツアー、タイトルチューン。是非僕らも元気に血潮滾らせてコーラス参加したいものですね。


ということで、この記事の下書きをしている間に我が家にも第1弾のチケットが到着しております。
僕はまず初日、東京国際フォーラム公演の1枚。
ジュリーの衣装や柴山さんのギターモデルは肉眼で確認できなさそうな2階席の端ブロックでしたが全然問題なし!これで、会場の誰もセットリストを知らないツアー初日の参加権利が確定したのですから。
あとは何とか都合をつけて駆けつけるのみ。

お題の「SHOUT!」はアンコール1曲目で歌われる、と予想しておきます。
みなさま、今年もジュリーのツアーをご一緒しましょう。楽しみです!

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2019年4月 7日 (日)

沢田研二 「根腐れpolitician」

from『SHOUT!』、2019

Shout 

1. 根腐れpolitician
2. SHOUT!
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4月です。
3日くらいまで寒かったですが、ここへきて暖かくなってきましたね。

3月は裕也さん、ショーケンとジュリーに縁深いレジェンド2人の訃報が相次ぎました。1月のジュリー武道館公演を共にした友人のNさんはショーケンの大ファンで、彼がYOKO君と組んでいるコピー曲専門の2人ギター・ユニット「GENTLE-2」ではこの週末の練習課題曲にショーケンの「ハロー マイ ジェラシー」を採り上げると聞いています。
平成の時代も残り僅かというタイミングで悲しいニュースがあった3月・・・何年経っても思い出すことでしょう。

そんな中僕は、遅れに遅れましたが今年も3月11日にリリースされたジュリーの新譜『SHOUT!』収録2曲の考察記事に取り組んでまいります。
バッタバタの日々ですので例年のような大長文は書けませんが、中長文?くらいな感じでよろしくおつき合いくださいませ。
今日はCD1曲目「根腐れpolitician」です。頑張ります。


①『新しい想い出2019』?

5月からの新たな元号が「令和」と決まりました。世間の反応、意見は様々のようですが、個人的には好印象、気に入りました。
と言うより僕の場合は「明治」「大正」「昭和」「平成」・・・全部好き。基本「戦国武将好き=元号フェチ」というのがあって、永禄とか元亀とか漢字二文字で時代を表す感覚に惹かれるのです。
あと、平成に続いて今回も元号の決定が「書体」で発表されたじゃないですか。「令和」ですと例えば「令」の2画目の「はらい」の太さや、「和」の「へん」が長くて「つくり」が短い独特の縦バランスなど、印刷活字には絶対に無い「人の手で書かれた」生命力のある書体に惚れ惚れしてしまうという・・・。
まぁ僕は特殊な嗜好の持ち主なのかな。

ただし、「令和」がどんな時代になってゆくのかは今生きている僕ら次第。そして、これほど「平和」「平穏」をすべての人々が切に願いつつ迎えた新時代の節目も古来そうそう無かったのだろう、とも思っています。
何故こんな話をしているのかと言うと、今年の新譜『SHOUT!』に「平成を振り返り、新時代を見据えた」ジュリーのコンセプトを強く感じたからです。

ジュリーは時代に振り回されたり阿ったりすることなく自身の志と矜持を以って歌ってきた歌手ですが、それ故それぞれの時代の「急所」に敏感であるとも言えます。
かつて「21世紀」の新時代を迎えてリリースされた『新しい想い出2001』。シンプルなサウンドの中にジュリーのパーソナルな言葉と心境が押し出されたアルバムという印象があります。後追いファンの感覚では、今年の『SHOUT!』がこの名盤とスタンスを重ねるように思えるのですがいかがでしょうか。
1曲目「根腐れpolitician」では社会全体の、2曲目「SHOUT!」ではジュリー個人にとっての平成の急所を抉り、「叫び」をもって新時代(令和)に挑む・・・CDのタイトルチューンは2曲目ですが、「根腐れpolitician」の方もまたジュリー心からの”「SHOUT」ナンバー”であることは明白です。

ジュリー自身は古稀ツアーを機に昨年から「ギター1本体制」による歌人生の新時代をスタートさせています。収録2曲にトータル・コンセプトを持つ今回の新譜は、その伸びしろを掲げて新たな時代を読むジュリーのメッセージ、と僕は捉えました。
では、ジュリーが振り返った「平成」が、社会全体においてはどんな時代であったか、そして「令和」にどう臨むのか・・・そのあたりを「根腐れpolitician」のジュリーの詞から紐解いていきましょう。


②人の「性根」が問われる時代

徒党を確認した上で弱者に寄ってたかる、というのは結局それをする人の性根なのだろう、といった感じのことをブログに書いたのはいつだったかな。
実は僕は今現在個人的にイヤでもそういうことを考えさせられる、身につまされる状況下にあって、夜中に目が覚めたりもするのだけれど、ジュリーの新曲タイトルが「根腐れpolitician」と知って「そう来たか!」と。

世の中が平和に成る、平穏に成る、と期待した平成という時代は、その平和、平穏をリードして成らしめるべき人達の性根が腐った時代であった、とジュリーは歌います。その通り、特にここ数年本当に酷い状況だと誰もが実感しているでしょう。
近年、為政者や利権を保す者への容赦ないメッセージ・ソングを連発させたジュリー。しかし同じスタイルのようでありながら今年の「根腐れpolitician」の詞はそれらの「直球」とは少し違うと僕は感じています。
政治の不正、危うい世界情勢、自然環境の危機、反原発とテーマが多岐に渡り、良い意味での「乱打」と言うか、思いつくままにフレーズを吐き捨てる七色の変化球。「politician」(かつてのキンクスなどがそうであったように、この単語選択には批判的な意味合いがあるでしょう。日本語なら「政治屋」とでも訳すところでしょうか)と「大衆」を分けるとすれば、そんなやみくもな乱打こそ大衆に成り代わっての「シャウト」かもしれません。
当然被災地への想いというのは変わらずあるし、怒髪天・ジュリーが繰り出すフレーズ(「ペラ野ミクス」が凄過ぎる!)は聴き手に「引っかかり」を与えてくれます。
そんな中でも特に「らしい」フレーズの極めつけは

    E F#  G#   C#   D#  G#
そりゃ御為倒 し  光なんか見えねえ

の「御為倒し」です(漢字で書くあたりがいかにもジュリー!と思いました)。
これはpoliticianへの糾弾のみならず、大衆たる僕ら聴き手それぞれの身にすぐさま跳ね返ってくるフレーズでもあります。
自らが普段「人のため」「みんなのため」と言いつつやっていることがあったとして、しかしそれは本当にそうなのか。極端に言えば、こうしてジュリー・ナンバーの記事を書くことだってそれに当て嵌まるかもしれない。でも、そんなふうに考えると何もできなくなってしまいますよね。

何か志のヒントはないものか、と探ると・・・メロディー2回し目の歌詞中に、これまた「ジュリーらしい」普段は耳慣れぬフレーズが見つかります。

F# G#    B C#      B       F#  G#
   官も   民も 根腐れF.E.O.

細野晴臣さん絡みで「F.O.E.」なら知ってるけど「F.E.O.」なんて聞いたことないぞ、と僕は早速あれこれこのフレーズの意味を調べ、完全に分かったとは言えないまでも何となくジュリーの意図を想像できました。
「F.E.O.」=「醜悪」と読み解くのがよいでしょう。
これも「御為倒し」同様に人の性根の部分を掘り下げ手繰った言葉であり、さらにはジュリーにとってこの「F.E.O.=醜悪」の反語が新譜2曲目「SHOUT!」に登場する「健やか」であると考えられます。
ならば僕らは「醜悪」の逆・・・これから何においてもジュリーが歌う「健やか」つまり健全の志をもって行動し、新時代を迎えねばならない、と。凡庸たる僕個人としてはなかなか難しい課題でもありますが、ブログを書くことひとつとってもそれは常に心がけていきたいものです。

「令和」に引き継がれてしまった近々の社会問題と言えば、この国ではやはり

C#    B  F#     E  B   C#
時代遅 れなのに 原発

ということになりましょう。
福島第一原発事故、その終息はおろか、浄化処理に伴うトリチウム汚染水貯蔵タンクの増設が敷地的な限界に達する、という事態が迫っています。これは来年の東京オリンピック開催の後、すぐにやってきます。
東電の対策は「国の指示待ち」。じゃあ国の判断はどうかと言うと、現時点で原子力規制委員会が明言しているのが「海への放出が現実的かつ唯一の選択肢」。
果たしてそれを「アンダーコントロール」と言い張れるものでしょうか。この問題は近い将来ジュリーが歌にするんじゃないかな、と僕は予想しています。

轟音のギターで歌われる「根腐れpolitician」に僕はニール・ヤングが89年にリリースした「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」の歌詞を想起させられました。
近寄る戦争の跫音、その予感があったのかどうか・・・ニールは醜悪な為政者が人々や自然に与えた大きなダメージを歌い叫び、しかし民衆の諦念は強く否定しました。リリース直前の来日公演では、心無い客からの「○○を歌え!」と代表有名曲を求める声に顔色ひとつ変えず、この最新のメッセージ・ソングを熱唱したと言います。
「フリー・ワールド」、すなわち「自由」な世の中であることはこれから先のジュリーの歌人生においても必要不可欠。ジュリーが自由に「SHOUT」し続けられる健やかな時代であることを、まず僕は「令和」に希望します。

③正真正銘・ギター1本レコーディング!

みなさまから遅れること2週間余、ようやく新譜を手にして(僕は3月28日に池袋タワーレコードにて購入。ちなみにアマゾンで予約していたものはキャンセルせず到着次第YOKO君に引き取って貰うという話になっていますが、未だにウンともスンとも・・・これまでで一番遅れているのではないでしょうか)まずこの1曲目「根腐れpolitician」を聴き終えて深く唸らされたのは、先のジュリー古稀ツアーでその演奏を一手に引き受けてきたギタリス・柴山さんが辿り着いた境地・・・それが早速今回の新譜に反映されていたこと。

昨年のCD『OLD GUYS ROCK』では、もちろんその後のツアーを想定し柴山さんがギター1本で再現し得るアレンジを構築していましたが、どの曲もサブ・トラックとして目立たぬようにもう1本ギターを重ねていました。ところが今年はそれが無い!
ギターの音自体は左右のPANにに分けてミックスされているものの、これはたったひとつの演奏トラックを分離したもの。つまり、レコーディング音源においても柴山さんは今回から「完全ギター1本体制」の領域に踏み込んだのです。個人的には、2010年リリースのCD『涙色の空』1曲目のタイトルチューン「涙色の空」(鉄人バンドの4人がそれぞれ「1人1トラック」を貫き追加トラックを排除したアレンジ)を初めて聴いた時と似た感覚、衝撃でした。
本当にイイ鳴りしてる!このギターはテレキャスじゃないかなぁ。何故なら、パブロック好きには「神」とも言えるテレキャスの名手、”マシンガン・ギター”ウィルコ・ジョンソンの音を思い出させてくれるから。

参照楽曲「Another Man
↑ウィルコが在籍した初期ドクター・フィールグッドの名曲群の中で僕が最も愛するナンバー。
曲のタイプは全然違うけど、ギター・カッティングの音色に注目して「根腐れPolitician」での柴山さんの音(特に「hey Sey」直後のCメロからのカッティング音)と比べてみてください。


さらには作曲の素晴らしさ。武骨にして緻密です。
今年の新譜は2曲入り、うち2曲目「SHOUT!」の方はジュリーの作曲作品ということで、柴山さんは1曲入魂の書き下ろしとなりました。得意とする「1曲内に複数の曲想を組み込む」アイデアが炸裂し、Cメロなんて転調もしていないのにメロディーの感触がガラリと変わります。初聴時はドキッとさせられました。
キーは変イ長調。ただし、五線譜にするならそのまま♭4つの調号の「A♭」表記で間違いないのですが、先のチャプターで少し歌詞抜粋した通り、僕ならこの曲の場合はギターのポジション展開を考慮し「G#」表記としたいところ(嬰ト長調ということですね)。
変イ長調の王道パターンでは登場しない「E」「B」「F#」といった#系のコードが躍動する曲ですから。
Aメロはこうなります。

F# G#    B C#       F# G#     D#  C#
   嘘で  かわし   重ね 固 め

F# G#       B C#     B       F#   C#
   まかり  通す 根腐れpolitician

正にギタリストの作曲作品、という感じの進行です。
当然曲調はゴリゴリのロック。ジュリーと柴山さんの超獣コンビは、古稀を超え喜寿を超え傘寿を超え盤寿(←これは将棋用語だけど)を超え米寿を超え・・・令和の時代もヤンチャしてくれそうですね。


最後に余談ですが、先月ココログさんの大幅なリニューアルがありました。
PCで見る限り以前とブログの見え方は変わっていない様子ですが、スマホだとどうなんでしょう?(←未だにガラケーのDYNAMITE汗)
一方、読者のみなさまからは見えない筆者側の管理画面操作については大きな変化があって、まぁまだ慣れていないだけかもしれないけれど以前の方が使い易かった気がします。
過去記事の中に修正不可能(管理画面上で言語変換してくれない)ものが見つかるなど不具合も多く・・・僕の場合、過去記事の修正は日常茶飯事ですのでこれはとても困ります。
また、複数の画像を記事中にupする際、原寸そのままの添付とサムネイル仕様との併用ができないような・・・この記事も、『SHOUT!』のジャケ写以外にもう1枚、通勤途中の公園で撮った桜の写真をupしたかったのですが結局問題解決できず断念しました。
この調子では先が思いやられる・・・。
ただ心強いのは、同じココログでお気に入りのじゅり風呂さんが多いこと。みなさまと一緒に新しい管理画面にも慣れていければ、と思います。

とりあえず今回、サイドバーのコンテンツ試し斬りということで、5月からの全国ツアー各会場座席表へのリンク一覧『神席たちよ集え』前半ぶんを更新してみました。
スマホから見てもうまく反映されてるのかな・・・?
チケット発送第1弾は22日の週かなぁ、と今から到着が楽しみ。僕はまずツアー初日、なんとしても都合をつけて駆けつけなければ。
全国各地、みなさまの良席ゲットをお祈りしています。

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2019年3月29日 (金)

ショーケンよ永遠に

ブログの更新が悲しい訃報続きになっている。
裕也さんが亡くなられてまだ間もないというのに、今度はショーケンが突然旅立ってしまった。

昨夜、池袋タワーレコードでようやくジュリーの新譜を購入、「よし!」という気持ちで遅くに帰宅した途端、信じ難いニュースを伝えられた。
まったく予想だにしていない訃報だった。それもそのはず・・・ブログに頂いたコメントで、「今ショーケンが精力的なライヴ活動に邁進中」と知ったのが本当につい昨年のことなのだ。まるでジュリーのデビュー50周年ツアー・セットリストに呼応するかのように、ショーケンが「自由に歩いて愛して」をステージで歌ったと聞いて、ショーケンも古稀を目前にしてますます元気なのだとばかり思い込んでいた。

僕はGS世代ではなく、ショーケンのことはまず俳優として知った。忘れもしない、公開から数年遅れてテレビ放映が成った映画『八つ墓村』での多治見辰弥役(主演)である。横溝原作以上の凄まじい存在感、気魄漲る熱演だと思った。子供心にではあるが、特別な男が寡黙の中に持つエロスも感じた。
その後、『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事を後追いで知り、こちらも夢中になった。
少年時代を思い起こすと、世代を超えてショーケンはとにかく男子に人気があったと思う。特に、ちょっとアウトロー的で腕っぷしの強い友人達・・・例えば以前「青春藪ん中」の考察記事中で書いた高校時代の友人もショーケンの大ファンだった。
考えるに、あの美貌で隠れてしまっているけれど、若き日のジュリーもそんなタイプの「男子」だっただろう。ショーケンのことが好きだったに違いないのだ。

僕はPYGやテンプターズのことは10数年前までほとんど知らずにいた。だから、歌手としてのショーケンを深く知ったのはジュリーファンになって以降のことだ。
ジュリーは先の古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』で「お前なら」を歌った。この曲がショーケンのことを歌っているのではないか、というのは個人的解釈に過ぎないのだが、それにしてもジュリーはショーケンの病気のことを知っていたのだろうか。
いや、知らずながらに何か気脈が通じてのエールだったのだ、とそんな気がする。

年下のショーケンに旅立たれたジュリーの胸中を思わずにいられない。
それに、世代の違う僕ですらこれほどのショックを受けているのだから、リアルタイム世代の先輩方の驚き悲しみはいかばかりか。

今はただ安らかに、と祈るよりない。合掌。


Withshoken1 

Withshoken2 

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2019年3月18日 (月)

裕也さん

裕也さんが亡くなられた。
希林さんを追いかけるように行ってしまった・・・。

昨年は堯之さん、そして今度は裕也さん。この国のロック黎明期を支え、体現した偉大な先達の相次ぐ旅立ちがあまりに辛く、寂し過ぎます。

裕也さんは、西洋のロックンロールを音のみならずスタイルやスピリットまるごとこの国に持ち込んだ最初の人。以後、邦楽ロックは細分化し様々なキーパーソンが出現しますが、先駆者なくしてそれは始まらなかった。

心をこめて、合掌。ロックンロール。

Kyoto003

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2019年3月14日 (木)

新譜到着を待ちながら・・・

こんばんは。
ジュリーの新譜『SHOUT!』を未だ手にしておらず、旬の話題に完全に乗り遅れております(泣)。

僕の場合、アマゾンさんでの予約分が発送時期未定とのこと・・・まぁジュリーの新譜については過去3度ほど同じ状況を経験済ですからそれは予想していました。
「ショップで購入して後から到着したアマゾンさんの予約分はYOKO君に引き取って貰う」という恒例のパターンで行こうかな、とは思っていたのですが、僕がぐずぐずしている間に今年は大型のショップさんでも品切れが続出しているとか?
古稀を超えてなお加速するジュリー人気、畏るべし!

それにしても、各地でCDを手にしたみなさまの感想を拝見するにつけ「早く聴きたい!」と指をくわえるばかりの日々です。
みなさまの情報の中で何より驚いたのが豪華なコーラス・クレジット。タイトルチューンの2曲目「SHOUT!」はどうやらLIVEでは「お客さん参加型」となるであろうとてもエネルギッシュなナンバーのようですね。
あ、ちなみに僕はこの新譜についてファンのみなさまの感想は積極的に目を通していますが、いわゆる「試聴」には手を出していません。実際の音のファースト・インパクトは、楽曲フルサイズで体感したいですから。

とにかく今は期待がパンパンに膨らんでいます。
週末時間があったら都心に出かけて店頭販売を残しているショップさんを探してみたいところですが・・・。


さて、2019年全国ツアー後半戦のチケット申し込みが始まっていますね。
期待していた追加公演は、首都圏だと東京国際フォーラムのツアー千秋楽公演がリリースされましたが残念ながら平日です。毎年恒例の大宮ソニック公演も今回は見送られていますし、サラリーマンの身には複数会場参加がなかなか厳しい。
音楽仲間にもスケジュール全体を案内しつつ多く声をかけたものの、とりまとめは難航しました。結局、僕もYOKO君とS君の2名と共に八王子公演(ここは休日)1本に(後半戦の参加は)絞ることになりました。
で、今日その振込を済ませてきたのですが・・・払込票記入時に八王子が抽選会場であることに気がついたという。今まで僕は「第2希望会場」の記入欄がある際には必ず書いていたけれど、今回ばかりは友人2人の都合もあり記入することができませんでした。
もし落選したら僕は後半戦の参加会場はゼロとなります。YOKO君達に至ってはツアーを1度も観ることができずに終わってしまうわけで・・・。
なんとか無事の当選を祈るしかありませんな~。

ということで、新譜入手が遅れ新曲の考察記事着手がまだまだ先になりそうなので、今日はつらつらと現況報告の更新でございました。
あ~早く聴きたい!

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2019年3月 6日 (水)

沢田研二 「叫び」

from『比叡山フリーコンサート 時の過ぎゆくままに』

Freeconcertaimthiei

~opening~
1. ビー・マイ・ブラザー、ビー・マイ・フレンド
2. 夢のつづき
3. グッドナイト・ウィーン
4. 夜の都会(ナイト・タイム)
5. 恋のジューク・ボックス
6. 十代のロックンロール
7. キャンディー
8. トゥ・ラヴ・サムバディ
9. 時の過ぎゆくままに
10. お前は魔法使い
11. メドレー
 a.グループバンド
 b.ムーヴ・オーバー
 c.ジーン・ジニー
 d.ユー・ガッタ・ムーヴ
 e.シー・シー・ライダー
12. 美し過ぎて
13. 花・太陽・雨
14. 自由に歩いて愛して
15. ホワッド・アイ・セイ
16. 聖者の行進
17. 気になるお前
18. 悲しい戦い
19. 残された時間
20. 叫び

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インフォ来ましたね!
今年も必ず「祈り歌」の新譜リリースがある。そしてジュリーは「作るからには3.11リリースでないと意味がない」・・・そう考えているのではないかと期待しつつ、さすがに日が迫り「間に合わないのかなぁ?」と心配していただけに嬉しい新譜情報の解禁でした。

そこで今日は、ジュリー作詞・作曲の70年代ナンバー「叫び」をお題に借りまして、まもなく発売される新譜の内容を予想してみたいと思います。
拙ブログ恒例の「全然当たらない予想」パターンにはなりましょうが、今夜はたまたま時間もあり、急遽一気書きの短い記事にておつき合いくださいませ~。


インフォによりますと、今年の新譜は2曲入り。
各トラックの詳細は

1.「根腐れPolitician」
作詞・沢田研二/作曲・柴山和彦

2.「SHOUT!」
作詞・作曲・沢田研二

となっています。
タイトルだけパッと見ると、曲調は2曲ともに武骨なロック・ナンバーを思わせます。
少なくとも柴山さん作曲の「根腐れPolitician」はそうでしょう。根拠は「politictian」なる英フレーズの語感です。詞の内容は「一極化」へとひた走る政権の腐敗に向けた痛烈なメッセージかと思いますが、その前の段階・・・ジュリーは80年代以降、自作詞に際し「メロディーに載せた際の語感とフレーズの韻」に拘り続けているように思えますので、柴山さんの作ったキメのフレーズに嵌る単語としての「politician」。ジュリーの作詞動機と最初の作業はそこだったのではないか、と想像しました。
それにしても「根腐れPolitician」とは、かなり「思い切った」タイトル。ジュリーとすれば、もう容赦はならぬ、といったところでしょうか。
ジュリー得意のダブル・ミーニングが鋭く散りばめられたリフ・ロック・ナンバーと予想しておきます。

続いて、5月からの全国ツアー・タイトルともなっている2曲目の「SHOUT」。
こちらは久々にジュリーの「書き下ろし」作曲作品である可能性が高く、それだけで心躍ります。
しかし反面、ジュリーの詞に悲痛を感じさせるタイトルと言えるかもしれません。被災者を含めた「弱者」の声ならぬ「叫び」を歌っているのではないでしょうか。
そして・・・その曲調について僕の予想の振り幅はとても大きいのです。

まず「ロック調」と仮定してみた時、ジュリーにしては珍しいストレートなコード進行と予想します。
キーはホ長調。何故曲のキーまで予想に入れるかと言うと、ジュリーが詞だけでなく作曲においても何らかの「隠しメッセージ」を込めている場合を考えたから。
ホ長調のスリー・コードは「E」「A」「B」。これを使って「A」→「B」→「E」と和音進行させメロディーを載せることができると気がつきました。
「A」→「B」→「E」です。お分かり頂けたでしょうか。
もし詞の内容が特定の人物に向けた弱者達の叫びを代弁し歌ったものだとすれば、コード進行がそのまま歌詞中の二人称を指す手法となり得る・・・今のジュリーなら、そして今の世の中なら、怒髪天・ジュリーがそこまで斬り込んでも不思議はないと思ってしまったのですが、まぁさすがにこれは考え過ぎですか。
予想と言うより妄想かな(汗)。

一方で。
「ホ長調スリー・コードのロック・ナンバー」案はジュリーの「作曲」クレジットの意義を深める予想ではありますけど、それ以上に魅力的な予想が、「SHOUT!」のタイトルでバラードを歌うジュリー(!)というもの。

ここで振り返ってみたいのが、本日のお題に借りた「叫び」。先輩方はよく御存じの、70年代ジュリーの自作(作詞・作曲)曲の中でも特に重要な名曲です。

僕が『比叡山フリー・コンサート』で歌われたこの曲の存在を把握したのは『ジュリー祭り』から数年後でしたが、歌詞の一部については今から15年ほど以前、『ROYAL STRAIGHT FLUSH』3枚のリマスター再発試聴盤を機に僕自身に訪れた「第一次ジュリー堕ち期」(ポリドール期のアルバムを大人買い)に、それとは知らず目にしていたのでした。これです。

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見事に折り目がついてしまって・・・すみません。
それだけ大好きなアルバムで、歌詞カードも読み込んでいるということでどうかひとつ(汗)。


78年リリースのアルバム『今度は、華麗な宴にどうぞ』歌詞カードに記された刺激的な一節。
新規ファンの僕は当時これを、当アルバム製作に寄せて、トップスターの道を行くジュリーが決意を表し書き下したコンセプト・フレーズだと勘違いしました。
『ロックジェット』にジュリー・アルバム解説を連載されたヒロ宗和さんも、その時の僕の解釈とまったく同じことを書いていらっしゃいました。しかしそれは誤りで、これこそが「叫び」からの歌詞引用だったのですね。

「歌を枕に」を文字通り芸能活動とリンクさせ始めたスーパースター・・・良い意味での「虚像」を演ずる阿久=大野時代のジュリーを象徴するにふさわしいキャッチフレーズとしてこの引用は的確とは言え、実際にはそれはさらに若き日の「人間・ジュリー」による本音の言葉であり決意であり、偽らざる心情の吐露でした。
そして、過激とも言える楽曲タイトルや歌詞フレーズからの連想とは真逆、というくらいに「叫び」の曲調は穏やかにスタートします。
ジュリー自身が奏でるギターの説得力。シンプルな演奏に載せて迸る「歌」。それがジュリーの「叫び」。

その後40年以上の年月が経ち・・・近年のジュリーにとって「SHOUT」(叫び)とは、相反しつつも「祈り」とごく近しいフレーズとなっているのではないでしょうか。
例えば2013年リリースのGRACE姉さん作曲「Pray~神の与え賜いし」に載せたジュリーの歌詞とヴォーカルには、穏やかに始まる曲調の中にギリギリと憤りを増してゆく「SHOUT」のニュアンスが歴然とありました。
27歳の時、「叫び」という自作曲に自らの歌人生に向けての「祈り」を歌い上げたジュリーが、古稀を超えて今度は「SHOUT!」のタイトルで弱者に成りかわっての「祈り歌」を歌う、とすれば。
それが穏やかなバラード・ナンバーであることは、特に比叡山での「叫び」をリアルタイムで体感された先輩方にとって何ら違和感は無いのではないか・・・と、僕はそんなふうにも考えてみたのですがいかがでしょうか。

いずれにしても(予想が当たるかどうかはともかく)、今年もジュリーの新曲が聴ける・・・もちろん柴山さんの演奏も楽しみですし、本当に嬉しく、変わらぬ姿勢のジュリーを頼もしく思った新譜の情報でした。

最後に余談ながら・・・。「叫び」は世間的には相当マニアックな曲だと思いますが、なんと僕の手元にはかつて市販されていたスコアがございます。

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↑ 『沢田研二/イン・コンサート』より


僕の勤務先からちょうど40年前に発売されたギター弾き語りスコアで、なにせ発売当時僕はまだ小学生だったくらいですから、編集担当者が誰だったのか(そもそも僕の知っている人なのか)等、製作の詳細は今ではまったく分からなくなっています。
想像するに、参考音源として取り寄せたレコードの中に『比叡山フリー・コンサート』のライヴ盤もあって、「この中からも1曲」という流れだったのでしょう。「残された時間」こそ収載を見送られていますが(採譜作業が大変な曲ですからね←経験者は語る笑)、「叫び」の貴重なスコアが残されたこと、僕が思いもかけずそれに出逢えていること・・・不思議な縁だなぁと思います。

ちなみにレコード時代にありがちな正規音源のピッチの曖昧さ故でしょうか、このスコアで「叫び」は変ホ長調(E♭)で採譜されています。
しかし僕は、ジュリーはこの曲をニ長調(D)で作曲していると確信します。
イントロから登場する「sus4→トニック→add9」のクリシェ進行は、Dのフォームのギターで演奏するのが一番カッコ良い、とロック界では決まっていますからね!

さて新譜リリースは今年も当然3月11日。
現時点ではネット店舗の予約が開始されておらず、発売日に聴くためには当日ショップに出向くことが一番確実、という状況です。
ただ僕は来週、公私共にバタバタに拍車がかかる予定なんですよ~(泣)。
11日にショップに行くのは無理かと思います。残念ながら、発売日より遅れての購入となるでしょう。

僕はLIVEツアーとは違い新譜の歌詞や曲調の事前ネタバレはOKですので、先に聴かれたみなさまの感想、この記事のコメントにてお待ちしていますね。
ジュリー2019年の新曲、楽しみです!

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2019年3月 2日 (土)

沢田研二 「サムシング」

from『Gentle Guitar Dreams』、2002

Gentleguitar

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ご無沙汰しております。
多忙と風邪(汗)のためブログ更新ままならぬ日々ですが、あまりに間が空いてしまうとみなさまに忘れられてしまう・・・時々は頑張って書いていきますよ~。

2月を振り返れば、ジュリーの古稀ツアーも無事終了、オーラス大宮も武道館3daysに負けないほどの大変な盛り上がりだったようで、参加されたMママ様が当日夜にお電話くださいました(「声が最高だったよ!」と大興奮状態←うらやま)。
聞けば何とMCで「お正月コンサート復活」を宣言してくれたというではありませんか。これは嬉しい!
大都市限定のお正月コンサートはセットリストが独特。例えばこれまでお正月のツアーに参加したことのないYOKO君は未だに「PEARL HARBOR LOVE STORY」を生体感できていません。僕などからすると「結構セトリ入りしているなぁ」と感じるのですが、『ジュリー祭り』以降に限るとこの曲はお正月しか歌われていないんですよね。
気の早い話ではありますが、その2020年のお正月コンサートは新年早々の5日東京国際フォーラムにて開幕予定とのことで、調べるとこれが日曜日。YOKO君に限らず音楽仲間を誘い易い日程です。
現時点でリリースされている2019年全国ツアーのスケジュールだと彼等を誘うのは難しい、と肩を落としていたので本当に嬉しい情報でした。YOKO君も遂に初の正月LIVE参加実現なる・・・かな?

さて本題。
今日はジュリーの幾多ある洋楽カバー名演・名曲の中から、ビートルズの「サムシング」をお題に採り上げたいと思います。
作詞・作曲はジョージ・ハリスン。ジュリーのカバー・ヴァージョンは、2001年に亡くなったジョージへの追悼トリビュート・アルバム(邦楽アーティスト、バンドによるジョージ・ナンバーのカバー集、2002年リリース)『Gentle Guitar Dreams』に収録されています。
僭越ながら伝授!


①OLD GUYSとジョージ・ハリスン

このお題記事を書こうと決めたのは、僕の古稀ツアーのラスト参加となった1月20日武道館公演でのジュリーのMCをその後よく思い出していたからです。

「ロックの聖地」と言われる日本武道館も渋谷公会堂同様にいよいよ改修の時期が来て、今年には着工するとか。
ザ・タイガース解散コンサート、デビュー25周年記念の『ジュリーマニア』、タイガースの完全再結成、そして今回の古稀ツアー3days・・・等々、ジュリーにとっても特別な思い出の会場であろう武道館。会場に駆けつけたファンともども色々な記憶を甦らせたに違いありませんが、ジュリーがMCで語ったのは自身のデビュー前、ザ・ビートルズの来日公演(「初」にして「最後」の来日です)鑑賞時のエピソードでした。
「確か南西スタンドにいました」というジュリーは、周囲が「ジョ~ン!」とか「ポール!」とか叫んでいる中で、1人「ジョージ!」と声援を送っていたのだそうで。

後追いジュリーファンの僕は、ジュリーがかつて「ビートルズ・メンバーの中ではジョージが好きだった」と語っていたことを『ジュリー祭り』後に知りました。
それまでジュリーに「幼少時に観ていたテレビの中のスーパースター」のイメージしか持てていなかった僕にとって、『ジュリー祭り』からの数年間は「人間・ジュリー」を学ぶ濃密な時期となりましたが、ビートルズの4人の中で当時「静かなビートル」と呼ばれあまり目立つ存在ではなかった(らしい)ジョージに着目し惹かれる、というのがまたジュリーの人間味を示しているようで興味深く、そして納得もしたものです。
テレビではあれほど目立ち、比類なき存在感を誇るジュリーが実は素の部分ではとてもシャイで、ちょっとだけ神経質で、決して「俺が、俺が」のタイプではなかった・・・ジョージが好きだ、というのも自らの性質と似た部分を見ていた故ではないのかなぁ、と。

ビートルズのLIVEステージでもジョージは黙々と演奏するので、よく「何故他のメンバーのようにアピールしないのか」と記者に尋ねられたりしたのだそうです。
するとジョージ答えて曰く「僕はリード・ギターだから。他のメンバーは多少間違えてもお客さんは気づかないけど、僕は間違えられない」と。
この頃のリード・ギターのソロって、今のように「くあ~っ!」とか「ぬお~っ!」とか陶酔して弾きまくるんじゃなくて、楽曲アレンジの根本としてのフレーズありき(もちろん例外もありますけど)だったんです。
分かり易いのが、歌メロと同じ音階をギターが間奏で受け持つパターン。タイガースで言うと「銀河のロマンス」ね。ファンは皆メロディーをよく知ってるから、その通りにギターも弾かなきゃいけないんだ、という着想で、当時のジョージは頑固なまでにそこに拘りました。

この話と関連して僕が今回の古稀ツアー『OLD GUYS ROCK』について強く感じていたのが、ジュリーと柴山さんの演者としての変化なのです。
「冒険」的なギター1本体制。どちらかが自由に走ってしまうと、もちろんこの2人の実力であればそれはそれで素晴らしいパフォーマンスたりえるけれども、原曲のイメージを逸脱させてしまう。それぞれの曲を「2人だけでどう再現するか」に徹して練りこまれたアレンジ、フレーズをキッチリそのまま歌と音にすることがとても重要になったわけで。
だから、原曲とは異なるリズム割りの「風は知らない」についてはツアー中の試行錯誤も出てきた・・・それは必要なことだった、と今僕は考えています。

「間違うわけにはいかない」とのかつてのジョージの心構えが、この先のジュリーと柴山さんにも同じようについてくるはずで、特に柴山さんにかかるプレッシャーは相当のもの。それでも静かに、しかしハートは熱く柴山さんはやり遂げてゆくでしょう。それが出来るギタリストと出逢えていたから、ジュリーはこの道を選べたのだと思います。
ギターのスタイルはずいぶん違えども、ジョージ・ハリスンのことが好きなジュリーは、柴山さんのことも大好き・・・間違いありませんよ。
まぁそれはジュリー自身が古稀ツアーのステージ上で堂々カミングアウトしてくれましたが(笑)。

②「正攻法」で捧げるジョージ愛

僕はジョージについてはビートルズ期はもちろんソロ時代もすべての公式リリース音源を所有する黒帯ファンですが、そんなマニアな視点で見てもこのトリビュート盤のラインナップはとても濃厚で、提供アーティスト、バンドそれぞれのジョージ愛を感じる素晴らしい選曲となっています。

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特に「ザ・ライト・ザット・ハッド・ライテッド・ザ・ワールド」(ソロ・アルバム『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』収録)や「ファー・イースト・マン」(ソロ・アルバム『ダーク・ホース』収録)の2曲は、隠れた名曲に光が当てられたようで嬉しく思います。
さらにザ・コレクターズがジョージのソロ最高傑作と言われるアルバム『オール・シングス・マスト・パス』から有名な「マイ・スウィート・ロード」ではなく敢えて「美しき人生」を採り上げているのも最高に渋い。また音の面でもムーンライダース提供の「アイ・ニード・ユー」(ビートルズ『4人はアイドル』収録)、BOX提供の「タックスマン」(ビートルズ『リボルバー』収録)は、カバー・タイトル以外のジョージ作品が合わせ技のアレンジで組み込まれ、ジョージへの深いリスペクトを感じさせます。
ただし、そうしたマニアックで「我こそは」的な選曲群の中に、「これは誰でも知ってるよね」という「看板」曲があって初めてトリビュート盤の完成度は保たれ豊饒の遺産たり得るわけで、ここでその看板を背負っているのが我らがジュリー!なのですよ。

ジョージ・ナンバーで世に最も知られているのは間違いなくビートルズの「サムシング」でしょう。
ジョージの作品としては唯一のビートルズ・シングルと言うだけでなく、完璧なメロディーとコード進行にアレンジ、崇高な詞は正にロック史上に輝く大名曲です。
ジョージが亡くなった後はポール・マッカートニーがこの曲をLIVEの定番ナンバーとして歌い継いでいますが、歌い終えた後時々話してくれるMCネタがあって


この間、○○っていう人(←結構な有名人)に初めて会ったんだけど、僕とビートルズの大ファンということですごく感激してくれてね・・・でも、彼がこう言うんだよ。一番好きなレノン=マッカートニー・ソングは「サムシング」だ!ってね・・・。

と、「それ俺の曲じゃないし・・・」みたいな感じでおどけて肩をすぼめる、という。
これを要するに、「サムシング」は本当に有名なビートルズ・ナンバーだけど、それがジョンやポールではなくジョージ・ハリスンの作品だというのは(一般的には)意外に浸透していないのではないかと。
ですから、「ジョージ・ハリスンのトリビュート」を広く世に問うにあたり「あの有名な「サムシング」はジョージの曲なんだよ」との大看板を担うことは、大変な責任を伴います。生半可なテイクを収めるわけにはいきません。

白井良明さんがジョージファンであることは、ジュリーの「愛は痛い」や「勇気凛々」でのリードギター・トラックを聴けば一目。そんな白井さんでも、ジュリーというヴォーカリストなくしてこの企画にジョージ最高峰の王道ナンバー「サムシング」を立てて挑み、故人に捧げることはできなかったでしょう。
ジュリーは何らトリッキーに走ることなく、背伸びもせずへりくだりもせず、誰もが知るこの楽曲をただ心を込めて歌う・・・そこに徹するのみ。
CDを通して聴けば歴然なのですが、その歌声はもう他収録曲とは別次元なんですよ。ジュリーの正攻法は、ジョージへの最高のリスペクトだと感じます。

見事看板を担ったジュリーと、「沢田さんが歌うならそれができる」と確信を持った白井さんに、ジョージファンとしても大きな拍手を贈りたいです。

③キーボードレス期ジュリー・アレンジの基本形

最後に、ジュリー版「サムシング」の音について簡単に。

ジョージが天国へと旅立った2001年は、ちょうどジュリーが新たな創作スタイルへとシフトした時期でした。翌2002年から始まるキーボードレスのハード・ロック期。そのすべてにレコーディング音源のアレンジマスターとして大きな役割を果たしたのが白井さんで、このトリビュートに収録された「サムシング」はその音作りの基本形、と見ることができます。
ベースにスティング宮本さん、ドラムスにカースケさんという当時のジュリー・アルバムでもお馴染みのリズム隊。そこに白井さんの多様に絡むギター・トラックが載って全体のアレンジが構築されます。
白井さんのギター・トラックは3つ。それぞれ明快に音色が異なる上、几帳面にPANが振られているので聴き取り易いですね。
リード・ギターのフレーズについてはオリジナル完コピ。イントロから鳴っているアルペジオのバッキング・トラックのみ白井さんの新たなアレンジ提案で、これは「サムシング」でのジョージ渾身の美しいクリシェをこれでもかと詰め込まれた進行を強調し聴き手に伝えようと編み出されたのではないでしょうか。

そして何より、ジュリーのヴォーカルがガツン!と耳にダイレクトで飛び込んでくる感覚こそが2000年代ジュリー×白井さん創作音源の真骨頂。
僕はジョージファンでありながら長らくこのトリビュート盤を耳に留めず、ジュリーの「サムシング」含め初めて聴いたのが『ジュリー祭り』後の本格ジュリー堕ちの後だった、というのも「遅れたけれど出逢いのタイミングとして最高だった」と今は思っています。
良い曲を、良い声で歌うという朴訥かつ武骨な2000年代ジュリーの基本形・・・ジュリーの「サムシング」は、ここへ来てまた増え続けている新しいジュリーファンの皆様にも是非押さえて欲しい1曲です。


さて、5月から始まる全国ツアーのタイトルは『SHOUT!』と発表されました。なんとも心躍る一発フレーズ・・・ジュリーの並々ならぬ気魄を感じます。
これは今年の新譜タイトルでもあるのでしょうか?
昨年の『OLD GUYS ROCK』は、収録各曲とは別にCDタイトルがつけられそれがツアーのタイトルにもなりました。今年も同じパターンなのかなと予想していますが、その新譜情報が3月に入ってもまだ解禁されません。

今年はツアーの振替公演が2月に入ったことで、新譜制作のスケジュールが相当タイトになっていると予想できます。普通に考えれば不可能でしょう。
しかしジュリーは毎年の「3・11リリース」には無理をしてでも拘ってゆくと思うので、ギリギリの日程でやはり今年も新譜発売はあるのではないでしょうか。
情報解禁を楽しみに待ちましょう。


風邪はだいぶ良くなってきました。気温変動の
激しい折、みなさまもどうぞご自愛ください。

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